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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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#25 家族会議は予期せぬ展開へ

魔力が回復したエスターは、我が家に滞在しながら、いつものように仕事をはじめたわ。まるで、何事もなかったみたいに。

彼女は魔力暴走によって魔力切れを起こした状態でも、伯爵邸を出る際、使用人たちにこれからの対応について指示を出してきていた。お屋敷を修理している間は、湖畔にある別荘を仮住まいとすること。使用人たちには暇を出し、帰省しない者には、お屋敷の修理修繕工事に携わるか、領民とともに湖畔の環境整備や宿泊施設の手伝いをするようにと。それから。伯爵様が戻ったら、夫人を連れてロックハート侯爵邸を訪ねるよう伝言を残していた。


そして数日後。

伯爵夫妻が我が家を訪ねて来た。馬車から降りてきた夫人は、魔力を抑制する魔道具を両手首にはめられ、やつれていたわ。冷たくも、凛とまっすぐに咲き誇る一輪の花のような、いつもの姿は見る影もなかった。そんな夫人とは対象的に、伯爵様はいつもと変わらず、一切感情を読ませない無表情だった。まるで、何事もなかったように…。


応接室には、パトリック君の両脇に私の両親、その隣には私とラス。私たちの向かい側には、エスターとウィルバート様。伯爵様と夫人の座席は、テーブルを挟んでに向かい合わせにし、距離をとらせてもらった。いくら魔道具によって魔力を抑えられているとはいえ、手を出されたら危ないもの。それから応接室にある飾りや置物を撤去し、絵画も外してある。さらに念には念を入れて、お茶すら出していない状況なのよ。

ウィルバート様もまた、夫人からエスターを守るように座っている。ウィルバート様は、『乗りかかった船だから』と言って、伯爵家の問題が解決するまで残ってくれていた。ラスもウィルバート様も、未来を変えられたと決めるのには、まだはやいと思っているようなの。だから今も警戒を続け、エスターを守るために他家の家族会議だということは十分承知の上で同席しているのよ。

じつは私は、お腹の子によくないからって、ラスにも両親にも同席を止められたの。けどね、頑として同席することを譲らなかったわ。エスターのことで、彼女の両親に言いたかったことが、ものすごく溜まっているから。

物々しい空気が漂う中。最初に口を開いたのは、お父様だった。

「リーバイ。本当に、この子を伯爵家で育てるつもりなのか?赤髪で金眼のこの子を。」

お母様は、お父様の話を聞き、パトリック君の燃えるような赤い髪をなでた。

「はい。考えを覆すつもりはないです。この子の母親の遺言が、自身の家族からこの子の存在を隠して欲しいというものだったので、手元に置くのが確実かと。」

パトリック君のお母様は、産後に体調を崩し、ずっと病床に伏していたそうなの。そして。亡くなる際、自身の家族から我が子を守って欲しいと、パトリック君を伯爵様へ託した。私は、その話を聞いて、他人事とは思えなかった。だって。あの未来では私も、出産後に体調を崩し、亡くなるまでベッド過ごしていたんだもの。それにね。姿見で体験しているから、愛しい我が子を残して逝くつらさも、無念さも痛いほどよくわかるのよ…。

「そうか…。覚悟の上なのだな。ならば。外部の者がとやかく言う筋合いはないな。」

お父様とお母様は、パトリック君の手を引いて席を立った。

「そうだわ。うちのフィリアは、外部の者だけれど。きっと、我慢できず、大いに口出ししちゃうと思うのよ。ですから。はじめに謝罪しておきますわね。当事者でもないのに、うちの娘がペラペラとごめんなさいね。」

そう言って、お母様は笑顔でドアを閉めた。

さっきまで緊張感が漂っていた部屋は、妙な空気に包まれているわ。目の前にいるエスターを見たら、唇を震わせて笑うのを我慢しているのよ。そんな彼女は深呼吸をして背筋を正すと、伯爵様へ視線を向けた。

「あの子を伯爵家で育てるという、お父様の意思はわかりました。それについて、私が反対することはありません。ですが。誰に、あの子を育てさせるおつもりなのですか?乳母を雇うのでしょうか?まさか、お母様に子育てをさせようなんて思っていませんよね??ねぇ、お母様。あの子を育てられますか?いいえ。無理に決まってますわ。」

エスターは、夫人に問いかけると、答えを聞く前に、無理だと言い切った。

「実の娘である私のことさえ育てられない人が、他人の産んだ子どもを育てられるわけないもの。ちなみに。私も、育児なんて絶対に無理ですからね!?というより。これを機に、私は家を出るつもりです。お母様は、どうされますか?言っておきますけど、お父様は、なにもおっしゃらないですからね。決めるのはお母様ですわ。」

エスターの言った通り、伯爵様は一瞬眉をひそめただけで、なにも話さないの。なんだか、こんな日が来るのを想像していたみたいだわ…。

「お母様にあるのは、3つの選択肢です。1つ目は、このまま伯爵夫人として伯爵家へ留まりパトリックを育てること。2つ目は、離縁し実家へ戻ること。3つ目は、私が紹介する方の後妻になることです。」

エスターは夫人の前に、再婚相手となる候補の方々の絵姿付きのプロフィールを並べた。

「消去法でいくと。まず、1つ目のパトリックを育てるは、無理なので消えますよね。その場合、伯爵夫人の地位を捨てることになりますけど。次に、2つ目の実家へ戻るですが、お母様は実家がお好きではありませんものね。そうなると残るは、3つ目のどなたかの後妻になるしかありませんわね。」

夫人は、並べられたプロフィールへ視線を向けると、きっとした表情でエスターをにらんだ。

「どういうつもり?老い先短そうな方々ばかりじゃないの。こんなの、誰もが遺産目当てだと思うわよ。それとも、私にはご老人がお似合いだとでも言いたいの!?」

「この方々は、夫人の再婚相手にと選んだのではありません。エスター嬢が、自身の結婚相手にと自ら調べ上げ、条件をある程度満たした方々なのですよ。つまり。自分の結婚相手の候補者の中から、おひとりを母である貴方様に譲るということですね。」

ウィルバート様の話を聞いた伯爵夫妻は、プロフィールに書かれてある内容を改めて確かめていた。そして。自分の娘が結婚相手にと望む人たちの年齢が、自分たちの年齢よりも上であることに目を見開き、驚愕しているの。伯爵様がこんなにも表情を変えるところを、はじめて見たわ。

「と言っても。この方々に、私やお母様が気に入ってもらえるとは限りませんけどね。相手方にも条件があるでしょうから。」

「ところで。エスター嬢はまだ、うちの父を狙っているんでしょうか?もしかして。この候補者の中にうちの父がいないのは、夫人に譲りたくないからですか?」

「それは違いますわ。辺境伯様の情報には、書面に残すべきではないものもあるからです。それに。辺境伯様のお顔は謎に包まれていて、姿絵も手に入れられなかったので、空白だらけののプロフィールは除外させてもらいました。」

「父は、めったに王都へ出てきませんからね。父の髪色は、僕と同じ銀髪で、瞳の色は琥珀色。あぁ。夫人の髪に、エスター嬢の瞳の色と同じですね。」

辺境伯様は銀髪で、瞳の色は琥珀色。性格は豪快らしいわ。髪色は同じだけれど、性格と瞳の色は違うとウィルバート様は言っている。彼の瞳の色は灰色がかった青で、慎重な性格だものね。そういえば。エスターの明るい茶髪も、お父様である伯爵様と同じだけれど、性格は違うわね。エスターは、外見が父親似で、内面は母親似だから。

「とりあえず今は、辺境伯様含め後妻の話題はおいておきましょう。お母様。離縁すれば、地位をなくすことになりますが、この座に居座り続けたとしても"幸せ"とは呼べないのではないですか?お父様もお母様も、ご自分のことばかりで、お互いの想いを知らなさ過ぎます。」

エスターはいつも、人生の決定権は本人が握るべきだと主張してるのに、なんだか今は夫人を離縁する方へと誘導しているように思える。

「触れられたくない闇があるのは、お互いに自分だけだとお思いなのでしょう?おふたりは、関係がこじれたのではありません。そもそも、交わることさえなかったのですから。20年以上連れ添ったのに、相手に対して無関心過ぎたのです。この先夫婦を続けたとしても、良好な関係を結ぶことはないでしょうね。」

私とラスの関係がこじれたときでさえ、自分たちで答えを出すようにと見守っていたエスターが、自身の母親に対して離縁を決意するよう畳み掛けている。あぁ。彼女が、こんなにも両親を別れさせようとしている理由がわかったわ。

パトリック君のためね…。

パトリック君はこれから、伯爵邸で暮らすことになる。伯爵様は、彼を手放すつもりはないようだから。でも。同じ屋根の下に夫人がいたら、パトリック君は平穏に暮らせないわ。これまで何度も怪我をさせられたエスターと同じ目に遭うでしょうね。だからパトリック君を自分と同じ目に遭わせないために、元凶となる自身の母親を伯爵邸から追い出そうとしているんだわ。

エスターは席を立ち、夫人の足元に膝をついた。

「伯爵家を出るのは、お母様のためでもあるのです。たとえ身分をなくすことになったとしても、絶対にこれまでより、もっと楽に生きていけるようになります。」

母親を説得しているエスターは、今度は父親へ視線を向けた。

「お父様。お母様が破壊した、屋敷の惨状はご覧になりました?まぁ…。私が壊してしまった部分もありますけど。」

「ああ…、見た。何があったかは、執事から報告を受けている。」

「では。これまでも何度も屋敷が破壊され、その原因が魔力暴走だということはご存知でしたか?お母様も私も、魔力量が多過ぎるため、心身に負荷がかかると魔力が暴走してしまうのです。鉱石が見つかった山も、私が魔力を暴発させて山をえぐったことで、たまたま見つかったのです。」

「つまり…。あれは、鉱石を発掘するために山を崩したのではなく、魔力を暴発させ山をえぐったら、鉱石が出てきただけということか。山の地形を変えるほどの魔力暴発とは…。」

考え込む伯爵様に、ラスが当時の状況を説明する。

「あのとき。繁殖期のマグパイの縄張りに入ってしまい、何十羽ものマグパイが俺たち目がけて急降下してきました。エスターは風の力を使い、その場にいた者を守ろうとしてくれましたが…。その結果、魔力を暴発させてしまったのです。決して、闇雲に魔力を放ったわけではありません。」

伯爵様は顎に手を当て、ラスの説明に相づちを打っていた。

「お父様。魔力が暴走してしまうほどの魔力量を持っている人は、意外に多いんですのよ?お母様のお父様もですし、ここにいるリアもです。」

「あっ。僕の父もですね。」

「あら。ウィル様のお父様もなのですね。では、辺境伯様も魔力の発散には、お困りなのではないですか?私とリアも魔力を吸収する魔道具ができるまでは、おっちょこちょい暴発やうっかり暴走を何度もしたわよね?」

「おまえなぁ。あれらを、おっちょこちょいと、うっかりで片づけるなよ!?」

「あんたの、その言い方。ほんと、ルーカス様に似てきたわね。」

ラスは伯爵夫妻の前だというのに、いつもの口調に戻っている。

「話がそれましたわね。えーと。何が言いたいかというと、お母様の感情の起伏が激しかったのは、魔力過多のせいだということです。お父様は長年、気づいてくれませんでしたわね。お母様は、そんな相手とこの先も添い遂げられますか!?今は魔道具があるので、魔力を抑えられます。ですから。もっとちゃんと、お母様を見てくれる人を探しましょう?」

「魔力を吸収する魔道具があるのならば、なぜ夫人に使わせなかったのだ?」

「お父様の疑問はごもっともですが。それは。あなた方が私に興味がないのと同じで、私も、伯爵家のことに興味がないからですわ。お母様が魔力過多で苦しもうと、口下手なお父様が誤解されようとも、伯爵家が没落しようとも構わないんですの。」

それは確かにエスターの本音だけれど、彼女の思いのすべてではない。ご両親が、もう少し向き合えていたら、エスターのことを気にかけていたら、ここまで背を向けたりしなかった。だって。夫人の分の魔道具も、用意はしてあるのだから。

「私は、他人の人生に介入する気はありません。確かに。魔道具を使っていれば、屋敷もあれほど壊れずにすんだかもしれません。ですが。今回の件は、起こるべくして起きたのです。長年、おふたりが互いに壁を張り続けた結果ですわ。」

エスターにとって伯爵夫妻は、家族とは呼べない間柄なの。ご両親のことを、『他人』と線引きしてしまうほどにね。使用人たちのことは大事に思っているのに。

「お母様、考えてみてください。これからも、お父様と伯爵家で暮らす生活を。穏やかに暮らしていけそうですか?」

夫人は、しばし目を閉じた。そして。

「無理ね……。」

待ち望んだ答えを聞いたエスターは、テーブルに離婚証明書を広げた。

「うわぁ…。おまえには、人を慮る気持ちってものはないのか。性急過ぎるだろ。他人の人生に介入しないって言っていたやつは、どこのどいつだよ。」

「だって時間のムダじゃない!?どうやっても修復不可能なんだから。」

周到に用意された離婚証明書を目にしても、別れを決断した本人たちには、迷いはみられなかったわ。それは。いつもの、取り繕われた伯爵夫妻の姿だった。

「お母様の望むお相手を、私が探してみせますわ。貴族にこだわらないのなら、候補が増えるのですけれど。結婚相談所は国のあちこちにありますから。」

「別れる相手の目の前で、再婚相手の話をするか?おまえは、結婚相談所の回し者かよ??いや、まさか…。結婚相談所の事業もやってるのか?」

「庶民向けのね。たいていの人たちは、住んでる地域内で結婚するじゃない。だからね。国内全体まで広げて縁を結ぶのよ。身辺調査をして問題なければ誰でも登録できるわ。利用する上での注意事項も一応あるけど、年々利用者が増えているのよ。」

「利用する上での注意事項ってなんだよ?」

ラスが訝しげに尋ねた。

「そうね。例えば…。結婚を真剣に考えていることや。お金の貸し借りはしないとか。それから。婚前交渉はしないとかね。」

「おまえが先日、バカみたいに力説していたあれは、おまえの持論じゃなくて相談所の定義なんだな。それは、まぁいいとして…。俺とリアをそのルールで縛ろうとしてたよな?俺たちは、利用者じゃないだろ!?」

「利用者じゃなくても、それって一般的な常識でしょう!?」

ラスとエスターの言い合いにも、伯爵夫妻は眉一つ動かさないでいるわ。おふたりは、よく似ているんだわ。自分の気持ちを押し殺し、壁をつくって他人と距離をとる。そして。決して本心をさらけ出さないの。だから。何年も連れ添っていても、お互いに相手の気持ちがわからないのよ…。

「おふたりの言い合いは、見ていて楽しいのですが…。すみません。お話したいことがあるので、僕の話を聞いていただけますか??」

ウィルバート様は、エスターを席に戻らせると、彼女の足元へ片膝をついて跪いた。

「このような、話し合いの席で言うことではないのは重々承知しています。ですが。この先、エスター嬢のご両親がそろうことはないでしょうから、この場で言わせていただきます。」

ウィルバート様は指輪のケースを開け、エスターの前に差し出した。

「エスター嬢の理想の条件を、僕はほぼ満たせていないのは自覚しています。それでも僕は、あなたとともに生きていきたいのです。あなたのような方は世界中、どこを探してもいませんからね。事業に関しては自由に続けてください。僕も投資するつもりでいます。ですからどうか、僕と結婚してくれませんか?」

目の前で娘が求婚されたというのに、相変わらず表情を崩さない伯爵様。退屈なお芝居でも見ているように、興味のなさそうな素振りの夫人。そんな、無反応な伯爵夫妻に対して、私とラスは驚きと興奮のあまりお互いの手をきつく握り締めたの。それでもラスは冷静に、片方の手で私のお腹に魔力を送っていたわ。

そして。突然のプロポーズに、エスターの反応は…。

『パタン』

エスターは、ウィルバート様の手を覆うと、彼の手ごと指輪ケースを閉じてしまったの。

「ちょっと、エスター!?」

ずっと口を閉じていた私は、思わず叫んでしまったわ。

「リア、ストップ。見てみろよ。あいつのあんな顔、はじめて見るよな。」

ラスに言われて、エスターの表情を見てみると。顔を真っ赤にして、照れて言葉も出ない様子だった。ウィルバート様は、エスターの理想とはかけ離れているけれど、彼女の反応を見るからに、可能性がないわけではなさそうね。

「あはは。性急過ぎましたね。返事はすぐでなくて結構です。今はただ、僕の気持ちを知ってもらいたかっただけですので。伯爵様と夫人も、お嬢様に対して不躾な求婚をしてしまい、申し訳ございません。どうしても、おふたりにも聞いていただきたかったのです。」

ウィルバート様は立ち上がり、伯爵様と夫人へ向かって深々と頭を下げた。

「私に許可を取る必要はない。好きにしたらいい。私が反対することはないからな。要は、娘次第だ。」

「伯爵様なら、そうおっしゃるだろうと思いました。だから。これまでも、エスター嬢に届く求婚状を本人には見せずにいたのですよね?」

ウィルバート様からの指摘に、伯爵様が眉をひそめた。耳のいいウィルバート様は、あらゆる情報を得られるのね。情報通のエスターみたいだわ。

「そうだ。エスター嬢には、今は指輪よりこちらのネックレスを贈ります。この魔石に転移魔法の術式を付与し、転移先の座標を登録すれば、転移石になるのです。エスター嬢のところの術師なら、術式付与できますよね?転移石があれば、一瞬でフィリアさんとも会えますから、これで領地間の距離問題は解決しますね。」

「転移石!?うちの術師たちなら、喜んでつくると思いますわ。座標を増やせば、移動先も増やせますわね。」

転移石の話題になったら、エスターがいきいきしだしたわ。本当に、現金なんだから。

「それで、ひとつ提案があるのですが。もっと、僕と領地のことを知ってもらうため、一度ヴェルナー領へ行ってみませんか?よろしければ、夫人もご一緒に。」

「えぇー、お母様も一緒にですか!?ヴェルナー領へは行ってみたいですけど。」

「私だって、行きたいなどと一言も言っていないわ。」

「何もない辺境の地ですが、その分うちの領地なら、王都のように噂に苛まれることもありませんよ。」

離縁後、社交界で噂されるのを想像した夫人は、ウィルバート様の話に心が大きく揺らいだみたい。好奇な目にさらされるご自分の姿が目に浮かんだのね。どうして人は、他人の不幸を面白おかしく広めるのかしら…。

「今の時期なら、避暑にちょうどいいですしね。まぁ、逆に冬は、凍てつく寒さに嫌気が差すかもしれませんが…。その上、僕の属性は氷なので、余計に寒く感じてしまうかも…。しかも。積もった雪や氷を溶かすことはできず、氷を出すことしかできないのです。」

「あら。どこかで聞いたことある台詞だわ。」

ウィルバート様の力の話を聞いた、ラスとエスターが同時に私を見てきた。それから。

「念願の氷属性だな…。」

ラスがボソっとつぶやいた。



ウィルバート様のプロポーズは一旦保留とされ、エスターと夫人がヴェルナー辺境伯領を訪ねることになった。

応接室には、エスターと伯爵様だけが残り、これからの伯爵家についてふたりで話し合っている。そんなふたりへ、ラスが私のために調合してくれた、心を落ち着かせる効果のあるロータスのお茶をお出しする。客室へ通された夫人へも、このお茶が出されているわ。


私とラス、ウィルバート様は庭園へ移動し、お茶をしている。飲んでいるのは、もちろんロータスのお茶よ。私を心配するあまり、ラスがつくり過ぎちゃったのよね。しかも。あんなに摘んだのに、湖では今もロータスが絶賛増殖中らしいわ。

「突然プロポーズするから、驚きましたよ。本当に、あいつでいいんですか!?社交界での取り繕った姿に騙さてませんか!?」

「はい。むしろ、取り繕わないエスター嬢がいいんです。」

ラスの失礼な質問に、ウィルバート様は笑って答えた。

「そうですか。まぁ。あいつの結婚相手への理想を知った上でのプロポーズでしたからね。」

「僕が条件を満たしてないことを逆手にとって、エスター嬢との距離を縮めてきました。好意があると悟られると、距離をとられてしまうので。これまで、彼女への好意をひた隠しにしていたんです。」

「私。エスターが結婚相手として上げた、どの候補者よりも、エスターには、ウィルバート様がお似合いだと思います。あくまで、決めるのは彼女ですけど。」

「ありがとうございます。彼女の親友にそう言ってもらえると心強いです。」

「あいつがどんな返事をするかは、わかりませんけど。ウィルバート様との繋がりを断つことはないでしょう。夏になる度、『氷があれば』と口癖のように言っていましたから。あいつが、念願の"氷"を手放すわけありません。」

「それは、いいことを聞きましたね。この氷の力が、いい交渉材料になりそうです。」

「…ウィルバート様がいいなら、構いませんけど。あいつに、いいように使われたら駄目ですよ!?」

ラスの助言にも、ウィルバート様は笑っていたわ。

「それより。話し合いの場で、僕が時間を奪ってしまいすみませんでした。フィリアさんも、伯爵夫妻に対して話したいことがあったのでは?」

「ええ。確かに話し合いがはじまるまでは、そのつもりでいました。でも…。パトリック君のお母様が、出産後の体調不良がきっかけで亡くなられたと聞いたら、そのことで頭がいっぱいになってしまったんです。エミリオを残して逝った、あの未来の自分と重なるので。」

「あの未来で、リアはエスターを亡くしたショックから立ち直ることができなかったんだ。俺が、リアの心の支えになってやれなかったから…。」

ラスは、私のお腹をさすりながら魔力を流している。エミリオに対しても、謝っているみたい。

「話し合いの間ずっと、パトリック君のお母様に思いを馳せていたのです。幼い我が子を残して逝くのは、ものすごく無念だっただろうなと…。」

「だから。ほとんど、口を開かなかったのですね。」

「はい…。口を開いたら、パトリック君のお母様への想いがあふれてしまいそうで。でも…。それを、夫人に聞かせるわけにはいかないと思って、閉口していたんです。」

伯爵様は、夫人に対して最後まで説明も謝罪もしなかった。その上。私が、パトリック君親子に同情する発言なんてしたら、夫人を逆なでしてしまうでしょ?魔力を暴走させる度に、エスターへ怪我を負わせたことや、伯爵家のみんなを危険にさらしたことには、今も思うところがあるわ。だけど、今回の件は。家へ小さな子どもを連れて来て、なんの説明もしない伯爵様にこそ非があると思うの。それに。今日の夫人は、金切り声を上げることはなかった。口を閉ざすその様子は、すべてを諦めたように見えた。

夫が、外から子どもを連れて来たせいで、身分を追われる結果になったことを、本心ではどのように感じていたのかしら…。

そして私は、夫人のことよりも、もう二度と会うことができないパトリック君と母親に感情移入して、悲しみに押しつぶされそうになっていた。ラスは、私の不安な感情がエミリオへ影響を与えないよう守ってくれている。


エスターの命が助かったからといって、エミリオを無事に出産できるとは言い切れないんだわ…。

《マグパイアタック》

カササギフエガラス(マグパイ)による急降下襲撃。

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