冬至
今日が冬至だということは誰だって知っていることだ。今更それを説明する必要がどこにある、だが、気をつけてもらいたいのは、これが創作であるかもしれないということだ。あいつもこいつも、現実にはどこにもいない、のかもしれない。そうだな、村上春樹の言葉を借りるならば、私という筆者がこれを読む読者達に、話を提供してやるわけだ。まあ、今はそういったややこしい話はやめようじゃないか、いや、事は、私達が勝手に複雑に考えているだけで、本当は単純明快、至極当然のことなのかもしれないが、それを今の私が考えたところで何になるというのか、最早、最早人間という種族は終えているのだ。分かるだろう諸君。わからぬものなどあっちへいってしまえ。しっしっしってね。さて、不届き者は追い出した事だ。どこから話したものか、いや、まずこれだ、そう、私は近頃の若者、まあ、若者じゃなくたっていいさ、大人だってそう言う奴はいるし、やっぱり年齢などで区切っちゃ駄目だね、でなけりゃこの世の中は酷く窮屈なものになっちまうし、誰もそんな事を望んじゃいないだろうさ。窮屈な世界に閉じこもっていたい人間はどんなやつなのだろうね、推測するに、環境が悪かったのだろうね、人間という種族は不思議なものだったのさ、何故かって、場所によっちゃ、差別を嫌ったり好んだり、喋ったり、喋らなかったり、絵を書いたり小説を書いたり、落ちのある語りを作ったり、それはまた一杯の無駄なことをする種族であるのだが、誰もそのことについて疑問は持っていないし、むしろ、その無駄なことが神格化されて、今では宗教となっていたりさ、ようは不思議な、本当に不思議な奴らだったのさ。今の奴らは駄目だよ、まがい物になっちまって、かくいう私も本物はこの頭でしかないのだ。だから、取り替えられる前に考えられる事は考えておこうと思ってさ、こうやって色々と、傷跡を残そうと、子孫を残そうと女を襲うことはしないんだがね、いや、したっていいんだよ?でも誰がゴムに突っ込みたいと思うのさ。突っ込むならゴムより肉がいいよ。こうね、むっちりとした肉付きのいいね、腰に手をあてて、感触を楽しむというよりはね、あれはシチュエーションを楽しむものさ。そこらにある雑誌の情報とかを鵜呑みにしちゃいかんね、情報は何時でもすり替えられるものさ、僕の言葉だっていつの間にか抑圧されて、すり替えられて、都合の良い物になっているのだろうけど、今この瞬間だけはまだ正常でいられそうだからね。あんまりに怖くて、腰はガクガク、息は、寒くもないのに冷えてこんでしまって白い息に変わってしまっているし、まったく、この臆病な性格には困ったものだよ。でも、この性格ともいつかはおさらばだと思うと、なんだが、自分の孫のように愛おしくなるよ。いかないでくれって、いいたいけど言えないんだなこれがさ。あ、ごめん、ごめんって、ちょっと本題から離れてしまったね。何の話だったかな、そう、傷跡を残そうともがいているんだった、でも今日でそれも終わりなんだね、悲しいものだよ。だれでもいいよ、耳をすませてごらん、聞こえてくるはずさ、人間であろうとする最後の悲鳴がね。
ガシャン、ガシャン、コンバインがひとマス動くごとに、上から箱型の機械が落ちてきて、すっぽりとそれを囲むと、まずは手首をくるりと回していく。油が固まってしまっているから、最初は固くて直ぐに回らないのだが、箱型の機械の中にある、アームはそんなの百も承知で、また、別の所から、それを手伝うアームが出てきて、その手にはプラスチックで出来た容器で、先端がまるで栗の天辺みたいに尖っていて、その尖ったところには穴が空いている、そうだな、簡単に想像できるものと言ったら、あゝ、目薬の容器だと考えたら楽に想像できるだろう、それを、仮に手首を回すアームをライトアームとして、容器を持つアームをレフトアームとして、説明していくと、話の筋からして、ライトアームは、固い手首を回そうとするのだが骨が折れるわけだ、そこで現れるレフトアームが、容器から潤滑液を、ぽつ、ぽつ、手首と腕とを繋ぐ関節に垂らしてゆく。そうすると、数分して、潤滑油が馴染んでゆき、手首がするすると回って最後にはキュポンという音を立てて外れる。そこにはメタリックに、溝が彫り込まれた腕があり、手首とはペットボトルのキャップのような存在であり、では手首を外したらもう片方の手首もあるわけだから、今度はそれをくるりくるりと回転さてはキュポンと外し、次は腕にとりかかる。そうやって足も手も腕も身体も臓器も何からも一旦取り外すのだが、これらの部品は全部ライトアーム、レフトアームとは別の、そうだな、これをサブアームとしよう、サブアームがID番号にしたがって回収するのだが、結果残るのは頭だけで、これも最後には回収する。と、言うのも、最後に残る頭というパーツだけは、この更新日がくるまで、他のパーツとは違い、まだ生身のままなわけだ。この言葉、ちゃんと録音されているかな、うん、ICレコーダはちゃんと動いている、ここからが重要な事さ、そうだろ?多分、このレコーダを改めて見つけて、そして聞く時には僕の頭はどうなっているのだろうね、僕の、この鉄の身体と一緒になるんだろうけど、いや、考えるのはよそう、いけないことだよ、集中がそれることは、そう、いけないことだ、時は刻一刻と過ぎてゆくんだ、少しでもこの言葉を残そう。さて、まだ頭は生身のままという話だったね、いや、全ての話の中でこれだけが重要なんだ。僕たちは、いつしか人間でいることを放棄した、そこに人間はいない、どこにも、この言葉に偽りはないよ、今のところはね。でも、ちょっと声が上ずって上手く喋れないや、本当に、本当に身体が振るえてしょうがないんだ、あとどれくらい時間がある?数えるほどしかない。僕たちは、人間は、死からの開放、そして、娯楽への追求をしていく内に、手を出してはいけない領域に手を出してしまった。ああ、寒い、ヒーターも何も必要のない身体になっているはずなのに、ひどく寒い。くそ、今だけは、この臆病な性格が収まって欲しいものだ、難儀だね。ふぅ、まず、人間は人間工学による世界の快適化を目指す。昔から行われてきたことだ。人々が正しく効率的に動けるように周囲の人的・物的環境を整えて、事故・ミスを可能な限り少なくするための研究をする。考えてみれば何のことはない、ただ、住みやすく、ただ、人生を楽しみたかっただけの事だった、その筈だった。何時からだ、限りなく人間に近く、かつ絶対に人間がコントロールできるロボットを作ることに着手したのは。医療機関の研究もまた同時にいままでより一層、国からの援助もあって研究が盛んにされた。それだけなら良かったというのに。出来上がったロボットは最初こそ、ガラクタに近いものだった、しかし、医療機関の発達、生命維持の為に役立つアンチエイジング、そこから発生した細胞の再生、それが生み出した人工筋肉、さらには人工血液、これらがロボット研究と合わさり、限りなく、人間に近い動きを、それでいて強化骨格による人間以上の力を誇るロボットが生み出される。当時、ロボットが公に発表され、世間は沸き立った。これで危険な場での仕事がとても楽になる。死者がまた減るのだと。だがそのかわりとして、危険な仕事を生業としていたもの達は職を失った。けれども研究機関からしたらそんな事情というものは些細なものだ、自分の研究をすればいい、その結果などというのものは気にしない。では次に何を創りだそうとしたか、本来は人間が行うべき仕事、それら片っ端からロボットが成り代わるように新たなロボットを、また、新たなロボットを、どんどん創りだしてく。新たなロボットが生まれる度に、職業が一つ潰れていく。また一つ、一つと。抗議が上がらなかったわけではない、職を失っていく者達は職を求めて結束する、最初こそ微々たる勢力だったのに対し、ロボットが生まれれば生まれるほど、勢力は拡大していく、だが国にとってそれらの勢力というのは邪魔でしかない、ロボットができればでかい企業が、グローバル企業とでも言うのか、そいつらが莫大な金で買ってくれる。そして莫大な金の内、国に回る金が多く在る。腐りに腐った政府内部は権力にものをいわせて、政府に対し仇なす勢力を潰していく。なに、潰すだけでは面白くない、ならばもっと有意義な人間の使い方があるじゃないか、一人の政治家が高らかに政府内で言った。人間を実験材料にしよう、職を失い暴徒と化した国民共は非国民だ、何を迷うことがある、国の繁栄のために、その礎となるなら非国民だって本望だろう。その言葉には流石に政府内にどよめきが走った、流石に人間を材料として使う、モラルというものが問われた。そのモラルが崩れるまで時間は掛からなかったが。そして、徒党を組んだ勢力の中から行方不明者がちらほらとでるようになった。その数は段々と増えていく。どこかのマッドなキチガイがどんどん材料を欲して国に頼む、そうしたらすぐさま国は二三人などとけちなことは言わずに大量の人間を研究所に送り込む。これを怪しまぬ者がいようものか、マスコミが直ぐに探りを入れた、金で潰された、市民たちも馬鹿じゃない、まずは警察に言う、しかしその警察というのは汚職に既に染まっている。ならば探偵はどうだ、帰ってくる者は一人もいない。最後に市民が結束する。言わずもがな、結束した者達はすぐさま材料として研究所に送られた。そして何時頃か、研究所に送り込まれた材料が、無機質な顔で街を闊歩するようになる。その無表情さを抜けば普通の人間にしか見えない。けれども人間とはどこか外れた彼らは、百年たってもその容姿を変えぬまま、生きた。これこそが人が人でなくなった時だ。人の体が鉄の身体へとすり替わった。これほど恐ろしい物があるものか、血が、肉が、意志が、全てがすり替わっている。都合の悪いものは潰される。初期のタイプである人間ロボットたちはまだ脳の解析、解析からのデータ化が今みたいに高度でなかったために容量が限られ、その為に感情というもの何もが削り取られ、生きるという本能に近いものだけが残された。表情がないのはそのためだ。さながら一昔前の映画、ウォーキング・デッドのゾンビだ。人を喰いはしないものの、その姿は不気味を通り越して吐き気がする。腐臭こそしないものの、その体の節々から漂うオイルの匂いが人間ロボットの存在を認めることを否定する。だがどうだ、その技術を欲したのは各大企業の社長、または成金共だ。金以外に何もない彼らの先には必ずと言って悲惨な死が待ち受けている。その死から解するためならば身体が鉄になっても構わない、そういう輩が出てきた。永遠の美を追求する女性だっている。そして、今に、至る。人間の思考、性格、それらの心に関わる物が、ほぼ盤石のものとなるには約二十数年という時間が掛かる。青年期になり、大体の身体の成長が終わると、指先から入り、腕、足、赤ん坊から大人になるまでの成長の順番とは真逆の方向に身体が機械に変わっていく。それらは何時も、冬至に行われる。それが更新日だ。身体の機械化は最早義務化となっている。機械の身体は食料を必要としない。必要とするエネルギーは、人類オートマ化計画に伴い開発された。あらゆる自然エネルギーの変換効率を上げ、生み出される機械に過不足なくエネルギーが行き渡るくらいに発展した。悪魔の発展だ。これは進化とは言わない、深化と言う。人間ができる可能性を突き詰めただけの結果、そこに新たなる可能性は存在しない。あるのは娯楽と機械音だけだ。僕は今年で二十三になる。僕が僕であれる時間は、もう、ない。脳の解析、データ化をされると、都合のいいように記憶が書き換えられる。僕は機械でいることになんら疑問を持たなくなるだろう。だからせめてこの言葉を最期に残す。たとえ、たとえ人間をやめたとしても、人間であれ。ああ、扉を叩く音がする。もう、僕は殺されるらしい。このレコーダを、もし、機械の僕が見つけることが出来たなら、有難う、そしてさよならだ。
ーーID1235452154645654541番、更新日です、更新日ですーー
まるで人のようなロボットが、ロボットの仲間入りをした青年に話しかける。おめざめの具合はいかがかな、貴方は今日、生まれ変わりそして素晴らしい人生を贈るのです。今日はつかれているでしょうから眠りなさい。大丈夫です貴方は、生まれ変わった人類なのですよ、それでは。ロボットは踵を返して部屋から出た。それを青年はぼうっと見つめる。頭のなかに霧がかかっているようだ。ロボットの言葉通りに、記憶の中にある自分の部屋に行く。四角い部屋には、部屋奥にベッドが、隣にランプ台が置かれていて、部屋中央に丸テーブルとこれまた丸い椅子。記憶通りだ。ふうと溜息をついてベッドに腰掛ける。あとは身体をまかせて目をとじるだけ。そう思った瞬間に、どこからともなく音が聞こえた。
ーーふむ、これが流れているということは、無事、人間をやめてしまったようだね。そして、僕もこの世から去っているのだろう。ーー
懐かしい声だ、記憶にはないが何故だか青年にはそう思えた。
ーー君が君自身の言葉を残したいといった時には驚いたよ。部屋の改造にも手間取るしさ。それに君の言葉を残すには僕の記憶があいてに知られてはいけないからね、僕は生きること諦めるよ。そのかわり君が人として生きていくことを祈っている。命は命の犠牲があってこそ成り立っている。僕は君のために犠牲になろう。じゃあ聞いてくれ、君自身の言葉をさ。ーー
そこで一旦音声が途絶える。胸の奥を激しく叩く音がする。機械の身体に熱を帯び始める。知っている。この声を知っている。知っているはずなんだ。
ーー今日が冬至だということは誰だって知っていることだ。今更それを説明する必要がどこにあるーー
新たに流れてくる声が槍となって青年の身体を刺す。自分の声が流れている。振るえ、上ずった声が流れてくる。流れる言葉が血流を早くする。激しい鼓動が収まることはない。溢れ出る涙の言葉を聞いた彼は、ロボットか、人間か。
ーーたとえ、たとえ人間をやめたとしても、人間であれ…………有難う、そしてさよならだ。ーー