第九話:波乱の回避
第九話
今ではかなりの数が普及された携帯電話。中学生だって持っているし、小学生の中にも所有している子もいる。もちろん、高校生の俺も持っているし、大抵の生徒が持っており、学校に持ってきているだろう。
ただまぁ、前提と言うか、『教師の見ている前では使用してはいけない』、『使用が許されている場所だけでの使用』といったものが決められている。通話がしていい場所は職員室を抜けたベランダ、屋上(立ち入り禁止となっている)の二か所だけだ。
ルールが守られなかったらどうなるか?決まっている…罰を受けるのだ。
「新戸、生徒会室では使用厳禁だ」
「え」
「没収だ。反省文を書いてこい」
たとえ知り合いと言えど、彼氏と言えど、手加減するつもりは毛ほどもなかったようで俺から携帯電話を取り上げた。ちょっと気を許しすぎたかもしれないと思って大人しく引き下がり、反省文を書く為に紙をもらったわけだ。
「私の彼氏だからな。一枚増やしてやろう」
「……ありがとうございます」
全く、嬉しくない。
六月の中盤、俺は携帯電話を数日間使用不可にされたわけだ。使用不可にされた事に腹を立て、親が学校に乗り込んでくるとか冗談にも程がある。
「それは風太郎が悪いんでしょ?はやく反省文を書きなさい」
「へーい」
夕食時でも母ちゃんにそう言われた。そりゃそうだろう、学校の事に親が関わってくるなんて後ろ指さされるレベルである。モンスターペアレンツの友人なんて誰ももちたくないだろうからなぁ…中学の頃そういった奴がいたけど、ものの見事に隔離されてたな。
家で反省文を書くが、書き終わらずに学校で書くことにした。
「……まぁ、特にメールとか送ってくる奴がいるわけでもないか」
ここ最近、電話もメールも母ちゃんからが多い。先輩とは恋人のはずだが、携帯での関係は必要事項のみという何とも素っ気ないものだったりする。一応、先輩にも言い分はあるようで『気持ちが伝わらないだろう』との事である。
朝のHRが始まるまでに書き終えようとするも、埋まらない。
「新戸おっはよ~」
「おはよう」
元気の塊みたいな奴が入ってきた。反省文を指差しながら薄っぺらい鞄を自分の机の上に放り投げてこっちに近寄ってくる。
「あれ、ケータイ取り上げられたんだ?」
「ああ、先輩にな」
「先輩……生徒会長さんかぁ。相手が新戸と言えど、手加減しないんだねぇ…でも当然か」
「なんで当然なんだよ?」
「やっぱりきっちりして欲しいと思うよ。新戸なら尚更ね」
「……そうかもなぁ、ちょっと気が緩んでたわ」
「で、どんな事書いてるの?見せて見せてっ」
「ほら」
使用した事を素直に悪いと認めた文章が続いているだけである。受理されなかった場合はボランティア活動に参加せねばならない為に一発で合格を目指さなくてはいけないのだ。別に活動に参加してもいいけどな。
「面白くないね」
「反省文が面白かったら問題だろ」
「うーん、そうだね。でもこう書いておくといいよ……ほら、こんな感じ」
しょっちゅう取り上げられていそうなイメージがある為に反省文は自信あるんだろうかと見せてもらった。
「……『社会が悪い』って絶対に駄目だろ」
「そうかなぁ、学校が悪い、ひいては生徒会長が悪いんだって言えば嫌われるだろうし」
「嫌われちゃ駄目だろっ」
「いいじゃん。二人もいるんだからさ~、一人ぐらい失っても」
「本命は先輩だから絶対に駄目だ。ったく、邪魔しやがって…」
社会が悪いと言う文字を消していると中州が入ってくる。
「おや、携帯電話を取り上げられたのですか?」
「そうだよ、反省文書いてるんだ」
「どれどれ……これならすぐに返ってきそうですね」
「そっか、お前に言われるとほっとするよ。どっかのアホと違ってな」
「むっ、わたしは別に間違ってないもんっ」
いきなり黒板前に移動し、教壇を両手で叩いた。
「皆の者っ、携帯電話を別に授業中に扱ったぐらいで取り上げられるこんな校則、我々の手で買えようではないか~」
「ん、何だ何だ?」
「また田畑のアホが騒ぎだしたようだな」
クラスメートからもアホ扱いとは…可哀想な奴だ。
いつものように騒いで終わりだろうかと思ったらそうでもないようでみんな田畑の言葉に耳を貸していた。
「そうだよなぁ、確かにおかしいもんな」
「別に休憩時間とかちょっと触ってもいいよなぁ」
「この学校に革命を、わたしとともに、みんなで起こそうじゃあないかっ」
「おー」
「ありがとう、ありがとうございます。田畑焔はみんなの住みよい学校へ変えようと思っています」
「いいぞ~」
「もっとやれ~」
盛り上がっている中、俺の反省文は何とか完成した。アホに構っていなくてよかったからかもしれないし、中州がアドバイスしてくれたからかもしれない。そして、とある声が発せられたところでこの集会は一気に静まり返った。
「ちょっと、何の騒ぎ?」
クラス委員長である中原美奈子の声だった。俺に対しては優しいが、こういったことに関しては厳しい。教師から『このクラスは静かで、教えやすい』と言われるのも全てこの中原美奈子のおかげなのだ。きっといなかったら暴れん坊クラスの名をほしいままにしていた事だろう。
「お腹が急に痛くなったでござる。急性お腹Pごろろでござるよ」
「おお、お主もか。拙者もでござる。なかなかきわどい状態でござる」
「では共に参ろうか?」
「拙者もついて行くでござる」
「では皆で厠に参ろうか?」
「そうするでござる」
男子のほとんどが中原さんに睨まれながら出て行ってしまう。
「田畑さん、こういう事はあまりしない方がいいよ」
「え~なんで?」
「いずれ休憩時間だけじゃなく、授業中に使う生徒が必ず出るわ。だから駄目」
「ちぇ~、校則変えたら新戸が喜ぶと思ったんだけどな」
「それはなんでそう思うのかな?」
「新戸、携帯取り上げられちゃったんだよ」
田畑がそう言うと話をやめてこっちにやってくる。
「風太郎君が田畑さんにそういったの?」
「え?何が?」
中原さんの手が動いたのも一瞬、そして俺の頬がいい音たてて突っ張られたのは一瞬の出来事だった。
「ちょ、ちょっと新戸に何するのっ」
田畑が食ってかかるけど、あっさりと押しのけられて『あ~れ~』とか言いながら飛ばされていった。
「…風太郎君、あたしは普通の学校生活が送りたいのっ、その邪魔をしないで」
すっごい迫力である。逆らったらすーっと持ち上げられて爆破されそうだった。
「え、あ、ああ…悪かった」
「わかってくれたのならいいよ。許してあげる」
中州なんていつの間にか隅っこの方に逃げておびえているし、他の女子もびっくりしているようだった。
中原さんはそのまま鞄を持って自分の席に着席。いやーな空気が流れ始めたので俺は教室を出ることにした。
「新戸ぉ~じつによき響きでござる」
「イライラがすかっと消えたでござるよ」
「新戸のおかげでござる」
「ござるござる」
「いや、俺がぶたれたんだが?」
「ぶたれるのは誰でもよかったでござる」
「どうでござるか?彼女にぶたれた感じは?」
何だこの御座る口調は?
「あのなぁ、あの一撃は迷いのひとかけらもなかっただろう?」
「確かに痛快でござった」
「そうでござろう?つまり、拙者の事よりも校則の方が大切と言うのがありありと言うことでござる」
「その通りでござるな。つまり、貴殿は彼氏ではなく、校則の方が彼氏と言う事で間違っておらぬということでござるか」
「その通りでござる。つまりは、中原美奈子殿と拙者の間柄は不良に切れるクラス委員長という構図だったと言うわけでござるよ」
まずは外堀から埋めて行く事としよう。俺と中原さんの仲をなかったことにするには少々時間がかかるかもしれないがこういった偶然を積み重ねて行ってゴールに向かうしかない。
意外と早い段階で無かった事に出来るかもしれないと思った俺は浅はかだったのかもしれない。
俺がぶたれたその日の一時間目休み時間。俺は中原さんに連れだされていた。
彼女は泣いていた。
「本当、本当にごめん。風太郎君の事をぶとうなんて思わなかったんだ。でも、あたし、クラス委員長だからクラスの皆のために率先して悪い事をしようとしている人を止めないといけないから…だから、だから…怒らないで?」
うわー、どうするよこれ。すっごく面倒なことになったんじゃないのかしら?
「は、はは、別に怒ってないから気にしなくていいよ。じゃ、俺、教室に戻るから」
逃げようとした俺の腕を掴む。まだ何か言いたい事があるらしい。
「今度はど~したの?」
「お願いだから、他のみんなに変な事を言わないで、もう、ぐずっ…あまり友達もできなくて風太郎君に嫌われたらあたし、どうすればいいのか……」
「あ、うん、ご、ごめんねぇ」
まさか男子との会話が聞かれていたとは…いや、声高らかに最後の方は『よきにはからえ、がははは』ってやってたからな。そりゃ誰でも聞こえるか。
「……そういえば、風太郎君に昨日の夜電話したんだ」
「え?」
「そうしたら生徒会長が出て、びっくりしたよ。驚いてきっちゃって…本当に、びっくりしたよ…あ、ごめん、ネクタイ曲がっちゃったね」
別にネクタイは曲がっていなかった。だけど、中原さんはそれを正してくれて……ちょっときつめに絞めてくれた
「あ、ごめん、つい力がこもっちゃって」
「あ、いいよいいよ…」
「じゃ、あたしもう行くね」
すぐさま笑顔になって行ってしまった中原さん。なんとなく、嘘泣きしていたんじゃないかと思ってしまった。