#8 未来のラザラスが見た未来
包み込まれるように抱き締められ、私は、ラスの胸の中にいた。
「…これで、エミリオに会えるのね。」
「今ので、リアのお腹にエミリオが宿ったかは、まだわからないな。」
「えぇっ!?エミリオに会えるって言ったじゃない!!」
「エミリオが、いつ、リアのお腹に来てくれるかは、神のみぞ知ることなんだ。」
「神様だけが知ってる?お医者様なのに、そんなこと言うの??なんだか…、騙された気分なんだけれど。」
ラスは笑いながら、私の膨れた頬をつんつんと人差し指で押してくる。
「もう!笑ってごまかさないで。」
まだ、お腹にエミリオがいるかはわからないと聞いて冷静になると、不安が押し寄せてきた。
「私…。本当に、エミリオを産んでもいいのかしら。だって、育てられないのに…。ラスも、見たんでしょ?未来で、私が…」
"聞きたくない"というように、ラスが唇で、私の口を塞いだ。ラスの舌に、口の中を舐め回され、私の舌が絡め取られる。あの星空の下でしたキスとは、全然違う…。
「…リア。さっきも言ったけど。俺が、絶対に、あんな未来にはさせないからな。」
「絶対にって…。ラスは、どうすれば未来が変わるかを知っているの??」
「あのな…。リア、落ち着いて聞いてくれよ。」
ラスの表情が一段と険しくなったから、身構えてしまう。
「あの姿見をここへ送ったのは、未来の俺かもしれない。運命を変えるためにな。未来の俺も、あの姿見でさらに先の未来を見ていたから。どうやって送ったかは、わからないけど…。」
姿見を運んだのが誰なのか、わからなかったけれど…。本当に未来のラスが、運命を変えるために送ったの?
「俺が贈ったドレスが、物置にしまわれているのを見つけて、ふらついた拍子に姿見を見たんだ。情けない自分の顔が映って、気づいたら、魔道具に囲まれた、怪しげな店の中にいた。物置じゃない場所にいるのに、目の前には、変わらず姿見があって。状況が掴めずにいると、鏡の中から声が聞こえてきたんだ。『父さま、ごめんなさい。母さまが、死んじゃったのは、ぼくをうんだせいなんでしょ!?』って。あれは、エミリオの声だった。」
「そんな…。エミリオは、私の死を自分のせいだと責めてしまうの??リオは、悪くないのに…。」
「未来の俺…。リアを亡くした未来の俺も、そう言ってた。早産で、出産時は大変だったけど、エミリオのせいじゃないって…。早産になった、きっかけは…。」
ラスが両手で、私の頬を包み、瞳を覗き込んでくる。唇を噛み、続きを話すのをためらってるから、言いにくいことなんだと伝わってきた…。
「リアのお腹が、大きくなって…。予定日まで、あと2ヶ月になった頃にな…。突然…、エスターの訃報が届いたんだ…。」
(今、なんて…。訃報…?エスターが、死んじゃうってこと??)
「…やだやだ。そんなの嘘よ!!ねぇ、ラス。嘘でしょう??なんで、エスターがっ……。はぁ…、はぁ…、はぁ…。」
「あぁ…。こうなると思ったから、言いたくなかったんだ。」
そう言いながら、ラスは、過呼吸を起こした私の背中をさすった。
「想像しただけで、これだもんな…。未来のリアは、ショックが大き過ぎて、破水してしまったんだ。父さんも兄さんも、お祖父様まで駆けつけてくれて、リアもお腹の子も助かった。けど、小さく生まれたエミリオは、体が弱くて、リアは自分を責めていたらしい。エスターのことも、自分に出来ることがあったんじゃないかと気に病み、リアの心は壊れていくんだ…。」
「…エミリオは、体が弱いの??」
「そうらしい。だけど、大きくなるにつれ丈夫になっていったみたいだ。」
「エミリオが、元気になるならよかった。」
そう言ったら、ラスは複雑そうな表情になった。
「身につけた医術も、開発した新薬も、役に立たなかった。リアの病は、心だったから。自分のしてきたことはなんの意味もなかったと、リアを救えなかった未来の俺はエミリオに話していた。その様子を姿見で見た、リアを救おうと奔走していた未来の俺は、嫌な予感がして慌てて店を出た。そして必死に馬を飛ばして、家へ戻ったんだ。」
「それで帰って来たら、私に冷ややかな態度をとられちゃうのね。私のために駆け回ってくれていたのに…、ごめんなさい。」
「あの姿見のおかげで、リアの最期に間に合ったとも考えられるよな。リアの最期なんて見たくもなかったけど…。」
「…あの姿見、一体どこで見つけたの?」
「とある魔道具屋でだ。リアを助けようと奔走しているときに、リアを助けられず後悔する未来の自分の姿を見るなんてな。」
「私が姿見を通して見れた未来は、ベッドの上から見える範囲だけだったの。部屋には、たくさんの人がいたけれど、思い返してみたら…。確かに、エスターの姿はなかったわ…。ねぇ…。エスターは…、どうして…死んでしまうの?」
「未来の俺も、エミリオに聞かれていたけど、本当の原因はわからないって答えてた。リアと、エミリオの容態が落ち着いて、伯爵邸を訪ねることが出来たのは、エスターの死から半年後。屋敷には入れてもらえず、門前でメイドから、『おふたりとお子様は、どうかエスターお嬢様の分までお幸せに。』と言われたらしい。そのあとは。泣き崩れてしまい、よく聞き取れなかったみたいだけど。たぶん。エスターをこの屋敷から、連れ出してくれていればって…。」
「本当の原因が、わからない??それって、伯爵家が真相を隠しているということ?やっぱり、あの家はエスターを不幸にするのね…。私が、あの家から連れ出していれば、エスターを助けられたのかしら??」
「未来のリアも、自分の体がよくないのに、そうやってエスターのことばかり考えて、自責の念に駆られ、押し潰されたんだろうな。…なぁ、リア。わかってるのか?エスターのことは、他人事じゃないって…。」
ラスの泣きそうな顔を見て、自分の未来を思い出した。
「ラス…。私…、どうしたらいいの?」
「リア。」
ラスは、不安になっている私を抱き寄せた。肌と肌がじかに触れ、ラスの体温と、はやい鼓動が伝わってくる。ラスも、不安なんだわ…。
「"階段から落ちて、頭を強く打った"これが、伯爵家が公表した、エスターの死因だった。だけど、未来の俺は、この死因に疑問を持ったんだ。メイドの様子もおかしかったようだし。おそらく、箝口令が敷かれていたんだろう。」
「そうね、おかしいわ。だって、エスターは、風を操れるのよ。階段から落ちても、風を使って衝撃を減らせるはずだもの…。」
「打ち所が悪かったって可能性もあるけど…。実際、あいつが階段から落ちたとしても、風で受け身をとらないなんてありえないよな。」
「一体…、エスターの身になにが起きるの??」
ふいに先日聞いた、ヒステリックな夫人の声が、頭の中で響きだした。あの声をかき消したくて、ラスの胸に耳を当てた。ラスの鼓動を聞き、心を落ち着かせる。
「リアを助ける鍵は、エスターの死を回避することだ。ただな…。この話を、エスターに打ち明けるべきか、気づかれないようにするべきか。リアは、どう思う?」
「エスターなら、私たちの話を頭ごなしに否定することはないと思うの。エミリオの話だって、ちゃんと聞いてくれたもの。でも…。私が、平気じゃないわ。そんな未来、エスターに言えるわけない…。」
「リア、大丈夫だ。話すときは、俺がするから。本人が、自分の未来を知っていた方が対処しやすいし、死を回避する確率が上がるかもしれない。けど。俺の懸念は、エスターに未来を教えたとき、あいつがどんな行動をとるか、想像出来ないことなんだ。しかも。自分の死が、リアの…死にもつながると知ったら…。」
エスターは、ストレスが限界までたまると、魔力を放出してストレスを発散させている。その際、竜巻をおこしたり、山を削ったり、大地をえぐったり、木を切り倒したり…。人に被害は出てないけれど、地形が変わったところもあったわ。
もしも。エスターが、私たちの話を信じてくれたとして、自分の死因があの家のせいだと知ったら…。さらに。そのことが、私の死にも影響を与えると聞いたら、エスターは…。
「伯爵邸を、破壊しちゃうかもしれないわ!?」
「あり得るよな…。あいつは、リアのことになるとまわりが見えなくなるからさ。やっぱりなんだかんだいっても、あの伯爵夫人の娘だからな。」
「それ、本人に言っちゃダメよ!」
「いやでもさ。自分の力は、風をおこすだけなんて言ってるけど。地下水が湧き出る程大地をえぐるわ。蜂の巣が作られてる木を切り倒したり。雪崩れをおこしたり。あいつの風は災害だよ。本人は認めないけどな。」
「それでも。エスターは、それらの失敗を活かして、事業に発展させたじゃない。」
「転んでもただじゃ起きないやつだからな。だけど、これまでと状況が違う。伯爵邸で魔力を放出したら、屋敷が壊れるだけじゃなく、人に被害が出るかもしれない。そうなれば。伯爵家とは縁を切ることが出来ても、結婚相手なんて見つからないだろう。最悪、事業主としての信用もなくすかもな。」
「そんなのダメよ。エスターには、幸せになってもらいたいもの…。」
だけどエスターの幸せは、エスターにしかわからない。結婚相手が見つからないなら、それはそれで構わないと言いそうだわ…。それでも、事業の方は手放して欲しくない。これまで頑張ってきたのを見てきたから。
「リアの未来を伏せて、話すことも考えてみたけど…。エスターに、根掘り葉掘り聞かれたら。リア、隠し通せるか??いや無理だな。」
「ちょっと!!聞いておいて自分で答えるのやめてよ!」
「リアは、エスターの前で平静を装えないんじゃないか?ならいっそ、エスターに全部打ち明けるべきか…。いや、でも…。」
ラスに言われて、思い浮かべてみたら…。私、エスターの顔をまともに見られそうにない。今だって、エスターの死を想像しちゃって、泣いてしまいそうだもの。これから、普通に接することが出来るかしら…。
「ラス、どうしよう…。エスターの前で、笑えないかもしれない。どうやって接すればいいのか、わからないの。」
「リアは、思ったことが顔に出るからな。ホントは、氷の令嬢なんかじゃない。あいつの前で、笑えなくても、泣いても、俺がフォローするよ。まだ時間はあるから、エスターに打ち明けるか決めるのは、もっとよく考えてからにしよう。焦ったっていいことないしな。俺たちで、エスターを助ける道を探すんだ。な、リア??」
私は、うんうん頷いた。
「私、エスターのこと…。絶対に、助ける…。」
「ああ。助けような。絶対に、ふたりとも助けるから。」
泣いている私を抱き締める、ラスの体が震えている。私が、エスターの死を拒絶するのと同じように。ラスも全身で、私の死を拒絶しているのね。
「あの姿見のことだけど、誰にも見られないように隠そう。何かの拍子で誰かが姿見を見てリアの未来を知ったら、この家のみんなはパニックを起こすだろうから。そうなったら、勘の鋭いエスターは気づくだろう。姿見に、自分の未来が映らなかった理由をな。」
あぁ…、そうか。そういうことなのね。エスターが姿見を見ても、今の姿が映るだけだったのは、映す未来がないから…。私の見た未来は、たぶん数年先のこと。エスターには、数年さえも残されていないんだわ。そのことに気づいて、また涙が止まらなくなった…。
そんな私の涙を、ラスは拭ってくれた。
姿見を見てから、あれが、ただの夢だったのか、現実に起こる未来なのか、ひとりで思い悩んでいたけど。さっき、ラスが見た未来が、私の見た未来と同じだったことで、現実味が帯びてきた。それは、エミリオに会える可能性だけじゃなく、私の死の確率も高くなったということ。しかも未来への懸念は、エスターの分まで増えてしまった。
それなのに私ね、今、幸せに満ちているのよ。もちろん、これから取るべき行動も、選択すべき正しい道もわからなくて不安はあるけれど。ラスと未来を共有出来たことが心強いの。ひとりで抱え込んでいた不安を、一緒に背負ってくれるから。それにラスは、絶対に助けると言ってくれた。エミリオに会いたいとも。それから私の名前を何度も呼んで、『好きだ』と『愛してる』を、溺れちゃうくらい言ってくれた。
ラスの言葉が嬉しくて、何年もの間抱いていたわだかまりが解けたの。ラスのぬくもりと、魔力を全身で感じて、凍らせていた心も溶けていった。
心を凍らせた原因も、ラスだったけれど、溶かしたのもまた、ラスだった。
問題を先送りしてもなにも解決しないし、このままなにもしなければ、姿見に映った未来が現実に起こってしまうかもしれない。それは、わかっているのよ。だけど今は。ラスと、心と体が通じ合った幸福に浸っていたい。少しの間だけでいいから、未来の憂いを忘れて、今この瞬間や、すぐ先の明日に想いを馳せていたいの。
フィリアを救うために奔走している未来のラザラスが姿見で見たのは、フィリアを亡くし後悔に苛まれ、エミリオに心情を吐露する未来の自分の姿。
現在のラザラス→奔走する未来のラザラスに憑依。
奔走する未来ラザラス→さらに未来の吐露するラザラスに憑依。
(੭ ᐕ))?




