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第十九話:裏切り者の長い一日(後編)

第十九話

 クラスの雰囲気は最低最悪。これから抗争でも始まるんじゃないかと誰もが予感する空気だった。ちらっと中原さんの方を見るけど、笑ってはおらず、ただ静かに目を閉じて瞑想しているようだった。じゃあ俺もやってみようと目をつぶってみると段々うとうとしてきた……なるほど、これが悟りの境地……。

「……結果が出ました~」

 間延びした声で入ってきたのは田畑。くそ、俺から責められない為にどこかに逃げていたんだな…眠気も吹き飛んだぜっ。そういえば愛夏の奴も何処かにいっちまっていたし、あとでお仕置きが必要だな。

「…じゃあ結果報告お願いします」

 こうなったらもう仕方がないと、中原さんが黒板を指差す。

「はいはーい……えーっとね、今回はパーセンテージで表示されていたんだけど結果は引き分けでした」

「引き分け?そんな馬鹿な」

 信じられないと中原さんが口を開いている。二で割り切る事が出来たんたんだな。

「っていうことは同数だったって事か?」

 まさか俺のような一般生徒が中原さんのような存在と引き分けるとは…。こりゃ天下取りの第一歩にしたほうがいいかもしれない。

「うん、そうだよー。去年の事件とかで風太郎の名前は売れていたし、それの償いって言うか、大体から生徒会にもかかわっていた事が評価されたんじゃないかなぁ」

 色々と言いたいことはあるが、えーと、引き分けだった時はどうするって生徒手帳に書いていたっけ。しわくちゃの生徒手帳を引っ張りだせず、中州に借りた。

「引き分けの時は…」

「今回の事について校長先生は規則に従うようにって判断を下したから…二人とも生徒会長だね」

 あった、同数の場合は副生徒会長を廃止し、生徒会長を二人選出する。とのことである。

「とりあえず決まったようだから前に出て挨拶してくれ」

 先生にそう言われたので前に出る。中原さんも前に出た……その顔はどこか幸せそうだった。

「生徒会長になった中原美奈子です」

「同じく生徒会長になってしまった新戸風太郎です」

「じゃあ今日は解散だな。生徒会長になった二人は明日の朝、生徒会室に行くように。他の事は先生がやっておくから気にするな、以上」

 本当にこれでよかったのかと思いつつ、席に戻る。

「すごいですね」

 中州の言葉に俺も頷く。

「ああ」

「こんな事は今後起きないだろうね」

 田畑もため息交じりにそんな事を言っていた。

「俺もそう思うよ…今更だけど辞退って出来ないのか?」

「辞退するときは全生徒の三分の二がうん、やめていいよと言わないと駄目だね」

 それなら生徒会を続けた方が楽にも思えてくるな。というか、他の生徒は淡白だな~、中原さんに一言だけいってみんな帰ってるし。

「そういえば田畑…お前、愛夏と…」

「ああ、そういえばわたしってば用事があったんだった。じゃ、さよなら生徒会長さん」

「ちょっと待てやぁっ」

 ラグビー部の友人から教えてもらったそれっぽいタックル。相手に抱きつくようにしてそのまま押し倒す。

「へっへっへぇ、俺が逃がすわけないだろ。さぁ、吐いてもら……」

「ちょっと風太郎君っ」

 せっかく田畑に馬乗り状態だった俺を中原さんが引っ張った。

「生徒会長が女子生徒にそういうことしちゃダメでしょ?」

「そうだよー、品行方正な生徒にならないと駄目なんだから。二人っきりなら考えてあげるけど」

「田畑さんっ」

「はは、冗談冗談。ま、がんばってね新戸生徒会長」

「くっ…」

 反論しようとした俺の肩を中州が軽く叩き、首を振った。完全敗北である。

「じゃ、わたしは行くから」

 そういって田畑の姿は消え、白く燃え尽きた俺が残された。

「あたしたちも行こうか?」

「え?」

「あたしの家にだよ。忘れちゃった?」

「あ、ああ…そうだったな」

 そういえばそうだったか。いきなり推薦されたりしてたから忘れてたぜ。

 中原さんは既に鞄を持っており、中州も帰る準備が終わりそうだった。それに遅れないよう鞄をひっつかむ。

「中原さんの家か」

「きっと綺麗な家なんでしょうね」

「そうだろうな」

「うーん、普通の家だよ」

 田畑の奴も来ればよかったのに。まぁ、あいつがいればどんな場所でも楽しめそうだけど、もしかしたら厳格な家かもしれないからなぁ。田畑ってそういう家嫌いみたいだししょうがないか。

 実際に歩いてみるとそうでもない遠さだった。暑かったからちょっと遠く感じたけど雑談しながら歩いて十五分程度だ。

「このぐらいならチャリ通申請できるんじゃないのか?」

「ぎりぎり駄目だったよ」

「ふーん…」

 中原さんの家は普通と言えば普通だった。実に凶暴そうな犬が寝ているだけで、後は本当にどこにでもありそうな家である。

「さ、どうぞ」

「おじゃまします」

「御邪魔します」

 リビングに通されるとそこには一人の男性が座っていた。

「ただいま兄さん」

「おかえり」

「え」

「あ」

 俺と中州は男性を見てキョトンとしてしまう。そりゃそうだ。前日見かけた顔なのだ。

「やぁ、昨日は御世話になったね」

「兄さんって…あなた、中原さんのお兄さんだったんですか?」

「なるほど、どおりで新戸君の名前をしっていたわけですね」

「へぇ、兄さん昨日風太郎君に会っていたんだ?」

「不良にやられているところを風太郎君に助けられたんだよ」

 中原さんはこっちを見ていた。

「な、何?」

「ううん、変わらず喧嘩強いんだなぁって思って」

「別に喧嘩が強いってわけでもないけど。相手は中学生だったし」

「そっか。じゃああたし、着替えてくるから」

 中原さんは俺たちを残し、二階へと行ってしまった。

 まぁ、初対面の相手でもないので俺と中州は中原兄の前へと座る。これが初対面だったらトイレに逃亡するか、中州に話題を振るかの二択のどちらかを選択していた事だろう。

「いやー、悪いね。知っていたけど事情を説明するのが面倒だったし、どうせあれっきりだろうと思っていたから無精してしまったよ。ぼくの名前は中原健吾だ」

 中原兄は二階にも聞こえるような大声でしゃべっていた。

「ああ、君たちの名前は既に聞いているから紹介は省いて構わないよ」

「それはいいんですけど…」

 携帯電話の画面が『この後、悪いけど付き合って欲しいんだ。二人目の彼女のところに行って別れてもらうから』と表示されているのは何の冗談だろうか?

「どこに行くのですか」

「今日も暑いからね。男専用銭湯に行こうか?色男たちがぼくたちを呼んでいるよ」

 嘘をつくのならもうちょっとまともな嘘をついてほしい。色男たちが呼んでいるってこの人、危ない人かよ。

 もちろん、携帯電話の画面では『黙ってぼくに話を合わせてついてきてほしい。何でも奢るから』と表示されていたりする。

「どうするよ、中州?」

「……僕は構いませんよ。ちょうど汗もかいていますし」

「そうかぁ、中州君、ありがとう」

 にこにこしながら俺の方を見てくる。

「風太郎君も行くよね?」

「え、あ、はぁ、わかりました」

携帯は違う事を言っている。

『美奈子は家だと凄く積極的だからね。二人っきりだと何されるかわからないよ?今日から君は弟って呼んだ方がいいのかもしれない』

こんな兄貴は嫌である。

 二階に声は当然届いていたようで階段から転げ落ちるようにして中原さんが下りてきた。

「え?兄さん……風太郎君連れて行くの?」

「ああ、悪いな」

「……中州君だけ連れて行ってくれればよかったのに」

 地味にショックを受けている中州。可哀想に……いや、お前にはジュディーちゃんがいるだろ。

「なぁに、一時間もしないうちに帰ってくるよ。お昼ご飯をぼくがおごってあげるから」

「……」

 それでも不満そうな中原さんの耳元で何やら囁いていた。すると嬉しそうな顔へと変わり、ちらっとだけ俺の方を見る。何だろうか。

「うん、わかった。いってらっしゃい」

「いってくるよ」

「じゃあおじゃましました」

「御邪魔しました」

 中原家を出て少しすると先を歩いていた中原兄が振り返った。

「今メールしたからね。昨日君たちといたファミレスで話をつけるよ」

「僕たちが行く必要はあるんですか?」

「ああ、結衣ちゃんが来ると大変なことになるだろうからね。事情を知っている君たちがいればぼくはその彼女と別れる事が出来るに違いない。頼むよ」

 そう言われては行くしかないだろう。

 中原兄の後ろを追いかけながら俺はふと考えた。

「…俺もそういった状況になれば別れる事出来るかな」

「それはどうでしょうか。やってみないとわかりません」

「じゃあ、その時はよろしく頼む」

「いや、今回だけで充分です。きっと、泥沼になってストレスで胃に穴があくと思いますよ」

 全く、他人事だからって嬉しそうに言うとは中州も悪い奴だ。

 ファミレスにつき、俺たちは少し離れた場所で中原兄を見守っていた。

「どんな人が来るんでしょうかね」

「そりゃ、あの人の好みからすると太った女の人だろうよ。それ以外に考えられん。まぁ、もうちょいで来るから大人しく待っとこうか」

 俺らが何かをするわけではないが、見届けると言う理由から五千円を支給されている。適当にメニューを頼み、二股相手が来るのを待つことにした。

 数分後、入口が見える方に座っている中州の表情が変わった。珍しく、驚いているようだ。

「あのー、新戸君?」

「何だ?来たのか?」

「待ってください」

 後ろを振り返ろうとしたら中州に止められる。声もいつもの落ち着いた感じではなかった。

「なんだよ?どんなすごい奴が来たんだ?」

「え、ええ…これは凄い人が来ました」

「もう首を動かしていいのか?」

「…………冷静でいてくれると約束してくれるなら」

「わかったよ。たとえ男が来ても驚かんぜ。さーて、頭に触角生えた宇宙人でも来たのかね?」

 中原兄の前に座った女の人を見て目をこする。どーも、最近目が悪くなったらしい。

「……あれ、先輩…加賀美生徒会長。いや、元生徒会長か。似てるな」

 先輩に似ている人物は相手にほほ笑んでおりどうしてあんなに慌てて呼んだのかと首をかしげている。

「似ている、というよりは本人かと思います」

 先輩に似ている人物に対し、中原兄は何やら告げていた。口だけみると『悪いけど、別れてほしいんだ』と言っているようだ。中原兄は俺と違い、ちゃんと別れ話を切り出していた。

「中州、俺たちは中原兄の二股相手を見に来たようなものだよな?」

 しかし、相手はそれを信じられないといった表情で受け止めている。泣きそうな顔で問いただしていた…俺は先輩のあんな顔を見た事が無い。でも、あれは先輩だ。

「そういうことになりますね」

「そう、だよなぁ…」

「新戸君?」

 俺はふらりと立ち上がり、中原兄のいるテーブルへと近づく。途中、ウェイトレスが俺を避けて通って行った。

「今はまずいですよ」

「まずい?まずいだって?何がまずいんだよ」

 もう間もなく、俺は中原兄のテーブル前へとたどり着く。中原兄はそんな俺に気が付いたようでこちらを見た。そして、対面に座っている先輩も俺を見て……目を見開いていた。

「に、新戸……?」

「先輩、これは……これは……」

 これはどういうことなんですか?詳しく説明してください、説明足りないのなら法廷にでも行って手続き踏んで裁判に持ち込んでやるんですから、絶対に……とかなんとか言おうとしたけどそれより早く、お冷が先輩の顔に当たった。

「この泥棒猫っ。またけんちゃんに会っていたのねっ」

「ゆ、結衣ちゃん?」

 先輩は素早く立ち上がると走ってファミレスを逃げ出した。

「あ、待ちなさいっ」

 結構太っていると言うのに凄い速さで結衣さんが走り出した。

「結衣ちゃんっ、待ってっ」

 そして中原兄が恋人二人を追いかけてファミレスを出て行った。

「くそっ、何だよこれは……何の冗談か……負けていられるかよーっつ」

 俺もいても立ってもいられず、詳しく事情を聴く為か、はたまた急に走りたくなったのかわからないがファミレスを後にしていた。

「あ、あ、待ってくださいよーっ」

「お客さん、待ってくださいっ」

 当然、中州も俺達についてくる……が、店員に捕まえられて駄目だったようだ。途中、客が『新手の食い逃げか?』と呟いていたのがやけに耳に残った。

 ファミレスを出て追いかけようとしたものの一度捕まると長いと噂の踏切で俺の追跡は終わってしまった。

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