#30 つながっていくピース
出産前には戻るとリアと約束したため、余裕を持って侯爵邸に着けるよう、辺境伯領を出発することにした。
お母様には、実家の男爵家へ戻られることを提案してみたのだけれど、頑なに拒んでいたわ。そしたら辺境伯様が、酒飲み相手がいなくなるのはつまらないってごね出して。お母様も、渡りに船とばかりに、辺境伯邸へ残ると言い出したのよ。辺境伯様には、母が魔力暴走を起こす危険があるって説明したのに、自分が抑えるから問題ないって謎の自信をお持ちで、こっちが説得されちゃったわ。
魔力を吸収する魔石と魔道具をいくつか持たせたから、あれだけあれば暴走することはないと思うけど…。
こうして、お母様を辺境伯邸へ残したまま、私とウィル様は王都へ出発したの。その直前にお母様が、『あなたは、予定日より3週間もはやく生まれたのよ。』と、不安になることを言ってきたわ。
もちろん、予定日はあくまで目安だってわかってるけど。間に合うわよね…?
ヴェルナー家のタウンハウスへ着くと、スカーレット様から手紙が届いていた。ヴェルナー領から戻ったら、会いに来て欲しいとのことだったわ。
でもまずは最重要案件である、リアへの出産祝いを自分で選ぶため、ブティックを任せているミアのもとを訪ねた。
私とウィル様が腕を組み、寄り添って入店すると、ミアは一瞬目を見開いたけれど、すぐに営業用の笑みを取り繕っていたわ。それでも貴賓室へ入り、他の従業員の目がなくなったとたん、私とウィル様の関係を尋ねてきた。
どうやらハンスは、言いつけを守ったようね。ウィル様にも、リアに報告するまで内緒にしていてと頼んである。先走ってハンスやヴェルナー家の人たちに報告したウィル様も、今は、リアに1番に伝えたいという私の気持ちをわかってくれているわ。
だからミアには申し訳ないけど、私たちの関係ははぐらかしたの。そしたらミアから、王都で私とウィル様が噂になってると聞かされたのよ。
そういえば、ヴェルナー領へ行く前に、腕を組んで買い物をしたわね…。ウィル様へ視線を向けると、にこにこ微笑んでいる。
(あぁ。確信犯だわ、これ。)
これもまた、外堀を埋める作戦のひとつだったんだわ。ヴェルナー領を訪れている間に、王都で私たちの噂が広まるようにって。
今日は、オーナーの正体が私だと知っている者たちには会わない方がよさそうね。うちの従業員たちは耳がはやい上、私の結婚を心配していたから、噂の真相を確かめてくるはずだもの。
「こちらが、フィリア様のお子様のために用意したベビー服です。でも、お嬢様。お子様がラザラス様に似ているのは、なんとなく想像できたのですが。おふたりの瞳の色を混ぜた、淡い青色ってどんな水色ですか!?水色といっても、何色もあるじゃないですか。」
「私だってわからないわよ。でも。ウエディングドレスの水色を見て、エミリオの色だって喜んでいたから、あの色でいいんじゃないかしら。ウィル様は、どう思われます??」
ウィル様もまた、生まれてくる子がラザラスに似ていると確信しているようだから、話を振ってみる。
「そうですね。きっと、あの小さなうさぎのぬいぐるみの目と、同じなのではないでしょうか?」
「ああっ!!うさぎのぬいぐるみのリオね!?」
ウィル様からヒントをもらい、ミラが用意したベビー服の中から、"エミリオ"に似合いそうなものを選び、包装してもらう。
リアへの出産祝いをゲットした私たちは、次にエヴァンス家のタウンハウスへ向かった。
スカーレット様に会う前に、婚約のことはまだ秘密にして欲しいと、ウィル様に念を押した。そして、婚約指輪を隠すために手袋をはめた。
「エスターちゃん!冒険者になったって本当なの!?」
スカーレット様の開口一番の言葉に、私は自分の耳を疑ったわ。スカーレット様のお話も、私とウィル様の関係についてだと思っていたから…。
「なってませんわ!?誰がそんなこと言ったのですか??」
「ハンスからね、エスターちゃんがヴェルナー領に行ったのは、魔物狩りをするためだって聞いてね。それを家の人に話したら、『とうとう冒険者になったのか』なんて言い出したのよ。ああ。でも、やっぱり違うのね。」
『やっぱり』と言うわりにはスカーレット様、ずいぶんとほっとしているように見えるわね。ルーカス様に至っては、『とうとう』と言っていたみたいだし。まさか。私なら、ほんとに冒険者業をはじめそうだと思われていたの!?
「そうよねぇ。いくら、たくさんの武勇伝を持つエスターちゃんだって、さすがに魔物狩りなんてしないわよねぇ。」
「あ…。魔物狩りには行きましたわ。」
口を押さえ、目を見開くスカーレット様に、魔物を狩ったのはウィル様で、私は見てるだけだったと必死に説明したの。
そのあと。ハンスに会いに行って、おつかいもできないの!?まぎらわしい言い方をしないでよねと文句を言ってやったわ!
侯爵邸へ着くと、急いでリアのもとへ向かった。
「リア!ただいま。あぁ、よかった。まだ生まれてなくて。」
まだ大きいままのリアのお腹を見て、安心したわ。出産までに戻るという約束を守ることができたから。この前は、そばにいるという約束を破って、リアを怒らせちゃったからね。
「エスター。おかえりなさい。よかったわ、無事に帰って来てくれて。ウィルバート様。約束を守ってくださって、ありがとうございます。」
「フィリアさんとの約束を守るため、四六時中エスター嬢のそばにいましたからね。こうして、無事に連れ帰ることができてほっとしています。」
「まさか。ウィル様がずっと私にまとわりついていたのは、リアとの約束を守るためだったのですか!?」
「おまえ…。ウィルバート様に対して、まとわりつくって言い方はないだろ。」
あきれているラザラスを一瞥し、私はウィル様に寄り添った。
「リアとラザラスに報告があるのよ。私、ウィル様のプロポーズお受けすることにしたの。」
「きゃーっ!?エスター!!おめでとう!!」
リアは席を立つと、勢いよく飛びついてきた。ラザラスはおろおろしながら、リアのお腹を心配そうに見ているわ。ほんとに、心配性なんだから。
「プロポーズされたときは、あんなに戸惑っていたのにな。俺はな。ヴェルナー領へ行ったおまえが、辺境伯様の方に取り入ろうとするんじゃないかって気が気でなかったよ。」
「ラスってば、またその話?きっと。ヴェルナー領でウィルバート様と過ごしているうちに、ウィルバート様の想いがエスターに届いたのよ。」
「プロポーズをお受けしたのは、ヴェルナー領へ行く前に立ち寄ったタウンハウスでなのよ。」
「えぇっー!?」
「はぁぁー!?」
リアとラザラスが、わーわー騒ぎ出した。
プロポーズされたときは、指輪のケースを閉じてしまうほど戸惑っていたからね。それなのに。それから1週間ほどで婚約をお受けしたと知って、驚いているわ。
だから私は、この家を出発してからなにがあったのかを話したの。
プロポーズを受けるきっかけになったのは、素直になるポーションを飲まされたからだということや。お母様は辺境伯様とご友人になり、楽しくやっているから、そのまま辺境伯邸へ置いてきたこと。ついでに。ウィル様によって、外堀が埋められているってこともね。
そしたら。私がウィル様に振り回されているという話を聞いて、ラザラスってば、『事業での駆け引きは百戦錬磨だけど、恋愛の駆け引きは初心者なんだな。』って、鼻で笑ってきたのよ。
私が、ラザラスに対して"キーっ"ってなっているところへ、思いがけない客が来たの。
「こんにちは、リッキー。いらっしゃい。」
リアに声をかけられたパトリックは、彼女のもとへ駆け寄っていったわ。
「リア。あなた、ずいぶんと、たらし込んだわね。」
「エスターってば、またそういうこと言う。」
ラザラスのまねをしてリアのお腹をなでているパトリックの姿に、この子が何度も侯爵邸を訪れているのが伺えたわ。付き添って来たうちのメイドの話では、お父様が付き添うこともあるそうよ。それから。侯爵家で油を売ってないで、はやく伯爵家に戻って来て欲しいと小言のような懇願をされたわ。
パトリックが、侯爵邸を頻繁に訪れていたことに驚いていたら、私の前に、もっと驚く人物が現れたのよ。
「えーん。エスターお嬢様〜!?すみません…。あの双子の兄の面倒をみるなんて、私にはムリですぅ!」
『お嬢!魔石は!?素材は!?』
イーサンとネイサンのお世話を頼んでいた、メイドのメアリーが泣きついてきたかと思えば、イーサンとネイサンが声をそろえて魔石と素材の催促をしてきたわ。
「あなたたち、どうして侯爵邸に??」
泣きながら訴えてきたメアリーの話では。双子は、一刻もはやく転移石を完成させようと、寝食も忘れ没頭していたらしいわ。どんどんやつれていくのに、笑って作業を続けるふたりの姿は、メアリーに恐怖心を植えつけてしまったようね。ふたりが倒れる前に、駆けつけてくれたラザラスによって、三人は侯爵邸に強制的に連れて来られたそうよ。
メアリーが、ラザラスから、『こうなる前に、もっとはやく助けを求めるように。』と言われたと聞いて、かわいそうなことをしたと反省したの。双子に転移石をつくるように言ったのは、私。その双子の世話を頼むため、母の実家である男爵家の使用人の中からメアリーを引き抜いたのも、私。だけどいくら兄妹だからといって、15歳のメアリーに、あの変人たちの世話を頼んだのは酷だったわ。
「俺が駆けつけたとき、このふたりは、アンテッドみたいだったんだぞ。不眠不休不食を可能にするとかいう魔道具のせいで、不眠不食続きの体には回復魔法は効果がなくて。それで仕方なく、リアお手製ポーションを使ったんだ。つくってもらったばかりだったのに!!」
「また、リアからもらったポーションを使うのなんてもったいないって話!?使いなさいよ。使わない方がもったいないじゃない。」
「だから使っただろ!?それと、危ないからその魔道具は没収したからな!」
どうやら、私が勝手に馬用のポーションを拝借したことをグチグチ言うラザラスに、リアが新たにポーションをつくってあげたらしいわ。今度は、それをイーサンとネイサンに使ったって、グチグチ言ってるのよ。
しかもイーサンとネイサンが、リアの水魔法で生成した水を使ってつくられたポーションの効能に興味を持ってしまい、リアの生成する水を調べたいと連日騒いでいるのですって。それに関しては私が、ふたりにびしっと言って聞かせたわ。
だけどイーサンとネイサンが興味を持つということは、リアの生成する水には、私とラザラスが考えていた以上に規格外の力があるのだろう…。
「これは、ウィル様の勘が当たってそうですわね。うちの湖のロータスが増殖し続けるのは、リアの水の力が関係してそうだわ。」
「私の水の力が、どうかしたの??」
「うちの湖のロータスは増殖し過ぎて、もはやロータステロじゃない!?でもね。ヴェルナー領のロータスは繁殖力は強いけど、繁殖と呼べるものだったの。増殖の原因は、ヴェルナー領産のせいじゃなくて、リアの水の力だったみたい。」
「あ"ぁ、あれか…。リアが湖を氾濫させたやつ。つまりあの湖は、リアの力の影響を受けているのか?」
ウィル様は、うんうん頷いている。ラザラスは、新たな悩みの種に頭を抱えたわ。当人である、リアは否定してるけどね。
それから部屋を見回したラザラスは、あることに気づいて、表情を歪めたの。
「…この家、おまえの関係者であふれてるな。」
そう言われ、部屋にいる顔ぶれを確認する。ウィル様は私の婚約者だけど、リアとラザラスとも友人だからいいとして。うちの伯爵家からは、パトリックとメイド。母方の男爵家からは、イーサンとネイサンとメアリー。あらほんとに、私の関係者ばかりだわ。
「エスターに、家が侵食されていってる気がする。なんか。おまえがヴェルナー領へ嫁いで行っても、転移石を使って、しょっちゅう家に来てそうだな…。」
「そうよ。これまでと、なーんにも変わらないんだから。」
私とリアが手を取り合い、"きゃーきゃー"はしゃいでいると。パトリックもつられて、"きゃーきゃー"飛び跳ね出した。
この子、だいぶ人に慣れたようね。
リアのお腹が張り出したのは、それから数日後のことだった。とうとう、陣痛がはじまったの。
お腹を痛がりはじめてから、もう数時間が過ぎた。侯爵邸には、緊張感と期待感が漂っている。
ラザラスは、自分の父親であるエヴァンス侯爵様を呼んで、出産の手伝いをさせているの。じつは。侯爵様だけでなく、王都から兄のルーカス様と宮廷医のお祖父様まで呼ぼうとしていたと聞いて、心配性なんだからと笑ってやりたかったわ。だけどね…。医者の顔をしたラザラスが、いつになく真剣で、茶化す雰囲気じゃないの。
私は、リアの手を握り締め、そばで声をかけ続けたわ。まさか、15時間近くかかるとは思いもよらず…。
赤ちゃんの産声を聞いて、ほっとするリア。赤ちゃんを診察して、問題ないと安堵するラザラス。体を洗われ、リアに抱かれた赤ちゃんは、まだ目が開かないけど、髪は金色で顔立ちもラザラスに似ているのがわかるわ。
「エミリオ…。」
名前を呼んで、赤ちゃんを抱き締めるリアと、その姿に口元を緩めるラザラスを見て、私の目から涙があふれてきた…。
歓喜に湧く部屋から出た私は、客室へ向かう途中でウィル様と会ったの。彼は、私を部屋まで送ると、ご自分のあてがわれた客室へ戻って行った。ウィル様はね、侯爵邸に来てからは、同じ部屋で寝ようとしないのよ。他所の家だから、常識的な振る舞いをしているんだわ。
そんなことを考えながらベッドに入った私は、あっという間に眠りに落ちたの。
一眠りしてからリアのもとを訪ねると、エミリオに授乳しているところだった。その隣では、疲れ切ったラザラスが爆睡しているわ。
「ねぇ?そっくりでしょ??」
リアは、エミリオとラザラスと見比べて笑った。
「ほんとに、笑っちゃうくらいそっくりね。」
「ほら。ちょっとだけど、目も開けるのよ。」
うっすら開いたまぶたの隙間から、淡い青色の瞳が見えた。その色を見た瞬間、言い知れぬ感情が押し寄せてきたの。胸がざわざわするような、記憶のもやが晴れたような…。それを隠して、リアに接した。
「改めて。リア、おめでとう。これ、私からの出産祝いよ。」
「ありがとう、エスター。」
「どういたしまして。じゃー、ゆっくり休んでね。」
部屋を出る前に、棚に置いてあるぬいぐるみに目を向けた。うさぎのぬいぐるみのリオへ。
部屋を出た私は、この胸のざわつきの正体を突き止めようと、物置へと向かった。確信を得るためのものが、ここにあるはずだから…。だけど。探しても見つからないの。それほど広くない物置なのに…。どうしてないの??以前は、ここに立て掛けてあったのに。
「姿見なら、ここにはありませんよ。手放したと言っていましたから。」
驚いて振り返ったら、ウィル様がいたの。
「どうして、ここへ??いえ。どうして、私が探しているものが、姿見だとわかったのですか?」
これまで。"まぁいいか"と気にしないようにしてきた疑問の数々が、パズルのピースのように頭の中でバラバラになっていた。それが。エミリオの瞳を見たら、つながりはじめたの。エミリオの瞳は、私が想像していた水色じゃなかった。ウエディングドレスに使用した水色とは違う水色だったの。色が想像と違うのは、しょうがないわ。ミアも言っていたけど、"淡い青色"といっても種類がたくさんあるもの。
それなのに。さっき見たエミリオの瞳の色は、ラザラスがリアへ贈った、うさぎのぬいぐるみの瞳の色と同じだった。ぬいぐるみの目に使う石にだって、たくさんの水色があるのに、その中からピンポイントで瞳の色を選ぶなんてことができる?まるで、未来でエミリオの瞳を見てきたみたいに。
未来━━━。
はじめてエミリオの話を聞いたとき、リアはマリッジブルーだった。結婚したら、ラザラスが他の女のところに行って帰って来なくなるから、婚約を解消するとまで言っていて。ラザラスもまた、リアはエミリオってやつのことを泣くほど想ってると大騒ぎしていた。
だけど、よく話を聞いたら、姿見にそんな未来が映ったって話だったのよね。リアは、自分たちの子どもは、ラザラスに似た男の子なんだって言っていたわ。この世の終わりみたいに騒いでいたラザラスもいつの間にか、エミリオは自分に似てるとか、瞳の色はふたりの瞳の色を混ぜた淡い青色だって言い出したのよね。
…あれは。そう、ふたりが婚前性交したときよ!今思えば、8年もすれ違い、ふたりきりでいるときなんか会話もなかったふたりが、たった一晩であのこじらせを解消するなんて、よっぽどのことよね。
それに。その他にも、おかしなことはあったわ。
出産まで、そばにいてっていう約束。その約束を破って伯爵邸へ帰ったら、切羽詰まった様子でラザラスがすぐに追いかけて来た。それも、いろんな種類の薬を持参して。なにより、約束を破ったときの、リアの怒り具合は尋常じゃなかった…。それから、ウィル様の隠しごと。
今度こそ答えてもらいたくて、ウィル様の目をまっすぐに見つめる。
深呼吸をすると、私は3度目になるこの質問を口にした。
「ねぇ、ウィル様…。あの日、なぜ家にいらしたのですか?」




