第十四話:夏祭りの余りモノ
第十四話
「夏祭りに行こうよ、兄貴っ」
「愛夏、そういうのはお前が俺の家にやってきたときとか、最初に言う事だぞ」
既に目の前には祭り会場がある。手を伸ばせば浴衣姿のお姉ちゃんの胸をタッチ出来るぐらいの差しかない。
まぁ、夏祭りの三日目はさすがに人が減ってきているため穴場と言えば穴場である。しかし、花火も二日目で終わるし、特にこれと言って説明することなんて無いだろう。売れ残りの金魚をすくったりするか、屋台を適当に冷やかす程度で終わるだろう。
「さ、お賽銭投げに行こうよ」
「えー、俺一日目で投げ入れたんだけど?」
「来たら投げないと駄目だよ」
神様は俺からいくらしぼりとれば気が済むんだろうか?
結局は無駄な抵抗であり、愛夏に引っ張られていくわけだ。
「おろ?」
「どうしたの?」
「ん~いや、どこかで見た事あるなぁって後ろ姿を見つけたんだよ」
そのどこかで見たことある後ろ姿はおもむろに財布を取り出すとお賽銭を投げいれる。そして手を叩いて一生懸命お願いしているようだった。
一分、二分、三分……五分経過しても動きが無い。
「ねぇ、兄貴、時間の無駄だから早く入れようよっ」
「ああ、悪い悪い。そうだな。行こうか」
愛夏を引っ張って賽銭を投げいれる。愛夏がお願い事をしている間に俺は未だ何かお願いごとをしている人物の隣まで移動すると肩に手を置いた。
「田畑、お前いつまでお地蔵さんになってるんだ?」
その後の田畑の行動はほんの一瞬に起こった事である。目を見開き、俺を捉え、口を開けて尻もちをついた。
いつも面白い奴だが、今日はいつにもまして面白かった。口をパクパクして俺を指差している姿なんて写メでつい撮ってしまったぐらいだ。
「に、新戸……ど、どうして此処にいるの」
「ん、まぁ、色々とあるんだよ」
「だって三日目だよ?新戸は三回目だよね?今日のお昼休みだって先輩と楽しかったって言ってたじゃん」
「俺も来たくはなかったんだけどな」
いまだ尻もちをついている田畑が目立ち始めたので俺は起こしてやることにした。
「えっと、誰かと一緒に来たの?」
「ああ、妹分と来た」
「妹分?」
「あれ」
「えーっと、あそこで必死に『兄貴が別れますように』ってお願いしている子だよね?」
「なぬっ」
愛夏は念仏を唱えるように呟いていた。そんな愛夏に俺は近づいてため息をつく。
「あのなぁ、愛夏。そういう願い事は口にしちゃ叶わないぞ」
「突っ込むところそこ?」
愛夏は俺の方を見た後に隣の田畑へと顔を移す。そして居住まいを正すと人差し指を田畑へと突きつけた。
「あんたが兄貴の彼女ぶってるっていう中原美奈子?んならいうけど、あんた男を見る目がこれっぽっちも(人差し指の腹と親指の腹が限りなく近い)ないからっ。兄貴はすっごく変態で親戚の愛夏に向かって『ちゅーがしたい』とかいきなり言ってきて実際にするほど変態なんだからっ。だからあんたみたいなどこにでもいそうな人間じゃ相手出来ないっ……だから、別れたほうがいい。いや、別れろっ。あんたみたいなひどい人間は…」
「ストップ、愛夏。こいつは中原さんじゃない」
「え?」
俺は周りの人の中に知り合いがいないかどうか確認して胸をなでおろし隣の田畑を紹介することにした。
「こっちは俺の親友で悪友の田畑焔。世話になっていると言うか、俺が世話をしていると言うか何と言うか……」
「ねぇ、新戸、このちんちくりんって本当に新戸の妹分?礼儀がなってないよ」
「お、おい田畑……」
「ち、ちんちくりんっ?愛夏のどこがちんちくりんだって?」
愛夏の目に炎が見え隠れする。
「ん~…全体的かな。中学生?」
「いや、俺らの一つ下だぜ?」
「へぇ、気が付かなかった」
愛夏が皿に怒るんじゃないかと思ったが、耐えたようである。
「あんたと別に話すことはないから。兄貴、もう行こうよ。あっちで楽しもう」
「え?ああ」
愛夏が俺の手を引いたのでそっちへ向かおうとすると途中で足が止まる。
「どうしたの兄貴?」
「新戸、ちょうど会ったんだし一緒にお祭りまわろうよ」
どうしてこういう時にそういう事言うかなぁ。ほら、愛夏の目を見てあげなよ。消えたはずの火が再び灯されてるじゃないか。
「放しなさいよっ。兄貴は愛夏の兄貴なんだからっ」
愛夏は相手の挑発が三度の飯より好きなのである。
「おい、愛夏、そんなに引っ張るなって」
もちろん、愛夏の反対側にいる人間も似ている性質を持っていたりする。
「へぇ、そっか。でももう高校一年生にもなって『お兄ちゃ~ん』とか信じられないから辞めたほうがいいよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「うん、関係ないから早く新戸の手を放してよっ」
「あたしだって新戸って名字だもん」
「……風太郎の手を放してよっ」
実に不毛な争いは数分続けられた。その間、俺は周りの視線を一生懸命耐えていたわけだけども……そろそろ限界が近かった。
「……三人で一緒にまわろう。それなら文句が出ないだろ?」
「え~、だって兄貴…」
「だってとかそういうのはなし。これ以上此処にいると変なうわさがたつからな。ほら、田畑も行くぞ」
「う、うんっ」
田畑の手を引き、愛夏の手を引っ張る。全く、俺の周りは協調性という奴を知らないのかね?
楽しむためにお祭りに来たのに疲れるとは思わなかった。
「兄貴、射的がやりたい」
「新戸……いや、風太郎、わたしもやりたいっ」
「はぁ?……ったく、しょうがないな」
暇そうに店番していた茶髪の兄ちゃんにお金を払う。
「もう好きなだけ撃っていいから」
何やら着かれている表情の兄ちゃんの言葉通り、二人は好き勝手撃ち始めた。ただ、腕の差は歴然のようで田畑はキャラメルの箱やら何やら次々に撃ち落としていく。
「へぇ、やっぱりうまいな」
「まぁね」
そして愛夏の方はかすりもせずに弾が通過してしまっている。
「愛夏、かすってすらないぞ」
「う、うう…」
「下手くそだねぇ」
優越感に浸ったようにキャラメルの箱をちらつかせる田畑。たとえ相手が幼稚園児だとしてもこいつは本気で狙い撃っていた事だろう。
「う、べ、別にへたってわけじゃ…」
「ほら、手がぶれているからこうやってだな…」
後ろから身体を支えてやると愛夏は何故か優越感に浸った表情で田畑の方を見ていた。
「よそ見をするなよ」
「うんっ」
それでもやっぱり外れるものは外れるものでしょぼいアヒルが一個手に入っただけだった。
「兄貴にあげる」
「俺は要らん」
「そっか、じゃあ愛夏が後生大事に持ち歩くよ」
どうせ三日後ぐらいには無くしてそうだけどな。
その後も勝負できそうなものを見つけては二人で争い続けた。金魚すくいでは金魚丼を完成させ、輪投げで店主の首にかけ、店主にじゃんけんで買ったら一本増えるチョコバナナでは両方負けてドローとなった。
純粋に祭りを楽しめたんじゃないかと二人がけ用のベンチに無理やり三人で座りながらそう思った。両手に花の状態で羨ましいって?はは、冗談言ってると顔面にビニール袋いっぱいの金魚ぶつけるぞ?
「愛夏、楽しかったか?」
「…兄貴と二人だけだったらもっと楽しかった」
「意外だったよ。風太郎と一緒にお祭り行くのが楽しいなんてさ」
「そんな事言うぐらいなら兄貴と一緒にまわらないでよ」
「うーん、おまけが要らなかったかなぁ」
「ふん、お邪魔虫…」
「ちんちくりん」
愛夏の眉がつりあがったので俺は立ち上がる。
「さ、そろそろ帰るか」
「ん、そうだね。今日はぐっすり眠れそうだよ」
田畑も伸びをしながら立ち上がった。
「愛夏、帰るぞ」
「うん」
愛夏の手を引いて歩きはじめる。数歩進んで田畑が付いてきていないことに気が付いた。
「田畑、どうした?」
「いや、冷静に考えてみたら邪魔して悪かったかなぁって。だから先に帰っていいよ。わたし少し遅れて変えるから」
田畑がそう言ったので俺は無理やり手を掴んで引っ張ることにした。
「あ、だから先に帰っていいってば」
「あのなぁ、今のご時世…男が襲われる時代なんだぜ?」
「いや、大丈夫だって」
「根拠ないだろ」
「だって愛夏ちゃんが怒るだろうし」
「……兄貴が決めたのなら反対しない。愛夏、そこまで我儘じゃないから」
十分我儘である。
結局、両手に花の状態で田畑の家までやってきた。
「じゃあな。ちゃんと歯を磨いて寝るんだぞ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
愛夏は無言で田畑の方を見ていた……が、その首がいきなり急降下。どうやら眠たいようで足取りも危ない。
「兄貴~、おんぶ~」
「やれやれ、しょうがねぇな」
愛夏をおんぶしていると田畑が笑っていた。
「いい妹分だね」
「やらんぞ」
「要らないよ……けど、本当にありがと、風太郎。じゃあね」
今年の夏祭りはいつもと違って楽しかった。きっと、こんな楽しい事がずっと続いてくれれば平和なんだろうけどなぁ。
夏休みまで残す行事は期末テストのみである。