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短編

耕七ときつね火

作者: かふぇいん

 とある「お山」のふもとの村に、耕七という若者がいた。流行病(はやりやまい)で親を亡くした耕七は年の離れた姉と共に、またぎの伯父(おじ)のもとに引き取られて育った。

 姉はついこの間、山向こうの村の百姓の家へ嫁に行って、耕七はその祝いから戻ってきたばかりだった。

 引き取られたばかりの頃、山へ行くと言ったきり、耕七はしばらく見えなくなっていたことがあった。村中で方々を捜したけれども、見つからず、葬式を出す前になってやっと戻ってきたのだ。それ以来、耕七は奇妙なことを言うようになったが、村の衆はそれを山神様からの習い事だといって、不思議に思いながら聞いていた。

 伯父について「お山」に入り、テンやイノシシを獲るのを手伝うのが耕七の仕事で、耕七が山に入ると決まって、よい獲物が獲れるのだった。「お山」の道は細く入り組んでいて、知らずに入った者がよく帰れなくなっていたが、耕七といると、どんなに山奥まで入り込んでもきちんと帰ってこられるのだ。村の衆は不思議がっていたが、理由を(たず)ねると耕七はわかんね、と首をかしげながらもこう答えるのだった。

「火が見えるんだ。綺麗な、薄紅の火だ」

 それについて行くといつの間にやら、ふもとまで出ているんだと。そして、村の子供らが「お山」に入ろうとすると、耕七は皆に言い聞かせた。

「赤黒い火にはついてっちゃなんねぇぞ。青い火はもっと駄目だ」

 子供らの中には火の玉を見た、という者がいて、やっぱり村の衆は不思議がって誰にそんなことを習ったのか聞くのだが、やっぱり耕七は首を傾げながら、笑ってこう答えた。

「おっかぁに習った」

 けれども、誰も耕七の母がそんなことを言うのを聞いたことがなかったのだった。


 ある時、耕七の伯父は耕七を呼んで言った。

「お前ももうそろそろ一人前だ、自分で獲物を獲れねば、またぎにゃなれんぞ」

 そう言って伯父は銃を一丁とって渡した。

「そうだ、きつねがいい。『お山』には良い毛並みのきつねがおるぞ」

 そう言うと、耕七は顔を険しくして、伯父に銃を返した。

「きつね撃つくらいなら、おら、またぎになれんでもええ」

 そう言って、耕七はどれだけ言われても銃をとろうとしなかった。あまりに耕七が我を張るもんで、伯父もそのうちに業が煮えてきて、怒鳴りつけるようにして、耕七を追い出した。

「いいか、耕七。きつねだど、きつねとって来ねば、家どころか村にも帰ってくんでねぇ!」

 耕七はしばらく膝をついて、投げられた銃を見つめていた。


 銃を手に、しぶしぶ「お山」に入った耕七はただ何の目的もなく、うろうろと「お山」の中をさまよっていた。そうこうしているうちに辺りはだんだん暗くなり、ついに足元も見えないほどに真っ暗になってしまった。村に帰りたいが、手ぶらのまま村には戻れない。その上に、いつもならわかる道がさっぱりとわからなくなった。

 ふと周りが明るくなり、耕七は無数の火の玉が自分の周りを漂っているのに気がついた。赤黒い火の玉と青白い火の玉が耕七の周りを舐めるように回っている。耕七は顔を青くして、慌ててどこへともなく逃げ出した。

 耕七は山道を転がるようにして、ただ一生懸命に走った。いつまでもついてくる火の玉をやっと振り切ったときには、村の明かりが見えていた。何といって伯父に詫びればいいのか。それともまた山へと(きびす)を返し、鬼火の後をついて行ったらいいのだろうか。

 その時、ふいに誰かに呼ばれた気がして、耕七は後ろを振り返る。そこには薄紅色の火を湛えた、一匹の美しい白いきつねがいた。その双眸は優しい光を湛えて、じっと耕七を見つめていた。きつねだ、と耕七は腰を落としたまま、震える手で銃を構える。そのきつねは耕七がにじり寄っても逃げようとしなかった。

 けーん、と一声高く鳴くと、きつねは耕七のもとに歩みよった。そして、銃を抱えたまま動けない耕七の鼻の頭を舐めると、すこし離れて振り返り、頷くように頭を下げた。


 耕七も知らぬ間に銃は火を噴いて、その白いきつねは倒れた。はっとして、耕七はきつねのもとに走り寄る。薄紅色の光は絶え、木々の合間から零れる月明かりが、その姿を照らしていた。耕七は銃を放りなげてきつねを腕に抱いた。

(赤黒い火は狢火(むじなび)だ。やつらは人を(だま)すのが好きだからね)

(青白い火は鬼火(おにび)だ。これについてったらいけないよ。死人の国へ連れていかれてしまうからね)

 心の奥にそれが誰の声なのかがようやくわかった耕七は、大声をあげて泣き始めた。思いだしてのことだった。幼い頃の神隠しと、その間の仮親を。

「おっかぁ……すまんかったなぁ、本当に。こんな親不幸な子供も、おっかぁは忘れんでいてくれたんだなぁ、すまんなぁ、おっかぁ」


 とある「お山」のふもとの村に、一つの小さなお(やしろ)がある。そこには、いつまでも美しい白いきつねの皮があり、そこにお参りしていくと、不思議と山で迷うことがないそうだ。

 今も時々夜になるとその皮に薄紅色の火が灯る。そして、その周りを、慕わしげに飛ぶ小さな青白い火が見られるそうだ。

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