#46 ハネムーン旅行
氷のチャペルのステンドグラスから、朝日が差し込んでいる。まぶしくて寝返りを打つと、目の前にはウィル様の顔があり、ステンドグラスの光で照らされていた。その光に触れたくて、ウィル様の顔にそっと手を伸ばしたら、彼の目がパチっと開いて目が合ったの。ウィル様は優しく微笑んで朝の挨拶を口にした。
「おはようございます。エスター。」
「っ!?」
一晩中、名前を呼ばれたのに、『エスター』と呼ばれることにまだ慣れなくて、心臓がドキドキしちゃうの。
「おはようございます。ウィル"様"。」
初夜に呼び方を変えたウィル様へ対し、私はあえて呼び方を変えないことにしたわ。きっと今、呼び方を変えても、ウィル様は私ほどドキドキしないはずだから。
私はね、昨晩ドキドキさせられた以上に、やり返さないと気がすまないの!だって、思い描いていた初夜にはならなかったんですもの。
"一線を越えるだけ"と余裕ぶっていたのに、ウィル様の戦略(本人は戦略とは認めないけれど)にまんまとハマって、呼び方を変えられたくらいで理性を失くしちゃった私は、バーバラ仕込みの手管手練を活かす余裕なんて全然なくて、逆にイカされちゃったのよ。
いつか絶対、ウィル様のことも、名前を呼んだだけで理性を失くさせてみせるんだから。
「この光、まるで祝福のようですね。」
ウィル様が目を細めて、私たちを照らすステンドグラスの光に手をかざす。
「お嬢、いつまで寝てるつもりなんだ!?寝るなら馬車で寝たらいいのに!」
「そうだそうだ。寝るのは馬車でもできるんだ。だからはやく、起きた起きた!!ハネムーンに遅れる!?」
幸せいっぱいに包まれた朝は、双子の登場で台無しよ。
「初夜の翌日の朝は、ゆっくりするものなのよ!だいたい。ハネムーンに遅れるってなによ!?」
『9時過ぎたから、もう朝じゃない!!』
「自分たちがはやく出発したいだけでしょ!?魔道具をつくってるときは、朝も夜も関係ないくせに!」
このふたりが、私とウィル様よりハネムーンを心待ちにしているのを実感したわ。まるで、ピクニックへ行くのを待ち切れない子どもみたい。こうなったふたりを止めるのは労力がかかるから、おとなしく言うことを聞いてあげることにするわ。
「そこにある着替えを取ってくれる?」
ふたりが着替えを手伝ってくれるとは端から期待してなかったから、服を取ってもらい自分で着替えるつもりでいたの。そんな私の考えを見透かしたように、ふたりはニヤっと笑うと呪文を唱えた。次の瞬間。私とウィル様の着替えは終わっていたわ。
『見たか、お嬢!?僕たちポンコツじゃない。』
「あはは。あんたたち、ポンコツって呼ばれたこと気にしてたの?はいはい。一瞬で着替えられるなんて、すごいわね。」
得意気になるふたりを褒めてあげる。たまには、褒めてあげないとね。たぶん。この術のできた理由は、自分たちが着替えるのが面倒だったからだと思うけど。
私たちは転移石を使い辺境伯邸へ戻ると即、双子に急かされ馬車へ乗り込んだ。馬車には、軽食と寝具が用意されていて、ふたりの周到さに驚いちゃったわ。そこまでして、はやく出発したかったのね。それでも。はやく出発したからといって、ふたりのお目当ての場所へ行くのは、まだまだ先なのよ。
「ウィル様。出だしから、ごめんなさいね。やっぱり、このふたりと一緒だと先が思いやられますわ。」
『うわぁ。本人の前で言った!?』
「あんたたち、昨日犯した大失態を忘れたの!?」
ふたりは憶えがないようで、そろって首を傾げている。
「国王様の転移石に飛びついたことよ!」
『あぁ〜。』
まったく。『あぁ〜』じゃないわよ。
このふたりはね。宮廷魔導師のつくった転移石を目にしたらスイッチが入り、まわりが見えなくなっちゃって、不敬にも国王様へ触れてしまったのよ。ホント、信じられない…。しかも。宮廷魔導師のつくった転移石に対して意見するし。この術式だと、転移する際に魔力の消費がムダになるって…。国王陛下の所有物にケチをつけるなんて、ホントに、ホントに信じられない!
ナナリーなんて失神寸前になり、寿命が縮んだと言っていたわ。
そのあと。国王様の転移石を、魔力の消費を抑えた術式に変えて差し上げて事なきを得たのよ。
「ふたりが、術式や魔法陣の説明をすらすら話しているのを見て、男爵家のみなさんが驚いていましたね。まるで別人だと。」
「普段は会話するのを面倒がって、短い言葉ですませようとしますからね。魔道具づくりに専念したいときのふたりの会話なんて、短過ぎて暗号みたいですわよ。でもなぜか、リアは解読できるのよね。」
『心が通っているからだよな。な?』
「それは、勘違いよ。」
な?と顔を合わせるイーサンとネイサンに対して、冷めた目を向け強めに否定する。
「それと、あんたたち。国王様の前で、王宮の転移魔法陣の話をしないでよね。せっかくラザラスが、魔法陣を写す許可をもらったのに。うっかり口を滑らせでもしたら、じつは、それ以前に写していたことがバレちゃうじゃないの。」
国王様には、許可を得てから魔法陣を写したと思われているんだから。
「陛下はふたりの本質を見抜き、宮廷魔導師に推薦できないと嘆いていましたね。『なんでまた、才能のある者たちは、そろって忠誠心のない者ばかりなんだ』と。」
「私は、国王様が一瞬でも、このふたりを宮廷魔導師にと考えことに驚きましたわ。イーサンもネイサンも、宮廷魔導師になんてなれませんからね。ふたりには魔術の才能はあるけれど、人を導く素質は皆無だもの。」
国王様が、国のためにご自分のもとでその力を発揮して欲しいと切望する者たちは、みんな忠誠心がないのよ。魔術の才能のあるイーサンとネイサン。感染症の特効薬をつくったラザラス。情報と流行を操作する私しかりよ。
残念ながら私たちは全員、国王様よりリアのために働きたいのよね。
旅行中、行く先々で張り合う私とイーサンとネイサンを見て、ウィル様もそのことを実感していたわ。
私たちはお店を巡る度に、リアが1番喜ぶお土産を自分が選ぶのだと張り合ったり、リアの好きそうなものや場所を見つけては、報告し合ったりしているの。手芸用品店や刺繍工房に本屋、街中が花で埋め尽くされたフラワーカーペット。灯りが浮かべられた夜の空。それから、未開の地や秘境ではね、鉱山では、誰が1番リア好みの石や、リアの瞳の色に似た石を見つけられるか。森では、リアが長年求めている、良薬の素なのに苦くない薬草を見つけ出せるかを競い合っているわ。
このハネムーン旅行が2ヶ月な理由も、リアの誕生日に間に合うように帰るためなのよ。
「どこに行ってもみんな、フィリアさんのことを考えているのですね。エスターはともかく、あのふたりもここまでだとは思いませんでしたよ。」
「そうよ。"あの"ふたりもたいがいなのよ。」
そのふたりは今、魔物に追われている最中なの。
『お嬢〜!』
「あんたたちが湯水のように消費する魔石はね、魔物を倒すことで手に入るのよ。たまには自分たちの力で、魔石を手に入れてみなさいよ。」
『この鬼畜お嬢!!』
「あのふたりが自分にかけた防御魔法の威力を目の当たりにした今は、安心して見ていられますけど。最初に魔物に襲われたときは、肝が冷えましたよ。」
「ふたりの防御魔法は、攻撃を何倍にもして反転するのです。この防御魔法をかけてあるうちの魔道具店が襲撃されたときには、反転した衝撃に周辺のお店も巻き込んでしまいましたからね。」
私もね。最初は、ふたりが魔物にやられちゃうと思って焦ったのよ。だけど。防御魔法に攻撃がはね返されて、魔物の方が倒れたのを見て、ふたりの防御魔法で魔物を倒せることがわかったの。そこで私はウィル様の手を引いて崖の上へ移動し、ふたりが魔物に襲われているのを見物することにしたわ。
魔石の入手の大変さを、ふたりも身を持って体験するといいのよ。
でもまぁ。ふたりはなんにもしてないのに、魔物が勝手にやられちゃうんだけどね。
「これハネムーンじゃない!?」
「お嬢のハネムーンおかしい!?」
『こんな山奥、普通来ないっ!!』
「あら。あんたたちに、ハネムーンの知識なんてあったの?でもこれが、私とウィル様のハネムーンなのよ。」
『僕たちは、魔道具屋に行きたいんだよ〜!!!』
『だよ〜!!』
『だよ〜!』
魔物が生息する山奥に、イーサンとネイサンの叫び声が響き渡った。
私たちは今、とある魔道具屋へやって来ている。イーサンとネイサンがハネムーンへついて来るきっかけになったのが、この魔道具屋なのよ。
あれは。私とウィル様が、ハネムーンの旅行先を話し合っているときのこと…。
話の流れで、リアとラザラスがハネムーンでどこを旅したかという話になったの。それで私は、ふたりが魔道具屋を訪れたことを教えたわ。そしたら、ウィル様ったらね。『素直になるポーションが売られていた店ですよね。』って、ポーションを飲んだときの私の様子を思い出して、笑ったのよ!!口が勝手に動いて、本心をペラペラと話してしまったことをからかわれた私は、頬を膨らませてウィル様へ冷たい視線を送ったわ。そんな私を見てウィル様は、まるでエサをぶら下げるかのように、その魔道具屋の場所を知っていると言ってきたの。以前、ラザラスに所在地を聞いたのですって。私が、魔道具屋の話に食いついたら、たまたま話を聞いていたイーサンとネイサンがそれ以上に食いついてきたわ。
こうしてふたりは、この魔道具屋を目当てにハネムーンについて来たのよ。
魔道具屋へ足を踏み入れた私は、まず天井へ視線を向けた。リアが、マンドレイクが吊るされていて驚いたと言っていたからね。そこにはリアに聞いた通り、たくさんのマンドレイクが吊るされていたわ。ハネムーンのお土産として、リアからもらったマンドレイクのきょうだいかしら??お母様にダメにされたあのマンドレイクは、あのあと解毒薬の材料となったの。だから。この天井の顔を見ていると懐かしくもあるし、なんだか悲しい気持ちにもなってしまうわ。
見上げていた天井から、視線を店内に向けると、イーサンとネイサンが商品の説明を店主に求めていたわ。魔道具の用途、術式、材料、発動に必要な魔力量、耐久年数について、流暢に話している。興味のある話題には、話し上手になるふたりに、ウィル様は驚いているわよね?そう思い、彼の方へ目を向けたら、ウィル様は店の真ん中で立ち尽くしていたの。なにを見ているのか不思議に思い、そばに寄ってみると、そこに置いてあったは見覚えのある姿見だった。
(うそ…。この姿見って、まさか…。)
鏡に映った自分と目が合った瞬間、私の目に映ったのは━━━。
夢から覚めたように、気づいたら、私は魔道具屋にある姿見の前に戻ってきていた。
「エスター??」
ウィル様が、私の顔をのぞき込んでいる。その顔は、どこか幸せそうだったわ。
「ウィル様。この姿見って…。」
「はい。あの姿見ですよ。未来のラザラス殿は、この魔道具屋で姿見を見つけたそうです。そのため。エスターから姿見を隠す場所として、この店を選んだと言っていました。エスター。今回は、未来が見えましたか??」
「ええ、見えました。だけど…。あんな未来、私は認めませんわ!!もう一度、詳しく見せてちょうだい!?」
姿見をバンバン叩いていると、イーサンとネイサンが騒いでいる私の様子を見に来た。
「大丈夫か、お嬢!?高額な値段にご乱心か??」
「値段が高いからって、商品を叩いたらダメなんだぞ。魔道具は大事にしないとな。」
『な??』
「値段のことじゃないわよ!!この鏡に、ありえない未来が映ったの!」
『鏡??』
イーサンとネイサンが姿見に触れたら、姿見はパッて消えてしまったの。まるで、最初からここになかったみたいに…。
私たちが驚いていると、店主が見分をはじめた。
「どうやら。あらかじめかけられていた術が、発動したようじゃな。」
「あんたたちが、発動させたの!?」
『僕たちじゃない!!』
「でも。ふたりが触ったら消えたのよ??」
「確かに術はかけられていたけど、確認する間もなく消えてしまったんだ。」
「僕たちだって、もっとよく見たかった。あんな魔法陣見たことない!」
本人たちは発動させてないと言っているけれど、そのふたりは今、魔力切れを起こして座り込んでいる。
これって、ふたりが発動させたという証拠よね。つまり。勝手に、発動したということ??
「未来のラザラス殿が、どのように姿見を過去へ送ったのか、謎が解けましたね。」
「…まさか。あいつ、このふたりに頼んだの?」
「ラザラス殿は、自分と同じくフィリアさんに対して執着している、このふたりに協力を仰いだのでしょうね。なにより。術師としてのふたりの力は、宮廷魔導師をもしのぎますから。」
「未来のふたりは、時間の理に逆らう術を完成させたのね。そうね。このふたりも、リアのためなら、そのくらいするわ。」
「フィリアさんのためだけではないと思いますよ?」
そう言って、ウィル様は微笑んでいたわ。
「あぁ〜。魔力ごっそり持っていかれた。消えるならせめて、魔法陣を解読してからにしてもらいたかった。」
「あの鏡、どこに行ったんだ??なんだか、馴染みのある魔力をたくさん感じたけど。」
それぞれのアイテムボックスから取り出したポーションを飲みながら、ふたりが姿見について話している。
「ほぅほぅ。たくさんの魔力を感じたのならば、あの姿見にかけられた術を発動させるためには、大量の魔力が必要なのでしょうな。今回は、おふたりの魔力のみなので、そう遠い時間は越えられぬのでは??」
店主が、姿見が時間を越えてきた前提で話を進めていることに、私は少し驚いていた。時間を越えるなんて、普通は信じられないじゃない??
「少ない魔力で移動したのなら、元の場所へ戻ったのやもしれませんな。」
「元の場所というのは…。未来のこの店の、この場所か。それとも。フィリアさんの部屋でしょうか?」
「フィリアお嬢のところになかったら。何年もこの店に通ってたら、いつかまた、あの鏡を見れたりするんじゃないのか!?」
「ネイサン、頭いい!!なら。いつでも来れるように、転移石にこの店の座標を登録しよう!」
「これは、これは。思いがけず、常連客様ができたようじゃ。」
店主には申し訳ないけど、このふたりは商品を購入しないわよ?だって。魔道具なら、自分たちでつくっちゃうからね。常連の冷やかし客ってところね。
「それにしても。わしも毎日、鏡を覗いていたんじゃがなぁ。結局最後まで、わしの少ない魔力量では未来は見れんかったのぅ。」
「店主は、この店と魔道具を守るのに魔力使い過ぎだからな。店には、結界が何重にも張られてるもんな。」
「でもでも。店と魔道具を守りたいのは、わかるよな。僕たちもお嬢の店に防御魔法かけてるもんな。」
どうやら。この店主なら、ふたりが冷やかし客だとしても喜んでくれそうだわ。今も3人で、防御結界について盛り上がっているもの。
「そうだ、エスター。アイテムボックスから天秤を出してもらえますか。」
ウィル様は天秤を受け取ると、店主の前へ差し出した。
「あの姿見は、この天秤と交換したものだったはず。こちらの都合で姿見を紛失してしまったお詫びに、天秤を返すので、この件はなかったことにしてもらえないだろうか?」
「なんと。このような形で、天秤が、またここに戻って来るとはのぅ。巡り合わせとは、なんとも面白いものですな。」
リアたちが姿見と交換した天秤は、ウィル様が天秤を返したことで、この店に戻ったわ。天秤は、巡り巡って元の場所へ帰って来たのね。姿見の方は、行方知れずになったけれど…。
「おや!?この指輪は、魔道具ですかな??」
天秤を受け取った店主は、ウィル様の指輪が魔道具だと気づくと、モノクルをクイっとさせ、食い入るように観察しているわ。
店主のこの言動、なんだか誰かを彷彿とさせるわね…。
『これは、お嬢の指輪と通信できるんだ。』
ふたりは得意気になって、結婚指輪にかけた機能を説明し、それを店主が目を輝かせて聞いているの。
おもしろいことにね。この魔道具屋で、思いがけずイーサンとネイサンに友人ができたのよ。年はずいぶん離れているけど、友情に年の差なんて関係ないわ。
魔道具屋をあとにし、馬車が走り出してからしばらく経った頃。今。馬車の中は、ものすごくどんよりとした空気が漂っているわ。魔道具屋での出来事を各々思い返していたら、みんなそれぞれモヤモヤが止まらなくなってしまったの。
私はね、姿見に映った未来に納得できなくて、あんな未来は絶対に阻止しなければと悶々としているのよ。イーサンとネイサンは、時間を越える術に成功した未来の自分たちへ嫉妬しているわ。姿見にかけられた魔法陣を少しでも見ることができていれば、ヒントを得られたのにと嘆いている。そして、ウィル様はというと。ふたりが姿見から感じ取った魔力の中に、自分の魔力が含まれていなかったことにショックを受けているみたい。だけどそれは、仕方のないことじゃない?ウィル様だって自分で、あの未来では私たちは出逢うことさえなかったと、言っていたのに。いざ、その現実を突きつけられたら、私を救えなかった自責の念に駆られてしまったの。それでね。さっきからずっと、私にしがみついているのよ。
「ねぇ、ウィル様。別の世界線では、私たちは出逢えなかったけれど。今の私がこうしていられるのは、間違いなくウィル様が守ってくれたおかげですからね。」
なだめてみても、ウィル様はしがみついたまま離れなかったわ。そういえば。リアがエミリオを妊娠しているとき、ラザラスがこんなふうにべったりくっついていたわね。
「ウィル様も、私と同じ未来を見たのですよね?私は数年後も、元気にしていたでしょう??だから安心してください。私は、この先もあなたの隣にいますからね。」
ウィル様は、しがみついたまま私の顔を見上げるとコクンと頷いた。落ち着きを取り戻した彼の様子を見て、ホッとした私は、表情を引き締める。
「ただひとつ。どうしても変えなければいけない未来もありますけどね。」
姿見に映った未来を変える作戦会議をするため、馬車はリアの家へと向かっている。
こうして。私とウィル様のハネムーン旅行は終わりを迎えたの。
エスター視点はこの回まで。




