#52 運命に導かれて、本能的に心惹かれた ①
番外編:第2弾
ガイアスの両親
先王と王妃の出逢い
本編より40年以上前、#40の一部を詳しく書いた話
急逝した国王に代わり、王太子のチャールズが新たに王位についた。急遽、国王となったチャールズを支える存在が必要だという声が上がり、即位からほどなく、チャールズは后を迎えることになる。相手は幼い頃から婚約者候補だった、ヴェッティン公爵家のエレノア。筆頭公爵家の令嬢である彼女が皇后となることに、反対意見は出なかった。
そして本日。チャールズとエレノアの結婚式は滞りなく執り行われた。ふたりの結婚を祝い、国中がお祭り騒ぎだった。王宮では披露宴が開かれ、国王と皇后の前には、祝いの言葉を贈る人々の長い列ができている。その列には、この結婚を祝うためにはじめて王都へやって来た、ヴェルナー辺境伯令嬢・アビゲイルの姿もあった。
披露宴会場には、日が落ちてからもたくさんの人々が残り、喜びを分かち合っていた。
人々の声や匂いに酔ってしまったアビゲイルは、逃れるように外へ出た。等間隔に置かれたランタンに照らされた庭園を散策しながら、どんどん人気のない方へ進んでいくと、ハーデンベルギアのアーチが現れた。その紫色のアーチをくぐり抜けた先には、ファムファタールの深みのある赤色が一面に広がり、そのバラの株元には色とりどりのルピナスが天に向かって咲き誇っていた。その風景に、アビゲイルは思わず息を呑んだ。
すると。花の美しさに目を奪われていた彼女の耳に、誰かの深いため息が聞こえてきた。アビゲイルが辺りを見回すと、ため息の主の男は3階のバルコニーで酒をボトルから直接飲んでいた。男は酒を一気に飲み干すと、再び長嘆息をもらしながら、その場にしゃがみ込んでしまったためアビゲイルは心配になり、男のもとへ駆けつけた。
「大丈夫ですか!?」
声をかけられた男は怪訝そうに、アビゲイルへ視線を向けた。
「おまえ…。どうやってここへ来たんだ?」
「お隣のバルコニーから飛び移って来ました。」
「隣のバルコニーから…??」
予想外の返答に、隣のバルコニーへ目をやった男は、今度は純粋な疑問を口に出した。
「バルコニーの、この距離を飛び移ったと言うのか?そのドレス姿で??」
「ええ、そうですわ。あちらの庭園で花を見ていたのですが、あなた様がお酒を一気にお飲みになったあと、うずくまったのが見えたのです。お倒れになったのかと心配になり、あの木を登って2階のベランダへ移り、そこから上の階のバルコニーの手すりの支柱を掴んで、隣のバルコニーへ登ってきました。最後に、隣からこちらのバルコニーへ飛び移って参りましたの。」
アビゲイルの話に、男はパチパチと瞬きをすると、バルコニーから庭園を見下ろした。
「あの庭園から、僕が酒を飲み、うずくまったのが見えたのか??それで、あの木を登り、2階のベランダへ。そして、手すりの支柱を使い3階のバルコニーへ登り、ここへ飛び移ったと…。その、見るからに重そうなドレスを着て…?」
「はじめは手っ取り早く、風魔法で浮遊しようと思ったのですが…。ドレスの裾がめくれ上がるかもしれないので止めましたわ。」
「ふはははっ。これは、とんだお転婆娘だな。」
アビゲイルは、男の警戒心が解けたのを感じた。
「ドレスがめくれ上がるのは気にするのに、木やバルコニーを登る際、人が下を通るかもしれないとは思わなかったのか??」
「もう!私は、飲み過ぎて倒れたのかと思って本当に心配したのですよ?でも、勘違いでよかったですわ。それにしても。国王陛下とエレノア様のご結婚がおめでたいのはわかりますけど、飲み過ぎはよくないですわよ!?」
「……。」
驚きの連続だったチャールズは、さらに驚愕していた。アビゲイルが、自分が国王であることに気づいていなかったから。チャールズは、自分の正体を知ったときにアビゲイルがどのような反応をするのか見てみたくなり、このまま正体を伏せることにした。
「ヴェルナー辺境伯令嬢は、無知なのだな?」
「えっ!?私のことをご存知なのですか?」
「令嬢は領地を出るに前に、貴族名鑑を頭に入れるべきだったな。貴族の情報を把握するのは、一般教養なのだから。はじめて王都へ来た君は、国王陛下のお顔も知らないんじゃないのか??」
チャールズの失礼な物言いは正直面白くなかったが、的を得ているため、アビゲイルは反論できずにいた。
「…その通りですわ。お祝いのご挨拶の際に、陛下のお顔を拝見できると思っていたのですが、両親から、頭を絶対に上げてはいけないと言いつけられたのです…。なにかしら、やらかすに違いないからって。」
「なるほど。ご両親の心配はよく理解できるよ。木をよじ登ったり、バルコニーを飛び越えたりして、まさに今この場にいるからな。ご令嬢に年齢を尋ねるのは失礼だが。確か…、君はもう18になったのでは?」
自分の年を言い当てられ、アビゲイルは狼狽える。目の前の男は、自分について詳しく知っているのに、自分はこの男のことをなにひとつ知らなかったから。
「あのぅ…。貴族の方々は、皆様本当に、他家の家族構成まで把握なさっているのですか??年齢まで??」
「他人のことはわからないけど、僕はできる限り把握しているよ。それが、僕にとって武器にも、盾にもなるから。」
「あなた様の武器は、情報なのですね。ということは、そういう職に就いているのでしょうか?」
「君、勘は鋭いんだね。」
「ええ。私、第六感があるんです。」
アビゲイルは、胸を張って言うと、自身の魔法を披露してみせた。
「私の武器は、第六感とこの風魔法ですわね。」
「君は、その武器を使って、何と戦うんだい?」
「それはもちろん、魔物に決まってますわ。」
ヴェルナー辺境伯領では30~50年周期で魔物が大量発生し、今回のスタンビートは数ヶ月前に終息していた。
「ヴェルナー領でスタンビートが起きた話は聞いていたけど、辺境伯の娘が戦力だったのは知らなかったな。」
「ふふっ。あなた様でも、知らないことがありましたわね。」
「その呼び方、しっくりこないな。僕のことは、チャーリーと呼んでくれないか?」
"チャーリー"
それは愛称であり、愛称は親しい間柄で呼び合うものであるため、アビゲイルは困惑した。チャールズとしてはただ、会話する中であなた様と呼ばれることに違和感があり、かといって自分の正体をまだ明かしたくなかっただけだったのだ。だが、妻となったエレノアに愛称で呼ぶことを許可つもりはなかったチャールズが、アビゲイルへ愛称で呼ぶのを許したことは、じつは重大なことなのだった。
戸惑いながらもアビゲイルは、目の前の男をチャーリーと呼ぶことにした。彼の強張っていた表情が、今は少しだけ穏やかになっていたから。愛称で呼べば、彼の纏う硬い殻が剥がれるのではないかと思ったのだ。
チャールズは、アビゲイルへヴェルナー辺境伯領での暮らしぶりを尋ね、彼女は自身について語った。10歳のときから魔物討伐に参加していたこと。騎士団の中でも自身の力は強い方で、魔物討伐の際は頼りにされていること。そのため、騎士たちからは尊敬や信頼を得ているのだが、自分たちより強いアビゲイルを嫁に迎え、守りたいと考える者がいないのだと嘆いた。今回、王都でいい相手と出逢えることを期待していたが、めでたい席だというのに腹の探り合いをする者たちばかりで、自分は王都の貴族とは合わないと痛感しているのだと。貴族の独特の言い回しや、嫌味の応酬より、魔物と戦う方が楽だと吐露した。アビゲイルが、結婚相手は領地へ戻って見つけると言うのを聞いたチャールズは、胸のあたりにわずかな痛みを感じた。
アビゲイルの話を聞いたチャールズは、今度は、国王と皇后について話した。筆頭公爵家の令嬢であるエレノアは、幼い頃からまわりからちやほやされて育った。そんなエレノアが恐れていたのは、自身の家より家格が下の相手に嫁ぐことだった。そしてこの国で、年齢的にエレノアの結婚対象となり、彼女より身分が上なのは、王子であるチャールズだけ。エレノアの、チャールズへの執着は凄まじく、幼少期よりチャールズの婚約者になるのは自分だと触れ回り、まわりを牽制してきた。加えて、チャールズに近づいた令嬢たちへの執拗な嫌がらせ、王太子の婚約者の座を狙う家門へは、公爵家の権力を使って脅しをかけてきた。エレノアは、自身が王太子の婚約者になり、そして王太子妃に、ゆくゆくは皇后となることを信じてやまなかった。チャールズの目には、そんなエレノアの姿が、権力にしがみつく傲慢な者に映っていた。チャールズは気づいていたのだ。エレノアが愛しているのは、自分ではなく、自分の地位だということを。チャールズは、生理的にエレノアを受け入れられず、のらりくらりと彼女との婚約話をかわして来た。それでも結局は、エレノアとの結婚から逃れることはできなかった…。
「君は、この結婚をめでたいと言うが、国王にとって今日という日は不幸な日なんだ。国王はこのあと、皇后によって媚薬を飲ませられ、嫌悪する相手と体を重ねなければならないんだよ。」
「…媚薬を??そんな…。陛下のお心は、どうなってしまうの…。」
「あの女は、初夜を失敗するなんて失態を絶対に許さないからな。失態を犯されないためなら、国王の心を踏みにじっても構わないんだ。な?めでたい日なんかじゃないだろう?今夜、国王の心は死ぬんだから。」
「チャーリー!!不敬ですよ!誰かに聞かれたら、どうするのですか!?」
アビゲイルは慌てて、両手でチャールズの口を塞いだ。
「ははっ…。君は、優しいな。顔も知らない国王のために涙を流すなんて。」
アビゲイルは、優しくなんてないと必死に首を横に振った。先程まで事情も知らず、この結婚を祝福していたのだから。
「ちなみに、今の会話を誰かに聞かれていることはないから心配しなくていい。ヴェルナー辺境伯令嬢は知らないようだが、本来この区域は立ち入り禁止なんだよ。あの庭園も、王族しか入れないんだ。」
「だから私を見て、あんなにも怪訝そうな顔をしていたのですね。このバルコニーだけじゃなく、そもそもあの庭園にも入ってはいけなかったのね…。」
「無知な者とは、怖いもの知らずだと思わないか?なぁ、ヴェルナー辺境伯令嬢??」
「もう、無知なのは認めますから、何度も言わないでください!!あと辺境伯令嬢っていうのも、田舎者って呼ばれてるみたいで嫌ですわ!」
「あははっ。そんなつもりは全然なかったが、わかったよ。アビゲイル嬢。」
チャールズはアビゲイルの名を呼ぶと、彼女の涙をぬぐった。自分のために流してくれている涙のぬくもりを指に感じつつ、彼女の第六感とやらを疑っていた。これだけのヒントを与えたというのに、チャーリー=チャールズだと気づかないのだから。
(本当は、無知な上に、鈍感なのではないか??)
「あの庭園は、ここからだとこんなふうに見えるのですね。上から見るのもきれいですわね。」
「アビゲイル嬢には、あの女が庭師を脅して自身の髪色と同じ花を植えさせた、あの庭園が美しく見えるのか。僕はあの花が大嫌いだよ。赤色が、あの女の髪を彷彿とさせるから。」
「…それでも、花に罪はないですわ。私は、あの花に導かれるようにここまで来たのです。」
「そうか…。あの花のおかげでアビゲイル嬢と出逢うことができたのなら、花たちに感謝しないとな。」
「私は、もう二度と見られないと思うので、しっかりこの目に焼きつけておきます。」
アビゲイルの言葉に、チャールズの胸はざわついた。本来なら、王族の居住エリアにアビゲイルが立ち入ることは許されないのだから、彼女が庭園を見るのは、これが最初で最後になるだろう。チャールズは、彼女がここを去ってしまう事実を受け入れたくないと思う自分に気づいた。そして、無意識のうちに、『王都から出られるなんて羨ましい』とつぶやいていた。
「それなら、逃げましょうか?」
アビゲイルはそう言うと、チャールズを横抱きし、バルコニーの手すりに立ち上がった。下を見たチャールズの目には地面だけが映り、思わずアビゲイルの首にしがみついた。
「待て待て!!バルコニーへ戻ってくれ!」
アビゲイルは手すりから下り、バルコニーへチャールズを下ろした。
「アビゲイル嬢!まさか、ここから飛び降りるつもりだったのか!?ここは3階だぞ!?」
「3階ですわね。でも大丈夫ですよ?落下の衝撃は、この風で相殺しますから。」
"3階から飛び降りる"という行為の捉え方がまるで違うふたりは、互いに顔を見合わせ首を傾げたのだった。
「ふっ。はははっ。ありがとう、アビゲイル嬢。僕を逃がそうとしてくれて。君のおかげで心が救われたよ。」
「嘘ですっ!!…だって。チャーリーからは今も、助けを求める声が聞こえるもの…。」
「アビゲイル嬢の第六感は、他人の感情を感じ取れるのか?」
自身の能力を簡単に言い当てられたアビゲイルは、驚いた表情でチャールズの顔を見つめた。
「その沈黙は、肯定ということかな。そうか…。アビゲイル嬢は、僕の情けない心の声に導かれて、ここまで来たのだな。君の行動には感謝するよ。だけど、自分でも本当はわかっているんだ。逃げは解決にならないし、ただ混乱を招くだけだってことを。」
「ごめんなさい、チャーリー。私には、あなたをここから連れ出すことはできても、そのあと守り続ける力がないのです…。」
「泣かないでくれよ…。君はなにも悪くないのだから。ありがとう。はじめて会ったのに、僕を助けようとしてくれて、僕のためにこんなにも泣いてくれて。人生最悪の日だと思っていたが、君と出逢えた日だと思えば悪くないと思えるよ。」
「それも、嘘…。」
「はぁ…。どんなに取り繕うと、君には見抜かれてしまうんだな。だけど、今言った言葉の全部が嘘なわけではないよ。今日、君に会えてよかったと思ってるのは、本心なんだ。だから、アビゲイル嬢。どうか、もう泣き止んでくれないか。」
チャールズは、困惑していた。アビゲイルが泣いているのが、自分の心の声に反応しているからだとわかっていたから。つまり。チャールズの心は、自分が思う以上に助けを求め、悲鳴を上げているのだ。目の前で泣くアビゲイルの姿こそが、隠していた自分自身の姿だった。泣き止まないアビゲイルを見つめていたチャールズは、彼女の髪の乱れに気づいた。先程、アビゲイルにしがみついた際に乱れてしまったのだ。
「すまない、僕が君の髪を乱してしまったようだ。見た目がよくないから、髪を解いても構わないかな?」
アビゲイルが頷くのを確認したチャールズは、髪留めを外すと、彼女の髪を指で解いていった。下ろされたアビゲイルの銀色の髪は、満月の明かりに照らされ輝いて見えた。チャールズは、アビゲイルの泣き声に胸が締めつけられ、『頼むから泣き止んでくれ』と言って、彼女を抱き締めた。アビゲイルの髪に頬を寄せながら、このまま時間が止まってしまえばいいと願うほど、チャールズにとって今この瞬間は幸福な時間だった。アビゲイルのぬくもりに、安らぎを感じていたから。エレノアに触れられると嫌悪感しか抱かなかったチャールズは、人のぬくもりを知ったのだ。
ただ…。この瞬間が長く続かないことは、十分理解していた。
「なぁ、アビゲイル嬢。僕のために泣いてくれるより、やけ酒につき合ってくれないか?」
チャールズが酒を取りに部屋の中へ入った直後、バルコニーの階下に人の気配を感じたアビゲイルは、慌てて彼を追った。床には、空になった大量のボトルが散乱していた。
「…これ全部、チャーリーが飲んだのですか??」
「あぁ、そうだよ。このあと果たさなければならない義務は、正気では臨めないから。だけど、こんなに飲んでも全然酔えないんだよ…。」
チャールズは、テーブルに並んだ酒の中から赤いリボンが巻かれた、バラの蜂蜜酒を手に取った。普段であれば絶対に避けるであろう赤色を選んだチャールズは、ふたつのグラスにバラの蜂蜜酒を注ぐと、ひとつをアビゲイルへ渡した。赤い蜂蜜酒の匂いを嗅いだアビゲイルは違和感を覚えつつも、自身の持つ加護を過信して飲み干した━━。
「はぁ…、はぁ…。チャーリー…。なに、これ…??体が暑い…。」
「すまない…。この酒には、軽めの媚薬が入っていたようだ。」
「…軽めの、媚薬??」
「あの女のことだから、僕に初夜をすっぽかされないために保険をかけたんだ。まぁ、この酒を飲まなかったとしても、逃げられないよう至るところに見張りがいるのだろう。」
「では…。先程、バルコニーの下に感じた気配も…、見張りの者…?だけど…、どうして…。私には、加護があるから…、媚薬も効かないはずなのに…。」
「ヴェルナー家の者は、銀狼の加護を授かっているのだったな。しかし、その銀狼の力には厄介な面もあるのではないか?」
アビゲイルは、熱のせいでぼんやりとしている頭で考えた。
「今日は、満月だろ?」
「…まさか。これが、発情??今まで、薬で抑えることができていたのに…。」
「発情したのは、この媚薬が、薬の効能を打ち消したからだろう。」
「チャーリーは、こうなること…、わかっていたの??」
チャールズは、困惑するアビゲイルの手を取ると、彼女の目を見つめた。
「こうなることは、わからなかった。だけど…。アビゲイル嬢の体に、なにか変化が起こればいいと願ってしまったのは確かだ。今夜、君をここに留める理由ができると思ったから…。」
「チャーリー…。手を離して…。体が、おかしいの…。」
チャールズは、自分が媚薬を飲ませられることを嘆いていたくせに、発情しているアビゲイルを見て喜んでいる最低な自分の一面を知る。
「まるで媚薬を飲まされた、このあとの自分を見てるみたいだ。アビゲイル嬢。その苦しみから解放される方法は知っているね?どうか僕に、任せてくれないか?」
「ダメよ…。お願い、チャーリー…。両親を呼んで…。」
「いいのかい?こんな、あわれもない姿をご両親に見せても。」
チャールズに手を離すよう言ったアビゲイルは、言葉とは裏腹に彼にすがりついていた。
「アビゲイル嬢は、僕に触れられるのは嫌??」
アビゲイルが首を横に振ったのを見て、チャールズは安堵した。
「ああ、よかった。あの女と同じマネはしたくないから。ところで、アビゲイル…。僕が何者か、わかったかい?」
「…陛下。ごめんなさい…。私…、なにも事情を知らなくて…。」
チャールズは微笑むと、自分の正体を見抜いたアビゲイルへ訴えかけた。
「なぁ、アビゲイル。僕をここから連れ出さなくてもいいから、君がここにいてくれないか??僕を救えないと泣くのなら、頼むから一緒に苦難の道を歩んでくれよ。」
今のチャールズの言葉と表情、心の声は同じだった。
「今の…。指輪もなければ、台詞も最低なプロポーズだったよな。だって。プロポーズなんて、一生することないと思ってたんだよ。まさか、こんな人生最悪な日に、運命の人に出逢うなんて奇跡が僕に起こるなんて。」
その言葉を聞いたアビゲイルは、力強くチャールズを抱き締めた。
「あはっ。さすが、魔物討伐に参加するだけあって、力が強いな…。」
力加減を間違えたことに気づいたアビゲイルは、チャールズの顔を心配そうに覗き込んだ。
「アビゲイル…。言葉を発する余裕もないほど、つらいんだな。」
チャールズはバラの蜂蜜酒を飲み干すと、アビゲイルをベッドへ寝かせ、覆い被さった。
「ごめんな、アビー。責任は必ず取るから。」
発情中は高確率で子どもを授かることを知っていたチャールズは、アビゲイルが自分の子どもを宿すようにと神へ祈った。彼女が身ごもれば、王宮へ留められるから。権力争いが絶えないこの王宮は、アビゲイルにとって生きにくい場所であるとわかっていても、チャールズは彼女と離れたくなかった。出逢ってから、まだ数時間ほどだが、過ごした時間は関係ないのだ。
この夜。自分の身勝手な思いを通したチャールズは、アビゲイルと子どもを守ると固く誓った。こうして、これまで自暴自棄だったチャールズは、アビゲイルとの出逢いにより暴君へと変貌したのだ。




