教育方針
ザックレイの教育方針、誉め伸ばし。 人が成長する為に必要なのは自信を付けさせつつ、それでいて実力もそれ以上に伸ばさなければならない。 その為に必要な黄金率、3回誉める行動に対して1つの注意というのが一般論である。
実はこれはこの世界ではあまり有名ではない。
教育はアメとムチだとか言われるが、まあ、本当にそうなんですよ。 でも誤解してはイケナイ。 上記の条件であるアメ、つまり誉め行動3に対してムチの注意1なのは言葉が素直に聞けるかどうか。 だからアメとムチは同じ人間が与えなくてはならない。
それから忘れてはならないのは説得力。
教育を受ける側が納得出来るかどうかも関係してくる。
例えば自己評価の低い人間にお前は出来るヤツだと、野放しに誉めても効果は薄い、というか逆効果にさえなってしまう。 だからそんな場合には実績を積ませ、これは出来ているな、だとかここはやれてたよな、だとかそんな軽いトークの中にすらこの3対1の比率が関わって来るのだ。
ザックレイは最初にスミカに出会ってすぐから、この会話によるスミカの内面を探りながら信頼における距離感を計り続けて来た。 例えば、動きは悪くないという言葉に対して言えば。 この時のスミカの反応はイマイチ。 自信の無さが感じ取れたし、だから何故悪くないのかを説明する必要が出来た。
口にする全ての言葉に教育の黄金率を取り入れ、実技もこの黄金率によって自信を付ける方を優先。
これがそんなに重要な事か分からない……なんて人の為に、例を挙げてみよう。
まず、褒め方が上手いが仕事はあまり理解してないような管理者が居たとする。 これで仕事を知っている気になっているようなおバカな上司さん、身近に居ませんか?
先生と学生だと個人が多数に教える訳だからかなり難しいし、例えにくいのでここでは割愛させて頂きますが。 社会に出て行くような立場だとかで説明すると。
上記のような人間は人望は一旦集められるけど、そこに集まった人間は誰でも分かるような事くらいしか、そんなくらいでしか褒められない。 仕事内容の重要な部分は褒められないのですよ。
褒められるような仕事をしていなくても、褒められ慣れて無くてそれで居て褒めて欲しい人間なんかは……単純にこんな言葉に癒されたりする。 だが、褒められた内容と仕事場で言われる内容とでギャップが生じて来る。 矛盾だらけ。 こうなるともう悪い事の繰り返し、負のスパイラルが始まる。
要するに仕事をちゃんと理解さえしていれば良いのだけど、管理しかしてなくて実際の労働は部下の仕事な場合だと物凄く余計なひと言に早代わりする訳ですよ。
優しいだけじゃダメ。
弱ってるところを元気付けて、というつもりだったかも知れないけども。 結果的にもっと悪い方向へ行く事だってある。
あと、何でも人のせいにする人。 これも冷静に見たら分かると思うけど……今のはそちらの責任なんじゃないの? ってな場合にも他人のせいにして責任を上手く逃れようとする人。 なにしろその人の気分次第でアメとムチが使われるので、その人の顔色を伺う事が仕事になったりする。
教育として見ると最悪ですね。
このやり取りの中に一番必要なものは、相手がどんな人であろうと敬意を持って接するという事なのだけども、それが欠けていると……人間関係は本当にマズイ方向へ急転直下な訳です。
だいぶ横道にそれたけども、付き合う人間は選ぼう。
それが言いたかった。 で、スミカの場合。 ザックレイと出会えたというのがそもそもの幸運の始まりだった訳ですよ。
スミカはザックレイよりも強くなっている、にも関わらず師匠と呼んでいるというのはそこに最大の敬意があるからな訳で。 敬意があるから素直に聞ける、素直に聞くからもっと教えたくなる。
無敗を誇ったというザックレイが本気で指導した結果がスミカという最強の闘士を作り上げた。
「師匠に習えば誰だってこれくらいの強さが身に付いちゃうと思いますよ!」
※ 個人の感想であり、実際の効果を示すものではありません。 あらかじめご了承ください。
まあ、そんなこんなで。 スミカの中の素質を最大限に引き出せたのは間違いないだろう。 その素質の中でも特に際立っていたものが、闇の力の顕現である。
スミカの言動はやや軽い感じで、過去の暗さを感じさせない。 でもそれは普段意識的に過去の事に触れないようにしているからなのであって、単に明るい訳じゃない。
根は暗い人間なのに、それを隠して生きているというのがスミカの正体であり、また強さの源になっていたのだ。 そのネガティブな思想は人間なら誰でも持っているものなのだろうが、ずっと前に進むしかないと、それだけが生きる価値なのだと自分に言い聞かせて来たのに。 ザックレイがそんな心に簡単に窓を作って明るく照らす。
「逃げたきゃ逃げたっていい。 戦術的撤退も強さのうちだからな。 盾や剣で受け止めるだけが正しい強さじゃない、時には受け流し、時には全力で身をかわすのも技術だし必要な事だ。 もし戦いに飽きたら、ここに帰って来たっていい」
帰る場所を得たという事はスミカにとって大きな支柱になり得た。
何かを考える時、どうしても悪い方向から考えてしまうスミカだったが。 それが闇属性と相性が良く、ザックレイの予想よりも遥かに上を行く力の顕現に繋がったのだ。
さて、場面は闘技場の客間に戻る。
「あのぉ、8回契約って事はその中で現チャンピオンと戦えるとしたら8回目なんですか?」
「……そりゃあ無理だろうさねぇ、ランキングがあるんだから。 それにしてもアンタ、若い頃のザックレイに似た口ぶりだ。 自信あんのかい」
「ロゼッタさん、やはりアッシがちょいと手ほどきしときますよ。 新人にはそこから教えてやらねぇと」
少し躊躇った後に、怪我させるんじゃないよとロゼッタのひと言。 男の相手をする事になった。
「いきなり組み手ってのはカワイソウだ。 腕相撲で一旦勝負しといてやる」
近くにあったテーブルにガシッと肘を立ててスミカを誘い寄せる。 なにが勝負しといてやるだ、このヤローめ。 小手先の技など仕掛けようも無い単純な力比べ。 つまりこの男の得意分野なのだ。 ハァ、と短くため息を一つ。 舐められっぱなしだと話が通し難いしここは、この男の得意分野の腕相撲で勝って話を進めるか。 三下なら多少派手に勝っても問題ない。
「ニンゲン相手にはどうかと思ってた技があるから、いっちょ試してみるか」
「あぁん? なんか言ったか?」
「いえいえー。 なんでもないッスよー」
だいたい、絡んでくる奴なんてのは三下ばかりだろうというそんな推測の元。 少しだけ油断したという事になるのか。 実力に繋がるような部分はなるべく隠しておきたい、何しろザックレイの掛け金にプラスが出るまでは。 それなのにあまりにもセリフがベタ過ぎた。
……男のランクは3位、闘技場内でのランキングが3位でロゼッタの手持ちの闘士の中では1番強い奴だったのだ。
スミカの誤算はそこだけ。
レディゴーと共にパタリと腕を倒してあっさり勝つと、相手の男がドサッと尻餅をつく、が……その頃になって辺りの注目を集めている事に気が付いた。 ヤバイ、やり過ぎたか……?
「アンタ、一体何をしたんだい」
「え? 普通にやりました(棒読み)けど?」
「なるほど、ザックレイも人が悪いねぇ……いいかいお前たち!! この事は外に漏らすんじゃないよ」
面白いオモチャを手に入れた時の、そんなイヤラシイ顔をしながらロゼッタはこみ上げて来る笑いを堪えると。
「ザックレイに渡してやんな、あんな賭け方されたんじゃ台無しになっちまう」
金貨を20枚、袋につめて手下に投げて渡す。 金貨は1枚で1万円相当で、銀貨は2千円だ。 金なら1枚、銀なら5枚と覚えておくと覚えやすい。 ……ネタが古かったですかね。
「さぁて、お嬢ちゃん」
「スミカっす」
「今夜はちょいと屋敷まで付き合ってもらおうかね」
師匠の予想よりも早くバレちゃいましたよ。 それから、絡んでくる口ばっかりの奴が多分居るだろうが三下だから気にするなってのも予想と違ってました。 まあ、それが元でバレたのだから許してよね。 師匠のとこにお金が行くのは想定内だったけど、結構な額だったなぁ……。
そんな事を考えているスミカだが、結局のところは力の要素だとかどうやって勝ってるかだとかはバレてないので謎の女闘士のまま。
屋敷に行って尋ねられる内容もそこら辺だろうが……。