道中
アスタートまでの道のりはおよそ1週間程度。 澄香には一応早めに向かうという旨の手紙を出しておいて、自分を置いてメンバーを集めるのは待つようにして貰っている。
スミカだって、見知った顔があるないで不安要素が変わるのは同じ。
今まで妹のプリンと一緒に旅をしてきたので1人旅は初めての事となるのだし、不安があるのは当然ではあった。
それにしても、その不安が形をなして襲いかかって来るなんてのは予想していても驚くものだ。 盗賊という職業は人からモノを盗む職業。 それが縄張りによって海賊だったり山賊だったりして、他の物語では義賊だとか言って善人面のやつもいるけども基本的には悪人である。 何しろ盗人なんだからどう言い繕ったってその罪は消えない。
「はぁ、またかぁ」
ため息混じりに山賊の襲来に構えを取るスミカ。 これで今日2回目の山賊退治になるけど、山賊自体は壊滅したりしないし、それぞれが疎らにアジとを構えているので行政で退治しきれるものでもなく。 結局旅人は好きなように襲われるのが当たり前になっている。
「金目のものを置いてきな、抵抗しなけりゃ命までは取らねぇぜ」
「アニキィ、さっさとやっちまいましょうぜ」
賊の人数は4人。 4対1であるがスミカにはまるで相手にはならない。 相手の実力を知らずに襲って来るとは……。 そんなだから山賊どまりなんだよ。 まあ、普通に考えれば4対1の時点で有利なんだけども。
「しょうがないから4人いっぺんにかかっておいでよ、もうメンドイからさ」
「……んだとぉ、コノヤロォ、やっちまえ!」
バサリとマントの紐を解いてその下から例の派手な衣装が目に留まる。 赤とオレンジ色の闘技服、その目立つところがこの服の良いところ。
山賊どもの視点を一気に集めたら幻術の使いどころだ。
「お、オマエ、いつから後ろにいやがった? てかオマエ! 何人居るんだよ!!?」
盗賊達が全員目を奪われて、全員がスミカの姿をしていて、そして襲ってくる。 この幻覚を見せられたら集団であろうとも容易くあしらうことが出来る。
そうして同士討ちが始まり、頭の回りきらないうちに本人は逃げおおせているという寸法。
その幻術を端から見ている人物が一人、高速で近付いてくる。
牛とラクダの間の子というイメージの動物のウシダという動物に荷車を引かせている。 褐色の肌で背は小さく、胸も小さく。 でも成長途中であるといった控えめなサイズで獣の皮で出来た狩猟用の服を着こなしている活発そうな少女。
「へぇ、幻術使いとは珍しいやん」
「お、アタシの事?」
「ここら辺を乗り物に乗らへんで旅するなんて物騒もいいとこやで」
クイッと親指で荷車の方向を指して乗り込めという合図をくれる。
「残念だけど、お金ないから」
「ええから、乗りぃ」
やや強引ではあるが、これが彼女の商売のやり方。 まずは恩を売る、そこから交渉したほうが色々都合よく事が進むのだ。 ……彼女は商人の中でも特に獣を商材とするペットショップという職業で、これがまた面白い成長の仕方をする。
獣の能力を自分の能力として使えたり、また、連れ歩けるペットの数が通常1匹のところを、ペットショップのみ3匹まで可能だったり。 要するに、獣を使って戦う事を生業とする獣使いだ。 特にステータスの変化は獣の構成で上下するし、スキルも獣の構成やらで強さが変化するので、成長しないと言ってもいいかも知れない。 それでも人気のある職業であるが、理由はどの職業でもお世話になる事があるからだ。
プレイヤーはペットショップからペットを1匹購入することが出来る。
どんなペットが自分には合うのかを考えるのも楽しみだが、ペットショップによって付けられる能力が違うし、品揃えもペットショップに並んでいるものでなければ買えない訳だから売る方も買う方も真剣になる。
ペットの種類は大まかに4種類で、攻撃系、防御系、回復系、支援系になる。 細かいものを挙げればキリがないのでここでは割愛。 あと、回復といっても傷を瞬時に治す訳じゃないのでそこも注意が必要か。 ん? じゃあ何を回復するのかって?
少し補足が必要みたい。
まず、HPについて。
これはつまり、どれだけ攻撃がヒットしたかなので、極論を言えばHP1でも、HP0の致命傷を負った状態とは全然違う。 HPってヒットポイントなんで、バイタリティポイントではない、RPGの定番だけど、つまりはそういう事なのだ。
ペットの使える回復技は、つまり、自然治癒力を高めるだとか、治癒効果のある葉っぱを使うだとかなので、回復は出来るけど死んだら生き返らないよって事です。
あと、魔法技術があまり進んでない設定なので、魔法でも生き返りません。
教会で高いお布施を払うと生き返るなんてのもナシ。
ちょっと脱線したけどストーリーに戻ります。
「どこまでやのん?」
「アスタートまで行くつもりなんだけど、ちょっと無謀だったか」
「お!? アスタート! それやったら行き先一緒や! 良かったら一緒に行かへん?」
「えっと、乗せてってもらえるなんてラッキーだし。 断る理由がないね」
「ほんじゃ、ウチ、マリィ。 よろしゅうな」
「アタシ、スミカ。 よろしくね」
あれだけの盗賊と戦って無事にやり過ごし、見たところペットも連れていない。 これはお客様になってくれそうで、その上道中の護衛も頼めるし一石二鳥か? などという目論見でスミカを拾ったマリィだったが、いやはやなんとも。 縁と言うものの始まりがこんな出会いだとは。
この先の事なんて分かるわけもない今だから、とにかく商談を進めるマリィ。
「せやからな、ペットちゅうんは冒険者なら誰もが持っとるもんなんや」
「うーん、アタシでも買えそうな手頃なペットとか居るなら見てみたいな」
本当は闘技場でチャンプを負かすほどのファイトマネーが支払われているので、手持ちの金額は割りと多めに持っている。 それでも手持ちのお金をおいそれと明かすのは無用心と言うものだ。
手持ちの金額の3分の1くらいの金額で欲しいペットが居るかを探ってみる事にした。
「なんや、結構もっとるやん?」
「え? ああ、まあそうなのかな」
「スミカはん、腕は確かみたいやし、サポート的で幻術に強いペットなんかどうやろ?」
差し出されたペットはコウモリ。 もちろん調教済みなので人にも簡単に売り込める。
「コウモリ……?」
「耳が良くてな、周りの危機的状況をすばやく察知できるんや。 どやろ、安うしとくでぇ」
少し迷ったが、まあ、荷車に乗せて貰ってる分も考えれば納得の値段。 購入を決めた。
「まいどあり♪ あと、余ったお金もこっちで割りのいいように換金したらどない?」
「ん? 換金?」
「あらま、知らんのかいな。 アスタート近辺はお金は金貨ではなくて紙幣なんよ?」
初耳だった。 その、紙幣とは一体なんだろうと、疑問に思っているスミカに優しく教えるマリィ。
「中央ではな、この紙切れがお金なんよ」
「ええ? この顔の書いてる紙が……?」
「何でも、有名な賢者様が行った政策で、だいぶ広まってるみたいやで?」
聞けば聞くほど、不思議なものである。 なんでこんな紙切れが価値があるのか。 そんな顔をしているスミカだが、これはゲームでは割と無いものだよね。
大概、RPGゲームでは金貨、銀貨、銅貨、なんてのが主流なんだし。
「換金は、ちょっとオマケしといたるわ」
「おお、なにか裏があるのかな?」
「中央ではね、金貨を紙幣には換金してくれるけど、その逆の紙幣を金貨にはしてくれんねん。 つまり、中央から外に出たら一文無しになるっちゅう事やな」
マリィという人物はとにかく親切だった。
これが商売の真の姿なのかも知れない。
恩を売る。 回りまわって自分の元に返ってくる。 それを知っているのが商人と言うものなのだ。




