#36 踏み出す勇気をくれた小さな手
ベッドにうつ伏せになり、足をバタバタさせながら後悔を口にする。
「あぁ…。離縁の後押しに続いて、また両親のことなんかに口を出しちゃったわ。」
互いの影について知らないまま、勝手にすれ違ってればいいと、両親に対して不干渉を貫いてきたのに。
「エスター嬢、静かに。パトリック君が起きてしまいますよ。」
ウィル様は小声でそう言うと、人差し指を口に当てた。私の隣には、泣いて、笑って、走り疲れたパトリックがぐっすり眠っている。
「もう!こっちはあんたのおかげで、ものすごく疲れたっていうのに。自分はぐっすり寝ちゃうなんて!!」
パトリックの頬を指でつんつんつついていたら、ウィル様に手を抑えられ、止められてしまったわ。ウィル様は、そのまま私に寄り添うように横になった。
「うちのばあやは、エスター嬢のばあやだったのですね。」
「ええ…。ばあやは、私と血の繋がりのあるお祖母様なんです。マリーという名前も同じですし、うちの領地を離れた時期と、ヴェルナー家へ仕えはじめた時期も一致しますから。ウィル様には、ばあや本人に確認をしてからお話しするつもりでしたのよ。」
「なんとも不思議な巡り合わせですね。」
「…ほんとに、そうですわね。」
私がマリーの存在を知ったのは、伯爵家のお祖母様が亡くなる少し前のことだった。
お祖母様は、お祖父様が亡くなって間もなく、体調を崩したと思ったら、あっという間に寝たきりになってしまったの。心の状態も不安定で、寝室を訪ねた私をお父様だと思って、罵声を浴びせたり、子どものように泣きじゃくったり、謝罪や後悔、憎悪の言葉を口にしていた。そして、自分が産んだ子じゃないから愛せなかったと何度も謝っていたわ。
『マリーの産んだ子を、愛することができなかった。』って。
マリーの名前はそのとき耳にしたの。
お祖母様はマリーへ対して抱いていた、行き場のない思いを吐き出していた。笑顔の裏で自分を裏切っていたのかとか、自分たちの前に二度と現れないでとか…。
こうして、幼い頃にお父様の出生の秘密を知ったの。それと私も、お祖母様と血の繋がりがないことや、庶民の血が流れていることもね。お祖母様に毛嫌いされている理由がわかって納得したわ。
私がマリーを探すようになったのは、お祖母様が亡くなられてから数年後。今から10年近く前のことよ。
領内を視察しているとき、4、50代の男性に声をかけられたの。30年前に伯爵家のメイドとして働いていた、姉のマリーの行方を調べて欲しいって。その姉は、私の祖父である先代の伯爵の命を受け、他家へ仕えることになったそうなの。だけど。ただの一度も里帰りすることも、手紙が届くこともなかったため、姉が仕えている屋敷を訪ねてみた。そしたら、マリーという使用人はいないと言われたそうよ。そのことを何度も伯爵家へ問い合わせてみたけれど、その都度知らないと言われ、そのうち門前払いされるようになってしまったとのことだった。
30年経っても諦めきれず、今回、藁にもすがる思いで、子どもの私に泣きついてきたのよ。
調べてみると。確かにマリーというメイドは、他領の商家へ紹介されていたわ。けれど、実際は。マリーは、その紹介された屋敷を訪ねたことすらなかったの…。そこで情報が途切れ、暗礁に乗り上げてしまった。私は当時の話を聞こうと、その時期に伯爵家に仕えていたミモザのもとを訪ねたの。
はっきり言って第一印象は、最悪だったわ!!
10年前。ミモザは、私が伯爵家の娘だと知ったとたん悪態をついてきたのよ。
『マリーの人生は、伯爵家のせいでめちゃくちゃになったんだよ!!』ってね。
だからね、私も言い返してやったのよ。
『私はそのとき生まれてもいないのに、30年も前の話で責められる筋合いはないわっ!!』って。
ハンスには、そんな態度では情報を引き出せないって注意されたわ。その場を収集してくれたのは、リアの寄り添う力と、ラザラスの治癒の力だった。リアが親身になって話を聞いてあげて、ラザラスが膝を治癒してあげたら、ミモザは知っていることを話してくれたわ。
先代の伯爵夫妻は、結婚して10年が経っても子宝に恵まれなかった。さらに月日が経つにつれ、おふたりは、世継ぎを生まなくてはならないという重圧に押しつぶされていったの。その、ぴりぴりした空気は使用人たちへも伝染していったそうよ。屋敷の雰囲気が重苦しい中、マリーだけが明るく努め、伯爵夫妻に接していた。そんな中。子どもができないのは、伯爵か夫人、どちらかの体に問題があるのではないかという心無い声を上げる者もいた。そんな声に、心が擦り減っていったお祖母様は、励ましの言葉にも、腫れ物のような扱われ方にも、明るく声をかけられても、使用人へ当たり散らすようになっていったの。そしてお祖父様は、お祖母様の振る舞いに辟易してしまった。
息が詰まる伯爵邸の中で、マリーの明るさがお祖父様の救いとなっていた。
そんなある日。マリーの体調の変化に気づいたのは、ともに伯爵家に仕えていたミモザだった。このときマリーは、お祖父様の子を身ごもっていたの。そう、このお腹の子がお父様なのよ。事情を聞いたミモザは、伯爵と庶民のマリーとの間に生まれた子が私生児と蔑まれることを案じ、子どものために伯爵家を出るようすすめた。けれど侍女長に提出した辞表は、お祖父様の手に渡り、マリーはお祖父様の部屋へ呼び出されたの。それが、ミモザが見たマリーの最後の姿になった。
それから…。その日を境に、伯爵邸から姿を消した人物が、マリーの他にもうひとりいたそうよ。それは、伯爵夫人。
1年ほど過ぎた頃。伯爵夫人は、赤ちゃんを抱いて帰ってきたの。待望の世継ぎの誕生に屋敷中がお祝いムードの中、ミモザは、伯爵夫人に抱かれた赤ちゃんがマリーの子だと悟った。
一方、マリーは実家へ別れの挨拶をし、伯爵領をあとにしたの。
伯爵家の使用人を辞めたミモザは、マリーの実家を訪ねた。そこで、他家へ奉公へ出たことを聞かされたそうよ。挨拶も手紙もなかったのは、ミモザが、伯爵家の世継ぎの出生の秘密を知っているという事実が露見しないようにとの、マリーの気遣いだった。
しばらくして。マリーの弟から、姉の行方がわからないと相談されたミモザは、伯爵家へ強い不信感を持つようになったらしいわ。
「領主の娘に対して暴言を吐くとは、そのミモザという老婆は、伯爵家をよほど恨んでいるのでしょうね。」
「そうね。ミモザは、まだ10歳だった、領主の娘である私にも毒づく、元気なばあさんなのよ。憎まれ口を叩かれたことのあるラザラスも、ばあさんって呼んでるわ。リアは、ミモザさんて呼んでるけどね。」
「それは、フィリアさんらしいですね。」
「ミモザばあさんはね、とにかく口が悪いの!!ほんとに伯爵家の使用人だったの??って疑問に思っちゃうくらいにね。"おばあさん"とか"おばあちゃん"だとかわいげがあるから、"ばあさん"って呼んでるのよ。マリーの行方をなかなか探し出せなかった私に、『さっさと見つけてくれないと、あの世へ行っちまうよ。』なんて言うんだから!」
「あはは。なら、あの世へ行かれる前に見つけられてよかったですね。」
そう!これでやっと、あのばあさんにギャフンと言わせることができるわ!!ネチネチ、ネチネチ文句を言われ続けること10年。ほんとに長かったわね…。
次の日。
イーサンとネイサンがいる魔石の保管庫へ行き、頼んでいた魔道具と、錬金術でつくられた薬を受け取ると、それらを持って、辺境伯様のもとを訪ねたの。
この魔道具と薬はね、辺境伯様との取り引きに使うのよ。
「辺境伯様、お願いがございます。このお屋敷のお目付け役であるばあやを、我が伯爵家で雇いたいのです。どうか、ばあやを勧誘する機会をいただけませんか?その対価として、魔力を吸収する魔道具と、満月に起こる銀狼の血の影響を抑える薬を差し上げますので。」
「勧誘する機会とは…。機会を与えるだけでよいのか?それだけのために、魔道具と薬を差し出すのは割に合わんのではないか?」
「いいえ。ばあやは、ヴェルナー家に40年以上勤めているとお聞きました。長年仕えた者を引き抜こうというのですから、これくらいの対価は必要ですわ。ただ。最後の決定権は、ばあや本人に委ねるつもりです。彼女の人生ですからね。」
「そうか。ならば思う存分、口説いてみるがよい。ああ、そうだ。わしも、転移石が欲しいんだが。」
辺境伯様、意外とちゃっかりしてるわね。結局。用意していた魔道具と薬の他に、転移石も差し出すことになったわ。材料となる魔石はヴェルナー家のものだし、双子も転移石をつくるコツを掴んだようだから、すぐに準備できるはず。
辺境伯様のお許しを得たため、早速、パトリックの面倒をみてくれているばあやのもとへ向かう。パトリックをウィル様へ預け、ばあやを口説きにかかる。
「ばあや。パトリックをみてくれて、ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間でした。もし、孫に子どもがいたら、パトリック坊っちゃんくらいなのかしらなんて、妄想したりしてね。」
「残念ですけど。孫には、まだ子どもはいませんわ。ひ孫に会うのは、もう少しお待ちになってくださいね。」
私の言葉を理解できず、ばあやは首を傾げた。
「私、フルネームを名乗っていませんでしたね。改めまして。エスター・アンダーソンと申します。アンダーソン伯爵家のひとり娘ですわ。」
私の名前を聞いたばあやは、両手で口を覆うと、固まってしまったわ。
「お祖母様。やっと、お会いできましたわね。ずっと、探していたんですのよ?」
「…ひ、人違いでございます。わたくしのような卑しい者が、お嬢様の祖母であるはずがありません…。」
「ばあやが、『卑しい者』だとしたら、その血を引く私もまた、『卑しい者』ということになりますわね。」
「おやめくださいませ!!お嬢様のような高貴なお方と、庶民のわたくしとの間に血の繋がりがあるなどと…。そのようなこと、冗談でもおっしゃってはなりません。」
「ばあや。そんなに自分で、自分の血を蔑まないでちょうだい。私はね、自分に庶民の血が流れているからといって、自己卑下なんてしないわ。私には、私が貴族だろうと庶民だろうと関係なく、友達だと言ってくれる友人がいるからね。」
リアの言葉は、私をしがらみから解放してくれた。誰の血が流れていようと、私は私なんだって。だから私は、胸を張って生きるの。これからもリアに、友達でよかったと思ってもらいたいから。
とりあえず。血の繋がりのことはおいておいて、本題に入る。今は、血の繋がりを認めさせることが目的ではないから。
「ねぇ、ばあや。アンダーソン伯爵家で働いてくれないかしら?辺境伯様からは、ばあやが望む通りにするといいとお許しをいただいているわ。」
「わたくしが、伯爵家で…??そんなこと、突然言われましても…。」
「伯爵家は今ね、伯爵夫妻が離縁したからゴタゴタしているのよ。知っての通り、母は辺境伯様と再婚するし。パトリックはまだ小さいでしょ??しかも。父は子育てができないの。親子の愛情を、知らないで育ったから。」
「…離縁の理由は、まさか、出自のせい?」
「それは、まったく関係ないわ。母なんて、昨日まで父の出自について、なんにも知らなかったのだから。離縁した、一番の原因はね。父が、ある貴族の子を身ごもった使用人を匿い、その母親が亡くなると、天涯孤独になった子どもを家に連れて来たことよ。それも。家族になんの説明もなくね。」
「貴族の子を身ごもった使用人…。」
「自分の境遇と重なって、放って置けなかったのでしょうね。領地の隅にある療養施設に匿い、父は近くのコテージからその親子を見守っていたの。パトリックと、その母親をね。」
ばあやは、顔を強張らせた。その療養施設こそ、ばあやがお父様を出産した場所だから。そして。近くのコテージには、ばあやが出産するまでの間、先代の伯爵夫人が隠れて暮らしていたのよ。
「先代の伯爵は、誠意を持って父に接していたけれど、それ以上に夫人からの強い憎悪を浴びて育った父は、心を固く閉ざしてしまったの。はっきり言って父の人生はね、幸せと呼べるものではないわ。」
ばあやの目から、大粒の涙があふれ出した。ばあやは頑なに、父との関係を否定しているけれど、故郷から遠く離れたこの地で過ごしてきたのは子どものためだと、この涙が物語っている。
ばあやは、自分の生んだ子が、伯爵家で幸せに暮らしていると信じていたのだろう…。
「ねぇ、ばあや。自分なんてなんの価値もないと思い込んでいる、憐れな父の支えになってあげて欲しいの。そうね。表向きは、パトリックの面倒をみる、"ばあや"なんてどうかしら?」
家で働くことに対して後ろ向きだったばあやに、迷いが見られるようになった。自分の生んだ子が幸せではないと聞いて、心が揺れたのだろう。どれだけ血の繋がりを否定しても、心配でたまらないというこの表情は、我が子を想う母の顔をしているわ。
(これは。もうひと押しかしら?)
「ばあやの弟や、ミモザも会いたがっているわよ。それに、私ね。ばあやを探し出せないから、ミモザばあさんに10年もの間、怒られ続けているのよ!?だから。私のためにも、戻って来てくれない?…でもね。伯爵領へ帰るかどうか最後に決めるのは、ばあや自身よ。だから、よく考えてみてちょうだい。」
「エスター嬢。ここまできたら、あとひと押しですよ。一歩を踏み出せないばあやに、『一緒に帰ろう』と言ってあげてください。そして最後は。パトリック君に、ばあやの背中を押してもらいましょう。」
離れた場所から私たちの会話を聞いていたウィル様が、パトリックと一緒にばあやの背中を押しに来てくれた。物理的にね。ウィル様に抱きかかえられたパトリックがね、小さな手でぺしぺしと、ばあやの背中を押してるのよ。
「あははっ。やだ、もう。パトリックの力で背中を押してたら、ミモザばあさんが生きてる間に伯爵領まで帰るなんて、絶対ムリよ!?」
私につられてパトリックが笑うと、ばあやも泣き笑いしていた。
ばあやは、再び伯爵家で働くことを承諾してくれたわ。最後は、パトリックの押しに負けた形になったけどね。
そのあと。私とウィル様は転移石を使い、パトリックを湖畔の別荘へ連れ帰った。その際。執事へ、今度帰るときには、パトリックの面倒をみてくれる使用人を連れて来ると報告したわ。
ばあやは魔力量が足りないから、転移石での移動はできないの。そのため馬車での移動になる。ばあやが仕事の引き継ぎや、部屋の片づけ、荷物の準備を終えたら王都へ向かうわ。
出発までの間に私は、母の採寸を終わらせた。辺境伯様に頼まれている母のドレスを、新年の舞踏会までに仕立てるためにね。王都へ行ったら、これをミアに渡してドレスをつくってもらい、サイズ調整のために母にも早めに王都へ行ってもらわないと。
「あなた。こんなこともできるのね??」
手際よく採寸している私に、母が驚きの声を上げる。
「それはそうよ。だって、口先だけのオーナーには、なりたくないもの。」
「オーナー??」
「お母様のドレスは、私の店でつくらせていただきますわ。辺境伯様が金に糸目はつけないとおっしゃるので、期待していてくださいね。」
「あなた、店なんて持っていたの!?」
さっきから、質問攻めね。急に、母から関心を持たれても、戸惑ってしまうのだけど…。
「お母様は、ほんとに家族のことを、なんにも知らないのですね。うちの店、"ルミナス"っていうのですが、知りませんか??」
「有名店じゃない!?確か、何ヶ月も先まで予約が埋まっているって話だけれど、大丈夫なの?」
「あぁ、それは。リアのウエディングドレスづくりに力を入れていたときや、リアの出産を機にベビー服を手がけていたから、手が回らなくて予約が埋まっちゃったときのことですわね。」
予約待ちの理由が、友人を優先させたからだとを知って、母があきれてしまったわ。そうなの。うちの店、完全に身内贔屓だからね。今回、母のドレスを優先させるのだって、身内贔屓よ。辺境伯様ももう身内みたいなものだし、金払いもいいし。だから。うちの従業員になるには、技能だけじゃなく、口の堅さも重要なのよ。身内を優先させていることを、口外しないようにね。
「…なんだか。ちゃんと順番待ちしている方に、申し訳ないわね。」
あら。母から、まともな意見が出るなんて。
「でも。お母様のドレスを頼んだら、ミアが張り切ってるんですよ。『シルヴィア様のかわいらしさを引き立てるドレスをつくってみせるわ!』なんて。それで、採寸結果をはやく送って欲しいと、催促されたんですの。」
「ミア??それは、うちのメイドのミアのこと?」
「ええ。ミアは、ルミナスの店長なんですのよ。その腕を見込んで、私が男爵家から引き抜いたんです。ただ、お母様のかわいらしさなんて、私にはさっぱりわかりませんけど。まぁ。ミアに限らず、男爵家の使用人たちは忠誠心が強いですからね。重過ぎるほどに…。」
やっぱり。実家の男爵家の話になったら、母は押し黙ってしまったわ。
ばあやが荷物をまとめ終わると、ウィル様と、双子、メアリーと一緒に王都へ出発した。
王都に着いたらまずは、新しい転移石に座標を登録してもらった。そのあとふたりを前回約束した通り、魔道具屋へ行かせたわ。魔道具を前にしたふたりの暴走が怖いから、ウィル様には付き添いをお願いした。
私とメアリーはミアの店を訪ね、ばあやには、何日も馬車に揺られて疲れただろうから、タウンハウスで休んでもらっている。
母の採寸結果をミアに渡すと、『かわいいドレスをつくるわ』と並々ならぬ意気込みを感じたわ。やけに、かわいいにこだわるわね…??
私の採寸を終えたミアが、『美しいウエディングドレスをつくる』と言ったのを聞いて、なんでよ!?と思わず突っ込んだわ。母にはかわいいドレスで、私には美しいドレス?その違いはなんなのよ!?
母とミアの年の差はひとつ。でも。年が近いからといって、男爵家では関わることはほとんどなかった。ミアはね、小さい頃から母へかわいい服をつくってあげたくて仕方なかったらしいわ。母へ服をつくる機会がないまま大人になってしまったけど、今回やっとドレスをつくる機会を得たミアは、その長年の思いをドレスに込めるのだそうよ。年が40近くの母に、かわいいドレスをね…。でもきっと。辺境伯様なら、母がどんなドレスを着ても褒めてくれそうだわ。
ミアの店の次は、コリンナのジュエリーショップへ行き、転移石を普段から身に着けやすいようにジュエリー加工を依頼した。
みんなのデザインはコリンナに任せているけど、私のは、ウィル様にもらったネックレスの石の部分を、登録できる座標の数が多い転移石に変えてもらうだけよ。
ヴェルナー家のタウンハウスに戻ると、伯爵家の使用人が訪ねて来ていたわ。
ヴェルナー家のタウンハウスにばかり滞在し、伯爵家のタウンハウスへ帰らなかったことを使用人に叱られる私を見て、ばあやが目を丸くしていたの。だからね。ミモザばあさんは、こんなものじゃないって教えたのよ。
私は20歳の誕生日を迎えた。
もちろん。宣言通り、リアの家を訪ねているわ。転移ではなく、馬車での移動になったけど、ちょうどこの日に侯爵邸に着くように王都を出て来たのよ。
ありがたいことに侯爵邸では、私の誕生日を祝う席が設けられていたわ。
「リア。ただいま!」
「エスター、おかえりなさい。それから。誕生日おめでとう。」
「リア、ありがとう。みんなも、私のために準備してくれてありがとう。」
「おまえが、催促したからな。誕生日は、絶対に家に来るって。」
せっかく、リアから誕生日を祝う言葉をかけてもらっているのに、横から、ラザラスが邪魔してくるのよ。それにさっきから、部屋の中をちょこまかと駆ける姿が視界に入ってくるの。
「パトリック!あなたまた来てたの??」
「だから。また来てるのは、おまえもだろ!?」
ラザラスの言葉をスルーした私は、パトリックの付き添いのメイドに捕まったわ。そして。タウンハウスの使用人と同じように、メイドからも小言を言われたの。たまには、自分の家で誕生日を過ごして欲しいって。伯爵家の使用人一同、誕生日当日にお祝いをさせてもらいたいと嘆いているのだと…。これを聞いたリアにも、使用人の厚意を大切にしないといけないと言い聞かせられたわ。
そのとき。パトリックが、ばあやを見つけて駆け寄ったの。
「ばあ〜!」
いいタイミングで、話を変えるきっかけをくれたパトリックに、心の中でお礼を言ったわ。
「このばあやはね、ヴェルナー家から引き抜いて来たのよ。パトリックの面倒をみてもらうためにね。」
うちのメイドには、これから同僚になるからよろしくと紹介した。
「おまえ。ついに男爵家以外からも、人材を引き抜くようになったのか。今回は、なにを対価にしたんだよ?」
「男爵家のお祖父様と同じ、魔力を吸収する魔道具と、神獣の血の影響を打ち消す薬よ。それから、転移石もでしょう。あとは、何度も氷を削らされたわね。湖畔でかき氷を売った話をしたら、辺境伯様も食べたいとおっしゃったから。ちなみに。削った氷には、お酒をかけていらしたわ。」
氷削機の魔道具を持参してなかったから、ウィル様が生成した氷を、私がウインドカッターで削ったのよ。最終的には言われるがまま、お酒用の丸い氷を削らされていたのよね。ばあやを引き抜かせてもらう手前、こちらは下手に出るしかなかったわ。
「それより、聞いて!!このばあやがね、あのマリーなのよ!!」
リアとラザラスへ、探していた"マリー"が見つかったことを報告する。
「本当に!?あぁ、とうとう見つかったのね!?」
「これでようやく、あのミモザばあさんをギャフンと言わせることができるな!!」
「お嬢様!?もしや…。おふたりに、わたくしの素性を話してしまったのですか??」
ばあやは、自分の素性を知られるのを恐れている。お父様や私、伯爵家に迷惑をかけてしまうから、と。大抵の貴族は、婚外子を蔑むからね。
「ばあや、安心して。このふたりは、大丈夫だから。」
「…あぁ。この方々が、大事なご友人なのですね。ところで…。ミモザにギャフンと言わせるとは、いったい何があったのですか?」
「このラザラスには、治癒の力があるのよ。でね。ミモザばあさんは、こいつに力を使わせるだけ使わせておいて、暴言を吐いたのよ!?」
「膝を治せば、腰が痛いって言うし。腰を治せば、首が痛い。結局は、全身に治癒の力を使ってやったんだ。そしたら最後に、『治癒の力って言っても、たいしたことないね。』って鼻で笑ってきたんだ!悪かったな。俺の力は、リアの症状に特化してるんだよ!!」
「だいぶ前の話なのに、昨日のことみたいに怒らないでよ。気持ちは、ものすごくわかるけど。あのときは、さすがのリアも、あんたの力のこと庇っていたものね。不仲だったのにも関わらず。」
でもラザラスが、『年のせい』って余計なひとことを言ったのも悪いのよね。こいつは、リア以外の患者には寄り添わないから。
「わたくしにとってミモザは、頼れるお姉さんだったのよ?そんなにも、変わってしまったの??なんだか、会うのが怖いわね…。」
「そんなに強烈な方なら、僕は、逆に会うのが楽しみです。」
待ちわびた探し人を見つけてあげたのだから、普通なら悪態なんてつかないわよね??だけど…。ミモザばあさんが感謝の言葉を口にする姿なんて、想像できないわ。むしろ。ばあやを、また伯爵家で働かせるって知ったら、『マリーの人生を伯爵家の都合で振り回すんじゃない』とか、言いそうだわ。文句を言われる前提で会いに行った方がよさそうね。
それから。ばあやへは、伯爵領へ戻る前にあらかじめ謝罪をしておいたわ。ばあやの正体に気づかないであろう、お父様の不義理をね…。
ばあやも、自分の素性を明かすつもりはないと言っている。私だって、今回こそ干渉しないんだから!?お父様が、自分で気づくのを待つわ。
でも。できることなら、その瞬間に立ち合いたいわね。ばあやが産みの親だと気づいたとき…。表情筋が死んでるお父様は、いったいどんな顔をするのかしら??




