#43 氷城の結婚式
結婚式当日。
辺境伯邸では、朝から使用人たちが式の仕度に追われていた。
転移魔法陣も問題なく発動し、列席者の方々のあとに続き、先に準備を終えたウィル様が、そのあとに私も氷のチャペルへと移動した。
…ここまでは順調で、タイムスケジュール通りだったのよ。
現在。開始時間はとっくに過ぎているのに、式ははじまる気配すらないわ。ウエディングドレスに身を包んだ私は、控え室でひとりぽつんと待機しているところなの。そこへ、ルーカス様がぶるぶる震えながらやって来た。
「王都ではすっかり春だが、ヴェルナー領はまだまだ寒いんだな。」
「まぁ!?ルーカス様ったら、そんなに震えて。魔道具も持たずに、わざわざチャペルの外へ出るからですわよ。なんのために、転移魔法陣をチャペルの中に設置したと思っているのですか?」
「いやいや、チャペルって!?これ、"城"だろ!!今日の結婚式のためだけに、こんなに立派な氷雪の城をつくったのか?外観のクオリティーの高さに、みんな歓声を上げるとともに、こんな見事な外観を見せるつもりはなかったのかって嘆いていたぞ。」
「この寒い中、みなさんにチャペルの外へ出てもらおうだなんて考えていませんでしたからね。でも私は、見えない部分だからといって手は抜きませんわ。なので、外観にも力を入れました。」
「せっかくつくったのに、それはもったいないだろ??扉も大きい上に、内側にも外側にも無駄に凝った氷の彫刻がされていたな。」
「あの扉、開きませんけどね。」
私が今、何待ちをしているかというとね。列席者のみなさんが、氷のチャペルを見学し終えるのを待っているのよ。転移魔法陣でチャペルへ移動して来たみんなは、誰も席に着こうとせず、チャペルを見物しはじめたそうなの。それで。私がつくったチャペルを外からも見たいとお祖父様が言い出したら、みんなでぞろぞろ外へ出て行ったらしいわ。お祖父様って、結構な孫バカなのよね。
それで今、このチャペルのデザイン設計をしたリアが、見学ツアーの案内をしているわ。花嫁と花婿である、私とウィル様が案内するわけにいかないものね。ウィル様も、別の控え室で待機しているのよ。
「チャペルの扉は花嫁の誕生を意味してるのに、開かないと生まれないよな。誕生してないのに、歩んできた人生を意味するバージンロードを歩くことになるのか??」
「私もウィル様も、細かいことは気にしませんからね。ルーカス様はただ、私と一緒にバージンロードを歩いてくださるだけでいいのです。お願いしますわね?お父さん。」
「いつもなら、お父さんじゃないと否定するところなんだが…。今日は、父親役だからな。」
ラザラスの考えで、結婚式に出席できないお父様の代わりに、私はルーカス様とバージンロードを歩くの。じつは。何年も前から、バージンロードを歩くならルーカス様がいいとリアやラザラスに話していたのよ。エスコート役をルーカス様にお願いするために、お父様に出席しないよう言ったのかもしれないわね。
「まさか。こんなに早く、バージンロードのエスコートをする日が来るとは思わなかったよ。でもまぁ、ラスの懸念もわかるからな。」
「ルーカス様は、お父様を出席させない理由をご存知なのですか?」
「ラスは、伯爵たちは一触即発する関係にあるから、同じ空間にいさせては駄目だと考えているんだよ。『伯爵とシルヴィア様、エスターは混ぜるな危険なんだ!』と言っていたからな。だから、伯爵に式への出席を遠慮いただいたそうだ。」
「そういうことだったのね…。」
ラザラスが、お父様を結婚式へ出席させなかった理由がわかったわ。例の未来での私は、お母様の魔力暴走に巻き込まれて死んでしまう。そして。お母様の魔力暴走の原因となるのは、いつもお父様だった。それで。懸念を払拭するため、原因であるお父様を結婚式へ出席させないことにしたのね。
あいつは、あの未来を回避した今も、警戒心を緩めていないから。
「そのラスは今、いつも通りリアにひっついていたな。リアが寒くないよう魔道具のランタンを持って、咳が出ないようリアのまわりに結界を張りながら、氷城の案内をするリアのお供をしていたよ。エミリオは、メアリーに預けてな。」
「今回の、感染症の流行中も思いましたけど。あいつのリアへの執着は、結婚して子どもが生まれてもまったく変わりませんわね。」
「ほんっとにな!?今回、感染症がこれほど早く終息できたのは、ラスの功績のおかげなんだ。それは、紛れもない事実なんだが…。」
ルーカス様は、ものすごく複雑そうな表情で首をひねっている。
「ラザラスは、薬を完成させたのだから自分の役目は果たしたんだと言い張って、リアに会いに来てましたからね。」
「そうなんだよ…。患者の対応に追われ混乱していた診療所に、大声で俺を呼びながら入って来てな。アイテムボックスから感染症の薬と、ワクチンとワクチンの安定剤を取り出すと。『じゃー。あとのことは、兄さんに任せたから。俺は、リアとエミリオに会いに行くよ。』って、自分の言いたいことだけ言うと、さっさと転移してしまったんだ!!」
「リアに説得されて渋々辺境伯邸をあとにする姿に、あいつのダメ犬ぶりを再確認しましたわ。」
「今回の感染症の件で。一部の間に、ラスの優秀さと、アホさ、両極端な面が明白になってしまった。」
ルーカス様が大真面目な顔をして、優秀でアホなんて言うから声を出して笑っちゃったわ。あいつは医者のくせに、診療所にいたたくさんの患者には目もくれず、リアのいるヴェルナー辺境伯邸に転移したのね。
「そうやって笑ってるけどな。エスターだって、ラスと同類だろ??大事な商談より、リアを優先させるんじゃないのか?」
「ふふっ。もちろんですわ!!そういえば。昨日、湖へ行った際、私もランタンでリアに暖を取らせましたわね。ヴェルナー家の魔石のおかげで、改良した魔道具のランタンは暖炉のように暖かいんですの。それより。ルーカス様に、『エスター』と呼ばれるのは、ものすごく久し振りな気がしますわ。」
「今日は、父親役だからな。」
「意外と父親役に乗り気ですのね。そうそう。スカーレット様とはじめて会ったときも、『エスター!!』って呼んでいましたわよね。」
「呼んでたんじゃなく、怒鳴ってたんだろ!?俺はな、おまえたち3人が領地で問題を起こす度、なんとかして欲しいって使用人たちから泣きつかれていたんだぞ。」
親よりも、ルーカス様の方が私たちに厳しい言葉をかけることを使用人たちは知っていたからね。リアの両親は病弱な娘に弱いし、ラザラスの両親はいずれ自分たちのもとを離れる次男に甘かったのよね。
「ええ、たくさん叱られましたわ。それで。スカーレット様は、私たちがルーカス様に叱られているところや、私がルーカス様を『お父さん』と呼んでいるところを見る度に、大笑いしていましたよね。」
「彼女は…、笑い上戸だからな。それ以降、目が合うだけで笑われるようになったんだ。俺が、令嬢たちに噂を流され、振り回されているときも笑っていたし…。」
「スカーレット様は、令嬢たちが画策して流した噂だということも、その噂のせいで、ルーカス様が困っていることもわかった上で笑っていましたからね。『令嬢たちとの噂がすべて本当なら、あなたは5股のクズ野郎ってことになるわね!?』って!あははっ。」
そう言われたときのルーカス様の顔が浮かんできて、思い出し笑いをしてしまう。
「あらあら。大きな笑い声が聞こえると思ったら、今日の主役の花嫁さんじゃないの。」
「ふふふ。今ちょうど、スカーレット様の話をしていたんですのよ。ルーカス様に、5股のクズ野郎って言ったときの話を。」
「あら、それって。プロポーズの話よね。ありもしない噂を流され、頭を抱えるルー君を笑っていたら、『スカーレット嬢、笑ってる場合じゃないぞ。俺の婚約者になったら、君も噂の当事者になるんだからな。』って言われたのよ。」
「今思うと…。ルーカス様のプロポーズって、ときめき度ゼロでしたわね。」
「仕方ないだろ。スカーレットのご両親にも婚約の了承を得て、プロポーズの言葉だっていろいろ考えていたのに。『5股のクズ野郎』なんて言われて、台詞が全部吹っ飛んだんだよ。」
やっぱり、似た者兄弟だわ。兄弟そろって、仕方ないって言葉を使うんだもの。
「クズ野郎ではないですが。スカーレット様に泣きついて令嬢たちの件を解決してもらった、ヘタレ野郎ですわよね。普段は大人びていて、お父さんのようなのに。」
「令嬢たちの件を解決できたのは、エスターちゃんがお茶会をセッティングしてくれたのと、ハンスが集めてくれた令嬢たちの情報のおかげよ。事実を指摘してあげただけで、みんな納得してくれたもの。」
スカーレット様は、お茶会に遅れて参加すると、令嬢たちひとりひとりに話しかけていったの。
『あなたは、婚約破棄されちゃったのよね。それは、お気の毒だとは思うのだけれど。元婚約者を見返したいだけのために、彼よりも身分が上のルーカス様を利用するのはいただけないわよ?そちらのご令嬢は、傾いた家業を立て直すために、エヴァンス家の財産をあてにしているのでしょう?でも。おふたりの流した噂は、ルーカス様を貶める内容ではないので、残りの3人と比べると悪質さは低いかしらね。いかにご自分が、ルーカス様の婚約者に相応しいかというただの自惚れですもの。ふふふ。そんなにも素敵なおふたりなら、すぐにいいお相手が見つかるでしょうね。
問題なのは、残りのみなさんよ。3人とも一応、純粋にルーカス様を慕っているのよね?そちらのおふたりは、体を張って、ずいぶんと大胆に誘惑したそうね。しかも…。おふたりとも以前は、同じ方法で他の殿方を誘惑したそうじゃない。同じ手を使うということは、相手にされないって学べなかったのね。可哀想に…。それとも。お人好しなルーカス様になら通用すると、期待してしまったのかしら?ねぇ。体を張った色仕掛けをしているなんて噂が広まったら、とんだ醜聞だと思わない?だけど、そうなったとしても。それは、あなたたちの行いが返ってきただけだから、周囲からの好奇な視線を甘んじて受け入れてちょうだいね。そして。最後のあなた。あなたと、ルーカス様の関係というのが、二度の診察だけなのよね?早い話が、ただの医者と患者の関係ね。彼はお医者さまだから、患者さんのあなたに優しかったのよ。つまりね。彼は、あなた以外の患者さんにも同じように優しいってことよ。それなのに、自分にだけ優しくて、それが自分を想っているからだと勘違いしちゃったのよね。う〜ん…。勘違いというより、妄想と呼んだ方がいいかしら??だって。ただの往診を、ふたりきりで部屋で過ごしただなんて、歪曲した噂を流すんですもの。ねぇ、みなさん。いくら、彼を想っていても、気持ちの押しつけはよくないですわよ。
あら、やだわ。私、ご挨拶がまだでしたわよね?どうやら、みなさんはご存知ないようですけれど。私は、みなさんが何度もご自分の方がルーカス様の婚約者にふさわしいと口をそろえておっしゃっていた、そのルー君の婚約者のスカーレットと申します。本日のお茶会には、途中からの参加になってしまったので、お詫びに今度、我が家のお茶会へご招待しますわね。よろしければ、ルー君も呼びましょうか??』
「そのレティのモノマネ、久し振りに見たな…。でも、エスター。それ、背筋がゾクゾクするからやめてくれ。それから、何度も言ってるけど。俺は、そんな茶会には絶対に参加しないからな!?」
ルーカス様を守るために令嬢たちと対峙したスカーレット様の勇猛な姿を、ルーカス様にもぜひ知ってもらいたかった私は、茶会でのスカーレット様の言葉や仕草を完璧にマネし、ブリザード茶会を再現してみせたの。残念ながら、ルーカス様には不評なのだけれど。
ちなみに。私のお気に入りのところは、皮肉たっぷりで婚約者だと名乗るところよ。スカーレット様は、ルーカス様の婚約者が自分だと、みんなが認識していることをわかった上で、『ご存知ないようですけれど』と前置きをしたの。
「でも…。せっかく招待状を送ったのに、みなさんに断られちゃったのよね。」
「そのあと。実際に、令嬢たちの醜聞がゴシップ誌に載ったからな…。」
おふたりは、そろって私へ視線を送る。ゴシップ誌に、ハニートラップをしかける令嬢たちの記事を載せるよう指示を出したのは、私だからね。彼女たちに、自分の行き過ぎた行動が、世間にどう映るかを思い知らせるべきだと思ったのよ。
自惚れ令嬢たちのことは、婚約破棄された経緯や、財産目当て、勘違い令嬢のことは、妄想癖があるようだという噂を社交界へ流してやったわ。ただ。私が流したこの噂は嘘じゃなく、あくまでも事実だからね。
だって、嘘の噂を流し、うちの"お父さん"に迷惑かけたことを許すことができなかったの!
「今は、私とルー君の話はいいのよ。私、エスターちゃんに言いたいことがたくさんあるの。まず。このウエディングドレス!!さすが、ミアとリアちゃんの共同作。王道の純白のドレスに、これでもかってくらい刺繍がされていて、リアちゃんの、エスターちゃんへの想いが込められてるのを感じるわね。ほら、見てみて!!この、気の遠くなるようなツタの葉の模様。それから。何種類もの花々、葉、蝶、クローバー、小鳥。」
「あ、あぁ…。すごいな。」
ルーカス様の『すごい』は、ウエディングドレスのことなのか、かわいいものやきれいなものを前にすると熱量が上がり、饒舌になるスカーレット様のことなのか…。
「もう!このドレスに、どれだけの手間と時間とお金がかかっているか、あなたにはわからないのね!?ただの"白いウエディングドレス"じゃないのよ。リアちゃんの刺繍したドレスは、売ったら絶対いい値がつくわよ。」
「このドレスは、売りませんからね!!それに。リアの力を使って、儲けるつもりはありません。」
「もう、わかってるわよ。リアちゃんお手製の化粧水はもちろん、ハンカチに刺繍したものさえダメなのよね。たとえ、リアちゃん本人がいいって言ったとしてもね。まぁ。リアちゃんの商品を販売しても、ラス君とエスターちゃんで買い占めちゃうのでしょうけど…。」
「確かにな。それで、どちらが多く購入したか言い合うんだろうな。ふたりともそろそろ、リアリア言うの卒業したらどうなんだ?」
「そんな日が来ることは、一生ありませんわ。」
「なんだか、心配になるな。問題ばかり起こしてきた3人に育てられる子どもたちは、いったいどんな子になるんだろうな…。」
「あら、そんなこと言って。ルーカス様たちのお子さんが、1番のおてんばかもしれませんわよ?それか。面倒みがよくて、エミリオや、"うちの子"を従えていたりして。」
「ははっ。"うちの子"か…。昔から、『子どもなんて絶対に産まない!』と言っていた、エスターの口からそんな言葉を聞くなんてな…。」
「ちょっと。やめてよ、あなた。まだ、式がはじまってもいないのに、しんみりしちゃったじゃない…。でも、そうね。エスターちゃんは、自分の子どもがいる未来を自然と思い描けるようになったのね。」
ルーカス様とスカーレット様が、ふたりして目頭を押さえるから、私まで胸に熱いものが込み上げてきたわ。
「それにしても。ゲストのみさなんは、いつまで花嫁を待たせるつもりなのかしら??」
「そう言うレティも、氷の城を食い入るように見ていたじゃないか。」
「そうよ!転移したら、目の前に氷の世界が広がっていたの。これはもう、チャペルじゃなくて、城よね。氷のシャンデリアと氷の燭台には、魔道具の明かりが灯り。氷の花瓶にも模様が彫られ、氷の花や生花が生けてあるのよ。扉にも凝った模様が彫られていたわね。外に出て見てみたら、外観も素敵だったわ。尖塔には氷のベル。外扉にも模様と、ホースシューのドアノッカーが彫られていて。扉の横には、ゲストを出迎えるように、寄り添う兎と狼の氷像が建っていたのよ。」
「扉は開きませんし、氷のベルもドアノッカーも鳴りませんけどね。」
「ふふふ。それでも、見られてよかったわ。エスターちゃんのお祖父様には、感謝しないといけないわね。お祖父様が言い出さなかったら、外観を見られなかったもの。」
スカーレット様の熱量が、また上がってしまったわね。ルーカス様は、ただただ頷いているわ。
「それから。あちこちに置かれている、氷なのに明るくて暖かい、氷のキャンドル。あれも、魔道具よね?」
「チャペル内が寒くならないよう、イーサンとネイサンにつくってもらったんです。」
「あのふたりのつくった魔道具もすごいけど、自分の魔力を使わず移動できた、転移魔法陣にも驚いたわ。」
「あの転移魔法陣には、お祖父様の魔力を使わせていただいてるんですよ。」
「それなら。そのことも、あとでお礼を伝えないと。」
スカーレット様が意気込んでいるところへ、チャペルを案内し終えたリアが来てくれた。ラザラスは、ウィル様のところへ行ったみたいね。リアは、アイテムボックスからブーケを取り出し、私へ手渡した。
「エスター。待たせちゃって、ごめんね。」
「こちらこそ、案内を任せちゃって、ごめんね。まさか、こんなことになるなんてね。」
「ふふっ。でも、みなさん喜んでいらしたわよ。頑張ってつくった甲斐があったわね。」
「そうね。もとはといえば、感染症のせいですることがなかったから、どんどん凝っていっただけなんだけど。結果的に、みんなに楽しんでもらえたならよかったわよね。」
そのせいで、待ちぼうけを食らう新郎新婦になっちゃったことも、いつかいい思い出になるはずよね。
「そうだわ。今ね、リアちゃんが刺繍した、このウエディングドレスも素敵ねって話をしていたのよ。」
「そうそう、リアってば。鏡の前で、この純白のウエディングドレスをあてて、自分の姿を見たらね。『私が着たら、全身真っ白で幽霊みたい。』なんて言って、ミアを凍りつかせたのよ。」
「リアちゃんの冗談は、反応に困っちゃうのよね。私なら笑っちゃうけど、ミアは笑えるわけないわ。」
あれには私でさえ一瞬、固まっちゃったもの。ミアは慌てて、幽霊みたいではないと否定していたわ。
「リアは冗談のつもりじゃなく、事実を言っただけなんじゃないのか?ホワイトブロンドの自分が、白いドレスを着たら真っ白だってな。」
「そうなのです!!鏡に映った自分を見たら、真っ白で、幽霊みたいだと思ったの。」
「その真っ白な姿でも、ラスとエスターなら似合うと言って、褒めちぎってくれるだろうな。」
「あれ…??ルーカス様。今日は昔みたいに、エスターって呼ぶのですか?」
「ああ。今日は、父親役だからな。」
「あら。私にとっては、いつもお父さんですわよ!?」
「それじゃあ、私は席に行ってますわ。エスターちゃんをしっかりエスコートしてちょうだいね。お父さん。」
スカーレット様は、ルーカス様をからかうとリアと一緒に会場へ向かった。
「やっと、はじまるのか。式はこれからだというのに、すでに疲れたな。」
「ルーカス様ったら。うちのお父様みたいなこと言いますわね。」
そして。私とルーカス様も、会場へ移動をはじめた。
会場の照明はイーサンとネイサンによって一度消され、真っ暗になってから、私とルーカス様は扉の前に移動した。転倒防止のため、床には一面に絨毯が敷かれている。扉の前に立つ私とルーカス様、祭壇の前に立つウィル様、それから私とルーカス様が歩く通路にだけ照明が当てられた。絨毯が光に照らされると、チャペルの中央に真っ赤なバージンロードが現れ、集まってくれたみんなの拍手が会場中に鳴り響いた。
列席者の方々へ頭を下げていたら、隣にいるルーカス様のつぶやきが聞こえてきたの。
『よかった。祭壇の前にいるのは、ちゃんとウィル君だった。』
『えっ??それはいったい、なんの安堵ですの?』
頭を上げたルーカス様はもう一度、バージンロードの先にいるウィル様を見て、安堵のため息をついたわ。
『エスター。アンダーソン家のゲストの表情をよく見ておくんだぞ。』
ルーカス様にエスコートされ、ゆっくりとバージンロードを歩きはじめる。薄暗い中、みんなの顔をよく見てみたわ。"お父さん"に、言われた通りにね。
ハンスとミアは、早くも泣いているのね。メアリーは、手が腫れちゃうくらい一生懸命に拍手をしてくれているわ。ラザラスとスカーレット様は、ルーカス様と同じく安堵の表情ね。エミリオは、ラザラスの腕の中で熟睡中。お祖父様とお祖母様も、すでに泣きそうだわ。男爵の伯父様は、今日はほくろから発芽してないわね。あらっ?最前列にいるパトリックの髪が赤いわ。その両隣には、お母様とばあやがいる。あぁ。ばあやが、ものすごく居心地悪そうにしているわ。きっと。お父様の代わりだと言われ、お母様に無理やり座らせられたのね。そのお母様の手には、パトリックの髪色を変える魔道具が握られている。お母様が、魔道具を外したということ?偽りの姿ではなく、本来のパトリックの姿で式に臨むように。反対側のヴェルナー家の席には、不満そうな辺境伯様のお顔が見えたわ。お母様とばあやがこちら側の席にいるからよね。今のは見なかったことにして、前を向き、ウィル様へと視線を向けた。
「ルーク殿。先ほど言っていた、祭壇の前にいるのが僕でよかったとは、いったいどういう意味でしょうか?」
「えぇっ。あれが聞こえたんですか!?ウィル君、耳良過ぎ…。」
「そうですわよ、ルーカス様。言われた通り、みんなの顔は見ましたけど。ここにいるのがウィル様でよかったって、どういうことですの??」
「エスターをよく知る者ほど、ここにいるのが老い先短い老紳士じゃないってことに安堵していたはずだぞ。」
「それなら僕も、自分がいるのがゲスト席側じゃなくてほっとしています。」
「そう。その可能性もあったってことなんだ。」
そう言ってルーカス様は、辺境伯様の方へ視線をチラッと向けた。そうね。私が頑なに、以前の結婚観を押し通したままでいたら…。祭壇の前で待っているのが辺境伯様で、列席者の席にいるのがウィル様だった可能性もないとは言い切れないのよね。だけど。今はもう、ウィル様以外の結婚相手は考えなれないわ。
「ウィル君。暴走しがちな娘ですが、どうか幸せにしてやってください。」
「ルーカス様。ホントに、お父さんみたいですわよ。」
「本当ですね。僕と同じ年なはずなのに。」
「父親役は、これで最後だからな。」
ルーカス様から手を離し、ウィル様の腕をとる。ウィル様の胸には、ブーケと同じピンクのバラ花がつけてあるわ。このウエディングブーケは、パンパスグラスにピンクのバラが5本、紫色のクレマチス、白と淡い水色のムスカリ、濃いピンクのライラック、それから白い覆輪が特徴的なアイビーが使われている。リアが、私とウィル様への想いを込めてつくってくれたものなの。
式の方は、スムーズに進行していったわ。
賛美歌は、事前に魔道具に記録させていた音楽隊の演奏を流して歌った。牧師様から祝福をしてもらい、結婚の誓いを立て、それから指輪交換。介添人のリアにブーケを預け、代わりに指輪を受け取る。互いの指に指輪をはめると、ウィル様がヴェールを上げ、誓いのキス。そして。牧師様が会場のみんなに、私たちの結婚が成立したことを告げる。結婚証明書にサインをして、あとは退場するだけ。
その際、照明の明るさが弱められ、会場の壁や天井に映し出された影の鳥たちが、いっせいに飛び立った。影絵に夢中なパトリックは、退場する私たちを見てなかったわね。
私とウィル様が扉まで来ると、照明はすべて消され、天井いっぱいに星が映し出された。会場にいる全員が、映し出された星を見上げていたわ。
「ウィル様。結婚式お疲れ様でした。」
「エスター嬢も、お疲れ様でした。ですがまだ、披露宴が残ってますけどね。」
「披露宴はにこにこしながら、ただ飲んで食べていればいいのですわ。」
私とウィル様は、ゲストのいなくなった会場で椅子に座り、天井に映し出された星を眺めていた。
「それにしても。今日は、待たされてばかりですわね。主役の新郎新婦がこんなに待たせられる結婚式も、そうそうありませんわよね??」
「会場の場所が場所なだけに、仕方ありませんよ。」
私たちは今、星を眺めながら、ゲストのみんなが転移魔法陣で移動し終えるのを待っているところなの。私とウィル様を迎え入れる準備をするため、みんなを先にヴェルナー辺境伯邸へ移動させてしまうのですって。
「お待たせ!お嬢たちで最後だから魔法陣に入って!」
こちら側で魔法陣の管理をしているイーサンに呼ばれ、転移魔法陣内へ足を踏み入れた。ちなみに。ネイサンはあちら側で魔法陣を管理しているわ。
転移魔法陣が発動し、魔法陣がピカッと光った。
「お嬢!!」
目の前にはネイサンがいた。だけど。転移先は辺境伯邸ではなかった…。
「ネイサン、どう!?サプライズ成功??」
「イーサン、ばっちり!魔法陣の座標書き換え大成功!見てみて、このお嬢の顔!!」
私たちのあとから転移してきたイーサンが、ネイサンとハイタッチして大喜びしている。
「イーサン、ネイサン?どうゆうこと!?」
『うわっ!お嬢が怒った。逃げろ!!』
ふたりはものすごい速さで逃げて行ったわ。
「あはは。あのふたり、意外と足が速いんですね。やっぱり、兎の血ですかね?」
変ね??転移先が違うのに、ウィル様はまったく驚いてない。
「ウィル様??転移先のこと知ってましたわね?」
「…はい。フィリアさんから、エスター嬢のウエディングドレス姿をもっとたくさんの人にも見てもらおうという話が出て。ちょうど感染症も終息したこともあり、急遽決まったんです。それで。人をたくさん集めるなら、この場所が最適だと話がまとまり。僕も、こちらの領地のみなさんに見て欲しかったので賛成しました。」
「でしたら、私にも教えてくだされば…。あぁ。サプライズにしたかったのですわね??それなら、大成功ですわよ。」
リアにやられたわね。まさか。結婚式のあとに、こんなサプライズが待っているなんて。
これはきっと、物置に隠していた天秤の仕返しなのよ。以前ウィル様が、リアの家の物置に隠していた天秤が、この前とうとう見つかっちゃったのよね。天秤は、またウィル様のもとに戻って来て、今は私がアイテムボックスに預かっているわ。
でも…。天秤を隠したのはウィル様なのに、私にドッキリをやり返すのはおかしくないかしら??
チャペルの窓から見慣れた湖を眺めながら、私は今、悔しさとわくわくを感じていた。




