婚約者はわたくしにリンダを見習ってほしいと言いました
「ベアトリス。お前はどうにも堅苦しい。もっと女性らしく振る舞えないのか?」
「女性らしく、ですか?」
「そうだ。ほら、このリンダみたいに」
昼休みの中庭。丁寧に手入れされた花壇近くにある四阿に呼び出されたベアトリス・フォスターは、自身の婚約者の横に座る令嬢に目を向けた。
リンダと名指しされた愛らしい容貌の彼女は、近年ゲイツ男爵家に養女として迎えられたばかりだという。しかし、ベアトリスらが入学してわずか半年で、すでにこの王立学院内での彼女の定位置はクリスティアン第一王子殿下の隣、と認知されている。『リンダ・ゲイツは手出し注意』だという無言の圧とともに。
「恐れながら、現状の王妃教育のカリキュラムに、『女性らしい振る舞い』の科目はございませんが」
目の前に座る彼らを見下さないよう、中腰で目線を下げつつのベアトリスの返答に、クリスティアンは大仰な溜息をついた。
「ふん、そういうところだ。その四角四面な対応では、私は息を抜くことも出来ん。柔らかい笑顔や男性の立て方、その他もろもろ、リンダは女性として完璧だ。私の横で国母となる身であれば、お前もせいぜい努力することだな」
「やあだあ、クリス殿下ったら! あたしなんてベアトリス様みたいな公爵家の御令嬢に比べて全然ですのにい」
底冷えするような冷たい言葉を吐くクリスティアンに腰を抱かれているリンダは、キャラキャラと笑顔を振りまいている。
「謙遜するな、リンダ。ベアトリスは教師に教わったことのみを卒なくこなすだけで、リンダのように空気を読むことや機転の効いたことを言うとか、そういうことはからっきしなんだから。人として深みがないというか、魅力に欠けるというか······な」
「そうですね! リンダを教師に見立てて、魅力的な女性像を学んでいただくのは、いい案です! うちの至らない婚約者にも指導してほしいものです」
「それいいな、リンダ、俺のところも教えてやってくれよ!」
嘆息するクリスティアンに追随するのは、側近候補のダニエル・ジョーダン侯爵子息とロビン・ハーパー辺境伯子息だ。二人もクリスティアン同様に常日頃からリンダを囲んでいるため、これも恒例の景色になっている。
「えー、無理よう。あたし皆といて、自然にこうしてあげたいなって思って動いてるだけだもん! 教えるだなんて〜」
プンとむくれるリンダに袖を引っ張られ、相好を崩すクリスティアン。空気が和らいだことで、周囲の緊張もようやく解けて行っている。
「ははは! 自然に完璧に出来るなんてリンダは最高だな! まあとにかく励めよ、ベアトリス」
「······畏まりました。たしかに皆様がおっしゃるように、わたくしは見本がないとうまく学べないのです。学びに佳き日を定めた際には、皆様にもご協力願えますでしょうか」
新たな教科日程を追加をするように、手帳を出して何事かを書き付けるベアトリスに、クリスティアンは鼻白んだとばかりに顔をしかめる。
「大袈裟だな。プライドを捨てて教えを請うというのなら、いくらでも協力してやるというのに。なあ?」
「我々もやぶさかではないですよ。うちのにもお伝え下さい」
「俺のところもな!」
自分達の意見だけを捲し立てた彼らが立ち去り、一人残されたベアトリスの元に、離れたところから様子を伺っていたロビンの婚約者マリエラ・ホフマン伯爵令嬢と、ダニエルの婚約者シルヴィア・ミルトン侯爵令嬢が駆け寄って来た。
「マリエラ、シルヴィア。ごめんなさい。あなた達まで巻き込んでしまって」
「そんな事気にしないで! 殿下を諌めもせず自分まで······ダニエル様には呆れたわ。わたくしいよいよお父様に報告するから! こんなに完璧なベアトリスにあんな振る舞いを真似させようっていうの?」
「そうよ、ふざけてるわ! ベアトリス、あなたが気に病むことないのよ! 殿下だけでなくロビン様まで女性の笑顔で簡単にコロコロ転がされて! あの体たらくで近衛騎士になれると思っているのかしら?」
怒りをあらわにする二人は、ベアトリスの肩を擦りながらも鋭い目つきで彼らの後ろ姿を追っていた。
彼女達もリンダの取り巻きになった婚約者への不満がたまっていたのだろう。ベアトリスを労りつつ、なおも厳しい言葉が発せられる。
それを漏らさず聞き、あれこれ書き付けていた手帳をパタンと閉じたベアトリスは、表面の金猫印を撫でながら二人にいい笑顔を向けた。
「ありがとう二人とも。さあ、方針は立ったわ。『学びの日』に向けて準備を進めましょう!」
◇ ◇ ◇
それから半月ほど経ったある朝のこと。
ベアトリスは早くから学院の馬車寄せでクリスティアンを待っていた。
「殿下。おはようございます」
「ああ」
「先般お伝えしました通り、本日はリンダ様の女性らしい行動を学ばせていただく日といたします。殿下をはじめ側近の皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、分かっている。お前が一日リンダを見たところで、どこまで自分のものに出来るか疑問だがな」
「はい。また側近のお二方の婚約者様、それから学びを希望された生徒さんも、随時見学させていただきますのでご了承下さい」
「かまわない」
鷹揚に手を振りクリスティアンが許可を出すと、黒いローブの人物が音もなく現れた。
「なっ!」
「では先生、お願いいたします」
ベアトリスの誘導で、慌てる彼らをものともせずに黒いローブの人物がクリスティアンに杖を掲げた。
発光。
その眩しさにクリスティアンらが瞑った瞳を再び開けた時には、もうその人物はいなくなっていた。
「うわっ、ベアトリス、お前何をした?!」
「殿下に何を!」
いきり立つロビンがベアトリスに詰め寄るが、当の本人は手帳を見ながらいたって涼しい顔で満足そうに頷いていた。
「皆様、問題ございませんわ。予定通りに進行しております。また、ただいまの魔術でございますが、本日殿下にリンダ様と全く同じお振る舞いをしていただくためのものですの」
「はあ? 何でだ!」
「わたくしはリンダ様と同じクラスではございませんでしょう? 普通に過ごしていますと、ほぼお姿を見ることはないのです。ですから学びのために、殿下を仮想リンダ様に仕立てるのが最適だと思いましたの。王立魔術研究所の先生方には、とても良い魔術を作っていただきました」
「はああああ!?」
「婚約者を見つめるのでしたら問題ありませんでしょう? では、一限目予鈴の鐘が鳴りましたら開始です。わたくし楽しみにしておりましたの。魔術が解けるのは終業の鐘が鳴るまで。どうぞ『女性らしいお振る舞い』のご指南お願いいたしますわ、殿下」
「何を言って······」
リーンゴーンリーンゴーン
さっきまで困惑と苛立ちで青筋を立てていたクリスティアンだったが、予鈴を聞いた途端、突然握った手のひらをブンブンと振りながら、側近の方へ内股で駆け寄った。
「ダニエル〜、ロビン〜、おはよう! あたし、昨日皆のためにクッキー焼いて、ちょっと指を火傷しちゃったんだ。えへへ」
「······で、殿下······」
「クッキー? ええと、その、殿下、指をくわえての上目遣いは······」
「もう! 堅苦しいなあ! クリスティアンだよ! クリスはあんまり可愛くないから、ティアって呼んで? ね、いいでしょう?」
「あの······」
「あれー、かっこいい男の子はこういう時、鞄を持ってくれるんだよう?」
「あ、ハイ······俺持ちます」
「ええと······殿下」
「どしたの? ダニエルまだ眠たいの? 後でお膝貸してあげるから、授業がんぱろうね!」
様子のおかしいクリスティアンを誘導しながら先へ進むロビンの後ろで、顔色を失ったダニエルがベアトリスに向き直る。
「あ、あの、ベアトリス様、我々はどうしたらいいんですか?」
「殿下は本日リンダ様仕様です。リンダ様同様に接して差し上げてください」
「えええ!」
「ちょっとー! ダニエルったらおっそーい! 早く早くー」
ニコニコのクリスティアンは、彼らの両腕に掴まって教室に走り出した。
あっけに取られる生徒達の中、満足気に彼らを見送るベアトリス。
彼女とお揃いの手帳に何事かを書き込みながら、うんうんと頷くシルヴィアとマリエラも笑顔だ。
「為になりますわあ」
「ええ本当に」
「小首をかしげながら殿方の目を覗き込んで、うふふと笑う。殿下もとい仮想リンダ様、なかなか作業工程が多いですわね」
「そうね! 朝の挨拶から流れるように連続技を繰り出してるわ。仮想リンダ様って熟練騎士の如く動きが滑らかよ!」
マリエラの意見に同意しながら書く手を止めて、ほうと感嘆の息を漏らすベアトリス。
「······その『仮想リンダ様』ってワードを殿下にぶつけるの面白すぎるわ」
シルヴィアがぼそりと呟いた一言に、周りの生徒達が大いに頷いた。
◇ ◇ ◇
Sクラスの授業中。
落ち着いた教師の説明と板書の音しか聞こえない中、退屈したクリスティアンが前に座るロビンにちょっかいをかけ始めた。
「······ねえ、ねえ、ロビンったら」
「ちょっ、授業中ですよ、て、てぃ、ティア様」
「うふふ。背中に集中! 何を書いたか当ててね!」
「あっ、くすぐったいから止めて下さい······」
「殿下、じゃなかったティア様、お静かに」
こっそり止めようとする後ろの席のダニエルに、クリスティアンが振り向いて輝くような笑顔を見せた。
「ダニエルはさあ、あたしの右腕になるために、いっつも誰よりも頑張ってるよねえ。たまには息抜きしてもいいんだよ? あたしはダニエルのそういうところも素敵だなって思ってるんだから」
「······お気持ちはありがたいのですが、静かにしましょう」
「うふふ、はーい」
抑えた声でもう一度注意を促すが、クリスティアンは笑いながらまたロビンの方を向いてしまった。
「ねえ、ロビン。今なんて書いたか分かった?」
「いや、全然分からない······」
「ブブー! 答えはロビンが好きだった勇者の絵本にあった、聖剣の絵を描いてたんだあ」
「文字じゃなかったんですか」
「うふふー。ひっかけ問題だよ! 勇者ならどんな攻撃にも対応しなきゃダメなんだぞー」
「俺、勇者なんて······」
「あたしにとっては、ロビンは小さい頃からさいっこうに頼りになる勇者だよ!」
「ティア様······!」
男子生徒三人が楽しげにしているのを観察しながら、シルヴィアが不思議そうに小首をかしげる。
「彼女の授業中の姿は殿下達も知らないところよね? ではこれは?」
「ええ。ですがFクラスの方達および先生方にご協力いただき、授業中のリンダ様データを集めましたの。それにプラスして、殿下ご自身に蓄積されているリンダ様データも反映されています。なので、この仮想リンダ様は、かなりの確度で本人のお振る舞いになっているはずですわ」
授業用ノートをきちんと取りつつ、また金猫印の手帳にも何事かを書き取りながら、ベアトリスは小声ながらもシルヴィアに答える。
「なるほどねえ。さすがベアトリス、抜かりないわ」
そんな二人のコメントを聞いていたマリエラが、彼らの動きを見て、慌てて手帳の上に万年筆を掲げた。
「あら、仮想リンダ様、ノートに何か書いてらっしゃるわ。真面目に授業を受け出したのかしら?」
「······んん、書いたノートをロビン様に見せて笑っているわ。ただ、ロビン様は顔の色がおかしいわね」
「そうですわね。後学のために後で見せていただきましょう」
「あっ、寝てしまわれたわ。Sクラスの授業に魅力を感じないのかしら」
「ダニエル様が必死に起こしてるわ。ねえベアトリス、これはどうなるのかしら。殿下が注意されるの?」
シルヴィアの問いに、慈母の微笑みを向けるベアトリス。
「いいえ、学院長にも本日の『学びの日』についてご了承いただいています。ですから、本日に限っては殿下方やわたくし達にも特別の配慮がされているわ」
「つまり?」
「本日実施される『学びの日』特別授業に関して、気付き及び意見交換等は同日中に限って制限しない。不敬罪にも問わない、ということです」
「あ、分かったわ。今日は学び優先で無礼講ってことね」
◇ ◇ ◇
王立学院の昼食は、定められた時間内に自由に摂ることが可能だ。いつもなら生徒達は持参したお弁当を広げたり、カフェテリアでランチを注文したりと、めいめいに楽しく過ごしている。
そう、いつもならば。
「コクコクコク、ふう!」
クリスティアン達三人は、従来通りカフェテリアの真ん中に陣取り、今まさにランチプレートを食べるところだった。
「ティア様、一気に飲むのは危険です。毒見は済んでいるにしても、時間を置いて摂取していただかないと」
「あっそうだった! ごめーん、あたしうっかりさんだね! テヘ!」
ダニエルに諌められクリスティアンは、自ら頭をコツンと叩き、舌をペロリと出して謝った。
朝の馬車寄せの出来事やSクラスでのクリスティアンを見ていない者は、ギョッとしたような顔をしている。
「殿下の一人称があたし?」
「しかもティア様呼び強要だと······?」
「え、怖い怖い」
「これかあ、『学びの日』って」
「王子の『テヘペロ』······俺ら見てよかったんか?」
誰ともしれないざわめきの中、ダニエルとロビンは努めて冷静さを装いながらクリスティアンに対応している。耳はわずかに赤くなっているものの、優秀な彼らことだ、早々に仮想リンダ仕様の殿下に順応したのかもしれない。
「······御身が心配ですので、気を付けて下さいね」
「うん! でもあたしだけが大切なんじゃなくて、ダニエルだってロビンだって、皆命はひとつでかけがえの無いものなんだから、あたしを守るだけじゃなくて、絶対ぜったーいに自分も大事にしてね! 約束だよ!!」
「ティア様······!」
「やだあ、ウルウルするなんてやめてよー。二人にはお礼にニンジンのグラッセあげるから。はい、あーん」
「それ、ティア様の苦手なやつじゃん」
「えへ! バレた?」
彼らから少し離れた場所に席を取ったベアトリス達も、同じくランチプレートを食しながら、今日の学びと気付きについて積極的に語り合っている。
「仮想リンダ様、すごいわ。殿下のお姿で見ているせいか、徹底したあざとさが、一周回って可愛く感じられますの」
「おっしゃってる事は基本的に殿下が思っている事のようですね。普段あまり彼らを褒めない方ですから、不意打ちの褒めに二人ともクラクラしてますわね」
「それと、ああいう風に裾をキュッと掴むの、庇護欲をそそるものなのですね」
「座り方もなんだか可憐な気がします。でも凛々しいお顔で頬を膨らますのは······」
「そこはリンダ様のビジュアルで補正しましょうよ」
スープを飲み終えたマリエラが、そう言えばとベアトリスと見やった。
「あら? 今日は本物のリンダ様は登校されていないの?」
「ええ。実は彼女には特別に、『学びの日』個別授業を受けていただいているのですよ」
◇ ◇ ◇
学院内のとある教室。
リンダはひとり、本日のクリスティアン達が大写しにされたものを、音声付きで朝から延々と見せられている。
「いやああ! あたしって他からこんな風に見えるの? クリス殿下がやってる『あたしの真似』、ものすごく気持ち悪いんだけど!」
「そうですよ、ゲイツさん。さあテキストを改めて開いて下さい。学院内での一般的な淑女の過ごし方はどうなっていますか?」
「分かったわよ! 読むからこの殿下を見せるのを止めて! 声も聞きたくないわ!」
わめくリンダに、淑女教育担当の教師はパンパンと手を叩き、クリスティアンの何度目かのテヘペロを指しながら、お静かになさいと注意する。
「ですが、フォスターさんがあなたから『女性らしい振る舞い』を学ぶ際は、彼女に全面協力すると約束したのでしょう?」
「そうですけど〜、こんなの!」
「今までのあなたの振る舞いを、仮に淑女振る舞い応用編とするならば、そのアレンジは王道の基本編を完璧に学んだ経験から生み出されるものです。王族になられる御方に淑女教育を行うあなたが、基本を疎かにしているだけでなく、マスターしてないなど言語道断ですよ」
教師はなおも、男性同士の『背中の落書き当て』や『あーんでのグラッセ食べさせ』などを見せながら、基本の淑女教育との違いを涙目のリンダに答えさせる。
数刻後、すっかり心の折れたリンダに紅茶が供された。教師がマナーを見つつ休憩を促すと、リンダかプルプルと震えだした。
「どうしたのです? ゲイツさん」
「だってあたし、こんな恥ずかしいことしてたって思わなかったんだもん! あたしクリス殿下達に完璧だねって褒められてたし!」
「知らないのは恥ずかしいことではありません。知ろうとすること、また自身を客観的に捉えて気付きを得ること、増えた知識で我が身を振り返り向上させること。これら全てが『学び』かと思いますよ?」
◇ ◇ ◇
リーンゴーンリーンゴーン
終業の鐘が鳴り、一瞬淡い光に包まれたクリスティアンは、ようやく強制内股から解放された。それとともに、頭を抱えて机に突っ伏しては、ただただ悶えている。
「······終わりましたね、ティア様。じゃなくて殿下」
「社会的に終わったというか」
「······言うな」
三者三様に受けたダメージに打ちのめされていると、パチパチパチと拍手が起きる。
えっ、と思い、クリスティアンがそろりと顔を上げると、そこにいたのはベアトリス達。
「なんだ、嫌味か」
「いいえ、違いますわ! まずは殿下ならびに皆様お疲れ様でした。そして、素晴らしい教えを授けて下さり、ありがとうございました」
「はあ?」
「気付きの多い、実りある特別授業でしたわ!」
「······本気で言ってるのか?」
「ええ、本当に。わたくし、淑女として高みを目指すあまり、公私を同じくしていたのですね。素のわたくしは殿下の前でだけ、あのような愛らしさを出せればと思いましたの。······殿下ほど可愛らしく振る舞えるか自信はないのですが、頑張りたいですわ」
頬を染めながら話すベアトリスの仕草は柔らかく、クリスティアンはギャップにドギマギしてしまって二の句が継げない。
その横で唖然とするロビンを、今度はマリエラがキラキラした瞳で見上げる。いつもは向けられない熱を感じ、思わず後ずさってしまう。
「マリエラ、あの、その······」
「素敵でした! 剣にばかり夢中で、わたくしとはあまり交流して下さらないロビン様との婚約は、正直そろそろ見直そうかと思っていたのですよ。ですが今日、仮想リンダ様であるティア様にあんなに優しくされて······! 婚約者のいる殿方に接触するリンダ様にも怒っていましたが、可愛いティア様に振り回されてるお姿で再度見ますと、節度を超えたものではなかったのねと理解出来ました!」
「え、婚約見直し? だけど免れた?」
「わたくし、ティア様と親しくしているロビン様がとても好きになりました! これからより一層ティア様とイチャイチャして下さいませ!」
「······お、おう」
困惑しつつもとりあえず胸をなで下ろしたロビンを横目に、死刑判決を待っているかのような顔で立っているダニエルの元へ、音もなくシルヴィアが近寄って行く。
「ダニエル様」
「ひっ。シルヴィア、申し訳ない!」
「何を謝ることがあるのですか? わたくしは常日頃より殿下の右腕としての立場を熟慮するダニエル様の、真のお考えに本日ようやく気付いた次第で、婚約者としてお恥ずかしい限りですのに」
「真の、考え?」
「ええ。殿下のお立場を考えれば、国政を担う前に、様々なハニートラップへの対処法も学ばなければならない。今回のリンダ様などよい教材となりますから、学院も王家もあえて咎めなかったのでしょう。しかし、そうであっても殿下の価値を貶めるわけには行きません。それでダニエル様が矢面に立って、ご自分こそが女性に弱く情けないのだと世間に印象付けたのですね。その臣下としての御心たるや敬服いたしますわ」
「あ、ああ、ありがとう。······ありがとうシルヴィア」
気づけば学院中の生徒が、クリスティアン達に拍手を贈り、『学びの日』は終了した。
◇ ◇ ◇
「······こんなものでいいかしらね」
あらかじめ借りておいたティーサロンにて、シルヴィアは二人にお茶をサーブし、ベアトリスへ問いかけた。
「ええ、王妃様も言ってらしたけれど、殿方はこちらで上手に誘導して行きましょう。彼らだってまだ学院一年生ですもの。矯正は可能ですわ」
「そうそう、リンダ様も、殿下の女仕草やなんかを一日中見せられて、恋愛的な感情は消え失せたようよ。普段の自分が相当無様に感じたようで、今後マナーレッスンも積極的にして行きたいっておっしゃったみたい」
ベアトリスに続いてマリエラも笑顔で口添えする。その成果を聞いて、もちろんシルヴィアだってにんまりしてしまう。
「ロビン様もダニエル様も、首の皮一枚で婚約が続いていることに気付いて、身震いしてましたわ。······扱いやすくなったのではなくて?」
「それは殿下もでしょう? 学院でのことを陛下がご存じないわけないもの」
香りの良い美しい紅茶を口に含むと、甘いものを摘みたくなる。焼き菓子をめいめいに楽しみながら、マリエラは本計画のリーダーに水を向けた。
「ベアトリス、あなたこそ殿下のことはどうされるの?」
ふふ、と笑みを浮かべると、ベアトリスはカップを置いて少し声を落とした。
「······ご自身であざとい女性を体験しましたからね。さすがに今後は女性の裏を見るようになるでしょうし、またわたくしのライバルになりうる同年代女性は、殿下を見てもことある毎にあの仮想リンダ様を思い出すわ。それで恋慕が生まれるかしら?」
「そうね、いい意味で不貞の芽が生まれる土壌がなくなったわね。ではベアトリス自身は殿下と継続でいいのね?」
「問題ないわ。わたくしは難易度の高いものに挑んで攻略するのが好きなの」
「知ってるわ」
呆れたようにシルヴィアが相槌を打つと、ベアトリスの瞳が輝いた。
「ですから、殿下の婚約者としてより精進するわ。うふふ、張り合いがありますわね」
「まあ、こうなるわよね。だってベアトリスって結局クリスティアン殿下のこと好きなのだもの。リンダ様のよこしまな気持ちを、今回完膚なきまでに打ち砕いたじゃない?」
言いながらスコーンを割ったマリエラに、クロデットクリームを渡すベアトリスは無言で微笑んだ。
「強いわね、ベアトリス。王妃教育にチェスの科目はあるの?」
「さあ、どうかしらね?」
お読みいただき、ありがとうございました。
仮想リンダ様は、ノートに何を書いたんでしょう?




