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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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#27 うるさい口を黙らせる方法

第2章 エスター✕ウィルバート

ウィル様に急かされるように、リアの家をあとにしてから数日後。私たちは、ヴェルナー家のタウンハウスに到着した。

王都で必要なものを買い揃えたら、すぐに辺境伯領へ向かう予定だから、このタウンハウスに滞在するのは数日だけ。数日とはいえ、お世話になる使用人たちへ、うちの店で取り扱っている商品を、手土産として用意してきたの。もちろん、うちの商品だということは伏せてね。

だけど、手土産を渡す前から厚遇を受けているのよね。私はまだプロポーズの返事をしていないから、私とウィル様の関係は"友人"よ。それにも関わらず、熱烈な歓迎ぶりに戸惑っちゃうわ。ウィル様ってば、私と母のことをなんて説明したのかしら…。

客室へ通され、ひとりになった私は、両腕をぐっと上げて背を伸ばした。やっと落ち着くことができたわ。

思えば。この状況、おかしいのよね。確かにウィル様は、辺境伯領へ招待したいと言っていたけれど。あのときは、こんなにすぐ出発するつもりはないようだったわ。だれど、それから少しして。ウィル様から、お母様がヒステリーを起こしたら、妊婦のリアには悪影響なのではないかと指摘されたの。そして、ふたりを離すために辺境伯領行きを早めてはどうかと提案されて納得したわ。ラザラスが常にリアのお腹に手を当て、細心の注意を払っているのを見ているしね。リスクは、できる限り取り除かないと。それで、リアが無事に出産できるように、お母様を侯爵邸から連れ出すことに賛成したのよ。

こうして、慌ただしく出発してきたんだけど…。王都までの道中、馬車に揺られながら疑問に思ったの。もしかしたら、出発を急がなければいけない理由が他にもあったんじゃないかって。たとえば…。私が、求婚を保留にし、その話題を避けているせいで、しびれを切らしちゃったとか?それで。うやむやにされないために、家族や屋敷の者たちへ、ひとまず私を紹介してしまおうという計画なのでは?

(あぁ、もう!リアが変なこと言うから!!)

ウィル様は、紳士的だけど完璧な紳士ではないって、謎かけみたいなことをリアに言われたのよ。勝手な理想を押しつけるのはダメだともね。リアの言いたいことは、わかるわよ。ウィル様を、私の望む人物像の型にはめたらいけないってことでしょ!?

だけど。ウィル様は、私がどうこうできる相手じゃないのよ。彼は、内面を隠すのがうまいし、隠しごとが多いの。はじめて王都へ出て来たウィル様を見たとき、人がよさそうで詐欺に合うタイプだと心配したわ。まぁ、いらない心配だったのだけれど。今年、ウィル様と一緒に舞踏会やお茶会に出席したら、彼は強かさや本心を隠し、うまく立ち回っていたもの。令嬢の強引なアプローチには、本気でお手上げだったようだけど。それに。私への好意も、うまく隠していたわ。これまで、全然気づかなかったからね。気づいていたら、きっと距離を取っていたと思う。ウィル様は、そのことをわかっていたから、好意を見せなかったのよ。なんて戦略的な人なのかしら。

それに…。なぜあの日、家を訪ねて来たのか、リアに会話を遮られ理由を聞けていない。聞きそびれたなら、もう一度尋ねたらいいだけの話なのにね。時間が経つにつれ情報が入ってきて、疑問は増す一方だった。

私が秘密裏に得た情報では。ウィル様は、あの事件の1週間ほど前から、我が家が見える宿屋に滞在していたの。その間、伯爵邸を訪ねることも、観光することもなく、宿屋にいたそうよ。それなのに。私が伯爵邸へ戻ったあの日は、家を訪ねて来た。それも絶妙なタイミングで。まるで、私が帰って来るのを待っていたみたいじゃない??

でも…。私に用があったのなら、はじめから家を訪ね、私の居場所を聞いて侯爵邸を訪ねたらよかったわよね?

ねぇ…。ウィル様は、なにを隠しているの…?


『コンコン』

夜も更けてきた頃。ウィル様が、お茶のセットを持って部屋を訪ねて来た。ウィル様は、王都滞在中にするべきことをリストアップしている私にお茶を淹れてくれた。そして自分は、ベッドに横になったの。

んっ?この部屋は、私に用意された部屋よね?ということは。この部屋のベッドも、私に用意されたものよね??ウィル様が、あまりにも自然に横になるから、この状況がおかしいはずなのに、『おかしい』って言えずに、唖然としちゃったわ。

「エスター嬢?どうかしましたか??」

えぇ!?人のベッドに横になっておきながら、『どうかしましたか??』じゃないでしょ!?

「あのう、ウィル様。それは、私が使うベッドですよね??」

「はい。そうですよ?」

微笑みながら肯定したウィル様は、曇りのない目をしていたわ。彼の前だと、調子が狂っちゃう。

「女性のベッドに横になるのは、よくないのではありませんか?そもそも。こんな時間に、未婚の男女が部屋にふたりきりなること自体、非常識ですわ。」

「エスター嬢が常識にこだわるなんて、意外ですね。」

なんですって!?人を、常識のない人扱いして!!そんな心の内を隠し、平静を装う。

「あら、やだわ。ウィル様は、私のことをいったいどのような人だと思っているのかしら??」

取り繕った笑顔を向けて問いかけると、ティーカップを優雅に持ち、お茶を口にする。

「婚約者(仮)です。もしくは。未来のつ…妻です!」

まさかの返答に、お茶を吹き出しそうになった。

『まだ求婚の返事もしてません!』そう、言い返すつもりだったのに。自分の返答に照れているウィル様を見たら、言えなかったわ。

なにかしら。この、耳まで真っ赤にして身悶えてる生き物は…。確かに今のウィル様の姿は、紳士には見えないわね。そんな彼がかわいく見えてしまう私は、どうかしてると思う。

「まさかとは思いますけど…。今晩、この部屋で過ごすおつもりではないですよね?」

「駄目ですか??この屋敷は僕の家ですからね。どの部屋で寝ようと、誰も文句は言いません。」

「この部屋を使いたいのでしたら、私が別の部屋へ移りましょうか??」

「そしたら、僕もその部屋へ移りますけど。それでも、部屋を変えますか??」

「……なら、いいですわ。」

さっきまでは、かわいいと思っていたけど、今は小さな暴君に見えるわ。

「王都ですべきこと、まとめ終わりましたか?」

ウィル様が、早く隣に来て横になって欲しいと、ベッドを叩いて催促してくる。待ち切れなくて、しっぽを振っている大型の犬みたい。観念してウィル様の隣に横になると、彼が満面の笑みを浮かべた。こんな至近距離で、その笑顔は心臓に悪い…。

「もう!うちの結婚相談所では、結婚前の同衾はアウトですからね。」

「でも僕は、利用者ではありませんよ??それに、これは"添い寝"ですからセーフです。」

「共寝を添い寝だなんて…。まったく、ものは言いようですわね。」

「添い寝なら、罪悪感はないでしょう?」

「…確信犯ですのね。」

ベッドに並んで寝ているだけなのに、ウィル様は口元が綻び、目尻は下がっていて、幸せそうだわ。隠しごとがうまいのに、今は喜びが隠しきれていない。そういう私も、並んで寝ているだけなのに心臓のドキドキが激しくて、彼に聞こえちゃうのではないかと心配になって、余計にドキドキしちゃうの。私だけ余裕がなくて、なんだか悔しい。

「あっ、そうだ。見てくださいよ。"これ"!」

ウィル様の指差した先を見ると、ナイトテーブルに天秤が置かれていた。

「あら。天秤ですわね。今度は、なにを比べるおつもりですか?」

「違うんです。この天秤は侯爵邸を出る際、確かにフィリアさんにお返ししたんです。それなのに、僕の荷物に紛れ込んでいたのですよ!?」

「ふふふっ。リアに、してやられましたわね。ウィル様は、借りたつもりでも、リアは、その天秤をウィル様へ差し上げたと言っていましたから。」

「また、やられた…。」

ウィル様は、『また』と言って、ため息をつく。以前は私に、魔道具のランタンを荷物にまぎれ込まされたのよね。あのときも、こんなふうに困惑していたのかしら?

戸惑うウィル様を見ていたら、自然と彼の頭をなでていた。機嫌を損ねた子どもをなだめるみたいに。頭をなでられ機嫌が直ったようで、気持ちよさそうに、とろんとした目で見つめてくるの。

「なんだか。子どもというより、犬みたいね。」

思ったことを口に出してしまい、慌てて両手で口を塞いだ。言ってしまったあとに口を塞いだところで、あとの祭りなのだけれど。…気を抜き過ぎちゃったみたい。

「あはは。じゃー、『わん』と鳴きましょうか?ラザラス殿のように。」

私の失礼な物言いにも、ウィル様は笑って話に乗ってくれたわ。

「まさか、あいつ。ウィル様の前でも、犬の鳴きまねしたんですか?」

「いえ。勝手に盗み聞いたんです。王宮の舞踏会で、ダメ犬で構わないと言い切っていたラザラス殿、潔かったですね。」

「ダメ犬を見習っては、ダメですわよ?」

「それで、あなたとの距離が縮まるのなら、ダメ犬で構いません。やっと、あなたへの好意を伝えられるようになったのですから。エスター嬢。もう、頭をなでてくれないのですか??」

私は、異性から向けられる好意が苦手だった。だから。これまでずっと、自分に好意を持つ相手を避け続けてきた。たとえそれまでが、どんなに友好的な関係であっても、好意を向けられた途端、心身ともに拒絶反応が出てしまうから。

ラザラスは、リアしか見てないから、私に好意を抱くことはない。その兄のルーカス様は、私にとっては兄というより、もはや父。だから。あの兄弟は例外で、安心して一緒にいられた。

だけど。ウィル様からの好意は、戸惑いはあるけど、拒絶反応はない。拒絶どころか、むしろ、自ら彼の隣に横になっているくらいだもの。でもどうして、平気なのか理由はわからない…。もともと。ウィル様と交流を持ったのは、リアとラザラスの方だった。あのふたりに頼まれたから、ウィル様の求める、結婚適齢期の令嬢の情報をまとめたのよね。

「エスター嬢??」

ご主人様に甘える犬みたいな目で見つめられ、私はまた彼の頭に手を伸ばしてしまった。でも手玉にとられるのは癪だから、お望み通りになでてあげることはせず、手ぐしでブラッシングするように強めに髪を梳いたの。ただこの些細な抵抗は、目の前の大型犬には、ムダな抵抗だったわ。だって。ものすごく気持ちよさそうに目を細めているのよ!?そんな無防備な姿に胸が高鳴るの。自分より大きな男性をかわいいと思うだなんて…。いいえ、待って。目の前の"これ"は、男性ではなく、犬よ!大型の犬だと思うことにしましょう。そう思ったら、主人を信頼し、無防備な姿を見せる、この犬が余計にかわいく見えてきたわ。この銀色の毛を、もっともっとわしゃわしゃしたくてたまらないの!?

警戒心のないウィル様へ、疑問に思っていることを尋ねてみた。

「ウィル様は、いつから私のことを結婚相手にと思っていたのですか?」

「それは、フィリアさんに招待してもらったお茶会のときですね。実際に、エスター嬢と会って、言葉を交わしてみて、結婚するなら絶対にあなたがいいと思ったのです。でもじつは。王宮の舞踏会ではじめて見かけたときから気になっていたんですよ。」

「だけど。そのとき、リアたちに、令嬢の情報を教えて欲しいと頼んだのですよね!?だから私は、お茶会で令嬢の情報を教えて差し上げたのですよ?」

「僕が欲しかった令嬢の情報は、エスター嬢についてだけですよ。けど会場で、あなたに好意をみせたら避けられるようになったという声が聞こえたので、本人に話しかけるのをやめて、まずはご友人である、おふたりと話してみることにしました。そしたら、フィリアさんがお茶会に招待してくださり、しかもエスター嬢を紹介してくれると言うので、心の中で両手を上げてたんです。」

ウィル様の戦略に、まんまとハマっていた事実に驚愕しちゃうわ。その驚きを悟られないよう、お父様ばりの無表情で切り返した。

「それでは。私のまとめた令嬢の情報は、はじめからいらないものでしたのね?」

「騙すような真似をして、すみませんでした…。だけど。あなたを狙う声があちこちから聞こえていたので、焦ってしまい。とにかくどんな形でもいいから、関わりを持ちたかったのです。…怒ってしまいましたか??」

怒ってるわけではないのに、ウィル様は、私が怒ったと思ってうろたえている。しゅんとしているその姿に、垂れた耳としっぽが見えるのよ。この捨てられた犬のような表情が、素なのか、計算なのかは、もう関係なくて。彼の頬に手を伸ばそうとしている私は、すでにウィル様の術中から抜け出せないのだと自覚したの。

それならと開き直り、ウィル様の首に腕を回して抱きついた。これでウィル様も少しは動揺すればいいのよ。

「…っ!?エスター嬢??」

耳の近くで、困惑しているウィル様の声が聞こえる。怒ってないと伝えたかっただけなのに、余計にうろたえさせてしまったみたい。

「ウィル様??」

ドキっとさせたくて、あざとく首を傾げ、上目遣いで見つめたら、返り討ちに遭ってしまった…。ウィル様は顔を真っ赤にして、照れているの。

(なに、そのかわいい表情!?私が抱きついたせい??)

「…怒ってないのですか?」

「ふふっ。怒ってないですわ。」

「エスター嬢っ!!」

彼は私の体をぐっと引き寄せると、力強く抱き締めながら体の位置を変えた。体が上下に重なり合い、お互いの鼓動が感じられる。私の心臓も、ウィル様の心臓も、激しく動いているの。はやくて大きい鼓動を感じながら、せつない想いが胸を占めていた。その想いは、侯爵邸でリアたちとした会話の中で抱いたものだった。

あれは。リアの前で、"婚前性交"なんて言葉を使った私が、スカーレット様に叱られたという話をしていたとき。この手の話は苦手だと思っていたのに、ウィル様はまったく平気そうだった。その様子を見て、女性の扱いに慣れてるのかもしれないと思ったら、私の胸にわだかまりができたの。はじめは小さかったそのわだかまりは今、大きくなってしまった。ウィル様が、慣れた手つきで体位を変えたのを目の当たりにしたから…。

この胸のチクチクや、もやもや、戸惑いに、不安。それらをウィル様に気づかれないためには、とにかくなにかをしゃべらないと━━。

「…あの、ウィル様。普通は、逆なのでは?」

「エスター嬢の言う、普通とは??」

ウィル様が、自分の上に私を乗せるから、『逆なのでは?』と聞いたら、笑われたのよ。言われてみれば、自分でもなにを言っているのかしらって思うもの。あぁ、もう!『普通は、逆』ってなによ!?余計なこと言わなきゃよかったわ。

私なんて、知識はあっても経験のない、頭でっかちなんだから。逆に。この余裕のある態度や、慣れた仕草からして、やっぱりウィル様には経験があるんだわ。それを思うと、胸がチクチクして、わだかまりが大きくなるの。

「ウィル様って意外と意地悪なんですね。私のこと、本当に好きなのですか??」

自分の口から出た言葉に、鳥肌が立ってしまったわ。信じられない…。まさか私が、恋愛小説に出てくる頭の悪い女みたいなセリフを言うなんて。

「本当に、好きです!!それに、意地悪なんてした覚えはありません。あなたを下に敷く方が、意地悪ではありませんか!?」

私のバカみたいな質問にも、ウィル様は真面目に答えてくれた。それに。ためらいも無く、『好き』だとも言ってくれたわ。けどそれが、かえって私の余裕のなさを際立たせた。自分ばかり翻弄されているなんて、おもしろくないわ。彼の余裕のない姿が見たくて、ウィル様の胸に顔をうずめた。変わらず鼓動ははやいけど、慣れた手つきで頭をなでられ、彼の余裕をなくすことはできなかった…。

この胸のチクチクや、もやもやの正体がなんなのかは知っているのよ。知識としては、ね。

「嫉妬なんて感情…。私には、一生無縁だと思っていたのに…。」

「嫉妬ですか?」

なんで!?口に出すつもりなんてないのに、また勝手に声が出ちゃった。慌てて、他の話でごまかそうとしたら。

「ウィル様って犬のようだと思ったけれど、違いましたわ。犬じゃなくて、狼でしたのね!?」

「あはは。バレました??そうなんです。」

変なことを口走ってしまったのに、笑いながら肯定されたの。狼だってことをね。

「今のは、下心があると認める発言ですか!?」

「えぇっ!?違います、違います!僕には、銀狼の血が流れているからです!!」

「銀狼の血…??」

「はい。といっても、わずかにですよ。父は色濃く受け継いでますが。だから決して、下心があるわけではなく、無体を働くつもりもありません。エスター嬢を守り、無事に連れ帰るとフィリアさんと約束しましたからね。」

「でも、下心はありますわよね??」

また口が勝手に動いてしまった。ウィル様の体が昂ぶっていることに気づいていたけど、指摘するつもりなんてなかったのに。なぜか、口が勝手に動いちゃうの。

「…すみません。こうして、エスター嬢と触れ合っているのが幸せなんです。体が反応してしまうのは、見逃してください。」

「謝らなくていいですわ。やっと、ウィル様の余裕のないお顔が見れて嬉しいので。」

「余裕なんて、ずっとありません。さっきから、どうにかなってしまいそうなのを、必死に抑えているのですから。」

「それでも。手慣れているではありませんか!?」

もうっ!なんなの!?さっきから、口が勝手にしゃべるのよ。

「なんで!?口に出すつもりなんてないのに、声に出しちゃう。自分の口じゃないみたい!」

困惑する私に、ウィル様は微笑みながら、サイドテーブルにある天秤をずらした。

「これがなんだか、わかりますか?」

「これは…。リアからお土産でもらった、ポーションですわね。」

天秤の陰に隠すように置かれていたのは、リアからハネムーン土産にもらったポーションだったわ。それをどうして、ウィル様が??

「そうです。じつは、このポーションは、馬用のポーションを使われたラザラス殿が、その代わりにと、エスター嬢の部屋から拝借したものなんですよ。しかし。使い道がないからと、僕にくれました。」

「あいつはリアに関することになると、ほんとバカになるのよね。先に拝借したのは私だから、文句は言えないけど…。」

「ところで覚えてますか?このポーションの効能を。」

「もちろん覚えていますわ。だって、リアにもらったものですもの。これは、素直になるポーションです。」

「さすが!正解です。」

ウィル様がポーションの小瓶を手に取り、私の目の前に差し出した。その小瓶を、よく見ると…。

「空ですわね…。この中身は、どうされたのですか??」

聞かない方がいいと思うのに、尋ねてしまった。嫌…。ものすごく嫌な予感がするわ。

「先ほど、お茶を飲みましたよね??」

「いやっー!そんなことだろうと思ったわよ!!さっきから、おかしいと思っていたのよ。勝手に口が動いていたのは、お茶に入ったポーションのせいだったのね!?」

「エスター嬢は取り繕うのがうまいので、本音を聞くのは難しいだろうから、このポーション使ってはどうかとラザラス殿から助言をもらったのです。」

「あいつ、余計なことを!」

「すみません…。こうでもしないと、あなたの本音が聞けないと思ったのです…。」

ポーション入りのお茶を飲ませておいて、しゅんとしょげるのはずるくない??

「もう!その顔、絶対計算してますよね!?」

このポーション効き目が絶大ね。本音が止まらないわ。

「僕のこと、嫌いですか?」

「嫌いなわけないじゃないですか。」

「じゃー、好きですか?」

「好きですわ。」

「本当ですか!?嬉しいです!なら、僕と結婚してくれますか?」

「…私でいいのですか?」

「あなたがいいんです。むしろ。僕なんて、あなたに欲情するし、あなたとの子どもも望んでいるので、エスター嬢の望む結婚相手の条件を満たせてませんけど…。」

「でも、私。子どもを育てる自信がありません。親子の愛なんて知らないので。それに…。いつか、ウィル様の気持ちが変わってしまうのではと思うと、不安で怖いのです。」

「僕の気持ちは、変わりません。エスター嬢のような人は、どこにもいませんからね。」

「私のようなって…。いったい私のどこが好きなのですか??」

もうやだ!?こんなセリフを言うなんて、面倒くさい女じゃないの。この勝手にしゃべる口、なんとかしないと!!

「優しいところです。あなたは、何の面識もない僕の心配をしてくれましたよね。それと、友達想いなところに、友達から想われているところ。その友人たちほどではないですが、僕に対しても素を見せてくれるところ。一緒にいると、楽しいところ。エスター嬢と会ってから、毎日あなたのことばかり考えているんです。…あなたは、僕のことをどう思っているのですか??」

不安そうに見つめてくるウィル様を安心させようと、口がまた勝手に動こうとする。それを阻止するため、このうるさい口を塞いだわ。

「んんっ…。…エスター嬢。」

うるさい口を塞ぐ方法。

それは、"唇を塞ぐこと"よ。なにでって…。ウィル様の唇でよ。

「ウィル様。そんな色っぽい声出さないでください。」

「ですが。こ、こんな突然、キスするなんて…。心の準備だってできてません…。」

「ごめんなさい。口を塞がないと、この口が勝手にしゃべり出すんですもの。でも。もとはといえば、ウィル様のせいですからね!?」

「うるさい口を唇で塞ぐって、それこそ逆なのでは?うるさい方を黙らせるなら、僕の方が塞ぐ側じゃ??だけどこれが、エスター嬢の素直な態度??それなら…、やめないで。もっと…。」

『もっと』とねだられ、唇をウィル様の唇に重ねた。唇が離れると変なことを口走ってしまうから、私は唇が離れないよう、ウィル様の唇に夢中で唇を押しつけた。ウィル様もまた、私の頭に手を回し、唇が離れないようにしていたわ。

しばらくの間そうしていたけど、息が苦しくなり、どちらからということもなく唇を離したの。離した途端、私の口がしゃべり出す。

「お体、つらいのではありませんか?」

先ほどより、昂ぶりが強くなっていることを私に指摘され、ウィル様は恥ずかしそうに目をそらす。

「大丈夫です…。僕は、エスター嬢の心も欲しいので。結婚初夜までは、一線を越えるつもりはありません。」

「大丈夫ではないでしょう?紳士的に振る舞っても、ウィル様は実際は狼なのですから。我慢は体によくないですわ。それに。一線を越えずに、昂ぶりを鎮める方法だってありますわよね。」

「一線を越えずに…??」

知識だけは持っている私の口は、得意気に卑猥な言葉を並べていく…。

「えぇ。手淫。口淫。腿淫たいいん。胸淫。これからは私が、あなたの欲を発散させてあげますわ。だから他の方とは、ダメですからね…??私だけを求めてください…。」

もう…。自分でも、自分の"素直"がなんなのかわからないわ…。こんな独占欲の塊みたいなセリフ、これが私の素直な言葉なの??ずっと、自分へ向けられる好意も、下心も避け続けてきたのに。内心の戸惑いとは裏腹に、この口はよく回るの。

「…たい淫??」

「腿淫と胸淫は、私の造語ですわ。太腿の間や、胸の間に挟むのです。」

「ああっ…。」

「あら、ウィル様。想像しちゃいました?さっきよりも、興奮してますわ。」

ウィル様の表情から余裕が消えた。言葉、視線、唇、息遣い、手の動き、私の一挙手一投足に翻弄される彼の姿をもっと見たい。

余裕のない、せつない声で名前を呼ばれると、胸がきゅんとなる。キスをせがまれると、彼の唇に吸い寄せられる。求められると、応えてあげたくなる。これはね、ほんとに私の素直な気持ち。

だけど。いつから、ウィル様に対してこんな想いを抱くようになったのかしら…。だって。はじめは、ウィル様のお父様の方を結婚相手の候補に入れていたのよ?お茶会で令嬢の情報を教えたときも、ここまで長くウィル様との交流が続くとは思ってなかったわ。その後は会う機会はなかったけど、贈り物を送り合っていたから、連絡が途切れることはなかった。今思えば、あの贈り物の数々は、交流を途切れさせないためだったのね。リアとラザラスへの贈り物は、私との接点をつくってくれたことへのお礼だったのかもしれない。そして1年後。王都で再会したの。でも。舞踏会でエスコートしてもらったときも、特別な感情はなかった。かといって、同年代の令息たちとは同じではなくて。だから。馬車で領地まで送ると言われて、その厚意を受け取ったのよ。他の令息だったら、絶対に断っていたわ。あのときには、だいぶ心を許していたのね。恋心はなくても。

"特別"に変わったのは、やっぱり、お母様が投げた絵画から守ってもらったときかしら…。だけど。あんなふうに助けてもらったら、誰でも恋に落ちてしまうわよ!?さすがの私も、心を奪われたもの。しかも。私を庇ったせいで、大怪我をさせてしまったのよ。ウィル様には、一生頭が上がらないわ。

ただ。そこでまた、あの疑問が頭をよぎるの…。

「ウィル様は。どうしてあの日、家にいらしたのですか?」

「エスター嬢にプロポーズするためです。外出中なのは知っていたので、伯爵邸付近の宿屋に滞在し、あなたの帰りをまっていたんです。伯爵夫妻にもご挨拶をしたかったので、伯爵邸でプロポーズしたかったのですが…。人生、そう上手くはいかないものですね。」

ウィル様の答えは、嘘ではない。だけど。それがすべてでもないのでしょう?彼の答えは、あらかじめ用意されていたみたいな回答だったわ。きっと。私がこの質問をすると、予想していたのね。

疑問は残ったままだけど、このおしゃべりな口がこれ以上余計なことを言わないように、ウィル様の唇へ押し当てた。


ウィル様は、なにかを隠している。だって。先触れもなく、家を訪ねて来るなんて、筆まめな普段のウィル様からは考えられない。それに。ウィル様は、リアに出産予定日を聞いていたし。リアの出産を見届けるまで、私が侯爵邸に滞在していることも手紙で知らせいたから、私がしばらく伯爵邸へ戻らないと知っていたのよ。それなのに。ウィル様は、侯爵邸ではなく、伯爵領を訪れた。まるで、私が伯爵邸へ戻って来ることを知っていたみたい…。第六感って、先のことまで感じとれるのかしら??だとしたら。ウィル様は、どんな未来を見たのだろう?

ふふっ。なんてね…。いくらなんでも、未来を知っていたわけないわよね。知っていたら、あんな大怪我をするはずないもの。

隠しごとされるのは、正直いい気分ではないわ。でも、たぶん。私に負い目を感じさせないために、ウィル様は隠しごとをしているのだと思うの。負い目や、恩、貸し借りとは関係なく、プロポーズを受け入れてもらいたいのでしょうね。だから。私の素直な言葉を聞きたくて、素直になるポーションなんて飲ませたのだわ。

彼の誠実さは知っているから、今は、隠しごとについて気づかないふりをしましょう。いつか、話してくれることを信じて。



『チュン、チュン、チュン。』


朝を知らせる鳥のさえずりに、目を覚ました私は、目をパチパチさせた。目の前に、ウィル様の寝顔があったから。あまりの近さに距離をとろうとしたら、体がびくともしなかった。

(捕らえられている…。)

じゃなくて…。ウィル様に抱き締められていて、体が動かせない。もぞもぞ動いていると、彼が目を覚ます。

「おはようございます。あぁ。目が覚めたら、目の前にエスター嬢がいる。なんて幸せなんだろう…。」

あぁ…。この人も、人たらしなんだわ。リアと同類の。彼の無防備な笑顔に胸が鷲掴みされ、私は朝の挨拶も返さずに、その笑顔に見惚れてしまう。

「エスター嬢…?もしかして…、怒ってますか??昨夜、ポーションを飲ませてしまったから。」

「怒ってませんわ。まだ、寝ぼけて頭が働かないだけです。ウィル様、おはようございます。」

「ああ、よかった。」

安堵する彼の姿に、不安にさせた罪悪感で胸がチクっとした。けど、それは。ほんの一時のことだったわ。なにやら違和感を覚えた私は、その正体を見つけて、目を見開いたの。

「ウィル様!!これ、なんですかっ!?」

「気づきました?つけちゃいました。」

「『つけちゃいました』って…。私、まだきちんと、プロポーズの返事をしてませんよね!?」

「僕との結婚、嫌なんですね…。」

あからさまにがっかりすりウィル様の姿を見て、また罪悪感…。

「嫌とは言ってません!!」

「では、エスター嬢。天秤に指を乗せてもらってもいいですか?」

「…ウィル様と、私の想いを比べるのはもう嫌です。指輪をはめられたのですから、私の方の天秤が下がるに決まっていますわ。」

「そんなのはかってみないと、わかりませんよ!?エスター嬢が指輪をはめてくれて、僕は嬉しいのですから。」

「私だって、指輪をはめてもらって嬉しいのです!だから、比べなくともわかります。」

ウィル様は笑みを浮かべ、私を抱き締めた。私の言葉に一喜一憂する彼は、私に振り回されていると思っているでしょうね。だけど。実際、振り回されているのは私の方だわ…。

「昨夜の、あなた以外を求めないという約束ですが。僕は、あなただけを想うと誓います。他の女性には指一本触りません。」

こんなこと言ったら、可愛げないと思われるでしょうけど。社交もあるし、女性に指一本触らないなんてムリよね。

…あ、そっか。他の女性に好意や下心を持って、触らないってことね。ウィル様の言葉足らずな部分を理解できて、なんだか嬉しいわ。

それとどうやら、ポーションの効果が切れたみたい。

「ポーションの効果が切れて、やっと、口が言うこと聞くようになりましたわ。」

「すごい効き目でしたね。ほんの数滴しか垂らしていないのに。」

「…え。ほんの数滴ですか??だけど、小瓶は空でしたよね?」

「別の容器に移し替えただけです。全部使ったら、ラザラス殿に申し訳なくて…。」

「ラザラスに悪いと思う必要なんてないですわよ。もとは私の物ですからね。それより、ウィル様。わざとですわね?ポーションを全部使ったと思わせることで、プラセボ効果を狙ったのでしょう??」

「でも偽薬ではなく、実際に使ったのは本物ですよ。」

たった数滴で、あの効果なんて…。効き過ぎよ!?それとも、ポーションのせいじゃなく、あれが私の本音だったのかしら…。

ウィル様と言い合っているところへ、朝の支度を手伝うためにメイドが部屋を訪ねてきた。ベッドにいる私たちを見ないように気を遣うメイドを見て、勘違いされていることに気づいたわ。だってこの状況…。誰がどう見たって、一夜をともにしたふたりよね…。いえ実際、夜はともにしているのだけれど…。ウィル様いわく、添い寝だもの。かといって、なにもなかったわけでもないのよね…。

ウィル様が朝の支度のため、ご自分の部屋へ戻られたから、私も支度をはじめたの。だけど。着替えを手伝ってくれているメイドの様子が、さっきから落ち着かない。そのメイドが、意を決したように話しかけてきた。

「お嬢様。首元が隠れる衣装を探しますので、しばしお待ちいただけますか!?」

メイドが衣装を探しはじめたから、気になって鏡で首元を確認してみたの。そしたら。赤い痕がびっしりついていたのよ。これを見たから、落ち着かなかったのね…。別の衣装に着替えると、メイドはシーツを回収し、顔を赤らめながら部屋を出て行ったわ。

…このあとの展開が、手に取るようにわかるわ。

あのメイドから噂が広まっていくのよ。

ウィル様と私が夜をともにしたこと。私の首元に、たくさんのキスの痕がつけられていたこと。私の左手の薬指に、指輪がはめられていること。


私は足早にウィル様のもとへ向かい、こんなに痕をつけるのは、やり過ぎだと言ったのよ。

「すみません…。エスター嬢からキスしてもらったのが嬉しくて、止められなくなってしまったんです…。」

なんだか、その言い方だと。キスをした私が悪いみたいじゃない??

「それでも。一線は越えていません!!」

そう言って、胸を張っているウィル様は、待てができたことを褒めて欲しそうにしている。

「まわりは、そう思ってはいないようですけどね。」

「エスター嬢。領地へ着いたら、お好きな魔石を差し上げますから機嫌を直してください。それから。よろしければ、一緒に魔石を探しに魔物狩りへ行きませんか??」

ウィル様は、令嬢の機嫌をとるために、宝石じゃなくて魔石を贈るのね。しかも。お出かけのお誘いが、魔物狩りなんて。この人、私のこと…。

「行きますわ!!」

この人、私のこと。ものすごくわかってるじゃない!?両手を上げて興奮する私を見て、ウィル様が微笑むの。

あぁ…。この人の主導権は握れそうにないわね。勝てる気がしないもの。


そして、ふと気づいたの。

これって、王都へ出てきたばかりのウィル様に、気をつけるようにと思っていた状況じゃない??ふたりきりで部屋にいたことを目撃され、噂が広まり、外堀が埋まっていくの。

まさか。自分の身に起きるなんて…。

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