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第十六話:ダークホース

第十六話

 学校が夏休みになっても部活動を盛んにしている生徒たちは学校へ、それ以外は特に制約もなく自由に過ごしている。

 俺は後者の方で部活はやっていない。第一の理由に面倒だ、第二の理由も面倒だ、第三の理由が早く帰れないからである。

 どうでもいい事だが、夏休みの過ごし方なんて人それぞれであろう。さっき言った通りの部活や、普通に勉強をして過ごしたり、家族や友人たちとどこかへ遊びに行くかもしれない。ああ、中には一人暮らししている兄弟やらが家に帰ってきたりもするかもな。

 俺も何処かに遊びに行く部類だが、一人である。

 夏休みの宿題もある程度終わらせて一人で市民プールへとやってきた。それなりに人も多く、泳ぐにはちと狭い場所である。

 パンツを着用し、プールサイドへと移動。見知った顔が絶望的な表情でプールを眺めていた。

「田畑、不景気そうな面してるな」

「ふ、風太郎っ…」

 何を見ているのだろうかと先ほどまで田畑の見ていた場所を視界に入れようとすると田畑が俺の手を掴んで引っ張った。

「お、おい…何だよ?」

「風太郎にちょうど用事があったんだよ。ちょっと着替えて付き合ってよ」

「別にいいけど、お前……そこは……」

「きゃーっ……」

「失礼しましたぁっ」

 田畑のアホめぇ~……なんで俺を女子の更衣室に連れて行くんだよっ。

 監視員を何とかまいて肩で息をする。

「このクソ暑いのになんでプールに入れず俺は走ってるんだよっ」

「それは風太郎が女子の更衣室に入ってくるからだよ。全く、油断も隙もあったもんじゃないね。スケベっ」

「あのなぁ……お前が連れて行ったんだろ?」

「そうだった?」

 全く、都合の悪い事はすぐ忘れるんだから困ったぜ。

 ファーストフード店に入って一息つく。適当なメニューを選んで待っていると田畑が先ほどのような暗い表情になっていた。

「何だ、何かあったのかよ?」

「え、ああ……ちょっとね。わたしの事じゃないんだけどすっごく信じられないことがあったって言うかさ…」

 歯切れの悪い田畑である。いつもは口にガムテ付けてもしゃべるようなやつなのにどうしたんだろうか。

 番号を呼ばれたのでメニューを取ってくる。やはり田畑の表情は明るくならなかった。

「田畑、俺のポテトやるから元気出せよ……って、許可を出す前から勝手に食うなよ」

「……うん、ありがとう」

「ったく……そういえば田畑と会って一年ぐらいになるか」

「ん、ん~…そうだっけ?」

「そうだよ。思えば一年前に……うーん、正直に言ってちょっと信じられないやつに出会ったなと思ったぜ」

「え?そうかな?わたしは新しい友達で来てよかったなーぐらいだったよ」

 一年前、本当に馬鹿らしい事をきっかけに田畑と出会ったもんだ。それじゃあ回想スタート。



 外に出て何処か涼しい場所へと行こうかと考えたのが十分前、外に出てきて後悔したのが六分前、そろそろ日射病か熱射病で倒れそうなのが今現在だ。

「あちぃ~……」

 中州の家にでも行って涼もうか、それとも大人しく図書館に夕方まで引きこもったほうが利口なのか、どっちなんだろう。

 どっちに行っても勉強しなくてはいけない雰囲気になるだろう。やめておこう、それならコンビニに行ったほうがまだましである。

「この暑さはどうにかならないもんかねぇ」

 よろよろしつつも、何とか正気を保っている俺の耳に誰かの足音が聞こえてくる。聞くところによるとどうも走ってきているらしい。まるで誰かを追いかけているようだった。

「この財布ドロボーっ返しなさいよっ」


 どうやら、俺を追いかけていたらしい。しかし、追いかけてくるような知り合いはいない。


 ちょうど背中の真ん中あたりに何かが直撃。俺はほんの一瞬解き放たれた籠の鳥となった……そして、墜落した。

「あいたたた……あんた、いきなりなにすんだっ」

 胸倉つかまれて俺を睨んでいるのは中性的な顔立ちの人物だった。ショートカットがさらにボーイッシュとやらに貢献している。

「だから、財布返しなさいよっ。ほらほらほらほらほらほらほらほらほらっ」

 俺と同じくらいの身長のため、ちょっと上の方に持ち上げられ揺さぶられると足が宙に浮き、気分が悪くなる。馬鹿力め…。

「おいおい、冷静になろうぜ?」

 暑くなると人間、判断力が無くなるものだと俺の父ちゃんは言っていた。もういい年した大人なんだから暑さぐらいで叫んだりはしないとも言っていた。

『ちっくしょうっ暑いんだよ馬鹿野郎―っ。ちょっと風になってくるっ』

 そういって自転車こいで川に落ちたのが一昨日の事だ。

 そんな恥ずかしい大人にならない為にも物事悟っちゃってますって言う今はやりの高校生を目指しているのだ、俺は。

「冷静に、穏便に済まそうぜ」

「はぁ?」

「いや、はぁ?って言いたいのはこっちなんだよ。あらぬ疑いをかけられているんだからな」

「わけわからない事を言わないでよっ。ほら、来なさいよっ」

 そのまま警察に連行されるのかと思ったら連れてこられたのは公共の女子トイレだった。

「おいおい、ここは女子トイレだぜ?」

「何?あんた、わたしに男子トイレに入れって言うの?身の潔白を証明できる自信があるのならついてきなさい、そうじゃないなら警察呼ぶから。どの道、わたしの財布を持っていたら問答無用で警察に女子トイレにはいっていたとか罪も重ねるから」

 とんでもない奴である。

「じゃあなかったらどうするんだよ?変な言いがかりつけたお礼はちゃんとしてくれるんだろうな?」

「もちろんよ」

 正直、てっとりばやく警察呼んでもらった方がいいんだけどな。しかし女子トイレで何をするのだろうか?とりあえずついて行くことにした。

 個室に二人で入る。今から何をされるんだろう?

「脱ぎなさいっ」

「は?」

「だから、脱げって言ってるの。隠し持っているんでしょうからね」

「ねぇってばっ」

「抵抗するなんてますます怪しいわねぇ」

 誰だって抵抗するだろ。

 結局、舌打ちしながら上を脱いだ。

「ほら、どこにもないだろ?」

「下も脱ぎなさいよ」

「……わかったよ」

 ズボンを脱ぐともうパンツ一丁。うう、何の罰ゲームだよ。

「両手を上に向けて、ジャンプしなさい」

「へいへい」

 俺のズボンをあさりながら(入っているのは所持金千円程度の財布、そして携帯だけ)そう指示する。

「ほら、何も出てこないだろう?」

「………脱いでよ」

「何を?もうこれ以上脱げるものは何もないぞ」

「股の間とパンツのところでわたしの財布が蹂躙されている可能性があるわっ」

 素早く伸ばされる女の腕。俺は素早く迎撃するため両手を動員する。

「ねぇよっ、ねえってばっ」

 女にトイレに連れ込まれた揚句、剥かれるとか冗談じゃないっ。お婿に行けなくなってしまいまするっ。

 互いの攻防が続き、数分が経った。暑い上に狭い空間に二人いるせいで湿気がすごい。

「じゃ、じゃあこうしましょう」

「なんだよ?」

 女は手を放し、俺も警戒しつつ引き下がる。

「パンツは下げないから両手を上げなさい」

「信じられるかよ」

「ほら、私も片手を上げるから。片手で脱がそうとしても腰を引かせれば大丈夫でしょう?」

「……ああ」

 言われた通りに両手を上げる。こいつ、何をするつもりなんだろう。

「じゃあ行くわよ」

「は?」



 すぐに想像出来た人はすごい。奴は臆することもなく、俺の股間を片手で握りしめたのである。



「おぅふっ」

「……ないわね?」

 散々揉みしだいた後、女は考えているようだった。口の中にあるんじゃないかという思考にたどりついたら俺はどうなってしまうのだろうか。それとも、解放するかどうか悩んでいるのだろうか。

 突如、女の携帯電話が鳴りだし、それに出る。俺はちょっと痛む股間を抑えて情けない事に中腰になっていた。後で滅茶苦茶になっていないか確認しないといけないな。

「もしもし?え?財布そっちに忘れていたって?あ、あ~、玄関に落ちてたんだ。うん、うん、ありがと、じゃあね~」

「俺は無実だったんだろ?」

 電話を終えた女に向かって尋ねる。

「う、う~……」

「そうなんだろ?」

 じゃあ約束通り言う事を聞いてもらおうか……ほら、しゃぶ……何でもない。

「あんたの顔は二度と忘れんっ。そこをどいてくれ」

 女を突き飛ばし、俺は外に出る。

 結構綺麗なOLさんと鉢合わせした。

「こ、ここ…女性用トイレですよ。ぱ、パンツ一丁で何しているんですか?」

 こういうときは変に怖気づいてはいけない。堂々としていなくてはいけないのだっ。そういうわけで俺は両腰に手を当てて堂々と仁王立ち。

「見てお分かりにならない?男が女子トイレにて個室からパンツ一丁であなたの前に現れた。つまり……」

「つまり、へ、変態ですかっ。きゃーっ、誰か―っ」

 その後、俺はクソ暑い中悲鳴に追われて家に逃げ帰ったとさ。




 俺が田畑の名前と顔を知ったのは二学期になってからだった。放課後、校舎裏に呼び出されて友達になってほしいと言われたのだ。てっきり告白されるもんだとばかり思っていた俺は肩すかしをくらって数秒ばっかり呆けた記憶がある。

「風太郎ってばわたしの顔を忘れてたもんねー」

「そりゃあなぁ」

「二度と忘れないって言っていた割にころっと忘れてたんだもん。学校で鉢合わせしちゃった時は心臓が口から出てくるかと思ったよ。あのドキドキを損したなぁ~」

 すっかり氷の溶けてしまったジュースを口に運ぶ。うん、薄い。

「あれから俺はお前にずっとまとわりつかれてるからな。おかげで下着泥棒の汚名までついちまった時期があったんだぜ?」

「あははは~ごめんごめん」

「全く……」

 また薄くなったジュースを口にする。なんど口にしたところで味は変わらない。

「えーっとさ、あの時の何でも言う事を聞くって今でも有効だから。今だから言うけど、あの時、やらしいことされるって思ってた」

 口に含んだジュースは田畑の顔へと直撃した。

「あ、悪い」

「悪いじゃないよっ」

「ほら、拭いてやるから…」

 顔拭いてやると何故だか幸せそうな顔をしていた。変な奴だ。

「あのさ、風太郎の事を想っているから言うけど…二学期始まるまでに結論出なかったら別れたほうがいいよ」

「なんだよ、わかってるってば。頃合いを見計らって中原さんに言うよ」

「ううん、別れるのは会長さんとだよ」

「はぁ?なんでだよ?」

 土砂降りの中、お天気おねえさんが『今日はいい天気ですね』というぐらい違和感があった。

「理由は…いえないけどさ」

「あのなぁ、たとえ理由があってもはい、わかりましたって言えるかよ。大体、お前は俺を応援してくれるんじゃなかったのか?」

 激高しかけた俺の手を奴が掴む。冷房が効きすぎているのに奴の両手は熱かった。

「うん、応援した……いや、したかったんだよ。でも、それでもわたしは風太郎の味方。もし、結論出せなくてわかれなかったらわたし、実力行使で行くから」

「実力行使ぃ?」

 武力介入でもしようっていうのか?俺が、俺たちがお邪魔虫だって感じで?

「うん、二股してるってばらす」

「た、田畑お前……」

 味方じゃないだろ、それは。一番ばれちゃまずい相手にそれを言うのは絶対に駄目だ。

「もうひとつ切り札……」

「まだあるのかよ」

「ん、これ…」

 田畑焔の唇が俺の唇に当たる。慌てて離れ、自分の唇を指で触る。

「……お、お前なぁ……何するんだよっ」

「いいじゃん、別にずっといるんだし。これを言うし、生徒会長の前でするからね。じゃあ、わたし行くから」

 田畑の顔が赤いのはなんでだろう。きっと、俺の顔も真っ赤のはずだ。それから約一時間俺はそこに居続けた。店員が迷惑そうな顔をしている事に気づきようやく出ていったのだ。

 家に帰る途中も頭の中では田畑の表情が脳裏によぎる。

「友達になってほしいって……いや、俺の考えすぎか」

 とりあえず、今のままの状態ではいけないだろうな。どうにかしなくてはいけない。

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