#32 ふわふわの氷菓子
物置からウィル様の客室へ移動した私たちは、何日か振りにベッドに並んで横になった。
ウィル様は、未来を変えることができた一番の理由は、最悪な未来を回避するために行動した、リアとラザラスのおかげだと前置きした上で、ふたりが見た"未来"を大きく変える鍵になったのは、ご自分の干渉と、リアがくれたマンドレイクではないかとの推測を立てていた。
ウィル様の干渉が鍵になったというのは、その通りだと思う。ふたりの話を信じたウィル様の行動のおかげで、私は救われたのだから。だけど…。リアからお土産でもらったマンドレイクが鍵になっていたと聞いてもよくわからなくて、首を傾げてしまう。確かに、リアからもらったうさぎのぬいぐるみを守ってくれたような気がするから、今では愛着があるわ。うさぎのぬいぐるみと比べたら、天秤が釣り合うほどにね。でも、はじめに見たときなんて不気味過ぎて悲鳴を上げてしまったのよ?あのマンドレイクが鍵になっていただなんて。いったい、どういうことなのかしら??
ウィル様の話では、未来のふたりは、ハネムーンで魔道具屋へは立ち寄らなかったそうなの。つまり例の未来では、私の部屋にマンドレイクは置かれていなかった…。
あの日。魔力暴走を起こした母によって、マンドレイクとうさぎのぬいぐるみは、壁に投げつけられ破損した。よく確かめたところ、マンドレイクの葉の部分とうさぎのぬいぐるみの耳は一緒に掴まれた形跡があり、机の角にはマンドレイクの根が削られた痕が残っていた。壁に投げつけられる前に、机に叩きつけられたのだろう…。マンドレイクとうさぎのぬいぐるみは、母の手に一緒に掴まれたけれど、机の角にぶつかったのも、壁にぶつかったのもマンドレイクの方だった。…そうだわ。私はそれを見て、マンドレイクが身代わりになったみたいだと思ったのよ。マンドレイクが置かれていない未来では、机の角に叩きつけられたのも、投げつけられ、壁にぶつかったのも、うさぎのぬいぐるみだった…??
「もし、うさぎのぬいぐるみの壊れ具合がマンドレイクほどひどいものだったら、エスター嬢はどうしたでしょう?」
そう聞かれ、マンドレイクの破損個所をうさぎのぬいぐるみに置き換えてみたの。千切れた耳に、陥没した頭、もげた足…。あぁ…、ダメだわ。想像しただけで、母に対して怒りが込み上げてくる。だって。あのうさぎのぬいぐるみは、リアからもらった、はじめての誕生日プレゼントだもの。私にとって、大事な大事な宝物なの。そのことを知っているからこそ、ウィル様には、うさぎのぬいぐるみを壊され、魔力暴走を起こして暴れる私の姿が容易に想像できるのだそうよ。
ウィル様は悲しそうな顔で、その想像した未来の話を続けた。理性をなくした私は、力の加減や、使用人を気遣う余裕もなくて。互いに魔力暴走を起こしている母と、あのとき以上に激しくぶつかり合い、あれよりもさらに屋敷を破壊したのではないだろうか。その破壊された屋敷では、2階の床が抜け落ちたかもしれないし、階段が崩壊したかもしれない。もしくは…。吹き抜けの手すりが、崩れ落ちていたかもしれない…。
「僕が介入しなかった未来では、お義母様の投げた絵画が、エスター嬢に直撃したのかもしれません。もし、運よく絵画を避けたとしても、避けた先にあるはずの手すりがなくなっていたら、そのまま玄関ホールへ落下…。なんてことも考えられます…。」
「あの絵画が直撃していたら、私は助からなかったでしょうね。銀狼の加護を持つウィル様でさえ、大怪我を負っていましたもの。つまり。避けても、直撃しても、死が待っていたかもしれないのですね…。」
「未来では伯爵家が、エスター嬢の死因を階段から落ちたと公表したそうですが、ラザラス殿は信じていませんでした。だから僕も、最悪の未来ではあの日、実際になにがあったんだろうと想像してしまうのです。今さら考えても仕方がないと、わかっているのですが。それでも理由を知っていれば、この先も注意することができるじゃないですか…。」
「ウィル様は、いまだに警戒しているのですね。そのうちまた、運命に翻弄される日が来るのではないかと。」
「僕だって、回避できたと信じたい。だけど、ふとした瞬間に、不安になってしまうのです。あなたに何かあったらどうしようって…。」
その不安を表すように、力強く私を抱き締めるウィル様の腕が震えている…。
「だからウィル様は、侯爵邸を出てから、常に私のそばから離れなかったのですか?それって。リアの心配をする、ラザラスと同じですわね。」
「そうですね。ラザラス殿の気持ちは、すごくよくわかります。」
「あら。でもウィル様は、あのダメ犬と違って『待て』ができるじゃないですか。一線は越えませんものね?」
「はいっ。」
気合の入ったいい返事が聞こえて、ウィル様へ目を向けたら、得意気な顔をしているのよ。吹き出しそうになるのをこらえ、彼の胸に顔をぎゅーっと押しつけながら、つぶやいた。ものすごく小さな声でね。
『もう、一線を越えてもいいのに…。』
「いえ。結婚式までは越えません!!」
ひとり言のつもりだったのに返事をされ、驚いて顔を上げる。
「ひとり言、聞こえちゃいました??では、これならどうかしら?」
『大好きです。』
声を出さずに口だけ動かしたら、ウィル様が身悶え出して、すりすりと頬ずりしてきたの。
「エスター嬢は、僕の心臓を止める気ですか!?」
「ちょっとウィル様。意味がわかりませんわ!?」
「急に『大好き』だなんて。完全に不意打ちですよ!」
「…え!?今のも聞こえたのですか??私、声を出してませんよね?」
「読唇術です。」
「く、唇の動きまで読めるなんて…。ほんとに、多才ですのね…。」
ウィル様のハイスペックさには、驚きを通り越して、なんだかあきれちゃうわね。だけど。そんなことは、もういいわ。さっきまで不安に駆られていた表情に、笑顔が戻ったから。
ウィル様が常に私のそばにいたのも、ラザラスが常にリアを診察していたのも、私とリアの命を心配してのことだった。そして、ウィル様もラザラスもきっとこの先もふとした瞬間に、私とリアが運命に捕まらないかと不安になってしまうんだろう。
心配をかけていることを申し訳ないと思うのに、その気持ちと同じくらい、感謝と感激の気持ちでいっぱいになるの。
(ねぇ、リア。こんなにも想われて、私たちって幸せ者よね?)
もしも。あのとき、リアとラザラスに出逢ってなかったら…。きっと私は、両親のように社交の場では取り繕った笑みを浮かべ、それ以外では精気のない顔をし、つまらない人生を送っていたでしょうね。
アンダーソン領の伯爵邸で生まれた私は、物心がつく前に王都へ引っ越した。それまでタウンハウスで暮らしていた祖父母と入れ替わるようにね。
それから数年後。祖父が危篤状態だと連絡を受け、両親とともに伯爵邸へ向かっていた。その途中、ロックハート侯爵領内で馬車が立ち往生してしまったの。そこにたまたま、リアとラザラスが通りかかったのよ。実質これが、ふたりとの初対面だったわ。数日前、王都で開かれた子どもたちの交流会で、ふたりのことは見かけていたけど、そのとき会話はしなかったから。
リアは両手いっぱいに水を生成すると、うちの馬車馬に飲ませた。その様子を、ラザラスが心配そうに見ていたわ。
「あなた、おねえちゃんこなのね。」
交流会でも、ラザラスは常にリアのそばにくっついていて、領地へ戻ってからも一緒にいたから、きょうだいだと思ったの。だから。"きょうだいで仲がいいのね"っていう意味で言ったのよ。それなのに。あいつ、ものすごく怒ってきたの。婚約者のリアを、姉だと勘違いしてしまったから。だって仕方ないじゃない。当時は、リアの方が少し背が高かったんだもの。それに。そんなに怒ることでもないじゃない!?
思えば、あいつとは最初から言い合いになっていたわね。あいつとの関係って、今も昔も変わらないのよ。
でも、私が誰かに言い返したのはね、あのときがはじめてだったわ。それまでは、家の中はもちろん、同年代の子と交流しても楽しいと思うことはなかった。私に無関心な両親と、私を毛嫌いするお祖母様によって放置されていたせいか、私には喜怒哀楽がなかったの。それがね。婚約者を姉と間違われただけで、あんなにも怒るラザラスを見たら、おもしろくなって、もっとからかいたくなったのよ。
そうそうあのとき、よそ行きの顔全開で馬車から降りてきた両親を見たリアが、かっこいいとかステキと言ったのを聞いたラザラスは、リアのタイプをうちの父だと思い込んでしまったの。このときにはすでに、思い込みの激しい奴だったのね。
リアは、先代の伯爵が危篤だと聞いて、御者に侯爵家の馬を貸すように指示を出し、あっという間に馬車馬が入れ替えられた。
「おじいさま、よくなるといいわね。」
リアの言葉は、社交辞令なんかじゃなく、心から回復を祈ってくれているのが伝わってきたわ。そしたらね。胸がぎゅーっと苦しくなって、自分の想いに気づいたの。心の奥底では、お祖父様がよくなって欲しいと切実に願っていることに。お祖父様だけは、私をかわいがってくれていたから…。
リアにかけられたこの言葉は、泣きたくなるほど私の心に響いたの。
ふたりとの出逢いは、喜怒哀楽がなかった私に、感情というものを教えてくれたのよ。
お祖父様の葬儀から数日後。馬のお礼をするために、お父様と一緒にロックハート侯爵邸を訪ねた。
リアは、体調を崩して寝込んでいて、ベッドの横にはラザラスが付き添っていたわ。このとき、私の口から出た言葉は、ラザラスをまた怒らせてしまう。
「あんた。きょうもまた、フィリアじょうにくっついてるのね。」
プンスカ怒りながら、ラザラスはリアの手を握り締め、治癒魔法をかけていた。当時はまだ力が弱く、気休め程度だったけれど、リアは満面の笑みを浮かべ、お礼を言っていたの。そんなふたりの関係もまた、今も昔も変わらないわね。
お祖父様が亡くなってから、私たち家族は領地で暮らしはじめ、私は頻繁にリアのもとを訪ねるようになった。
リアと友達になってから、私の視野は広がっていったの。家族仲、体調、家業、使用人や領民との関わり方とか、うちはうち、よそはよそとかね。リアの両親と違って、うちの家族には愛がないってことに気づいたり。私もたまに体調を崩すけど、リアよりは丈夫だってことや。リアが、新たな薬草の調合を父親へ提案し、家業を手伝っている姿や、使用人だけでなく、領民の名前と家族構成も記憶し、分け隔てなく接する姿には、心が打たれたのよ。
リアの影響を受け、それまで見向きもしなかった使用人や、領民へ目を向けるようになったわ。そしたら。母の実家である男爵家の使用人は、人材の宝庫だったのよ!お金の勘定が得意で、経営者に向いているハンス。服を仕立てるセンスがあるミア。人との接し方が丁寧で仕事を完璧にこなすマシュー。料理上手で聞き上手おまけに話し上手なマイクとスザンヌ。宝石を鑑定する目を持つコリンナ。魔術と錬金術の鬼才であるイーサンとネイサン。人々を魅了する力があるケイト。他人の感情の機微に聡いメアリー。
そしてなにより。彼らは全員、男爵家への忠誠心が強いの。重過ぎて、たまに怖くなるくらい。その分、決して裏切られることはないと信じられるわ。彼らが他の家門や商会へ引き抜かれたり、集めた情報を漏らしたり売ったりする心配なんて必要ないの。だから一緒に事業を起こしたのよ。
リアの出産に付き添った疲れから、昼に一眠りした結果…。睡眠時間がずれてしまって、夜が明けるだいぶ前に目が覚めたの。
これはもう眠れそうにないと諦めて、隣で寝ているウィル様を起こさないよう、そっとベッドから抜け出した。そしてドアを開けたら、ちょうどばったりラザラスと鉢合わせしたのよ。お互いに、こんな時間に誰かと遭遇するとは思ってなかったから、ふたりして一瞬固まっちゃったわ。
「あら。あんたも、睡眠時間がずれたのね??」
ラザラスは返事もしないで、私の顔と、出て来た部屋を見比べているわ。目と口を大きく開けてね。
「なによ、そのまぬけ面は。」
「…いや、おまえなぁ。俺とリアには、結婚式まで部屋にふたりきりになるのは駄目だって言ってたくせに…。自分はいいのかよ!?」
大きなため息をつかれ、自分の言動を思い返してみる。
「あははっ。あれは、待てができなかったダメ犬が悪いんじゃない。自業自得よ。」
「こんな時間に同じ部屋にいたのに、おまえは違うっていうのかよ?」
「僕たちは、一線は越えてませんからね。」
背後から、ウィル様のお決まりの台詞が聞こえてきた。私の中ではこの台詞、もはやネタになっているのよね。
「一線"は"、ってなんだか含みのある言い方ですね。それじゃあ、越えたものもあるってことですか??」
こいつってば、ムダに的確な突っ込みをしてくるじゃない。
「そうですね…。婚前性交は駄目ですが、婚前交渉ならセーフではないかと。」
「いやいや。こいつの経営する結婚相談所の定義では、意味は異なるみたいですけど。世間では、どっちも同じ意味ですからね!?」
「駄目ですか??でも。エスター嬢の造語、好きなんですよね。"婚前性交"以外にも。」
「…こいつの、造語ですか??」
ラザラスが怪訝そうな顔でこっちを見てくる。対照的に、ウィル様はさわやかな笑顔だったわ。
「はい。"腿淫"とか、"胸淫"とか。」
「たいいん??きょういん??」
「大腿の"たい"に。"きょう"は胸よ。」
「大腿…?おまえの言う、大腿って…。股のことか??」
「そうよ。ほら、手は手淫、口は口淫って呼ぶじゃない。でも、股にしても、太ももにしても、股淫、もも淫だとなんだか語呂が悪いと思わない??腿淫の方がしっくりくるでしょ!?」
「おまえはまた…。真面目な顔して、なにを言ってるんだよ…。」
さわやかな笑顔のウィル様から発せられた、その言葉の意味を知ったラザラスは戸惑っていたわ。
「僕もはじめて聞いたとき、腿淫の意味がわかりませんでしたよ。」
「なんか…。顔色ひとつ変えないで卑猥な言葉を口にするとこ、リアみたいだ…。ところで。ウィルバート様が好きなのは、ほんとにエスターの造語なのですか?その行為の方では…。い、いや…。やっぱり答えなくていいです!」
ラザラスは、ひとりであわあわと慌てているわ。
「俺は、おまえと違って、ふたりの行動を使用人に見張らせたりしないからな。好きにしたらいい!!だけどな。リアの前で、今の卑猥な言葉は使わないでくれよ。おまえだって、義姉さんに怒られたくないだろ!?」
捨て台詞を吐いて、ラザラスは足早に立ち去って行ったわ。
…そうね。リアに聞かれないように気をつけないと。スカーレット様に怒られるのは、避けたいもの。
「あははっ。いつものように、おふたりが言い合う姿を見たら、なんだか安心しました。」
私の命を守るために、リアとラザラスが尽力してくれたと知って、この借りをどうやって返そうかと考えていたのよ。ほんとの、ほんとに感謝しているの。なのに…。あいつの、いつもの憎まれ口を聞いたら、条件反射で私の口が応戦しちゃうのよね。
私とラザラスはこの先も変わらず、リアを取り合って、些細なことで言い合う関係がいいわ。
心の中では、ちゃんと感謝してるから。
エミリオが生まれてから数日後。
私は、氷菓子の試食会を開いた。
「さぁ、奇譚のない意見を述べてちょうだい!!」
テーブルには、削った氷を器に盛ったものと、その氷にかけるシロップたちが並んでいる。
「このかき氷は、2種類の氷からできてるの。テーブルの右側にあるのが、リアの生成した水をウィル様が凍らせてつくった氷、左側にあるのは、ウィル様が生成した氷よ。自家製シロップもいろいろ用意したから、試食して、改善点を聞かせてね!」
そうは言ったものの、じつは。ウィル様とリアの意見は、あまり期待してないのよね。味覚過敏だから、一般の人と味の感じ方が違うんだもの。
「んー。これ、すっぱいわね。こっちは、苦いし。これなんて、からいのだけれど!?お菓子といったら甘いものなんじゃないの!?」
「僕は、全部おいしいかったですよ?」
うん、わかってた。リアは子ども舌で、ウィル様は貧乏舌だってこと。リアの舌だと、レモンシロップはすっぱくて、紅茶のシロップは苦い。ジンジャーシロップにいたっては、辛く感じたのね。それからウィル様の意見もね、予想通りよ。でも、あの激辛香辛料を口にしても平然としている人だから、おいしいと言われても当てにならないわ。
だけど水と氷を用意させておいて、試食させないわけにいかないじゃない。そんなことしたら、リアは確実にふてくされちゃうもの…。
「ラザラスは、ちゃんと味の感想を言ってよね!?あんただけが頼りなんだから。」
こいつは、いつも忖度なしの意見を聞かせてくれるのよね。
「リアの水からできた氷なら、全部うまいよ。」
あ"っ…。そうだわ。こいつは、リアのことになるとポンコツになるんだった。
「ほら、氷がふわふわしてるだろ?リアの水は純粋だからな。」
「純水ね!?確かに、リアは純粋だけど。純水違いよ。」
私は数年前から、夏場に湖を訪れた観光客をターゲットに氷菓子を売る計画を練っていたの。なかなか実現できずにいたけど、氷属性を持つウィル様のおかげで叶うのよ。今は、観光客受けするシロップを選んでいるところなの。でも。参考になる意見が出ないのよね。だって。リアには不評だったけれど、レモンシロップはすっきりしているし、紅茶シロップはさっぱりしていて、ジンジャーシロップは爽やかな味わいだから、大人には好評なはずなのよ。
今のところ1番まともな意見が、ラザラスのふわふわコメントだなんて…。
「あなたも、食べてみてちょうだい。」
もっと他の意見も聞きたくて、興味津々でこちらを見ていた、リアのメイドに声をかけてみたわ。だけど…。
「あなたねぇ。それは、邪道よ!?」
「えぇ!?だって、どのシロップもおいしそうに見えて、どれかひとつを選ぶだなんてできません。全部の味を楽しみたいです。」
「だからって、全部かけることないでしょう!?」
「エスターお嬢様には、わかりませんか??この器に盛ったかき氷には、庶民の夢があふれているんですよ!!」
「"いいこと言った"みたいな顔してるけど、せっかくのシロップが混ざっちゃって、素材の味が台無しじゃない!?見た目もよくないわ!」
器に盛られたかき氷は、シロップが混ざり、なんとも形容し難い色をしている。メイドは構わず、食べているけど、これが庶民の夢ですって??
「フィリアお嬢様の水でつくった氷は、確かにふわふわしてますけど、シロップによっては氷が溶けてしまいますね。」
「それは、あなたがシロップをかけ過ぎたからよね??」
「こちらの氷は、荒くて食感がガリガリしますね。いっそ、もっと荒く削り、シロップも凍らせて削ってしまえば、ゴリゴリした食感がいいストレス発散になりそうです。」
「あなたの意見は…、よくわからないわね。」
「だから、人選ミスなんだよ。いつものことだけどな。まぁ、ストレスと無関係なくせに、かき氷でストレス発散するなんて発想にいたるのは笑えるよ。」
確かに私も、このメイドはストレスを感じなさそうだと思う。現に今も、自分にだってストレスくらいあると言い返しながら、すっとぼけた顔をしているもの。ラザラスに人選ミスだと鼻で笑われ、カチンときて、たまたま近くを通りかかった侍女を新たに捕まえてきたわ。侍女は、メイドの邪道…ではなく、夢のかき氷を見てぎょっとしていた。
「あなたのはやり過ぎですが、わたしくも混ぜること自体はありだと思います。例えば、蜂蜜シロップやミルクシロップは大抵のシロップと相性がいいはずですし、混ぜても不快な色にはならないでしょう。」
「不快な色だなんて、ひどいです!?それなら混ざらないよう、うまい具合にかければいいんですよ。」
「ひとつに絞れない気持ちはわかるけれど、混ぜるにしても限度というものがあるでしょう?美味+美味が美味になるとは限らないのよ。」
侍女に一蹴され、メイドは解せないという表情で、自分のつくった夢のかき氷を黙々と食べていた。でも、このふたりのおかげで思わぬ収穫があったわ。
同じように削っても、ふたつの氷の食感は違ったの。ウィル様の生成した氷は、氷の粒が荒くてガリっとする。リアの生成した水は純水で、それを凍らせて削ったものは、ふわふわしているの。せっかくのふわふわを崩さないように、ミルクシロップはもう少し煮詰めて水分を飛ばし、ミルクソースにするわ。それから。シロップは、とりあえず全種類店頭に出して、売れ行きを見極めようと思うの。湖には各地から、貴族も庶民も、老若男女問わず観光客が訪れるでしょ?そんなの、味の好みなんてわかるわけないもの。客の好きなように選んでもらうつもり。もちろん混ぜるのもありよ!それも何種類でも好きなだけ!!追加料金はいただくけどね。
「ところで。ロータステロのことなんだけど。」
氷菓子の販売目処がついた私は、両手を組んでテーブルに肘をついた。それを見たリアが、久し振りの会議ごっこだと言って笑っていた。
「俺、その言葉を聞くと、ミントテロに絶叫するダグさんを思い出すよ。」
「ダグラスには、ほんとに悪いことしたわ。ほんの出来心で植えちゃったのよね。」
「おまえの出来心は、人に迷惑をかけるんだよ。氷菓子も、ほんとは自分が食べたいだけだろ!?」
「そんなこと言うなら、見てなさいよ。夏には絶対に、氷菓子は売れるんだから!!」
もちろん私も食べるけどね。
「それで、話を戻すけど。ロータスの花はラザラスに任せるわね。できた商品は、王都で売るから販路の方は任せて。」
「ああ。いくらでも持って来ていいぞ。イーサンとネイサンが、家にある道具を魔道具にしていったからな。」
から笑いするラザラスは、なかばヤケクソだった。寝食も忘れ、魔道具づくりに没頭するふたりを休ませるために侯爵邸へ連れて来たのに、魔道具の薬研と乳鉢を見たふたりは、結局この家でも魔道具づくりをはじめたらしいの。だからね。これ以上迷惑をかける前に、双子とメアリーは隠れ家へ帰したわ。
「可食部は、うちの領民が頑張って加工しているから、ウィル様や辺境伯様にぜひ食べていただきたいわ。ヴェルナー家では、包み焼きしか食べないから、つくり甲斐がないって厨房で働くみんなが言っていたもの。」
「そんなことありません。出されたものは何でも食べます。」
「ウィル様も辺境伯様も、ただ包んで焼いた物と、手間をかけた物を食べたときの反応が同じだと料理長が嘆いてましたよ??」
「それは、何年も魔物と戦っていたせいです。討伐中の食事は、味にこだわる余裕もなく、魔物の肉をただ焼いて食べるだけでしたから。」
「…それだけが理由ではない気がしますけど。そういことにしておきますわ。ま、ひとまずこれで、ロータス問題は大丈夫そうね。」
あとは、伯爵邸の工事やパトリックのことは、うちの問題だし…。あっ、大変。大事なこと言い忘れるところだったわ。
「リア。私とウィル様の結婚式、約束通りあなたに任せるから。よろしくね。」
「ええ、もちろん!!ところで、いつ頃結婚式を挙げる予定なの??場所は??」
「僕は、明日にでもしたいです。」
「もう、ウィルバート様!?1日も早く、エスターと結婚したいというお気持ちはわかりますけど、明日なんてムリですからね!!」
リアとラザラスは、冗談だと思って笑っているけど。ウィル様は、わりと本気で『明日』と言ってるのよね…。
「挙式は、とりあえず家の修理と、パトリックの件が落ち着いてからね。そういえば。まだ、お父様へ婚約の報告をしてなかったわ。パトリックに付き添っていたメイドから、話は聞いていると思うけど。」
私の発言に、みんながざわざわしはじめたわ。婚約の報告をメイド経由で伝えたのかとか。せめて手紙でもいいから自分で知らせるべきだとか。ウィル様なんて、お義父様へ挨拶するために正装を用意しなければとか言っているの。
以前は、結婚式になんてまったく興味がなかったのよ。今だって、絶対に式を挙げたいわけじゃないし。ただ。リアの気持ちが嬉しくて、彼女が望むなら、結婚式を挙げてもいいかなと思えた。だけど…。リアとラザラスの結婚式のような、感動的なものにはならないでしょうね。離縁した両親を、どちらも招待するはおかしいし。かといって。どちらか一方を呼ぶとしても、私には選べないもの。父と母、どちらに対しても思い入れがないから。いっそ、両親を招待しなくとも構わないというのが本音なの。感謝してることなんて、産んでくれたこと以外にないもの…。
私にとって家族と呼べるのは、一緒に事業を広げ、支えてくれている、苦楽をともにしてきた人たちだから。




