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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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18/55

#18 夜の湖

真夜中に、ラスの腕の中でうとうとしていると━━。

「リア、寝るなよ??外に行くから着替えて。」

「…外??え、今から?」

静まり返った廊下を音を立てないように歩き、そっと別荘を抜け出した私たち。向かった先は、湖だった。


「わぁー!!ラス、見てみて。蝶が光ってる!?」

「リア。もう少し、静かにな。」

ラスは人差し指を口元に立てて、静かにするように言った。ふたりでこっそり別荘を抜け出し、はしゃぐ私をラスが注意する。なんだか、星を見たあの夜みたい。今回ラスが見せてくれたのは、星じゃなくて、湖に集まった発光する生き物だった。蛍や蝶、虫が、自らの体を光らせて湖の上を飛んでいる。その光が水面に近づくと、水面にもぽわーっとした光が映るの。私とラスは、桟橋を渡り、幻想的な光の中へ。

「不思議よね。どうして、体や羽が光るのかしら?」

ガゼボのベンチに座り、光る虫たちへ手を伸ばそうとする私の手を、ラスは掴んで止めた。

「触ったら駄目だ。この中には、手がかぶれる虫がいるかもしれない。あと、近くで見るのもやめた方がいいぞ。きれいな蝶ばかりじゃなく、蛾も混ざってるからな。」

…それを聞いたら、興奮が一気に冷めちゃったわ。それでも。虫たちが懸命に自身の体を光らせている、このひとつひとつの光が生命の光だと思えて、目が離せなかった。まるで、生きてるって証明しているみたい。

「ラス…。連れて来てくれて、ありがとう…。」

「リア??やっぱり、虫は嫌だったか?」

私が元気のないことに気づいて、ラスが心配そうに顔を覗き込んできた。

「違うの…。こんな、幻想的な光景を見せられても、未来の私は、ラスの気持ちを信じられなかったんだって思って…。どうして、そこまで頑固だったのかしら…。」

姿見に映った未来の私は、ラスに想われていないと思い込んでいた。それは、あんなに素敵な結婚式にも、目の前の光景にも、心を開かなかったということ。素直になって向き合えていれば、幸せになれていたはずなのに。ラスの気持ちは、疑う余地もないくらい私に向けられているのだから。

「沈黙を押し通さないで、ラスと話をすればよかったのに。未来の私は、ものすごくバカだったのね…。」

「それなら、俺だってバカだった。リアの心に影があることを気づいてやれなかったんだから。」

「私ね。お茶会で沈黙を破ってよかったと思ってるの。だって。私たちが今こうして、想いを通わせているのは、あの日ラスへ、想いをぶつけたからだもの。」

「そうだな。リアが想いをぶつけてくれてよかったよ。ただ…。誤解が解けるまでの何日間は、生きた心地がしなかったけどな。それと。未来の俺たちは、たぶん、この光景を見てないと思う。」

「そうなの…?どうして、そう思うの??」

「あの日。リアに、結婚をやめようって言われたあと、エスターの家へ行ったんだ。エミリオのことを知ってるか聞くために。それで。その帰りに、この湖に寄ったんだ。湖を眺めながら、ここでリアと結婚式を挙げることができるのか、不安になっていた。」

あの日。もともと、結婚に不安を抱いていた私は、姿見に映った冷え切った私たちの未来を見て、ラスとの結婚を諦めようと決心したの…。

「あの日は、こんなふうに光る虫は飛んでなかったけど、水草や花、きのこが光っていたんだ。これを、リアに見せたら喜ぶんじゃないかって、そのとき思ったんだよ。だから。あの日ここに来ていない未来の俺は、結婚式の夜も、リアとここには来ていないと思う。」

ラスが発光する植物を発見するきっかけとなったのは、結婚をやめようと私に言われ、それをエスターに相談するために伯爵領を訪れたから。その帰りに夜の湖へとやって来て、発光植物を目にしたの。だけど未来のラスは結婚式の前に、夜の湖を訪れなかった。未来の私が、ラスとの結婚に不安を抱いていても、結婚をやめようとは言わなかったから。きっとあの日も、未来の私たちは、いつも通り沈黙の茶会をしたんだわ。

なんだか皮肉よね。『結婚をやめよう』と言ったことで、今こうして、この光景を目にしているだなんて。

「私、結婚をやめようなんて言ってしまったのに。それでもラスは、私の喜ぶことを考えてくれていたのね。ごめんね…。私、いつも自分のことばかりで。結婚式の最中も、何度も『ごめんね』って、ラスに抱きついて謝りたかったのよ。」

「たまに、スイッチの入るあれか。突然、しがみついて謝ってくるやつな。」

「ラス…。ごめんね。」

謝りながら、ラスに抱きついた。式の間、我慢していた分、力強くね。

「ははっ。また、はじまった。」

ラスは、抱き締め返すと、私の頭に顎を乗せて髪をなでてきた。

「リア。未来はもう変わりはじめてるんだ。ウエディングドレスの色も、未来とは違かったと思う。未来の俺たちは、エミリオの瞳の色を知らないだろ?」

「…そうね。エスターが、ドレスに淡い青色を選んだのは、私たちがエミリオの瞳の色を教えたからよね。」

「それに。未来の俺は初夜に、リアを朝まで離さなかったはずだ。」

「確か…。私のことを、朝まで啼かせたかったのよね??『わん』じゃなくて『あん』って。」

「リアっ!!」

静寂に包まれた真夜中の湖に、ラスの声が響き渡る。

「ラス。しーっ。」

静かにするようにって、さっきラスがしたみたいに人差し指を口元に当てた。

「いいか、リア。今の、絶対に人前で言うんじゃないぞ!?」

ラスは焦った様子で、私の両肩を力強く掴んで言い聞かせてきた。今のは、まわりの人を凍らせちゃうやつだったのね。

「わかったわ。絶対に、言わない。」

私は真剣に答えたのに、ラスはどこか不信そうな表情だったわ。

「本当に、言わないってば!」

「うん。そういう話は、ふたりでいるときだけにしような?」

そう言って、ラスは私の肩を抱き寄せた。

「未来の俺たちはお互いに、思っていることを口に出せなかったんだろうな。だから。結婚してからも関係はこじれたままだった。こんなに、想い合ってるのに気づきもしないで…。」

「きっと、頑なな未来の私は、あんなに素敵な結婚式でさえ、仕方なく挙げたんだって、ラスの気持ちを信じなかったのだと思う。私なんかが想われるわけないって、思い込んでいたから…。」

「俺は、リアが思っている以上に、リアのことが好きなんだよ。好き過ぎて、好きだけじゃ足りない。大好きでも足りない。愛してるんだ、リア。いや…。愛してるでも、まだ足りない。愛してるよりも、もっともっと愛してる。」

「ラス、ありがとう。私は、世界で一番幸せ者だわ。」

「世界で一番幸せ者なのは、俺だよ。」

「…もう。変なところで、張り合わないでよ!!"世界で一番幸せなふたり"でいいじゃない!」

「あはっ。そうだな。」

ラスは微笑むと、とがらせた私の唇に唇を重ねた。

「ふふっ。なんだか、あの夜みたいね。」

「満天の星じゃないけどな。」

「今は。星のかわりに、虫が光ってるわ。」

「星がきれいな季節にも、また来ような。エミリオが生まれたら、エミリオも一緒に。それで、そのときは。エスターに言って、別荘に子ども部屋を用意してもらおう。ベビーベッドもな。」

「私も、エミリオと一緒にここに来たい。そうだわ。エスターに、軽くて暖かいお布団もお願いしましょう。」

「ゆりかごも欲しいよな。いい具合に揺れるやつをつくってもらおう。」

私たちは、エスターがいる未来を思い描いた。エスターのいる未来を信じているから。それでも、不安は消えない…。ラスを信じることができなかった未来の私にとって、エスターは唯一の拠り所だったのだろう。だから。大きな存在だった彼女がいなくなってしまい、私の心は壊れたの…。

でも。やっぱり、今の私にとっても、エスターの存在は大きいのよ。

「未来は変わりはじめてるって言ったろ?だから。リア、大丈夫だ。俺たちの未来に、エスターはいるよ。」

「うん…。」

「そうだ。エスターに、エミリオの靴もつくってもらおう。」

「うん…。」

「あと。エミリオのおもちゃだろ。あっ。絵本もいいよな。」

「うん…。」

「それから。エミリオ用の食器に、食事もな。」

「もう、ラス。そんなに頼んだら、エスターだって怒るわよ。」

「あいつは、リアに頼まれたら喜ぶぞ。俺と同じだからな。」

これまで、ふたりが私にしてくれたことを思い返してみると…。なんだか、そんな気がしてきたわ。ラスの言葉が、私の心を軽くしてくれた。

「ラス、ありがとう。大好き。」

「リア。昔に戻ったみたいだ…。」

ラスは嬉しそうに笑うと、力強く私を抱き締めた。


『ラス、ありがとう。大好き。』

これは。ラスとの関係がこじれる以前の、私の口癖だった。



結婚式から一夜明け。

遅めの朝食をとった私とラスは、エスターと一緒に湖畔を散策している。


「結婚式の次の日は、もっとゆっくりするものだと思っていたわ。」

「だって。お花をちゃんと見たかったのよ。昨日は、湖畔を散策する時間がなかったし、深夜は暗くて見えなかったんだもの。」

「深夜に、湖に来たの!?ラザラス。…あんた、初夜なのに意外と余裕があるのね。」

「誰かさんの言った通り、経験済みだからな。」

「なによ、偉そうに。"待て"ができなかっただけのくせに!!」

ふたりはいつも通り言い合いをはじめた。結婚したからといって、関係って変わらないみたいね。

「それより、おまえ。王都で変な茶会に、リアを連れて行っただろ!?リアの記憶力と、好奇心の強さを甘く見るなよ。」

「あ…。もしかして。お茶会で得た知識を試したがったの!?もう。私のリアは、好奇心旺盛なんだから。」

「今は、もう、俺のリアだからな!?」

私はふたりに構わず、花を愛でていた。湖畔には、様々な種類の青い花が咲いているの。

ネモフィラ。ムスカリ。アナベル。リンドウ。ブルースター。デルフィニウム。シノグロッサム。プルンバゴ。それから。ブルーローズのアーチ。

バラのアーチは青だけじゃなく、赤や白、ピンク、色別に連なっていた。以前からある、湖畔のガゼボにも、バラが巻きついている。バラのトンネルをくぐっていくと、色とりどりの花が咲いていた。

青い花は、チャペルの周辺に植えられている。本当に、私たちの結婚式のために植えられたものなんだわ。

『フィリア様。ご結婚おめでとうございます。』

湖畔を散策していた私は、この地の領民に囲まれた。

「こちらこそ、ありがとう。みなさんが、この湖畔一面の花を育ててくれたのでしょう??」

私と領民が、話をしている傍らで、ラスとエスターがあきれている。

「これじゃ、どこの領民かわかんないな。」

「それは、あんたのところも同じでしょ?」

「確かに。うちの領民も、俺より先にリアに挨拶するからなぁ。なんか。うちのとこも、ここの領民も、リアのためならうさぎもリスも追いかけそうだな…。俺たちみたいに。」

「領民は、リアを崇拝してるからね。」

『ラザラス様も。ご結婚おめでとうございます。』

「ああ。祝福、ありがとう…。」

"俺への祝福はどうせ、リアのついでだろ"なんて、ラスがつぶやくから、ラスの脇腹を肘でつんつんつついた。

「そうだ。みんなに調べてもらってた発光生物だけど、昨夜見たら、聞いてたよりも増えてたよ。これからも、増えていくだろうな。」

ラスと領民の話では、湖畔の生態系が変わっているようなの。発光生物が増えた原因となった心当たりは、各地から取り寄せた青い花。いずれかの花自体に発光する性質があったのか、花とともにやって来た虫に性質があったのか。花から虫へ、虫から花へと性質が伝染り。今では、この湖畔は夜になると虫や植物が発光し、光が舞うようになったそうよ。昨夜、私とラスが見た光景が、まさにそれなのね。

「もしかして。あの増え続けているロータスも、そのうち光出すのかしら…??」

エスターが、珍しく不安そうにしている。

「あの数と大きさで発光したら…。夜でも、明るいだろうなぁ。」

「あんた、他人事だと思ってるでしょ!?まぁ、いいわよ。あんたたちの結婚式が終わったから、観光客の受け入れを再開するつもりだったし。夜の湖に浮かぶ光と、飛び交う光が、観光客を呼び込んでくれそうだわ。」

この湖は、これからもっと多くの人で賑わいそうね。

「けど。帰るときは、あのロータスを持てるだけ持って行ってね!!あなたたちも、好きなだけ持って行っていいわよ。」

増殖したロータスの扱いに困ったエスターは、私とラスだけじゃなく、領民にも持ち帰らせていた。食べられる茎の部分もね。

だけど…。ヴェルナー領産の物って、食べても平気なのかしら??近くで見たら、花も茎も大きくて、私の知ってるロータスとは別の植物に思えるのよね。

「あぁ。もう、暑いわね。」

みんなでロータスを摘んでいたら、エスターが暑さにたえきれなくなり、だらけ出した。

「暑さの本番はこれからだけどな。それでも、ここは、他の土地と比べたら涼しい方だろ。」

「わかってるけど。暑いものは暑いのよ。避暑地を売りにするなら、もっと涼しくなる名物が欲しいわよね。冷たい飲み物とか、デザートとか。氷があれば、簡単につくれるんだけど。」

「私に、生成する水を冷たくする力があれば、役に立てたかもしれないのに。」

「いいのよ、リア。私だって、風をおこせても、冷風にはできないもの。」

私とエスターの、お決まりのやり取りを見て、ラスがため息をついた。

「ふたりはいつも、自分たちの力をそんなふうに言い合ってるのか?リアは、本気で言ってるようだけど。エスターは、違うだろ?リアにつき合って、話を合わせてるだけだよな。」

指摘されたエスターは、否定しているけれど…。これまで、彼女が風魔法でしてきたことを思い返してみると、ちっぽけな力とは呼べないわ。エスターは今まで、自分の力には価値がないと卑屈に思う私に、寄り添ってくれていたのね。

私は、あなたの優しさにたくさん救われていたんだわ。

「私の力は、風を吹かせるだけのちっぽけな力よ。」

「あんな災害みたいな風をちっぽけだと本気で言ってるなら、そっちの方が問題だよ。」

「災害の風には勝てないわよ。」

「災害よりたちが悪いだろ。故意なんだからな。穴を開けるわ、人を巻き上げるわ。」

ラスとエスターが言い合う姿を見慣れている領民は、またはじまったと言って、みんなで笑っていた。

そんな私たちの少し離れたところでは、庭師のダグラスさんが花の手入れをしていた。それに気づいたラスは、『ダグさ〜ん!』って呼びながら、ダグラスさんのもとへ駆けて行ったわ。ダグラスさんはね、息子のトム君とともに伯爵家で庭師をしているの。

「ダグラスさん、大変ね。伯爵邸だけじゃなく、こんなに広い湖畔の花まで管理しているなんて。」

「家の庭の方はトムに任せてるからいいのよ。それにダグラスは、たくさんの花をきれいに咲かせることに、生きがいを感じる人だからね。あの辺境地産のロータスも、はじめて見る品種だって、いい年して目をキラキラさせていたもの。」

そんなダグラスさんへ、ラスが頭を下げている。不思議に思ってその様子を見ていると、エスターが説明してくれた。

「ブーケの青いバラはね、ラザラスに頼まれて、ダグラスが品種改良してくれたものなの。だからお礼を言いたいのでしょう。リアが、大泣きするくらい喜んでいたってね。」

「もう!言わないで!!」

「いやよ。一生言うんだから。」

一生…。

「だったら絶対、一生言い続けてよね。おばあちゃんになってもよ!?私も、エスターの結婚式で泣かせるんだから。それであなたが泣いたこと、一生言い続けるわ!!」

「はいはい。楽しみにしてるわね。だけど。リアの考えてくれる結婚式かぁ。泣くんじゃなくて、笑っちゃう気がするわ。」

「笑っちゃう結婚式ってなによ!?」

「だって、笑わせてくれそうなんだもの。あっ、それか。凍らされちゃうかも??」

「エスターっ!!」

怒る私を見て、エスターが笑う。その笑顔を見て、つられて私も笑っちゃうの。

これからも。ずっと、こんな平穏な日常が続きますように。

「ハネムーンから戻ったら、教えてね。」

「ええ。お土産買ってくるわね。楽しみにしてて。」


私は絶対に、あなたの結婚式を見届けるからね。相手もわからない現時点では、どんな式になるのかは想像できないけれど…。それでも私が泣いているってことは、断言できるわ。

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