第三話:嵌められた風太郎
第三話
四月ももう終わりの最後の週、木曜日。放課後になって放送が鳴りだした。
『ピーンポーンパーンポーン………二年A組新戸風太郎、至急生徒会室前まで来なさい………ピーンポーンパーンポーン』
何故か『ピーンポーンパーンポーン』の部分が生徒会長の声だったが気にするまい。
「新戸、今度は何したの?」
「おい、やめろよ。それじゃ俺がいつも何かしでかしているようじゃないか」
「実際そうだと思うけどなぁ」
「一年生の時は学期中に一度は大きな事件を起こしていましたよ」
「そ、そうだったか?忘れちまったなぁ…ともかく、行って来る」
これ以上此処にいても過去の傷をいじられるだけだろうからな。恋人らしいことなんて先輩とはほとんど何もしていないし、甘い期待なんて持たずに行ったほうがよさそうだな。そりゃあ、生徒会室での密会(既に全校生徒に知れ渡っているが)なんてすばらしい話だけどな。
「実はな、女子生徒からの報告があって二階の渡り廊下の通風孔奥から異音が聞こえているそうだ。これから私と新戸で調べに行こうと思う」
「了解しました」
ま、やっぱりこういう事になるんだろうな。
渡り廊下は旧校舎とつながっており、人もそれなりに通る。通風孔は人が四つん這いになれば何とか通れるほどの大きさでいたずら防止のために特殊なネジで固定されているのだ。
やたら手慣れた手つきでネジを外し、自ら先に入りこむ。
「新戸、続けてきてくれ」
「わかりました」
こうやって先輩と一緒に何かの作業をしていると中学時代を思い出すな。
「新戸、裏庭の草取りに行こう」
「新戸、花壇に新しい花の種をまこう」
「新戸、職員室の掃除を頼まれた」
おかげで俺は先輩が卒業した後生徒会長に任命されましたけどね。
夕焼け、それなりの暗さの通風孔。じめじめとしたようなことはなく、手のひら、膝頭には少しだけ冷たい感じを受けるだけだ。そして、俺の視界いっぱいに広がるのは先輩のお尻。役得である。
「ここは他のところにつながっているとは聞いていないから、きっと途中でフィンがあるんだろう」
「そうですか」
「ああ、特に異常が見られなかったら今のままの状態で戻らないといけないからな」
つまり、先輩のお尻が迫り来るなかバックで出ないといけないってことか。それはそれでいいんだけどね。
ぼーっとしていたのが悪かったのか、先輩のお尻に顔をうずめてしまった。
「うわっぷ」
「……行き止まりだ。新戸、壊れたファンがあるくらいだから戻ろう」
「ふぇーい」
もうちょい先輩の尻に顔をうずめておけばよかったかなと思いつつ、バックで戻ることにした。光が差し込んでいるところまで戻り、気が付く。
「あれ、閉められちゃってますよ」
「何?本当か?」
「はい」
足で何度か蹴っても開く様子はない。去年、馬鹿力の生徒が此処を開けようと力づくでやっていたようだが、開いたところは見たこともない。
「で、どうしましょうか」
先輩の尻を眺めつつのんきにそういう。先輩に任しておけば大丈夫だろうからな。
「……そうだな、先に進もうか」
さっきは行き止まりだと言っていた。しかし、先輩の事だろうから何か考えがあるのだろう。
先ほどの場所にやってきても今度は先輩のお尻に顔を埋めることなく、先輩が奥の方で立ち上がった。どうやら奥は立てるほどの広さがあるらしい。
「そのまま這って私の両足の間から頭を出し、肩車してくれ」
「わかりました。先輩はどうするんですか?」
「壊れたファンを外して外に出る」
その向こう側は外とつながっているようだな。こういった行動力に惹かれて告白したのもあるからな。ともかく、今は先輩に従っておこう。
先輩の股の部分から顔を出すと言う日常では殆どあり得ないイベントを楽しむ事もなく、俺は先輩を上に押し上げる。
「届きそうですか?」
「いや、無理だ。これから新戸の肩に足を置いて壁をつたって昇る。私が落ちたら支えてくれ」
こんな狭いところで落ちてきても支えられるんだろうか。でもまぁ、先輩が落ちるなんて事は絶対にないはずである。
さて、俺らはちょっとした緊急事態に陥っているわけだ。先輩の両足は今や俺の両肩に乗っている。つまり、俺が九十度上を見ると何が見える状態だと思う?
ずばり、先輩のパンツが見えるはずだ。
そして、そんなちょっとエッチな事をしても誰にも気づかれることなんてないのだ。だって此処には先輩と俺だけしかいないのだから。
「よし、すぐに下を開けてやるからな」
結局、俺は上を見なかった。そして先輩は昇って行って外に脱出できたようだった。俺もこのまま続いてもいいけどせっかく先輩があけてくれるんだからそっちで待っておけばいいだろう。
先輩が脱出して十分が経過。
「先輩遅いなー」
目の前の鉄格子を揺らしてみるが、効果なし。気分は動物園の猿である。あ、猿は猿山だからゴリラあたりだろうか?
「あれ、新戸何してるの?」
そんな時、俺の目の前に田畑がやってきた。シュノーケルにランドセル、おまるを片手に持っていると言う違和感ありまくり…しかし、突っ込んでいる場合でもない。
「田畑…いい所に来たな。ちょっとこれ使って俺を助けてくれよ」
中から届かない為、工具があっても意味がない。俺はそれを外に放り出した。
「えー、どうしよっかなー」
そして工具を手に持ってにやにやとした笑みを浮かべる田畑。気のせいか、手に持っているおまるの面もそれに似ているようだった。
「頼む」
「へぇ、それが人に物を頼む態度なのかなぁ?」
くっ、相変わらず嫌な性格してやがる。
「お願いします」
「助けてあげたら何してくれるの?」
「な、何か一つ言う事聞いてやるよ」
「そっかそっか、それはいい事を聞いたよ」
数分後、田畑に助け出してもらって俺は何とか脱出する事が出来たのだった。
「いやー、今度の日曜日が楽しみだよ。朝から晩までスケジュール白紙にしておいてよ」
そういいながら田畑は去って行き、今度の日曜日はばっくれてやろうかと思ったりする。
「しかし、先輩はどこに行っちゃったんだ?」
仮にも俺って先輩の彼氏なのに…ここまで助けに来るのが遅いなんて何かあったのだろうか。
「……ともかく携帯も鞄の中だし教室に戻ってみるか」
「新戸―」
先輩の声が聞こえてきた。珍しく焦っているようだ。
「あ、先輩」
「悪い、いいわけだが生徒につかまってしまってなかなか開放してもらえなかったんだ」
「いいですよ。こっちは何とかなりましたから」
「それで、今度の日曜日償いをさせてもらいたいんだがどうだ?」
「あ、すみません。その日ちょっと友達と用事があるんで無理です」
「そ、そうか」
まるで神様が俺と先輩の中を引き裂こうとしているかのように予定が合わなかった。結局、先輩はその後も用事があったようで俺は一人空しく帰路についた。