#19 honeymoon
私とラスはハネムーンで、とある街へ来ていた。
この街を最初の目的地にしたのは、姿見を引き取ってもらうためだった。家に置いていたら、なにかの拍子に誰かが姿見を見てしまうかもしれないから。そうなれば、騒ぎになりそうだもの。それとなにより、姿見がそばにあると私の心が落ち着かないのよ。
ラスは姿見を手放す前に、もう一度鏡を見たのだけれど…。そのときは、未来は映らなかった。未来を見る回数には制限があるのかもしれないと、ラスは言っていたけど、私は怖くなったの。未来が映らなかったのは、ラスの未来が途切れてしまうからなんじゃないかって…。未来がさらに悪い方へ変わって、ラスまでいなくなってしまったらどうしようと不安が募るの。
私たちはラスの記憶を頼りに、未来のラスが訪れたお店を探して回ったわ。そして、今。ラスが、あるお店の前で足を止めたの。
「ラス…。このお店なの??」
「…あぁ。本当に…、実在したな。」
私たちは息をのみ、お店を見上げた。
そのお店は、大通りから脇道を抜け、人通りの少ない裏通りにあった。その古びた外観からは、なんのお店かなんて想像できなかった。
「未来のラスは、なに屋さんだと思ってこのお店を訪れたの??」
「そんなの、現在の俺にはわからないよ。姿見に映ったときには、もう店の中にいたからな。まぁ。とにかく、入ってみよう。」
私が頷くと、ラスはお店のドアを開けた。店内に、"カランコロン"とドアベルが鳴り響く。
「いらっしゃい。」
カウンターの向こうから声がして、そちらへ目を向ける。そこには椅子に腰掛けた、このお店の主と思われる老人の姿があった。他に従業員は見当たらないし、この方が店主さんなのよね?おじいさん??それとも。おばあさんかしら??フードを深くかぶっているから、性別はわからないわ。
「なにかの術がかけられている姿見を引き取ってもらいたいんだ。」
「ほぅ、ほぅ。買い取りをご希望ですかな。」
「いや、金はいらない。ただ、引き取ってくれればいいんだ。とりあえず、確認してみてくれ。」
ラスは御者とメイドに姿見を運んでもらうと、ふたりに自由時間を与えた。ふたりには、話を聞かせられないから。
「店主は、この姿見にどんな術がかけられているか、わかるだろうか?」
「どれ、どれ。」
店主さんはカウンターの下をくぐり、姿見の前に立つと、覆っていた布をはずした。鏡に顔を近づけたり、遠ざけたりしてから、モノクルのレンズを調整すると、姿見をじっくりと見ていた。店主さんのモノクルも、魔道具みたいだわ。
「店主には、なにが見える?」
「うむ。鏡には、ただ、この老いぼれの姿が映っておるだけじゃな。」
それって、映す未来がないエスターと同じ状況なんじゃ…。この老人も、余命わずかなのかしら?
「うちの店にある魔道具もそうなんじゃが。この鏡にかけられている魔術を発動させるためには、大量の魔力が必要なようじゃな。発動せんのは、わしの魔力では足りんからだろう。」
「そうか。俺もリアも、魔力量は人より多いからな。…それなら。発動しなくなったのは、なぜなんだ?」
「うーむ…。魔力は足りておるのに、発動せんのなら。次の術の発動までに、時間が必要なのかもしれんのぅ。所謂、クールタイムじゃな。」
店主の見立ては、ラスの回数制限とは違っていたけれど、頻繁に発動しないという点は同じだった。
「差し支えなければ、この鏡になにが映ったのか聞いてもいいかのぅ。」
「はじめに姿見を見たのは、妻で。その2,3日後に友人が。さらに、その数日後には俺が。それで。俺と妻のときは、鏡に未来の自分たらの姿が映ったんだ。俺が見た未来では、この店の真ん中に姿見が置いてあった。それと。魔力量が俺たちよりも多い友人が見たときは、店主と同じように、なにも映らなかったみたいなんだ。」
「ほぅ。魔力があっても、見える者と見えない者がおるのか…。うーむ…。残念じゃが。その答えは、すぐには出せそうにないのぅ。しかし。その未来では、この店に姿見があったんじゃな?」
「そうなんだ。だから、この鏡を本来あった場所に戻してもらえないだろうか。」
「なるほどのぅ。まぁ、いいじゃろ。」
「本当か!?助かるよ。」
「じゃが。ただでというのは、わしの意に反するため聞けませぬな。ただより怖いものはないと言うからのぅ。金銭のやり取りを望まぬというのなら、この店の商品と物々交換というのはどうじゃろう?」
ラスは店主の提案を受け入れると、姿見を、未来で見た場所へと移動させた。
ラスと店主のやり取りを、私は心配しながら見ている。突然、未来ではこの店に姿見があったから引き取ってくれ、なんて非現実的なことを言われたら、普通は、もっと警戒するものじゃない?それなのに。この店主さん、あっさり引き取っちゃうんだもの。こちらとしては、引き取ってもらえて助かるのだけれど。
そんな私の心配をよそに、ラスは物々交換する商品を探しはじめた。
「これも、魔道具なのか?普通の薬研と乳鉢にしか見えないけど。」
「これはですな。魔力を込めると、円盤状の車輪や乳棒がひとりでに動き、薬材を粉末にしたり、すり潰したりしてくれるのじゃ。しかも。記憶機能付きの優れものですぞ。」
薬をつくるのに薬研や乳鉢は必需品だから、ラスは興味深そうに説明を聞いている。魔力を込めたら勝手にすり潰してくれるなら便利だし、同時に他の作業も進められるから、効率が上がりそうだわ。
「よし。これに決めたよ。」
ラスが姿見を、薬研と乳鉢と交換しようとしたのだけれど。この薬研と乳鉢では、姿見とは価値がつり合わないと言って、店主が却下したの。どうやら、姿見の価値は高いらしいわ。
「この天秤に、軽く指を乗せてくだされ。」
店主は棚から天秤を出してきて、ラスに薬研に触れるように言い、自分は姿見に触れた。それから。空いている方の手の指を、それぞれ天秤の皿に乗せたの。そしたらね。店主の方の皿が下がったのよ。
「ほーれ。わしの方の皿が下がったじゃろ?これは、わしの方がもらい過ぎだからなんじゃよ。」
「店主が、指に力を入れたんじゃないのか??」
「そんなことは、しとらんよ。では。試しに、おふたりがつけておる指輪を比べてみてはどうかの。」
疑うラスに、店主は、ふたりで確かめてみたらどうかと私を見たの。私たちは店主に言われた通り、それぞれの結婚指輪を天秤の皿に置いてみた。そしたら。私の指輪を乗せた方の皿が下がったの。
「私の指輪の方が重いってことなの?」
「いやいや。この天秤はな、質量を比べるものではないんじゃよ。ものの価値を比べてくれるんじゃ。」
「リアの指輪には宝石がついているから。その分価値があるってことか?」
私たちの結婚指輪は、毎日身につけるものだからシンプルなデザインのものなの。ちなみに色は、もちろん青よ。そして私の指輪には、確かに宝石がついているけれど、かわいらしい小さな石なのよ。だから。ラスの大きい指輪の方が重いはずなのに、下がったのは私の指輪を乗せた皿だった。この天秤は本当に、重さではなく物の価値をはかる魔道具なんだわ。
「今度は、おふたりの指を乗せてみてくだされ。この天秤は、物の価値だけでなく、想いの強さにも反応するからのぅ。」
「リア。指を乗せてみてくれ。」
ラスに促され天秤の皿に指を乗せると、天秤は動かず、つり合ったままだった。
「これまた、見事なつり合いじゃな。互いの想いの強さが同じというわけじゃ。」
私とラスは、顔を見合わせた。これまでの贈り物の価値でいったら、もらいすぎている私の方が下がるはず。だけど。この天秤は、想いにも反応するそうだから、つまり…。
「ねぇ、ラス。これで信じてくれた??あなたを想う、私の気持ちの強さ。」
「絶対、俺の気持ちの方が重いはずなのに。」
悔しがるラスを見て、私は幸せを感じていた。ラスの想いの強さを知れて嬉しいの。だって。私とラスの想いは、つり合っていたのよ??私は、自分がラスをどれほど想っているのか知っているから。
「ラスは自分で、どれほど私を想っているかわかるでしょう?天秤がつり合っているってことは、私もあなたを同じだけ想ってるということ。ラスが私を想う強さと、私がラスを想う強さは同じなのよ。」
ラスはつり合っている天秤をもう一度確認した。
「俺の想いの重さと、リアの想いの重さがつり合ってるってことか…。」
納得したラスは、今度は、私の想いの強さに感激して、満面の笑みを浮かべているわ。自分が相手を想っている分だけ、相手も自分を想ってくれていることが、こんな形で証明されるなんてね。
それから私とラスは、店内をくまなく見て回った。
ランタンやキャンドルなど、明かりの魔道具。遠くまで見ることのできる望遠鏡。魔力を増幅させる杖や、防護魔法がかけられたローブ。魔石があしらわれたアクセサリー類。色とりどりのポーション。話したことを書き起こしてくれる羽根ペン。鳥の姿になって届けてくれる手紙。占い用の水晶玉。幸せを指し示すコンパス。積み重なっているスクロール。登録した場所へ一瞬で移動できる転移石。たくさんの荷物を異空間へ収納できる、アイテムボックス。本棚には魔導書がずらりと並んでいる。ふと視線を感じて見上げると、天井から吊るされている薬草やドライフラワーにまぎれた、マンドレイクたちと目が合った…。
気になった商品は、店主に詳しく説明してもらったわ。アクセサリーや、ポーションには、ひとつひとつ違う効果が付与されているそうなの。瞳や髪の色、声を変えるもの。一定時間性別を変えるもの。音を記録するもの。寝付きをよくするもの。それから。スクロールの種類はぴんきりでね。高いものは移動スクロールで、安いものは、対象相手の足の小指をチェストの角にぶつけさせるスクロールだそうよ。需要あるのかしら??まぁ。そんなことを言ったら、この店にある商品のほとんどがそうなのだけれど。だって。どの魔道具も、魔力を大量に消費するらしいの。魔力量が多い人しか使えない商品ばかりということは、売る相手が限られるということ。
『それって、商売としてどうなの!?』
エスターなら、そう言うわね。
でも。こちらの店主は、魔道具を集めるのが好きで、それらに囲まれているのが幸せだから売れなくても構わないそうなの。人の幸せって、人それぞれよね。
姿見と同等の価値を持つ商品をいろいろ探した私たちは、姿見の対価として、天秤を選んだの。帰ったらね、エスターにも見せようと思って。こういう魔道具、絶対好きだから。
ラスは、よほど欲しかったみたいで薬研と乳鉢を購入していた。私は、アイテムボックスを買ったの。これがあれば、お土産をたくさん買っても、馬車に積みきれないなんて心配はいらないし。日持ちしないものや、割れやすいものも、アイテムボックスに入れておけば安心だもの。
転移石も気にはなったのだけれど、値段を聞いて諦めたわ…。
ハネムーンから帰ったら、早速、エスターが家へ遊びに来た。
「おまえ、自分の家みたいに人の家にいるな。」
「自分の家よりも居心地がいいからね。」
「はぁ…。これじゃ、結婚前となんにも変わらないじゃないか。」
「ねぇ、リア。ハネムーンはどうだった??」
エスターは、嘆くラスを放っておいて、旅行のことを聞いてきたわ。
私たちの新婚旅行は、魔道具屋を出てからが本番だったの。一番に話したかったのは、海のこと。透明度の高い海は、水深が浅い場所は私の瞳の色をしていて、水深が深くなるにつれ、エミリオの色からラスの色へと変わっていった。次に。カーテンのように水が流れ落ちてくる滝のことでしょう。あとは。行った先々で食べた、おいしいものとか。
旅行の話をしながら、アイテムボックスからお土産を取り出し、エスターの前へ並べていく。海で拾ったきれいな貝殻。その土地々々定番の、紅茶やお菓子類。この辺りでは育てていない、チョコレートプリンのような味のブラックサポテに、色ごとに味の違うカラフルなパッションフルーツ。ランプ型の香水瓶。例の魔道具屋で購入した、素直になれるポーション、いい夢がみられるスクロール、保冷機能のあるマグカップ、それから…。
「きゃーっ!!」
アイテムボックスから取り出したマンドレイクを見て、エスターが悲鳴を上げた。
「あははっ。リアと同じ反応!!ほんとなら、悲鳴を上げるのはマンドレイクの方なのにな。」
「それって、引き抜いたときの話でしょ!?リアも驚かさないでよ!」
「ふふふっ。ごめんね。魔道具屋さんの天井からね、マンドレイクがたくさん吊るされていたの。その中で、特にこのマンドレイクと目が合って、私も絶叫しちゃったのよね。」
正直言うと、エスターへのお土産選びって難しいのよね。だって。大体のものは自分のお店にそろっているんだもの。きっとエスターなら、なにをあげても喜んでくれるだろうけど。それなら。いっそのこと、ものすごーく驚くものをあげようと思ったの。一生忘れない思い出になるような。
「俺と店主は、リアの悲鳴に驚いたけどな。」
「マンドレイクは、幸運・恋愛・富のお守りになるんですって。エスターにぴったりじゃない!?」
「あ、ほんとに私にくれるつもりなのね??驚かせたあとは、ラザラスが薬をつくるのに使うのかと思ったわ。」
「ウィルバート様から良質な薬草や漢方が届くから、マンドレイクはいらないな。」
「ほら。ふたりがそんなこと言うから、マンドレイクが悲しそうな顔をしてるわよ。」
私の話に。ふたりは、『そんなわけない』と言って笑いながら、マンドレイクへ目を向けた。
「このマンドレイクは、ラスが薬研を買ったのを見てるのよ。だから。薬をつくるって聞いて、自分が薬にされるのを想像したんだわ。」
「薬研って、薬草をごりごりすり潰すやつ??あんた、旅行でそんなもの買ってきたの。」
「『そんなもの』って言うなよ。すり潰す加減を記憶できて、ひとりでにすり潰してくれる魔道具なんだぞ!」
ラスが、魔道具の便利さを力説している。
「それって。うちの、イーサンとネイサンもつくれそうよね??」
「…あのふたりなら、つくれるだろうな。けど。あいつら、自分たちの興味ないものはつくってくれないだろ!?仮につくってくれたとしても、やる気が出ないって作業が止まりそうだから、完成がいつになるかわからないじゃないか。」
「ほんっと、そうなのよ…。」
エスターの表情から、雇い主なのに従業員のふたりに振り回されている様子が目に浮かぶわ。
「あのふたり。ヴェルナー家への暖房具の納品は冬までだから、まだまだ期日は先なのに、早々とノルマを達成したのよ。一刻も早く、自分たちのつくりたい魔道具をつくりたいがためにね。」
「でもまぁ、仕事がはやい分にはいいんじゃないか?」
「そうよ。だから文句が言えないんじゃない。今なんかね。睡眠をとらなくても平気な魔道具を開発中なのよ。寝ないで魔道具をつくりたいからってね…。」
「休みなく魔道具をつくりたいがために、寝なくても平気な魔道具をつくってるってことか。…なんか、ややこしいな。」
イーサンさんとネイサンさんは、術師の腕は確かなのだけれど、気が乗らないと仕事をしてくれないらしいの。職人さんって気難しいのね。
魔道具の話をしていて天秤のことを思い出した私は、メイドに頼んで、秤を取って来てもらった。
「ねぇねぇ、エスター。これまで、私にもらったものとか、してもらったことを思い浮かべながら、この天秤の皿に軽く指を乗せてみてくれない??」
エスターが指を乗せると、もう片方の皿に私も指を乗せた。これまで、エスターにもらったものを思い浮かべながらね。まぁ。私の方の皿が下がるのは、目に見えてるのだけれどね。結婚式のことだけでも、相当差がついてるもの。チャペルや、桟橋、ガゼボの建設に、湖畔の花の整備。それから。ウエディングドレスも用意してくれたでしょう?
だけど…。下がったのは、エスターの方の皿だった。
「どうして…??絶対に、エスターがしてくれたことの方が多いのに。」
私は、私の方の皿が下がったの見て、『これから、たくさんお返しするわね。』って言うつもりだったのよ…。
ラスから、この天秤の力について説明を聞いたエスターは、『なるほどね。』と納得して頷くと、私を見てにこっと笑った。
「私は、リアに大きなものをもらったからだわ。天秤がつり合うように、これからもっとリアにお返しをしないといけないわね。」
「私、大きなものなんてあげてないわよ!?きっと、この天秤壊れてるんだわ。」
「もらったのよ。リアが気づいてないだけ。そうだわ。ねぇ、ラザラス。リアにもらった、あんたのうさぎのぬいぐるみ持ってきてくれない?今日、私のうさぎを持ってきてるから比べましょう。」
ラスは自ら私たちの寝室へ行き、自分のぬいぐるみを取って来た。ラスはね、私からもらったものを人に触らせたくないんですって。
はじめに。天秤の皿に、ぬいぐるみを直に乗せて比べてみたら、ラスの方が下がったの。
「きっと、うさぎの目に使ったビーズの値段の差ね。ラスの青色のビーズの方が高かったから。」
次に。ラスとエスターは、片方の手にうさぎのぬいぐるみを、もう片方の手の指を天秤の皿に乗せたの。
「はぁ!?なんで、おまえの皿が下がるんだよ!!」
「私にとって、リアにもらったこのぬいぐるみは宝物だからよ。あんたがそのぬいぐるみを大切に思うより、ずっとずっとね。」
「そんなわけない!!もう一回、はかり直そう。」
はかり直したけれど、結果は同じ。私があげたぬいぐるみに対する想いは、エスターの方が強かった。その結果に、ラスは、ものすごく不服そうにしている。
「リアにもらったぬいぐるみが大切なのは、私もあんたも同じだと思うわ。だけどね。このうさぎのぬいぐるみには、"リアからもらったはじめてのプレゼント"っていう付加価値があるの。その分、私の想いの方が強いのよ。」
『付加価値』と聞いて、ラスは納得したみたい。ものすごく複雑そうな表情をしているけれどね。
「なに、この天秤。おもしろいじゃない。ラザラス。リアにもらったプレゼント、もっと取って来てよ。」
エスターは天秤が気に入ったみたいで、私がラスにあげたプレゼントを比べさせはじめたの。
ラスが、どのプレゼントを大切に思っているのかを確かめるのだそうよ。だけど、いろいろ組み合わせを変えて比べてみたけれど、どのプレゼントもつり合いがとれていたの。既製品のハンカチと万年筆。万年筆と馬用のポーション。既製品のハンカチとカフスボタン。それから。馬用のポーションとカフスボタン。
「この天秤、本当に重さを比べるものじゃないのね。だけど。全部つり合うなんて、つまらないわね。」
「俺にとって、リアからのプレゼントは全部大事だからな。どれが一番とかは、ないんだ。」
ラスが得意気に言うのを聞いて、いたたまれなくなった私は、またラスにしがみついて謝ったわ。
「ラス、ごめんね。馬用のポーションまで大事に思ってくれて、ありがとう。」
ラスにとって、馬用のポーションもカフスボタンも同じ価値なのよ。ラスは、私からのどんなプレゼントも、全部大切に思ってくれている。それは、嬉しいのよ。
でもね…。同時に、いつもの罪悪感を覚えるの。私がラスからのプレゼントを比べたら、きっと全部がつり合うなんて結果にはならないもの!?
「あらっ!?ふたりとも、見てみて!」
天秤を見ていたエスターが楽しそうな声を上げた。見てみると、なにを比べてもつり合っていた天秤が傾いていたの。私からのプレゼントは全部大事で、一番とか順番はないと言っていたラスは、バツの悪そうな顔をしているわ。
逆に。傾いた天秤を見て、私はほっとしたのよ。
今比べているのは、既製品のハンカチと私が刺繍したハンカチで、私が刺繍したハンカチの方の皿が下がっていたから。
「そうよね??やっぱり。既製品より、私が刺繍したハンカチの方がいいわよね!?」
「…そうか、別にいいのか。リアの手づくりのプレゼントの方が価値があるに決まってるもんな。」
「そうよ!というか。私が刺繍したハンカチが、既製品のハンカチとつり合っていたら怒っていたわよ!?」
私とラスが笑っていると、エスターが一言。
「馬用のポーションも、リアの手づくりだけどね??」
その一言に。私はうーん、うーん唸ってしまう。
私の手づくりのものに価値があるとはいえ、あのポーションは馬用だもの。他のものと価値が同じなのは仕方ないわよね。むしろ。馬用のポーションと、そこそこ値の張ったカフスボタンの価値が同じだと思っている、ラスの価値観が特殊なんじゃないかしら。
そして。それを、いろいろと天秤のはかり方を試行錯誤していたエスターが証明したの。
エスターは、自分のうさぎのぬいぐるみと、四つ葉のクローバーの栞を比べていた。私がはじめてラスへプレゼントした四つ葉のクローバーが、栞に使われていたから。
これはね、『はじめて私にもらったもの対決』なんですって。そう。いつもの、ふたりの張り合いよ。
まずは。ぬいぐるみと栞を天秤の皿に乗せて、物の価値を比べたら、ぬいぐるみの方が下がったの。クローバーにはお金がかかってなくて、うさぎの目に使った琥珀色のビーズにはお金がかかっているからだわ。
次に。ラスは栞を、エスターはぬいぐるみを持って、空いている方の手の指を皿に乗せて、ふたりの物への想いの強さを比べた。
「えぇー!?嘘でしょ??」
「これが。おまえの言っていた、"付加価値"ってやつだな。」
「草に負けた…。」
プレゼントに対しての想いの強さをはかったら、ラスの皿が下がったのよ。
価値観って本当に、人それぞれなのね…。首を傾げていると、ラスが耳元でささやいてきた。
「クローバーをくれたとき、なんて言ったか覚えてるだろ??リアは、記憶力がいいんだから。」
あの日。ラスは、私の両親を説得し、ずっと家の中で過ごしていた私を、外へ連れ出してくれたの。外出先は、家の庭にある温室だったけれど、めったに外へ出ることができない私は、嬉しくて嬉しくてものすごくラスへ感謝したわ。だから。お礼に、温室で見つけた四つ葉のクローバーをあげたの。
『ラスに、しあわせがおとずれますように。ラス、ありがとう。だいすき。』
私のあの言葉が、クローバーに付加価値をつけたのかしら。どこにでも生えているクローバーでも、私が『だいすき』と言って渡したことで、ラスにとっては価値のあるものになったのね。
ただの草まで大切にしてくれていたなんて…。ラスの価値観は、やっぱり人とは違うんだわ。
「ねぇ!これって、まずいわよ。交渉の際に、この天秤を使われたら。契約内容が私に有利なものだって、相手にバレちゃうじゃない!?」
「なら。対等な契約を結ぶんだな。」
「それじゃー、利益にならないじゃない!!いい?商売はね、相手に気づかれないよう、いかに自分に有利な契約を結ぶかが醍醐味なのよ。」
「おまえの商売論、ろくでもないなぁ。」
「この天秤は、世に広めちゃダメなやつだわ。他にもあるなら、回収しないと!」
「悪徳商売人かよ。」
相変わらずのふたりのやり取りを、私は笑って見ていた。こんなふうに笑えているのは、心のどこかで、運命の日がまだまだ遠い未来のことだと思っているからなのかもしれない…。
だけど。その日は、着実に近づいて来ているの。
未来のラスが見た魔道具屋が実在したことで、姿見に映った未来は、より確実なものとなったのだから━━━。




