#45 変えられない結末
パトリックの父親のそばには、ケイトの姿があった。公爵邸へ転移し、彼を連れて来たのね。パトリックに釘づけになっている彼は、まるでひとりだけ時間が止まっているようだった。
「お父様が、彼をこの場に呼ぶよう、ケイトに指示したのですか?」
「人が大勢集まっているこのような場の方が、王都で密会するより案外目立たぬからな。」
そうね。今、この湖畔にはたくさんの人が集まっていて、貴族も平民も入り混じっているものね。
「この子の魔道具、返し忘れていたわ。」
お母様が持っている髪色を変える魔道具を、ラザラスが受け取り、パトリックへつけようとしたらね。あいつ、パトリックに逃げられたのよ。見かねたリアが、エミリオをラザラスへ預け、魔道具を手に取った。リアに呼ばれたパトリックは、喜んで駆け寄って来たわ。この子、完全に人を見てるわね。それからパトリックは、おとなしく魔道具をつけさせていたのだけれど、リアの魔力操作がね…。
「なんでかしら??リッキーの髪が、私と同じホワイトブロンドになっちゃったわ。」
「流し込む魔力の量が多かったのではない?貸してちょうだい。」
魔力操作が大雑把なリアに代わり、魔力の加減が壊滅的なお母様が魔道具を発動させた。そしたら今度は、お母様と同じ銀髪になっちゃったわ。そのあとも、リアとお母様が代わる代わる魔力を注ぐと、パトリックの髪色が黒、ピンク、紫、オレンジ、緑、ミントグリーンなどいろいろな色に変わるから、みんな大きな声で笑っていたわ。もちろん、パトリックもね。
その髪色が変わる様子を見ていたら、ピンときたわ。
「エスター嬢。この魔道具売れそうですね??」
「ウィル様もそう思いますか!?私も今、ピンときたんです。」
「この魔道具が広まったら、パトリック君の髪色なんて誰も気にしないでしょうね。それに。フィリアさんとお義母様のおかげで、彼本来の髪色をうやむやにできましたよ。」
私。魔道具が売れそうとは思ったけど、パトリックのことは考えてなかったわ…。
「すまないが、遊んでる時間はないんだ。」
痺れを切らしたお父様が、魔道具を発動させ、髪色を自分と同じ茶髪に変えた。うん。一気にどこにでもいる、普通の子どもに変わったわ。お父様がパトリックを連れて行こうとしたら、また逃げ出したの。人がたくさんいるから興奮しているのね。この、たくさんの人の中に、あなたの父親がいるのよ…。
「エスターちゃん。チャペルの転移魔法陣は、まだ氷の城と繋がっているのかしら?話し合いをするのに、うってつけの場所だと思うの。それに。伯爵様、氷の城をご覧になりたそうにしていらしたわよ。」
スカーレット様の提案で、お父様とパトリック、リア、ラザラス、エミリオ、ケイト。それから、パトリックの父親が、人目を忍んで氷のチャペルへ移動した。こちらとあちらの転移魔法陣には、それぞれイーサンとネイサンに見守ってもらい、他の人が行き来しないように頼んだわ。これであの場所での会話を、誰かに聞かれる心配はないわね。
ホントは、私も一緒に行って話を聞きたかったのよ。パトリックの両親の関係は調べてもわからないままで、気になっていたんだもの。だけど。ウィル様に、会場にいるように釘を刺されたわ。それは、当然よね。私とウィル様の結婚を祝うために、この湖畔にこれだけの人たちが集まってくれたのだから。私とウィル様は、改めて会場にいる人たちへ挨拶をしてまわった。
「まさか、商人たちがロータスルートに興味を持つだなんて想定外でしたわ。」
会場には、増殖したロータスルートを大量消費するために様々なロータスルート料理が振る舞われている。それを食べた商人たちが絶賛し、仕入れたいとの申し出があったのよ。
「先ほどご挨拶した商人の方は、髪色を変える魔道具にも興味を持っていましたね。ところで。あの方も、エスター嬢が後妻を狙っていた候補のおひとりですか?」
「あら、あの方の奥様は健在ですわよ。」
「お嬢様が狙っていたのは、あの商人のお父上で、御年70歳になる大旦那様の方ですよ。」
「御年70歳…。」
ウィル様とハンスが遠い目をしているわ。いったい、どこを見ているのかしら??
「結婚式の入場の際ルーカス様がおっしゃっていた、お嬢様の隣にいるのがウィルバート様でよかったというお言葉には、ミアとともに大きく頷き同意しましたよ。」
「確かに。ハンスとミアは、入場のときにはすでに泣いていたわね。」
ハンスとミアも耳がいいから、入場の際にルーカス様が言っていた言葉が聞こえていたのね。
「それより、ハンス。あなたの奥さんと子どもが、ナナリーと一緒にいるわね。元恋人と奥さんが並んでいるなんて、複雑じゃない??」
「ああ、本当ですね。あはは。ナナリーが、まだ幼いうちの子に、イーサンたちのようになったら駄目だと言ってますよ。わかるわけないのに。」
「ナナリーというのは、イーサンとネイサンとメアリーの母親ですよね??ハンスとイーサンたちは異母兄弟…。つまり。ハンスにとって、ナナリーは義母?」
ウィル様が、ハンスとナナリーの関係に困惑するのもムリないわ。
「複雑な関係ですわよね?でも。年は3つしか違わないんですのよ。別れた理由は、自分たちの関係が恋人ではなく使用人仲間であることに気づいたからと言っていましたわ。」
ふたりが恋人関係にあった間も、ナナリーはお祖父様の血の暴走を鎮める役目を担っていた。それをお互いに、当然だと思っていたの。
「ハンスは、ナナリーがお祖父様のお相手をしても嫉妬しなかったのよね?」
「嫉妬などするわけがありません。旦那様をお救いするための大事なお役目なのですから。」
「少しくらい嫉妬していたら、あなたたちの関係も違ったのかもしれないわね…。なんて、今さらよね。」
男爵家の使用人たちはね、みんな同じ思想なのよ。自分たちよりも、お祖父様とお祖母様、男爵家のためになることを最優先させるの。
「私はね、自分でも驚いているんだけど、どうやら嫉妬深かったみたい。だって。ウィル様が他の人と関係を持つなんて絶対に嫌だもの!!」
「そんなの、僕だって同じ気持ちですよ。」
「ちょっと、おふたりとも!!披露宴の最中に、なんて会話をしてるんですか!?ほら、みんなも気になってこちらを見てますよ!?」
「みんな、ホントに耳がいいわよね。私の聴力なんてちっぽけだわ。」
「またそうやって、フィリア様のマネをなさる。ラザラス様がここにいらしたら、言い合いになっていたでしょうね。だいたい、フィリア様の力もちっぽけではないですからね。この湖から水をあふれさせたあの光景、昨日のことのように覚えてますよ。」
「でもね、ハンス。リアはホントに、自分の力はちっぽけだと思い込んでいたのよ。水を出すことしかできないって。」
昨日。ヴェルナー領の湖で、リアは自分自身のことが嫌いだったと打ち明けてくれた。私に、貴族も平民も関係ないと言って、出自のしがらみから解放してくれたのはリアなのに。そのリアは、ずっと自分を否定して生きていたの。
「エスターよ。ここの領地でも、ロータスルートの包み焼きが食べられているのだな。」
「飽きずに消費するために、調理法をいろいろ工夫していたのですが、感染症が流行していた間は包み焼きが重宝したらしいですわ。包んで暖炉に入れておくだけで、簡単に食べられるので。」
辺境伯様が、料理を食べて疑問に思ったことを、またわざわざ確認しにやって来たわ。さっきは、かき氷で、今度は包み焼き。
「確かに。様々な料理があり、そのどれもが味と食感が違ったな。」
「食感は収穫時期で違いますし、切る向きや、薄さや厚さ、すりつぶすことによりシャキシャキ、ほくほく、もちもちと変わるのです。それから。煮たり、焼いたり、揚げたり、炒めたり、調理法によっても違いますわ。」
「だが。同じ調理法だというのに、ここのロータスルートの包み焼きは、我が領地のものとは別物なんだが?うちの包み焼きは、このように甘みがありほくほくとした食感にはならぬぞ。」
ウィル様は食にこだわりがないのに、辺境伯様は食通なのね。調理法の違いという、ごまかしが効かない…。
「この湖のロータスは、もとはヴェルナー領産なのですが、不思議なことに、包み焼きや、石焼きで丸焼きするとまるで別の食物になるんですの。今ではもう、ヴェルナー領のものとは、花の部分も地下茎部も似て非なるものですわ。」
「それとな。ここのロータスルートから、リア嬢の魔力を感じるのだが??」
「もしかしたら。リアが、収穫を手伝ってくれた際に魔力が移ってしまったのかもしれませんわね。」
取り繕った笑みを浮かべ、そう答えたわ。辺境伯様に、この湖の秘密を知られないよう、別の答えを示したの。
そのあと。辺境伯様の耳に会話が届かない距離まで離れるため、湖上のガゼボへ移動した。
「辺境伯様は他人の魔力に敏感なのですね?そのうち、『この湖から、リア嬢の魔力を感じる』なんて言い出しそうだわ…。」
「エスター嬢。お義父様と同じ言動になってますよ。」
この湖には、リアの生成した水が含まれている。その秘密が、辺境伯様にバレてしまうんじゃないかと不安になり、湖を覗き込んでいたらウィル様に笑われたわ。私の言動が、お父様に似ているのですって。
「辺境伯様は湖畔を散策しながら、湖や花からリアの魔力を感知するはずよ。湖の水で育った湖畔の花にもリアの魔力は宿っているもの。」
「父は、フィリアさんの魔力だけを感知しているわけではありませんよ?今は、ガーデンピックが気になるようです。ピックには、花を咲かせるため保温効果を付与した魔石がつけられているので、イーサンとネイサンの魔力を感じるのでしょう。」
「ウィル様。ここから、辺境伯様の様子が見えるのですか?ということは。辺境伯様からも、私たちの様子が見えているってことですわよね?」
湖畔には、季節外の花を咲かせるため、至るところに魔石のついたガーデンピックが挿してあるの。だけど。離れた場所にいる辺境伯様がガーデンピックを見ているなんて、私の目では確認できないわ。
「こちらを気にしてないので大丈夫ですよ。父とお義母様は、ふたりの世界に行ってますから。」
「新郎新婦の私たちより蜜月って、どういうことかしらね。」
「僕たちも、負けずに仲良くしましょうか?」
そう言って、ウィル様は私にもたれかかってきた。
「ふふっ。そうですわね。」
私もウィル様へ寄り添い、湖畔を眺めた。
「あっ。父が、花に興味を持ったようです。」
「あぁ、やっぱり…。」
「花からダグラスの魔力を感知したのか、花の手入れをしている彼に絡みはじめましたね。」
この湖畔の花は、ダグラスが育てているから、彼の魔力を感じるのは当然よ。
「どうやら。ダグラスは、お義母様に対して萎縮しているようです。」
「自分が異母兄だと知られてから、お母様と顔を合わせるのは、はじめてですからね。」
男爵家の外で生まれ育ったダグラスは、私が庭師として引き抜くまで、自分が男爵家の婚外子だということを知らなかったの。うちの庭師になってからも、アンダーソン伯爵夫人が自分の義妹だという実感はなかったみたいだったわ。
「それより。ダグラスもメアリーも、今日はゲストなのにどうして仕事してるのよ!?伯爵家が、過重労働を強いてるみたいじゃない!?」
「あのふたりは、仕事中毒なのでしょうね。手を動かしていないと落ち着かないようですから。だけど。エスター嬢も、他人のことは言えないのでは??」
「あら。私は、休むときはちゃんと休んでますわよ。今回のハネムーンでは、2ヶ月も休みますもの。それに。根を詰めて仕事をするのは、リアと遊ぶ時間をつくるためですからね。」
「ハネムーンでも仕事してそうですけどね??」
確かに。うちの事業のためになりそうなものを見つけたら食いついちゃいそうだから、言い返せないわ。
「あっ!ルーク殿が、ミモザに捕まって治療をせがまれています。」
ウィル様の視線の先には、ルーカス様へと続く長い行列ができていた。その先頭にいるのが、ミモザばあさんなのよ。
「まさか。あの行列って、診察待ちの列?ウィル様。お父さんを助けに行きますわよ!?」
「またルーク殿に叱られますよ?父親役はもう終わりだと言ってましたからね。」
ウィル様にドレスの裾を持ってもらい、ルーカス様のもとへ急いだ。
「ちょっと、ミモザばあさん!?人の披露宴で勝手になにしてるのよ。言っておくけど。このルーカス様はね、王都で名のあるお医者様なの。タダで治療してもらおうなんて、もってのほかなんだから!」
「おぅ、いやだいやだ。結婚式だってのに、金の話なんてしてさ。まったく、なんてがめつい花嫁さまなんだろうね。」
「がめつくて結構よ。いい?ここで治療費をもらわなければ、タダで診察してもらいたい患者がルーカス様のもとへ殺到してしまうのよ。"結婚式だから"と言い訳したら、結婚式の招待状が大量に届くでしょうね。今。この場で、どうしても診察してもらいたい人は、診察代を払ってちょうだい。」
「ヤブ医者様なら治療費を払わなくとも治してくれたのにねぇ。」
「話はラスから聞いていたが…。本当にヤブ医者って呼ばれてるんだな。」
ルーカス様は、何度もうちの領地に来ているけれど、ミモザばあさんに会ったことはなかったのよね。
「ヤブ医者呼ばわりされているうちの弟は、今回の感染症の特効薬をつくった功績を、国王陛下から賞賛されるほど優秀なんだけどな。一応…、褒美の品もいただいていたし。」
ラザラスが望んだ褒美の品は、王宮にある転移魔法陣を写すことよ。すでに写し終えたあとなんだけど。あいつは、宮廷魔導師の知識と技術を盗んだことと変わらないと言って、後々、使用権の問題で揉めないために対策を打ったのよ。言い出したのは私だけど、魔法陣を写しとったのはリアだからね。
「国王陛下から褒められたのかい!?ヤブ医者様は、偉大なヤブ医者様だったんだねぇ。」
「偉大なヤブ医者って、偉大なのか、ヤブなのか、どっちなんだよ!?」
「おやまぁ。ヤブ医者様にそっくりだねぇ。」
「似てるとは言われるけど、ラスの方が俺に似てるんだからな!?」
ルーカス様…。すっかり、ミモザばあさんのペースにはまっちゃったわね。ミモザばあさんにとって、ヤブ医者は、ラザラスのあだ名なのよ。
「噂をしていたら、国王陛下がいらっしゃいましたよ。」
「えぇっ!?リアってば、国王様まで招待したの??いえ、確かに。ウィル様にとっては、伯父なのだけれど…。」
リアが準備したこのガーデンパーティーは、うちの事業の宣伝も兼ねた事業拡大の場になっているのよ。うちの商品を贔屓にしている人たちや、提携関係にある商人たちが招待されているし。料理が盛られている皿や、グラスは新製品の食器が使われているわ。時季ではないかき氷が振る舞われているのも、夏に向けての投資よ。湖畔は魔石のついたガーデンピックのおかげで暖かいから、かき氷を食べても寒くないしね。それに実際。ロータスルートの販売先が決まったもの。そして。ウエディングドレスを着た私が、ミアのドレスとコリンナの宝飾品をアピールしているのよ。
私なら、この披露宴でこうするってことを、リアもうちの使用人たちもよくわかってるって感激していたのよ。だけど…。国王様まで招待しているなんて。
「まさか…。招待されていないのに、いらしたということはないですわよね??」
「あはは。エスター嬢。本当に、お義父様の思考に似てきましたね。」
辺境伯様と国王様と接しているうちに、お父様の嘆く気持ちが理解できたわ。
「でも陛下は、僕たちの位置を確認した上で、父のもとへ行かれましたね。」
「新郎新婦を差し置いて弟のもとへ行くということは、結婚のお祝いにいらしたのではないのかしら?疎遠になっていたのが嘘みたいに仲がよろしいですわね。」
「疎遠になったのは、仲が良過ぎるためですからね。先王様がお亡くなりになってからも、陛下は転移魔法陣を使って頻繁に家へいらっしゃっていました。ある日。側近の方々から職務が滞って困ると相談された父は、家の転移魔法陣を消したのです。」
その様子は簡単に想像できるわね。だって。今まさに、ご兄弟で戯れているもの。それに。辺境伯邸側の転移魔法陣が消されていても、王宮側の魔法陣は今も残されたままだったわ。国王様は、繋がりを消したくなかったのでしょうね。
「この距離で人の判別がつくなんて、ウィル君は目がいいんだな。ハンスは見え過ぎるせいで、よく頭痛を起こしているけど、ウィル君は平気なのか?」
「ハンスは目がいいのですか?でも。眼鏡をかけていますよね??」
「ハンスの眼鏡は伊達なんですの。目が見え過ぎてつらいのですって。耳も目もウィル様の方がいいはずですけど。ウィル様は、目が見え過ぎて疲れないのですか?」
「確かに。王都くらい人がたくさんいると情報過多で、疲れますね。」
「私たち、お互いに王都の暮らしは合いませんわね。私も、王都の暑さはたえられませんもの。ここや、辺境伯領くらいがちょうどいい住みやすさですわよね。」
「昔は、『うちの領地にはなんにもない』って言っていたのにな。」
そう言って微笑んだルーカス様は、やっぱりお父さんみたいだったわ。
「パトリック君たちが戻って来ましたね。」
チャペルから、パトリックが元気に飛び出して来た。対象的に、リアとラザラスの足取りは重そうだわ。お父様は、国王様の姿を見つけて天を仰いでいる。
「ケイトと、次男の姿がないですわね。」
「次男って!?ノア様な。彼は、ずっと体調を崩していたため、結婚が先延ばしになっていたんだよ。俺も、何度か診察に伺ったけど、原因は心の方だったようだな。」
「彼にしてみれば、結婚の先延ばしは、むしろ都合がよかったのかもしれませんわね。その分、彼女を探し出す時間が稼げるもの。」
リアとラザラスのもとへ向かうと、ふたりの様子がおかしいことに気づいたわ。
「お父様!?ふたりの様子がおかしいのですが。向こうでなにがあったのですか?」
「どうやら。ふたりそろって、パトリックの両親に感情移入してしまったようだ。」
あぁ…。リアは、確か以前もパトリックの母親に共鳴してしまったのよね。今回は、ラザラスもパトリックの父親に共鳴してしまったのね。子どもを残して逝く母親の気持ちと、愛する人に先立たれ残された者の気持ちに。落ち着くまで、ふたりのことはそっとしておいてあげましょう。その間に、私はひと仕事するわ。
「お父様。ここは稼ぎ時ですわよ。国王様と辺境伯様へいい値で別荘を売るのです!!」
「ウエディングドレス姿で、金の話をするんじゃない。なにも結婚式まで仕事をすることないだろう。それも。商談相手は国王陛下とその弟君だぞ…。」
「相手の身分に臆していたら、足元を見られてしまいますわよ。相手が国王陛下であろうと胸を張って、ふっかけるのです!!」
渋るお父様を引き連れ、いざ商談へ。
湖が夕焼け色に染まり、少しすると湖畔に置かれたランタンに、いっせいに明かりが灯った。
私とウィル様は披露宴会場をあとにし、辺境伯邸へ戻って来た。初夜の準備をするためにね。入浴の際に、メイドからいつもより念入りに体を磨かれ、ナイトドレスを着せられた私は、鏡に映った自分の姿を見て、思わず吹き出しちゃったわ。だって。こんな薄い生地のドレス、着る意味ある?まぁ。このナイトドレス、うちの店の商品なのだけれど…。
ガウンを羽織り、寝室のドアを開けると、すでにウィル様がいたわ。
「私の初夜のイメージでは、待つのは花嫁の方でしたのに。待たせてしまいましたわね。」
「待ち切れなかったので、来ちゃいました。イーサンとネイサンも、もう呼んでありますよ。」
「ふふっ。なら、行きましょうか??」
私とウィル様は、氷のチャペルへと移動した。ここで初夜を迎えるために。イーサンとネイサンには、チャペルの転移魔法陣を解除してもらったわ。
『お嬢。寝坊したらダメだぞ!!』
ふたりは、ハネムーンの出発時間に遅れないよう念を押して、転移石を使い辺境伯邸へ戻って行った。あのふたりに注意されるのは、ものすごく不服だけど。これで。このチャペルにいるのは、私とウィル様のふたりだけ。
「ふたりきりですわね。」
「はい。聞こえるのは、僕たちふたりの音だけです。」
私たちは、この場所で結婚式を挙げ、この場所で初夜を迎えるの。初夜をこの氷のチャペルで過ごそうと決めたのは、ウィル様の耳に余計な音を入れないためよ。今夜は、お互いの声だけを聞いて過ごしたいから。
リアにもらったブーケをアイテムボックスから取り出すと、ナイトテーブルへ飾る。ブーケには、イーサンとネイサンに頼んで保存魔法をかけてもらったわ。
「このブーケに込められた意味は、わかりましたか?」
「いいえ。あとから自分で調べますわ。リアってば昔から、私やラザラスに意味を考えさせるのよね。でも。ウィル様は、ブーケに込められた意味を知っているのですね??」
「僕も、一緒に花を選びましたからね。」
ウィル様は、包み込むように私を抱き締めた。
このブーケには、ウィル様とリア、ふたりの想いが込められているのね。
「夜だからか、ベッドに横になっているからか、式を挙げたときと雰囲気が変わりましたね。」
ふたりでベッドに横になり、長かった一日を振り返る。挙式まで、ずいぶんと待たされたことや、披露宴会場を私にだけ秘密にされていたこと。披露宴会場のあちこちで使用されていたうちの店の品々を、ゲストのみなさんが気に入ってくれたこと。ウエディングドレスを見た令嬢たちから、自分のウエディングドレスもミアにつくってもらいたいと言ってもらえたこと。ジルベスターが、氷城の結婚式をゴシップ誌に掲載すると意気込んでいたこと。ダグラスのもとに、ブーケを求める人たちの列ができたこと。国王様と辺境伯様から、こちらのいい値で別荘を購入すると言質をとったこと!!
それから。この氷のチャペルで、パトリックの両親の関係が明らかになったの。落ち着いてから聞いた、リアの話ではね。メイドが亡くなっていたと知ったパトリックの父親は、号泣したそうよ。
「パトリックの両親は、愛し合っていたのですね。次男とメイドの関係が調べても掴めなかったのは、まわりに気づかれないよう、ふたりで秘密の恋を守ったから。」
「ノア殿とロザリーヌ嬢の結末は変えられない。そう、ラザラス殿が嘆いていました。ラザラス殿は、未来を変えようと必死でしたが、ノア殿には変えようがありませんからね。助けたい相手は、もうすでにいないので。」
「リアもラザラスも泣いたそうですね。しかも。大号泣する次男を、パトリックが黙らせたって言うから、『唇で??』と聞いたら、誰も笑ってくれませんでしたわ。」
「あれは、笑える雰囲気ではありませんでしたからね…。」
パトリックはね。『うるちゃい!!』と言って、泣きわめく彼の口を、手でビダっと叩いて塞いだのですって。もちろん。その相手が自分の父親だとは、知らずにね。
「ラザラス殿は、ロザリーヌ嬢を亡くし、落胆するノア殿の姿に、フィリアさんを亡くした未来の自分の姿を重ね。フィリアさんもまた、パトリック君を残して逝ったロザリーヌ嬢に、エミリオ君を残して逝った未来の自分の姿を重ねて、共鳴してしまったのでしょう。」
「例の未来では。ラザラスはリアに先立たれ、リアはエミリオを残して逝くのよね。だから。パトリックの両親の想いが、わかり過ぎたのね。」
お父様の話では。ロザリーヌ嬢は、パトリックの父親が筆頭公爵家の血筋の者であることは打ち明けたけれど、最期まで父親の名を明かさなかったそうよ。相手に対する想いもね。彼女が遺したものは、ネックレスとパトリックだけ。ネックレスは、ノア様とふたりで市井へ出かけた際、露店で買ったものらしいわ。その、おそろいのネックレスを大事に持っていたということが、ロザリーヌ嬢の気持ちを表しているのではないかしら。だけど。それはあくまで、憶測に過ぎないのよ。ロザリーヌ嬢が、どんな想いで公爵家を出てパトリックをひとりで育てると決意したのか、真意を知ることはできない。彼女に確かめることはできないのだから。
ノア様を公爵邸へ送り届け、披露宴会場へ戻って来たケイトは、リアとラザラスの涙の理由を、ふたりにも子どもがいるため感情移入したからだと察したようだった。
「私。秘密の恋の結末に同情はするけれど、感情移入まではしないのです。姿見で未来を見ていないからか。それとも単に、私が冷淡なだけなのかしら。」
「僕も未来を見ていませんけど、例の未来を想像してしまうんです。その未来の僕は、あなたの存在を知らずに生きていて、僕たちは出逢うことすらないのですよ。」
「ウィル様。私たちが生きているのは、今なんです。あったかもしれない未来に囚われず、"今"の私を見てください。」
「はい…。今の僕は、幸せです。あなたと出逢うことができて。あなたと結婚できて。あなたの夫になれて。こうして、あなたに触れることができる。」
「私も、あなたと結婚できて幸せですわ。」
ウィル様は、私に覆いかぶさり、ガウンを脱がせると、固まってしまった。あ…。このスケスケのナイトドレスのせいね。
「このナイトドレスは、うちの店の人気商品なんですけれど、実際に自分で着てみたら薄くてびっくりしましたわ。私なら、こんな薄い生地のドレスにお金を払おうとは思いませんもの。どうせ脱ぎますし、着る意味ないですわよね?」
「いいえ!確かに脱がせますけど!?着る意味はあると思います!!」
「そう…ですか。」
初夜だからといって、緊張はしてなかったのだけれど。まさかの力強い返事に、圧倒されちゃったわ。
私とウィル様は、まだ一線は越えてない。でも。お互いの体を何度も見ているし、唇も肌も重ねてきたわ。弱いところも知っている。
あとは。今夜、一線を越える"だけ"なのよ。
そんなふうに一線を越えることを簡単に考えていた私は、自分が浅はかだったと思い知ったわ…。
ウィル様に耳元で、『エスター』とささやかれたら、理性が飛んだの。顔は、鏡を見なくても赤くなっているのがわかる。心臓は、バクバクと大きく跳ね上がっているわ。
ただ。名前を呼ばれただけなのに!?
戸惑う私に構わず、ウィル様が何度も何度も私の名前を呼ぶから、顔も体も熱が帯びていく━━。
「待って…。発熱しちゃう…。」
「冷やしてあげるので、大丈夫ですよ。僕は、氷属性ですからね。」
そう言って、ウィル様は笑みを浮かべて私を見下ろした。このときの彼の笑顔を、私は一生忘れないわ…。
ノアとロザリーヌの話は、番外編・『秘めた恋の結末』で。




