健康な親友と何も出来ない私。
リクエストであった、『病弱な姉と健康な私』の親友視点です。
時々、飛びますが、どうか読んでくれると嬉しいです。
「全部終わったからさ、安心して」
鼻にチューブを付け、腕に点滴を大量に付け、沢山の包帯でグルグル巻きになった親友が松葉杖をついて、そういった。
痛々しい手術跡と、本来ならば美人間違い無しの顔が包帯で台無しだ。
「まったく持ってバカだ。アホだ。何処に安心しろという要素があるのよ」
私が呆れたようにいえば、彼女はアハハ…と力ない笑みを浮かべた。
「本当だね…でも、包丁は捨てて」
「私の名前は千春っていうんだ。よろしくね」
最初に出会ったきっかけは、小学校の学童だったと思う。
親が働きに出ている子供らは、この学童にみんな来ていて、そのうちの一人だった。
「私は桜よろしくね、君も一人?」
「うん」
ギリギリまで学童にいるのは、私と千春ぐらいなものだった。
私は、父も母もバリバリに働きたい、仕事人間で。
千春は姉が病弱だから、母がつきっきりで看病するので、帰りが遅いらしい。
そんな話をして、何となく仲良くなった。
最初の印象は、自分と似ている子だなと思った。
私は『お前さえいなければ』という、現実と理想との折り合いが付かない顔をしているママが迎えにきて。
千春ちゃんは『何でこの子だけが』という、何かに嫉妬をぶつけている顔をしたお母さんが迎えにきていた。
あぁ、家族からの扱いは一緒なんだなと、どこか仲間意識が互いにあったのも、親友になったきっかけかもしれない。
「大人って、身勝手だね」
「そうだね」
度々、そんな事を互いに本音をぶつけ合いながら、私たちは友情を深めた。運命共同体のような、互いに無くてはならない存在。
これは、ただの傷の舐めあいである。そんなことは知っている。
けれど、私達には傷に薬を塗ってくれるものはおろか、傷があることに気づいてくれる者すらいないのだから、それくらい許してほしい。
5年生の頃、千春ちゃんは筋肉の筋をお姉ちゃんに取られてずっと泣いていた。
かけっこで一番だったのに、彼女は足を無くした。
皆の前では、明るく元気な人気者をやっていたから、その悲痛さがかなり痛かった。
「お前は幸福の王子かバカ。自分のもん全部渡して最後には報われず溶かされるつもりか?」
その姉とやらに、色んな物を与える彼女を私は童話の話に例えた。
そう言ったら、千春ちゃんは愉快そうに笑った。
「ッハハ、幸福の王子って優しい心をもってるから最後にはツバメと一緒に天国に行けるんだよ?だったら、それもいいかもね」
そう笑って、笑って、笑って……歪んだ。
「本当は嫌だった。でも、家族だから…いい子だから…」
そういって、体育座りをしながら、声を殺して泣き、涙を流せず泣いていた。
家族という、何かに縛られている千春を一体どうしたら救えるのか、どうしたら彼女はちゃんと涙を流しても大丈夫な状況になるのか…
私は悩んだ。悩みに悩んだ。そして、答えが出た。
「そうだ、殺そう」
本気でバカだなと笑える。
まだ、小学生だから罪は軽いだろうと、そんな安直な考えで、千春ちゃんの家族を殺すことにした。
家にある、余り使われない包丁を持ち出して、鞄の中に入れ、いつでも使えるようにする。
病院の扉から入り、エレベーターに乗って、その姉と両親がいるリハビリ室まで歩いた。
今更ながらにドキドキしながら、よし、殺そうとリハビリ室の扉を開けた。
悪人や悪役がいると私は思っていた。
「私、歩けたよ!」
「よかったわ!本当によかったわ!」
「よく頑張ったな!」
目の前に広がったのは、頑張って、歩こうとする少女と、それを応援する『家族』の姿があった。
想像と違い、私は愕然とした。
だって、こんなの、えっと、可笑しい。
私の想像では、もっと悪人で……なのに、目の前の人たちは全然、悪意が無くて、ただ、一生懸命なだけで…
まるで、彼等を殺そうと思った自分がとてつもない異常者のようであり、彼等は善良な市民に思えてしまった。
人を殺す。その意味を今更ながらに理解した。
「殺せない…」
私は、自分が大罪人になることの恐怖から、その場を去った。
ほどなくして、千春はバスケを始めた。
筋肉の筋がなく、結構なハンデを煩っているというのに、大丈夫か?と思ったが、とてつもない努力の結果として、彼女はすぐにエースに伸し上がった。
「聞いて聞いて!予選準優勝!次はインターハイだよ!」
そういって、笑う彼女は生きる目標を持った自殺者のように、イキイキとしていた。
「よかったわね」
学校の人気者になり、慕われる生徒会長になり、時期キャプテンと言われるようになり…千春の物凄い才能の開花と躍進劇は留まることを知らずになった。
私はそれをジッとみているだけだった。
少しの嫉妬は芽生えたが、彼女の努力を知れば、それは吹き飛び、純粋な尊敬をもって見ていたし、その頃には、私は若干、崇拝者のような気持ちで見ていた。
「桜、聞いて。私ね、恋人が出来たんだ」
ある日、頬を赤く染めた千春ちゃんがそういった。
その相手は、何となく予想ついていたが、やはり千春 正人だった。
足が不自由の時に一緒にいてくれた人だっていうのは聞いていたし、彼の熱烈の視線はあからさまに思えていたから。
「そう、良かったね」
私は心から、彼女を祝福した。
祝福するしか無かった。
千春は幸せなんだと、私があの日、殺さなかったことは、正解だったんだと。
私は安堵の気持ちを持って、祝福していた。
いつのまにか、家族から酷い仕打ちをされたという話を聞くことが無くなり、代わりに正人との惚気話や、生徒会の話、バンドを組んだ話、美術を組んだ話とか……
そんな、ただの『友達』としての話をずっとしていた。
「最近、お母さんとはどう?」
久しぶりに、何気ない感じで彼女から家族の話を聞かれた。
「お母さんと最近仲良くなったんだ。理想と現実の折り合いをつけてくれて、もう私に当たらないし、最近は早めに帰ってくれるようになったんだ…凄く幸せ」
「…そっか…そっか」
何かを飲み込んだかのような、嘔吐寸前の子供みたいな顔を見せて、一体どうしたのかと聞く前に二カッと彼女は笑った。
「よかったじゃん!凄くよかったじゃん!」
頭を思いっきりクシャクシャと撫でられた。
何か違和感はあったけど、その正体が分からず、私は無邪気に喜んでしまった。
「ありがと。そういえば、もうすぐ、3年生だね。頑張ってよ千春は…私の憧れなんだからさ」
「……うん」
少しだけ泣きそうな、けれど嘘偽り無い笑顔だった。
「でもさ、私にとっては桜が一番の憧れだよ」
これが、最後に交わした彼女との会話
「実は、千春が病院から転落した」
ある日、突然、担任の先生から言われた。
その話題は学校中を回り、一体どういうことだよとパニックになった。
どの病院にいるのか、一体、何故飛び降りたのか、千春は大丈夫なのかと生徒は聞いたが、教師は更なるパニックを恐れてか、個人情報の保護という名目で隠していた。
少しの間、休んでいた千春君が登校し、何があったかを説明されて、やっと私は事の顛末を知ることが出来た。
「ふざけんな!アンタ彼氏だろ!何で守ってやらなかったんだよ!」
八つ当たりに近い感情で千春君を殴ってしまった。
殴られた千春君は何も言わず、受け入れてた。
分かっている。千春君は悪くないと、悪いのは私だと。
あの時、私が殺しておけばよかったんだ。
相手が悪人じゃないからなんだ、必死で生きているからなんだよ…そんな者より千春の方が大事に決まっているじゃないか!
自分が大罪人になることを恐れた勇気の無い自分が悪い。私が殺してさえいれば、それですむ話だったのだ。
「今度こそ、確実に、殺そう。」
病院の屋上で、そう覚悟を決めて、バックから剥き出しの包丁を取り出し、彼らの元に行こうとした。
「おーい、我が親友の桜ちゃん、取り合えず、その包丁は捨てようぜ」
風に塗られながら、千春ちゃんが現れ、冒頭にいたる。
「包丁は捨てない、殺すまで捨てない」
「勘弁してよ~…殺人犯になるつもり?それって酷くない?」
ふざけたように、何処かなだめるように、言った彼女に苛立ち、私はキレた。
「酷いのはそっち!なんで相談してくれなかったのよ!?勝手に…勝手にこんな事して!ううん!私じゃ無かったとしても、他に、千春君や、先生とか、後輩とか先輩とか…いっぱい…いっぱい…沢山…沢山…」
沢山、選択肢はあった筈なのだ。
善良な選択肢は吐いて捨てる程あった筈なのだ。
それなのに…どうして、よりによって誰も救われない選択を彼女はした。
私が叫べば、千春はすまなさそうに目線を下げた。
「うん、私…身勝手なんだ。いい子のまま死にたかった。自分のせいじゃなくて、誰かのせいで死にたくて、そのチャンスが巡った時さ、何も考えないで、寧ろ幸福感に満たされちゃって、飛び降りちゃった」
「ほら、だったら…」
「でもね、飛び降りた時に色々考えて分かった。あ、死ぬこと無いじゃんって、ちゃんと話せばもしかしたら何とかなったのかもしれないって…で、話し合って、自分の思いの丈をぶつけて、やっと縁が切れた。色んなことを考えて、今更だけど…
」
そういって、千春は松葉杖をいきなり捨てた。
そのまま、こっちへ歩こうとして…直ぐに崩れ落ちる。
「え…ちょ…!!」
これはヤバイと、千春を抱える為に包丁を投げ出した。
間一髪のところで抱えた瞬間、千春が私をギュウッと抱きしめる。
「もう大丈夫だから…お願いだから…私を思うなら、その手を汚さないで」
消毒液の匂いと、ガサガサした包帯の感触、落ちた筋肉、なのに、彼女はとても暖かくて、優しくて、力強かった。
「わかったよ」
私の中で、何か黒くて冷たいものが解けていき、何か暖かいものが溢れた。
結局、私は何も出来なかった。
役立たずで、頭が悪い子供で、勇気のない子供で…ただ見ているだけの傍観者だった。
それなのに、彼女は震えて、お礼を言った。
「ありがとう…ありが…とう。あのね、君が親友で…本当によかったんだよ。本当だよ」
鼻水をたらし、涙で顔をクシャクシャにして、千春は泣いた。
とても不恰好で、不細工で、顔がグッチャグチャで、とても遠回りをして、沢山の代償を払って、色んな物を失って…
彼女はようやく泣けた。
「これから大変だよ、沢山の人が病院に殺到するし、私と同じことをする人は多分沢山現れるよ」
「う、うわぁ…大変だな。でも、やるっきゃないか…」
「ねぇ、千春」
「何?」
「沢山、話があるの」
桜の花びらが舞い、千春と私を包み込んだ。
「うん、沢山話そう!何でも答えるし、私も喋りたいことが沢山あるんだ!」
全ての憑き物が取り払われた笑顔。
それは、彼女が救われたことを物語っていた。
桜
千春の親友の普通の女の子。
母子家庭で、孤独だったが、母との仲が良好になる。
千春を何よりも大切にし、尊敬している。
過去に千春の親と姉を殺そうとした経験がある。