第二十一話:我儘
第二十一話
元生徒会長である加賀美美奈子が暴力事件を起こし、推薦を取り消されて停学になった……という噂は誰にも広がってはいない。
そのせいで生徒会長引き継ぎとかの面倒なことは元副生徒会長である浅野先輩が一日遅れて行う事になった。
中原さんがまだ来ておらず、生徒会室には俺と浅野先輩だけだったりする。
「ねぇ新戸君?」
「何ですか?」
「言いたくないんだろうけど聞いていい?」
「何の事ですか?」
「ん~、想像付いているって思うけどなぁ」
頬をつんつんつつかれる。それでも俺はとぼけたい。
「さすがに浅野先輩でも聞いてきたらただじゃおきませんよ」
俺は不敵に笑う。昨日の俺と今日の俺は違うのだ。
「へぇ、わたしをどうする気なの?」
「アーモンドが入っていると思って噛んだチョコの中に実はアーモンドが入っていなかったっていうショックに近いものを先輩に与えます」
ほんの少しだけ先輩の顔がにやけていた。
「それは嫌ねぇ。じゃあ聞くのをやめておくわ」
「それが賢明です」
「すみません…遅れましたっ」
中原さんがやっていて浅野先輩は書類の準備を始めた。
「最初は慣れないから大変かもしれないけど二人で協力して行けば大丈夫よ」
「はいっ、風太郎君と一緒に頑張ります」
「適当に頑張っときます」
「よろしい」
その後、軽く説明があって来年度の年間行事を教師側に提出する期限の説明を受けたりした。
「じゃあ伝統だけど生徒会長と副生徒会長が引き継ぎの日に軽くこの部屋の掃除をするの。がんばってね」
「先輩はどうするんですか?」
「わたしは帰るわ。あんまり優秀じゃないから勉強しないと大学に受からないのよ。じゃあね」
浅野先輩は帰り、俺と中原さんが残される。
「二人っきりだね」
「……」
掃除箱へと放棄を取りに行く。中原さんも付いてきた。
「中原さんはバケツに水でも汲んでくるといいよ」
「え、う、うん」
その後、黙って掃除を終える。業者でも呼んで来ないとこれ以上きれいにするのは無理だろう。
「あのさ、風太郎君…元生徒会長の加賀美美奈子って人が暴力事件起こしたたんだって。知ってた?」
口調はどこか楽しそうだった。噂を噂として楽しんでいるものではない……少なくとも、俺にはそう感じられた。
「へぇー、そうか」
「幻滅だよねぇ」
「さぁな。俺には関係ない事だ」
箒を掃除箱に入れて立ち上がる。
「あのさ、この後二人っきりで話がしたいんだけどいいかな?親睦深めようと思ってさ」
「今だって二人きりだろ」
「あ、そうだね。あのさ、風太郎君って加賀美美奈子の事、好きだよね?」
その質問に俺はすぐさま首を横に振った。
「なんだそりゃ?誰が言った嘘だよ」
相手は少し驚いていた。
「え?嘘?」
「え?じゃないよ。本当だよ」
「ふーん、そっか。じゃあ……」
黒い笑みを称えている彼女は俺に一歩近づいた。
「あたしにキスしてよ」
「……悪いな、中原さん。事情は大体把握してるんだわ。そんな人間にキス出来るはずないだろう」
いや、ちょっと、ほーんのちょっとだけキスしようかなぁなんて思ったりしてないぞ。うん、俺はこれからちゃんと中原さんに伝えなくちゃいけない事があるんだ。
「えーと、何の事かな」
「とぼけるのはやめてくれよ。俺はそういうの大嫌いだ。からかっているんなら俺は帰るよ」
「あ、ま、待ってよ」
「そっちの事情、ちゃんと説明してくれ」
「……」
黙る中原さんに俺はため息をついた。
「じゃあな、中原さん」
「あ、い、言うからっ。ちゃんと言うから置いて行かないでっ」
扉前に中原さんが移動する。
「説明してくれ。一から、こんなバカげたことを思いついたその瞬間からな」
「……わ、わかった」
パイプ椅子に座り、中原さんは俺の対面にすわる。
「……あたしを見ても全く反応してないって事はもう風太郎君にとっては過去の事なんだと思う」
「簡単に説明してくれ」
「……う、うん。あたしは…一度加賀美美奈子さんと風太郎君に助けられた事があるんだよ」
「うーん、覚えてねぇ」
改めて中原さんをみても何も思い出せない。というか、大体見たことないしなぁ。照れている姿も見たことないぞ。
「そう、だよね。しょうがないよ。あたしの見た目だって変わってるしさ。中学一年ぐらいまでは太っていて眼鏡もしてたから」
「ああ、そう」
「うん。あの日もからかわれて最終的に泣いていたんだけどそこに見たことない制服の男女が二人来てくれたんだ」
「そう言えば他の中学に何かの用事で行った気がするな。ああ、思い出した。あの日先輩が注意するとか言って生徒を注意しに行ったんだった。あの人はおせっかいだ」
「多分、それであってる。格好良かったよ。颯爽と現れてあたしをいじめている不良達気絶させちゃうんだもん。そのあとすぐにいなくなったけどあたしはしっかりと覚えている」
元生徒会長である加賀美美奈子はあの時、先生を呼んで事情を説明していた。俺もそんな生徒会長をぼーっと見ていたっけな。別の用事があってすぐに他校を後にしたけどそのあと連絡とか一切なかったから忘れるのも無理ないだろ。というか、他にも色々とやったからな。
「あたしはあんな生徒会長になろうと思った」
「……そうかい」
俺もそうなろうと、あの人が憧れだった。まぁ、だったって言う言葉は過去形だ。
「高校生になって偶然風太郎君を見つけたのには驚いたよ。あたしはあの生徒会長の事を調べて同じ高校に入ったつもりだったからさ」
「近所だし、そんなもんだ。近いところに行きたかったんだよ。で、なんで先輩にあんな事を持ちかけたんだ?」
「……風太郎君が生徒会長に告白しているの……見てたんだ」
「なるほど…最悪だな」
「うん、最悪。先輩の事を結構調べていたから自分の兄弟をだしに使ったの。あたしって最低でしょ?」
「最悪だな」
中原さんはその言葉にため息をついていた。
「放課後、風太郎君を呼び出して告白してあやふやな関係以上になれるのは間違いないって思っていたよ。だって風太郎君、優しいからね」
「褒められている気がしないな」
「まぁ、そうだね。だけど、加賀美さんがあたしの言葉に頷くとはちょっと意外だった。正直、悔しいけどお似合いかなって思ってたんだ。でもね、先輩はためらわずに頷いたんだよ。それで、あ、この人は新戸君の相手にふさわしくないって思って色々と頑張ったんだ」
「そうかい、色々と頑張れば誰も幸せになれないわけだ。先輩、暴力事件まで起こしちまって……中原さんどうするんだ?」
「いいわけかもしれないけどあたしは兄さんと先輩の仲を取り持つつもりだったよ。でもさ、まさかあんな兄さんに彼女がいるなんて知らなかった」
「無知は罪だな…」
「お互いさまにね」
「何の事だよ?」
対面に座る中原さんは笑っている。
「一学期の途中から結構田畑さんと仲が良かったよね?」
「俺は元から田畑と仲がいいぜ?」
「うーん、そういうところだよ。加賀美さん、あたしに相談に来るぐらいできっとそれが彼女のためらいをごまかしてくれたんじゃないのかな?ああ、風太郎君があんなに仲良くしているのなら自分もいいかなーってさ」
これ以上話していると面倒か。俺は帰ることにした。
「あ、待ってよ。もう続き聞かなくていいの?」
「もういいよ。またやりこめられそうだ」
「あたしさ、これでも風太郎君の事好きなんだよ。何でもしていいって本当に…思ってるんだ」
後ろから抱きつかれたけど全く嬉しくなかった。
「そうかい、けど俺は遠慮しておくよ」
「なんで?」
「何だっていいだろ」
「当ててあげようか?」
これ以上愉快なことはないと彼女は笑っていた。そろそろ怖くなって来たぜ。
「憧れの先輩を堕としたあたしの事が憎いからでしょ?そうだよねぇ?他に答えなんてないもんねぇ?」
「……外れだな。俺はそこまで優しい人間じゃないんだよ」
腕を振りほどき、歩く。俺より早く歩いた中原さんは前に立ちはだかった。
「ふーん、いいけど。あのさ、もう二股じゃないからあたしと付き合ってくれない?」
「さっきも言ったろ?遠慮しとくってな。それにこれ以上面倒事が増えるのは嫌だし」
「じゃあ勝手に彼女って宣言して風太郎君に変な虫が付かないようにするよ?」
「もう勝手にしろよ」
それで中原さんは満足したのかもうついてくることもなかった。二学期になったらすぐにでも全校生徒の三分の二の承認を得て生徒会を辞めよう。