スローライフ開始
ザックレイの示した修行法は、奇抜というかそれで本当に強くなれるのか疑問が浮かぶようなものでった。 まずは小屋作りから。 これはまあこういう系統のゲームなら最初から用意されてたりする場合もあるが、作るのも修行に取り入れてしまうのだから奇抜としか言いようがない。
ただ、使うものは武器になりそうなものだけを使用するというもので、例えば木を切るときに使う斧なんかは割りと戦場においてもポピュラーな武器なので使って良し。 他には鉈、ハンマー、大鎌、そんなところを使用して武器の特性を勉強しようというのだ。
もちろん、武器の使用に併せて実戦も織り交ぜる。 それから講義……というか説教? カンナ掛け等は戦いに役に立たないのでザックレイがやってくれる。 釣り……というのもこの闘士に限っては違う仕様なのか銛で魚を突くという、釣りではなくて漁になっていた。
1日目は殆ど説明に費やし2日目からが本番のスタートとなる。 まずは生活に必要な水を川からくみ上げてくるところから。 水汲みの重労働の後に朝食、昨日ザックレイが突いて見せた魚を焼いて食べる。 この時に必要なのが火だが、これはザックレイが火属性で火を顕現出来るので楽に焼くことが出来ている。
「師匠は属性、火なんですよねぇ……羨ましい」
「自給自足は実は火が一番苦労するんだよ。 その点は俺はラッキーだった」
顕現というのはこの世界の魔法の事だ。 魔法というものはまだ進化していない……未だに8つの属性土、水、火、風、氷、雷、光、闇とそれぞれの特徴がやや見られる程度でオーソドックスな8属性の顕現、火なら炎の量が多かったり、武器を炎で覆ったりという使い道が出来る……という、日常に割りと溶け込んでいる程度だが。 魔法が発見されてから日が浅いというのも魔法の進化が遅い理由だ。
ところで、スミカがザックレイの事を師匠と呼ぶようになったのは本格的に弟子入りを決めたからであるが、何故その決断に結びついたのか。 単純に手合わせして負けたからだ。
「昨日の手合わせの後のあの時の師匠の言葉《正々堂々》には目からウロコって感じで、もっと効率よく戦う、強くなれるって気がして……ああいう話はもっと聞いてみたいです」
「まあ、理屈ばっかりじゃなくて、全部均等にな」
正々堂々とは。 昨日ある程度の説明を終えた後に手合わせした訳だが。 正々堂々と勝負して勝ってくださいよ、なんて言葉を遣ってザックレイの力量を見てみたいと言ってきた。 スミカは決めては見たもののただ強いからという情報だけで実際の強さを目にしていなかったのだ。 まあ、疑問に思うのも無理は無いか……本職はフィギュア職人だとか言うのだから。
勝負は10回ほど。 手合わせそ行ったのだが、全くザックレイには及ばない。 正々堂々と戦った結果だったが、本題はその後の講義にあった。
「今の時点で正々堂々やったら、そりゃあ俺が勝つに決まってるだろう……。 で、だ。 もしもこのまま正々堂々を続けていたらいつか勝てるようになると思うかい?」
突然の問いにスミカは戸惑いながらも、ハッキリと勝てないという未来が見えていた。 そしてそれは表情ににそのまま現れていて。
見かねたザックレイが更に言葉を続けることにする。
「そうだなぁ……。 例えば、こうなる事は分かってて俺が正々堂々と戦うことを提案したとしよう。 それは本当に正々堂々と言えるかい?」
今度は質問の意図が少し変わった。 内容はつまり、普通に手合わせしたら勝てる相手に対して正々堂々と戦うことを切り出した場合。 それは本当に正々堂々と言えるのかという問いだ。
「正々堂々と言う言葉を使うことで、相手の行動を制限するのだとしたら……? つまり、俺が正々堂々と戦おうと宣言したなら、それは俺の勝ちが戦う前から決まってしまうという事だな……言葉巧みに勝ちに来ているとも言える」
「えっと、じゃあ正々堂々と、地力で戦うことは……戦う前から負けを確定させてしまう……って事ですか?」
「だからな、お前は正々堂々と戦おうとなんてするな」
良く聞く言葉ではなかった。 むしろ戦いにおいては卑怯者呼ばわりされるような行動。 それを推奨しようというのだ。 スミカのこれまでの理想の戦いから少し……いや、大分ズレている。 当然聞き返す。 そんな事は誰も言わない、本当にそれで強くなれるのかと。
これには、ある一つの剣豪の話を持ち出す事で説明を裏づけする事にした。
ムサシとコジロウという共に腕に自信がある剣士たちの物語。 これは割りとポピュラーな話だ。 実力ではコジロウが上なのに勝者はムサシ。 これを正々堂々と戦っていたらコジロウが勝っていたのだろう……。
なのに結果は違った。 決闘の待ち合わせにわざわざ遅れてきて、船のオールで戦うという相手の心理に攻撃を仕掛ける。 心理攻撃は基本とはよく言ったものだ。 更にその上太陽の逆光を利用して視界で優位に立つ。
そうまでして勝つ。
そして、これをザックレイとスミカに当てはめるなら……ザックレイが正々堂々と戦う事を宣言することとスミカがそれをシカトして出来る限りの策略でザックレイに戦いを挑むのと。
勝機が見えるのはそこしかないのだと言う事がありありと分かる。
そして、それを推奨するという師匠ザックレイ。
つまり、どんな手を使ってもいいから俺に勝ってみろというサインであった。 でも、だからといって。 どんな手段を使ってもいいと言っても、その手段が思い当たらない。 単純なスミカはこう考えた「その勝てる手段を普段の修行の中で編み出せばいいんですね!」こんな具合の発想だ。
「いや、違うよ。 変わらない生活から得られるものもある……要するに集中力が付くんだよ、他にも色々基礎体力とかな」
「えっっと……じゃあどうしたら裏をかくような手段を見つけられるんでしょうか……」
「顕現さ。 スミカ、お前闇属性だったろ。 まだ発現させてないようだから、その習得も兼ねて生活していくんだ。 でも発現させるのは戦闘中にした方が戦闘向きになるだろうから、手合わせの時に何をすればいいのかを考えながら戦うんだ」
裏をかく、師匠から1本取る、それを考えながら顕現を促す。 こんな手合わせは実際にはそれほど見られない。 まあ、顕現という魔法モドキが存在する時点でそりゃあ実際にある訳はないのだけれど。 それでも、このザックレイの教えは相当珍しいものだ。
何がそんなに珍しいのか。
それはザックレイ自身を超えるような存在を弟子として作り上げているという事。
師匠は簡単に超えられるものじゃない。 普通は。 それは師匠自身のプライドが許さなかったり、また、門下生からの信頼を集めておきたいが為に、究極の最後の切り札的な部分は教えなかったり、なんだかんだともったいぶって教えない。
ザックレイの教えは、全く持ってそんな無駄がないのだ。
何故、戦闘の強さに関しては割りとプロフェッショナルなのに、自分より強い存在を簡単に作り出せる……というかそこに抵抗がない? それはまさに隠居したからで、戦う必要もなくなったからで、そして何より打ち込めるもの、つまり本職が別にあるからである。
早く作業部屋からどいてもらわないと新作の作成に打ち込めない、なんてそんな理由で新しい小屋作りを早急に提案したり、戦いに置いての重要な極意みたいなものも惜しげなく教える。
水汲み、漁、伐採、地ならし、少々の手合わせ、講義。
スローライフの流れはざっとこんなものだ。 そうして2ヶ月もすると、スミカとザックレイに少し変化が起こった。
「やったーーーーー!!! やっと師匠から1本取れた!!」
「これがお前の顕現か……これは……とんでもないな」
スミカ、快進撃の幕開けである。