#48 秘めた恋の結末 ①
番外編:第1弾
パトリックの両親
①恋の芽生え
その日は筆頭公爵家の次男、ノア・ヴェッティンの15歳の誕生日だった。
ヴェッティン公爵邸では、次男の誕生日を祝うパーティーが盛大に開かれていた。だが。自身の誕生日を祝う会だというのに、主役である本人は、内心飽き飽きしていた。打算や思惑が透けて見えるゲストたちからの祝いの言葉や品を受け取り、それに対して愛想笑いを浮かべながら礼の言葉を口にする。それを延々と繰り返す、流れ作業のようなこの行為に。
15にもなると、嫌でも理解してしまうのだ。この誕生パーティーが、自分の誕生日を口実にした、大人たちの社交の場だということを。3つ上の兄は会場に残っているというのに、子どもの時間はおしまいだと、自分だけ先に部屋へ戻されたのがその証拠だ。今日の主役が退席したあとも、宴会は続くのだろう。いやむしろ、これからが社交の本番なのかもしれない。
ノアは、自分の誕生日を祝うためだけにパーティーへ参加した者はいないということを、わかっていた。筆頭公爵家との繋がりを求める者は後を絶たたず、ノアへ取り入ろうとする者もいるが、その者たちの本命はあくまで当主である父と、次期公爵の兄なのだ。
唯一。幼馴染できょうだいのような関係のアルベルティン公爵家のシャーロットは、毎年誕生日を祝ってくれてはいるが、彼女の視線は、想い人であるノアの兄・クリスへと向けられていた。
家を継ぐ権利がない次男の自分は、いずれ、この家を出れなければならない。いつからかノアは、家族に対して疎外感を抱くようになっていた。
誕生日だというのに、ひとり虚しさを感じていたノアのもとへ、メイドが訪ねて来た。
「ノア坊っちゃん。お食事をご用意しました。せっかくのお誕生日ですのに、挨拶に追われ、なにも召し上がっていませんでしたよね??」
「言われてみれば確かに。それにしても、量がずいぶん多いな…。これを全部、僕に食べろと?」
ノアは、キッチンワゴンいっぱいに並べられた料理とケーキを前に、いくら空腹とはいえ、この量は食べきれないと思った。
「すみません。坊っちゃんの召し上がりたい物がわからなかったので、いろいろお持ちしました。どうぞ、お好きな物をお選びください。」
「そうだなぁ…。とりあえず、ケーキは遠慮するよ。」
「えぇっ!?ケーキを召し上がらないのですか!?誕生日といったら、"ケーキ"ですよね??」
「誕生日といったらケーキなのか??それは初耳だな。でも。そう言われても僕は、甘い物が苦手なんだよ。」
「えぇっ!?坊っちゃんは、ケーキが苦手なのですか??」
"この世にケーキが苦手な人がいるなんて!?"と言わんばかりのメイドの驚きぶりに、ノアは思わず笑ってしまう。
食事を終えたノアは、数種類あるケーキの中から甘さが控えめそうなものを選び、取り分けてもらった。
「坊っちゃん…。大丈夫なのですか?甘い物は苦手なのでしょう??」
「せっかく用意してもらったから、ひとつくらい食べてみるよ。それに。誕生日といったらケーキだと、力説されたしな。」
メイドにとってケーキは、誕生日など特別な日にしか食べられない物だった。一方。ノアにとってケーキは、日頃からお茶の時間によく出されるため、特別な物ではなく、むしろ苦手だった。その苦手なケーキを口にしようと思ったのは、メイドの気遣いに応えたかったから。
ケーキを口に入れたノアは、一瞬、眉間にシワを寄せた。それを見て、ノアの行動の意味に気づき、彼の優しさに触れたメイドは、心を込めて祝いの言葉を伝えた。
「ノア坊っちゃん。15歳のお誕生日、おめでとうございます。」
「ありがとう。」
『ありがとう。』
『ありがとうございます。』
この言葉は、今日のパーティーでノアが何度も繰り返し発していたものだった。美辞麗句ばかり並べる人々へ、愛想笑いを浮かべながら…。だが。今、メイドに対して口にした『ありがとう』は、自然と笑顔になり出た言葉だったため、口にしたノア本人でさえ驚いている。
(そうか…。僕は、メイドからのおめでとうが嬉しかったんだな。)
メイドの『おめでとう』には、打算的な含みなどは一切なく、ただ純粋にノアの生まれた日を祝う言葉だったため、自然と笑みがこぼれ、素直にお礼を口にできたのだと、ノアは気づいた。今日、心から自分の誕生日を祝ってくれたのは、メイドだけだった。両親も祝ってくれてはいたが、筆頭公爵家の者として恥ずかしくない振る舞いや、粗相のないようにと念を押されていたのだ。息子の誕生日を祝うより、体裁の方が大事なのだろう。
「やっぱり、ケーキはひとつ食べるのがやっとだ。残りは、君にあげるよ。ロザリーヌは、ケーキが好きなのだろう?」
「坊っちゃん、私の名前をご存知なのですね!?」
「知ってるとも。なぜそんなに驚いているの?」
「驚きますよ。このヴェッティン公爵邸には、使用人が何人いるとお思いですか!?」
「何人いるんだろう?」
「えっ??うーん…。何人いるのでしょう??」
「あははっ。君も知らないんじゃないか。」
ノアは、声を上げて笑った。自分で質問をしておいて、ロザリーヌが答えを知らなかったから。
「ところで、坊っちゃん。本当に、余りをいただいてもよろしいのでしょうか?」
「ああ、もちろん。」
「ありがとうございます!!仕事が終わったら、みんなといただきます。」
「みんなで食べるには、足りないと思うけど?ここで、食べていけばいいよ。」
「それはできません。それだと私だけ特別扱いになってしまいますもの。坊っちゃんも、使用人へは平等に接してください。波風立てず平和に仕事をするために、どうかお願いいたします。」
「わかったよ。君は、真面目なんだな。」
ノアは、特定の使用人を贔屓することで波風を立てたくないというロザリーヌの思いを尊重した。それに。ノアもまた、自分の行いで使用人同士がギスギスするのは避けたかった。
「こんなごちそうを誕生日にいただけるなんて、夢みたいです。」
「誕生日にごちそう??」
不思議そうにするノアに、ロザリーヌは笑顔で答えた。
「じつは。私も今日、誕生日なのです。」
「そうなのか!?」
「はい。坊っちゃんと、おんなじですね。」
「ああ、おんなじだな。ロザリーヌも、誕生日おめでとう。」
「ありがとうございます。」
ノアは、ふと思った。今まで、こんなふうに取り繕った笑顔でもなく、飾った言葉でもない、自然な笑顔と言葉で、『おめでとう』と『ありがとう』のやり取りをしたことがあっただろうかと。
「それで。ロザリーヌは、何歳になったの?」
「まぁ、坊っちゃんったら。女性に年齢を聞くなんて失礼なんですからね!?」
ロザリーヌは、少しむくれながら答えた。
「今日で、17になりました。」
「僕のふたつ上なのか??…幼く見えるな。」
「だから年を言いたくなかったんですよ。せめて、若く見えると言ってください!!」
「悪かったよ。君は、童顔を気にしているんだな。」
「もう!坊っちゃん!!」
ロザリーヌを童顔だと揶揄ったが、ノアは内心、心配していた。ロザリーヌが幼く見える原因は、顔のせいだけではなかったから…。
ノアは、ロザリーヌとともに厨房を訪ねることにした。ロザリーヌから、特定の使用人を特別扱いしてはいけないと忠告されので、他の使用人へも声をかけようと思ったのだ。それと。余り物の料理を、『ごちそう』だと言った彼女の誕生日を、もう少し見守りたかったから。
厨房へ向かいながら、ノアは、ロザリーヌを観察した。小柄な体型に、細過ぎる手足、荒れた手。それから、美しい所作。キッチンワゴンを押す姿さえ、どこか優雅だった。そんな貴族令嬢のように見えたロザリーヌが、廊下ですれ違う使用人を数え、公爵邸で働く使用人の人数を確かめようとしていたから、ノアは吹き出した。そして笑いながら、そんな数え方では絶対に把握できないと指摘したのだった。
ふたりが厨房へ着くと、その場にいた使用人一同に緊張が走った。普段、公爵家の人々が厨房へ入ることなどないというのに、今日の主役であるノアが厨房へやって来たのだから。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、坊っちゃん!?このような厨房へいらっしゃるなんて、いかがなさいましたか?まさか…。りょ、料理になにか問題でもありましたでしょうか??」
急な公子の登場に、父親から料理長の座を譲り受けて間もない現料理長は慌てふためいている。ノアは、自分の誕生日パーティーのために働いてくれた使用人を労いたかったのだが、取り乱す料理長を目の当たりにし、かえって悪いことをしたと後悔した。
「ノア坊っちゃんがね、余った料理をみんなでいただいていいとおっしゃってくださったのよ。」
ロザリーヌの言葉に、張り詰めていた空気は歓喜に変わった。会場で余った大量の料理は厨房へと下げられ、そのほとんどが手をつけられていない状態だった。いつもは、心苦しく思いながら処分したり、隠れてつまみ食いしていた料理を、今日は気兼ねなく口にすることができると喜んだ。
「僕の誕生日パーティーのために何日も前から準備をしてきて、大変だったろう?今日は、ご苦労だった。これからも、公爵家のために働いて欲しい。」
ノアの労いの言葉には、感激する者、戸惑う者、涙する者など、反応はそれぞれだったが、ノアへ対する忠誠心が強くなったのはみな同じだった。使用人たちは、ノアへ誕生日を祝う言葉を贈り、ノアも礼の言葉を返した。使用人たちからの言葉も、社交辞令ではなく、自分の誕生日を祝ってくれていると思うのだが、先ほどのロザリーヌの言葉とは違うと感じていた。ロザリーヌが口にした祝いの言葉は、筆頭公爵家の次男であるノア・ヴェッティンに対してではなく、自分と誕生日が同じ、ただのノアに向けられたものだったから。
「さすが。ロザリーヌ嬢。やっぱ、貴族同士だから会話ができるんだろうな。」
「そうよね。私なんて、公爵家のみなさまに挨拶するだけで精一杯だもの。会話なんて、とてもじゃないけどムリよ。」
「俺も!!会話なんてしたら絶対、失言する。その点、ロザリーヌ嬢は腐っても貴族令嬢だって思うよ。言葉遣いが俺らとは違うもんな。」
自分の名前が聞こえたロザリーヌは、ふたりのもとへ行き、抗議した。
「その呼び方やめるよう、お願いしましたよね??このお屋敷で働いてる間、私はただのロザリーヌです。」
「この屋敷で働いてる間は、だろ?辞めたら、これまでの無礼な数々を不敬だって咎めないでくれよ??」
「本当に、無礼だという自覚はあるのですか?『腐っても貴族』と、言っているのも聞こえましたからね!?」
「それは、とんだ失言を。どうか、お許しください。ロザリーヌ・ケッペル嬢。」
「何度も言っていますけど、ここでは、ただのロザリーヌです!」
「ロン!!あんたね、ロザをからかうのも大概になさい。ロザも、ロザよ。こいつとの、そのやり取り何回目よ。いい加減、聞いてるこっちが飽きたわ。」
ロンはロザリーヌを揶揄っているだけだが、ロザリーヌは受け流せず、毎回同じやり取りをしているのだ。それを毎回聞かせられるアンネが、うんざりしている。
「『腐っても貴族令嬢』とは、どういう意味なんだ?」
ノアに話しかけられた、ロンとアンネは慌てて姿勢を正した。公子に問いかけられたロンは、緊張の余り狼狽えてしまい、ロザリーヌについて説明する様子はまるで溺れているかのようだった。
ロザリーヌが公爵邸で働きはじめた当初、彼女と使用人たちとの間には大きな溝があった。貴族である彼女との接し方がわからず戸惑う者。令嬢にメイドの仕事がこなせるわけがないと思い、冷めた態度で接していた者。だが。使用人たちの、ロザリーヌへの態度が変わるのに、時間はかからなかった。彼女は真摯な姿勢で仕事に取り組み、洗濯、掃除、炊事どの仕事も完璧にこなしてみせたから。さらに。お茶を淹れるのも上手く、お茶の種類ごとに相性のいいお茶請けを選ぶセンスもあり、生ける花も美しかった。気づけば、誰もがロザリーヌを頼るようになっていた。しかし。本来なら、奉仕される側のロザリーヌが、なぜここまでメイドの仕事をこなせるのかと不思議に思う者も多かった。しかも。身を粉にして働いているというのに、公爵邸へ来たときの方が痩せていたため、実家で食事を与えられなかったのか?食べる物がなかったのか?などと憶測が飛び交った。そんな中。ロンが、『本当に貴族なのか?』と面白半分で尋ねた。『一応貴族です。極貧貴族ですけどね。』の返答には、使用人一同、妙に納得したのだった。
「ロザリーヌが、特別扱いを嫌がる理由がわかったよ。貴族も平民も関係なく、他の使用人と対等でいたいのだろう?」
「はい、そうなのです。生まれはどうあれ、ここにいる人たちは、仕事の仲間ですからね。」
「その仲間意識は素晴らしいけどさ。今日くらい特別扱いされてもいいんじゃないかな。今日は、ロザリーヌの誕生日なんだから。みんなは、どう思う?」
ノアの言葉に、皆がざわつき出した。誰も今日が、ロザリーヌの誕生日だと知らなかったから。
「おまえも、今日誕生日なのか!?」
「…ええ。じつは、そうなの。」
「ロザ、あなたねぇ。誕生日なら、教えなさいよ。水臭いじゃない!?」
使用人たちはテキパキと料理を皿へ盛り付け、ロザリーヌの前には、あっという間に料理が並べられた。
「ロザリーヌ、これはみんなからの厚意だから無下にはできないよな?僕が勧めた料理は、特別扱いされたくないと言って断ったけどさ。」
「おまえ、坊っちゃんのご厚意を断ったのか!?クソ真面目過ぎるだろ。」
困ったように笑うロザリーヌの前に、ケーキの盛り合わせが追加された。
「よかったな、ロザリーヌ。誕生日にはケーキだって言っていたもんな。」
ノアの言葉に、ロザリーヌは顔をほころばせた。ケーキを見て喜ぶロザリーヌに、一同から笑いが起こる。それから。誕生日を祝う言葉が次々とかけれると、彼女が大泣きしたため、『大袈裟だな』と、厨房はまた笑いに包まれたのだった。
次男のノアは、常に兄が優先されるこの家で、いつからか頑張ることをやめてしまっていた。何をしたってどうせ自分は2番なんだと、投げやりに生きてきたのだ。
そんなノアを変えたのは、ロザリーヌの存在だった。彼女と関わることで、自分自身と向き合い、視野を広げたノアは、他者へも目を向けるようになった。15歳の誕生日を境に、ノアと使用人たちの距離が縮まったことも、彼が変わった証のひとつ。
まわりに目を向けるようになったノアは、貴族令嬢だというのにメイドとして働いているロザリーヌへの関心を強く持った。
ロザリーヌは、今でさえ痩せているというのに、この屋敷へ来た当初は、今以上に痩せていたらしい。所作は美しいが、手をつけなかった料理を差し出したところ、ごちそうだと喜んでいた姿や、子どものように目を輝かせてケーキを見ていた様子からは、とても貴族の令嬢とは思えなかった。さらに。メイド長から聞いた話では、彼女は給金をほぼ全額、実家へ仕送りしているそうだ。
自分の家のことを、『極貧貴族』だと言った彼女は、これまでどのように生きてきたのだろうか?
ノアは、ロザリーヌの過去を調べ上げた。
すると。確かに、ケッペル家にはロザリーヌという名の娘はいるのだが、体が弱いという理由で社交の場に一度も姿を見せたことがなかった。それが、王家主催の交流会やお茶会であっても。しかし、実際は。体が弱いはずのロザリーヌは、幼い頃からあちこちの貴族の屋敷で働かされていた。多額の借金があるケッペル家は、ロザリーヌの稼いだ金でかろうじて生計を立ててきたようだ。ケッペル家の借金は、とてもメイドの給金で返せる額ではないが、両親は働かず、ロザリーヌにだけ労働を強いているのだ。
これらを踏まえ、ノアはケッペル家の内情を推測した。労働は平民がするもので、貴族の労働を恥ずべきものと捉えている両親は、王室へ嘘をついてまでロザリーヌを貴族社会から遠ざけ、貴族の娘であることを隠して奉公へ出し、金を稼がせていたのだろうと。公爵邸では、貴族だと知られてしまっているが。
ケッペル夫妻は現在も、ロザリーヌから搾取した金で暮らしている。このままでは、彼女のデビュタントに必要なドレスや宝飾品を用意できないというのに。いや。両親には、端から用意するつもりもないのだろう…。
ノアは、ロザリーヌを助けたいという想いに駆られた。
誕生日から数週間後。
ノアは、ロザリーヌを呼び出した。
「ロザリーヌには悪いけど、ケッペル家のことを調べさせてもらったよ。ねぇ、君はこのままでいいの?公爵家からの給金は、ロザリーヌの働きに対して支払っているものなんだ。それなのに、ほぼ全額を両親へ送っているだろう?」
「…少しでも仕送りの額が減ると、両親がこのお屋敷に乗り込んで来てしまいますから。騒ぎを起こされるくらいなら、全額仕送りした方がましです。お金を送ってさえいれば、あとは自由にさせてもらってますしね。」
「それって、両親から自由を買ってるみたいじゃないか。ロザリーヌ。それは、自由じゃないよ。本来、給金も自由も、どちらも君のものなんだから。」
「ですが…。私には、どうすることもできないのです…。」
「君が、両親からの解放を望むなら、僕が力になるよ。それとも。君は、そんな両親を敬愛しているのかい?それなら、僕も余計なマネはしないけど。」
ロザリーヌは俯いたまま、口を固く閉ざした。その様子が、彼女の迷いを表している。彼女に、両親から解放されたいという思いがあると察したノアは、ロザリーヌの隣の席に移動した。
「ロザリーヌ。手を出して。」
首を傾げながら差し出された手を、ノアはそっと包み込んだ。
「あのぅ…、坊っちゃん??」
「このハンドクリーム、手荒れによく効く上、匂いもいいって人気らしいんだ。ほら、嗅いでみて。」
ノアがロザリーヌの手に塗ったのは、王都のとある雑貨店で人気のハンドクリームだった。
「…本当にいい匂い。」
匂いを嗅いでいたら、自分の荒れた手に気づき、恥ずかしくなったロザリーヌは手を隠した。
「この手は頑張ってる証なんだから、隠すことない。僕は、ロザリーヌの手が好きだよ。」
ノアはそう言って、ロザリーヌの手をもう一度包み込んだ。
「まぁ、頑張り過ぎな気もするけど。君は、クソ真面目だからね。」
「ふふっ。それ、ロンのマネですか??」
「よかった。ロザリーヌが笑ってくれて。僕は、君の笑顔を守りたいんだ。」
自分へ向けて微笑むノアに、ロザリーヌは胸がドキドキして、思わず目をそらしてしまう。
「坊っちゃん、これは特別扱いです…。以前も申しましたが、他の使用人と同じ態度で接してください!」
「ロザリーヌがそう言うと思ったから、みんなの分も買ってあるんだ。さすが、僕だろ?」
目の前に積まれたハンドクリームの山に、ロザリーヌは目をまるくし、それから吹き出した。
「さすが、ノア坊っちゃんです。」
「なぁ、ロザリーヌ。両親に搾取されなければ、このハンドクリームや、ケーキだって、君の欲しいものを自分のお金で自由に買うことができるんだ。」
「自由に…。それなら、私…。このハンドクリームのお礼に、坊っちゃんになにかプレゼントしたい…。」
「それは、楽しみだな。」
ロザリーヌは、両親と決別する覚悟をした。それを確認したノアは、ケッペル家へ使者を送った。
『ロザリーヌが失態を犯したため、その過失を償い切るまでロザリーヌの身柄はヴェッティン家が預かるものとする。弁償代金は給金から差し引かれ、これによりケッペル家への仕送りは差し止めとなる。また、ヴェッティン家預かりとなる期間はロザリーヌの面会、婚約及び結婚を禁ずる。これを破った際、ヴェッティン家は然るべき対応をとらせてもらう。』
ノアが、ロザリーヌのためにここまでしたのは、ケッペル夫妻が娘の嫁ぎ先を探していたからだった。その嫁ぎ先の候補というのが、年の離れた相手ばかりで、とても娘の幸せを願っているとは思えなかった。ノアは、本人へ伏せていたが、両親はロザリーヌを売ろうとしているのだ。
ノアを突き動かしたのは、"搾取し続ける両親から、ロザリーヌを救いたい"という思いだけではないことを、彼自身もまだ気づいていなかった。たとえ、両親が選んだ嫁ぎ先がいい相手だったとしても、ノアはその結婚話を白紙に戻しただろう。
このときすでに、ノアの中にはロザリーヌを独占したいという欲が芽生えていたのだ。
また、ロザリーヌの方にも、両親から解放してくれたノアへの好意が芽生えていた。




