#51 秘めた恋の結末 ④
番外編 第1弾
秘めた恋の結末 最終話
赤髪は、ヴェッティン家の血筋の象徴である。その赤い髪を持つ子どもの姿を目にして、ノアの心臓は跳ねるように激しく脈を打った。その鮮やかな赤が、まるで、見つけてと自分に訴えているように思えたから。
子どもの年は、2~3歳。ロザリーヌが失踪したのは、3年以上前…。
(まさか…。俺とロザリンの子なのか??)
ケイトからネックレスの話を聞いていなければ、クリスとメイドのアンネの子である可能性も考えたかもしれないが、ノアは、自分とロザリーヌの子どもだと直感した。
パトリックは、魔道具で髪色を茶色に変えられ、リーバイ、フィリア、ラザラスとエミリオとともにチャペルの中へ入り、ケイトに誘導されノアもそこへ合流した。
この湖畔のチャペルから転移魔法陣を使って、誰もいない氷のチャペルへ移動する。まずはネイサンが向こうへ転移し、見張りにイーサンを残し、他の者たちも次々と転移した。
このときのノアには、この、氷でできたチャペルを見物する余裕なんてなかった…。
リーバイは、ロザリーヌを保護したときの様子を説明した。
ロザリーヌは乗り合い馬車に乗っていた際、体調が悪くなったため途中で馬車を降り、ふらふらと歩いていた。そこへリーバイが通りかかり、馬車へ乗せた。事情を聞くと、お腹には子どもがいて、その父親とは結婚関係にはなく、さらに両親とは縁を切ったと言うので心配になり、アンダーソン伯爵領へ身を寄せることを提案したのだった。行く当てのなかった彼女は、伯爵領へ行くことを決めた。
ロザリーヌは出産するまで、お腹の子の父親について、一切口にしなかった。しかし…。生まれてきた子の髪色は、赤。どこの血筋かは一目瞭然だった。彼女は、生まれた子の父親がヴェッティン家の血筋であることを打ち明けた。それでも、父親の名前は最期まで明かさなかった…。
(ロザリンは、俺との関係を秘密にしたんだな。いや待ってくれ…。"最期"まで…??)
ロザリーヌが亡くなったことを信じられず、ノアは彼女の死を、何度もリーバイへ確認した。リーバイは無表情のまま、彼女が亡くなるまでの経緯を淡々と語った。
出産したせいで、ロザリーヌが体を壊したと聞いたノアは、自分をひどく責めた。
「あんなに細くて、華奢な体で子どもを生んだのが間違いだったんだ。俺の、せいだ…。俺のせいで、ロザリンが…。」
「ノア様!そんなふうに言わないでください!!ロザリーヌさんの想いと、リッキーの存在を否定するような言い方はやめてください!!伯爵様。ロザリーヌさんは、子どもができてどんな様子でしたか??」
「彼女は妊娠中も出産後も、幸せそうだった。」
「ノア様、お聞きになりましたよね?ロザリーヌさんは、リッキーを大切に想っていたのです。それは、ノア様との子どもだからではないでしょうか??だから…。ロザリーヌさんの想いを汲んであげてください。」
「…本当に。ロザリンは、もう…いないのか…??ロザリンが…、死んだ…。あぁ…。もう…、会えないんだな…。毎年一緒に、誕生日を祝うって約束したのに…。また一緒に、買い物に行くって…。一緒に、朝日を見ようって…。ハンドクリームだって、ぬってやるって…。ロザリン…。いやだ…。ロザリンっ!!」
ロザリーヌの死を受け入れられず、理性を失ったノアの体内では、今にも魔力が噴き出しそうな状態だった。魔力が暴走しそうだと気づいたラザラスが、ノアの体に魔石を当て、魔力を吸収させた。
しかし。魔力の暴走は防げたが、ノアの心を癒やすことまではできなかった。
「ロザリンは、ずっと両親から虐げられてきたんだ…。あの親から解放して、自分の好きなように、自由に生きられるようにしてやりたかったのに…。まだ…、20歳だったんだよ…。早過ぎるだろ…。ロザリンの、本当の人生は、これからだったのに…。ロザリンっ…!!」
泣き崩れるノアの姿に、姿見で見た未来の自分たちの姿が重なり、フィリアとラザラスももらい泣きをする。リーバイは黙って見守り、ケイトはエミリオが起きないようにその場から少し離れた。
氷のチャペルには、ノアの悲痛な叫び声が響き渡っている。
そこへ。ノアのもとへ駆け寄って来たパトリックが━━。
「うるちゃい!!」
そう言って、小さな手でノアの口を塞いだのだった。それから、ノアの首元のネックレスに気づいて、目を大きく開けた。
「おんなじ!!」
パトリックが自分のネックレスを、ノアのネックレスに近づけたので、ノアは自分のネックレスの石を、パトリックの石と合わせた。
「ああ、おんなじだ…。」
「きらきら!!おんなじ!!」
「…本当だ。おんなじ、きらきらだ…。」
パトリックのネックレスの石も、ノアの石と同じように綺麗な色をしていた。
「そのネックレスには、保存魔法がかけられているんですよ。だから。今は、リッキーが身につけていても、その石の色は、ロザリーヌさんの想いが閉じ込められたままなんです。」
「このふたつの石、同じ色をしてますね…。それって。ノア様と、ロザリーヌ嬢の想いが同じってことですよ。あっ。それと、これも同じですよね。」
ラザラスは、魔道具を解除しパトリックの髪色をもとの赤に戻した。
「ほら、リッキー。赤い髪も一緒だな。」
自分の髪色を確認できないパトリックは、きょとんとしている。その傍らでノアは、ロザリーヌの想いが込められた石が、自分の石の色と同じだったことが嬉しくて、また涙していた。
ノアが泣き止まず、話し合いを続けられる状態ではないため、伯爵領でのロザリーヌの様子について話すのは、日を改めることになった。
失意に暮れるノアは、ケイトに支えられてアルベルティン公爵邸へ帰宅した。今日と明日、休暇をもらっているケイトは、ノアをシャーロットへ預けると、すぐにエスターとウィルバートの結婚披露宴の会場へ転移してしまった。
何の説明もなく、泣きじゃくるノアを押しつけられたシャーロットは、どうすればいいかわからず戸惑ってしまう。けれど。自分にしがみついて、子どものように泣いているノアを見ていたら、胸がぎゅっと締めつけられ、彼を抱き締めずにはいられなかった。シャーロットは、泣きながら話すノアの言葉に必死に耳を傾け、聞き取れた言葉から、彼の探していた想い人が亡くなっていたことを知った。そこでシャーロットは、安堵している自分に気づく。顔も知らない彼の想い人にノアを盗られることも、想い人を第二夫人にしたいと紹介される心配もしなくていいのだと…。
そしてすぐに、そんな思いを抱いてしまった自分自身を恥じた。こんな状態のノアを前にして、真っ先に自身の安穏を思い浮かべてしまったから…。
泣き疲れたノアは、ケイトが安眠効果のあるアロマを焚いていたおかげで、深い眠りについた。
ノアを放っておけないシャーロットは、一晩中彼に寄り添った。ふたりが同じ部屋で夜を明かすのは、結婚してからはじめてのことだった。シャーロットは、ノアの寝顔を見つめながら、自分の素直な気持ちを伝える決意をした。
朝になると、メイドが軽食とお茶を運んで来た。そのメイドは、ケイトから頼まれたと言って、他にも冷えたタオルや目の腫れに効くローション、それから新聞を置いていった。
「あの子、ノアが"こう"なるってわかっていたのね。それなのに、なにも説明してくれなかったのよ?」
「あのメイドの本当の主は、他にいるんだよ。ほら、新聞にヴェルナー辺境伯令息とアンダーソン伯爵令嬢の結婚式の記事が載っているだろう。ケイトは昨日、転移石を使って俺をこの披露宴会場へ連れて行ったんだ。どうやら、披露宴に招待されていたみたいだ。」
「ケイトが、貴族の結婚披露宴に招待されていた??それで、転移石で転移した??転移石って…、魔力を大量に消費するわよね?」
ただでさえ、ノアが何を見聞きしたのか気になっていたところに、次々と気になることが増えてしまったシャーロットは、とりあえず新聞に目を通す。
「新聞には、式場と披露宴会場は別だと書いてあるけれど。ノアは、披露宴会場の方へに行っていたのね?」
「いや。転移魔法陣を使って、結婚式場の方へも行ったんだ。ヴェルナー領の式場には人がいないから、ロザリンの話を誰かに聞かれる心配がないって……。」
ロザリーヌの話になると、ノアが言葉を詰まらせた。シャーロットは、ノアがまだ彼女の話ができる状態ではないと察し、先に自分の話を聞いてもらうことにした。
「ねぇ、ノア。先に、私の話を聞いてちょうだい。先代の公爵様の葬儀のあと、クリス様が、私たちの婚約を提案したじゃない?あのとき私ね、クリス様から事前に確認されていたの。ノアと婚約する気があるかどうか。」
「シャーロットは兄さんを慕っていたから、ショックだったよな…。」
「…ショックではなかったわ。クリス様への好意はもうなかったから。だから。あのとき私は、ノアとの婚約を望んでいるって答えたのよ。だけどノアは、迷惑そうにしていたわよね…。」
「…あのときには、兄さんを慕ってなかった??」
あの年のノアの誕生日パーティでは、クリスを目で追っていたシャーロットが、半年後の前公爵の葬儀のときには好意をなくしていたと聞き、ノアは訝しげに思った。
「…クリス様がメイドへした仕打ちは、我が家にも聞こえてきたの。メイド同士の繋がりがあるのですって。」
「…そうだったのか。」
「そのあとに公爵夫人が、二度と同じことが起こらないよう対応してくださったことや、そのメイドが公爵邸を去ったこと。じつは、公爵夫人へ対応を促したのがノアだったことも聞いたわ。その出来事を聞いたとき、クリス様への好意はあっという間になくなったの。彼への想いは、その程度のものだったのよ…。」
これまでシャーロットは、何度もクリスへの好意はないと言ってきたが、ノアは信じていなかった。芯の強い彼女の心が、そう簡単に変わるわけがないと思っていたから。
「それから、ノアは知ってた?ヴェッティン家の使用人たちが、密かにノアを後継者にと望んでいたことを。」
「俺を…、後継者に??」
「使用人のために、兄の行いを非難する姿勢や、母親へも毅然とした対応を求めた、そんなノアの人柄に惹かれたのよ。そういう私もね、結婚するならあなたがいいと望むようになっていたの。」
使用人のためにクリスを非難したのも、母親へ対応を求めたのも、ロザリーヌのためにしたことだった。ロザリーヌが、アンネと同じ目に遭わないように。それに。まわりが自分の人柄を褒めているのなら、それはただ、ロザリーヌによく思われたいがために行動した結果に過ぎないのだ。
「シャーロットは、バカだな…。」
シャーロットの告白に対して、ノアは力なく笑った。
「俺も、兄さんと同じなんだよ。…いや。兄さんよりも、俺の方がもっとずっと罪が重い…。だって…。うちのメイドだったロザリンは、俺の子を生んだために、死んでしまったんだから…。」
髪をかきむしりながら子どもみたいに泣いているノアの肩を、シャーロットは優しく抱き寄せた。
「あなたたちが、同じだと言うのなら…。クリス様も、ノアみたいに、メイドを探していたのかしら??ノアみたいに、会いたいと言って泣いたのかしら?あなたとクリス様とでは、メイドに対する想いが違うのではない??」
シャーロットは、返事のないノアの背中をさすりながら、話を続けた。
「それで。ノアは、自分の子に会ったの?」
ノアは、黙って頷いた。
「あなたは、どうしたいの??」
「…ロザリンが子どもを託した、アンダーソン伯爵に、子どもを引き取りたいって言ったんだ。だけど、断られた…。今の俺には、子どもを守れる力がないからって…。」
「アンダーソン伯爵が、あなたの子を預かっているの??伯爵には、なにか思惑があるのかしら?」
「伯爵の真意は、わからないけど…。行く当てもなく彷徨っていたロザリンを保護して、医者や助産婦も手配してくれたそうだ。その上今は、ロザリンから託されたからって、ひとり残された子どものことも見守ってくれているんだ…。」
「でも…。伯爵がもっと早くに、あなたに子どもの存在を教えてくれていたら、一目くらい"ロザリン"に会えたかもしれないわよね…。」
「俺も、そう思わずにはいられなかったけど…。伯爵は、ロザリンの意思を汲んで、願いを聞き届けてくれたんだ…。」
ふたりは、リーバイの行動には思うところがあったのだが、帰宅したケイトから、アンダーソン伯爵夫妻が離縁したきっかけとなったのがパトリックだったと聞き、衝撃を受けた。
そして。シルヴィアと離縁してまで、パトリックを引き取ってくれたリーバイに対して、なぜそこまでしてくれたのだろうと疑問に思うのだった。
数週間後。
いくらか気持ちが落ち着いたノアは、ロザリーヌの軌跡を辿った。彼女が過ごした療養所を訪れ、医師や、助産婦、母乳の出が悪かったロザリーヌの代わりにパトリックへ母乳を与えた乳母から、彼女の様子を聞いた。
話を聞くノアの傍らには、シャーロットの姿があった。
ノアの19歳の誕生日。
今年は、21歳を迎えることができなかったロザリーヌの誕生日を、シャーロットとともに祝った。
数ヶ月後。
ノアとシャーロットは、アンダーソン伯爵領にある湖を訪れていた。この日、夏の訪れを知らせる白南風が吹き渡る湖畔で、パトリックの3歳の誕生日パーティが開かれたのだ。
パーティのあとには、パトリックのこれからを話し合うため、湖畔のガゼボでお茶会の場が設けられた。フィリアとラザラス、エスターとウィルバート、ノアとシャーロット、3組の夫婦がテーブルを囲んでいる。伯爵家の使用人たちがパーティの片づけに追われているため、ケイトがお茶を淹れ、少し離れたところには、パトリックとエミリオの子守りをするメアリーがいる。
「愛なんてなくても、子どもは生まれるのよ。私がそうだもの。」
ノアが、自分の血を引くパトリックが原因で、伯爵夫妻が離縁してしまったことをエスターへ謝罪したところ、彼女は、両親はもともと不仲だったため気にしなくていいと答え、さらに今の言葉を続けたのだ。
「おまえな、反応に困ること言うなよ。ノア様たちが固まってしまったじゃないか。」
「ほら。やっぱり、"氷の令嬢"って呼び名は、私よりエスターの方が合ってるわよ。」
「あら。リアだっていまだに、まわりを凍りつかせてるじゃない??」
フィリアたちのやり取りを見ても、ノアとシャーロットは笑顔を崩しはしなかったが、彼らの様子が社交の場で見てきた姿とまるで違ったため、内心驚いていた。
ノアの方は、エスターの発言が、気に病む必要はないという気遣いから出た言葉なのか、はかりかねていた。
一方、彼らの気安い雰囲気に流されたシャーロットは、テーブルの上へ持参したゴシップ誌の《シリウス》を置くと、エスターとウィルバートの結婚式の記事が載っているページを広げて、身を乗り出してふたりへ質問攻めをはじめた。
「最近、どのお茶会へ行っても、おふたりの結婚式の話題で持ち切りですのよ。私も気になって、ノアに氷のお城のことを教えてとお願いしたのですけれど、記憶にないって言うんですよ。」
「なんだよ、シャーロット。新聞を読んだときには、そんなに食いついてなかったじゃないか。」
「だって。新聞には、氷城について詳しく載っていなかったんですもの。《シリウス》に載ってる、この氷城の写真を見たら、誰でも気になるわよ。」
シャーロットはゴシップ誌を指差しながら、お茶会でどのように話題となっているか説明しはじめた。
《ルミナス》のミアがデザインした、さり気ないリンクコーデ。《エトワール》のコリンナが制作した、宝飾品と結婚指輪。さらに指輪には術師により、通信機能が付与されている。それから、客とは一線を引いてきたミアとコリンナを含め、国王など、参加者の顔触れ。ヴェルナー辺境伯領とアンダーソン伯爵領を繋ぐ、転移魔法陣。
ノアは、シャーロットのはしゃぎぶりに、彼女の意外な一面を知った。普段人前では、公爵令嬢の仮面をつけ、完璧な淑女を演じていたから。
そして、シャーロットに結婚式を絶賛されたエスターの口も軽くなっていた。氷のチャペルをデザインしたのはフィリアで、エスター自ら風魔法で削ったことや、ウエディングドレスの刺繍やレース、ブーケもフィリアがつくってくれたことなど。話を聞いていたラザラスが、自慢するなと言うと、そこからエスターと言い合いをはじめたので、フィリアは笑いながら、いつもこうなのだとノアとシャーロットへ説明した。
それからふたりへ、お茶にフルーツキャンディを浮かべたり、キャンディを口に入れてお茶を飲む飲み方を勧めた。ノアは、フルーツキャンディを手に取ると懐かしそうに眺め、『この店の1番人気は、咳止めの飴なんだよな。』とつぶやいた。
言い合いをしていたふたりは、『リアの飴な(ね)。』と声をそろえて反応した。
本題であるパトリックの話になったのは、ケイトが2杯目のお茶を淹れているときだった。
この場にいないリーバイの代わりに、エスターがこれまで得た、ヴェッティン家とケッペル家の情報について説明した。
パトリックの父親については、赤い髪色からヴェッティン公爵家の者であることは明白であったため、リーバイは時を見てパトリックへ実父の存在を告げ、それを知ったパトリックがどうしたいか、本人へ選ばせるつもりでいた。
まずは、ヴェッティン家の血筋の者を匿っていることが明るみに出たときのために、公爵家の弱みを掴もうと調べ上げた結果、クリスがメイドにした仕打ち。使用人たちが次期当主にクリスではなく、ノアを望んでいたこと。それに焦りを覚えたクリスが、ノアとシャーロットの婚約を急かし、ノアをヴェッティン家から追い出したことなどの情報を得た。
それを聞いたノアは、婚約話を持ち出した兄の思惑を知ったのだ。
「ですが、クリス様には、クリス様なりの想いがあるのかもしれませんわよ?ほら、ヴェッティン家は一部の貴族からものすごく嫌われてるじゃないですか??私なら、しがらみの多いヴェッティン家の爵位をノア様に押しつけますもの。」
面と向かってエスターから、生家が嫌われていると言われたノアと、その分家の血筋であるシャーロットは、さすがに微笑むことは出来なかった。
「原因は、前公爵様と妹の王太后様がお若い頃にやりたい放題したせいですのに、お祖父様や大叔母様のツケを払わされるのを覚悟の上で公爵位を継ごうとお考えなんて、クリス様って変わり者なのですか?それに、例のメイドも公爵家を出る際、クリス様から差し出された金品を一切受け取らなかったようですよ。受け取りたくないほど憎かったのかしら??」
ノアは、エスターから知らなかった情報を聞いたが、それでも兄の真意はわからないままだった。
そして、ノアがパトリックの父親だと判明したのは、王宮の外階段でノアとすれ違った際、メアリーがそろいのネックレスに気づいたからだった。
「おそろいのネックレスから、パトリックの父親が、ノア様なのはわかったけれど、どんなに調べてもおふたりが恋人関係だという証拠は得られませんでしたわ。」
「ロザリンは、俺たちの関係を知られないよう、必要最低限の接触しかしなかったから…。俺が、もう少し一緒にいたいと言っても、いつもより3分過ぎたくらいで慌てていたし。あはっ…、クソ真面目だったんだよ…。」
ノアは、真面目なロザリーヌを思い出し、泣きそうな表情で笑みを浮かべた。
「パトリックが生を受けた経緯を知るために、ケイトは、ノア様が結婚後に暮らすアルベルティン家のメイドとなって情報を得ることにしたのです。」
「ケイトは、伯爵家の者だったんだな。」
「いえ。私はもともとは、エスターお嬢様のお母様のご実家である男爵家のメイドでしたが、今は、エスターお嬢様個人に仕えております。」
「よく言うわよ。ケイトは、自分の好きなように暗躍しているだけじゃない。」
「それでも、得た情報は役に立ってきましたよね??今回だって。」
「…ええ、確かにね。」
今回、ケイトの情報があったからこそ、ノアのロザリーヌへのを想いを知ることができ、ノアならパトリックを蔑ろにはしないと確信が持てたのだ。
「それにしても。ノア様が、ロザリーヌ嬢のご実家や、ロザリーヌ嬢が奉公へ出されていた貴族の家をことごとく没落させたのは、愛ゆえだったのですね。彼女に恨みがあるのかと、ちょっとだけ思ってしまいましたわ。」
「それは、おまえの心が歪んでるからだろ!?しかも、最終的にロザリーヌ嬢の実家へとどめを刺したのは、おまえたち伯爵親子じゃないか!!リッキーの将来のためだと言って。」
「ラザラスは、あの両親と会ったことがないからね。あの人たちはね、邪心の塊みたいなのよ?パトリックの存在を知ったら、絶対によからぬことを考えるに決まってるもの。だから、先手を打ったのよ。」
「没落したのは知っていたのですが、伯爵家が関わっていたのですね。もしかして、ロザリンの奉公先のひとつがすでに没落していたのも、伯爵家が手を回していたからですか??」
「あぁ。それは、うちが手を回したわけではないのですけれど…。」
エスターが、どう説明しようか迷っていると、ウィルバートが別荘に魔力の出現を探知した。
「ハンスが、転移して来ましたね。エスターに急用でしょうか?」
「あら、なんていいタイミング。ノア様のおっしゃる、ロザリーヌ嬢の奉公先を潰したのは、あの男ですわ。」
エスターは、ガゼボへ向ってくるハンスを指差した。
「でも。なぜ、あの人がロザリンの奉公先を??」
ノアは、首を傾げる。
「ハンスの奥さんは、その奉公先の当主の婚外子なのです。屋敷では、使用人扱いされ、手を上げられることもあったそうですわ。ハンス自身も婚外子なので、思うところがあったのでしょう。」
「だけどハンスは、何年もサラさんの気持ちに応えてあげなかったじゃないですか。顔も性格も体つきも好みじゃないなんて、最低なこと言って!」
ケイトの話に、フィリアも同調する。
「えぇっ!?ハンスさんってば、ひどい!」
「エスターお嬢様。私が、婚外子だと口外してはいけません。男爵家へ迷惑をかけてしまいますからね。それでケイトは、なぜうちの結婚前の話なんてしてるんだよ!?今は上手くやってるから、放っておいてくれ。それと、フィリア様。何度も申し上げておりますが、さん付けはやめてください!」
「ならハンスさんも、エスターのこと、"エスター"って呼んでください!!」
フィリアとハンスのこの言い合いもまた、恒例のやり取りだった。
ハンスが妻から聞いた話では、ロザリーヌと、その奉公先の使用人たちとの関係は上手くいっていなかったそうだ。両親と当主との間で契約があり、ロザリーヌは他の使用人のように傷が残るほどの暴力を受けることはなかった。そのことで、ロザリーヌと使用人たちの間には壁ができていたのだ。
ノアは、ロザリーヌが使用人の扱いに差をつけないようにと、何度も言っていた理由を知った。
「それにしても、暑くない??ほらハンスも、私と同じ発熱体質なんだから、発熱する前にかき氷食べたら?でも、なんで同じ血筋なのに、ケイトもメアリーも、ダグラスも暑さに強いのかしら。」
エスターは不満そうに、目の前でお茶を淹れているケイト、子どもたちの子守りをしているメアリー、花の手入れをしているダグラスを順番に指差した。
「私は、まだ平気です。ここは、王都より涼しいですしね。お嬢様は、もう暑さに負けそうなのですか!?暑さの本番はこれからですよ?」
「妊娠中だから、体温調整が上手くできないんだろう。つわりもひどかったしな。心配だから、男爵家の血へ作用する、発熱を防ぐ薬はもう用意してあるんだ。胎児に影響のないやつをな。」
エスターのために薬を用意したラザラスに対して、ウィルバートとハンス、ケイトは深く感謝していた。
ノアとシャーロットは、聞いてはいけない内容だと察して、彼らの会話に反応しないよう努めていた。
それからそのあとも話が脱線してしまったため、ノアはつい、思ったことを口に出してしまった。
「…話が進まないな。」
それを聞いたエスターが、お腹を抱えて笑い出した。
「やだっ、"次男"ったら!?うちのお父様と同じこと言っているわ。」
(次男って、俺のことか!?)
次男と呼ばれ、ノアが驚愕していることに気づかず、以前、リーバイが同じことを言っていたのを聞いていたフィリアたちも思い出し笑いをしていた。その様子を見ていたノアは、自分が日頃から『次男』と呼ばれていることを確信したのだ。シャーロットもそれに気づいたようで、吹き出さぬよう必死に笑いをこらえているが、ティーカップがカタカタと震えていた。
そして、エスターの失態に気づいたフィリアが謝罪したのだが…。
「もう、エスターってば。いつも、『次男』なんて呼び方をしてるから、うっかり口に出ちゃうのよ!?」
「…いつも、呼んでいるんですね??」
フォローになっていないフィリアの発言に、ノアはチクリと言い返した。これくらいの仕返しくらい許されるだろうと思ったのだが、ラザラスとエスターが必死にフィリアは悪くないと庇いはじめたため、話が大きくなっていった。
そこで、ケイトが気を利かせ、話題を変えたのだが…。
「パトリック坊っちゃんは、眠いのでしょうか??先程から、メアリーのお腹に顔を埋めているのですが。」
ハンスが眼鏡を外して、確かめる。
「確かに埋めてはいるが…。あれは。メアリーの腹をさすって、話しかけているようですね。」
同じ光景が見えていたウィルバートは、恐る恐るエスターの反応を伺った。
「もしかして!リッキーの運命の相手が、メアリーのお腹にもういるの!?」
「流行り風邪にかかって寝込んでるって聞いてたから、油断してたわ。もう!お父様ってば、人がつわりで動けない間にメアリーに手を出すなんて!?ちょっと、ラザラス!メアリーを診てちょうだい!」
歓喜の声を上げるフィリアとは対象的に、エスターは怒りの声を上げた。そして、メアリーが妊娠しているか確認するため、ラザラスを引っ張って行った。
「あのう、ウィルバート様?今の話って…。まさか…。伯爵様と、メアリーが??」
「それは今夜、お義父様が帰られたらはっきりすると思う。エスターが、冷静に話し合えるか不安だけど…。」
半信半疑で尋ねたハンスに、ウィルバートは苦笑いを浮かべて答えた。
「メアリー、どうするつもりなのかしら?」
「男爵家のようにとまでは言いませんが。伯爵家のみなさんは、婚外子を使用人として受け入れてくれるでしょうか?」
「ふたりとも、メアリーのことは心配しなくても大丈夫よ。伯爵様が、責任をとってくださるから。」
フィリアは、異母妹であるメアリーを心配する、ハンスとケイトへ心配いらないと答えた。
「伯爵様が責任を取るとは…、結婚のことを言っているのですか?ですが、メアリーは平民ですよ??」
「じつはね、平民じゃないのよ。メアリーだけじゃなくて、ハンスさんもケイトも、他のきょうだいの人たちみんなね。」
そう言ってフィリアは、にんまりと笑う。ハンスとケイトは、ウィルバートへ事実確認をし、自分たちが男爵家の養子になっていることを知ったのだ。衝撃を受けたふたりは、説明を求め、エスターのもとへと急いだ。
「エスターが憤慨してます。どうやら、メアリーの妊娠が判明したみたいですね。お義父様は、夕食の席でパトリック君の誕生日を祝うつもりでいたようですが…。エスターが暴走して、誕生日どころではないかもしれません。」
「エスターが、伯爵様を風で巻き上げそうになったら、ウィルバート様が止めてくださいね!?でも今は、ラスが八つ当たりされそうなので、助けに行ってもらっていいですか??」
フィリアに頼まれ、ウィルバートもエスターのもとへ向かった。ガゼボにはフィリアとノア、シャーロットだけが残っている。
「おふたりとも、ごめんなさい。驚きましたよね、騒がしくて。」
フィリアの謝罪に、ノアとシャーロットは笑みを絶やさず頷いた。上級貴族のふたりは、目の前の騒動にも表情を崩すことなく優雅にお茶を飲んでいたが、内心は様々な疑問が積み重なっていた。婚外子、同じ血筋、メイドが伯爵の子を身ごもった、きょうだいみんな平民ではない…等々。それから、ウィルバートやハンスが、離れた場所の様子を見聞きできていることにも。
ノアはたくさん抱いた疑問の中から、口に出しても問題なさそうな話題を選んだ。
「風で巻き上げるとは、もしかして、以前令息たちにしたようにですか?」
「あら、ノア様。エスターが悪い虫さんにしたことを、ご存知なのですね。」
お茶を飲んでいたシャーロットは、"悪い虫さん"と聞き、噴き出しそうになるのをこらえ、またティーカップをカタカタと揺らしていた。
「エスター嬢にとって彼らは、フィリア嬢に近寄る悪い虫だったのですね。確かに虫は、花に引き寄せられますからね。」
このときノアは、上手く受け答えられた気でいたのだが…。散々、花に例えられてきたフィリアは、"花"という表現がいい意味ではないと思い込んでいた。そのためフィリアに根に持たれたノアは、数ヶ月後に意趣返しされるのだった。
少しして。ラザラスとパトリック、エミリオを抱いたケイトがガゼボへ戻って来た。
「ぷはぁ!!」
ガゼボまで走って来たパトリックは、ジュースを飲み干す。それから、フィリアのお腹に耳を当てた。
「いる!おんなじ!?」
「ああ、エスターとメアリーとおんなじだな。リアのお腹にも赤ちゃんがいるんだ。」
次にパトリックは、シャーロットのお腹に耳を当てた。
「いない…。」
がっかりするパトリックへ、シャーロットが声をかけた。
「私のお腹には、いないのよ。いつの日か、私のところにも来てくれるかしらね。でも、もっと先でいいの。赤ちゃんを産むのは、痛くて大変そうだもの。」
「しあわせな、いたみ!!」
「幸せな痛み…??それ、ロザリンが言っていたのか?」
「ろざりん…??ママ?」
「そうだよ。ロザリンは、パトリックのママのことだ。でも、小さい子が言葉を覚えてるわけないか…。」
パトリックは今日、3歳になった。ロザリーヌが亡くなったのは、1年前の今頃。
「そうか。リッキーもリアと同じで、赤ん坊の記憶があるのかもな。リッキー、他にママはなんて言ってた??」
ラザラスが問いかけると、パトリックは記憶の中から母親の言葉を探した。
「ごめんね。ひんそうなからだのせいで、ぼにゅうがでなくて。」
「おい、リッキー。もっと他にあるだろ??」
「いえ…。ロザリンらしいです…。」
パトリックの口から、ロザリーヌらしい言葉を聞いたノアは、笑いながら涙を流した。
「ノア…。」
ロザリーヌのことになると、涙が止まらなくなるノアを心配し、シャーロットが彼の背中をさする。
「…のあ??あっー!のあさま!?」
「あぁ。『ノア』は、俺の名前だよ。…ロザリンは、俺の話をしてた??」
「のあさま、ママとおんなじたんじょうび?」
「うん…。おんなじ誕生日だよ…。」
「のあさまはケーキきらい。リクはケーキすき。」
「リク…。ロザリンは、リクって呼んでいたのか。」
パトリックは、自分の髪を引っ張ると、ノアの髪をじーっと見つめた。
「ママがうんだのに、のあさまそっくり、ふしぎ!?」
「あはは…。不思議だな…。」
それは、助産婦から聞いた話と同じだった。ロザリーヌは、生まれたパトリックを見て、自分から生まれた子が父親そっくりで不思議だと目をまるくし、愛おしそうに頬を寄せていたと。
「やくそくいっぱいした。けど、まもれなかった。」
「約束…、いっぱいしたな…。」
ノアは、果たせない約束を思い浮かべ、泣き崩れた。ノアに寄り添いながら、シャーロットがまわりへ目を向けると、フィリアとラザラスまで大泣きしていた。
「かみさま、まって。リクのたんじょうびまで。2さい、おめでとうっていわせて。」
ロザリーヌが亡くなったのは、パトリックが2歳の誕生日を迎える、少し前。
(そうか…。ネックレスのチェーンが切れたのは…。)
1年前、ネックレスのチェーンが切れたのは、ロザリーヌからのメッセージだったのかもしれない。自分の代わりに、パトリックへ誕生日のお祝いをしてあげてと…。
ノアは息を整え、身につけているネックレスを外した。
「リク…。3歳の誕生日、おめでとう。これからは、ロザリンの代わりに、俺が毎年誕生日を祝うよ。この石もロザリンの石と一緒に、リクが持ってて…。」
「おんなじ。」
「この石にも保存魔法をかけてもらったから、このふたつの石は、ずっとおんなじ色だよ。この石に、俺とロザリンの想いが込められてること覚えていて…。リク、生まれてきてありがとう…。」
ノアは、パトリックをぎゅうっと抱き締めた。
後日。エスターから呼び出されたノアは、王都のとあるレストランを訪れていた。
来月この場所で、ヴェルナー辺境伯・ガイアスと、エスターの母親・シルヴィアの結婚披露宴が開かれる。ウィルバートとエスターの結婚式から半年も経たずに、今度はふたりの父と母が結婚するのだ。しかも、シルヴィアは双子を出産したばかりだった。
ノアは、自分が呼ばれた理由がわからぬまま、レストランへ入った。そこには、エスターとウィルバート、ハンスとともに、ノアの見知った顔もあった。
このレストランのシェフは、以前、ヴェッティン家に仕えていた料理長だった。数年前に腰を痛め、ルーカスの診療所に通っていた際、エスターに声をかけられたのだ。貴族は見栄を張るために大量に料理をつくらせるが、手間をかけてつくった料理が手もつけられず残されることに不満はないか?じつはレストランを開業するにあたり、シェフを探しているのだが、客が食事をする姿を見ながら働くことに興味はないかと。オーナーであるエスターに引き抜かれたシェフは、公爵家の料理長の座を息子に譲り、今はハンスの経営するレストランで働いているのだ。
エスターは手招きしてノアを呼ぶと、厨房の中を覗くように言った。エスターが会わせたかったのは、シェフではなかったのだ。厨房の奥で働いていたのは、ロザリーヌの両親だった。アンダーソン家は、ロザリーヌの治療代を両親へ請求し、支払いのできなかった両親をレストランでただ働きさせているのだ。しかし実際は、ふたりの給金はパトリックのために積み立ててある。
ロザリーヌから搾取し続けてきた両親の成れの果てに、ノアは笑みをこぼした。
それからエスターは、妊娠中は魔力の制御がきかなくなる危険性があり、自分で狩れないため、ノアの力が必要なのだと蜂狩りに誘った。ノアの風魔法で、蜂をアイテムボックスへ追い込むのだ。
狩る獲物が、鷹やキツネ、鹿ではなく、蜂だったためノアは困惑した。迷っている間に勝手に予定が組まれ、当日は家に、エスターとウィルバートが迎えに来たかと思えば、すぐに転移石で移動させられ、気づけば現地にいた…。
そんなことが続いていくのだが、パトリックが世話になっているため、ノアはどんな無茶振りにも応えてしまうのだった。
それにエスターは度々、王都で暮らすノアのもとへパトリックを連れて来た。その際、ノアとパトリックは、ふたりで朝日が昇るのを眺めたり、髪色を変えて《ステラ》で食事をしたりした。店主のスザンヌがお代を受け取ってくれないため、毎回、代金の押し付け合いになるのも恒例化していた。
そして。2人目を出産したフィリアへ、ノアとシャーロットが出産祝いを贈り、そのお返しが届いたのだが…。フィリアが刺繍したハンカチを手に取り、シャーロットは感激し、ノアの方は固まっていた。
ノアのハンカチには、たくさんの花が散りばめられ、その花で"Second son"と刺繍がされていたから。
「あははっ。やだもう、フィリアさん。"次男"って!!」
刺繍を見たシャーロットは、抱腹絶倒している。
ノアは、フィリアに対して、いつも澄ましているシャーロットをこんなにも笑わせるなんてすごいなと思うとともに、"氷の令嬢"と呼ばれる所以を理解した。
数年が経った、ある日。
ノアは、パトリックに呼び出された。
「遺伝上のお父様に、お願いがあるのです。」
パトリックに、そう呼ばれたノアはむせ返った。
「リク…??いつもの呼び方にしてくれないか?」
パトリックは頷くと、ノアとふたりでいるときの呼び方に戻した。
「パパは、僕の味方ですよね??」
「ああ、もちろん。」
「なら。僕と、リーニャの結婚に賛成してください。」
それは、8歳になったパトリックからの、ずいぶんと気の早いお願いだった。リーニャというのは、リーバイとメアリーの間に生まれた娘、リリアーナのことだ。
「伯爵家の人たちは、誰も反対なんてしないと思うけどな。」
「そんなのわからないじゃないか。だって。お義父様は無表情だから、なにを考えてるかわからないんだよ?」
「…確かに伯爵は、表情を変えない方だよな。」
「エスター姉様だって、どんな反応をするかわかんないよ。いつもは、髪の赤い人たちには近づいたらダメだって言ってるのに、このまえ、パパのお兄さんのクリス様が、僕を見て目をまあるくしていたら、黙って微笑むようにって意味わかんないこと言っていたし。」
「それは本当に、意味がわからないな。あの人、兄さんと接点はないはず…。まさか、おもしろがってるのか!?いいか、リク。エスターさんに言われても、兄さんに向って、『パパ』って呼んだら絶対ダメだからな。」
ノアは、エスターに遊ばれないよう、パトリックに釘を刺した。パトリックは、アンダーソン伯爵家の養子だと周知されているが、父親と本来の髪色を明かしていないため、パトリックの赤い髪を見たクリスは、地毛なのか魔道具で変えた色なのかわからず、気が気でなかっただろう。自分の血を引く子どもなのではないか、と。
「うん。絶対呼ばないよ。だからパパも、僕とリーニャの結婚が反対されたときには、絶対味方になってくださいね??約束だよ?」
「ああ、約束するよ。」
パトリックに、甘えるような目で必死におねだりされたノアは、息子に頼られて嬉しかった。
「それとねパパ。新しい家族をつくってもいいんだよ?シャーロット様が、かわいそうだもん。ママならわかってくれるから大丈夫。いつも、"ノア様"の幸せを祈ってたからね。」
「ありがとう、リク…。」
「ほら見て。パパのママへの気持ちも、ママのパパへの気持ちも変わってないでしょう?ふたりの想いがなくならないように、僕が守ってあげるからね。」
そう言ってパトリックは、ノアへ、ネックレスについているふたつの石を見せた。
「あぁ…。でも、この石だけじゃなくて、リクの存在がパパとママの愛の証なんだよ。」
ノアは、パトリックを抱き寄せた。
「うん、そうだね。でも次は、シャーロット様の番だからね。それで。その新しい家族は、僕にとって、遺伝上の弟か妹になるんだ。」
「…その、"遺伝上の"ってなんなんだ??」
ノアは確信していた。パトリックのおねだりの仕方や、遺伝上のという言葉を使うのも、エスターの影響に違いないと。
それ以後も。
ノアとロザリーヌが交わした約束たちは、ロザリーヌに代わりパトリックが、ノアとふたりで果たしていった。




