一目惚れ
ついていかなければよかったとA級ハンター、竜人族の宗助は、後悔していた。
事の始まりは、商隊の護衛依頼で北の国の辺境都市に来た宗助が、それなりの付き合いである同じハンターのニールとの再会。そして、ニールがうまい酒が飲めると連れてきたのが、辺境都市の名物、フォーチュナ劇場。
最初、興味がない宗助は帰ろうとしたが、ニールに引き留められた。
フォーチュナ劇場は、食事と酒がうまいと評判。邪魔が入らない、劇場の二階の個室、桟敷席だからと説得された。宗助は腹も空いていたこともあり、ニールに付き合うことにした。
フォーチュナ劇場はこぢんまりとした、落ち着いた上品な雰囲気。そんな劇場の一階の席には、自分と同じハンターの姿に、宗助は目を瞬かせた。
ハンターは基本荒くれ者で、時に喧嘩などの騒動を起こすことから、ハンター被害と呼ばれることもある。そんなハンターが大声で騒ぐなどの周りに迷惑をかけることなく、静かに食事をしている姿はちょっと不気味だ。まあ、それは置いておこう。
騒がしいのは嫌いな宗助には、フォーチュナ劇場の雰囲気は好ましい。それとニールが頼んだ料理、芋と肉の揚げ物とトマトとチーズのツマミ。ニールおススメのキノコのオイル煮は、味が濃くてうまい。それに酒、東の国でしか生産されていない花酒。
静かな場所での美味しい料理に、久々の故郷の酒は宗助を満足させる。これがなければ、もっとよかった。
「見たか、ソウ!アンネちゃん、オレに手を振ってくれた!」
「そうか」
一階にいるウエイターの女性に手を振るニールに、宗助はどうでもよさそうに適当な相槌。だらしない顔をしたニールに、宗助の気分は下がっていく。
宗助は恋愛事が苦手、否興味などがなかった。というか面倒だと思っていた。
時折起こる、ハンターギルドの騒動。男女のパーティーが恋愛関係で破綻、ハンターギルドの受付嬢にちょっかいを出しては、ペナルティや制裁などをくらう男ハンター。それを見るたび、宗助は馬鹿だなと鼻で笑った。
そもそも、彼は恋愛、愛なんて理解できなかった。したいとも思えなかった。
健全な男としてそれなりの欲はあるが、宗助の容姿はよく、おまけに高ランクハンター。困ることのない金もあるので、それなりの処理も問題なかった。恋愛、恋人や伴侶なんて自分には無用のものだと考えていた。
この時まで。
「お待たせいたしました!」
華やかな音楽に、舞台が照らされる。ニールが乗り出し、宗助は横目で舞台に視線を向けた。
「フォーチュナ劇場一の美姫、エメラルドの宝石姫の登場です!」
ふわりと軽やかに舞台に現れた彼女に、宗助の頭にガンっと殴られたような衝撃が襲う。
腰よりも長い銀色の髪。雪のように白い肌に、まだあどけなさを残す美貌。鮮明なエメラルドの瞳と、首から胸元、腕から手の甲、膝から足の甲まで、髪と同じ銀色の鱗が光を反射して輝く。
彼女は竜人族の証である銀色の鱗を持っていたが、翼はなかった。それは彼女が竜人族と人族の混血であることの証。そんなことは宗助にはどうでもよかった。
「えっ、おい!ちょっ、何してんの!」
ニールの静止の声を無視して、宗助は二階の桟敷席から翼を広げて、飛び立った。
自分が何をしていて、何をしようとしているか、宗助はわからない。ただ湧き上がる衝動を抑えることが出来なかった。
「おい、あれ!」
「えっ、なんだ?!」
「おい、あれ風斬じゃないか」
一階の席で食事、舞台を見ていた観客が、自分達の頭上を飛ぶ宗助の姿に声を上げる。しかし、宗助にはそんな声など聞こえない。
そして、宗助は彼女の前に降り立つ。
「あ、あの」
戸惑う彼女の手を宗助は取る。柔らかく、冷たい鱗の感触に宗助の胸は高鳴り、跪く。
清廉な美しさを持つ美少女、エメラルドの宝石姫を見上げ、まっすぐに言葉を紡いだ。
「俺と結婚して、白い屋根の屋敷で俺の子供、息子一人と娘二人を産んでくれ」
風斬の異名を持つ、A級ハンター、竜人族の宗助、一目惚れだった。
衝撃の展開に、フォーチュナ劇場は静まり返った。皆、何が起きたのかが理解できなかった。
何拍かの無言。最初に立ち直ったのは、フォーチュナ劇場の古参、サファイアの宝石姫。
バシンっ!
次の出番のために、舞台袖で控えていたサファイアの宝石姫、コーデリアは海人族。海人族は水中で呼吸が出来る鰓と指の間に膜がある、平べったい手足の鰭を持つ種族。
コーデリアは自分の、鰭の右足で狼藉者の宗助を蹴り上げた。それとも、叩いたと言ったほうが正しいだろうか。
不意を突かれた、と言うよりもエメラルドの宝石姫に夢中になっていた宗助は、無様に舞台から蹴落とされた。A級ハンターがかっこ悪い。
「フォーチュナ劇場一の宝石姫であるわたくしを差し置いて、求婚とは何事です!」
舞台から落ちた宗助にコーデリアはビシッと指さした。フォーチュナ劇場の団員は我に返り、コーデリアの意図に察する。
「っ、そうだ!サファイアの宝石姫がフォーチュナ劇場の一番だ!」
「違うぞ!エメラルドの宝石姫が、宝石姫の中の宝石姫!」
「いいえ、ルビーの宝石姫が素敵よ!」
コーデリアの言葉に便乗するように、声をあげる。
団員の言葉につられて観客達も、自分にお気に入りの宝石姫や役者の名前を叫ぶ。その間に、他の団員が狼藉者の宗助に声を掛けて、常連客であるニールが宗助を引きづって連れていく。なんとか誤魔化せそうだ。
「ならば、わたくしの魅力を教えて差し上げますわ!」
フォーチュナ劇場一の歌姫、サファイアの宝石姫の高らかな宣言に、観客達が盛り上がる。コーデリアの合図でフォーチュナ劇場の楽師が曲を奏で始める。
サファイアの宝石姫、コーデリアは宝石姫一の歌姫。コーデリア自慢の魅力、甘い妖艶な歌声が劇場に響き渡る。観客達はコーデリアに注目する。
コーデリアは歌いながら、未だに混乱しているエメラルドの宝石姫に、舞台から下がりなさいと合図を送る。
何が起きたのか。エメラルドの宝石姫こと、綾音は全くわからない。なので、綾音はコーデリアの指示に従い、舞台から降りたのであった。




