第六話:日常風景となった事
第六話
先輩と俺が恋人関係になって一カ月が経った。特に報告するような進展はなく(眼と眼があった、手と手が触れたとかそんなの)、たまに俺が先輩の仕事を手伝うくらいだ。変わった事と言えば夏服との衣替えが始まったのと、中間試験がそろそろ迫ってきているぐらいか。
「はい、風太郎君お弁当」
「ああ、ありがとう」
撤収していく中原さんに手を振っていると田畑が顔を近づけてくる。
「日常風景になったねぇー」
「そーだな」
最初の頃はちょっと悪いかなと思ったんだけど、最近じゃ何とも思わなくなってきていたりする。ちょっとやばいか?いや、別に彼女ってわけじゃないんだし、何かあったと言うわけでもない。
「新戸君、今日の日直ですから早く黒板消してください」
「わかってるよ。飯食った後じゃないと粉が飛ぶだろ」
「ちゃんと消しておけばよかったと思います」
中州に文句を言われつつ机をくっつける。
「そうだよ、全部新戸が悪いに違いないっ」
「…お前も一応日直なんだぜ」
「大丈夫、あたしはちゃんと職務を果たしたから」
「はぁ?」
「学校に来た、それが日直の仕事」
「……」
こいつに何を言っても無駄だな。
弁当箱を開けようとすると、もうひとつ机を引っ張ってくる人物がいた。
「あたしもお邪魔します」
「中原さん…」
「一緒に食べようと思ってさ。やっぱり、食べてる人の顔もみたいかなーって思って……駄目、かな?」
ちょっとおどおどした感じがいつもと違う。
「中州君っ」
「はい?」
「わたしたちは邪魔だから、別のグループのお世話になろう」
「そうですね」
教室と言う小宇宙の中で作られた宇宙ステーションはあっという間に解体、独立して別の場所へと移って行く。俺は取り残されてしまった。
「ごめんね」
「気にしなくていいって」
「うん、じゃあ気にしない」
俺の真正面に(どうでもいい事だが目の前はいつも田畑)陣取る。ぼーっとしているのもあれなのでお弁当箱を開けた。
「あれ、今日は箸が入ってないよ」
「え?あ、あ~…ごめん。忘れちゃったみたい」
中原さんが忘れることなんて珍しい事もあるんだなぁ。箸が無いのならちょっと遠いけど食堂まで行けば借りてこられるからな。
「あ、ちょっと待って」
立ち上がった俺の腕を中原さんが掴む。
「どうしたのさ」
「えっとさ……えーっと、この前田畑さんがお弁当忘れてた事あったでしょ?」
「ああ」
約一週間前に田畑焔はお弁当を忘れ(さらに財布も忘れていた)、俺と中州から昼食を分けてもらったのである。
「あったな。それがどうかしたのか?」
「うん、風太郎君がお箸で食べさせてあげてたよね、だからあたしが食べさせてあげるよ」
「え、あ、いや~…」
一週間前、田畑の奴は弁当のふたの裏におかれたおかずをじーっと見ており、俺に目で何かを訴えていた。
「どうした、それだけあれば充分だろ?」
「うん、じゃあどうやってあたしは食べればいいのさ?」
「そりゃ箸借りてくればいいだろ」
「面倒だよ。新戸~食べさせてよ」
「……しょうがねぇなぁ」
何だか犬に餌をあげている気分になった。
ともかく、あれはもらっている側としてはすごくはずかしいのではないだろうか。
「いや、やっぱり恥ずかしいって」
「でも、あげてるときはまんざらでもない顔をしてたよ?」
「そりゃ、やっている方は何ともないだろ?」
「じゃあ、はい」
手渡されたのは箸だった。
「風太郎君があたしに食べさせてくれればいいんだよ」
「……なるほど」
さすがクラス委員長も務める中原美奈子さんである。その考えにはいたらなかった。
「あれ、いいんだ?」
「ああ、これなら別に恥ずかしくもないからな」
小さい頃は愛夏によくこうやって食べさせてやっていたもんだ。好奇心丸出しで周りが俺達の事を見て来たんだが、そんなにおかしい事をしていただろうか?
「ふぅ、ごちそうさま」
「御馳走様、弁当にお箸、ありがとう」
「いえいえ、風太郎君に喜んでもらうためにもっとお料理頑張るね」
面と向かってそう言われると恥ずかしい。いや、悪い気はしないんだけどな。しかし、ずっと弁当を作ってきてもらうのもいけないだろ。
先輩と俺は恋人で、中原さんとは友達のはずなのにやっている事はまるで恋人みたいなことである。それとも、世間一般的な友達関係ってこんな感じなのだろうか。