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スミカとザックレイ

「ひぃぃ! ちょと、ちょ、まっ……」


 直径三十メートル程の円形の壁に囲まれた闘技場の中にその・・女戦士の戦う姿があった。 いや、戦っているというより逃げ回っていた。 何しろ彼女の戦績は0勝2敗のボロ負けコース。 人間同士の場合もあるが、今回も彼女の意志とは関係なくモンスターを相手に逃げ回っている。


 もちろん、それで人が呼べるわけでもなくお金になるわけでもなかったし、彼女の人生はまさに崖っぷち。 モンスターの名はタウロス。 物凄く凶暴な牛だ。 だが、力任せに突進してくるだけなので彼女は逃げ回っているだけとは言え無傷ではある。


「おいい、スミカ! そんなんじゃ金にならんぞぉ」

「お譲ちゃんにはまだちっと早かったんじゃねぇのー?」


 ガッハッハ、イッヒヒヒなどという品のない笑いが会場中に響き渡り、もはや彼女の勝利を信じるものは誰一人居なかった。


 審判の目が砂時計と闘技場とを交差させ始め、いよいよ3敗目が決まる。 それと同時に闘士としての人生もここで終わりを告げた。 これにてスミカの闘士への夢は崩れ去った……としたら話はすぐに終わってしまうのだが、終わらない。

 終わらない理由があった。


 それはギャンブル、勝敗をどちらが勝つかで行われる、この国の名物でもある。 つまり、彼女に賭けた人物が居たのだ。 オッズはタウロス1,1倍に対してスミカ1,8倍。 この倍率なら確かに大穴なので勝てた時の事を考えればそれはもう、それだけでも美味しい。 考えるだけでも美味しい、夢を見るだけでも美味しいからと大穴に賭ける人間だってそれは居るだろう。


 だが、今回に限っては違った。 それを語るには、まずこの戦いが始まる前の話になるのだが……。 それなら何故その場面から話さないのかって? それはそれとして。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「ねえ、ヨシテーブさん? 契約もあるんだし4試合は必ずさせてくれるって話だったじゃない?」

「そうは言ってもな、スミカ、お前の勝率にあの戦いぶりじゃあそりゃあこうなるのも当然だろう」


 オッズの話だ。 タウロス1,1倍、スミカ1,7倍……この数字に乗り手が居ない。 それも仕方のない事ではあった。 タウロスからリボンを取り返すという闘技はこの街の名物であり、 象徴でもある。 それ故に逃げ回るだけという無様な闘いをしていては街の名が廃る。

 つまり、街の名を下げる様な奴にギャンブルとは言えどもお金を出す人間が居ないのだ。


 リボンはタウロスの角に括り付けられていて、身のこなしの軽いものなら取り返すことも容易であろう。 だとしても角の直撃をくらえば、最悪の場合は死に至るので挑戦するにしてもそれ相応の勇気が必要なのだ。


 スミカは勇気はあるのだが自信がない、経験値が絶対的に足りていない。 タウロスの闘技に挑戦するのは半ば意地になっているという部分もある。 そしてそれを見て取れてしまうので善意あるものは忠告する。 やめておけと。


 闘技場の管理を任されているヨシテーブはどうしたものかと難しい顔を作りながら目を泳がせるのが精一杯で。 更に言えば、利益にならない最悪、乗り手が居なければ闘技そのものが破綻してしまう。 なので自分でそのお金を払う事になってしまうし、そして勝てないのも目に見えている。 疫病神でも見るかのようにスミカを一瞥すると交渉するしかないと自分に言い聞かせるヨシテーブ。


 そんな彼に助け舟が出る。

「よう、なんかモメてんな」

「ザックレイ!! 久しぶりに顔みせやがったな!?」


 このやり取りだけでも旧知の仲だと言うことは見て取れた。 更に続けられた言葉に少し疑念が浮かぶ事になる。 パッと見たところ若作りではあるが中年なのかという彫りの深さと目の辺りのシワ。 何よりヨシテーブとの仲を見れば中年の域に達しているのは分かる。

「スミカって譲ちゃんはここにいるのかな?」

「え、あ、アタシですけど……」

「ほほう、あんたがね……」


 無精ひげを生やした顎をさすりながら品定めでもしているかのようにスミカの全身に視線を走らせている。 そうこうしている所へ当然の疑問をぶつける。

「スミカに何か用があんのかい?」

「ん? まぁね……この譲ちゃんの妹さんから聞いて来たんだよ」

「え、プリンが何か言ってた?」


 少々の間をおいて、そうだと返事をするザックレイ。 それと同時にヨシテーブとのやり取りを思い浮かべてこれはどうしたものかと考え込む。 ここで黙られては事態がよく分からない。

「あの、どういったご用件ですか?」

「……ああ、スミカちゃんね、その、勝ててないんだって?」


 ここで口ごもっては肯定しているようなものだ。 その口ごもるスミカをよそに短く一息、ため息をついてから話を切り出す。

「君は闘士になりたくて闘技場の門を叩いたが、タウロスの闘技をクリア出来なければ闘士としてはまだ半人前だって事でタウロスと戦う事になった。 でも、勝ててない。 このままだと最初の試練であるタウロスにも勝てない。 そして今の君は乗り手すら居なくなって来てる……間違いないかい?」


 頷いて良いものか迷いながらだったところを観念して頷いた様子は、物凄くぎこちないものになっていて。 まるで生き人形のようにギシギシっと音を立てている錯覚を覚えるような肯定に、ザックレイはぷっと吹き出してしまったが、そのまま話を続けた。


「俺が乗り手になるよ、30万出そう」

「おいおい、ザックレイ!! 随分と気前いいな」

「え、あ、アタシに!? そんな……」


 本人すらも勝てない気でいるのか。 


「まあ、ご祝儀みたいなモンだよ」

「ご祝儀……?」


 オウム返しで聞き返したスミカを見てザックレイは少しだけあわてた姿を見せる。

「あれ、聞いてなかったのかい……まあ、それなら俺の口からは言わない方がいいんだろうなぁ」

「え、何が? 気になるんだけど……」

「まあま、話はまとまったみたいだし、こっちとしては問題ないし、なんならスミカのオッズはもう少し上げよう……これで賭けが成立するぞぅ」


 闘技場の管理の一部とは言え任されている身なのだ。 この話に乗らなくてどの話にのれというのか。 話に茶々を入れられないタイミングでスパッと決定を言い渡されて当の本人であるスミカも多少の困惑を残す。 それでも闘技の後に色々聞けばいい。


 今は妹であるプリンに感謝の意をもって試合に臨むしかない。 プリンが何か・・取り計らってくれたのに違いないのだ。 いつか、自分が闘いで勝てるようになってその恩を返すんだと、本心から感謝する。


 さて、ここまでお膳立てをされていながら負けた訳だが。 不甲斐なさにうな垂れるスミカにザックレイが唐突に切り出す。

「お前、俺の弟子になれ」

「は……? え? いや、無理です」


 いきなり切り出したセリフだったし断られても無理はない。 なんで良く分からないおっさんの弟子にならなきゃならないんだ。 まあ、確かに掛け金を払ってくれたという恩はあるが。 それでその内からファイトマネーだって払ってもらえるんだからそりゃあ……。


 それでも、それとこれとは別の話。 大金叩いたからって、そんなに間単に引っ掛かってたまるものか。 そもそもプリンとはどういう関係なのだろう? それを質問してみてアヤシイおじさんじゃないのかどうかをまず確かめるんだと自己完結するスミカ。


「プリンとはどういう関係なんですか?」

「ん? 昨日あったばっかりだし、関係も何もないんだけどね……ってまあ、口が滑っちゃったけど、やっぱり本人に聞いたほうがいいよ。 職場まで行こう」


 職場と言ったって、酒場なのだ。 プリンは酒場のウェイトレスをしていて場所としては悪くないが、わざわざ出向いて何を訊いたらいいのか。 そもそも今日の負けで試合自体を干されてしまう事だってありうる。 色々思い悩むスミカだが、飯くらい奢ってやるからなんて誘惑に簡単に負けてしまった。


 酒場の扉を出来るだけ音の立たないように開けてひっそりと中へ進む、というのも闘士の敗者というのはとにかく肩身が狭いからである。 そんな事はお構いなしに女将に声をかけるザックレイに対して、女将がまた妙なことを言う。

「あら、ザックレイ……呑めないあんたが何しに来たんだい」

「分かってるくせに……メシだよ、メシ、それよっかプリンちゃんって居るかい?」

「あんた、駄目だよぉ、プリンちゃんには彼氏がいるんだから」


 ん? 彼氏? スミカの顔には分からないという文字が実際に書いてあるかのようだ。

「分かってる事をいちいち言わないでよ、プリンちゃんが尋ねて来たのって女将の入れ知恵でしょう」

 しっしっし、と不適な笑みを浮かべると奥で絶賛皿洗い中のプリンを呼び出してきてくれた。 手にタオルを持ったまま急いで駆けつけて来たプリンにスミカの考えなしの真っ白な一言。


「アタシ、何から訊けばいいの!?」


 相当混乱しているらしい。




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