#31 明かされた真実
3度目になる、『あの日なぜ家にいたのか』という質問をウィル様に投げかける。
「どうして、急に姿見を探しはじめたのですか?」
「話をそらさないでください!!今は。あの日、なぜ家にいたのかをお聞きしているのです。…それとも。あの日のことは、姿見が関係しているのですか??」
「さすがエスター嬢。野生の勘の本領発揮ですね。」
「ウィル様っ!」
こちらは真面目に聞いているのに、茶化すような態度をとられたことにいら立ち、思わず大きな声を出していまう。でも、気づいていたの。ウィル様のからかうような言動が、私への気遣いからくるものだということを。母にスパイスパウダーを食べさせた、辺境伯様と同じなのよ。
ウィル様と辺境伯様は似てないと思っていたけど、気遣いの仕方は似ているみたい。
「ウィル様も、リアも、ラザラスも、なにかを隠しているんでしょう??」
ウィル様は、困ったような笑みを浮かべながら近づいて来た。
「おふたりのことを勝手に話すのは気が引けるのですが…。仕方ないですよね。僕は、あなたに嫌われたくないので。」
私の手を取ると、ウィル様は、これまでの言動にどんな意図があったのか話してくれたわ。
はじまりは。ウィル様が、はじめて参加した王宮の舞踏会でのこと…。
会場で交わされる、あらゆる会話が聞こえていたウィル様は、自分の父親の後妻を狙っていると発言していた私を注視していた。いきなり話しかけたら警戒されると考え、まずは私の友人である、リアとラザラスへ接触しようと近づいた。ここまでは、すでに以前聞いていた通りだった。
ウィル様はそこで、未来を見たという、現実離れしたふたりの会話を耳にしたそうなの…。
『リアの出産予定日の2ヶ月前に、エスターが亡くなる。』
という未来の話を━━。
誰が聞いても信じないであろう、そんな未来の話をね、ウィル様は迷うことなく信じたそうよ。私の命を助けようとする、ふたりの必死さが伝わったからって…。
それからウィル様は、ふたりを通して私と交流を持つようになり、手紙のやり取りを続け、私の近況を把握していたの。そして、リアに予定日を尋ねたり、伯爵家に近い宿屋を確認したりして、運命の日に備えた。
「わかっている情報は、フィリアさんの出産予定日の2ヶ月前ということと、場所が伯爵邸だということだけでした。2ヶ月前といっても、きっかりではないでしょうから、早目に伯爵領へ行き、その日を待ちました。」
「だから、一週間も宿屋にこもっていたのですね…。ウィル様は、未来の話を聞いたことを、なぜふたりに話さなかったのですか?あのふたりも、どうして私に隠していたのかしら…。」
「おふたりは、未来を変えようと必死でしたが、自分たちの思い違いであって欲しいと願っているようにも見えました。なので僕は、おふたりに、その未来を信じているような発言をすることができなかったのです。」
「そう、だったのですね…。」
自分たちが姿見で見た未来を、ふたりは信じたくなかったのね。それでも、その未来が現実にならないように、リアは出産が終わるまでそばにいることを約束させたんだわ…。家に帰ろうとした私を、必死になって止めたのも…。ラザラスが、慌てて追いかけて来たのも…。全部…、私のためだった…。それなのに…。私は…。
泣きじゃくる私を、ウィル様は優しく抱き締めた。
「意外ですね。エスター嬢が、姿見に未来が映ったなんて話、あっさり信じるなんて。まぁ。あなたは、おふたりを信頼してますからね。」
「自分たちだって、信じたくせに…。みんな、バカなんじゃないの!?ウィル様も…。リアも、ラザラスも!みんな、バカよ…。」
「そうですね。でも。あなたがいなくなる可能性が少しでもあるのなら、何度だってそれを阻止しようとするでしょう。ラザラス殿も、フィリアさんも、僕も。なにも起きなければ、そのときはただ、笑えばいいだけですから。鏡に映った未来なんか信じてバカみたいだって。」
…バカは、私の方だ。みんなが、私のために行動してくれていたことを、なんにも知らないで。私は、ウィル様にしがみついて、わんわん泣いた。結婚式で終始泣いていたリアみたいに…。
「ウィル様も、なぜ隠していたのですか?この話を知っていたら、プロポーズの返事をお待たせしなかったはずですわ。」
「でもそれは、負い目からでしょう?あなたは意外に律儀ですからね。僕は、命を助けた対価に結婚を迫るまねはしたくありません。この、氷の力で釣ろうとは思ってましたけどね。氷属性、お探しだったのでしょう??」
「…そういえば。ハンスがささやいていましたわね。」
「いえ。ヴェルナー領へ立つ前に、ラザラス殿から聞いたのです。あなたが、念願の氷を手放すはずはないと。」
「もう!あいつは、人を氷で釣られるような女みたいに言って!!」
ウィル様は体を震わせ、笑っている。
「では、お嬢様。僕は、この氷でなにをすればよろしいでしょうか?」
「氷菓子をつくるのですわ!!」
「氷菓子ですか…??」
氷の用途が意外だったようで、ウィル様はまた笑い出した。…なんだか、気持ちが落ち着いてきたわね。顔を上げ、ウィル様を見ると、涙を拭いながら目を冷やしてくれたわ。だけど、だんだん冷え過ぎて…。
「ウィル様、ちょっと冷たいですわ。腫れた目は、あとでラザラスに治してもらいますから。」
「…ラザラス殿が医者だとわかっていても、あなたに触れるのは、おもしろくないですね。」
ウィル様が、ラザラス相手にも嫉妬すると聞いて、ウィル様を強く抱き締めた。
「妬いてくれて嬉しいです。私なんか、ウィル様の過去にも嫉妬するのですからね。」
ウィル様も、私と同じ気持ちだと知って、胸のもやもやが晴れていく。
「その医者は、リアの隣で爆睡していたので、いつ起きるかわかりませんけど。」
「ラザラス殿も、緊張の糸が切れたのでしょう。フィリアさんの妊娠がわかってから、ずっと気を張っていたはずですから。」
そういえば。あいつ、常にリアのお腹を触診していたわね。
「リアはひ弱だから、出産が心配なのはわかるけど…。あそこまで心配するのにも、理由があったのかしら?」
何気なく発した言葉に、ウィル様の目が泳いだのを見て、確信したわ。
「ウィル様。未来の話には、まだ続きがあるのでしょう?だって、エミリオがまだ出てきてませんもの。」
「あ…。そうですね。」
ものすごく歯切れの悪いウィル様に、違和感を覚える。さっき私に、未来では亡くなっていたと言ってきたウィル様が、亡くなると本人に伝えること以上に言いにくい話ってなんなのかしら?
「…想像してみてください。お腹を大きくしたフィリアさんが、あなたが亡くなったと知ったらどうなるのかを。」
予定日の2ヶ月前に私が亡くなり、それを知ったリアがどうなるか…。
「間違いなく、泣くでしょうね…。あの子は、共感力が高いから。ラザラスのことは、例外みたいだけど。」
「ラザラス殿のことは、距離が近過ぎてわからなかったのでしょう。」
リアは、他人の気持ちに敏感なの。それは相手が家族でも、使用人でも、領民でも、みんなの気持ちがわかるから、誰に対しても寄り添うことができる。
だけど。ラザラス相手だと、あいつへの想いが強すぎる故に、頑なになっていたのよね。
「…あなたの死を知ったフィリアさんは、大きなショックを受け、早産になったそうです。出産後も、あなたを助けられなかったことや、生まれた子どもの体が弱いことを自分のせいだと、ご自分を責め、心身ともに病んでしまった…。」
「…そんな。リアは、エミリオが生まれて幸せに暮らすんじゃないの!?あぁ…。その未来は、幸せじゃなかったんだわ。だから未来を見たリアは、ラザラスとの婚約を解消しようとしていたんだもの。未来のふたりは、不仲なままだったのね。潤滑剤役だった私がいなくなったから…。」
ふたりの結婚生活は、あの沈黙の茶会のようなものだったのだろう。『仕方ない』というラザラスの言葉に囚われたままのリアは、あいつの想いを信じることができなかったんだわ。そして。バカなあいつは、自分の重過ぎる愛がリアに伝わってないことに気づかず、言わなくても伝わるだろうというスタンスを貫いたのね。
「その未来では、リアの病はどうなるの?エミリオの体は??」
「エミリオ君は、大きくなるにつれ丈夫になっていったそうですよ。だけど…。フィリアさんの方は、残念ですが回復は叶わなかったようです。」
「…嘘でしょ??なんで…。どうして、リアが!?」
「あのふたりにとってエスター嬢の存在は、あなたが思うよりもずっと大きなものなんでしょう。おふたりは、最悪な未来を見たことで、そんな未来を回避しようと奮闘したのですよ。あなたのいない未来を壊すために。」
「私だって リアのいない未来なんて嫌よ。その最悪な未来は、回避することができたの?リアはもう、大丈夫なのよね!?」
「エスター嬢も、自分よりフィリアさんの心配をするのですね。これも、盗み聞きしたことなのですが、ラザラス殿が嘆いていたんですよ。フィリアさんが自分の命より、あなたを救うことばかり考えているって。」
リアは姿見を通して、自分の死を見てしまった。だからあのとき、あんなにも心が不安定だったのね。それなのに、私の心配をしていたなんて。
あぁ…、わかったわ。
「私が姿見を見たとき変化がなかったのは、映せる未来がなかったせいなのね。それが意味するのは、私の残された時間は、リアよりも短いということ。そのことが、余計にリアを不安にさせてしまったのね。」
私が姿見を見ても、未来は映らなかった。それを聞いたリアは、自分がおかしいのだと落ち込んでしまった。そして毎晩、夢にエミリオが出て来て、夢から覚めると悲しくなると泣いていたのよ。だからあの夜、私はよく眠れるお茶を淹れてリアの部屋へ行ったの。なのにラザラスは、そのお茶を横取りしたあげく、私を部屋から締め出したのよ。思えば、先にリアのもとへ向かったはずのあいつが後から来たのは、物置で姿見を見ていたからなんだわ…。そしてふたりで、それぞれが見た未来を照らし合わせ、こじれた想いを解いていったのね。
それからそのとき。私の死についても知ったのでしょうね。私の未来が姿見に映らなかった事実も重なり、私に残された時間が短いという信憑性が増したんだわ。
「それで。おふたりの見た未来を回避できたか、なのですが…。正直わからないのです。確かに未来は変わっていますが、運命から逃げ切ることができたとは言い切れませんからね。だから。ラザラス殿は、エスター嬢が助かってからも、常にフィリアさんとエミリオ君の状態を確認していたのでしょう。」
「早産の原因になった私の死を回避したのならば、すべてがいい方へ向かうのではありませんか?」
「エスター嬢は助かりましたが、フィリアさんからストレスを完全に取り除くのは難しかったのです。実際。パトリック君の母親に、姿見で見たご自分の姿を重ね、共鳴してしまい、夢見が悪くなっていましたからね。それで。パトリック君と触れ合うことで気が紛れるのではないかという話になり、お義母様を侯爵邸から連れ出すことにしたのです。」
「急遽、ヴェルナー領へ行くと言い出したのは、母を追い出すためでしたのね。母には、パトリックを会わせられませんからね。それならそうと、私にも教えてくれてもよかったのではありませんこと?」
「あなたは、お義母様に対して当たりが強いので言えませんでした。いらぬ言い争いを生みそうですから…。」
「だって。あの人に気を遣う必要なんて、ありませんもの。」
苦笑いを浮かべているウィル様から、"そういうところです"と心の声が聞こえた気がするわ。
「それから。おふたりが、あなたに未来の話を話さなかったのは、自分の死がきっかけでフィリアさんが亡くなると知ったら、暴走して、その未来を回避するためにどんな手でも使いそうだからですよ。最悪、無関係の人の命を犠牲にするのも厭わなそうだと。」
「そんな。いくら私だって、リアのためとはいえ…。いえ、リアのためならば…。」
「エスター嬢は、フィリアさんのことになると見境がなくなるのではないですか??まぁ。僕だって、あなたを守るためなら手段は選びませんけどね。」
少し照れくさそうなウィル様を見ていたら、こっちまで照れてしまったわ。赤くなった顔を彼の胸にうずめた。
「ウィル様…。助けてくれてありがとうございます。あのふたりを信じてくれて、ありがとうございます。それから。私を選んでくれて、ありがとうございます。婚約のことは流された感がありますけど…。ちゃんと、ウィル様のことお慕いしていますからね。」
「本当ですか!?自分でも、言葉足らずだと自覚しているのですが。エスター嬢への想いを、うまく言葉にできなくて。ただあなたとともにありたいと、第六感が訴えるのです。勘で選んだなんて、あきれられてしまいそうですが…。」
想いをうまく言葉にできずとも、ウィル様の正直な言葉が聞けて嬉しい。それに。想いを言葉にするのは、私も苦手だもの。
「私も、ウィル様をお慕いしていても、その想いをうまく言葉にできません。でも…。あなたを、誰にも取られたくないし。私だけに好意を向けてもらいたいし。ちょっとあざといところも、しょげるところもかわいいと思っちゃうし。それから…。侯爵邸に来てからは、寝るときに隣にウィル様がいなくて寂しいです…。」
「僕だって寂しいです…。家にいる間は、ずっと一緒に寝ていたので…。それに僕も、エスター嬢を誰にも取られたくなくて、あなたに好意を持つ方々があなたに近づかないよう暗躍してきたのです。」
「私たち、同じ気持ちだったんですね。それから。私の女の勘も、"運命の相手はこの人だ"と言っています。」
「あはは。僕たち、勘頼りですね。」
「ふふっ。神頼みよりは、いいのでは?勘だって自分の力ですもの。それに。私の勘も結構当たるんですよ。」
私たちは、直感で惹かれ合っているんだと思う。本能がね、お互いを求めるのよ。
「エスター嬢の気持ちを聞けて嬉しいのに…。目に見える形で確かめたいです。」
「想いを見たいって、態度で示せということですか?」
(こういうことかしら?)
ウィル様の背中に手をまわし、ぎゅーっと強く抱き締めてみたの。そしたら。彼の肩越しに、見覚えのある物が目に入り、目をパチパチさせちゃったわ。
「あのう…。ウィル様??あそこの棚に置いてあるのって、あの天秤ですわよね?」
「そうです。じつは。侯爵邸に来てすぐに、この物置に返しておいたのです。ここだと、いつ見つけてもらえるかは、わかりませんけど。見つけやすい場所だと、すぐに見つかってしまい、また荷物に紛れ込まされそうじゃないですか!?僕たちが侯爵邸を去るまでは、見つからないといいのですが。」
「ちょっとウィル様、笑わせないでください。もう。遠慮しないで、もらえばいいのに。」
「いいえ。いただけません。天秤の対価に見合う働きはしてませんから。だけど…。エスター嬢。最後に、もう一度だけ比べてくれませんか?」
「いいですわよ。今回はきっと、自分の気持ちに気づいた私の想いの方が強いはずですわ。」
「いえ。僕の方がエスター嬢を想っています!」
私とウィル様は手を繋ぎ、空いている方の手を天秤の皿に乗せた。




