#39 最初で最後の家族喧嘩
年が明けるやいなや、玉座へと人々が集まりはじめ、王家の方々へ新年の挨拶をするための長い列ができている。
例に漏れず列に並んでいると、挨拶を終えた筆頭公爵家の方々とすれ違った。ヴェッティン公爵家の血筋の者はみんな、髪色が赤系統で、瞳の色は金や琥珀色をしている。私の視線は、その特徴を持つ人たちの中のひとりを捉えていた。そう、パトリックの父親よ。あの日、王宮の階段でメアリーとすれ違った者を、ケイトに調べてもらってパトリックの父親が判明したの。ケイトの情報通り、間違いなく彼だわ。今日も、例のネックレスをつけているもの。
パトリックのネックレスは、母親の遺品なのよ。それとおそろいの物を身につけている理由が気になり、あのあと公爵家の情報を集めたの。残念ながらパトリックの両親についてわかったのは、公爵家の次男と、公爵家に仕えるメイドという主従関係だけだった。パトリックの両親がどのような関わり合いを持っていたのかも、パトリックを授かった経緯も、突き止めらなかったの。それでも、このような公の場でそろいのネックレスをつけているのは、相手に想いがあるからではないのかしら?隠すどころか、見せつけるようにつけているのには、彼なりの想いがあるはず。ただそれがどんな想いなのかは、はかりかねるけど…。
さっきから、すれ違ったときの彼の目が、まぶたの裏に焼きついて離れないのよ。生気のない彼の目が、まるでリアと出逢う前の私のようだったから…。
心ここにあらずだった私は、辺境伯様の豪快な笑い声にはっとした。辺境伯様と母が寄り添う姿を目にした陛下が驚かれているのを見て、思惑通りにことが運び、辺境伯様が大きな声で笑っているわ。その豪快な笑い声に、人々の視線が集まっている。めったにお目にかかれない辺境伯様が、王宮行事に参加しているため、ただでさえ注目されているというのに…。
「まさか。お前の再婚相手が、アンダーソン伯爵の元夫人とはな。先月我に会いに来た際に、其方たちの息子と娘には、何も聞かされていなかったからな。」
矛先が私とウィル様へ向き、辺境伯様と母の関係を黙っていたことをチクリと指摘されたわ。
「それとウィルバートよ、そんなに警戒せずともよい。我も、息子たちも、其方の婚約者のことはもう諦めておるからな。先月も牽制のために、わざわざ謁見の場に付いて来たのであろう?エスターは自分の婚約者であることを、王宮にいる者らに見せつけるために。ちょうど今の、ガイアスのようにな。」
「ウィル様!?そうだったのですか?」
「いいえ。パトリック君のことが、心配だったからですよ。」
パトリックが心配だというのは、嘘ではないのでしょうけど、きっと陛下のおっしゃる通りなんだわ。それは、ウィル様の今の立ち位置が物語っている。私の視界に、王子殿下たちが入らないように立っているもの…。
「それにしても。お前たち…。親子そろって、アンダーソン伯爵家の者を相手に選ぶとは。」
「あら、陛下。それって、私と母にも言えることですわね?親子そろって、ヴェルナー辺境伯家の者を選んだのですから。」
「はっはは。今宵は皆、其方たちの関係が気になって仕方がないようだぞ。それでなくても、其方たちの、その銀髪"も"目立つからな。」
確かに。辺境伯様と母、ウィル様の銀髪は目立つけど、陛下が髪色を話題になさったのは、パトリックの父親について報告をしない私への静かな圧なのよ。わざわざ、『銀髪"も"目立つ』という含みのある言い方をされたのはね、この会場にいる銀髪以外の目立つ髪色である"赤髪"を思い起こさせるためよ。たったの1語だけど、陛下の『も』の中には、どの赤髪がパトリックの父親なんだって、問いが隠されていたのよ。
「確かに、銀髪は目立ちますわよね。"父"と私なんて、平凡な茶髪ですけれど。」
私は、あえてこの場にいないお父様の名を出すことで、父へ聞いてくださいと返答したわ。だって。パトリックの問題は、お父様が招いたことですもの。
陛下のお言葉に、問いが隠されていたことを知らない辺境伯様は、軽口で返したの。
「そういう陛下こそ、お若い皇后陛下と並ばれ、目立っておりますぞ。息子たちと、そう年の変わらないお方を迎えられるとは、やりますな。わっはっは!」
実際。皇后陛下はもとは、王子殿下の婚約者候補だったのよね。だけど。お若いとしても、皇后陛下のお年に触れるのは不敬よ。まぁ。辺境伯様なら、こんな不敬も許されちゃうのよね。ご本人はそれを自覚しているのか、いないのか…。そもそも、不敬だと思っていない可能性もあるわね。
それから。私とウィル様は、陛下への挨拶を終えたリアとラザラスと合流した。
「ミアさんが、シルヴィア様のためにつくったあのドレス。よくお似合いよね。」
リアは、私のウエディングドレスをつくるためにミアのもとを訪ねた際、母のドレスを目にしたの。それから。はやく着てる姿を見たいと言って、この日を楽しみにしていたのよ。
「そうね。かわいいドレスって聞いたときは、人形のドレスみたいなフリフリしたものを想像しちゃって、心配しかなかったけど…。ミアのセンスを疑って悪かったわね。」
辺境伯様の瞳の色のゴールドイエローのドレスには、花柄のグリッターが散りばめられている。お母様が歩く度にスカートが揺れて、それらがキラキラと光るの。
「リアも、そのドレス似合ってるよ。」
「ふふっ。ありがとう、ラス。」
「相変わらずの、青色だけどね。ほんっと、ブレないわね。」
「はっ。そういうおまえも、ウィルバート様の色じゃないかよ!?」
「エスター嬢も、そのドレスお似合いですよ。」
「ウィル様、ありがとうございます。私も、このグレイッシュブルーのドレスをとても気に入ってますわ。」
「そりゃあ。そのドレス、リアが刺繍したんだから当然だよな。」
ラザラスの言う通り。私が着ているドレスは、ウィル様の瞳の色のグレイッシュブルーで、胸元にリアが刺繍を施してくれたものなの。ドレスを着てこんなに高揚するのは、子供の頃ミアに、リアとおそろいのドレスをつくってもらったとき以来だわ。それにね。ドレスを着てドキドキするなんて、はじめてのことなのよ。たかだかドレスの色ひとつで、こんなにも気分が違うなんて…。着替えたあと。何度も、ウィル様の瞳の色のドレスを身に纏う自分の姿を鏡に映しては、気恥ずかしくなって目をそらしたわ。正直言って、そんな自分自身に戸惑っているのよ。まさか。パートナーの瞳の色で身を包み、羞恥に駆られる日が来るなんて、数ヶ月前までは思ってもみなかったから。
「あんた。羨ましいでしょう??リアが、私のためにドレスに刺繍したこと。」
「リアー。俺のにも刺繍してくれよ。こいつばっかり、ズルい!!しかも。これから、ウエディングドレスも手伝ってやるんだろ!?」
「ふふふ。リアはね、これから私の結婚式のために時間を使うのよ。式が終わるまでは、リアの時間をもらうわね。」
「クソっ。はやく式が終わればいいのに。」
「もう!ふたりとも、新年早々やめてよね。」
年明け早々、言い合いをする私とラザラスをリアが止める。今年も変わらず、リアを取り合う私たちを見て、ウィル様は笑う。
「あっ、みなさん。お義父様が、おひとりになられましたよ。」
ウィル様の声に、いっせいにお父様へ視線が集まった。じつは。お母様から、お父様を中庭へ連れて来るように言われているの。離縁した夫へ、今更なにを話すというのかしら…。
お父様を中庭へ連れて行き、離れたところから見守ることにした。なにかあったら心配だからと、リアとラザラスも一緒に。
両親から一応距離はとったけど、ウィル様の耳を頼りにふたりの話を聞く気満々なのよ。
「さぁ、ウィル様。ふたりの会話の内容を教えてちょうだい。」
「なんだ、なんだ。人様の会話を盗み聞きしようとは、いい趣味じゃないか。」
「あら。では、辺境伯様はお聞きにならなければいいではありませんか??」
「聞く気はなくとも、勝手にこの耳が音を拾うのだ。」
「つまり。お聞きになるということですわね?」
こうして。辺境伯様も合流し、元夫婦のやり取りを見守る。
「私が、あなたに嫌悪感を抱いていたのは、婚外子だからではありませんわ。だいたい、あなたの出自について知ったのは、つい最近のことですもの。はっきり言って、あなたの人となりが生理的に受け付けないのよ。」
(えっ!?結論から??)
お母様の第一声に、困惑したのはお父様だけではなく、私もだった。結論から話すのは、ビジネスでは原則だけど…。これだと、出だしの言葉が衝撃的過ぎて、あとの話が入って来ないわよ。だって。人となりが受け付けられないだなんて、相手を全否定してるようなものじゃない。だいたい、お母様の人柄だってほめられたものじゃないんだからね!?
「私の出自を知らなかった?いや、しかし。結婚当初、婚外子は絶対に受け入れられないと、確かに言っていたではないか。」
「それは、あなたへ向けた言葉ではありませんわ。先程も言った通り、私は、あなたの出自について知らなかったのですから。けれど。意図せずとはいえ、あなたを傷つけてしまったことは謝りますわ。」
えぇーっ!?お母様が、謝ったわ!?あの、お母様がよ?
「確かに私は、あなたのことを知ろうとしなかったわ。では。あなたは、私の家のことをどれくらいご存知なのかしら?」
「エスターの口振りから、薄々は感じていたが。男爵家も、何か問題を抱えているのか??」
「男爵家へいらしたときに、若い使用人を見かけませんでしたか?」
わぁ…。なんて脈絡のない質問なの。
「…若い使用人は、何人もいたと記憶しているが。どの使用人のことを言っているんだ?」
意図を読もうと頭を捻り、律儀に答えるお父様に、頭が下がるわ。
「最後に家へ行ったのは、10年以上前になるかしら…。それなら。幼児から、あなたの年くらいの者たちのことよ。」
「幼児は、使用人ではないだろう??」
「家では、年は関係なく使用人の子どももまた、使用人扱いなのですわ。もちろん、全員ではないのですが…。私が言っているのは、使用人の中でも、父の夜のお相手をする者たちの子どものことです。」
あぁ、もう!さっきから、なんて説明下手なの!?その言い方じゃ、お祖父様が好色家の変態みたいじゃない!!きっと。お父様の頭には、夜のお相手って単語しか残ってないわよ。私が、説明下手な母に対してブーブー言っていたら、辺境伯様に、先程からうるさいと叱られちゃったわ…。
「その子どもたちは父と血の繋がりがある、婚外子なのですわ。つまり。私にとっては、異母きょうだいということになりますわね。家には、そのような者たちが10人もいるのです。」
「いいえ!13人ですわ。それに。今は全員、男爵家を出ていますからね。」
お祖父様が誤解されるような言い方にたえられなくなった私は、ふたりの会話に割って入った。干渉はもうしないって、決意をしたはずなのにね。
「13人ですって!?まさか。また増えたの??」
「いいえ。メアリーを最後に、生まれていませんわ。増えたわけではなく、見つけたのです。男爵家を去ったあとで出産した者が3人いたので、お母様にとっては、異母兄ふたりと異母妹に当たりますわね。」
「待ってくれ。メアリーとは…。まさか、家で働いているメアリーのことか!?」
「ええ、そうですわ。わたしにとってメアリーは、叔母なんです。王宮で働いているケイトもですわ。」
「あぁ…。そういえば先程、給仕をしていたな。メイド長から、この忙しい時期に辞めないで欲しいと、引き止められたと言っていたよ…。」
お父様は平静を装おうとしているけど、目が泳いでいて動揺が隠しきれていない。
「お父様。勘違いしないで欲しいのですが。お祖父様とお祖母様は、お互いをとても愛してらっしゃいます。おふたりの愛の強さは、私が知る中で1番ですもの。そのおふたりは、お祖父様の多過ぎる魔力量と、月兎の血に長年苦しまれてきたのです。」
魔力過多による体内での魔力の暴走と月兎の血の影響で発情に苦しむお祖父様と、それを緩和させる力を持つお祖母様は、若くして結婚したの。そのため、子どもを授かるのも早かったわ。
だけど。身重の体では、お祖父様の魔力を受け止められなかった。お祖父様とお祖母様が最初に授かった子は、流れてしまったの…。その悲しい出来事に、お祖母様はひどくショックを受けたわ。それでも。お祖父様の魔力暴走と、月兎の血による発情は、お祖母様の傷が癒えるのを待ってはくれなかった。お祖母様は、また子どもを授かり、今度はお腹の子を守ってみせると誓った。そして。お祖父様とお腹の子を守るために、苦渋の決断をしたのよ。それは。お祖父様の発情を鎮める相手を、娼館から雇い入れるというものだった。お祖母様は、娼館へ足を運び、自らの目で雇う相手を数人選んだの。
このとき。お祖母様は、17歳。
自分の夫と、子どもを守るために決めたこととはいえ、いざその状況になってみると、複雑な想いに胸が締めつけられた。そんなお祖母様よりも、覚悟が決まっていなかったのは、最後までこの方法に異を唱えていたお祖父様だった。暴れるお祖父様を鎖に繋いだものの、お祖母様以外に触れられたくないと必死に叫ぶ姿に、お祖母様も泣き出してしまうの。そんなふたりの態度に、雇われた者たちも戸惑うしかなかった。それはそうよね。彼女たちが相手にしてきた客は、自ら望んで娼館を利用する者たちだもの。嫌がる者を相手にしたことはなかったのよ。
そんな中で。最初に腹を決めたのは、最年長のジャネットだった。
『ギャーギャー、騒がない!!これは、ただの治療なんだから。』
ジャネットはお祖父様の頭を小突くと、医者の治療を嫌がる子どもを叱るように言い放った。
お祖父様は治療の度に大騒ぎをし、鎖に繋がれ、目隠しをされた。協力的ではない相手の魔力を鎮めるのは、骨が折れたそうよ。お祖父様が、この治療に慣れることはなかったから…。使用人の方にも、続けられないと、男爵家を去る者もいたの。そして。ジャネットがお祖父様の子を身ごもったことで、お祖父様はご自分をひどく責めたのよ。お祖母様を裏切ってしまったと…。命を守るための治療を受けることによって、精神状態の方が悪くなってしまう悪循環に、お祖母様も心を痛めていた。
そんなある日。どんな言葉をかけても、お祖父様がぐずるため、お祖母様は思わず頭を叩いてしまったの。ジャネットがするよりも、ずっと力強く。バシっ!!ってね。
手を出してしまったお祖母様も、頭を叩かれたお祖父様も、一瞬なにが起きたかわからなくなって…。部屋が静まり返る中、互いを見つめていた。
『…ごめんなさい。今のは、間違いですわ。』
『…う、うん??間違いなら、仕方ないか…。』
目をパチパチさせながらそう言った、お祖父様の顔が忘れられないとお祖母様は言っていたわ。
『もしもの話よ。私が、あなたと同じ状況になったら、あなたならどうする?死ぬほど嫌でも、他の人に私を抱かせる?それとも。何もせず、私が死ぬのを見てる??』
お祖母様はね、自分の選択が正しかったのか、わからなくなってしまったの。たとえ治療目的だとしても、嫌がる相手に体を重ねるのは、相手の尊厳を踏みにじる行為だと思えて仕方なかったから。それに。彼女たちはきちんと避妊はしていた。それなのに。普通の避妊薬では、発情期の兎の繁殖力を止められなかったことに対しても申し訳ないと思っていたの。お祖父様同様、お祖母様の心も壊れかけていたのよ…。
お祖父様が答えないから、お祖母様は質問を変えたの。
『あなたは。私に、あなたが苦しんでいるのを何もせずに見てろって言うの?あなたが死ぬのを黙ってただ見てろって言うの??私は、あなたを助ける術を知っているのに!?ねぇ。あなたは、お腹にいるこの子に会いたくないの?私をこの年で、未亡人にするつもりなの?私。あなたが死んだら、すぐにいい人を見つけて再婚してやるんだから!あなたは、それでも平気なの!?私だって…。本当は、あなたが他の人を抱くなんて嫌よ!そんなの当たり前じゃない!?でもね…。なによりも耐え難いのは、あなたが死んでしまうことなのよ。』
そんなお祖母様の本音を聞いた、お祖父様の態度はね。なんと。変化は見られず、そのあとも治療の度に嫌がったそうよ。それでも…。ほんの少しだけ変化があったとすれば、それは本音を吐き出したお祖母様の方。
お祖父様は、それ以降も。相変わらず駄々をこねては、ジャネットに小突かれ、頬をつままれ、それをお祖母様に笑われる。お祖母様が笑うと、お祖父様にも笑みが見られた。その、ほんの少しの変化がね、みんなの救いとなったの。
お祖母様の出産後、男爵家では毎年のように子どもが生まれたわ。そしてそのことが、意外な恩恵をもたらしたの。生まれた子どもたちへ、お祖父様の力が少しずつ吸収され、頻繁に起きていた魔力暴走や発情の間隔が空くようになり、その症状も落ち着いていったのよ。お祖母様の力だけで抑えられることも増え、発情を抑える薬や、避妊薬の効果が得られるときもあったわ。子どもが増えるほど、自分の体調がよくなるなんて、お祖父様としては不本意だったでしょうけどね。
それでも、結局。症状が完全になくなることはなく、忘れた頃に激しい暴走に見舞われたの。
そんなお祖父様とお祖母様、使用人たちの苦悩は30年続いた━━。
そして。今から12年前。
イーサンとネイサンの魔術の素質に気づいた私は、ふたりに、魔力を吸収する魔道具の容量を増やしたものと、兎の血を抑える薬をつくってもらったの。それを対価にして、お祖父様に、ハンスを引き抜くことを認めてもらったわ。湖畔の事業を任せるなら、ハンスがいいと思っていたの。それから。湖畔を花でいっぱいにしたくて、ハンスとその母であるジャネットとともに腕のいい庭師を探していた際、ダグラスと会ったのよ。そのとき。突然ジャネットが、ダグラスと一緒にいた女性に向かって大きな声で名前を呼んだから驚いたのよね。その人はダグラス母親で、30年前に男爵家を去った使用人だった。
当時。妊娠していることに気づいたダグラスの母が、1番に抱いた感情は…。お祖父様とお祖母様に対しての罪悪感だったそうよ。ふたりが、どれほど互いを想っているかを知っていたから。自分の妊娠はふたりを悲しませると思い、仕事を続けられないと言って男爵家を去ったの。身ごもっていることを打ち明けずにね。
このことをきっかけに、私は他にも男爵家を去ったあとに出産した者がいないかを調べたの。そして。新聞社で働いていたジルベスターと、娼館の経営を任されていたバーバラのふたりを見つけたわ。
ジルベスターの母は妊娠に気づき、男爵家をあとにしたの。それは。ダグラスの母が去った、2年後のことらしいわ。一方バーバラの母は、知り合いから仕事を手伝って欲しいと泣きつかれ、男爵家を出たあと、妊娠に気づいたそうよ。
そして。このふたりの母たちもまた、お祖母様の気持ちを思うと、妊娠を打ち明けることができなかったのですって。
「正直。私と同じ年や、私より年下の叔父さんと叔母さんには、今も慣れませんわ。だって。メアリーを叔母さんだなんて思えないですもの。」
「待ちなさい。あなたより年下のおじですって??見つけたおじは、私より年上だったのでしょう?あなたを生んだあと、私には弟も異母弟も生まれていないはずよ!?」
あぁっー!?口が滑っちゃったわ。私はわかりやすく、両手で口を押さえた。お祖母様から、お母様には内緒にするよう言われていたのに…。
「あいつ。また、口を滑らせたな。ほんと、懲りないよな。シルヴィア様には口外しないようにって、念を押されていたのに。」
静かな中庭に、ラザラスのあきれた声が聞こえてきた。
「あんたの声、聞こえてるわよ!?兎の血の影響で、お母様も耳がいいんだからね!バカ力なだけじゃないのよっ!?」
「いや、だから…。言ったそばから、口を滑らせてるじゃないか。」
ラザラスに向かって叫んだあと、背後からゾクゾクする視線を感じた。これは…。振り返ったら、ダメなやつだわ。逃げるように、ウィル様たちのもとへ向かおうとしたら、バカ力な母にガシっと肩を掴まれたの。
「待ちなさいと言ったでしょう??あなたの言う、年下のおじとは誰のこと?…いえ。誰が産んだのかを教えなさい。」
私は振り返らずに答えた…。
「…お祖母様ですわ。」
「つまり。私があなたを産んだあとに、母は弟を産んでいたのね??」
「…妹も、ですわね。双子だったので。」
「母が双子を!?もう、信じられないわ!6人目を産んだとき、これ以上は体が持たないと医師から忠告されたのに!?」
母の手に力が入り、掴まれている肩が痛いわ…。
「お祖母様は、言えなかったのですわ。お母様に産むのを止められるのではないかと思っていたから…。」
お祖父様の血を引く子どもは、お祖母様が産んだ8人と、使用人が産んだ13人。合わせて21人よ。
でもね。母は、お祖母様の生んだ7人目と8人目の存在を知らされなかったの…。
はじめに生まれたのは、お祖父様とお祖母様の第1子となる長男。次に。ダグラス。ハンス。第2子の次男。ジルベスター。第3子は長女のお母様。ミア。マシュー。スザンヌ。マイク。第4子の次女。バーバラ。コリンナ。第5子の三男。イーサンとネイサン。第6子の三女。ケイト。第7子、第8子は双子で四女と四男。そして最後に、メアリー。
男爵家には、私のおじとおばが20人いるの。その中で、私と同じ年なのはケイトよ。
両肩を掴まれ、体の向きを変えられた私は、強制的に母に向き合わされた。
「どうして、あなたはそんなに秘密主義なのよ!?大事なことくらい教えなさいよ!」
母の言い方にカチンときたわ。
「知りたければ、自分でご実家と連絡を取り合えばいいじゃない!?離縁したことを報告もしないくせに!お祖父様もお祖母様も心配してらしたわ。昔からそんな態度だから、おふたりも娘になにも言えなくなったのよ。私は、そんなおふたりの思いを尊重しただけですわ。」
「あなた。自分を生んだ母親より、祖父母の味方をしてきたのね!?」
「当たり前でしょ!?私が、お母様の味方をする理由なんてありませんもの。私は、お母様よりも、ハンスやイーサン、ネイサンのことを家族だと思ってますから。」
「ふたりとも。少し、落ち着きなさい。」
お父様が、私とお母様の間に割って入ってきた。こんなこと、これまで一度もなかったわ。
「私たちは互いに、口を閉ざしてきたのだから、一方だけを責めるのは違うだろう。20年ともに暮らしてきたというのに、互いについて知らな過ぎたな…。」
「そうね。けれど…。それに気づいても、もうやり直すことなんてできないわ。」
「あぁ、わかっている。陛下からも、家族が離散したのは、私に甲斐性がないせいだと指摘されたのだ。そんなことだから、妻も娘もヴェルナー辺境伯家へ盗られるんだと、笑われたからな…。」
お父様は、この場を和ませようと、陛下にイジられた話を身を削る思いでお話になったのだろう。でも…。母には、逆効果だった。
「ガイアス様を盗っ人呼ばわりしないでくださる!?それに。妻と娘はヴェルナー家へ移ったけれど、その代わりに、アンダーソン家にはあなたの産みの親が帰ったわよね。おあいこじゃない!?」
「あ"ぁっ、もう!?なんで言っちゃうの!?」
「私の、産みの親…??まさか…。」
もう!!この人、ほんとにイヤ!!余計なことしかしないんだから。お父様には、ばあやが産みの親だってこと、自分で気づいてもらいたかったのに!
「エスター?」
母に掴みかかろうとしていた私は、背後からお父様に名前を呼ばれ、背筋が寒くなったわ。さっき、背中に感じたゾクゾクとは比べものにならないほどの、突き刺さるような低い声と視線に、私は固まってしまった。
「エスター。こちらを向きなさい。」
━━お父様が、怒ってるわ!!
「私の産みの親は、マリーなのか?」
「…はい。そうですわ。本人にも確認しましたもの。」
「では。そのことを私に打ち明けないのは、マリーが望んだからか?」
「ばあやは、伯爵家に迷惑をかけたくないのですわ。自分の存在が明るみに出たら、お父様に迷惑をかけると考えているのです。」
お父様は、"はぁー"と深いため息をついた。
「迷惑をかけたくないと言う者が、家へ戻って来るのは矛盾ではないのか?おまえ、私に知られても構わないと思って、連れて来たのだろう?まさかとは思うが…。私がいつ、産みの親に気づくかと、楽しんでいたのではあるまいな?」
ルーカス様にはたくさん怒られてきたけど、お父様の叱責は、ルーカスお父さんの比じゃないわ。あぁ、ルーカス様。"お父さん"なんて呼んで、いつもふざけてごめんなさい。思考を放棄した私は、謎にルーカス様へ懺悔していた。
「あら、それはおかしいわね。私たちは互いに口を閉ざしてきたのだから、一方だけを責められないと、ついさっきご自分がおっしゃったのではありませんか??」
「君のきょうだいが増えた話とは、問題の大きさが全然違うではないか?産みの親なんだぞ!?」
「私にとっては、きょうだいが増えることは一大事なのです!!あなたの物差しで、問題の大きさを勝手に判断しないでもらいたいわ。」
「生まれてから一度も会ったことのない母親と、君のきょうだいが増えた話。比べるまでもないと思うが。それに今更、ひとりふたりきょうだいが増えても、たいした差ではないだろう?」
「あなたのそういう、自分基準でしか物事を考えられないところが、嫌いなのよ!!」
思考回路が停止中の私の目の前で、お母様が、お父様を抱え上げ、空へ放った。お父様の悲鳴を聞き、我に返った私は、投げられたお父様を見上げ、それから落下に備え、風をおこした。
「うっ、わぁ…。やっぱり、似た者親子だな。」
空中を舞うお父様を見上げていると、ラザラスたちの声が聞こえてきた。
「あいつも風を使って、人を巻き上げてたからな…。」
「あぁ!!例の、悪い虫ですね。」
「ねぇ、ラス…。悪い虫さんたちも、あんなに高く上がっていたの??」
「あそこまで高くなかったはずだけど…。3人同時に巻き上げられていたから、ものすごい悲鳴だったな…。」
みんなが、お父様が空へ投げ飛ばされたのを見ながら、私が令息たちを風で巻き上げた昔話をしているわ。
上昇していたお父様の体が一瞬止まると、最高点から落下がはじまった。落ちてきたお父様を風で受け止め、そっと地面へ下ろす。そんなお父様のそばへ駆け寄ったのは、リアとウィル様だった。その様子を、私はラザラスと並んで眺めているの。
「ミモザばあさんが、私たちに当りが強いのって、こういう差なのかしら?私たちって、薄情さがにじみ出ちゃってる?」
「まぁ、仕方ない。俺たちは、リアに対してじゃないと動く気にならないからな。」
「もう、ふたりともバカなこと言ってないで!ラス、伯爵様を診てあげて。」
ラザラスがお父様を診に行くと、入れ違いでウィル様が私の方へ来て、突然私を抱き締めたの。
「ウィル様??」
「エスター嬢…。お義母様とやり合うのは、止めてください。心臓に悪いですから…。」
…完全に、油断していたわ。ひとつの危機を乗り越えたからといって、最悪の未来を完璧に回避したとは断言できないということを失念していたの。あの未来の死の原因である、お母様との衝突は避けるべきだったのよ…。運命の歯車に引きずり込まれない努力を、忘れちゃダメだったのに。
「ウィル様。心配かけて、ごめんなさい…。」
私が、ウィル様に寄り添ってもらっていると、同じように辺境伯様に寄り添われたお母様が、お父様のもとへ近づいた。
「お怪我はないですかな??伯爵には、ばあやのことで挨拶したいと思っていたのだが…。わはははっ。これは、そんな状況ではないな。」
「いえ…。こちらこそ、娘が嫁ぐというのに挨拶もせずに、申し訳ない。」
「まぁまぁ。息子たちのことは、いずれゆっくり話そうではないか。今は、ばあやの話をさせてくれ。ばあやはな、我が子に会うことが許されないのだと言い、その分わしの世話をしてくれてな。わしが王都へいられなくなった際に、領地へもついて来てくれたのだ。当時の皇后にしてみれば、わしは婚外子と大差ないからな。」
「辺境伯殿は、私とは違うではありませんか。先王とお母上は、婚姻関係にあったのですから。」
「わしが生まれたときにはな。わしを身ごもったときには婚姻関係にはなかったのだから、婚外子のようなものではないか。」
「…陛下からはよく、腹違いの弟君の話を聞かされました。陛下の母上との折り合いが悪く、逃れるため辺境伯領で暮らすようになったのだと。それから、ヴェルナー辺境伯領からまったく出てこないのだとも。」
「わははっ。田舎暮らしが長いと、辺境から王都へ出てくるのが億劫でな。それに。王都には、悪い思い出ばかりだからな。」
「…そうでしたか。陛下はずっと、弟君が王都へいらっしゃるのをお待ちになられていました。きっと。辺境伯殿の存在があったから、陛下は、婚外子の私へも寛大に接してくれるのでしょう。」
「わしには、兄の考えはわからんがな。ところで、伯爵よ。ばあやが産みの親だとわかったが、これからどう接するつもりでおるのだ?」
辺境伯様が、興味津々でお父様へ尋ねた。これは、完全におもしろがっているわね。
「お父様は、このまま知らない体でいくと思いますわ。だって。お父様って、家族との接し方がかわからないんですもの。」
「そうよね。会話どころか、挨拶さえない人だもの。」
「そういうお母様も、腹違いのきょうだいたちとの接し方がわからないじゃないですか。でも。庭師のダグラスとは、話をすることもありましたよね?」
「それは、伯爵家の庭師のことよね??…見つけたと言っていた私の異母兄というのは、あの庭師のことだったの?もう…。あなたの秘密主義、いい加減にしてちょうだい!?」
「腹違いの兄だと知らなければ、普通に接することができていましたよね?"知らないことは至福"と、言いますからね。」
「あなたの手のひらで踊らせられるのなんて、うんざりするわ。それで?全員が男爵家から出たというのは、本当なの??」
「はい。全員、私が引き抜きましたわ。母親たちは、男爵家に残っていますけどね。みんな、お祖母様に惚れ込んでいますから。」
「わっははは。使用人たちは、シルヴィの母上に惚れ込んでいるのか。それは、挨拶に行くのが楽しみだな。」
さっきから、おもしろがっている辺境伯様に対して、お父様がひとこと。
「…辺境伯殿は、国王陛下ととてもよく似ているのですね。」
私とウィル様が結婚したら、辺境伯様とは少なからず関わり合うことになるわ。結婚は家と家との結びつきって言うものね。
これからはじまる、そして末永く続くであろう家同士のつき合いを想像し、お父様が遠い目をしているの




