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欲しいのは君

作者: 埴輪


京子と正義は大学時代に出会い、それから三年半の付き合いを経てから結婚の約束をした。

二人の左手の薬指にはお揃いの婚約指輪があり、プロポーズは夜景の見えるレストランという、なんともベタなシチュエーションで行われた。

互いの実家への挨拶も済ませ、来年の春には結婚式をあげる予定だ。

真面目で有能、会社でも評判の色男である正義と地味な顔立ちだが意外とスタイルの良い京子は当初珍しいほど清いお付き合いをしていた。

二人とも信じられないことに互いが初めての恋人だった。

色男だが、とにかく神経質で他人にも自分にも厳しい正義は今まであまり女性に興味がなかった。

恋人なんて煩わしい存在は不要だと、京子に出会う前までまったく女気がなかったのだ。

彼の友人達はそんな正義に嫉妬半分、哀れ半分な、なんとも切ない目線を送っていた。

一方、京子は少し大雑把な性格で、お洒落も異性も、正義に出会うまではまったくと言っていいほど興味がなかった。

周りの同姓の友人がどんどん恋に咲き、恋に枯れても彼女はひたすらマイペースに趣味の映画鑑賞に精を出していた。

そんな二人は大学三年の夏に映画館で知り合いその後もなんともベタな感じで再会し、運命的な繋がりを持って恋人という形に収まった。

大雑把でマイペースな京子と神経質で生真面目な性格の正義は周りが驚くほどの熱愛ぶりを見せ、最凶のバカップルとして番付に載ったほどだ。

二人の付き合いは当然の如く、卒業してからも続いた。

就職難の今のご時世で、正義は某有名企業に入社し、有能な新入社員として期待されていた。

京子もまた競争率の高い某編集部に入社したが、色々とあって結局辞めてしまい、実家の花屋を継ぐことで落ち着いた。

社会人になった二人には幾多の試練が訪れたが、そのラブラブっぷりで全て乗り越えて来た。

主に正義に一目惚れした専務の娘が強引にお見合いを計画したり、カフェでコーヒーを啜る正義にこれまた一目惚れした女子高校生がストーカー事件を起こしたり、またまた正義に想い焦がれていた幼馴染みが留学先から帰国し突然プロポーズしたり、最後には余命半年だと言う同僚に最期のお願いだから私を抱いて、と泣きながら迫られたり・・・まさに波乱の連続だった。

だが正義はどこまで行っても、どんなことが起こっても京子一筋だった。

お見合いを画策した専務をスキャンダルで脅し、ストーカー女子高生を容赦無く傘で突き刺し、幼馴染みに冷笑と罵倒を浴びせ、余命半年の同僚に目もくれなかった。

しつこい女性には制裁という名の、とても口では語れない非情な手口で排他した。

名前とは裏腹な道を堂々闊歩する正義には一切の迷いもない。

ここまで来ると人間としてどうだろうと思うが非人道的な部分を決して人に見せないため、正義の人間的評価は今も鰻上り状態だ。

ちなみにその間も京子はのんびりマイペースに新作のDVDの発売を心待ちにしていたりする。

浮気などを京子に疑われたら、(自分が)キレて何をするか分からないと、正義は全て秘密裏の内に片付けた。

とにかく正義は京子にデレデレなのだ。

溶けたアイスクリームの如くベタベタでデレデレだ。

おまけに吐いてしまうぐらい甘い。

糖尿病確実な糖度が練りこまれている。

正義の好き好きオーラに隠れてあまり目立たないが、京子もまた入院必須な甘い愛情を正義に向ける。

ただ、大雑把でマイペース、よく天然だと称される京子だが、実は誰よりも良識的な常識人だった。

一目も憚らなずにベタベタする正義を時には叱り、社会人としてもっとも大事なTPOをいつも心がけていた。

京子がかなりの常識人で極度のツッコミ体質だと知る者は案外少なかったりする。

その体質と頑なな常識に縛られ、なかなか素直に正義に好意を向けられない自身に苛立つこともある。

そんな京子の胸の内など全てお見通しな正義は内心ニヤニヤするのだ。



そんなこんなで、ザ・常識人な京子は、正義が頬と耳を赤く染めながら掲げるその実用性をまったく無視したピンク色を基調にし、真っ白なフリルが何重にも重ねられたフリフリエプロンから目を逸らした。

この年になれば嫌でもそのフリフリエプロンの使い道が分かる。


「嫌」


京子は正義が口を開く前に即答した。

過去にも似たような事態に陥ったことがあるため、京子は冷静に返すことができた。

が、過去何度も正義の甘言に惑わされ、死ぬほど恥ずかしい目に遭っている京子は今度こそ騙されない流されない断固拒否の姿勢を崩さないめたにおもっいきり冷やかな視線を向けた。

徐々にだが、確実に正義の欲求は誇大化し、年々ひどくなっている。

ここに来て一気にレベルを上げてくるのは想定外だった。

これ以上無茶な要求をさせないためにも、これからの自身の安寧と誇りのために、京子は心を鬼にして戦うことを決心した。

一方正義はえー、と不満そうに唇を尖らし、媚びるように京子の隣りにぴたりと寄り添って、まだ何も言ってないよ~?とお前一体誰だよっと会社で勝手にライバル視してくる同僚が見たら失神してしまうほどデレデレと崩れた顔と甘えた口調で京子の頑なな心を解そうと涙ぐましい努力をした。

正義のラブ度と京子の惚れ具合は傍から見ると完全に正義の方が濃厚で甘いと思えるが、京子もそれに負けないぐらいに正義に濃厚に甘く惚れているため、軍配は微妙に正義に上がっていた。

正義の甘えた声に、京子は顔が綻びそうになるが、そこはぐっと我慢した。

今の今までも、この声に油断して騙されたのだ。

今回だけは譲らない、と京子は誓っていた。

これは少し厳しいな、と判断した正義は甘え攻撃からもう少しレベルを上げて突っつくことにした。

俺達来年の春には夫婦になるんだよ?となんとも幸せたっぷりな、夢見るような感情を載せて正義は切り出した。

それに京子が反応しない筈もなく、顔を赤くして嬉しそうな声で小さく、うん、と頷いた。

そのあまりにも可愛い未来のお嫁さんの姿に感激した未来の旦那さんはそのまま無理やりにでも押し倒したい衝動をなんとか耐えて続きを口にした。


「俺はね、ただ純粋に見たいんだ……」

「………」

「未来のお嫁さんが、可愛い可愛い俺の京子が、真新しいキッチンに立って、そこで新品のエプロンを着て……」

「………」

「疲れた俺は、エプロンを着た京子の後姿を見て、何を作ってるの?って後ろから抱き付いて聞くんだ……」

「………うん」

「京子は邪魔をしないで、って顔を赤くして言うけど、俺の好きな物ばっかり作っているの、俺は知っているんだ」

「……………うん」


内心、正義の好きな物ばかり作るのは面倒だなーと早くも諦めムードに入っているのだが、薔薇色の新婚生活を想像し、悦に入っている正義は気付かなかった。

正義はシルクで出来ているらしいその目に痛いフリフリエプロンを優しく撫でて続きを話した。

声にはどんどん熱が入る。


「休日は京子の隣りでお手伝いして、会社帰りや、朝はエプロンを着た京子の一生懸命な後姿を見ながら、ああ、俺は世界一幸せな男なんだなって……」


やはり何故そこまでエプロンに拘るのか理解できなかった。

正義を過剰に愛している京子だが、ときたまこのように現実的なことを考えてしまい、置いてきぼりにされることがある。

正義が極度のロマンチストだからなのかもしれない。

いや、男には皆譲れない浪漫があると言う。

なら、女の京子には一生分からない、本能的に備わった何かに男は囚われているのか。

正義の長々とした妄想オンリーな語りに疲弊してきた京子は、とめどめのないことを考え始めた。

そもそも二人は来年の結婚式の準備について話し合っていたはずだ。

急に何かを思い出した様にごそごそと紙袋を持ってきた正義にプレゼントだよ、と見せられた例の物が全ての始まりだった。

ちなみに京子にとっては消し去りたい過去の失態も、今とまったく同じシチュエーションで始められた。

正義の部屋で二人っきり。

そして突然取り出された紙袋といつも以上の笑顔。

紙袋の中身は毎回違うが、何が入っていたのかを知るのは二人だけだ。

これは決して他言してはならないと、京子は決死の思いで誓った。

もし誰かに知られたら、自分は羞恥心のあまり正義を残して死を選ぶかもしれないと本気で思っていた。

今度は絶対に流されない。

もしここで流されれば、これからどんな変態プレイを強いられるのか分かったものではない。

これ以上は絶対無理だ。

京子と付き合いだしてから初めて知るエロス的な何かに正義は目覚めていた。

それゆえに京子の覚悟は悲壮感たっぷりだった。



だがやはり正義の方が何倍も京子より上手だった。

正義相手に充分健闘した京子だが、やはり、撃沈した。

正義が嬉々としてエプロンを広げるのを呆然と見ながら、一体どこでこうなったのか、どういう流れでこんなことになったのか、まったく理解できないまま、京子は震える手で男達の浪漫……フリフリフリルのピンクエプロンを持った。


「服は俺が脱がしてあげるよ♪」


悪趣味で普段の京子ならまったく着ない、甘ロリ的デザインのエプロンだがつけれないこともないなとポジティブに考えるよう努力したが、正義のその心底愉しそうな、見覚えのある妖しい視線に京子は凍りついた。


「…ふっ、服?」


脱ぐの?とどうかそれだけは勘弁してくれ、とずっと祈り続けていた京子の希望を正義は当然の如く脱ぐんだよ、と切って捨てた。

こういうときは容赦無く鬼畜ぶりを披露するのだこの男は。

青ざめる京子に手を伸ばす正義。

呆然としていたが、ブラウスのボタンに手をかける正義にはっ、と身の危険を感じた京子は思わず後退る。

そして足で何かを踏んだ。

その感触に例のエプロンが入った紙袋だと理解するが、その紙袋の中にまだ何か入っていることに気付いた。

これは一体何だ、と硬い表情の京子に正義は気付いたんだね、と妖しい微笑を浮かべた。


「それも、後で使おうね」


正義はうっとりと、頬を染めて京子を熱っぽい目で見た。

足に残る何か硬い感触に、そして見覚えがあるようなないようなその形に、京子はまさか、とある物を思い付き顔面蒼白になった。

これは、まさか……所謂×××……………

逃げることも出来ず、正義のオーラに気圧されるかのように固まった京子。

エプロンつけてから脱ぐ?それとも裸になってからエプロンつける?と究極の選択を迫る正義に、何か言うことも拒否することもできず。

結局京子は正義のお願いを断われないのだ。

それが例え、どんなに常識人の京子にとって耐え難い屈辱でも。

どんな変態プレイも、最後には従ってしまう。



……一瞬、ほんの一瞬のことだが、京子は結婚を早めたかと後悔した。











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