ザキヤマ夏の小麦カーニバル
午前10時、A市の中央交差点に人ごみに紛れて二人の人間が歩いていた。
7月後半だというのに、どちらもコートを着込んでいる。
「あー、寒いですね。今すっげーパスタ食べたいです。アッツアツのナポリタンがすげー食べたいです滝沢さん」
「麺類なんかにお金はかけられません。あと、寒いとか言いながら変な液体が顔から流れ出てますよ?綺麗な顔が台無しですよ山崎さん」
滝沢と山崎だった。
「…しかし、僕は納得いきません。なんで巷ではこういう不毛な遊びが流行っているのですかね」
「滝沢さん、あなたは勘違いしています。このように我慢をすることで忍耐を付けているのです」
「忍耐なんてなくても良いです。それに僕は暑いのが赤飯の次に嫌いです」
「不死身のくせに何を言っているのですか。これは健康な肉体を作るための、いわば修行です。あと『暑い』と言ったので100万円の罰金です」
滝沢は何も言わず、コートのポケットから100万円を出し、山崎に手渡した。
「B市からG市にかけて出現、殺害者は約2000人ですか」
滝沢は紙を見ながら呟く。コートは脱ぎ、肩にかけていた。
「犯行場所は幅広いので特定不可、時間帯は不定期、経歴年齢地元も不明ですね。強いてわかることといえば、花柄の刺繍が施されたマスクを被っているくらいですかね。こんなスカスカな内容で依頼とは流石政府、能無しゴミクズどもの集まりですね」
「罵倒するなら、もう少し綺麗に言ってただけませんかねぇ」
滝沢のすぐ隣を山崎は付いてゆく。山崎もコートを脱ぎ、腹辺りで体に巻きつけている。
歩道を渡ろうとすると、信号が赤に変わった。
「そういえば、滝沢さんはどこに行くつもりなんですか?」
信号が赤になって数秒後、山崎は左手に持ったライターで煙草に火をつけながら尋ねた。
道路を挟んで向かい側にはコンビニが見える。
「取り敢えず、もう一度コンビニに行ってパンを買い占めます。300ポイント貯めると、素敵なお皿と交換できるらしいので」
「そうですか。私は米派なのでパンの処理は全部お願いしますね」
山崎は煙を一度吐き出すと、煙草を地面に落とし、足で擦って火を消した。
そして大きな欠伸を一つ出す。それにつられて滝沢も欠伸をした。
「そういえば」
滝沢は思い出すように呟いた。
「こういう時って案外すぐ目的の人が見つかると思うんですけどね」
「メルヘンも大概にしてくださいね」
「……はぁ」
それから会話は途絶え、二人はぼーっとしながら信号が青に変わるのを待った。