#40 遺伝因子
辺境伯様とお母様は、先に舞踏会の会場へと戻られた。
ラザラスに診てもらったらお父様にケガはなかったわ。ただ、腰を抜かして動けなくなっただけ。そんな状態のお父様を、ウィル様が庭園のガゼボまで運び、私たちもベンチに座る。
「年が明けたばかりだというのに、どっと疲れたな。」
「まぁ!?お父様、年ですわね。」
「…私が耳にした噂では。うちの娘は社交界で、お淑やかだとか、気遣い上手だとか呼ばれていたはずなのだが…。他の誰かと間違われているに違いないな…。」
「それ、虚像ですからね。だいたい、こいつがお淑やかって、笑えるだろ。」
ラザラスが大爆発しているわ。
「お父様だって、昔からこのふたりに、寡黙だと思われていたんですのよ。ただ口下手なだけですのにね。先程もお母様へ、きょうだいがひとりふたり増えたところで変わらないっておっしゃってましたけど。あれは、ないですわ。」
「…それに関しては、確かに心無い発言だったと思う。ところで。男爵家は、13人もの婚外子がいて、後継者選びや相続等で問題は起きないのか?」
お父様ったら、露骨に話題を変えたわね。
「まぁ。そこが、男爵家の使用人たちの異質なところなんですの。お祖母様は、人の本質を見るお力をお持ちなので、その目で雇う者をお選びになりました。でも。彼女たちの忠誠心は想像以上に強かったのです。男爵家の繁栄はもちろん、お祖父様とお祖母様、その子どもや孫たちを守ることに強い使命感を持っていますからね。」
「では。男爵の血を引いているからといって、野心を起こす者はいないのか…。」
「えぇ、いませんわ。おじとおばたちも、お祖父様の血を引いているんですけどね。母親たちは、子どもたちが勘違いすることのないように、自分が産んだ子どもへ男爵家への忠誠心を説いて育てたのです。主従の線引きをはっきりするのも、その意思表示なのでしょう。」
イーサンとネイサンは例外だけど…。
「中でも。母親たちの、お祖母様へ対しての忠誠心は怖いくらいなんですの。リアのは、人たらしと笑えるレベルだけど、お祖母様のは、まるで洗脳みたいで笑えないんです。」
「ちょっと、エスター!?何度も言ってるけど、私は、人たらしなんかじゃないってば!!」
「はいはい。リアも、お祖母様と一緒で、無自覚だからね。お祖母様と彼女たちは一緒に、体を重ねる以外にお祖父様の症状を鎮める方法はないか調べたり、兎の血を抑える薬を探したりしたの。まるで、本当の姉妹のようにね。」
「それのどこが、問題だというんだ?」
「ジャネットから聞いた話では。お祖父様が発作を起こしたら、お祖母様と彼女たちは、一緒に防音部屋へこもるのですって。そして。鎖で繋がれた、うるさいお祖父様の口を、お祖母様が口で塞ぎながら魔力を流し、できるだけ暴走を和らげてから、みんなで協力してお祖父様の暴走を鎮めるらしいですわ。お母様の目には、それが異様な光景に映ったのでしょうね。」
「うるさい口を、口で塞ぐだなんて、エスター嬢みたいですね。」
「あらっ。ほんとですわね。遺伝かしら??」
なんて。私とウィル様が笑っていると、お父様とラザラスがしらけた目を向けてくる。
「うるさい口を、口で塞ぐの??手じゃなくて?」
「じゃあさ、リア。今度、口で塞いでみてくれよ。」
私たちのやり取りを聞いていたお父様が、頭を押さえている。
「君たちは、いつもこんな感じなのか?話が脱線ばかりするせいで、何の話をしていたのか、わからなくなってしまったな…。」
「まぁ!?お父様。年ですわね。」
「やめなさいっ。話が振り出しに戻ったではないか!?」
お父様の大きな声が珍しくて、リアとラザラスが食い入るように見つめているわ。
「伯爵。話が戻ったついでに言わせてください。シルヴィア様が言っていた、伯爵を嫌悪しているのは出自のせいじゃなく、人となりのせいだって、あれ。俺は、あの発言こそ、人としてどうかと思いますよ。出自は、自分でどうにもできないから仕方ないって思えるけど、人となりは、人間性ですからね。それを否定されるのは、堪えますよね。」
つまり、言い換えるとね。お母様は、リーバイ・アンダーソンのことが、人として嫌いって言い放ったのよ。
「価値観の相違…。その一言で、片付けてはいけないのだろうな。私は本当に、彼女のことを何も知らなかったのだから。まさか…。あれほどの、膂力を持っていたとはな…。」
「お父様、ずいぶんと高く放り投げられていましたものね。お祖父様の子どもは全員、兎の特性で聴力が高く、その他にも各々特別な力を持っているんです。お母様の能力は、怪力ですわ。お父様、叩かれなくてよかったですわね。"バシっ"とされていたら、どうなっていたことか。」
「うわぁ。怖いこと想像させないでくれよ。しかも。実際そうなったら、治すの俺だろ!?あのときの、ウィルバート様みたいな大怪我を治すのはごめんだからな!」
それを聞いたリアが目を伏せたのを見て、気づいたの。リアとラザラスが、『心配だから』と言って、この場に残った理由を。あれは、お父様とお母様のことじゃなかったんだわ。ふたりが心配していたのは、私…。私になにかあったら心配だから、見守ることにしたのね。しかも。私は、そんなふたりの心配を見事に的中させちゃったのよ。我慢できず、両親の話し合いに割って入った私の姿に、ふたりは"やると思った!"と頭を抱えたんだろうな…。私の行動は、ふたりを冷や冷やさせていたんだわ。ウィル様からも、心臓に悪いって言われたもの。
私は、未来の話をふたりから直接聞いていない。だから、どこか他人事になってしまうのかもしれない…。
「そうね。今回は怪我人がでなくて、ほんとによかったわよね。」
「いやいや、『よかったわ』じゃないからな!?おまえ、伯爵が投げられたとき、ぼーっとしてただろ!?ああなる前に、止めろよな。」
「私ね、あのとき。いつもルーカス様を『お父さん』って呼んで、からかっていたことを懺悔していたのよ。ルーカス様のお説教は長いけど、お父様と違って怖くはないもの。」
「…あの状況でなにを考えてたんだよ。それと、言っとくけど。兄さんは、リアとエスター相手のときは強く怒ってないだけだからな。俺はこの前、気付け薬のことで、ものすごい怒られたんだぞ!自分でつくったものなら、自分で嗅いでみろって!」
私はラザラスと一緒に、あの気付け薬を嗅がせてしまったウィル様とメアリーに改めて謝ったのよね…。
「あの気付け薬、メアリーのトラウマになっちゃったのよね。兎も嗅覚が敏感だから…。ウィル様なんて、直に嗅いでなくてもつらかったですわよね。狼の嗅覚は、さらに優秀ですもの。」
「あはは。正直言って、あの臭いは二度と嗅ぎたくないですね。メアリーの力が、目の能力でよかったですよね。嗅力だったら、もっと悲惨なことになっていましたよ。」
「メアリーの能力は、人の性格や感情を色で捉える、目の力ですからね。メアリーの双子の兄である、イーサンとネイサンは魔術や錬金術の類に秀でた力を持っていますし。そう考えると。お母様の膂力って、なんだか残念な力に思えますわね。だって。秀でた力が、バカ力なんですのよ?」
そのバカ力だって、使い方次第では、きっとなにかの役に立ったはずなのに。お母様は、物を壊してばかりだったわね。
「お義母様の力も、辺境地ではきっと、なにかの役に立つと思いますよ。」
ウィル様の気遣いに場が和むと、目を伏せたまま黙っていたリアが、お父様へ問いかけた。
「伯爵様。空へ投げ飛ばされて、怖かったですよね?悲鳴を上げていらしたものね。」
「…そうだな。空中では、無防備だしな??」
悲鳴を上げたことを指摘されたお父様は、羞恥でおかしな返答になっているわ。
「伯爵様でさえ、怖かったのですもの。きっと。あの3人も懲りているはずよね…。なら私、諦めるわ。ラスとエスターへ手を出したあの3人への仕返しは、やめることにする。」
「あの3人って、悪い虫のことか??リア、あいつらに仕返しなんてするつもりだったのか!?」
「そうよ。だってふたりは、私がバカにされたから怒ってくれて、3人と喧嘩になったのよね。なら。ふたりに手を出されたことを私が怒って、仕返ししたっていいじゃない!?」
「でもな、リア。"仕返し"って言葉は、あいつらが使う側なんだよ。手を出した数でいったら、1番多いのは、こいつだからな。それに、風で巻き上げられたのは、あいつらにとってトラウマになったと思うし。」
「リアって、意外と根に持つタイプよね。ずいぶん前の話だから、私もこいつも、もう気にしてないわよ??」
「ふたりがそう言うなら、いいのよ。それに。あんなに空高く飛ばされたなら、私が仕返しする必要はないと思っていたところだしね。だから。仕返しするの、やめるわ。」
「そうか…。フィリア嬢も、"こう"なのか…。」
"こう"が、なにを意味するのかはわからないけど、これまでお父様が思っていた、リアのイメージとは違ったようね。
「婚約者殿は、この3人より年が上なわけだし、この子たちが暴走したときには止めてくれるのだろうな??よもや、一緒に暴走するなんてことはないよな?…いや。辺境伯殿があの性格なら、その息子も…。」
「僕としても、自分が止める役だと自覚はしているのですが。ルーカス殿のように、"お父さん"ポジションに徹するのは、なかなか難しいですね。彼とは年が同じなんですけどね。やはり、お子さんがいるから落ち着いているんでしょうね。」
「あらっ。ルーカス様は子どもの頃から、"お父さん"でしたわよ。」
「おまえたち3人が暴走するから、彼は大人になるしかなかったのだろう。それは、今も。そして、これからも変わらないのだろうな。振り回される方の気持ちは、よくわかるよ。私も、陛下には振り回されてきたからな。しかし。これからは、陛下によく似た辺境伯殿ともお近付きになるのか…?」
「結婚したら、家と家との繋がりができますもの。少なからず、関わり合うことになりますわよ。お父様、仲良くなさってくださいね?」
「いや、私としては…。いっそのこと、関わり合いは少なくとも構わないのだが…。」
人付き合いが苦手なことはわかるけど、お父様がここまで言うのは辺境伯様が、国王陛下に似ているというのが原因なのかしら?辺境伯様と言葉を交わしたのは少しだったのに、そのわずかな会話の中で、陛下と同じにおいを感じたみたい。
ヴェルナー家との少ない関わりを望むお父様へ、ラザラスがひとこと。
「伯爵。それ、フラグですよ?」
「…フラグ??」
「お父様が、関わり合いを少なくしたいと口に出したことで、逆に、ヴェルナー家とは深いつき合いになるって伏線ですわね。」
「頼むから、そのような笑えぬ冗談はよしてくれ。おまえたちが、そんなことを言うから。ほら今、『わしも、湖畔に別荘が欲しい』なんて幻聴まで聞こえてしまったではないか…。」
「そういえば。父が、湖畔で氷菓子を食べたいと言っていましたね。」
ウィル様の話を聞いたお父様は、うなだれちゃったわ。そんな感情をあらわにするお父様を、さっきから物珍しそうな目でリアが見ているの。
「わざわざ、我が領地へ来ずとも、婚約者殿が生成した氷をエスターが削れば、氷菓子など、どこででも食べられるではないか…。」
「湖や、湖畔一面の花、増え過ぎたロータスを見たいと言っていました。それと、ロータスルート料理も気になるそうです。ヴェルナー領での食べ方は、包んで焼くだけなので。」
「確か。ヴェルナー領にも、湖はあるはずでは??」
「ありますわよ。それも、ものすごーく神秘的な湖が!!リアにも見せてあげたいって思ってたの。そうだわ!チャペルをつくるついでに、見に行きましょうよ。」
「もちろん、行くわ!!」
私とリアが盛り上がっているのに、ラザラスが水を差す。
「ちょっと、待てよ。ドレスだってつくらなきゃいけないんだよな??なら、観光している暇なんかないだろ!?遊んでいたら、チャペルの完成が間に合わなくなって、式の日取りが延びることになるだろうからな。」
「それは、困りますね。おふたりとも。すみませんが、湖を見に行くのは式が終わってからでお願いします。」
ウィル様に頼まれたんじゃ、わがままは言えないわね。けど。リアが唇をとがらせていることに気づいたラザラスは、慌てて機嫌をとりだしたの。
「絶対に、式が終わってからじゃなきゃ駄目だってことじゃないんだ。式の準備の目処が立って、余裕があったら行こうな!?な、リア??」
「別に、あんたは来なくてもいいわよ。ね、リア??」
「はぁ!?俺も一緒に行くに決まってるだろ!!」
「はあぁ…。また、脱線したな。話が進まな過ぎる。」
話が脱線して話が進まないと、お父様が疲れ切った顔をしているわ。
「お父様は、要件以外の会話は必要ないと思っていそうですものね。でも、そんなのつまらないではありませんか。それで?お父様は、なんのお話をなさりたいのですか??」
「私のお役目である、"陛下の耳"を、エスターに引き継いでもらいたいと考えていたのだ。お前の方が、情報を多く得ているからな。これまで、情報網については不明だったが。男爵家から引き抜いた者たちの、聴力が高いためだったのだな。」
「えぇー!?陛下の犬になるなんて、嫌ですわ!!」
「犬…ではない。それにな。陛下へも、娘に譲ると申し出たのだが、エスターには忠誠心がないから駄目だと断られたんだ。」
「忠誠心がないと思われているなんて、心外ですわ。」
「おまえの場合。忠誠心がどうこう以前に、陛下のことを『お得意様』だと思ってるのが、態度に現れてるのが問題なんじゃないのか。主従の関係じゃなく、事業者と顧客なんだよな。」
ラザラスの的を得た発言に、思わず納得しちゃったわ。私にとって、陛下は大切なお客様なのよ。だって。国王陛下以上の、上客なんていないじゃない!?
それにしても。お父様の裏のお仕事には、まったく興味が湧かないのよね。そうそう。お父様はね、陛下の犬だったの。ふたりが、気安い関係だとは思っていたのよ。それが、まさか犬だったなんて。本人は、犬じゃなく耳だと言い張っているけどね。
得た情報は武器になるのに、それを陛下へ提供するだなんて、私はごめんだわ。まぁ。その情報に見合った対価をいただけるのなら、考えなくもないけど。
「この話はもうよい。陛下にも断られたことだしな。では…。私の、産みの親の話を聞かせてもらおうか…。」
産みの親のことを尋ねたお父様は、平常心を保とうとしているけど、表情は強張っていた。
私は、自分の知っている情報と、ウィル様や、ばあやから聞いた話を照らし合わせて推測した、お父様の出生の秘密と前伯爵夫妻について話した。
まず、1番大事なことはね。ばあやが、お父様を身ごもったのは、決してお祖父様が乱暴したからではないということよ。ばあやは、お祖父様が弱い部分を見せてくれるのも、寄りかかってくることも、求められることも、嬉しかったと言っていたわ。でも。たとえ、合意の上だとしても。それが、お祖母様を裏切る行為だということに変わりはないのよ…。
お祖父様の子を、ばあやが身ごもっていることが発覚してから。前伯爵夫妻とばあやの間で、いくつかの盟約が結ばれた。生まれた子を、お祖母様が生んだ子として育てること。出産後、ばあやは伯爵家を出て、お祖父様が懇意にしている商家で働くこと。それから。ばあやは、生まれた子どもに、自分が産みの親であると打ち明けてはならないこと。
3人はその盟約に同意した、はずだった…。だけどね。一度裏切られたお祖母様は、お祖父様のことも、ばあやのことももう信じられなくなっていたの。だから。ご自分の心の平穏を保つために、この先ふたりが会うことのないよう、水面下でばあやの働き先を変えたんだわ。
お祖母様の怒りに気づいたばあやは、伯爵家と関わらないために行方をくらませたの。そして。ヴェルナー家へとたどり着いた。ヴェルナー家のタウンハウスには、皇后様からの度重なる仕打ちに耐えかね、王宮を出て来た王妃様と、当時1歳の辺境伯様が暮らしていたわ。
ウィル様の話では。先王様と王妃様が出逢ったのは、先王様と皇后様の結婚式だったそうよ。当時、ヴェルナー辺境伯令嬢だった王妃様は、結婚式へ参列するため、辺境伯領からはじめて王都へ出て来た。
会場の人の多さに酔い、外へ出たところ、バルコニーにうずくまる男性を見つけたの。そして。その男性に、いくら祝いの席だからといって飲み過ぎは体に悪いと声をかけた。その男性は怒りながら問いかけてきた。祝いの席とは、まさかこの結婚式のことを言っているのか!?って。この結婚は国のためのもので、本人の望んだことではない。このあとの初夜なんか、本人の意思など無視され媚薬を飲ませられるのだぞ。本人がまったく望んでいない結婚を祝うだなんて、滑稽だとは思わないか??
その発言を聞き、慌てて男性の口を両手で押さえると、誰かに聞かれたら不敬に問われると注意した。その男性こそが今日の結婚式の主役である、この国の王だと気づかずに。そんな彼女へ、ヴェルナー辺境伯令嬢は無知なのだな、田舎から出てくる前に貴族名鑑を頭に入れてくるべきだったと、王様は笑っておっしゃった。王様はあえてご自分の正体を明かさず、彼女とのやり取りを続けたの。自分の正体を知らない彼女との会話は気を張る必要がなく、心から笑うことができたから…。けれど。王様が酒を勧めたことで、彼女の体に異変が起こった。それまで、制御できていた銀狼の血が暴走したの。奇しくもその夜は、スーパームーン。自分の意思とは関係なく発情する彼女の姿に、媚薬を飲まされ初夜を迎えなければならない自分の姿が重なった王様は、彼女の欲情を鎮めたの。責任は取るとおっしゃってね。発情中は、子を成す確率が高いとご存知だったから。
そしてその夜。皇后様と、ヴェルナー辺境伯令嬢のおふたりが王様のお子を身ごもったの。
先王様と皇后様のお子である現国王様と、先王様と王妃様のお子である辺境伯様。おふたりがお生まれになった日には、数週間の差があった。なんとしても王妃様より先にお世継ぎを生まなくてはと焦った皇后様は、宮廷医にお腹を切るよう迫ったの。現国王様のお誕生は、皇后様の執念によって予定日より早いものとなったのよ。それ以降。皇后様は、ご自分のお子を確実に王太子にするために、王妃様がお産みになったお子をどうにかして蹴落とそうと、あの手この手を使った。その度に、王様の王妃様へのご寵愛は増していくの。それは、王妃様がヴェルナー家のタウンハウスへお移りになられてからも変わることはなかった。王様は、頻繁にヴェルナー家の屋敷を訪ねていた。その際、もうひとりの王子様を連れて来ることが何度もあったの。王子様が、腹違いの弟と遊びたいと駄々をこねるから。それが、さらに皇后様を逆上させる結果となった。ちょうどこの頃。王妃様は、ご自身の子が銀狼の血を色濃く受け継いでいることを知るの。その暴走がどれほど強いものなのかわからず、銀狼の血を王都で暴走させるわけにはいかないと、王妃様は辺境伯領で暮らすことを決意した。
離れて暮らすことになったからといって、おふたりは会えなくなったわけではなかった。ここだけの話。王宮内には、先王様が亡くなられてからは使われていないという、王宮とヴェルナー辺境伯邸を繋ぐ、転移魔法陣があるらしいの。
そういう経緯があって、ばあやも辺境伯領へ移り住んだの。だけどね…。ばあやの所在がわからなくなったことで、アンダーソン家ではお祖父様とお祖母様の仲がさらに悪化していた。"マリーを隠しているのでは?"と、お互いに疑い合っていたの。特に、お祖母様の方はひどい疑心暗鬼に陥ってしまった。自分の監視下に置き、ばあやの現状を把握するつもりでいたのが、どこでなにをしているのか、わからなくなってしまったから。もしかしたら、伯爵領内にいるのではないか。夫は所在を知らないと言っておきながら、本当は、自分に隠れて会っているのではないか。自分の知らないところで、子どもに産みの親であることを打ち明けているのではないか…と。そうやって心が病んでいったお祖母様は、お父様へつらく当たるようになったの。
そしてあるとき。お祖母様はね、自分が産んだのではないと、お父様へ言ってしまうの。
『お前は、伯爵とメイドとの間に生まれた、不義の子なのよ。』
「お祖母様は亡くなる前、私のことを子どもの頃のお父様だと錯覚し、私に向かって『不義の子』とおっしゃっていましたわ。お父様は、お祖母様からそのような言葉を浴びせられて育ったのですね。それでお祖父様は、そんなお祖母様から、お父様を離したのでしょう。」
私たち家族と、お祖父様とお祖母様は、王都と領地に別れて暮らしていたの。それは。お祖母様から、お父様を守るためだったんだわ。
「お祖父様は、お父様のことを気にかけていましたからね。だから。子宝に恵まれている男爵家から、嫁を迎えたのです。ご自分と同じ苦労を、お父様にさせないために。」
「私は、父上の気遣いを無駄にしてしまったのだな。『婚外子は受け入れない』という言葉が、私の出自をさすものだと思い込み、彼女に触れるのはもちろん、言葉を交わすことさえ極力避けてきたのだから…。」
今思えば。よくそんなふたりから、私ひとりとはいえ、子どもが生まれたものよね。
「それから。お祖母様は、お父様との関係を悔やんでいたようですわ。愛せなかったことを謝っておられましたから。きっと。お父様を愛することが怖かったのでしょうね。いつの日か、ご自分を捨て、産みの親のもとへ行ってしまうのではないかと。」
「そうか…。母上は長い間、苦悩されていたのだな。」
「だからといって、子どもに当たるなんて許されませんけどね。」
「当たらなければいいってものでもないけどな。子どもを放置するのだって許されないだろ。伯爵は、どうお考えですか?」
ラザラスが言っているのは、お父様が私にしてきたことね。リアまで鋭い目つきでお父様を見ているわ。そういえば。リアは、お父様に言いたいことがあると言っていたわね。あのときは。パトリックの生まれを聞いて、黙り込んでしまったのよね。
「伯爵の生まれや、育ってきた環境を思えば、子どもへの接し方がわからないのは理解できます。けど。それにしたって、娘を放置し過ぎましたよね。自由と放置は違うのですよ!?」
「エスターは子どもの頃から、ものに当たるシルヴィア様のせいでたくさんケガをしていたんです。だけどそれは、伯爵様がシルヴィア様と向き合っていたら防ぐことができたかもしれないんですよ!?」
「ケガだけじゃない。伯爵、こいつに流れる兎の血がどんな影響を起こすか知ってますか?こいつのおじとおばも、みんなそれぞれ違う特性なんですけど…。」
「いやっー!!あのときのエスター、思い出したくもないわ!!」
ラザラスの問いにお父様が答える前に、耳を押さえてリアが絶叫した。リアは記憶力が良過ぎるから、思い出したくもないのに、忘れられないのよね。私の中の兎の血が暴走したときのことを…。そんなリアの肩を、ラザラスが抱き寄せる。
「こいつの兎の血は、暑さに弱いんです。猛暑が続いた夏、兎の血が暴走して、こいつの体温はありえないくらい高くなりました。いつもの魔力暴走とは違うってことはわかっても、当時の俺にはその原因がわからなかった。」
「前男爵様の血の暴走が発情だとすれば…。エスターにとっての暴走は、発熱ということか??」
「そうです。父の診断で、遺伝因子によるものだと判明しましが、治癒魔法は効かず。解熱薬を飲ませても、要因が遺伝だからか、治療法が根本的に違うようで熱は下がらなかった。水を生成し体を冷やしてやっていたリアは、エスターが苦しむ姿を見ていられなくなり、水をこいつの口の中に注ぎ込んだのです。…大量に。」
「ほんとに、ものすごい水の量だったから、ちょっと溺れたわ。でもね。リアの水のおかげで助かったのよ。」
「そう言うけれど…。本当に私の水のおかげで熱が下がったのかは、わからないじゃない。」
「リアの生成する水には、不思議な力が宿ってるんだ。リアは自分の力を、『水を出すだけのちっぽけな力』だって、言い張るけどな。」
ラザラスに頭をポンポンされたリアは、お父様へ顔を向けた。
「とにかく。いつまた月兎の血が暴走するかわからないため、急いで遺伝因子に働きかける薬をつくることになりました。その際、たくさんの人が協力してくれたんですよ。薬ができてからは、高熱を出すことはなくなりましたけど、エスターは今でも暑さに弱いのです。」
薬をつくるにあたり。まずは、お祖父様の血から原因となる遺伝子を特定した。その原因遺伝子の働きを抑制する薬の材料は、リアとラザラス、男爵家のおじとおばたちが集めてくれたわ。金銀花。鴨跖草。シロイヌナズナ。リコリス。地竜エキス。石膏。薬には、リアの水や、お祖母様の魔力を込めた魔石も含まれていて、最後にイーサンとネイサンが錬金術で抑制剤を製出したの。そうやって、私のためにつくられた薬は、お祖父様はもちろん、その血を引く人たちにも効果をもたらした。そして。私は、その薬の対価として、おじとおばを引き抜いていったの。私がつくったわけじゃないのにね。
「それでも今は、ウィルバート様がそばにいてくれるから安心できますけどね。伯爵様は、エスターの症状をご存知なかったでしょう??」
「確かに、知らなかったが…。そのように命に関わる遺伝のことまで、隠す事はないではないか。秘密主義にも程があるだろう。」
「それこそ、遺伝なのでは??伯爵も、黙ってパトリックの母親を匿っていましたからね。しかも。パトリックを伯爵家へ連れて来たときでさえ、なんの説明もしなかったそうですね?」
ラザラスの皮肉に、怒りがこもっているのを感じるわ。もしも。パトリックを連れて来たとき、お父様がきちんと説明してくれていたら、あの未来は避けることができたかもしれないものね。あの未来は、私だけでなく、リアにも関わっていたから…。
だけど。お父様も、お母様も、私も、隠し事をしているつもりなんてなかったのよ。ただ…。うちの家族は、相談し合う関係を築けなかっただけ。
「これまで散々、こいつのことを放置してきた伯爵には、罰が必要だと思うんです。例えば。一生に一度の娘の晴れの日である、結婚式に参列できないとか。まぁ。それを決めるのは、エスターだけどな。」
正直。お父様への罰は、特に望んでないの。式への列席もどちらでも構わないわ。だけど。ラザラスがここまで言うのには、なにか理由があるのね。だって。『お義父様』と呼んでいるウィル様でさえ、ラザラスの話に小さく頷いているもの…。だから。私の答えは…。
「そうね。お父様には、結婚式の列席を遠慮してもらうわ。お父様。よろしいですわね?」
「…あぁ。それが、私の犯した罪の罰というのなら、甘んじて受けよう…。これまで、すべて自分の生まれのせいにし、娘に向き合ってこなかったのだからな。」
お父様は、見たことのない険しい顔をしながらも、了承してくれたわ。なにか思うところでもあるのかしら…?ただ、結婚式に出ないでと頼んだだけなのに。
「んん…?そうか。婚約者殿は、氷属性だったな。その力で、エスターの熱が上がるのを防いでくれるのだな。ということは…。氷菓子も、ただの嗜好品というわけではないのか!?」
「私の体は、暑い日に氷の摂取が欠かせませんからね。でもどうせなら、味のしない氷を食べるより、おいしい方が絶対にいいじゃないですか!?」
「自分の体質に関わることさえ商売にしちゃうのが、エスターらしいわよね。いつも、ピンチをチャンスに変えちゃうの。」
私が暑さに弱くて、氷菓子を所望する理由を知って、お父様がなにやら考え込んでしまったわ。
「エスターにとって、幼馴染のふたりがどれほど大切な存在なのか、わかったよ。陛下がおっしゃっていた話の意味もな…。じつは。新たな宮廷医にと、ラザラス君の名が上がったのだが、陛下が却下なさったのだ。エスター同様、忠誠心がないからとな。ふたりが、国王より、フィリア嬢を優先させるのが目に見えるのだそうだ。」
お父様からその話を聞いた私とラザラスは、ものすごく納得しちゃったわ。私たちの最優先は、リアだもの。
「陛下って、私たちのこと、よく理解してくださっているのね!?」
「そうだな。俺たちは、なによりもリアを優先させるからな!!」
私たちの返答に、お父様が頭を押さえている。
「そういえば。フィリア嬢のために、滋養強壮の効果をもたらす魔物を、エスターが自ら狩ったのだったな…。婚約者殿には、魔力や血の暴走だけでなく、娘の暴走行動もぜひとも止めてもらいたい。」
「はい、お義父様。できる限り頑張ります。」
張り切って答えるウィル様に、気を緩めていたら…。
「ねぇ、エスター?滋養強壮の効果をもたらす魔物ってなあに??狩った魔物はどうしたの?」
「アイテムボックスに入ってるわよ!?」
「そう?じゃあ。ラスは、その魔物のことで知っていることはない??」
私がごまかしていると勘づいたリアは、今度はラザラスに問いただした。
「い…いや??俺は、し、知らないな…。」
相変わらずリアに嘘がつけないラザラスのおかげで、私たちが魔物からつくった生薬や乾燥肉を、リアに食べさせていたことがバレちゃったわ。それで今。リアに叱られているの。
そんなリアの様子を見たお父様が、『深窓のご令嬢ではないのだな』なんてつぶやくから、吹き出しそうになっちゃったわ。
王都から領地へ帰ると、また一騒動起きたわ。
その発端となったのは、私たちを出迎えてくれたメアリーの発言だった。その場には、パトリックとばあやもいた。メアリーは、お父様の纏う色の変化を見て、解放される喜びを爆発させたの。
「伯爵様。産みの親の存在を、お知りになられたのですね!?では。私はこれ以上、伯爵様とマリーさんの関係を知らないフリをしなくてもいいのですね!?」
「あ"ぁっー!もう、メアリーってば!!なんで、言っちゃうの!?」
ばあやが産みの親だと知ったことを、お父様がどうやって伝えるのかを見たかったのに!!
「あはは。なんだか既視感がありますね。やっぱり遺伝でしょうか?」
「ウィル様の言う通り、遺伝なのかしら??だって。お母様とメアリーは異母姉妹なんだもの。」
「僕は、エスター嬢も似てると思いますよ。」
「えぇっ!?私が??誰にですか!?」
ウィル様とそんなやり取りをしていたら、口を滑らせたことに気づいたメアリーが走り去って行ったわ。
「まさに脱兎の勢いだな。」
メアリーの後ろ姿を見ながら、お父様がつぶやいた。なんだか、上手いこと言った感が否めないけど。お父様は今、いっぱいいっぱいなのよ。それは、産みの親だと打ち明けるつもりのなかったばあやの方も同じだったわ。ふたりは目も合わせず、気まずそうにしているわ。
そして。お父様はね、この状況にいたたまれなくなって逃げ出したのよ。まぁ。いきなり家族にはなれないわよね。私とお父様も、会話は多くなったけれど親子の関係がギクシャクしたままだもの。
お父様とばあやの、これまで共有できなかった時間は取り戻せないけれど、これから少しずつ打ち解け、親子の関係を育んでいってもらいたいわ。そして。そんなふたりに、穏やかな時間が流れることを願うの。それも。できるだけ長くね。
そのあと。メアリーは、お父様に呼び出された。
お父様は、メアリーが家に来た日、自分を見て怯えていた理由を尋ねたそうよ。産みの親について口を滑らせたことを叱られると思っていたメアリーは、いい意味で拍子抜けしたの。それで、ついペラペラと話してしまったのよ。お父様の纏う色がほぼ真っ黒なことや、黒以外の色がばあやの纏う色と同じだったことをね。それが王都から戻った今は、その真っ黒な色が少しだけばあやの色に塗り替えられているらしいわ。
お父様の纏う黒色がきれいな色に変わる現象は、掃除好きのメアリーに火をつけたの。
イーサンとネイサンは魔道具づくりに没頭するけど、きれい好きなメアリーの"それ"は掃除なのよね。
金銀花=スイカズラの花蕾を乾燥させた生薬名
鴨跖草=ツユクサの生薬名




