#47 姿見に映った未来は…
フィリア視点で本編完結。
エスターとウィルバート様がハネムーンから帰って来たのは、私の誕生日の1週間前だった。
今は、うちの庭園でお茶をしているのだけれど…。
ラスが、『誕生日は家族水入らずで祝うから、帰って来なくてもよかったんだ。』なんて言ったせいで、エスターと言い合いになっているの。相変わらずのふたりに、それを見守る私。これが、私たちの日常なのよね。
「それにしても、予定よりも帰って来るのが早かったんじゃない??私の誕生日は、まだ1週間も先よ。」
「そういえばそうだな。リアの誕生日に帰って来るのはわかっていたけど、転移石も持ってるし、ギリギリまで満喫してくると思ってたよ。」
私とラスが疑問に思っていると、エスターとウィルバート様は目を合わせ言葉を濁したわ。
「ええ。早く帰って来たのには理由があるんだけど、それはあとで話すわね。」
「ところで。ジルベスターは、僕たちの結婚式の記事を新聞とゴシップ誌、両方へ載せていたのですね。ゴシップ誌の方は、想像よりページ数が多いな…。」
「王弟殿下の息子の結婚ですもの、新聞に載せない方が不自然ですわ。ゴシップ誌の方は、ときには身を削ってネタを提供し、売り上げに貢献しないとね。」
エスターとウィルバート様の結婚記事が載っている新聞とゴシップ誌はどちらも、ジルベスターさんが書いたのよ。ハネムーンへ出発した日の新聞には、結婚を伝える簡潔な記事と、ふたりの顔写真が載っている。ゴシップ誌の方は、式と披露宴の様子が詳しく書かれていて、特に、『氷城の結婚式』の大きな見出しと、氷のチャペルの写真が目を引くわ。ジルベスターさんはね、ノア様との話し合いが終わった私たちと入れ違うように、転移魔法陣を使って、チャペルの写真を撮影しに行ったの。
記事には、会場の場所が、式はヴェルナー辺境伯領で、披露宴はアンダーソン伯爵領だったこと、それらが同日に行われたと書かれているから、王都では移動手段についての憶測が飛び交っているらしいの。
ジルベスターさんが発行しているゴシップ誌・《シリウス》には、本当の話だけが載っているから信頼性は新聞と同じなのよ。それでも、新聞とゴシップ誌の発行元が同じだと気づいている人はいないと思うわ。
「スカーレット様からの手紙に、チャペルと披露宴会場の移動について、会う人会う人に聞かれたと書いてあったわ。」
「あら。ラザラスが褒美として、転移魔法陣を写す許可を得た話は広まってないのかしら??」
「知ってたとしても、まさかこんな短期間で実用できるなんて、誰も思わないだろう。許可してくださった陛下であってもな。確か。陛下は、イーサンとネイサンの転移魔法陣をご覧になったんだよな??」
「そうよ。あんたとリアが泣いてる間にね。」
「そんな話、わざわざ蒸し返すなよ。」
(もう…。また、はじまったわ。)
ノア様とロザリーヌさんは、未来のラスと私の境遇に似ているの。ノア様の話を聞いていたら、自分たちのことみたいに思えて涙があふれたのよ。
「ノア様とロザリーヌさんは、誕生日が同じだったのですって。ノア様の方がふたつ年下で、ロザリーヌさんは私たちと同い年。生きていれば、先月21歳になっていたのよ。」
「ノア様が、ロザリーヌ嬢の名前を何度も呼びながら泣き叫ぶ姿は、姿見で見た未来の俺の姿そのものだった。今の俺は、こうしてリアとの別れを回避することができたけど、ノア様はロザリーヌ嬢のいない世界を生きていかなければいけないんだ。」
氷のチャペルで行われた話し合いで、リッキーがご自分の息子だと知ったノア様は、子どもを引き取りたいとおっしゃったの。でも伯爵様は、それをきっぱりと断っていたわ。
『母親からあの子を託された者として、私は、あの子を守るお力がない今のノア様に、パトリックを引き渡すことはできかねます。"この子を守って。"それが、彼女の最期の言葉でしたから。』
声を上げて泣いているノア様の口を、リッキーが、『うるちゃい!』と言って手で塞いだとき、一瞬、静寂に包まれた。けどね。ノア様は、リッキーのネックレスに気づくと、また泣き出してしまったの。ネックレスがおそろいだと気づいたリッキーが、『おんなじ!!』と笑う姿に、私の目からも止めどなく涙があふれた。
ロザリーヌさんとリッキーを想って泣きじゃくるノア様は、ケイトに支えられながら、転移石を使いアルベルティン公爵邸へと戻られた。
「ケイトの話だと、次男と奥様は幼馴染なんだそうよ。政略結婚ではあるけれど、ロザリーヌ嬢のことを乗り越えて、奥様と幸せになってくれるといいわね。」
「エミリオの存在があったのに、リアの死を受け入れられなかった俺には、ノア様に、ロザリーヌ嬢の死を乗り越えろなんて言えない…。」
ラスの言葉に、みんな口を閉ざしてしまって、少しの沈黙が流れた。
「話は変わるのですが。先ほど、このゴシップ誌についてエスターは、身を削ってと言っていましたけど…。」
沈黙を破ったウィルバート様は、ゴシップ誌をパラパラとめくり、記事の内容を確認している。
「これ。実際に身を削られているのは、お義父様ですよね??エスターにとっては、ただの事業宣伝じゃないですか。」
ゴシップ誌には、エスターが着用したウエディングドレスや宝飾品の購入店の紹介。披露宴会場で振る舞われた料理。乱れ狂い咲いた、湖畔一面の花々。披露宴には、離縁したアンダーソン伯爵夫妻もそろって出席していたことや、国王陛下も参列し、王弟である辺境伯様との仲の良いお姿が見られたとか。その辺境伯様の隣に寄り添っていたのは、元アンダーソン伯爵夫人だったことなどが書かれているの。
「読者はね、こういう男女のもつれた関係が大好きなのよ。」
「シルヴィア様は、辺境伯様と仲睦まじい姿だったと書かれているから、まぁいいとして。独り身の伯爵には、ちょっと同情するよ。」
「お父様のことは、いいのよ!!」
エスターの突然の大声には慣れているものの、私とラスは顔を見合わせ、首を傾げたわ。伯爵様と、なにかあったのかしら??
『フィリアお嬢!』
イーサンさんと、ネイサンさんに呼ばれ振り返ると、ふたりは手探りでアイテムボックスの中のなにかを探していた。
『どっちのハネムーン土産がいい??』
「いや。ハネムーン土産って!?おまえたちのハネムーンじゃないだろ。」
「ふたりとも、ありがとう。お土産を買って来てくれたのね。」
お礼を言った私は、ふたりがアイテムボックスから取り出した"お土産"を見て絶叫したわ。ふたりからのお土産は、討伐した魔物だったのよ!!
「僕のワイバーンの方が、大きくてかっこよくていいですよね??」
「イーサンのワイバーンより、かわいくてたくさんいるホーンラビットの方がいいですよね??」
どちらがいいかと聞かれたから、一応イーサンさんのワイバーンと、ネイサンさんのホーンラビットを見比べてみたけれど…。すぐに目をそらしたわ。ワイバーンは大きくて怖いし、ホーンラビットは姿がかわいいから可哀想なんだもの。
「おまえたち。リアが怖がってるだろ!?はやくアイテムボックスにしまってくれよ。」
「ホーンラビットは怖くないよな。」
「リアはうさぎが好きだから、可哀想だと思ってるんだよ。ホーンラビットは角さえなければうさぎと変わらないからな。というか。おまえたちにだって兎の血が流れてるのに、よくそんな大量にホーンラビットを討伐できたな。」
『魔物に襲われたのは、僕たちの方!!』
「あはは。そうなんですよ。襲われているのはふたりの方なのに、防御魔法に攻撃が反転された魔物の方がバタバタとやられていったんです。」
「…ウィル様たちは、ハネムーンの旅行へ行って来たんですよね?」
もちろんラスは、エスターとウィルバート様がハネムーン旅行へ行ったことはわかっているのよ。だけど、確認せずにはいられなかったみたい。だって、そのあとにアイテムボックスから出てきたお土産というのが、きれいな色の鉱石や宝石の原石や、雨に濡れると透明になるスケルトンフラワー、乾燥させた葉や茎はお茶に、根茎は生薬になるイタドリだったから。
私も、これってハネムーンのお土産なのかしらと疑問に思っちゃったわ。
「未開の地の鉱山で、フィリアお嬢の瞳の色した石を見つけたんだ。」
「このスケルトンフラワーは秘境の山奥に咲いてた。花には保存魔法をかけたから、枯れずにずっとガラスみたいなままなんだ。」
「ありがとう。イーサンさんの石も、ネイサンさんのお花もきれいね。」
石やお花はきれいだし、痛みを取ると言われているイタドリも薬になるから(苦くて渋いから私は飲まないけれど)、これらのお土産自体は素直に嬉しいのよ。だけどやっぱり、ハネムーン旅行のお土産っぽくないわよね??
ラスも、首を傾げているわ。
「未開の地の鉱山に、秘境の山奥??」
そして。ラスは、もう一度同じ質問をしたの。
「…ウィル様たちは、ハネムーンの旅行へ行って来たんですよね??」
「これがお嬢たちのハネムーンなんだって言ってた。」
「そうそう。お嬢たちのハネムーンはおかしいんだ。」
「…ウィル様は、そんなハネムーン旅行でよかったんですか?」
「あはは。いいハネムーン旅行でしたよ?」
心配するラスに対して、ウィルバート様は、いいハネムーン旅行だったとおっしゃった。当事者が満足しているのなら、いいのよ。ハネムーン旅行は、ふたりのものだもの。
『僕たちも、ハネムーン楽しかったよな。な??』
「おまえたちのハネムーンじゃないだろ…。」
ハネムーン旅行は、ふたりのもの…。だけど今回は、4人のものだったみたいね…。
「珍しい魔石も手に入ったしな。しかも。自分たちの力で!!」
「それから。友達ができたよな。」
『魔道具…』
「あ"ぁっ!!ふたりとも!!」
ウィルバート様が大きな声で、イーサンさんとネイサンさんの言葉をかき消した。
『あ…。内緒だった…。』
「なんだか、3人ともあやしくないか?魔道具がどうかしたのか??そういえば、エスターがいないな。あいつ、どこ行った!?」
ラスに言われて、まわりを見回すと、エスターの姿が見えなかった。いつの間に、いなくなったのかしら??不思議に思っていた、そのとき。大きな悲鳴が━━。
「きゃー!!」
この悲鳴…。うちのメイドのものだわ。
悲鳴が聞こえた2階へ向かうと、メイドは私の部屋で悲鳴を上げたようで、部屋の前には他の使用人たちが集まり天井を見ていた。"それ"を見て、私も一瞬、部屋へ入るのをためらっちゃったわ。みんなの視線の先にあったのは、パーティー会場を飾るガーランドみたいに、等間隔に緩やかなカーブになっている紐。だけどその紐に飾られていたのはね、フラッグでも、お花でもなく、マンドレイクだったのよ!!
「うわっ!!なんだよこれ。」
天井から吊されたマンドレイクを見たラスは、エミリオを抱いているのも忘れ、驚いて大きな声を上げた。
「物音がしたので部屋を見たら、エスターお嬢様が脚立に乗って飾りつけ??をしていたんです。」
メイドは、天井からマンドレイクたちが吊されるのを目撃して悲鳴を上げたのね。そして。飾りつけの途中で人が集まって来たから、エスターは慌てて隠れたんだわ。部屋には、脚立と、まだ吊るされていないマンドレイクがそのままになっている。
「はぁ…、やっぱりな。どうせ、あいつの仕業だと思ったよ。それで。あいつ、どこに行ったんだ??」
「そこのドレスルームへ入って行かれました。」
こんな、サプライズをしたエスターにあきれながら、メイドが指差したドレスルームを開けた。中を見回し、エスターを探していたら、鏡に映った自分と目が合い、私は思わず悲鳴を上げたわ。
だって。そこには、あの姿見があったから…。
足の力が抜け、床に座り込むと、姿見の陰からエスターがひょっこりと顔を覗かせた。
「ふふふっ。ねぇ、リア。びっくりした??」
いたずらっぽく笑うエスターに、我に返った私は、改めて姿見を確認したわ。
「リア、大丈夫か!?うわっ。なんであの姿見がここにあるんだよ!?…ん??この姿見、ものすごく似てるけど、あの姿見じゃないのか。」
「どう?あの姿見にそっくりでしょう??探すの大変だったんだからね。」
「おまえは、ハネムーン旅行でなにしてるんだよ!鉱山で採掘したり、山奥で魔物狩りしたり、あの姿見そっくりの鏡を探したり!!」
エスターのサプライズは、吊されたマンドレイクじゃなかったんだわ。あの姿見そっくりの、この鏡がメインだったのね。
「ウィル様も、こいつの暴走をちゃんと止めてくださいよ!?」
「申し訳ない…。」
「私は、エスターお嬢様のお申しつけ通り、フィリアお嬢様が先頭になってドレスルームへ入るよう誘導しただけですからね。」
「あなたって昔から、ホントに間が悪いわよね?まだ、マンドレイクガーランドの飾りつけの途中だったのに、急にドアを開けてきて悲鳴を上げるから、計画が狂っちゃったじゃないの!!」
「えぇっー!?私はただ、誰もいないはずのフィリアお嬢様のお部屋から物音が聞こえたので、確認しただけですよ。」
「はいはい。もう、わかったから。あなたは、仕事に戻ってちょうだい。」
エスターのいたずらに"加担した"メイドに、仕事に戻るよう声をかける。このメイドは、エスターがなにかしらのいたずらをすると予想していたはずなのよ。ふたりも長い付き合いだもの。わかった上で私をドレスルームへ誘導したこと、覚えておくからね。
「それでは、失礼します。それにしても、天井に吊されたマンドレイクなんて、フィリアお嬢様とラザラス様がハネムーンで訪れた魔道具屋みたいですね。」
メイドの言葉に、私もラスも"はっ"とした。
「まさか。あの魔道具屋へ行ったのか!?」
「ええ、そうよ。」
「おまえ。人には、ハネムーンで魔道具屋へ行くなんてってバカにしていたくせに!!それになんだよ、マンドレイクガーランドって!?」
このマンドレイクは、あの魔道具屋のマンドレイクなのね。つまり。これは、エスターの仕返しなんだわ。私がハネムーンのお土産で買ったマンドレイクを使って、エスターを驚かせたから。
「だって。イーサンとネイサンが、魔道具屋に行くって言い出したんだもの。あんた、そんな状態のふたりを止められる??」
「…止められるわけないだろ。それで。あの姿見は、まだあったのか?」
ラスが尋ねると、イーサンさんとネイサンさんが興奮気味に答えた。
「あったけど、行方不明になった!」
「この屋敷にあるかと思って探したけど、なかった!」
『あの姿見、どこに行ったんだろうな?な??』
「そういえば。おまえたち、お茶のはじめの方いなかったな。あのとき。姿見がないか、屋敷の中をさがしていたのか?」
『そう!お嬢が、合図出せって。』
「なかったら、首を横に振って。」
「あったら、縦に振れって。」
『で。なかったから、横に振った。』
「その合図を見て、エスターはいたずらを仕掛けに行ったんだな。だから。途中から姿が見えなかったのか。」
もう…。エスターってば、いたずらに力を入れ過ぎなのよ!!
「…ん?待てよ。姿見は、魔道具屋にあったけど行方不明になったって、どういう意味だ?しかもなんで、家の中を探してたんだよ??家にあるわけないだろ?」
「姿見はね、確かに魔道具屋にあったのよ。だけどね。なんと、目の前で消えちゃって、行方知れずなの。」
「話が要領を得ないな。さてはおまえ、勿体つけてるだろ?」
エスターが要領を得ない話し方をしているときってね、大抵がわざと焦らしているときなのよ。
「姿見は、イーサンとネイサンが触れたら消えてしまったんです。店主の推測では、姿見へ時間を逆行する術をかけた者の魔力に反応し、術が発動したのではないか?と…。つまりですね。未来のラス殿は、ふたりとともに姿見を過去へと送ったということです。」
ウィルバート様の話を聞いたラスは、イーサンさんとネイサンさんへ視線を向けた。
「ふたりが言うにはね、あの姿見からたくさんの人の魔力を感じたのですって。そうよね?」
『そう。数え切れないくらい、たくさん。男爵家のものが多かったけど。』
「時間の理に逆らう術には、大量の魔力が必要だったみたいね。たくさんの人たちが、リアのために力を分けてくれたのよ。」
「リアのためだけじゃないだろ。男爵家の人たちの魔力を多く感じたのなら、おまえのためでもあったはずだ。そうか…。みんなが、リアとエスターのために力を貸してくれたんだな…。」
「僕も、そう思います。」
「でも、ウィル様ったらね。そのたくさんの人たちの中に、自分の魔力が含まれていなかったから落ち込んじゃったのよ。あの未来では、私たちは出逢わなかったのだから仕方ないのに。」
エスターと私がいなくなった、あの未来では。私たちの運命を変えるために、たくさんの人たちが力を分けてくれたのね。
「しかも。あのふたりは、時空を越える術をかけた未来の自分たちの力に嫉妬しちゃって、馬車の中はどんよりした空気だったのよ!?私も、モヤモヤしていたしね。だって、ありえない未来が見えたのよっ!!」
エスターが、ありえない未来を見たと言うから、私とラスは体をこわばらせた。
「ふたりとも、そんなに身構えないでよ。私の見た未来では、リアもラザラスも、エミリオたちも元気だったから安心してちょうだい。」
「なんだよ、脅かすなよな。おまえが、ありえない未来なんて言うから、無駄に緊張したじゃないか。」
「私はね、ありえない未来を変える作戦会議をするために、旅行を切り上げて帰ってきたのよ。これは、由々しき事態なのよ!!」
この会議ごっこ、久し振りね。
「未来ではね。パトリックも、ルーカス様のところの子どもたちも、お母様の双子も、うちの子たちも、みんな元気に走りまわっていたわ。」
「今、シルヴィア様のお腹にいるのは、双子なのか?まさか。おまえのところも??」
「うちの子たちは、双子じゃないわ。でもね。3人もいた上に、私のお腹が大きかったのよ…。それなのに。辺境伯様とお母様に双子の面倒を押しつけられて、リアに泣きついていたわ。」
「ぶっ!!はははっ。さすが、兎の血。ものすごい繁殖力だな。」
「あんた、なに笑ってるのよ!?言っとくけど、ウィル様の狼の血だって影響してるんだからね。」
いつもならここで、ラスを叩いちゃうところだけど、エスターは手をあげなかったわ。ラスの腕の中には、エミリオがいたからね。
「いや、だって。子どもなんて産まないって言っていたおまえが、お腹の子を合わせて4人の母親になっていたんだろ?しかも。その先も、さらに増えるかもしれないしな。それか。未来で見たお腹の子が、双子って可能性もあるよな?」
「やめてよ!変なフラグ立てないで!!」
エスターの見た未来では、彼女は子どもに囲まれていたみたい。ずっと、子どもなんていらないと頑なだったエスターを、ウィルバート様が変えたのね。
「それで?いったいなにが問題なんだよ??」
「あのね。未来で見たパトリックは、魔道具を発動させずに、赤い髪のままだったわ。きっと。髪色を変える魔道具が広まって、赤い髪が珍しくなくなったのよ。それでその、パトリックがね…。悪い虫が近寄らないようにリアを守っていた、昔のラザラスみたいになっていたのよ。」
「別にいいじゃないか。リッキーに好きな子ができるってことだろ?」
わぁ。数年後のリッキーには、好きな子がいるのね。相手は、どんな子かしら??リッキーの想い人を想像していたら、エスターがものすごく大きなため息をついた。
「その、好きな子が問題なのよ!!だって。その子の両親は、お父様とメアリーなんだから!!」
そう叫ぶと、エスターは頭を抱えて天を仰いだ。
「そうか。伯爵とメアリーがなぁ。現時点では、まったくそんな雰囲気に見えないけど。これから、ふたりの間になにが起こるんだろうな。」
「あんた、なにのんきなこと言ってるのよ。メアリーは16なのよ!?なにも、あんな冴えない、笑わない、しゃべらないおじさんじゃなくても、世の中にはもっといい人がいるんだからね。私が、うちの結婚相談所で、メアリーを幸せにしてくれる人を見つけてあげるわ。」
「そうだな。世の中には、もっといい人がいるかもしれないな。だけど。相手を決めるのは、メアリーだろ?」
「お父様が、手篭めにしたに決まってるわ。メアリーは使用人だもの。主である伯爵の言うことに逆らえなかったのよ。」
「おまえは相変わらず、父親と母親に関しては冷静に考えられないんだな。他のことなら、決めつけずに裏を取るだろ?なんのために情報屋を雇ってるんだよ。」
普段のエスターなら、行動を起こす際、情報を集めて証拠を掴むのだけれど、ご両親に対しては感情が先走ってしまうのよ。
「ウィル様は、どう思いますか?」
「僕も、決めるのは、お義父様とメアリーだと思いますよ。」
エスターは助けを求めるように、私の方へ視線を送ってきたけれど、私は目をそらしたわ。そして誰も味方になってくれないと気づいて、イーサンさんとネイサンさんへ問いかけたの。
「あんたたちは、うちのお父様がメアリーに手を出すのを一緒に阻止してくれるわよね??」
『伯爵様とメアリー??』
ふたりは顔を見合わせると、笑い出した。
『メアリー、玉の輿だな。な??』
「なら。メアリー伯爵夫人か??」
「メアリー伯爵夫人!?ウケる。」
「妹が、年の離れたおじさんに嫁ぐのに、なに笑ってるのよ!?」
ふたりは顔を見合わせると、首を傾げた。
『年の離れた??』
「お嬢なんて、もっと年の離れたおじいさんと結婚しようとしていたよな。」
「そうだ、そうだ。お嬢の理想の相手なんて、年の差が40も50もある人ばっかりだったよな。」
『お嬢。自分のこと、棚に上げ過ぎ。』
「なんだか。ものすっごく、腹立つわね。」
エスターは、イーサンさんとネイサンさんに腹を立てていたけれど、指摘された内容が的を得ていたから、複雑そうな顔をしているわ。
「まさか、気づいてないのか?おまえが今、メアリーのために発した言葉は、俺たちがおまえに言い続けてきた言葉と同じだってこと。俺とリアも、おまえが選んだ候補者よりいい相手がいるって、言っただろ?」
エスターは昔から、形だけの白い結婚を望んでいたけれど、私もラスも、彼女には愛のある結婚をしてもらいたかったの。だけど。私たちの思いを押しつけたりはしなかったわ。だって。エスターの人生は、エスターのものだもの。
「だけど。私は、ウィル様と結婚したわ。」
「それは、結果論だろ。ウィル様と出逢ってなければ、老紳士の後妻になっていただろうな。それでも。俺とリアは、おまえの意思を尊重したはずだ。おまえの信条は、"自分の人生は自分で決める"だろ?なら、メアリーのことも見守ってやれよ。」
「そうですよ。パトリック君が、お義父様とメアリーの娘と結婚すれば、正真正銘アンダーソン家の一員になれますし、伯爵家の後継者問題も解決します。」
「それって、いいことづくしじゃないですか。だけど。実際に問題になるのは、年齢差なんかじゃなくて。障壁となるのは、伯爵と、メイドであるメアリーの身分の差だよな。」
「あぁ…。それなんだけど…。身分に関しては、問題ないのよ…。」
エスターは、両手で顔を覆いながら嘆いている。
「身分が問題にならないって、どういうことなんだ?」
「本人たちには、教えてなかったのだけれど。お祖父様の婚外子は、13人全員、男爵家の養子になっているの。私が助言したら、お祖父様とお祖母様も快諾してくださったのよ。だから。メアリーは、男爵家の令嬢なのよ。イーサンとネイサンだって、男爵令息なんだから。」
「僕たち、貴族だったのか?イーサン坊っちゃん??」
「そうらしいぞ?ネイサン坊っちゃん??」
『わははっ。坊っちゃんって!?』
自分たちが男爵家の養子になっていたことを知ったイーサンさんとネイサンさんは、お互いを坊っちゃんと呼び合うと、似合わないと言って、笑いながら床を転げ回っている。
「伯爵とメアリーの結婚には、なんの障壁もないじゃないか。おまえの行いのおかげでな。」
「もういいわよ。私ひとりで、未来を変えてみせるんだから!!」
ラスとウィルバート様が、伯爵様とメアリーの関係を認めたから、エスターは仲間を募るのを諦めたようだったわ。
そして。
場が落ち着いたところで、ラスはやっと異変に気づいたの。そう。さっきから、私が一言もしゃべっていないことにね。ラスは、床に座り込んだまま口を閉ざしている私の顔を覗き込んだ。
「…リア??」
普段から、ラスとエスターの会話を黙って聞いていることが多いけれど、今、私が沈黙しているのには理由があるのよ。
「ほら!おまえが、あの姿見にそっくりな鏡なんかで驚かせたから、リアが怒っただろ!?やり過ぎなんだよ!」
「えっ!?リア、怒っちゃった!?ごめんね。」
エスターは慌てて、謝ってきたわ。
「あっ、もしかして。私の見た未来にいた、エミリオの下の子って、すでに今、お腹の中にいるの?」
私がお腹を守るように、手を当てているのを見て、エスターが尋ねてきた。
「そうよ。だから、驚かさないでよね。お腹の子がびっくりしちゃうでしょ。それで。この子は男の子だった?それとも、女の子?」
「ふふふ。内緒よ。この子がどんな子かは、生まれてからのお楽しみにしましょうね??でも安心して。この子に似合うベビー用品は、私がそろえてあげるから。」
エスターは姿見に映った未来で、今、私のお腹の中にいる子が、走りまわる姿を見たそうよ。だけどね。エミリオのときは、生まれる前に名前も性別も容姿もわかっていたから、次の子は、楽しみは生まれるまでとっておくようにって、教えてくれないのよ。唇を尖らせる私を見て、エスターは笑っているわ。
「そうそう、聞いてよ。ウィル様ったらね。あの姿見が魔道具屋にあるってこと、前もって教えてくれなかったのよ。だから私もね、あの姿見を見たとき、ものすごく驚いちゃったわ。」
「それは…。もしかしたら売れてしまい、もうあの店にはないという可能性もあったので。」
「ホントは、私を驚かせたかったのでしょう?ウィル様も、サプライズ好きですもの。」
「確かに。私も、ウィルバート様に天秤を隠されて、驚かされたわ。」
「それは、僕も同じですよ。それで、勝手に手放すのは悪いと思ったのですが…。あの天秤は、姿見をなくしてしまった代わりに、店主へ返したんです。」
「別に構いませんよ。もとあったあのお店に戻ったのなら、リアとウィル様による天秤の応酬はおしまいですね。」
私とウィル様の間を行ったり来たりした天秤は、もとあった魔道具屋へ帰ったのね。
「そういえば。私とは、魔道具のランタンを押しつけ合ったり、贈り物の応酬をしていましたわね。」
「それは…。エスターの気を引きたかったからです。」
ウィルバート様は、照れながら笑っていた。
「思えば。ウィル様は、はじめから私たちに馴染んでいましたわよね。なんだかそのうち。ウィル様も、『ものすごく』って言い出しそうだわ。」
私たちの口癖が移ってしまったウィルバート様を思い浮かべて、私とラスは吹き出してしまう。
「あはは。口癖は移るからな。」
みんなで笑っていると、エミリオが姿見につかまり、立ち上がった。つかまり立ちをするエミリオを、温かい気持ちで見守っていると、エスターが問いかけてきた。
「ねぇ、リア。姿見にはなにが映ってる??」
姿見を見ると、鏡越しにラスと目が合い、私は彼の肩にもたれかかった。姿見には、つかまり立ちをしているエミリオ、寄り添う私とラスの姿が映っている。
私はお腹を撫でながら答えた。
「そうね。姿見には、私の大切な家族の、幸せそうな姿が映っているわ。」
次回から番外編に入ります。




