#44 湖畔のガーデンパーティー
今。私とウィル様がいる場所は、リアとラザラスが結婚式を挙げたチャペルの中よ。転移魔法陣の座標は、ヴェルナー辺境伯邸から、アンダーソン伯爵領の湖畔にあるチャペルの中に書き換えられていたの。
「あぁっ!エスター来たのね!?」
「ちょっと、リア!?こんなサプライズ、いつの間に準備していたのよ。」
「ごめんね。今、説明している場合じゃないの。とりあえず、ウィルバート様と一緒に鐘を鳴らしてくれる??」
リアに急かされ、テラスへ出て鐘を鳴らすと、湖畔のあちこちから、歓声が聞こえてきたわ。どうやらこの鐘の音が、私とウィル様の到着と結婚の報告になったみたいね。
「エスター、こっちへ来て!伯爵様に絡まれているラスを助けてあげて。」
鐘の音の余韻に浸る間もなく、リアから助けを求められた。さっきからリアが慌てているのは、ラザラスがお父様に絡まれているせいなのね。
チャペルから出ると、私とウィル様を祝福するたくさんの声をいただいたわ。それらに笑顔で応えながら、お父様とラザラスのもとへ向かった。
「お父様!?いったいどうしたというのですか??」
ラザラスに詰め寄るお父様へ、理由を問う。
「私はな。これまでエスターと関わるのを避けてきたため、結婚式へ出る資格はないと思い、罰として式への出席を辞退したのだ。だが。彼女が、式へも披露宴にも出席しているのはなぜなんだ?彼女も、娘に向き合って来なかったのだから、罰を受けるべきではないかと言っているんだ。」
「俺だって、披露宴にも参加なさるとは思ってなかったんですよ。ここは、別れた夫の治める領地ですからね。でもすでに来てしまっているのに、今さら帰って欲しいなんて言えるわけないじゃないですか!?」
お父様とラザラスの視線の先には、ガーデンパーティーを満喫している辺境伯様とお母様の姿があった。おふたりは新郎の父親と新婦の母親だからもてなす側なのに、自分たちが楽しんでいるわ。確かに辺境伯様は、うちの領地の料理に興味があるとおっしゃっていたものね。お母様は、別れた夫の存在も、自身に仕えていた伯爵家の使用人のことも気にしてない様子。給仕する伯爵家の使用人たちの方は、辺境伯様の隣でにこにこと笑みを浮かべるお母様を見て、その変わりように戸惑っているわね。
「おふたりの来訪は、ラザラスのせいではありませんよね?それに。元妻へ罰を望むだなんて、お父様、器が小さ過ぎますわよ!?」
「だがな。私も彼女も娘を放置してきたのは同じだというのに、私にだけ罰を与えるのは不公平ではないか。」
「大袈裟に『罰』とおっしゃいますけど、結婚式に出られなかっただけですわよね。お父様にとっては、軽い罰ではないですか。これまで、誕生日だって一緒に祝ってきませんでしたもの。」
「誕生日を一緒に祝えなかったのは、お前が、誕生日はフィリア嬢と過ごすのだと言って、毎年毎年、ロックハート家で祝ってもらっていたからだろう!?」
「ほらな。だから俺は、誕生日は自分の家で過ごせって言ってきたじゃないか!?」
「違うでしょ!?あんたは、リアが自分より私に構うのが嫌だっただけでしょ!?」
「僕としては、おふたりの言い合いは見ていて楽しいのですが…。今日は、結婚式なので抑えてくださいね?それに。お義母様には、お願いという名の罰を与えていましたよね??」
私とラザラスが、結婚式の日でもいつもと変わらず言い合っていると、ウィル様が止めに入った。
「そうでしたわね。お母様にも罰を与えたましたわ!?氷のチャペルづくりに集中するために、イーサンとネイサンのお世話を頼んだのです。」
「そのふたりは、彼女の異母弟で、成人しているではないか。それは、罰になるのか?」
「それが、罰になるんですよ!俺も頼まれた経験があるんですけど、二度とごめんですね。あっ、その顔。伯爵、信じてませんね??じゃー、メアリーにも聞いてみてください。」
ラザラスは、給仕の手伝いをしているメアリーに声をかけた。
「なぁ、メアリー。イーサンとネイサンの世話を頼まれたら、引き受けてくれるか?」
メアリーは顔色を変え、私へ問いかけた。
「えっ!?エスターお嬢様。ハネムーンの間、兄たちのお世話をしてくれる人が見つからなかったのですか!?」
メアリーは、ラザラスの質問から、私とウィル様がハネムーン中に、イーサンとネイサンのお世話をしてくれる人を探していると深読みしたみたいね。
「あのふたりのことは、なんとかなったから心配しなくて大丈夫よ。…いえ。ホントは、なんとかならなかったのだけれど…。なんとかならなかったから、なんとかするしかなくなったとでも言うべきかしらね…。」
「なんだよ、その謎かけみたいなの。まっ。2ヶ月ものハネムーン、思う存分楽しんで来たらいいさ。あいつらと一緒にな!!ぶっ。あはははっ。」
「ラザラスっ!!なに笑ってるのよ!!」
爆笑するラザラスの背中をバシバシ叩いてやったわ。そう。今、こいつが言った通り。双子の面倒をみてくれる人が見つからず、ハネムーンに連れて行くことにしたのよ。さすがに、2ヶ月も放って置けないもの。それに。旅行先を知ったふたりも、行く気満々でいるわ。
「エスター嬢。ブーケの花が散ってしまいますよ!」
はっとして、リアにもらったブーケをそっと持ち直す。
「よくわからないが、双子の世話が罰になることはわかった…。屋敷でもよく働き、今日だってゲストだというのに給仕の手伝いをしているメアリーが、ここまで顔色を変えるのだからな。」
これまで。メアリーひとりに、双子の世話を任せちゃったからね。申し訳なくて、もう頼めないわ。
「彼女も罰を受けたのならば、もう何も言うまい。だがな。あの方を見ていると、トラブルの予感がしてならんのだ…。」
「あら、お父様。噂をすれば。辺境伯様たちがこちらへ来ますわ。」
辺境伯様とお母様が向かって来るのを見たら、お父様が顔を引きつらせている。
「伯爵殿。式への出席は叶わず残念でしたな。」
辺境伯様のお言葉に、お父様の目元がぴくっと動いた。
あぁ。辺境伯様、余計なことをおっしゃらないで…。どうやら。お父様は、結婚式に出席したかったみたいだから。お父様が結婚式に出席しなかった理由を知らない辺境伯様は、仕事が忙しいのかとか、結婚式がどうだったとか、ぺらぺら話している。
「ところでな。兄が、この湖に別荘を建てていると耳にしたんだが。うちの別荘も建ててくれないか?」
お父様が眉間にしわを寄せて目をつぶり、首を傾げながら片耳を押さえる姿に、ラザラスが吹き出した。
「ほら。だから、言ったじゃないですか??フラグだって。」
「いや…。さっきのも幻聴だろう?幻聴だって言ってくれないか!?」
「残念ながら、幻聴ではありません。俺にも、聞こえましたからね。」
表情がころころ変わるお父様の姿を見て、お母様が口を開いた。
「あなたって…。いえ、伯爵様って。こんな間抜けな方でしたのね??」
「シルヴィア!!なんて失礼なことを言うんだ!リーバイ君、うちの娘がすまないな。お前は、どうしてそう無神経なんだ?」
「わたくしの育て方が間違っていたのかしら??」
「そんなことはない。他の子どもたちは、穏やかに育ったではないか。」
お父様へ失礼な発言をしたお母様に対して、お祖父様とお祖母様が嘆いているわ。
「お母様だって双子を産んだこと、私に内緒にしていたじゃない!?」
「話をすり替えるんじゃない!!今は、お前の性根の悪さについて話をしているんだ。いったい、誰に似たんだか…。」
お祖父様の叱責には、辺境伯様でさえ空気を読んで口を閉ざしているわ。そんな中。空気の読めない、あのふたりが口を開いた。
「なぁ、イーサン。旦那様が、シルヴィアお嬢のこと誰に似たんだって言ってるぞ。」
「そんなの決まってるよな??な、ネイサン?」
『旦那様に似てるよな。な?』
「イーサン!ネイサン!久し振りに会ってみれば、全然成長してないじゃない。いい年なんだから、もう少し大人になって、母さんを安心させてちょうだい。」
イーサンとネイサン、メアリーの母親のナナリーは、相変わらず忠誠心のない双子の姿にがっくりと肩を落とした。そして。ナナリーに追い打ちをかけるように、メアリーも口を挟んだの。
「じつは。私もずっと、旦那様とシルヴィア様の纏う赤色が似てると思ってました。月兎の血の影響が現れるとき、濁った赤色になるところも同じなんですよ!?」
『おこりん坊になるときだな。な?』
「ふたりとも…。いえ、3人とも口を閉じなさい!?」
自分の子どもたちの態度に頭を抱えるナナリーに、ラザラスが余計なことを吹き込む。
「このふたりが、『おこりん坊』なんて子どもっぽい言葉を選んだのは、少しでも怒られないためなんだ。エスターを見て、あざとさを学んだんだよ。ホントは、おこりん坊じゃなくてなんて思ってるんだ?」
「短気!」
「怒鳴る!!」
「癇癪!」
「ブーブー!!」
この場にいるみんなが、"ブーブー??"と首を傾げる中、リアが正解を言い当てたわ。
「怒ってるときのうさぎの鳴き声ね。本で読んだことがあるわ。でも、実際に鳴ってるのは鼻なのよ。」
『さすが!!フィリアお嬢!』
リアにわかってもらえたと、大はしゃぎするふたりに、みんな目をまるくしている。こんなふうに興奮するふたりの姿を見るのは、はじめてだろうから。母親のナナリーでさえね…。
イーサンとネイサンは、男爵家にいた頃、感情の乏しい子どもだと思われていたの。それは。ふたりには、興味を持てるものが極端に少なかったせいなのよ。私がうっかり落とした魔石を拾った瞬間、ふたりの中で世界が大きく変わったそうよ。そして、私もまた。ふたりの能力のおかげで、思い描いていたものを形にすることができたの。魔道具のランタンや、遺伝因子に効く薬をね。きっと。あのふたりが幼いのは、あの魔石を拾った瞬間に時間が動き出したからなのよ。ふたりはあのとき、本当の意味で生まれたの。そんなふたりの、興味のあるものはというとね。魔法、魔術、錬金術、魔石に素材。それから、リアよ!!リアの生成する水の不思議な力にも興味を持っているけど、言葉足らずで感情表現が苦手な自分たちの考えや、想いをリアは汲み取ってくれるからね。さすが、人たらしのリアよね。
「それは。お父様と私が、短気で癇癪で怒るとうさぎのようにブーブー怒鳴っていると言うことかしら??」
「今は似てるところ他にもある。シルヴィアお嬢にも、旦那様にとっての奥様のような存在ができたから。」
「そうそう。辺境伯様の魔力は安定剤。魔力の流れが安定したら、前よりもっと旦那様と似た魔力になった。」
『魔力だけじゃなく、たぶん、色も前よりもっと似てるよな??な、メアリー?』
このふたり…。お母様の威圧をものともせず、話を続けてるわ。
「確かに。おふたりから同色の黄色が見えます。この色を持つ人は、寂しがり屋とか、恋愛依存しがちの方が多かったはず。」
なるほどね。お祖父様は、お祖母様の魔力に触れることで魔力が安定するの。お母様にとっては、その存在が辺境伯様なのね。それに。辺境伯様にとっても、お母様の魔力は安定剤になっているのよ。お互いを必要としている関係だということが、ふたりを見ていて感じるもの。そう思って、ふたりへ視線を向けると、お母様の隣にいたはずの辺境伯様のお姿がなかった。周囲を見回すと、辺境伯様は料理の並んだテーブルをはしごしていたわ。
そして。私のまわりには、男爵家の親族が勢ぞろいしていた。お祖母様が産んだ8人と、使用人たちが産んだ13人、全員が集まったのははじめのことよ。8人と13人の間には、今もはっきりと境界線がある。それでも。みんなが一堂に会す日が来るなんて、夢みたいだわ。
その中からお母様の2番目の兄である伯父様を見つけ、挨拶をする。
「お久しぶりです、伯父様。相変わらず、神々しい頭部ですわね。」
「エスターっ!?兄になんて失礼なことを言うのよ!!」
「無神経な母親を見て育ったので仕方ありませんわ。」
頬に手を添え、首を傾げてそう返すと、お母様がわなわな震えてしまった。お祖父様とお祖母様は、お母様譲りの私の失礼な物言いに、言葉を失くしているわ。
「わっはっは。こんなに綺麗な花嫁姿をしていても、エスターは相変わらずだな。どうだ?今日もこの頭を触るか??」
「ええ、触らせてください。」
「…お兄様。いつも、娘にこうして頭を触らせていたのですか!?」
「あぁ。ご利益がありそうだと言われてな。」
お母様は、私と伯父様の気安い仲に驚いている。
「男爵家の家族と疎遠になっていたお母様より、私の方がずっとずっと親密なんですのよ。なんといっても。ご自分に、双子の弟と妹がいることに19年も気づかないほどの薄情者ですものね。」
『エスターっ!!』
お母様と同時に私の名を呼んだのは、ラザラスだった。ウィル様は、私とお母様の間に体を入れているわ。
(あぁ…。また、やっちゃったわ…。)
ふたりが、一触即発の状態にある私とお母様を警戒していることに気づいて、猛反省する。
「おふたりとも、そのあたりでやめてくださいね。今日は、結婚式ですので。」
ウィル様は穏やかな口調ではあるけれど、私に念を押しているんだわ。お母様の魔力暴走に巻き込まれないよう注意しなきゃいけないのに、暴走をあおるマネを自らしちゃったから。ウィル様には以前にも、心臓に悪いからお母様と争うのをやめて欲しいと言われていたのに…。
「エスターよ。このかき氷、ふわっとした食感は同じだが、屋敷で食べた物とは違うな?」
この、なんとも言えない空気を読めないのか、あえて読まないのか、辺境伯様がかき氷を持って戻って来たわ。
「シロップが違うからではないですか?辺境伯邸では、お酒をかけていましたからね。」
「味のことではない。この氷からは、ウィルバートの魔力は感じるが、リア嬢のは感じんのだ。」
辺境伯邸で食べた氷は、リアの生成した水をウィル様が凍らせたもの。この湖畔で販売しているのは、水に砂糖を入れたものをウィル様に凍らせてもらい、魔道具の保管庫にしまっていたものなの。食感はどちらもふわふわで同じなのに違いに気づいたなんて、辺境伯様は魔力探知に長けてるのね。
「私は、リアの力を金儲けに利用しませんから。ウィル様には、お手伝いをお願いしていますけどね。」
「ほぅ?そなたは、祖父の力は利用しておるのに、リア嬢の力は利用しないのだな。兄から聞いたぞ。エスターの店では、精力増強剤や妊活ゼリーなるものを販売していると。その製品は、お父上の繁殖力を利用したものではないのか?」
辺境伯様も、結婚してないうちから、お祖父様のことを『お父上』と呼ぶのね。ウィル様も婚約前から、うちの両親のことを『お義父様』『お義母様』と呼んでいたわよね。…なんて。そんなことを考えている場合じゃないわ。もう!国王陛下と、弟の辺境伯様との会話の中で、どうして精力増強剤とか妊活ゼリーの話になんてなるのよ!?お祖父様には、魔力は活用させてもらっていると報告しているけど、兎の血の繁殖力を使っていることは言ってなかったのにバレちゃったじゃない!?こういうときは…。とにかく、謝罪するのみよ。
「お祖父様の力を黙って利用して、ごめんなさい。だけど。お祖父様にとって月兎の血は忌々しい力かもしれませんが、世の中には、子宝に恵まれずその力を切実に望んでいる方がたくさんいるのです。その方々にとって、お祖父様の力は奇跡なんですのよ。」
いかにお祖父様の力が素晴らしいかを、わかっていただきたくて力説したけど…。お祖父様の力を必要としている方がいるからといって、私がその力を利用して商売していいってことにはならないのは、わかっているのよ。そこに。ルーカス様とスカーレット様が、援護する発言をしてくれた。
「生命に関することを商売にするなんてと、倫理的に問題だと捉える者もいるでしょうが。実際、長年不妊に悩んでいたうちの患者の中にも、それらを使って子どもを授かった方が何人もいるんですよ。」
「それに。貴族用と平民用では、容器や香料等で差別化を図っていて値段が違うのですよ。『お金は取れるところから取る』が口癖のエスターちゃんらしいわね。もちろん、効果は同じですわ。子を授かりたいという想いに、貴族も平民も関係ありませんからね。」
おふたりの発言に、いたたまれない気持ちになったわ。だって。私、そんな殊勝な心がけなんて持ち合わせていないもの!?私の事業が、とんでもなく美化されている。
「そうそう!!転移魔法陣にも、エスターちゃんのお祖父様の魔力が使われているとお聞きしましたわ。あれだけの距離と人数を転移させられるなんて、すごいですわ。それから。氷の城を外から見ようと提案してくださってありがとうございました。じつは私も、外観を見たかったのです。」
スカーレット様の話を聞いた、私の年下の叔母が大きな声を出した。
「氷の城!?なにそれ、私も見たかったわ。」
その大きな声に、お父様の『氷の城??』という小さなひとりごとはかき消された。
「この子とその隣にいるが、"例の双子"です。私にとっては年下の叔父と叔母で、お母様にとっては弟と妹ですわね。」
「もう、シルヴィア姉様から隠れる必要はないのね!?」
「そっか。姉様からのかくれんぼはおしまいか。19年、長かったな。」
『はじめまして、シルヴィア姉様。』
「姉様の、弟と。」
「妹ですわ。」
「…双子というのは、みんなこうなのかしら??」
19年もの間、存在を隠してきた双子は、姉のそっけない反応にがっかりしているわ。お母様にリアクションを期待しちゃダメよ。
「やですわ、お母様。イーサンとネイサンとは比べないでください。こちらの双子は、あっちの双子とは違って普通ですからね。だって。お世話を断られるなんてことは、ありませんもの。」
「断られるって…。まさかハネムーンの間、あの双子をみてくれる当てがないの!?」
お母様が、イーサンとネイサンを指差す。
「以前も言ったけれど、私は、あのふたりの面倒をみないわよ。防御魔法に、はね飛ばされるなんて懲り懲りだもの。」
私がチャペルを建造中、双子は食事も休憩もとらずに魔道具をつくっていたそうなの。見かねたお母様が、休憩するよう肩を掴んだら、防御魔法が発動してはね飛ばされたのですって。お母様のバカ力の脅威に、防御魔法が反応したのね。頑丈なお母様の体は、はね飛ばされても無傷だったわ。でも。そんなことがあったせいで、ハネムーンの間どころか、お母様はもう絶対に双子の面倒をみないと言っているのよ。ちなみに。イーサンとネイサンを引く抜く際、責任を持って面倒をみるとナナリーに約束したから、双子の母親であるナナリーにも頼めないわ。なにより。ハネムーンの行き先を聞いた双子は、一緒に行く気になっているしね。ウィル様には、双子を置いていった場合、家が破壊されてないか心配で旅行を楽しめないなんて言われちゃったの。私VSお母様で屋敷を破壊した前科があるから、言い返せなかったわ。
「双子のことは、ウィルバートが旅行へ連れて行くと言っておったから気にせんでいいぞ。それより。ここに建てる別荘の場所だが、シルヴィはどの辺りがいい?」
辺境伯様とお母様が、楽しそうに別荘の建設場所を物色しに行くと、背後から大きくて深いため息が聞こえてきた。
「別荘の件は、すでに決定事項なのだな…。」
そう言って、嘆くお父様。その一方で。お祖父様とお祖母様は、娘の屈託ない笑顔を見て驚いているわ。辺境伯様は、お母様との結婚を認めてもらうためお祖父様とお祖母様のもとへ挨拶へ伺った際、銀狼の血が暴走したところをお母様に助けてもらったのだと、ありのままを伝えたそうなの。責任を取らせて欲しいと頭を下げる辺境伯様に、誰よりも血の暴走の苦しみを知るおふたりは、好感を持ったようね。それとね。娘が、父親と似た体質の辺境伯様を助けたことが、嬉しかったみたい。
そんなおふたりは今、娘の別れた夫へ何度も謝っているわ。困ったお父様は、別れた原因は自分にもあると説明し、隠してきた出自を打ち明けたの。ご自分が、婚外子であることをね。それから、産みの親のばあやを紹介していたわ。
(これって、いい機会かもしれないわね。)
私は、お祖父様の子を産んだ使用人たちと、その子どもたちに問いかけた。
「ジャネットたちが子どもたちに、『自分を男爵家の血筋だなんて思わないように』と厳しく言い聞かせて育ててきたのは、平民の血が混ざった子どもの存在が男爵家の汚点になると考えたからよね?でもそれは。平民の母親から生まれた、うちのお父様のことも否定していていることになるのよ?その血を引く、私のこともね。」
「私の出自を引き合いに出すのはやめてくれ。見てみるんだ、みんな困っているだろう。エスターが言いたいことは、婚外子であろうと、自分のおじとおばであることに変わりないということだな?」
「みんなが、お祖父様とお祖母様を慮ってくれているのは、ちゃんとわかっているわ。お祖父様は、お祖母様以外の人との間に子どもを望んでいなかったし、お祖父様の血を引く子どもの存在はお祖母様を傷つけるものね。だけど。みんな、お祖父様とお祖母様の器の大きさを見くびらないでよ!うちのお父様と違って、ものすごく大きいんだからね!!」
「エスター!!私を引き合いに出すのはやめてくれと言っているだろう。」
「私にとっては、お祖母様の子も、使用人たちの子も、お祖父様の血を引いている人たちみんな、おじさんとおばさんなの。貴族の血も、平民の血も関係ないわ。だって。私にも平民の血が流れているんだからね。私とあなたたち、なにがそんなに違うというの!?」
私に無視されたお父様を、ラザラスがなだめている。リアは、ケイトに預けていたエミリオを抱いて、ハンスたちに話しかける。
「エスターは、家族であるみんなに、主従の線引きをされるのが寂しいのよ。エスターとみんなの関係も、接し方も、これまでのままでいいと思うわ。ただね。もう少し、心の距離を縮めてあげて欲しいの。ねぇ、ハンスさん??」
「フィリア様!?さんづけはやめてくださいと、何度申し上げればよろしいのですか!?」
「ハンスってば、まだそんなこと言ってるの??私はね、『ミアさん』と呼ばれることにもう慣れたわよ。」
「ハンスさんがどうしても嫌というのなら、呼び方を頑張って直してみるわね。その代わり。ハンスさんも、エスターのこと、『エスター』って呼んでくれる?」
「そんなの、呼べるわけないでしょう!?それに。フィリア様が絶対に呼び方を直さないことは、わかっているのですよ。貴方様は、頑固でいらっしゃいますからね。敬称はいらないと、何年お願いし続けてきたと思っているのですか。」
「おい、ハンス。頑固だなんて、リアになんてこと言うんだよ。お前も、リアの生成する水に助けられているくせに!」
ハンスの症状はね、発情と発熱のダブルワーミーなの。私と同じ発熱体質に加え、お祖父様ほどではないけど発情期があるのよ。抑制薬で症状は抑えられていても、ハンスも暑さに弱いから、私と一緒にリアの生成した水を摂取して暑さ対策しているの。リアの水は、私たちにとって経口補水液なのよ。
「ええ、そうですね。フィリア様の水を他人に与えたくないとお思いのラザラス様に冷めた視線を送られ、毎回大変恐縮しながらいただいております。貴方様は、フィリア様に関するものはなにひとつ譲りたくないとのお考えを隠そうともしませんからね。…うちのお嬢様もですが。」
「あぁ!!そういえば昔。ラスは、俺がリアからもらったハンカチも欲しがっていたな。俺の大嫌いな、しいたけが刺繍されたハンカチをな。名前が花文字ならぬ、きのこ文字で装飾されていたんだよ。」
「あれは、ルーカス様がものすごく苦い薬を飲ませるからですわ。もっと、患者さんの気持ちを考えてもらいたかったのです。」
「もしかして。エスター嬢とラザラス殿が、フィリアさんに薬を飲ませるのは、仕返しを期待しているからですか?」
リアは鋭い目つきで、私とラザラスの顔を交互に見ている。もう!ウィル様、勘が鋭いんだから。
「うふふ。私もね、さっきから気になっていたのよ。エスターちゃんが、いつ、ブーケトスをするのか。だってね。この場にいる未婚の女性陣よりも、ラス君の方がそのウエディングブーケを狙っているんですもの。その、リアちゃんがつくったブーケをね。」
スカーレット様の発言に、みんなの視線が私の手にあるブーケに集まっている。私は笑みを浮かべると、右腕を高々と上げてブーケを掲げた。
「残念だったわね。ブーケトスはしないわ!?リアがつくったこのブーケは、私のものよ!!」
「なんでだよ!そのリアのブーケ、俺が取ろうと思ってたのに!?」
ブーケトスをしないと宣言すると、未婚の女性ゲストよりもがっかりしているラザラスに、笑いが起こる。みんなの笑い声に、パトリックがいつものように、つられて笑っているわ。
そして。少し離れたところから、みんなと一緒に笑っているパトリックをぼう然と眺めている人の姿が━━。
それは。パトリックの父親だった。




