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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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28/59

#28 ハンスのおつかい

視点→エスター→ハンス

ウィル様は嬉しそうに、私のことを婚約者だと使用人たちに紹介して回り、屋敷の中でも外でも、私のそばから離れようとしなかった。その様子は、好きな人と片時も離れたくないように見えるけど…。私としては、ペットにまとわりつかれている気分なのよね。


私たちは今、昨晩リストアップしておいた、王都での用事をすませるため外出している。

まずは、王都の事業を任せているハンスのもとへ向かった。

「お嬢様。シルヴィアお嬢様が伯爵様と離縁したというのは、本当なのですか!?」

ハンスは開口一番、両親のことを尋ねてきたわ。

「さすが、私の右腕。耳がはやいわね。でも。残念だけど、ほんとのことよ。」

「…シルヴィアお嬢様??」

ハンスがお母様のことを、『お嬢様』と呼んだから、ウィル様が不思議そうに首を傾げた。

「ああ。もともとハンスの母が、お母様の実家の使用人でしたの。それでハンスもまた、屋敷で働いていたのですわ。だから。子どもの頃からの呼び方が染みついてしまい、今でもお嬢様呼びなのです。」

「あぁ。なるほど。」

ウィル様は納得し、頷いている。

「お嬢様…、残念だとはまったく思ってませんよね。それで。ご両親が離縁し、エスターお嬢様は今後どうなさるおつもりですか?」

「はじめは、これを機に家を出て自立するつもりだったのよ。だけど。みんなから止められちゃったから、何も決まってないのよね。しばらくは、お母様を連れて、ヴェルナー辺境伯領に滞在する予定だから、そこで今後の身の振り方を考えてみるわ。」

「では。シルヴィアお嬢様は、いずれご実家へお戻りになるのでしょうか?」

「戻らないでしょうね…。あの人は、お祖父様とお祖母様の愛の形を、いまだに理解できないようだから。」

ハンスにいらぬ心労をかけたくはないけど、これがお母様の実態なのだから仕方ないわ。

「エスター嬢、ひどいです!!今後の予定が何も決まってないなんて!」

私とハンスがしんみりしているところへ、ウィル様がわんわん吠えてきた。ウィル様は、あっけにとられている私の左手をとると、ハンスへ指輪を見せつけた。

「この指輪は…。ま、まさか婚約指輪!?」

ハンスは驚きの声を上げると、私とウィル様の顔を見比べた。その驚きぶりに、ウィル様はご満悦の様子だわ。だけど…。

「まさか、本当にあの謎の多い辺境伯様との契約をもぎ取るだなんて!!さすが、お嬢様!」

『ゴンっ!!』

ウィル様がテーブルに頭を打ちつけ、ものすごい音がした。

「ウィル様、大丈夫ですか!?」

「目の前にいるのは僕なのに。なぜ、父が相手だと決めつけるんだ??」

「えぇっー!?お相手は、令息の方なのですか?お嬢様、ずいぶんと急激な心境の変化ですね…。あれほど、後妻にこだわっていたではありませんか。」

「いいから、はやく冷やすものを持って来て!!」

ハンスに冷やすものを取りに行かせ、ぶつけたところを確認しようとウィル様に顔を上げてもらう。

「え…。テーブルがへこんでる!?ウィル様、ぶつけたところを見せてください。」

テーブルのへこみを見て、どれだけ強くぶつけたのだろうと、慌ててウィル様の額を確認したわ。だけど…。

「ぶつけたのは、ほんとにここですか??…おかしいですわね。テーブルはへこんでいるのに、ウィル様の額はなんともない??」

「僕には、銀狼の加護があるので平気です。それより。すみません。テーブルをへこませてしまいましたね。」

「ウィル様だって、へこんでいるではありませんか。」

ハンスに、私の婚約相手が父親の方だと勘違いされ、落ち込んでいる彼の頭をなでてあげると、頬をすり寄せ甘えてきた。その現場を目にしたハンスは、声にならない悲鳴を上げていたわ。

「テーブルの修理代を払わせてください…。」

「いえいえ、そんな。頭を上げてください。」

貴族であるウィル様に頭を下げられ、ハンスは困惑しているの。ハンスは、貴族と庶民の身分の線引きをはっきりさせる人だから。私との主従関係にもね。そんな態度を、たまに寂しく思うときがあるわ。

「僕の体は丈夫なので、気にする必要はありません。それに。わざわざ冷やすものを取って来てもらいましたが、自分の力で氷を出した方がはやいですし。」

ウィル様が、右手の手のひらに氷を生成してみせた。

『うわぁ。やりましたね、お嬢様。念願の氷属性じゃないですか!?相変わらずの引きの強さ。』

ウィル様の耳のよさを知らないハンスが、ウィル様に聞こえていないと思い、私に耳打ちしてきたわ。

「おふたりは結婚後、辺境伯領で暮らすのですよね?そうなると、伯爵家はどなたが継ぐのでしょうか?」

「さぁ??私には関係ないわ。もとから、あの家を出るつもりでいたんだから。お父様が勝手になんとかすればいいのよ。」

「はいはい。そうでした。お嬢様の、『家を出る』は聞き飽きるほど聞かされてきましたからね。」

「では、とりあえず。私がヴェルナー領へ行っている間の、諸々の打ち合わせをしましょうか。」

ハンスから各事業からの報告を受け、それぞれに留守中の指示を出す。


それから、ハンスにおつかいを頼んだ。子ども服の広告塔になってくれているスカーレット様へお礼の品と、ルーカス様にはロータスでつくった安眠茶を届けてもらうの。安眠茶は、ラザラスから預かったものよ。大量につくり過ぎて飲みきれないから、王都でも患者に処方して欲しいって。侯爵邸でも滞在中に、心を落ち着かせる効果もあるこのお茶を何度も出されていたわ。原料のロータスが、現在進行形で増殖中だから処分しようとしたら、ラザラスが廃棄するのはもったいないって、お茶やアロマにしたの。魔道具屋で買った、薬研と乳鉢を24時間フル稼働させてね。そしたら、ものすごい量になっちゃったから、安眠茶の方はルーカス様に任せて、アロマの方はうちの店で売ることにした。

うちの領地では、大量の地下茎の部分もあきないよう、領民があれこれ工夫して料理しているわ。今や、ロータスルートはうちの領地で毎食のようにテーブルに並んでいるの。もとはといえば、ウィル様からいただいたロータスが原因なんですからねと説明したら、彼は腑に落ちない顔をしていたわ。

ほんとはね、スカーレット様へのお礼は、昨日までは、私が直接届けるつもりでいたのよ。でもそうすると、ウィル様は絶対についてくるわよね。スカーレット様は鋭いから、彼と一緒に訪ねたら疑問に思うはず。そしたら私たちの関係について、質問攻めにあうに決まっているもの。はっきり言って、スカーレット様の追求をかわせる気がしないわ。だからといって、指輪を外したり、婚約のことをはぐらかしたりしたら…。しゅんと、いじけるウィル様の姿が目に浮かんでしまう。それで、ハンスに頼むことにしたの。

ルーカス様とスカーレット様に隠したいわけじゃないのよ。でも。プロポーズをお受けしたことを、1番に報告するのはリアじゃないとね。


ハンスには、もうひとつ大事なおつかいを頼んだわ。

「リアの出産祝いに贈る男の子用のベビー服を、ヴェルナー領から戻るまでに用意してもらえる?ミアには、服をつくる際の参考として、生まれてくる子はラザラスに似てるって伝えてあるから、リア好みのベビー服をつくってくれると思うけど。私としては、あいつに似てるなんておもしろくないのよね。」

「ラザラス様のお力って、お腹の子の姿までわかるんですか!?」

「そんなわけないじゃない。でもなぜか、あのふたり。子どもができる前から、1人目はラザラスに似た男の子だって言い続けてるのよね。」

「では、男の子用を用意して、生まれた子が女の子だったときは、どうしましょうか?」

「そのときは、笑い飛ばしてやるわ。」

「生まれてくる子は、ラザラス殿似の男の子ですよ。そして。瞳の色は、おふたりの瞳の色を混ぜた淡い青をしています。」

ウィル様はフっと笑い、なぜか確信を持っているように言い切った。


「じゃー、ハンス。留守の間、よろしくね。」

「お任せください。緊急連絡先がヴェルナー辺境伯様のお屋敷なことくらいで、お嬢様が、領地にいるのと何ら変わりませんからね。」

「あぁ、もう。悪いと思ってるわよ。王都の事業を押しつけて。」

そう。私が王都にいないのは、いつものことなのよね。だからハンスは、私がヴェルナー領へ行くからといって、特別心配していることはないみたい。

『それにしても。お嬢様、よかったですね。素のお姿を受け入れてくれる殿方と巡り会うことができて。はじめは、表の顔だけ見せて、騙してるんじゃないかと心配しましたよ。』

ハンスが耳元でささやいた…。

「あのね、ハンス。ウィル様は、耳がものすごくいいのよ。だから、小声で話しても意味がないわよ。それに。以前街中で、あなたのひとり言も聞かれているんだからね。」

「…まさか、あれですか?『外でオーナーの正体を軽々しく口にしない』って、身に覚えのないお叱りを受けたやつ…。」

「僕は、素のエスター嬢に惹かれたので、騙されていませんからね。」

「…本当に、聞こえているのですね。いや、でも。街中に、そんな耳のいい人がいるとは思わないじゃないですか!?」

「そんな、耳のいい人がここに"も"いるのよ。」

「あはは。でも、ハンスさんには感謝してるんです。あのひとり言のおかげで、エスター嬢のことをもっと知りたいと思ったので。」

「私の名に、『さん』をつける必要はありません。『ハンス』とお呼びください。」

「もう。ハンスってば、相変わらずの線引きね。リアのような例外もいますけど、ウィル様は、気にせずハンスと呼んでくださいね。」

リアは何度言われても、ハンスに『さん』をつけるの。でもそれが、リアらしいのよね。

「お嬢様。このあとは、お店を見てまわられるのですか?」

「ええ。ヴェルナー家のみなさんに手土産を用意しないとね。」

「ああ、いつもの。手土産という名の、賄賂や初期投資ですね。身内になられる方々も、得意客に取り込むのですか?」

「そのときは、身内割り引きにするわよ!!まったく、人を金の亡者みたいに。」

私たちのやり取りを見て笑っているウィル様へ、ハンスが問いかけた。

「よろしければ、結婚相手にお嬢様をお選びになられた理由をお教えいただけますか?」

「エスター嬢といたら、毎日楽しそうじゃないですか。人の役に立つ事業をいろいろと展開し。事業の発展のために店舗をまわるだけでなく、必要な材料や素材を自らの足を使って探しに行く令嬢なんて、彼女の他にいませんよね?その原点が、友人のためだったと知って、優しい人だなって惹かれたんです。」

「まぁ、その優しさはフィリア様限定ですけどね。」

「ちなみに、うちの領地では、一緒に魔物狩りをする予定です。いい魔石や素材が拾えるといいですよね?」

魔石や素材を拾いに行くと、まるで栗でも拾いに行くみたいに軽く言うウィル様に、ハンスが言葉を失っているわ。魔石や素材を拾いに行くって、つまり魔物討伐のことだからね。

ハンスが目で、『魔物狩りへ行くなんて、正気ですか?』と訴えかけてくる。これまで何度か、運悪く野生動物に襲われたことはあっても、自ら討伐しに行くことはなかったものね。しかも、今回は野生動物ではなく魔物だから、ハンスが心配するのもわかるわ。でも、怖くなんてないの。ウィル様は強いからね。

「ええ。楽しみですわ。」

私がそう答えると、ハンスは天を仰いだ。

「お嬢様は、時々暴走なさるので、くれぐれも、くれぐれもよろしくお願いします。」

ハンスがくれぐれもと念を押して、ウィル様へお願いしていた。

「もちろんです。それに。森の入り口付近の魔物なら、それほど強くないので、エスター嬢でも討伐できますからね。だから心配しないでください。」

「…そうですか?なら、安心??ですかね…。おふたりが結婚したら、いったいどんな夫婦になるんでしょうね?ははは…。」

ウィル様は、ハンスの乾いた笑いを気にすることもなく、私たちの夫婦像を語り出した。

「僕の第六感では。一緒に魔物を狩り、その魔石や素材で、術師たちには魔道具を。ラザラス殿には、希少な薬草で薬やポーションをつくってもらい。転移石を使い、それらを国中に広めるのです。それから。観光開発や、ホテル王、情報屋など、様々な事業をより発展させるエスター嬢を、僕は支えるんです。」

「第六感?勘にしては、やけに具体的ですね。」

「私の勘ではね。私は一生、ウィル様に振り回されると思うわ。」

「エスター嬢の勘は、野生の勘なんですよね!?ラザラス殿が言っていました。」

「あいつ、余計なこと言って。」

思い切り吹き出したハンスの背中を、バシっと叩いてやったわ。この場にいない、ラザラスの代わりにね!!

「ウィルバート様。エスターお嬢様のこと、絶対に幸せにしてください。どうか、よろしくお願いします。」

ハンスは背中をさすってから、ウィル様へ深々と頭を下げた。それから。お母様のことも、気にかけてあげて欲しいとお願いしていたわ。ハンスにとっては、いつまでたっても私もお母様も心配な『お嬢様』なのね。


ハンスには別れ際、婚約について、くれぐれも内密にするようにと釘を刺し、私たちは商業区へ向かった。

するとウィル様から、腕を組んで歩くことを提案されたの。その姿なら、誰もオーナーの視察だとは思わないだろうと言って、腕を差し出してきた。その腕に、私は腕を絡ませた。抜き打ちの視察をかねた、手土産選びが、一気にデートっぽくなったわ。おかげで、ウィル様と腕を組んで商品を見ている私の正体が、オーナーだと見抜く従業員はいなかった。

ただ。ウィル様の耳が捉えた従業員の声から、辺境伯令息と伯爵令嬢の接客に緊張していたことがわかったの。これは、ハンスへ言って従業員の教育のし直しが必要のようね。相手の身分が高くても、萎縮せず毅然とした態度で接客してもらわないと。たとえ相手が、王族でもよ。だって。うちの商品の品質は、胸を張れるものだもの。

今回の手土産にも選んだけど、うちの商品で需要が安定しているものは咳止めの飴なのよね。あと、咳止めに効く茶葉も。飴や茶葉は、私とラザラスが、リアのためにつくったものだけれど、本人が『よく効くからみんなにも使ってもらいたい』って言うから商品化したのよね。リアの目標は、庶民にも手が届く値段の薬を広めること。手頃な値段の薬をつくってはいるけど、それすら買う余裕のない庶民が、薬代わりに購入していくの。

その他には。以前贈って好評だった、ハンドクリームや化粧水。蜂蜜。ジャムの詰め合わせ。茶葉を数種類。あとは。ウィル様から、辺境伯様はお酒好きだと聞いたから、お酒も買ったわ。買った物は、アイテムボックスへ収納した。リアが使ってるのを見て便利そうだったから、イーサンとネーサンに頼んでつくってもらったの。

そういえば、あのふたり。ちゃんと食事や睡眠をとっているかしら?ラザラスに頼んだし、大丈夫よね…?



━━エスターお嬢様がお帰りになられたあと、しばらく仕事が手につかなかった。それは当然だろう。だって、あのお嬢様が、婚約したと言うのだから。あの、お嬢様が!?

私にとってお嬢様は、オーナーである前に、仕えてきたご主人様のご令孫なのだ。


エスターお嬢様は、私の半分の年齢。そんな、娘ほど年が離れているオーナーのもとで働くようになって、10年以上が過ぎた。

オーナーは王都の事業を私に任せきりで、本人は友人のそばにいたいからと言って、1年のほとんどを領地で過ごしている。そのくせ、次々と王都で新事業を展開していくおかげで、こちらの仕事は増える一方なのだ。


抜き打ち視察で従業員がヘマをしないか心配しつつ、お嬢様から言付かった言葉を伝えるため衣料品店へ向かう。

「あら、ハンス。巡視日でもないのに、珍しいわね。何かあったの??」

「お嬢様が、フィリア様へ贈る出産祝いを用意しておいて欲しいそうだ。」

「あぁ。フィリア様、いよいよ出産なさるのね。まだ妊娠されていない内から、『ベビー服をつくるわよ!』とお嬢様が言い出したときには、気が早いと思っていたけどねぇ。」

「ただでさえ、貴族向けのブティックと、庶民向けの洋服店だけでも手一杯だったところに、ベビー服もつくるって言い出したんだよな。」

ミアには、この貴族向けのブティックの他、庶民向けの洋服店も任せてあったが、新たにベビー服もつくるようになってからは、洋服店の方は他の者に任せることにしたのだ。

「あ~あ。それにしてもさ。うちのお嬢様には、いつになったら春が来るんだろうねぇ?」

「なぁ…??本当にな…。」

言いたい!!お嬢様に春が来たんだと、ミアにも今すぐ教えてやりたい!だが…。許せ、ミア。婚約のことは内密にするようと釘を刺されているんだ。

「でもねぇ。いつか、お嬢様に春が来たとしても、そのお相手がハンスよりも年上だったら…。私、笑顔で祝福できるかしら?」

その心配は、よくわかる。私だって、お嬢様の結婚相手に望む条件については常日頃から、物申してきたのだから。 

『お相手は、60代でも50代でも40代でもなく、辺境伯様でもなく、お嬢様との年の差はわずか5歳の辺境伯令息様なのだ!!』

そう、うっかり口を滑らせぬよう、話題を変えなければ。

「それでお嬢様が言うには、生まれてくるお子様は、ラザラス様に似ているらしいな。」

「あっはは。そうそう。ベビー服をはじめるって言ったときに、フィリア様に似た子どもの服をつくるならやる気が出るけど、ラザラス様に似た子どもだと思ったらやる気が出ないって話していたのよ。」

「お嬢様はこれまで、ラザラス様と、フィリア様の取り合いをしてきたからな。」

「あはは。それは、今もでしょう??だけどさ。あのおふたりとの出会いが、お嬢様を変えたんだよね…。」

ミアとともに染み染みと、昔のお嬢様を思い出す。私の母もミアの母親も、シルヴィアお嬢様のご実家の男爵家に仕えていたため、自分たちも自然と男爵家に仕えるようになった。

シルヴィアお嬢様は、昔から感情を内に溜め込む癖があり、溜め込み過ぎては時々感情を爆発させていた。ご結婚されたらお変わりになるだろうと期待していたが、変わるどころか、娘のエスターお嬢様に遺伝してしまったのだ。幼少期のエスターお嬢様は、母親であるシルヴィアお嬢様によく似て感情を表に出さず、取り繕った笑顔を浮かべる子どもだった。父親のアンダーソン伯爵様も、感情を読ませないお方だから、当然と言えば当然なのだが。そんなお嬢様方を見て、屋敷の者たちは不安を抱いていた。

それが、あるときを境にエスターお嬢様は変わられたのだ。フィリア様とラザラス様と出会ったから━━。

それまで、使用人など見向きもされなかったお嬢様が、はじめに声をかけたのは、イーサンとネーサンだった。年が近かったこともあるが、ふたりの術師としての才能を見抜いたからだ。お嬢様は、フィリア様のために煖房具や保温具の魔道具をつくってあげたかったから。

そして。最初に引き抜きの声をかけてもらったのが、この私だった。フィリア様を伯爵領にある湖へ招待するに当たり、湖畔に別荘を建てるため、その手配を私に任せたいと。『あなた、お金の勘定得意よね??』と笑ったお嬢様の笑顔は、今まで見てきた取り繕ったものではなかった。

お嬢様は、祖父母である男爵夫妻に、男爵家が長年抱えていた問題を解決する対価として私をお求めになった。後々、ミアやイーサンとネーサン、その他諸々引き抜かれることになるのだが…。

そんな経緯で、お嬢様に仕えるようになった私のはじめての仕事は、湖畔を華やかでくつろげる場所にすること。別荘を建て、気が休まるよう、ガゼボ、テーブル、パラソル、ガーデンチェア、ベンチを設置した。華やかにするため、湖畔を花で埋め尽くそうと、腕のいい庭師をエスターお嬢様と探していた際、偶然か運命かダグラスを見つけた。こうして。お嬢様が湖を見せたかったお相手のフィリア様に喜んでいただいたのだ。その湖は、今では伯爵領の観光名所になっている。水不足の危機に陥り、フィリア様の暴走により、湖が氾濫したこともあった。あのときは、設置したテーブルやベンチが水没していくのを呆然と眺めるしかできなかったな。一見、深窓のご令嬢のようなフィリア様もまた、エスターお嬢様同様、度々暴走するのだ。そんな姿を見て、やはりエスターお嬢様のご友人だなと思うのだった。

そして、驚くほどの頑固者。何度言っても、名前に『さん』をつけて呼ぶため、新手の嫌がらせかと思ったほどだ。だが。フィリア様は、ミアやイーサン、ネーサンに対しても敬称をつけて呼んでいる。知り合って何年も経つが、貴族なのに庶民に敬称をつける、この変わったお嬢様の本質を、私はいまだにはかり兼ねているのだ。


事業をはじめた当初、エスターお嬢様はまだ子どもだった。そのため、ご自分がオーナーだと相手にされないからと、代わりに私を交渉に臨ませた。そうやって伯爵領から徐々に事業を広げ、王都へ進出したのだ。

王都の街の中心にある商業区には、貴族向けの店が集まっている。うちからも、ブティック、ホテル、レストラン、化粧品店などを出店している。中心地からそれた場所には庶民向けの宿屋、食堂、酒場、パン屋、飴屋、洋服屋、生活雑貨屋。街の外れには貧民層のために、食材や衣類など訳あり商品を格安で提供している。そして。裏通りには、魔道具屋。なぜ裏通りにあるかというと、魔道具屋で異変があると、店にかけてある保護魔法が発動するからだ。…発動すると、まわりに迷惑がかかるため、ひっそりとした裏通りに引っ越したのだった。

他にも、資金提供している事業がいくつもあるため、これだけの店を抱えていると、毎日いろんなことが起きるのだが…。そんな私の疲れを、黒字の報告書が吹き飛ばしてくれている。


次に向かったのは、エヴァンス侯爵家のタウンハウスだった。

「スカーレット様。いつも、ベビー服の広告塔になっていただき、ありがとうございます。オーナーからのお礼の品を預かって参りました。どうぞ、お受け取りください。」

「あら、エスターちゃんから?ありがとう。もらった服を着て歩いているだけなのに、なんだか悪いわね。」

「いえ、お陰様で売り上げも好調です。それから、こちらはラザラス様からだそうです。ルーカス様へお渡しください。では、私はこれで。」

「そんなに急いで帰らなくてもいいじゃない??まぁ、座って。」

余計なことを口にする前に退散するつもりが…。お貴族様のお誘いを断れるわけもなく、言われるがまま席に着く。

「ねぇ、エスターちゃんって今、王都にいる?あのね、エスターちゃんがヴェルナー辺境伯令息と腕を組んで買い物をしていたって噂を耳にしたのだけれど。ハンス。あなた、なにか知ってる??」

はぁ…。お嬢様は、何をしてるんだろうか。婚約のことは内密にするよう人に釘を刺しておいて、腕を組んで買い物してた!?そんなの、自分たちの仲を公言してるも同然ではないか。

まずいな。ここでスカーレット様にバレたら、ご自分の失態を棚に上げて、理不尽に叱られそうだ…。

「本来、私の口からお伝えるのは憚られるのですが、いずれお耳に入ることですので…。じつは、アンダーソン伯爵夫妻が離縁したのです。」

「…まぁっ!?そうなの…??」

私は、エスターお嬢様の婚約のことを隠すために、シルヴィアお嬢様の情報を売った。

「シルヴィアお嬢様の気持ちを慮って、しばらくの間、王都の喧騒が届かないヴェルナー辺境伯領でお過ごしになられるそうです。そのため、お嬢様とご令息は手土産を買うと言っていましたので、視察がてら、買い物をしていたのでしょう。腕を組まれていた理由は、わかりかねますが。もしかしたら、従業員の目を欺くためだったのかもしれませんね。」

「エスターちゃんなら、視察のためにやりそうね。」

いや…。おふたりの様子を知る者としては、令息に丸め込まれて腕を取るお嬢様の姿が想像できるのだが。

「それに。シルヴィア様にとっては、王都から離れるのはいいことだと思うわ。人は、他人の不幸を広めたがるものだから。それにしても。エスターちゃんもなんだかんだ言って、お母様のことが心配なのね。」

「それは、どうでしょうかね?なにせ、うちのお嬢様ときたら、ご自分が辺境伯領へ行くのを楽しみにされているようでしたから。あちらに着いたら、令息とともに魔物を狩り、魔石を集めるのだそうです…。」

「辺境伯令息にとって、エスターちゃんは、狩り仲間ってことなの!?…確かに。意気揚々と魔物に向かって風魔法を放つエスターちゃんの姿を想像できちゃうわね。それで。ニンマリしながら拾った魔石を掲げて、『どんな魔道具をつくらせようかしら?』なんて言ってそうだわ。」

「私もそう思います。」



こうして、婚約話を隠すことに成功し、お嬢様の言いつけを守ることができた。

だが…。スカーレット様によって、自分のした話が脚色され、ルーカス様の耳に入ることまでは想定していなかったのだ。伝言とは、人から人へ口頭で伝えていくうちに、得てして話の内容が変わっていくものだと、頭から抜けていた。

『あの子は、とうとう冒険者になったのか…。』

スカーレット様から話を聞いたルーカス様は、そう言って驚愕したのだそうだ。


そして私は、王都へ戻られたお嬢様から、『おつかいもできないの!?』とお叱りの言葉をいただくのだった…。

(理不尽だ……。)

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