第一話:人生の分岐点
第一話
俺、新戸風太郎は中学生の頃から一学年上の先輩の事が好きだった。しかし、恥じらう乙女のごとき心境でなかなか告白できず、気が付いてみれば高校二年生。先輩を追っかけて入った高校の入学式では先輩は既に生徒会長をやっており、先輩にあこがれている男子生徒は掃いて捨てるほどいた。
俺が二年になったと言う事は先輩が留年でもしない限り三年生になり、時期卒業するのだ。先輩が留年する事もなく、四月の二週目の昼休みとなった。
「おい、顔色悪いぜ?」
「……これから人生の分岐点に行って来るだけだ」
俺はとうとう先輩を校舎裏に呼び出して告白した。そこらのへたれとは違うのだ。
「そうか、新戸は私の事が好きだったんだな……うん、いいぞ」
先輩と俺のめくるめくバラ色の高校生活が始まるのだとその時は信じて疑わなかった。もちろん、すれ違いや些細なことでの喧嘩、仲良くなる下校時の出来事等、酸いも甘いも体験していくんだろうなと思っていたその矢先、正確に言うなら先輩に告白してオーケーしてもらったその日の放課後の事だった。
自分の下駄箱の中に都市伝説か何かと思われていたラブレターなるものが入っていたのである。内容は俺の事が入学時から気になっていた事、今日の放課後に裏庭に来てほしい事が書かれていた。
きっとこれは知り合いの悪戯であろう、そう思って俺は無視することに決めた。だが、何故かクラスメートが俺の前に立ちふさがる。
「おいおい、帰っちゃうと大変なことになるぞ」
「どうせお前が書いたんだろうが。俺にはお見通しなんだよ……こんな繊細で乙女っぽい字はお前か、クラスのアイドルの中原美奈子さんだけだ」
「そう、中原美奈子さんからのお手紙だ。いけ、行ってお前の幸せを掴んでくるんだっ」
熱血入った声でそう言われて俺は裏庭まで連行されていった。
無理やり押され、俺は下を向いて待っていた中原美奈子さんの前にふらつきながら登場。彼女は俺を見ると初めて見るような照れた仕草をしていた。普段は物事をはっきり言うような委員長タイプなんだけどな。
「ご、ごめんね、いきなりあんな手紙出しちゃって…迷惑だったよね?」
生徒会長に告白をし、見事玉砕していたのならひざまずいて『ありがとう、あなたこそ私のメシアです』とのたまっていた事だろうな。
「ちょっとだけ…めいわ……」
「ごめん、本当……」
すっごく暗い表情に早変わり。なんだか罪悪感で胸がいっぱいになった。
「あー、いやいや。その、さ、ほら、俺って帰宅部じゃん?だから急いで帰ろうかなぁって思った時に靴の上に手紙が置いてあったから一生一度もらえるかどうかもわからないような手紙がくしゃくしゃになっちゃうかもしれないって意味で迷惑って言ったの。うん、直接渡してくれればよかったかなー、なんてね…あ、あははは…自分で何言っているのかわからないやー」
「そっか、よかったぁ…」
心の底からよかったぁという表情を見せてくれている。
「そ、それでね、その、手紙に書いていたんだけど…あたし、新戸君の事が好きなんだ」
「え、あ、あ~、そうなんだ。はは、もらった喜びで頭がいっぱいでよく読んでなかったよ~……具体的にはどういう事が書いていたのかなぁ」
「単刀直入に言うね、あたしと付き合って欲しいの」
この問いかけにうんとか応えると何だかすごく大変なことになる気がするのだ。いや、気がするんじゃなくてこれは二股と言う奴だろう。ばれたら大変どころか、想像に絶する事が起こるに違いない。
当然と言うか、断るしかないだろう。
「ごめ…」
「駄目なの?」
「俺にはか…」
ぶわっと目に涙がすごい勢いで溜まって行く。去年、他校の不良生徒数人を相手取ってなお説教をし、勝利をつかみ取った女の子が一切見せなかった涙を初めて見てしまった。
「俺にはカ……ンボジア帰りのおじさんの相手をしないから今日はちょっと急いで帰らないといけないんだ……すごく、ありがたい申し出なんだけど、その……嬉しいけど恥ずかしいからさ、友達からじゃ駄目かな?」
「そう、だよね。うん、いきなり付き合ってくださいとかおかしいもんね。うん、新戸君がそのほうがいいって言うのならそれでいいよ。驚かしちゃってごめんね」
「はは、いいよいいよ。俺もなんだか混乱しちゃって変な事を口走ってごめんね」
これなら俺は二股かけたことにはならず、世間的にも言って恋人と親しい友人が出来たと言うだけだ。
しかし、問題が一つある。俺に告白してきた女の子は中原美奈子。俺が告白した生徒会長の名前は加賀美美奈子なのだ。ま、まぁ、恋人と友達だしな。ニュアンスを間違えたりはしないだろう。
こうして俺の高校二年生は少し雲行き怪しく始まったのだった。