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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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50/59

#50 秘めた恋の結末 ③

③ 想い別れ

両親たちより1日遅れて家を出たノアが、ヴェッティン公爵領の本邸に着いたのは、両親たちが到着してから数時間後のことだった。魔道具店で購入したポーションを馬に与え、御者と執事が交代で馬車を走らせ、時間を短縮したのだ。


前公爵の容体は、思った以上によくなかった。

ノアは祖父への見舞いに、フルーツキャンディ店で1番売れている咳止めの飴や、香水専門店で見つけた安眠作用のある香水を贈った。咳止め飴の効果の高さは、主治医が驚くほどだった。

それから本邸の使用人たちへは、酒や葉巻、ハンドクリーム、簡易懐炉、消臭効果のある香水、フルーツキャンディを差し入れた。本邸と別邸とで使用人への扱いに差があってはいけないとロザリーヌに助言されたためだったが、本邸の使用人たちは喜んでいた。

本邸の使用人の間でもノアの株が上がったことで、次期当主の座を奪われるのではないかとクリスの焦りは大きくなっていた。


前公爵の容体は、日増しに悪化していった。そのため、当初2週間の予定だった滞在期間は、さらに1週間、また1週間と延びていった。

そして。ノアたちが本邸を訪れてから約1ヶ月後。前公爵は、静かに息を引き取った。

本邸には、前公爵と縁のある者たちが各地から訪れ、その中には、国王の姿もあった。前公爵は、国王の母親の兄にあたり、母親は夫である先王が亡くなって以降、実家のヴェッティン領の屋敷で暮らしていた。

葬儀や弔問客への対応に追われているうちに、気づけば年の瀬が近づいてきていた。冬の寒さが厳しくなる中、ノアはようやくタウンハウスへ帰って来た。

ロザリーヌと離れてから、2ヶ月が経っていた。


馬車から降りたノアは、出迎えの使用人の中にロザリーヌの姿がないことに気づき、探知を行ったが、彼女は屋敷の中にもいなかった。今すぐ、ロザリーヌの所在を尋ねたかったが、帰宅後、開口一番に彼女の名を出せば、勘繰られるかもしれないと、その場はぐっと我慢した。ノアは部屋へ戻ってからも、ロザリーヌの居場所を探知し続けたが、見つけることができず、不安を覚えた。そこへ、メイドが荷物を運んで来たので、ロザリーヌへお茶の用意を頼むと伝えて欲しいと声をかけた。

すると。メイドから、ロザリーヌは先日辞職したと聞かされたのだ。ノアは思わず、『どういうことだ!?』と大きな声を上げてしまう。メイドはオドオドしながら、自分は詳しいことは知らないため辞職理由はメイド長に聞いて欲しいと答えた。

ノアは、メイド長を呼ぶようにと言い、待っている間、何かの間違いだと自分へ言い聞かせていた。


しかし…。メイド長から伝えられた内容も、ロザリーヌが公爵邸を去ったといものだった━━。



それは。公爵一家が領地から帰って来る、10日ほど前のことだった。

前公爵が亡くなり静けさに包まれていた王都の屋敷に、公爵一家より一足先に戻った執事から、葬儀や本邸の様子が伝えられた。

そして。執事が話したある話題に、使用人たちが歓喜の声を上げた。ただひとり、ロザリーヌを除いて…。

葬儀が一段落ついたところで。クリスが、祖父が亡くなり気落ちする皆には、明るい話題が必要だと前置きし、喪が開けたら、ノアとシャーロットの婚約を発表してはどうかと提案したのだ。これまでにも、ふたりの婚約話は何度か出ていたこともあり、皆の目には、クリスが家門を盛り立てるためにふたりの背中を押したように映った。ヴェッティン家の分家に当たる、アルベルティン家の現当主も、ひとり娘の婿を筆頭公爵家から迎えることに諸手を挙げて喜んでいた。

執事から、ノアの婚約が決まったと聞き、静まり返っていた公爵邸に使用人たちの拍手が響いた。

次男のノアは、このヴェッティン家を継ぐことはできなが、シャーロットと結婚すれば、アルベルティン公爵家の次期当主になれるのだ。ノアにとって、シャーロットは結婚相手としてこの上ない相手。ロザリーヌは、ノアの婚約を喜ばしい話だと言い聞かせ、張り裂けそうな胸の痛みをこらえて、必死に笑みを浮かべながら使用人仲間とともに拍手をしていた。


部屋に戻り、ひとりきりになったロザリーヌの目から涙がこぼれ落ちた。心からノアの幸せを願っているというのに、涙が次々とあふれてきて、ロザリーヌは主の幸せを喜べない自分を責めた。この涙の理由が、ノアとの関係を終わらせたくない己の欲の表れだとわかっていたから。もう、彼から愛称を呼ばれることも、彼の名を呼ぶことも、触れられることも、触れることも、デートすることも、一緒に朝日を見ることもない…。

頭では、使用人ならばノアの幸せを祝福しなければならないとわかっているのに、心がそれを拒絶するのだ。

そんな、頭と心がチグハグな状態のロザリーヌのもとへ一通の手紙が届いた。差出人の名には偽名が使われていて、手紙の本当の送り主は、彼女の両親だった。

手紙には、ロザリーヌの結婚相手が決まったため、自身が貴族の娘であることを明かし、ヴェッティン家へいとまの許しを乞うようにと書かれていた。両親からのこの手紙は、ノアの婚約話で心が壊れかけていたロザリーヌに追い打ちをかけた。数日後には、とうとう心の不安定さが体調にも表れ、不調に気づいたメイド長から医者に見てもらうよう勧められたのだ。休暇をもらったロザリーヌは、なるべく空いている診療所を訪ねた。診察を早くすませ、実家へ寄る時間をつくるために。

そして。医師から伝えられた診察結果に、ロザリーヌは言葉を失した。体の不調は、心だけが問題ではなかったのだ。ロザリーヌは、そっとお腹をなでた。

(ここに、ノア様と私の子がいるなんて…。)


ロザリーヌは、これからどうすればいいのか考えがまとまらないまま、とにかく実家へ向かった。久し振りに帰省したロザリーヌを待っていたのは、両親からの罵声だった。ロザリーヌが失態を犯したというのが、ノアの策であることを知らない両親は、彼女の失態を責め立て罵倒し、何度送っても手紙の返事がないと激怒した。ロザリーヌはそこではじめて、今回の偽名で届いた手紙以外にも手紙が送られていたことを知った。そして、それらの手紙が自分のもとへ届かなかったのは、ノアの計らいだと察した。両親からの手紙には、ろくなことが書かれていなかったのだろう。ノアは、そんな手紙を秘密裏に処理してくれていたのだ。

ロザリーヌから、自分が貴族の娘であるとわかった上で公爵家より、この処罰を言い渡されたのだと聞いた両親は、家を存続させる手段が消えたと頭を抱えた。ロザリーヌを結婚させるためには公爵家からの許しが必要だが、それが難しいとなれば、娘を嫁がせる予定だった相手から結納金を得られなくなり、この家は没落への一途を辿るしかないのだ。

思い通りに事が運ばず、苛立つ両親は、ロザリーヌへ再び罵声を浴びせた。その中には、ロザリーヌを公爵家へ奉公へ出した、本当の狙いも語られ、彼女は思わず耳を疑った。両親は、公爵でもクリスでもノアでも、もしくは前公爵でも構わないから、ロザリーヌに手を出してくれればと願っていたのだ。そうなれば、貴族の娘に手を出した責任を取ってもらおうという魂胆だった。平民のメイドならば泣き寝入りするしかないが、曲がりなりにも貴族の娘であるロザリーヌへは、責任が生じる。両親としては、娶ってもらえれば筆頭公爵家と縁が結べ、金銭の支援が得られ、たとえ娶ってもらえずとも、慰謝料をもらえればいいと考えていた。

一部の使用人へロザリーヌの身分を漏らしていたのは、公爵家から、身分を隠していたことを咎められた際の逃げ道だったのだ。

その話に、ロザリーヌは衝撃を受けた。両親の策略通りに、ノアと情を交わし、あまつさえ彼の子を身ごもってしまったのだから。知らず知らずのうちに親の策略に加担していたこと気づき、ロザリーヌは、ノアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。良心の呵責に苛まれた彼女は、この両親から、ノアの幸せと、お腹の子を守ってみせると固く決意した。

『あなた方との縁を切らせてもらいます!!』

両親へ絶縁宣言をしたロザリーヌは、手のひらに生成した炎を放ち、彼らと自分の間を炎の壁で隔て、その覚悟が本物であることを見せつけた。玄関ホールにつくった炎の壁の向こうから、自分の名前を叫ぶ声が聞こえたが、彼女は振り返ることなく実家をあとにした。

公爵邸へ戻ったロザリーヌは、一目散にメイド長のもとへ向かった。そして、そのうち、縁を切った両親が自分を探しに公爵邸へやって来てくるかもしれないが、そのときは好きに処罰して構わないと説明した。それから、公爵家へ迷惑をかけるわけにはいかないと辞職の意思を伝えた。メイド長は、今すぐ出て行くと言うロザリーヌへ、もうすぐ公爵様たちが戻られるため挨拶してからでも遅くはないと引き止めた。

ロザリーヌは少し考えると、『直接挨拶できない代わりに手紙を残そうかしら?』と口にしたが、『公爵様、奥様、クリス坊っちゃん、ノア坊っちゃん、ライラお嬢様、全員に書いている時間がないので諦めます。』と言うので、メイド長は、手紙を書くならば、公爵家の人々ひとりひとりに書かないと気がすまないなんて、真面目なロザリーヌらしいと笑うのだった。

ノアに、人前ではどの使用人へも同じ態度を求めたロザリーヌは、自身もまた、公爵家の人々への忠誠心に差をつけない姿勢を最後まで貫いたのだ。


自分とお腹の子の存在は、ノアとシャーロットの婚約の邪魔になり、ノアの子を身ごもっていると両親に知られたら悪用されると考えたロザリーヌは、こうして公爵邸を去った。

行くあてはないが、とにかく、実家とヴェッティン公爵領とは真逆の方角へ進んだ。公爵領とは逆の道を選んだのは、タウンハウスへ戻る途中のノアと遭遇しないため。ノアの幸せを願い、彼から離れたが、顔を見てしまったら決意が揺らいでしまうから…。

メイド長は、真面目だと笑っていたが、ロザリーヌはただ、ノア宛ての手紙に何を書けばいいか思い浮かばなかったのだ。何を書いても自分の本心ではない気がして、偽りの言葉を残すくらいならば一言も残さないと決め、彼の前からも、記憶からも消えることを選んだ。


ロザリーヌは、年が明けても行き先が決まらないまま、やみくもに移動を続けていた。

その日も、とりあえず乗り合い馬車に乗り込んだが、馬車に揺られ気分が悪くなり、途中下車した。厳しい寒さの中、ふらふらと彷徨っているところを、王都から領地へ戻る途中のアンダーソン伯爵の馬車が通りかかり保護されたのだ。リーバイは、ロザリーヌがしきりにお腹を撫でていたため、彼女が身重であるとすぐに気づいた。彼女から、お腹の子の父親とは結婚せず、両親とも絶縁したため、ひとりで出産し、育てるつもりだと聞いたリーバイの頭をよぎったのは、顔も知らぬ自身の産みの母のことだった。身ごもってすぐに、リーバイを伯爵夫妻へ引き渡す話がついていて、出産後、産みの母は姿を消していた。一方、育ての母は、血の繋がりのないリーバイを虐げてきた。そんな自身の生い立ちから、リーバイは、ロザリーヌとお腹の子の行く末が気にかかり、出産を見届けると決めたのだった。

リーバイは、領地の隅にある自身が生まれた療養所へロザリーヌを滞在させ、医師や助産師の手配もした。それからも度々療養所を訪ねていたが、口数の少ないリーバイは特に何かを尋ねるわけでもなく、ふたりの会話のほとんどは彼女が話していた。ロザリーヌとしては、お腹の子の父親について触れずにいてもらえるため助かっていた。お腹の子の父親について、決して打ち明けるつもりはなかったから。


ロザリーヌは、ノアとの繋がりをひた隠そうとしているが、ノアへの想いと、ネックレスは捨てられそうになかった。

彼女にとって、ノアとの思い出、おそろいのネックレス、お腹の子の存在、これらは幸せの象徴だった。



メイド長から、ロザリーヌが公爵邸を去った原因が彼女の両親にあると聞き、いても立ってもいられなくなったノアは変装をすると、ひとりでロザリーヌの実家へ乗り込んだ。

公爵家の許可なく、ロザリーヌと面会したことを咎められた父親は、娘に会っていないと嘘をついた上、娘は貴族であるため、失態の罪を軽くしてくれないかと言い出した。ノアから、玄関ホールに残された焦げ跡からロザリーヌの魔力の残滓を感じると指摘されると、焦った父親は、娘が勝手に会いに来たのだと、今度はロザリーヌのせいにした。両親から手紙で呼び出されたことはわかっているが、彼女が自らこの家を訪ねたのは事実であるため、ヴェッティン家の使者を装うノアは、筆頭公爵家と交わした労働契約を破った罪は一家全員に及び、宣言通り、然るべき対応を取らせてもらうと言い渡した。ノアをただの使者だと思っている両親は悪態をついたが、ノアの風魔法で体を拘束されたまま2階の高さまで巻き上げられると、顔を青くさせた。ノアは、ロザリーヌが実家を訪ねた際に交わした会話を嘘偽りなくすべて話すよう命じ、両親の首に纏わせている風をじわりじわりと圧迫していった。血の気が引き、青白い顔になった両親は必死に助けを求め、娘との会話を包み隠さず話した。

その話を聞き、怒りをあらわにしたノアが急に風魔法を解いたため、両親は床に叩きつけられた。床にへばりつき、うめき声を上げているふたりへ、ノアは軽蔑の眼差しを向け、断罪はこれからだと言い残すと、その場を去った。

ノアは自分の中に、こんなにも冷徹な部分があることを知った。"あれ"が、愛する人の両親であると理解していても、憎悪が抑えきれなかった。

彼らは、前公爵が亡くなり、ヴェッティン家の人々が領地へ留まっている隙を狙い、偽名を使いロザリーヌへ手紙を送ったのだ。いい条件で娶ってくれる相手が見つかったと。"いい条件"というのは、結納金のことなのだろう。あの者たちが、ロザリーヌを売るつもりでいることは以前から知っていたが、それでも怒りが込み上げてきた。

そして、それ以上にノアの逆鱗に触れたのが、あの者たちが娘を公爵家へ奉公に出した思惑だった。

『娘は、体は貧相だが見目はいいため、万が一にでも公爵家の誰かのお手付きになれば、純潔を散らされた慰謝料を無心するつもりだった。』と、父親が白状した。

あの両親は、ロザリーヌが手込めにされることを期待していたのだ。それも、その相手は父でも、兄でも、ノア自身でも、祖父であろうと構わなかったと知り、ノアは激昂したのだった。


両親の下劣な思惑を知ってしまったロザリーヌは、ノアとの関係を隠し通した。ノアが、ロザリーヌの純潔を散らした責任を、あの両親から問われることがないように。

両親の問題に加え、公爵家の使用人たちが、シャーロットとの婚約話に期待を膨らませていたことも、ロザリーヌが失踪を決意した理由のひとつだった。


(ロザリンは、両親が僕に迷惑をかけるのを阻止したかったんだ。そして、僕たちの関係が知られたら、婚約話の邪魔になると思って公爵邸を去ったんだな…。)


ノアは、ロザリーヌの想いを悟りはしたが、彼女を諦め切れず、この先数年にも渡り、彼女を探し続けることになる。



喪に服している公爵邸では、静かに新年を迎えた。


ノアは、ロザリーヌの行方を探しつつ、彼女の実家と、彼らを支援する貴族たちへ圧力をかけた。助けを得られなくなったあの家が没落するのは、時間の問題だった。ロザリーヌの帰る家がなくなっても、自分のもとで暮せばいいと考え、ノアは彼女を探した。

だが…。乗り合い馬車から降りた姿を最後に、消息が一切掴めないのだ。


━━ロザリーヌと会えないまま、残酷なまでに月日は巡り続けた。


ノア、16歳の誕生日。

同じ誕生日のロザリーヌへ思いを馳せ、ひとり彼女の誕生日を祝った。

『18歳おめでとう、ロザリン。』


彼女とデートをし、身も心もひとつになったあの日から1年が過ぎた。

ノアは屋根に登り、あの朝と同じように朝日が昇るのを眺めた。会えなくなって1年も経つだなんて信じられないほど、時間の流れを早く感じた。朝日も、ロザリーヌへの想いも変わらないというのに、ひとりで見る朝日はあの日と全く違く見え、涙が流れた。


喪が明けてすぐ、ノアとシャーロットの婚約が発表された。本人たちの意思などお構いなしに、ノアが18歳になったら式を挙げることまで決められた。


新年を迎えると、王宮へと赴き、王室への新年の挨拶をすませた。シャーロットをエスコートし舞踏会へ参加したが、ふたりの婚約の話題に触れてきたのは数人だけだった。この日、話題の中心となっていたのは、辺境伯領からはじめて王都へ出て来た、ヴェルナー辺境伯令息だった。

それから、遅れて入場していた3人も注目を集めていた。


17歳の誕生日。

ノアは今年も変わらず、ロザリーヌの誕生日を祝っていた。『19歳おめでとう。ロザリン。』


会えなくなって、2年が過ぎた。

ノアはまた、ひとり屋根の上から朝日を眺めた。ロザリーヌと過ごした時間はたった半年なのに、こんなにも会いたくて、それなのに見つけ出せなくて、思い出にすがるしかできなくて、毎日がただただ苦しかった。


また年が明けた。

今年の話題の中心も、ヴェルナー辺境伯令息だった。昨年、遅れて入場していた3人の内のひとり、アンダーソン伯爵令嬢をエスコートしていたため、皆がふたりの関係を勘繰っていた。


ノア、18歳の誕生日。

今年もひとり、ロザリーヌの誕生日を祝い、20歳になった彼女の姿を想像した。

誕生日が過ぎると、勝手に式の日取りや場所が決まっていき、そんな中、ノアは倒れてしまった。公爵家の侍医が診てもよくならず、診療所からルーカスが呼ばれた。ルーカスから処方されたのは、薬ではなく、安眠効果のあるお茶だった。それから、王都を離れて療養することを勧められた。


ノアは、ヴェッティン公爵領で療養することになり、それに伴い、結婚式は延期となった。結婚までしばしの猶予ができ、久し振りにぐっすり眠ったノアは、公爵領へ向かう途中、ロザリーヌが最後に目撃された場所を訪れた。

体調を崩した彼女が、ここで乗り合い馬車を降りたことは確かなのだが…。

結局、今回も手がかりは掴めなかった。


公爵領で療養中のノアを、シャーロットが訪ねて来た。彼女は、見舞いのついでに、ノアへ結婚する意思があるかを確認した。彼女の家族は結婚が先延ばしとなり、かなり気を揉んでいるのだ。

「シャーロットは、親の言いなりでいいのか?本当は、兄さんと一緒になりたいのに。」

「もう、またこのやり取り?同じこと何度言わせるつもりなのよ。この結婚は、家と家とを結ぶためのものなのだから、私たちの意思なんて必要ないの。それに…。私はもう、クリス様をお慕いしていないわ。だからいい加減、私のせいにして結婚を先延ばしにするのをやめてくれない?」

「そうだな…。シャーロットのせいにするのは卑怯だった。結婚する意思がないのは、俺の方だから。」

「ノア!?今さら、結婚を取り止めるなんて言わないわよね??両親たちからは、あなたが快復次第、国王陛下のもとへ結婚の挨拶へ伺うよう言われて来たのよ!?」

押し黙るノアを見て、シャーロットは不安をあらわにする。

「ねぇ…。ノアは、そんなに私と結婚するのが嫌なの??確かに、愛はないかもしれないけれど…。私たち、幼馴染みじゃない!?私ね、こんなふうにあなたから拒絶されるなんて、思ってもみなかったわ…。」

「ごめん…。」

言い訳すらしてくれないノアに、シャーロットは途方に暮れる。じっとノアを見つめ、彼の言葉を待った。ひとつ年下の彼の横顔は、いつの間にか大人びていて、自分のことを俺と呼ぶようになっていたノアは、なんだか知らない人に見えた…。

「そうだわ。あなたが使っていた、"長男を差し置いて結婚できない"って言い訳も、もう使えないわよ。クリス様と隣国の王女様との結婚が決まったから。あなたの意思を確認しておいて言うのも悪いけど、結局、あなたがどれだけ足掻こうと、私たちの結婚は決定事項なのよ。お願いだから、覚悟を決めてちょうだい。」

シャーロットの切実な訴えに、彼女が家族からプレッシャーをかけられていることが想像できた。

ロザリーヌへの想いを引きずったまま結婚できないと逃げ続けたノアは、もう先延ばしにできないと嘆いた。


そんなとき。

突然チェーンが切れ、ネックレスが床に落ちたのだ。ロザリーヌとおそろいで買ったネックレスが壊れたため、見えないなにかに彼女を諦めろと言われているような気がして、ノアはひどく落ち込んでしまう。

それは。本格的な暑さが間近に迫った日のことだった。


王都へ戻ったノアは、宝飾店 《エトワール》へやって来た。店長のコリンナが自ら、ノアの接客に当たってくれたが、露店で買ったネックレスを、王都で人気の宝飾店で直してもらうのは気が引けた。ノアが、申し訳なさそうに出したネックレスを見たコリンナは、懐かしいと言った。以前はこの店でも、この石を使った宝飾品を売っていたから。しかし。このネックレスに使われている石は特殊で、持ち主の気持ちに反応するため、ペアで購入し、石が暗い色に変わると相手への気持ちがないことがバレてしまうのだ。『婚約者や夫婦仲が悪くなった』、『石の質が悪い』などと、苦情が殺到したため取り扱うのをやめたそうだ。ほとんどの貴族の間には愛がないため、貴族相手のこの店には向かなかったのだと、コリンナは笑う。それからノアの石を、とても綺麗だと称賛してくれた。こんなふうに想える相手がいるのは、素敵なことだと。

壊れたチェーンを直すのは難しいため、この石に合うチェーンを、誠心誠意選ばせてもらうと言うコリンナに、ノアは恐縮してしまう。このネックレスは安物だったから。そんな彼に、ものの価値に値段は関係ないと言い、思い出が詰まっている大切なネックレスなのでしょうとコリンナは微笑んだ。

ノアは、直してもらったネックレスをつけると、石をかざして見た。この石が綺麗なのは、自分のロザリーヌへの想いが綺麗だからなのだ。そう思うと誇らしくなり、みんなにも見せつけたくなった。ノアは、それまで見えないようにつけていたネックレスを隠すのをやめた。

シャーロットと結婚することになっても、いつの日かロザリーヌと再会したとき、この石を見せて自分の想いが本物なのだと言ってやりたかった。


ノアが、シャーロットへ結婚する覚悟が決まったと伝えたところ、散々煮え切らない態度を取られた彼女は、彼へ冷めた態度をとった。そんな生ける屍みたいに痩せた姿じゃ、陛下へお目通りできないと言って、ノアに太るよう要求した。

それを聞いたノアは、自分がロザリーヌへ太るよう言ったことを思い出して笑った。久し振りにノアが笑うのを見て、シャーロットはあきれながらも内心ホッとしたのだった。


それから、数ヶ月後。

登城したノアとシャーロットは、国王に先客があったため、秋の庭園を見ながら待っていた。庭園をひとまわりしたふたりは、王宮内へ移動することにしたのだが、外階段を上る際、ノアはシャーロットをエスコートせず、ひとりで先に行ってしまう。シャーロットは文句を言ってやりたかったが、王宮で騒ぎを起こすわけにはいかないため、我慢して無言でノアの背中をにらむのだった。ノアは、シャーロットが言っていたように家と家の結婚だと割り切ったが、彼のロザリーヌを想う気持ちは、今も変わりはなく、なによりネックレスのこの石の色を守りたかった。

━━このとき。この階段で、パトリックとすれ違っていたのだが、ノアは気づけなかった。ロザリーヌのネックレスをつけた、自分の子どもの存在に…。


また年が明けた。

新年の舞踏会には、王弟であるヴェルナー辺境伯が数十年振りに社交の場に姿を見せた。辺境伯が国王へ挨拶した際、その傍らにはアンダーソン伯爵の元夫人がいて、国王の傍らにはアンダーソン伯爵がいたため、人々の関心を引いていた。


年が明けてから間もなく、感染症が流行した。ノアは、これで結婚式が延期になると期待したのだが、特効薬と予防薬がすぐに完成したため、式は予定通り行われた。

誓いのキスを唇の端にしたノアは、シャーロットから冷めた視線を送られた。


ノアは、初夜を含め、それ以降の夜もシャーロットとともに過ごすことはできなかった。たえきれなくなったシャーロットが、理由を尋ねると、ノアは、ずっと探している想い人がいることを打ち明けた。


そして━━。

その知らせは、19歳の誕生日を来月に控えたノアのもとへ突然やってきた。

メイドのケイトが、このネックレスと同じものをつけている人を知っていると言うのだ。つけている相手は女性ではないが会ってみるかと聞かれ、やっと得た手がかりに迷わず会うと答えた。

ふたりは転移石を使い、湖へ移動した。そこでは披露宴が開かれていて、湖畔には、貴族も平民も、たくさんの人たちが集まっていた。


ノアはその大勢の中から、赤い髪の男の子に目を奪われたのだった。

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