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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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#4 聞いてよ、エスター

ラスと言い合いをした、お茶会の翌日。

食欲のなかった私は、朝食を軽くすませると、馬車へ乗り、エスターの家へ向かった。

エスターの住む伯爵領は、私の家と、ラスの家、どちらの領地にも隣接している。

お隣ではあるけれど、うちと伯爵領の間には山があるため、エスターの家へ行くにはその山を避け、ぐるっと迂回しなければいけなかった。

山には一応、急を要するときのための近道がつくられてあるの。だけどその山道は険しいから、馬車だと揺れが激し過ぎて、とてもじゃないけど通れないわ。特に寝不足で頭が痛い、今の状態では絶対にムリだわ…。


昨晩は、泣き疲れて、早めにベッドへ入ったの。だけど、夢にエミリオが出てきて、すぐに目が覚めてしまった。夢の中で、『かあさま』と呼んでくれて、笑いかけてくれたの。それだけで、愛おしくて仕方がなくて、エミリオをぎゅっと抱き締めた。そして、気がつくの。これは夢だということを…。

みた夢が幸せ過ぎたから、目が覚めて泣いてしまった。だって、知っているもの。あんな幸せが訪れる日は、来ないって…。夢の中が幸せな分、目覚めたときに、大きな喪失感に襲われる。

それで、私は眠るのが怖くなってしまったの。


「いらっしゃい、リア。待ってたわ。」

エスターは、満面の笑みで迎えてくれた。それなのに…。なぜだか、その笑みに、背筋がゾクッとしてしまう。

「さぁ、座ってちょうだい。」

エスターに促され、ソファへ腰をおろす。

「昨日は、随分と泣いたようね。あなた、目が腫れてるわよ。」

「やっぱり、わかっちゃう??これでも、だいぶ冷やしたのに。」

「一体、何があったのよ。氷の令嬢と呼ばれるあなたが、そんなに泣くなんて。」

「もう!"氷の令嬢"なんかじゃないって、何度も言ってるでしょ。その呼び名、私より、エスターにぴったりよ。」

「そうね。私は、冷たいからね。」

エスターは笑いながら、自分は冷たいのだと肯定した。その笑顔に、なんだか違和感を覚える。…気のせいかしら??

「いつもなら、『ラザラスに治してもらったら?』って言うところだけど。その目の腫れの原因は、ラザラスだものね。本人には、頼めないわよねぇ。」

「えぇっ!?昨日のことなのに、どうしてもう知ってるの??…ラスから、聞いたの?」

エスターは、笑顔で頷いた。

「ラスは、なんて…??」

「昨日は、沈黙の茶会だったのよね?」

「もう、エスター!!いい加減、沈黙の茶会って言わないでよ!?」

「あら。ラザラスは、聞き流していたわよ。…いえ、違うわね。反応する余裕がなかっただけね。昨日、家へ来たとき、この世の終わりみたいな顔をしていたから。ねぇ、そうよね?」

エスターは、昨日、一緒にラザラスの様子を見ていたメイドへ同意を求めた。メイドは、お茶を淹れながら、苦笑いを浮かべて頷いた。それからエスターは、お茶を淹れてくれたメイドを今日は退室させた。


「ラザラスは、昨日の午後に先触れもなく家に来たのよ。お茶会のあと、リアの家から直行したのね。あいつは、それだけ焦っていたのよ。リアと喧嘩するなんて、はじめてのことだから。」

「…喧嘩。昨日のは、やっぱり喧嘩なのかしら??確かに、ラスに、大きな声を出されたけど…。私は、ラスの恋を応援するって言っただけなのよ?ラスには、他に好きな人がいるみたいだから…。それなら、婚約を解消してあげた方がいいと思ったの。」

「他に好きな人がいるって、ラザラスが、そう言ったの?」

「…はっきり、言葉にはしてないけど。好きな人のことを聞いたら、お茶を吹き出して、わかりやすく反応していたのよ。」

「そう…。」

エスターが、何かを考え込み、なんだか難しい顔をしている。

「もしかして…。エスターは、ラスの好きな人が誰なのか知ってるの?」

「たとえ、知っていたとしても、言わないわよ。それは、本人の口から聞くべきことだから…。」

この反応。エスターは、知っているに違いないわ。でも普段なら、ずばずばと意見を言うのに、この話題には歯切れが悪いわね。

「まさか…。ラスの好きな人って、エスター!?」

「気持ち悪いこと言わないでよ!もう。ほら、見てよ。リアが変なこと言うから、鳥肌が立っちゃったじゃない。」

「…なら。ラスの好きな人は、エスターじゃないの??」

「リア…。そんなバカなこと、ラザラスに言っちゃダメよ。さすがに、あいつが憐れ過ぎるわ。」

「だって。昨日、家を出たラスが、午後にエスターの家へ着くには、あの山の近道を通るしかないでしょ?あんな道の悪い山道を通ってまで、早くエスターに会いたかったのかなって…。」

「そうね。あの山道を、馬を飛ばして来たのでしょうね。ご自慢の癒やしの力を馬にかけながら。一刻も早く、私に確認したいことがあったようだから。」

先程から何度も感じていたけれど、やっぱり…。今日のエスターの笑顔は、なんだか怖いわ。

「ところで、リア。私に、話すことはない?」

まっすぐに私を見つめるエスターは、笑顔なのに目が笑っていない…。そこで、今日、何度も抱いた違和感の正体に気づいたの。

「…エスター。怒ってるの??」

社交の場では、笑顔の裏に感情を隠し、一切表に出さず、完璧な笑顔をつくっている、エスター。だけど、今日の笑顔には、怒りが見える。それは、私たちが交わした約束を、エスターが守っている証だった。

8年前。私とエスターは、いくつか約束を交わした。ふたりでいるときは、笑顔を取り繕わない。お互いに対して、嘘をつかない。隠しごとをしない。本音を言うこと。

「リアには、怒ってるように見えるの?」

「その笑顔に、『気づきなさいよ。怒ってるんだからね!!』って書いてあるわ。」

「さすが、リア。でも、ちょっとおしいわね。怒ってるわけじゃなく、機嫌が悪いのよ。」

エスターは、口角を上げ、胸の前で大袈裟に両手を合わせた。今の笑顔からは、怒りは感じられない。

「私はね、リアに隠しごとをされたのが、おもしろくなかったの。昨日から、ご機嫌斜めもいいとこよ。どうして、言ってくれなかったの!?」

「え??隠しごとって、なんのこと?…婚約を、解消しようとしてること?」

「それもだけど。それよりも先に、言うことあるでしょう!?ラザラスに聞いたわよ。結婚を迷うくらい素敵な相手に出逢ったのよね??"エミリオ"って誰なのよ!?」

「えっ!?エミリオ??ちょっと待って。ラスに聞いたって…。ラスは、エミリオのことなんて言ってたの??」

エスターが怒っているわけじゃないと知り、安心したのもつかの間。まさか、不機嫌だった理由が、エミリオのせいだったなんて。

「私が、あなたたちの結婚式の会場の準備をしているから、気が引けて打ち明けられなかったの?それとも私が、ラザラスの味方をすると思った?あいつには悪いけど、私は、リアの味方なんだからね。だからリアが、本当に好きな人と結ばれるためなら、どんな協力もいとわないわ。リアの幸せが一番なのよ。だけどリアを泣かせるなら、私は、エミリオとのことを許さないわよ。」

「待って、エスター。ちょっと、落ち着いて。」

エスターが、エミリオを許さないと言い出したから、慌てて誤解を解こうとしたのだけれど。エスターは、興奮していて、私の声が聞こえてないみたい。

「それにしても、私の情報網に引っかからないなんて。エミリオって、まさか庶民なの??相手が庶民なら、ご両親を説得するのは難しそうね…。エミリオとの結婚は道のりが険しいと思うけど、覚えておいてね。誰がなんと言っても、私だけは、リアの味方だということを。それで?エミリオのこと、教えてくれないわけ?なら、いいわ。リアが教えてくれなくても、どんな手を使ってでも、エミリオを探し出してみせるから。」

どうしよう…。なぜか、大事になっているわ。昨日のお茶会で、エミリオの名前を呼んで泣いたことが、飛躍してしまっている。私のためにいろいろ考えてくれているエスターに、『エミリオとは、夢で会っただけ』なんて…、正直言い出しにくいのだけれど。

意を決して、大きく息を吸うと、エスターの話をさえぎった。

「もう、待ってったら!!話を聞いてよ!エミリオを探し出すなんて、絶対に出来ないんだから!エミリオはね、私の夢の中の存在なの!!実際に、会ったことはないのよ。」

「夢って…、どういうこと??つまり…。エミリオは、実在しないってこと?」

「……そうよ。」

エミリオが実在しないことを認めたら、虚しい気持ちになった。胸に、穴があいたみたい。エミリオが、いないと思うと悲しくて、また泣いてしまいそう…。

「じゃー。リアは、夢に出てきただけのエミリオを想って、号泣し、ラザラスとの結婚まで考え直そうとしたってこと??」

私が頷くと、エスターがあきれかえってしまった。

「えぇー!?嘘でしょう。まさか、夢に出てきた人だったなんて…。でも。あのラザラスなら、リアの夢に出てきた相手に対しても、嫉妬しかねないわね。」

「ラスが、嫉妬するとは思わないけど…。それと、もうひとつ言うとね。夢に出てきたエミリオって、ラスと私の子どもなの…。」

「やだー。そしたらラザラスは、夢の中の、自分の子どもに嫉妬していたのね。」

真相を知ったエスターが、お腹を抱えて笑い出した。

「ラザラスったら、バカね。エミリオを探し出して、殴るって言っていたのよ。リアの話をよく聞いていたら、あんなに大騒ぎすることなかったんじゃない。本当、人騒がせなんだから。」

私に好きな人がいるという話が、ラスの勘違いだったと知って、ひと安心しているエスターへ、私は悩みを打ち明ける。

やっと、本題に入れるわ…。

「でもね…。ラスとの結婚を迷ってるっていうのは、本当のことなの。これも夢でみた話だから、エスターにはあきれられちゃうと思うけど。」

「大丈夫よ。ちゃんと聞くから。なにをみたか、話してみて。」

エスターは、笑うのをやめて、真剣に向き合ってくれた。全部が全部、ラスの思い違いだったわけではないと、察したみたい。

「夢の中のラスはね、しばらく家に帰って来ないの。それでね、このまま結婚したら夢でみた通りになってしまいそうで、不安なのよ。だって。ラスは、仕方なく私と結婚するんだもの…。」

「ごめんね、リア。それって、私の父のことが影響してるのよね…??」

「謝らないで。これは、私の問題だから。」

「あなたたちも会話が少ないから、一見、不仲に見えるけど、お互い嫌っているわけじゃないでしょ。私の目には、会話がなくても一緒にいるのが当たり前な熟年夫婦みたいに見えるわよ。うちの両親とは、全然違うわ。」

「熟年夫婦…。おじいちゃんと、おばあちゃんみたいってこと??まだ結婚もしてないのに。」

そう言ったら、なぜかエスターが笑い出した。

「もう!なにが、おかしいのよ。夢での私たち、結婚しても不仲だったんだから。実際もきっと、エスターのご両親みたいに冷え切った関係になるわ。」

「ならないわよ。私がいればね。だって、あなたたち。私がいれば、普通に笑うし、会話もするじゃない。不思議よねぇ。」

人差し指を頬に当て、エスターが首を傾げる。

「『不思議よねぇ』って、他人事みたいに。私のおかしな習性は、エスターと交わした約束がきっかけなのに。」


8年前。

ラスの、『仕方ない』という言葉を聞いてから、私は誰に対しても一線を引くようになった。笑顔を取り繕い、感情を隠し、本心を内に秘めた。ぼろが出ないよう、口数も減っていたわ。そんな態度をとっていたら、エスターに、『いつわりの友情ならいらない』と言われてしまったの。そのときだった。私たちが、約束を交わしたのは。もしも、約束を破ったら、友達をやめると脅された私は、約束を守ろうと必死だったわ。だってこのとき、ラスを信じられなくなってしまった私は、唯一の親友である、エスターまで失いたくはなかったから。

約束のおかげで、エスターとふたりでいるときは、いつわらない、ありのままの私でいられた。だけど。エスターと一緒にいても、人前では変わらず自分を取り繕っていた。

従順に約束を守っていた、ある日。

エスターとふたりでいるとき以外にも、ありのままの私でいられるシチュエーションがあることに気づいたの。私の家族と、ラスの家族、家の使用人たちといるとき。それから…。エスターとラスと私、三人でいるときも。どういうわけか、三人でいると、ラスにも普通に接してしまうの。

「いまだにわからないわ。エスターがいると、ラスに冷たい態度をとれなくなっちゃう理由。ラスとは、一線を引かなきゃって思ってるのに…。」

「それが、リアの本心だからじゃないかしら??むしろ私は、お茶会で会話がないって聞いたとき、信じられなかったわ。」

「だからって、隠れて、私たちのお茶会の様子を覗くことないじゃない。あのとき、エスターが大笑いしていたこと、一生忘れないんだから!!」

「最初は、会話のないふたりを見て、本当に心配になったのよ。だけど。ただただ、お茶を飲んで黙々とお菓子を食べてる、あなたたちを見ていたら、だんだん、熟年夫婦みたいに見えてきて、笑うのを我慢出来なかったのよね。」

何度目かの、会話のないお茶会のあと。ラスとのお茶会で会話がないことを、エスターに話した。そしたらエスターは、次のお茶会を覗きに来たの。しかもそれ以降、私たちのお茶会を、『沈黙の茶会』なんて呼ぶようになったのよ。

「笑っちゃったのは、大丈夫だと確信があったからよ。あなたたちは、ふたりきりだと会話はないけど、三人でいるときはお互い普通に接しているのを見ているから。きっと、ラザラスもそうだと思うわ。だからこそ、危機感がなかったのね。あいつ、リアに愛想を尽かされるなんて、思ってもみなかったみたいよ。」

ラスは、私に愛想を尽かされるというより、私が親の決めた結婚に異を唱えるなんて思わなかったのだろう。

「結婚が近づくと、不安になるらしいけど。リアも、マリッジブルーなのかしらね。だから。たとえ、夢でみたことでも、ラザラスとの未来に不安を抱いてしまうのかもしれないわね。」

「夢…。確かに、夢だと思うんだけどね…。でもね、私…。あれは、ただの夢じゃなかったような気がするの。」

やっぱり…。"あれ"を、ただの夢だとは思えない。

「昨日。お茶会の前に、ドレスルームへ行ったの。そしたらそこには、見覚えのない姿見が置いてあってね。鏡に映った自分と目が合った瞬間、気づいたら結婚後に使う予定の寝室に移動していたのよ。目の前には、エミリオがいたわ。ラスは、何週間も帰って来なくて…。」

私は移動し、エスターの隣に座ると、彼女の手を握り締めた。

「エミリオがね、こうやって、私の手を握り締めてくれたの。その感覚が、やけに現実的でね。今も、エミリオの温もりを感じるのよ。それに。帰らないラスを毎日待ち続けて疲弊していく心も、実際の出来事のように感じたの。だから私ね、姿見に映ったあれは、未来に起こることなんじゃないかって思うの。」

「それで、結婚をやめたくなったのね。」

エスターは、戸惑っているようだけれど、私の話を否定しないでくれた。

「未来を見ただなんて、他の人には言えないけどね。おかしくなったと思われちゃうもの。」

「リア。私は、そんなこと思ってないからね。」

心配かけたくなくて、出来るだけ明るく笑い飛ばしたつもりだったのに、エスターには逆効果だったみたい。かえって気を遣わせちゃったわ。

「ただ、気になるのはね…。その姿見を、ドレスルームに運んだ人が誰なのか、わからないのよ。屋敷にいるみんなに聞いたのに、誰も知らないって言うの。」

「なにそれ…。気味が悪いわね。」

「でしょう??だから今は、布をかけて物置にしまってあるのよ。」

私の部屋に入れる人なんて、限られている。まして、誰にも見つからず、姿見をドレスルームへ運ぶことは不可能だと思うの。鏡に映った未来のこともあり、怖くなって、姿見を物置にしまってもらった。

「私、その姿見を見てみたいわ。リアの家へ行ったら、見てもいいかしら?」

やめた方がいいと、本当は止めたいけれど。エスターの瞳がきらきらしているのを見て諦めたわ。こうなったエスターは、止められないから。説得するだけ、時間の無駄ね。

「どうせ、止めたって見るんでしょ??本当、エスターって、物好きよね。」

エスターは、家へ行く楽しみが出来て、子どもみたいにうきうきしている。その姿に、私の心も少し軽くなった気がする。


隠しごとをしないというエスターとの約束通り、ありえない話だと思われるのを覚悟して、姿見で見た未来のことを打ち明けた。

だけど……。

その未来で、私が死んでしまうことは、言えなかった。

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