第十八話:裏切り者の長い一日(前編)
第十八話
登校してきて気が付いた。俺、今日サボればよかったんだよっ。
「兄貴?どうしたの?」
一緒に学校に来ていた愛夏が俺の手を引く。
「え、ああ…いや、なんでもない」
「早く行こうよ」
今日の生徒会選挙、中原さんが生徒会長に立候補している。一応、飛び込みで立候補オーケーなんだけど、そんな事をするおかしい奴はいないし面倒な事をしょい込みたいと思う生徒はそこまでいないだろう。
校門を過ぎると田畑が手を振っていた。
「おはよ~」
「お、おう、おはよう」
「ん~?元気ないなぁ」
寄ってくる田畑をつい、避けてしまう。その光景を見て愛夏がにやけていた。
「へへーん、兄貴はあんたのこと嫌いだってさ」
「そんなことないもん。まぁ、愛夏ちゃんも改めて見たら可愛いじゃないの。今後ともよろしくね」
「え、ええ…」
差し出された手をまじまじながめ、結局そっぽを向いた。
「あらら、ざーんねん。わたしってば愛夏ちゃんと仲良くなろうって思ったんだけどなぁ。手始めに風太郎とすっごく仲良くなろうって決めたんだよ」
「なかよくぅ?兄貴、とうとう頭がおかしくなったんじゃないの?」
こっちの方を見てくるが俺は何も知らない、関係ない、今すぐここで消え去りたい。ああ、忍者になりたい。
「とりあえず此処で突っ立っていると邪魔になるから急ごうよ」
「お、おう」
「……」
愛夏が疑いの眼差しをこちらへ向けてくる。極力そちらを見ない様にしていると見知った顔にあった。
「あ、風太郎君おはよう」
「おはよう」
「うわぁ、朝から両手に花かぁ…妬けちゃうな」
「は、はは……」
「むぐぅ…」
既に愛夏の口は両手でふさぎこんでいる。田畑も協力してくれているのか、中原さんの目の前に立って話をそらすつもりらしい。
「中原さん、生徒会長目指してがんばってね~」
「うん、対立候補もいないから楽勝かな」
「そうだな、がんばってくれよ。じゃ、俺たちは教室に行ってるから」
愛夏を抱え込んだまま曲がり角を素早く曲がる。
「ふぃ~」
「危なかったね」
「ああ」
「ぷはーっ、ちょっと兄貴っ。愛夏はあの女に一言言ってやらないと気が済まないんだってばっ」
入れやすい現代少年少女かよと思いつつ、その肩に触れる。
「落ちつけよ」
「そうだよ、愛夏ちゃん」
もう片方の肩に田畑が手を置き愛夏の顔に接近。
「な、何?」
「……ちょっとさ、愛夏ちゃん借りていくね。色々と言いたい事があるからさ」
「ああ…そんなにいじめてやるなよ」
「別にいじめないよ」
愛夏は抵抗するつもりのようだが、何やら耳打ちされると静かになった。騒がなければそれでいいかと俺もその場を後にする。
「……一応、先輩に会いに行っておくか」
先輩の生徒会長としての仕事は今日で終わりだ。三年生だし、進路も決まっているだろうから勉強し始めているんだろうなぁ…。
生徒会室前までやってきてちょっとだけ扉を開ける。
「あら、いらっしゃい」
「浅野先輩…って、ほかの生徒はいないんですか?」
「会場の準備」
パイプ椅子に腰かけている浅野先輩はお茶を注いでくれと顎でポットをしゃくっていた。言う事を聞くしかない俺は大人しくそれに従う。
「どうぞ」
「うん、よろしい…。それで、何しに来たの?」
「いや、ちょっと…先輩の顔を見に来ようと思って」
「あら、わたしの?嬉しいわぁ」
「あ、いや、浅野先輩はついでです」
「……帰ってよし」
さぁさぁ、部外者は帰った帰ったと先輩に追い出されそうになる。しかし、先輩は俺を追い出すのをやめた。
「……あのさ」
「何ですか?」
「妙にあなたの生徒会長さんが上機嫌なんだけど何かあったの?」
「いや、別に何も。ほら、先輩達って三年生じゃないですか。だから遊びに誘うなんて愚かな真似はしてませんよ」
「……」
ますますこれは怪しいなと呟いている。
「何かあったんですか?」
「いや、何もなかったけど…妙に最近嬉しいって感じの顔なのよ。うーん、確かに海外の学校に留学だか進学だか決まったとか何とか言っていたからそれが原因……にしては違う感じだし……君とは超遠距離恋愛か」
浅野先輩が首をかしげているが、まぁ、海外の大学だか何だかに進学が決まったのならお祝いすべき事なのだろう。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「に、新戸…来ていたのか」
俺を見るなり先輩は後ずさった。軽く拒絶されたみたいで悲しい。
「……ねぇ、生徒会長さん?」
「どうした?」
鞄を机の上に置き、何やら書類を取り出していた。次の生徒会長の為のスピーチや他にも色々と書かれている。今日の選挙のためのものらしいな。
「やけに嬉しそうな態度だったけど何かいい事でもあったの?」
先輩の動きがぴたりと止まった。
「別に、何も。新戸、もう教室に行ってくれ。悪いが…忙しいんだ」
「わかりました」
邪魔になるんじゃしょうがないなと生徒会室を後にする。浅野先輩が普段他の生徒に見せているような真面目な顔つきになっているのは驚いたが……これから何かしらの作業があるからだろうか?
教室に向かうと中州と田畑が話していた。
「おはようございます」
「おはよう、田畑、さっき愛夏に話した事って何だったんだ?」
「え?ああ、あれねぇ…あれは…」
「愛夏って誰でござるか?」
クラスの男子が女子っぽい名前を聞いて寄ってくる。
「えっとねぇ、風太郎の妹分らしいよ」
「妹分でござるか?」
「おお、愛夏殿でござるか。懐かしい」
「どうせ新戸みたいな顔つきでござろう?見るに値しないでござるよ」
「女版新戸でござるか……拙者、気持ち悪くなったのでトイレに行って来るでござる」
「しっつれいな奴らだなぁ……俺の愛夏はすっごく可愛いんだぞっ。ほら、見ろっ」
俺は携帯電話に保存されている愛夏写メを連中に見せる。
「お」
「おお~、めんこいでござるっ…心が洗われるでござるよぉ」
「おお~、せ、拙者、心が現れたでござるよ……ぐえへっへぇ」
「ネクタイよーし、髪型よーし、イケメンスキル完備フル武装の俺、いっきまーっす……お兄さん、愛夏さんを僕にください」
「きさまらみたいな男にはやらんっ。ほら、散れ散れっ」
男子どもをさっさと追い払う。まったく、こんな連中に愛夏をやれるかよっ。
「相変わらず愛夏ちゃんにお熱なのですね」
「お熱?んなわけないだろ。妹分は大切にするのが人間ってもんだ」
「んー、兄妹いないからよくわからないや」
「僕もです」
「俺も一人っ子だけどな」
その後、ちょっとばかり兄弟談義で盛り上がっていると中原さんがクラスに入ってきた。
「みんなおはよーっ」
「おはよーっ」
「今日はがんばるので、演説ちゃんと聞いてねっ」
「おー」
「寝ちゃ駄目だよっ」
「無論でーす」
「とくに風太郎君っ」
「え、俺?はいはい心得てますよ」
「うん、それなら大丈夫っ。あたし、がんばるからっ」
朝のHRが終わるとすぐに体育館へと移動。そしてその場で演説を聞いて選挙がおこなわれるのだ。対立候補がいなければそのまま拍手多数で決定するので大体が体育館で終わる。もし、対立候補が出た場合は教室に戻って投票となる。
まだ始まるまでもうちょい時間があったので再び雑談をしていると(スリッパは右からか、左からか)中原さんがやってきた。
「ねぇ、風太郎君。今日、終わったらあたしの家に来ない?」
「中原さんの家に?」
「うん」
「別にいいけど」
「僕もいいですか?」
珍しく中州が自己主張。どうしたんだろうか。
「うーん、しょうがないなぁ…もしかして田畑さんも来たいとか言う…よね?」
「ううん、わたしはいい。愛夏ちゃんと用事があるから」
田畑はこっちを見てウィンクをする。なんだか恥ずかしくなったので俺はそっぽを向いてしまった。
ちょっと怖い顔で中原さんが田畑の事を睨んでいる気がしたけど…気のせいだろう。
その後、すぐに朝のHRが終わり体育館に移動することになった。
「新戸君、鞄間違えていたわよ」
「あ、すみません」
移動しようとしたら浅野先輩が俺のクラスにやってきていた。そして、俺の鞄を持っている。あれ、俺ってば間違えて浅野先輩の鞄を持ってきちゃったのか。
浅野先輩に近づくと腕が首にまわされた。
「え?」
「すぐに終わる。先に行っててもらって」
「何してるの風太郎?先に行っちゃうよ~」
新戸の奴、うらやましいでござる~とか聞こえたような気がするが空耳だろう。
「おう、すぐに追いつくから行っててくれ」
教室には当然、俺と浅野先輩だけが残った。
「で、どうしたんですか?ほっぺた、張り手を喰らったように赤くなってますよ?」
「んー、まぁちょっとあってね」
結構効いたわと浅野先輩はため息をついている。
「本当は色々と喋ってあげたいんだけどね、思えば君も同類だったかぁ……残念」
「え?何の事ですか?」
「教えてあげない、ご愁傷様」
浅野先輩はそれだけ言うと鞄を持って出て行ってしまった。いまいち何をするために此処にやってきたのかわからない。
「あ、やべ…」
体育館の方から拍手が聞こえてくる。俺はあわてて教室を後にして先輩と鉢合わせになった。
「あれ、先輩もまだ行ってなかったんですか?」
「あ、ああ…ちょっとトイレに行っていたんだ。それで遅れてしまったんだ」
「そうですか…そういえば海外の学校に進学が決まったんですか?」
「そうだが……誰に聞いたんだ?」
「浅野先輩です。今日の朝教えてくれました」
先輩は浅野の奴めと呟いている。
「別に……別に隠していたわけじゃなかったんだ」
「いや、別にいいですよ。先輩だって三年生ですし、進路のことで大変でしょうから」
「悪いな」
「気にしないで下さい」
特に会話すると言うわけでもなく体育館についた。扉を開けて中に入ろうとするとベルト辺りを掴まれる。
「どうかしたんですか?あ、さすがに今入ると目立ちますかね?」
「そうじゃない、今度、大切な話があるんだ。そうだな、明日の朝、悪いが生徒会室に来てくれないか?」
「わかりました」
「すまんな、本当に」
「いえ」
どうかしたんだろうかと思いつつ、体育館の中へと入る。特に目立つ事もなく、俺は自分のクラスの位置へと移動し、腰を下ろした。
「あれ、もう中原さんの演説終わったのか?」
「ええ、終わってしまいましたよ。これから異議はありませんかと進行が尋ねるところです」
中州の言った通り眼鏡の生徒会っぽい女子が一字一句間違いない言葉を口にする。
「異議はありませんか?」
ないない、ないからさっさと進めろと言う雰囲気が館内に広がっている。
「はいっ」
そんな空気の中、誰かが手を上げた。声のした方を見ると田畑焔が元気よく手を振っていた。
「えーっと……」
「田畑です。田畑焔って言いますっ。推薦したい人がいるんです」
「推薦ですか?」
「はいっ。同じクラスの新戸風太郎君ですっ」
おいおい、冗談だろうときょろきょろしていると進行に立つよう指示された。その後、進行も混乱しているようでしきりに教師の方を見ている。
「え、えーっと、では新戸風太郎さんは壇上に上がってください」
「わ、わかりました」
がんばれ兄貴―という声も聞こえたりして俺は何とか壇上へとのぼった。
「自己紹介をお願いします」
「あ、はい。二年の新戸風太郎です」
この後どうすればいいんだよと様々な顔のある館内を見渡す。すると、愛夏の姿を見つけ……その手には文字の書かれた紙が握られていた。
ここでぼーっと立っていたらあとで何を言われるのかわからない。俺はその文字を読むことにした。
「えーっと、準備が遅れてしまい、立候補はやめるつもりでした。このような形で推薦してもらうとは光栄です。飛び入りという形の為、詳しく今後のビジョンを説明できませんが一生懸命頑張りたいので会長目指してがんばりますっ……以上です」
「ではみなさん、この後は中原美奈子さんと新戸風太郎さんの決選投票ですので教室に戻ってください」
会場のざわつきも終わり、進行が俺にほほ笑んでくる。
「すごいですね、さすがは生徒会室によく出入りしていることだけはあります」
「あ、あははは……」
此処から見える景色は中原さんの俺を睨んでいるような顔ぐらいなものだ。胃に、穴が空きそうだぜ。
今回の話を読んでちょっと微妙かなと思いました。さて、今回もあとがきを忘れないうちにやっておきましょう。別に読まなくていいという方はお手数ですけど飛ばしてください。前回のあとがきでは確か、この小説の元を紹介した気がします。というわけで今回はその続き、『あらすじ:新戸風太郎は地方の大学に通う一年生。大学生になってから数日後、帰宅すると自室の布団に誰かが寝ている。そこにはどこかで見たような下着姿の少女と、これまた同じく下着姿のおっさんが仲良く眠っていたのだった…』といった内容です。内容的にはどこにでもありそうな話ですねぇ。ちょっと残念な気もしますけどインパクトに欠けたので今現在の形になってしまったのでしょうか。さぁ、本編のほうはまさかの前後編。しかも新戸が生徒会長へ推薦されるといった感じに。煽りが下手?いいんです、一人でもいいからこの小説を読んで心にとどめておいてくれれば。では次のあとがきは最終回ぐらいですかね。