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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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#54 運命に導かれて、本能的に心惹かれた ③

チャールズとアビゲイルの結婚式は、小規模なものだった。アビゲイルが、エレノアの気持ちを慮ったから。チャールズもアビゲイルの考えを尊重したが、本心は、アビゲイルのウエディングドレス姿を極力人目に触れさせたくなかったのだ。

だが、そんなアビゲイルの気遣いは裏目に出てしまう。

先の結婚式から間もなかったため、否が応でもふたつの結婚式は比べられた。

ウエディングドレスのデザイン。ドレスや宝飾品にかかった金額。誓いのキスの長さ。辺境伯夫妻の涙。参列者からの祝福に感謝し、風魔法でフラワーシャワーを舞い上がらせ皆を楽しませるアビゲイルの気遣い。

中でも、皇后との結婚式にも参列した者たちが感じた一番の違いは、チャールズが終始笑顔だったこと。どちらが王の寵愛を受けているかは一目瞭然だった。

そして。チャールズとアビゲイルの結婚式の様子は、エレノアの耳にも入った。


「どうしよう。エレノア様への陰口があちこちから聞こえるの。それも、私と比べられてるせいで。どうして、こうなっちゃったの??」

「アビーのせいじゃない。これまでしてきた行いが、皇后自身に返ってきただけだからな。因果応報ってやつだよ。」

「チャーリーはそう言うけど…。私、エレノア様にさらに嫌われちゃったわ。」

アビゲイルは、戸惑っていた。王宮の至るところから聞こえてくる、自分とエレノアを比較する人々の声や、これまでのエレノアの行いを非難する声、それによりエレノアから自分へ向けられる憎悪が大きくなることに。

「アビーを嫌うだなんて、筋違いだろ。まったく、あの女は。」

「もう、その呼び方やめてって言ったのに。」

アビゲイルは、『あの女』と呼ぶのをやめるよう言ったが、チャールズはなかなか直せずにいる。幼少期から続くエレノアとの確執を聞いたアビゲイルも、強く言えなくなっていた。

これまでエレノアは、チャールズの交友関係や側近選びにも口出し、思い通りにならなければ裏で手を回し、排除していった。チャールズも、自分と関わったせいで友人たちに害が及ぶことに罪悪感を抱いた。最終的にチャールズのまわりにいるのは、エレノアの息のかかった者たちばかりになった。その者たちを使い、自分以外の異性がチャールズとふたりきりになるのを阻止してきたのだ。そうして皇后の座につき、思うままに全てを手に入れたかに見えたエレノアにも、手に入れられないものがあった。それは、チャールズの心。それでも、夫婦として過ごしていく内に、心を許してくれるようになるはずだと信じていた。

そんなエレノアにとって、それはまさに青天の霹靂だった。初夜の直前に、大勢いた監視の目を掻い潜り、チャールズのもとへ辿り着く者がいるなんて。


エレノアは、チャールズの寵愛を受けるアビゲイルへ当たるようになる。

はじめは、アビゲイルをお茶へ誘い、マナーについて難癖をつける程度だった。しかし、アビゲイルは指摘されたことを素直に聞き、他にも至らない点があれば教えてほしいと懇願し、『ともにチャーリーを支えていきましょう。』と気持ちを伝えた。アビゲイルのこの発言に、エレノアは苛立ち、嫉妬心を抱いた。国王を支える立派な皇后になるため、長年努力を重ねてきた自分と、たまたま王妃に迎えられただけのアビゲイルが、あたかも対等であるように聞こえたからだ。そして、エレノアがショックだったのは、チャールズが、自分には許していない愛称呼びを、出会って間もないアビゲイルには許していることだった。

それ以降もエレノアは、アビゲイルへ絡んだ。

お茶へ誘っておきながら、アビゲイル付きのメイドへお茶を淹れさせ、温度が熱過ぎる、味が悪いなどと難癖をつけ、メイドが至らないのは主のしつけがなってないからだとアビゲイルを罵った。アビゲイルは、エレノアのカップに手を伸ばすと、躊躇せず飲みかけのお茶を口にした。他人が口をつけたお茶を飲んだ、アビゲイルのはしたない行為に、エレノアは目を見開いた。

「私には、温度もちょうどいいですし、味もおいしいのですが…。あぁっ!エレノア様は、猫舌なのですね。情報不足で、申し訳ございません。」

そこへ、アビゲイルを心配したチャールズが様子を見にやって来た。ふたりのやり取りを聞いたチャールズは、残っていたお茶を飲むと、侮蔑の目でエレノアを見た。

「皇后が不味いと言うこの茶、我には美味いが?そなたは、我の舌が異常だと申すのだな。」

「滅相もないことでございます…。」

「いや、別に構わぬ。我と、そなたとで味覚が違うというだけのことだからな。この機会に、皇后は熱いものが苦手だから、茶も料理も冷まして出すよう周知しておくとしよう。」

アビゲイルは、エレノアからさらに嫌われたと嘆いた。

また、あるときは。

ご婦人や令嬢を招いた茶会で、アビゲイルの実家は王都から遠く離れていると、遠回しにヴェルナー辺境伯領は田舎で、アビゲイルは田舎者だと笑った。さらには、領内に魔物が出没するのはヴェルナー領が呪われた土地だからなのではないかと侮辱した。それに対し、アビゲイルは、ヴェルナー領は本当に田舎なのだと肯定し、呪いを解く方法を教えてほしいとエレノアに乞うた。知識が豊富なエレノアなら、呪いの解呪も知っているだろうと期待の眼差しを向けるアビゲイルに、エレノアはたじろいだ。

大勢の前で標的を侮辱する、それがエレノアの常套手段だった。そのことを、茶会の参加者たちもよく知っている。これまでは誰もが、エレノアの話が捏造やでまかせだとわかっていても、巻き込まれたくないと空気を読み彼女に迎合していたが、今回はそうはならなかった。今までの所業のツケが回ってきたのだ。

エレノアは、焦燥感に苛まれた。それまで社交界は、自身の独擅場だったから。

エレノアから嫌悪の感情を強く向けられるようになったアビゲイルは、社交の場に出ないという選択をした。しかし、その選択もまた裏目に出るのだった。アビゲイルが社交の場に姿を見せないのは、エレノアが圧力をかけたからに違いないという噂が広まり、人々のエレノアに対する心象が悪くなったから。

アビゲイルは、頭を抱えた。自分の意思とは関係なく、エレノアの評判が悪くなり、それに伴いエレノアから向けられる嫌悪が憎悪へ変わっていった現状に。その裏には、チャールズの情報操作も関わっているのだが…。本人は素知らぬ顔で、銀狼の加護の力が、人の悪意からも守ってくれているのだろうと笑うのだった。

エレノアの心は歪み、アビゲイルを王妃の座から引きずり下ろそうと画策するようになった。

お茶会では、自らお茶をかぶり、それをアビゲイルにかけられたと騒ぎ立てようとした。それに失敗すると、アビゲイルも参加する義務がある新年を祝う舞踏会で、今度は酒をかぶろうと企んだ。だが、その企みも失敗に終わる。エレノアがお茶や酒をかぶるのを、アビゲイルが風魔法で阻止したから。

また、あるときは。堕胎作用のある薬を自らのお茶に混入し、アビゲイルを犯人に仕立て上げようとした。エレノアからただならぬ気配を感じ取ったアビゲイルは、彼女を注視していた。そして、エレノアがお茶に薬を混ぜたため、アビゲイルはそのお茶を取り上げた。そこへチャールズが現れ、エレノアは証拠を隠滅しなければとアビゲイルが持っているお茶を払い除けようとした。アビゲイルが気を回し、エレノアにお茶がかからないようカップを持ち上げたため、証拠隠滅は失敗した。そして薬が混入したお茶も、エレノアが持っていた残りの薬も、証拠品として取り上げられ、薬の成分は宮廷医によって調べられた。

鑑定結果を聞いたチャールズは、エレノアが薬を口にするつもりはないとわかってはいたが、お腹の子を危険に晒してまで気を引こうとした行為に辟易した。もはや声をかけるのさえ嫌気がさし、ヴェッティン公爵を通しエレノアへ謹慎が言い渡された。


数ヶ月後。

先王の一周忌に、故人を偲ぶ会が開催されるため、エレノアは一時的に謹慎が解かれた。王室主催の催しに、皇后の姿がないのはおかしいと、アビゲイルがエレノアの参加をチャールズに認めさせたのだ。

先王の墓へ花を供えたあとは、王宮の庭園でささやかな会食が開かれる。会食の準備が整うと、チャールズ、アビゲイル、エレノアはともに会場へ向かった。外階段を下りる際、チャールズはエスコートしようとアビゲイルへ手を差し出したが、彼女は、自分だけエスコートされるわけにはいかないと言って断った。国王のチャールズを先頭に、皇后のエレノア、第二妃のアビゲイルが続いて階段を下りはじめた。両王妃ともに、服を着ていても妊婦だとわかるほどにお腹がふくらんでいる。チャールズはアビゲイルを心配し、何度も振り返りながら階段を下りた。

そこへ春一番が吹き荒れ、風に煽られた一同は騒然となった。そのとき。エレノアが、突然悲鳴を上げた。

「第二王妃が、私の背中を押したのです!!」

エレノアは風に気を取られた際、階段を踏み外してしまい数段ほど滑り落ちたのだ。だが謹慎中も、アビゲイルの評判を落とすことばかり考えていたエレノアは、この状況を活かそうと、転落後すぐさまアビゲイルに濡れ衣を着せる行動を取った。

しかし。身重の皇后が階段から落ちたというのに、それまで騒然としていたのが嘘のように、会場は静まり返っていた。異変に気づいたエレノアが顔を上げると、冷え切った目で見下ろしているチャールズと目が合った。その冷たい視線には、これまでの比にはならないほど、怒りがこもっているのがわかった。チャールズの逆鱗に触れたのだと、長年彼を見てきたエレノアは血の気が引いた。エレノアに駆け寄って来たのは、兄のヴェッティン公爵だけ。エレノアが辺りを見渡すと、冷ややかな視線を自身に向ける者たちと、その他の者たちは、上の方へ視線を向けていた。人々の視線の先を追ったエレノアの目に映ったのは、日傘を片手に掴み浮遊しているアビゲイルの姿。会場の隅にいた庭師は、縁にフリルのあしらわれたライムグリーンの日傘を持ち、ふわふわと浮遊するアビゲイルの様子を見て、『パラシュートプランツのようだ。』と驚嘆した。

「はぁ…。アビーには驚かされてばかりだよ。」

チャールズは呆れているが、アビゲイルを愛おしそうに見上げていた。そのような目を向けられたことがないエレノアは、胸が締めつけられるのだった。

春一番が吹いたとき。とある婦人の日傘が飛ばされたのに気づいたアビゲイルは、階段の手すりを踏み台にして傘に飛びついたのだ。その瞬間をチャールズも目撃していたため、アビゲイルがエレノアを押していないことは確認するまでもなかった。

アビゲイルは婦人へ日傘を渡すと、エレノアのもとへ駆け寄り、彼女を横抱きにし医務室へ向かった。娘の振る舞いに、いたたまれなくなった辺境伯夫妻もあとを追った。ヴェッティン公爵は目の前で起きた、王妃が皇后を抱いて走り去るという出来事に呆気に取られている。

「ヴェッティン公爵よ。そなたの妹が起こした此度の騒ぎ、どう責任を取るつもりだ?我はもう我慢ならぬぞ。そなたの家門から、筆頭を剥奪することも厭わぬほどにな。」

「陛下、それは横暴ではございませんか!?」

「そなたは、我が暴君だと申すのか?はっ。我が暴君ならば、そなたの妹は傲慢ではないか。あの女が、あそこまで傲慢になったのは、筆頭公爵家の権力が強過ぎるため、それが驕りとなったせいではないのか?兄であるそなたでも、もう妹を止められぬのであろう。」

チャールズは、会場に集まっていた者たちへ騒ぎを詫びると医務室へ向かい、公爵もそのあとに続いた。

医務室の前には、うなだれた様子の辺境伯夫妻の姿があり、扉の向こうからは、アビゲイルの大きな声が聞こえてきた。

「今、エレノア様のお体は、エレノア様だけのものではないのですよ!!あなた様のお腹には、赤ちゃんがいるのですからね!?もちろん、階段から転落したのがわざとでないことは、わかっていますけど。もっと、お体を大切にしてください。」

皇后に対して娘の偉そうな物言いに、辺境伯夫妻は耳を塞いだ。公爵は、会議の場で見た辺境伯の雰囲気とは違っていたため、目を疑った。

「義父上、義母上。気分が優れないようですが、大丈夫ですか??」

「陛下…。ご覧になったでしょう?うちのバカ娘の大跳躍を。」

「見事な跳躍と、風操作でしたね。ただ…。自分が身重であるという自覚をちゃんと持って欲しいですけど。本当、心臓に悪い。」

「私は、胃がキリキリしますわ。あの子ったら、皇后陛下へ向かってなんて口の聞き方…。この胃の痛みは、10歳になったアビゲイルが、勝手に魔物討伐へついて行ってしまったときと同じくらいですわ。」

「アビーは勝手に討伐隊へ加わったのですか!?」

「あぁ…、あれか。まさに討伐開始ってところで、アビゲイルの姿を目にしたときは、目玉が飛び出るほど驚いたっけな。止める間もなく、魔物の群れに突っ込んで行って、魔物を風で包囲してからの一網打尽には、度肝を抜かれたよ。」

笑い声はするのだが、三人の目は笑っていなかった。


チャールズは、エレノアを里帰りさせると決め、公爵へ連れて帰るよう命じた。公爵は、黙ってそれを受け入れた。



公爵家のタウンハウスへ身を寄せていたエレノアは、もはや、チャールズからは愛も、皇后としての信頼も得られないと失意の底にいた。

そんなエレノアに残されている希望は、アビゲイルよりも先に出産し、自身の子を王太子にすることだった。そして臨月に入ると、侍医へ、お腹を切って子どもを取り出すように命じた。なんとしても、自身の子を長子にするのだというエレノアの執念は凄まじく、侍医が説得を試みたが聞く耳を持たなかった。エレノアは麻酔薬を飲むと、人さし指に魔力を凝縮させて風の刃を生成し、そのウィンドカッターで自らの腹を切った。


エレノアの状態は公爵家からの早馬で、チャールズへ伝えられた。公爵家の侍医は出血を止めるので手一杯なため、応援を求められたが、チャールズは即答できずにいた。そこへ、聞く耳を立て、話を聞いていたアビゲイルが現れ、一刻も早く公爵邸へ宮廷医を向かわせるようにと言った。

チャールズは宮廷医の中から、妻の出産に立ち会い、自身の子を取り上げた経験のあるエヴァンス卿を公爵邸へ向かわせることにした。

だが、命じられたエヴァンス卿は、あからさまに嫌そうな顔をしている。アビゲイルが、人の命がかかっているのだと訴えると、エヴァンス卿は、こちらも命がかかっていると反論した。皇后の出産で、もしものことがあれば、責任を問われ自分の首が飛ぶのだからと。チャールズは、出産で問題が生じてもエヴァンス卿に責任を問わないと約束した。エヴァンス卿が了承すると、アビゲイルは彼を横抱きし、2階のベランダから飛び降り公爵邸へ向かった。

「アビー!!危ないだろ!?」

チャールズの大声は、エヴァンス卿の絶叫にかき消された。風魔法で軽々と城壁を越えていくアビゲイルの後ろ姿を見つめ、チャールズは、辺境伯夫妻の心労を深く理解した。


「ところで、王妃様。ヴェッティン家のお屋敷の場所をご存知なのですか??」

「あら、やだ。知らないわ。」

「そんなことだろうと思いましたよ。とりあえず、あちらの方角へ向かってください。」

アビゲイルは、エヴァンス卿の指差す方角へ屋根を飛び越えながら進んだ。

「エレノア様と赤ちゃんの命は、エヴァンス卿にかかっているのですからね。絶対にお救いくださいね。」

「うわぁ。すごい圧かけてくるな…。ですが今、俺の命は王妃様にかかっているのですからね。絶対に落とさないでくださいよ。」

「ふふっ、そうね。気をつけるわ。」

「今の笑うとこじゃないんですけど。あっ。ちなみに、あれが俺の家。エヴァンス侯爵邸です。」

「エヴァンス卿は、侯爵家の者なのね!?ご家族とは会えてないのではない?宮廷医は、なかなか家に帰れないもの。」

「そうなんですよ。本当なら、王宮勤めは俺じゃなくてもよかったんです。だけどうちの家系、性格に問題ある者ばかりで…。」

「えっ!?あなたよりも??」

「わはは。王妃様のお言葉は、矢のようですね。悪気のない純粋な言葉だからこそ、グサッと刺さります。」

「あなたの言葉も似たようなものだと思うわよ。待って。エレノア様の気配を感じるわ!!あのお屋敷ね!?」

アビゲイルは加速すると、ヴェッティン公爵邸へ降り立った。玄関へではなく、エレノアのいる部屋のベランダへ。

どうにでもなれと、エヴァンス卿は窓を叩いて鍵を開けてもらい、ベランダから入室した。

エレノアが自らつけた傷は深くはなかったが、エヴァンス卿は公爵家の侍医と話し合い、このまま子宮を切開し胎児を取り出す決断をした。

「王妃様は、別室でお待ちください。この状況で、王妃様まで産気づくなんて事態はごめんですからね。うっかり、皇后様より先に出産してしまったら、一生恨まれますよ。」

アビゲイルは、別室に案内され、しばらくするとチャールズを乗せた馬車が公爵邸へ到着した。妹の狂行に憔悴しきっている公爵を見て、チャールズは彼を責める気にはなれなかった。

代わりに、大きなお腹で2階から飛び降りたり、塀を飛び越えたりしたアビゲイルへ小言を言った。


エレノアは男児を出産したが、無理がたたり、長い間ベッドから起き上がれない状態が続いた。そして、もう子どもを望めない体になったのだ。しかしその件で、エヴァンス卿が咎められることはなかった。

それから間もなく。アビゲイルも男児を出産した。出産に立ち会ったエヴァンス卿は、初産とは思えないほど安産で自分の出番がなかったため、驚きとともに吹き出していた。


エレノアが産んだ子は、ヴィクトール、アビゲイルが産んだ子は、ガイアスと名付けられた。異母兄弟のふたりは、エレノアが快復するまでの間、ともにアビゲイルに育てられた。

エレノアの体調は一時回復したかに思えたが、寒さが厳しい冬になると、自らつけた傷の痛みに苦しんだ。落ち着いたのは、暖かくなった春のことだった。

エレノアの快復を伝えるため登城したヴェッティン公爵は、目を見開いた。庭園に敷いた絨毯の上で、ヴィクトールとガイアスが腹這いになりじゃれ合ったり、ハイハイして追いかけっこしていて、その様子をチャールズとアビゲイルが寄り添いながら笑って見ているのだ。幸せそうに笑うヴィクトールを見て、公爵は不安を覚える。果たしてエレノアに、我が子を笑顔することができるだろうかと…。

公爵から、エレノアが王宮へ戻って来ると聞いたアビゲイルは、自分はガイアスを連れてヴェルナー家のタウンハウスへ移り住むと言い出した。

「私とガイアスが王宮にいたら、エレノア様は心が休まらないと思うの。ヴィクトール殿下を王太子に望むエレノア様にとって、ガイアスはそれを脅かす存在ですからね。」

「アビーは、ガイアスを王位につかせる気なんてないんだ。これっぽちもな。だが、皇后はそれを信じはしないだろう?」

「これがね、みんなが穏やかに過ごせる選択なのよ。公爵も、これ以上エレノア様が追い詰められるのを見たくはないでしょう?だってあなたは、妹思いの優しいお兄さんだもの。」

優しい兄だと言われ、公爵が困惑していると、チャールズが笑って答えた。

「アビーは、人の感情が読み取れるんだ。公爵から感じるのは、妹への愛情や慈しみだそうだぞ。そなたの言動が私利私欲ではなく、ただ妹を思うが故だったとは、我には信じがいことであるがな。」

公爵はただ、妹が想い人と結ばれるのを応援したかったのだ。それが妹を後押ししている内に、気づけばずいぶんと道を間違ってしまっていた。それなのに、妹の所業の一番の被害者であるアビゲイルが身を引くと言っている。それが、みんなのためだと言って。

「しかし、陛下はよろしいのですか?王妃様と離れて暮らすことになるのですよ??」

「いいわけないだろう。だが、アビーの想いを尊重してやりたい。それにな、魔導師たちが頑張ってくれたからな。」

そう言って、チャールズとアビゲイルは微笑み合った。チャールズが、アビゲイルとガイアスが王宮から出ることを認めたのは、魔導師たちが転移石を完成させたからだった。この転移石が完成したおかげで、王宮とヴェルナー家のタウンハウスを一瞬で移動できるのだ。魔力の消耗が激しいのが、玉に瑕だが。


「移り住むのは、領地のヴェルナー邸ではなく、王都のヴェルナー邸ですよね?この王宮から馬車で数十分程度の。まさか、その距離を移動するために、転移石をつくらせたのですか?」

そう言って呆れていたのは、エヴァンス卿だった。


ちなみに、『宮廷医なんて辞めてやる』が口癖のエヴァンス卿は40年以上経っても王宮で働いている。

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