第八話:プール掃除
第八話
五月はこれといって特徴的な事もなく(いや、田畑に二股っぽくなっていることがばれたが)、六月。
梅雨時、しかしながら体育は水泳も入ってくるわけでプールの掃除があったりするわけだ。我が羽津高校では生徒会がプール掃除を行うのが伝統だかなんだかで、俺も呼ばれていたりする。
「手伝わせてしまってすまない」
「いえ、別にいいですよ」
何せ、プール掃除を制服でするわけではないからな。うん、スクール水着とはいえ、水着である。しかも、今年の生徒会は『女の園』と呼ばれているぐらいで男子生徒は入っていないのだ。
「ふむ、そうか」
「新戸君も喜んでいるようですし、手伝ってもらいましょう会長」
加賀美生徒会長と双璧を成すと言われる浅野副生徒会長。眼鏡で、長髪にバンド、脱いだらすごいと何故だか知れ渡っている人である。
しかも…
「新戸君、ご褒美ですよ」
素晴らしい絶景を見させてくれるように胸を協調させるようなポーズをとってくれる。まぁ、サービス精神旺盛なのだ。
しかし、しかし…あれだ。隣は生徒会長なのだ。俺が現をぬかして居たら怒ったりするんじゃないだろうか?
「あれ、やっぱり彼女さんからしてもらったほうがいいのかな?普通だったらだらしない表情見せてくれるんだけど…顔色うかがっているようじゃ駄目ね」
「あ~……はは」
先輩の方を見るけど特に何とも思っていないようだった。ちょっとばっかり、さびしかったりする。
「会長」
「何だ?」
「いつも公私ともに新戸君に手伝ってもらっていますよね?」
「ああ、そうだ。そうだな、新戸?」
「え?ええ…」
いわば先輩の第三の腕と言ったところだろうか?いや、会長の下僕と言ってもいいかもしれない。
「お礼とかしてないんですか?」
「失礼だな。ちゃんと手伝ってもらったら『ありがとう』と言っているぞ」
胸を張って先輩は仁王立ちしている。手を合わせておいた。
「いや、そうじゃなくて…」
しばらく悩んでいた副生徒会長は浅野生徒会長は俺に近寄ってくる。
「な、何ですか…よからぬ事を考えている目をしてますけど」
後ずさりで逃げられる距離にも限界があり、かかとに何かが当たったところで終わってしまう。俺の顎に手を這わせ、胸を押しつけ、足を絡めてくる。
「新戸君、いつもありがとう…キスしてあげるね」
「え、えぇ~…」
いや、冗談だって言うのはわかってるんだけどな。ほら、やっぱり男って心の奥底で『いけるかも、いけるかもしれない』って思うときあるじゃん?人前ってわかっていてもやっぱり期待しちゃうもんだよ
そういえば、先輩も近くにいたんだっけか。
先輩のいる方へと視線を動かすが浅野先輩も身体を動かして見えない様にしていた。
「あら、やっぱり彼女の方が気になるの?でもね、今目に映っているのは私だけでしょ?違うかな?」
「ち、違いませんっ」
「じゃあ、目を閉じて」
「……はひぃ」
言われるままに目を閉じる俺。きっと飴ちゃんあげるからと言われただけでほいほいと暗がりに連れて行かれてしまうのだろう。
そう、俺一人だけなら確実に連れて行かれるだろうな…残念、先輩が近くにいるのだ。
「そこまでだ、そういうのはよくないぞ」
副生徒会長の後頭部を引っ張って俺を解放する。
「大丈夫か?」
「え、ええまぁ」
ちょっと惜しいかと思いつつ、そういった甘い考えが中原美奈子との間柄を未だ解消できていない要因なのだと冷静に分析してみる。
「大丈夫って、別に何もしてませんよ。ちょっとちゅうしようって思っただけです」
「校内では禁止されているだろう」
「ちょーっとぐらいいいじゃないですか」
「駄目だ。絶対に新戸には手を出すな」
「へぇ~会長がそんな事を言うのは珍しいですね~」
「当り前だ、新戸は私の彼氏だからな」
胸を張って言ってくれる先輩が神様に見えた。気のせいか、後光まで見えたりする。
「じゃあ会長のいただきますっ」
「む、むぐぐ……」
何と、あろうことか目の前で先輩の唇が副生徒会長に奪われてしまった。そのまま先輩はぺたんと尻もちをついて副生徒会長に押し倒され……
「ぷっつはぁ~……御馳走様でした」
「お、女の子同士で…」
ゆらりと立ち上がる副生徒会長。先輩は放心状態で青空を眺めていた。ファーストキッスが奪われたわけだが、なんだか微妙な心境である。
「さぁて、次は新戸君の初めてをもらっちゃおうかなぁ?」
先輩を心配している場合ではなかった。口元を歪め、両手を顔の横でいやらしく動かしている。
こ、このままここにいると……やられるっ……いや、むしろ掘られるかもしれん。
「待てぇえ~」
「ひぃぃぃぃーっ」
デッキブラシを振り回しながら追いかけてくる副生徒会長。俺は他の生徒会員を間を抜けたりして逃げ回った。
その後、復活した生徒会長に仲良くゲンコをもらって説教され、大人しく掃除を終えたりする。最後の後片付けは俺と先輩で終わらせ、プールサイドでちょっと話をすることにした。
「ふぃー、疲れましたね」
ふぃー、副生徒会長につかまって突かれなくてよかったわ、いや、まじで。
「新戸」
「はい?」
「その、色々とすまない」
「…ああ、副生徒会長の事ですか。いいですよ、それなりに楽しかったですし」
「いや、これまでのお礼の事だ」
「お礼…ですか?」
「そうだ。言葉だけで事足りると思っていたのは長い付き合いだからかもしれない」
「副生徒会長の言っていた事を気にしているですか?俺は別に気にしていませんけど」
むしろ先輩の方があんな人前で押し倒されて濃厚なキッスされるとか精神的にくるんじゃないだろうか?考えてみてほしい…同性にいきなり押し倒されて唇を奪われるとか二度と校門をまたぐ事はないだろう。
「お礼をしたいと思う」
「お礼ですか?」
「ああ、浅野がお礼だと言っていた事をしようと思うんだ」
「え、えーと…」
もしかしてキス…いや、そうに違いない。
期待した目で先輩を見たけど、両手を振りたくって顔で思いっきり否定していた。
「違うぞっ、ポーズの方だ」
「ポーズ…ですか?」
「あ、ああ…ほら、男子はそういったポーズをとってもらうのが好きなようだからな。よく浅野は男子生徒の前でポーズをとっている。新戸はどんなポーズをしてもらいたいんだ?」
いきなりそう言われたって困る。いや、キスの心の準備をしていたのにそれは困る。まぁ、そんな事だろうとは思ってたさ。うん、先輩が俺に悩殺ポーズをとってくれるなんて今後あり得ないだろうからな。
でも、品行方正な先輩がポーズをとったところでぎこちない感じで(それはそれでいいけどさ)俺の方が申し訳なくなっちまうよ。
「…気持ちだけで十分です。じゃ、俺は帰りますんで…お疲れさまでした~」
浅野副生徒会長のポーズはマジですごかった。背筋をぴんと張らせるような感じだったし、猫背も一発で直るぐらいの凄さだったのである。あれを見た後ではどれも駄目に見えてしまうだろう。
帰ろうとした俺の腕を先輩が掴んでいた。抱きつくような感じで。
「待ってくれっ、つまり新戸は私に女としての魅力がないと言いたいんだな?」
「いや、そうとは言ってませんよ。十分すぎますって」
殺傷能力を持っていそうな胸とかな。ま、それとこれとは話が別だ。
「気が済まないからお願いだ、何か指示してくれ」
「……わかりました。でもどんなに恥ずかしいポーズでやってくださいよ?」
「ああ、もちろんだ。絶対に成し遂げて見せる」
少々、心苦しいが此処まできたら手加減と言う奴は逆に失礼である。俺は先輩の身体を触りながら指定したポーズをすぐに完成させた。
「こ、こうか?」
「そう、そうです。多分、先輩のそのポーズを見る事が出来るのは彼氏である俺ぐらいなものです。みた人を釘づけにします」
品行方正な先輩がまさか『シェー』のポーズをするわけがない。先輩が二度とシェーをすることもないだろう。
俺は先輩の恥ずかしいポーズをしっかりと目に焼き付けておいた。