いざ闘技の場へ
闘技場モードの方も割りと気にはなっていたので、さらっとやってみる。 CPU戦限定だけど、対戦格闘モノってのは結構好きなのですよ。 何故CPU戦限定なのかと言うと、それは心をへし折られたから。
格闘ゲームは大概2勝で勝利確定の3回勝負で、キャラの性能もあるけども、とにかく実力主義の世界。
友達内ではまずまずの勝率、弱い人相手なら手加減しつつ隙を見せる度に弱パンチ1発で、ここが隙になっているってのを指摘しながらの勝利すら可能だ。 つまりは指導的な対戦スタイルもこなせる訳で、実力はそこそこにはあったと思う。
そんな私に対して見知らぬ社会人が対戦に乱入。 もともと見知らぬ人との対戦は好きじゃなかったのだけど、いちおうある程度は自信もある。
ここは世間の対戦のレベルを知るチャンスと捉えて様子見と洒落こむ事に決定。
その対戦内容が……あまりも無惨。
全く勝てない訳じゃない。 でも、得意なパターンに持ち込めない。 対戦を重ねる度に徐々に得意なパターンだったものも攻略され、勝率はグングン下がって行く。
そんな中、完全な敗北が唐突に来た。
1戦目、全くダメージを与えられずKO。
2戦目、ここはなんと全く手を出して来ない。 好きに攻めてみろという合図なのだろうが、そこまで差が出来てしまっているとはさすがに信じられない。 猛攻するが全てガード。 ならば投げ技だと、近づき投げるが、抜けられる。
思いっきり近づいて、ピタッと目の前で止まる。 それでも手を出さない。 隙の少ない中段蹴りはカウンター。 全く手を出して来ない相手にこちらの方がダメージを負っている、つまりこのままだとこのラウンドで勝負が決まる事に。
冗談じゃない!
ここまで極めるなんてどんな神様だ?
無心で攻め続け何とかダメージを負わせる事は出来たが、終わった今になって考えてみればそのダメージは手加減。 わざとダメージを食らって3回戦に突入させる為に体力を調整されたとしか思えない。
3回戦目。
私は戦う事無く、立ち去った。 どうやっても勝てる気がしないからだ。
ここまで一方的だと戦意が無くなる。 戦意が無い、つまり心をへし折られたのだ。
これに似たような話がザックレイの過去にもあり、少し親近感を持つ事が出来た。 過去に中央の組織兼防衛拠点都市であるアスタートという街で闘技の経験がある、そこは化け物揃いだというのだ。
「へぇ、凄い人も居たもんっすねぇ、師匠にそこまで出来るなんて」
「スミカ、お前もう俺より強いんだから、本当手加減せいよ?」
「分かってますよ。 ちゃーんとギリギリの内容を演出して見せますから」
スローライフ開始から4ヵ月。 この世界で半年が過ぎた、今が頃合いだとザックレイが闘技に参加する手続きをしていた。 なんで手加減しなければならないのか?
それは弱者を演じる事で、相手に油断を与えるという作戦をまず最初に持ってきているからだ。 相手を侮った場合、それは本来の力何てのは全く発揮されない。
さて、それではスミカが手加減をするという行為も実力が発揮されないのではないかという疑問を持つかもしれないが。 それは違う。 スミカは全力で観客から何から何まで関係者全員の目を欺かなくてはならないのだ。 つまり全力で戦う以上に難しいハードルを設けた事になる。
……誰よりも真剣にやらないと目論見がパアになってしまう。
勝てるのはもう確実だろうが、問題はどう勝つか。 そこまでスミカの戦闘能力は成長していた。
「全ては明日だ、俺も付いてってやるからな」
「あらぁ? 師匠、心配してくれるんですかぁ?」
「しとらんよ、ただ回収しないといけないモノがあるだけだ」
そんなこんなで迎えた久々の闘技場。 ヨシテーブとの契約回数は残り1回で、これに負けたら最後というタウロスが目の前にその姿を現す。 大丈夫、スミカは全く動揺……していない様には見えないがあれが演出か。
スミカも相当なタヌキに化けたものだ。
タウロスの試練なんかは本当に余裕なのだが、時間ギリギリまで粘ってなんとかリボンを奪う事が出来た感じで。 多分客の殆どはまぐれじゃないのか、今の最後だけ動きが違ったようだとか観客の間でざわめいている。
今回の掛け金の倍率はタウロス1,3倍、スミカ1,6倍であったがこれならまだスミカの倍率が下がるような事がないだろう。 ザックレイが回収しなければならないモノというのはこの貸しの事だったのだ。 これで30万を同じく賭けていたので48万がバックされる。
18万の儲け。
……ここで回収するつもりで最初から育てていたのがザックレイのやり方で、そして、ギリギリ勝っているような演出で期待値が上がらないようにもしている。
この闘技の賭けであと12万勝てればようやく元が取れる。
だが、ここからが本番。
ここからは人間が相手になる。
ルールは、両者が左腕にリボンを結び、相手をノックアウトするか、それともリボンを奪うかという対戦なのだが、よく学校で行われる体育祭の騎馬戦なんかで上に乗っている人間同士が地上で戦うようなイメージ。
同時にリボンを取った場合は『KO』若しくは『参った』の2択になる。
武器の使用は限られたモノの中から1つ使用してOK。 魔法も実戦で使えるようならOK。 単純なルールだがそれだけに見ている側にも分かりやすいし、分かりやすいから盛り上がりやすい。
さて闘技もこれからが本番だというのに期限の終了を言い渡されるスミカ。
「えええ!!!? 話が違いませんかぁ! ヨシテーブさん?」
「いやいや、そう早まらないでよ。 ウチとの契約は終わりだけど今度は貴族のお得意さんが契約したいって言ってきててね、闘技自体は続けられるんだから」
「え? 続けられるの?」
そんなに簡単に貴族が闘士を抱え込むなんて事があるはずが無い。 が、この裏は至ってシンプルな話だった。 スミカ自体は全然まだまだ名は知れ渡ってない。
だがザックレイの方は別、彼の掛け金の多さと勝ちっぷりが貴族の耳に入ったのだ。
「まあ、そういう訳だから、これからは俺も一賭博師として応援させてもらうよ」
「ヨシテーブさんに損はさせないようにがんばりまっす! ……ところでその貴族さんは何処に?」
「おっとと、そうだったね。 じゃあ早速案内させてもらおうかな」
貴族のお抱えともなると扱いもだいぶ違ってくる。 闘士控え室も貴族ごとに用意されていてVIPな感じが漂う無駄に広いスペースの客間にスミカとヨシテーブの両名が通された。
中にはガラの悪い、いかにも闘士という筋肉隆々なお付の者達が多数いて、スミカは少し萎縮気味になりながらも愛想を振りまく。
「はん、新人は大人しくしてろ」
「あ、はははー、スミマセンでしたー」
「何故こんな小娘を……ロゼッタさん、良いのですか?」
契約の話なのだろうが、タウロスの試練をかろうじて乗り越えただけのド新人が貴族のお抱えになるというのは珍しいだけじゃない。 そこに在籍する闘士たちに不満が出るのは当然だ。 何しろ彼らはスミカのように簡単に契約できたわけでは無いのだから。
これは単に嫉妬から来るものだが、正面切ってアンタ嫉妬なんてみっともないねなんてのは言えない。
「いいのよ、私の仕入れた情報じゃあ……この子、狐火のザックレイの弟子だってのよね」
「ほほう、あの無敗と詠われた昔の闘士ですか」
「え、師匠って無敗だったんですか?」
新人がまた咄嗟に口に出しながら、また喋っちゃったなぁってな顔をしながら辺りを見回すそぶりを見せたのでそれをロゼッタが制する。
「あら、師匠からなにも聞いてないのねぇ」
「スミカ、とりあえず私はここで退散させてもらうよ。 がんばりなさい」
「あ、はい」
お目通りがかなって話もある程度通っている事を確認すると、そそくさと退散するヨシテーブ。 それにしても、大体師匠の言ったとおりになったなぁと小声でつぶやくスミカ。
ここまではザックレイの読み通りだった。