#17 湖上の結婚式
結婚式当日を迎えた。
朝早くから、慌ただしく式の支度に追われ。これから、ウエディングドレスを着るところなのだけれど…。ここで、まさかの目隠し。
昨日、アンダーソン伯爵領入りした際も、会場を見ないようにって目隠しされて。エスターのうちの別荘に着いてからも、外を見せてもらえなくて。今もね、カーテンが閉められたままなのよ。私が、この別荘から湖を眺めるのが好きなのを知ってるくせに!!ここの湖が観光地として人気が出たため、より良くしようと、ここ数年は湖畔を整備していたから来られなかった。だから、久しぶりに湖を見られると思っていたのに。
準備を終えると、目隠しをされたまま手を引かれ、外へ出たの。もう、ここまで来たらされるがままよ。エスターってば、楽しみは当日どころか、式の直前までとっておけってことなのね。会場も。ドレスもね。ほんと、あきれるほどの徹底ぶりだわ。
「ああ。フィリア、きれいだよ。」
「お父様…。ふふっ。こんな、目隠しをされた花嫁姿でも、きれいかしら??」
「わっはっは。確かに。目隠しをされた花嫁なんて、はじめて見たな。だが。向こうにも、目隠しされてぶつぶつ不満を漏らしてる奴がいるぞ。」
「…それって、ラスのこと?」
「ああ、そうだ。おまえの旦那様のことだ。さぁ。フィリア、手をこちらへ。では、行くとしよう。新郎とエスター嬢が喧嘩をする前にな。」
お父様の話しから、目隠しをされたラスがエスターへ文句を言っている様子が、簡単に想像できちゃったわ。
「おいっ。いい加減、これ、はずしてもいいだろ!?」
お父様にエスコートされ、進んで行くと、しびれを切らしたラスの声が聞こえてきた。
「えぇ。ふたりとも。もう、目隠しをはずしていいわよ。」
エスターに言われ目隠しをはずしてもらうと、光が眩しくて目を細めた。そして、目が慣れると。目の前には、微笑んでいるラスがいた。お父様は、ラスに私のことを託し、ご自分の席へと向かう。私は、お父様が席に着くまで、その背中を見つめていたわ。お父様が席に着くのを見届けた私は、チャペル内を見回す。そこには。バージンロードを挟んで、エヴァンス家とロックハート家の列席者がいて、目隠しをして現れた新郎新婦の姿にみんなざわざわしている。その中に、ルーカス様の肩を叩いて笑っているスカーレット様を見つけたの。その姿に、つられて私も笑顔になったわ。
「この結婚式場。青いバージンロードに。青い花の装飾。聖壇の向こうには、湖の青。見渡す限り青ね。」
窓の向こうの景色を見ると、正面だけじゃなく、右も左も湖が見える。つまり。このチャペルは湖の岬に建っていて、湖に囲まれているんだわ。まるで、チャペルが湖上にあるみたい。
「ブーケの花も青よ。それから。参列者の方々には、青のドレスコードをお願いしてあるの。ラザラスのご希望通り、会場を青に染めたわよ。だけど。こんなに主張の激しい青じゃ、サムシングブルーとは呼べないわね。」
確かに。サムシングブルーは、花嫁の幸せを願ってさりげなく青色を取り入れるおまじないだものね。でも、この結婚式は、ラスの要望をもとに、エスターが準備をしてくれたの。だから。会場が青色にまみれていても、驚かないわ。むしろ、想像通りよ。私が予想外だったのはね、ウエディングドレスの色。
「私、ドレスは絶対に青だと思っていたのよ。」
「俺は、青いドレスって頼んだ!!」
「でも。ふたりとも、この色好きでしょ??式の日を今日にしたのは、リアとラザラスの誕生日の真ん中の日だからよね。それで。ドレスの色も、ふたりの瞳の色の中間にしてみたの。青だと、バージンロードの青とかぶっちゃうし。やっぱり、白も捨て難かったのよね。」
エスターが、式の直前まで見せてくれなかったウエディングドレスはね。白いドレスの上から、胸から腰のあたりまで淡い青色のドレスを重ねた、オーバードレスだった。腰まわりはドレープになっていて、白いスカートの部分にはレースがあしらわれているの。
「バイカラーだと。"2色にわかれて縁起が悪い"ってラザラスが気にすると思ったから、腰のリボンは青色にしたのよ。」
「まぁ、リアが気に入ったみたいだからいいよ。エミリオの色に文句は言えないしな。」
「ええ、ものすごく気に入ったわ。エミリオの色のオーバードレスに、ラスの色のリボン。スカートの部分のレースもきれい!!エスター、素敵なウエディングドレスをありがとう。」
「どういたしまして。でも、式はこれからよ??さぁ、ふたりとも牧師様のところへ。」
片手にブーケを持ち、反対の手をラスの腕に添え、聖壇へ進み牧師様に向い合う。牧師様から祝福のお言葉をいただきながら、牧師様の背後のテラスにあるカリオンベルが視界に入った。さらに。その向こうに広がる湖に目を向けると、湖上に浮かぶガゼボや桟橋、湖畔一面に咲き誇る青い花が目に映ったの。その光景を見て、心臓の音が、自分の耳にも聞こえるくらい大きくなった。今ね、気づいたのよ。数年にも及んだ湖畔の整備が、観光客のためじゃなく、私たちの結婚式のためだったんだって。このチャペルや、湖上にかかる桟橋とガゼボ。湖畔一面に咲いている青い花も、今日のため。目隠ししてまで、隠したかったものは、ドレスだけじゃなかったんだわ。何年も前から準備してくれていたことに気づいて、感極まって涙があふれそうになる。湖を見ていたら胸がいっぱいになってしまい、視線を下ろしたら、今度はブーケの花に目が留まる。青と翡翠色の薔薇に白いべイビーズブレス。この、青い薔薇…。16歳の誕生日に、ラスからもらった薔薇と同じだわ。そこで、はっとしたの。3年前、誕生日にもらった青い薔薇もまた、今日の結婚式に繋がっているんだと。
私は今、ラスにもらってから、一度も使わずにいた誕生日プレゼントたちを身につけている。胸元のブローチに、ヘッドドレス。イヤリング。それから、先月もらったばかりのネックレスもね。一生の思い出になる結婚式に、ラスにもらったアクセサリーを身につけたかったから。ぞんざいな扱いをしてしまった、贖罪もかねて…。だけど。この青い薔薇を見たら、また罪悪感が大きくなったの。ラスには、私との結婚に迷いなんてなかった。エスターと一緒に、何年も前から結婚式のための準備をしていたのに。その間、私はというと…。『仕方ない』って言葉に囚われ、ラスに対して頑なに心を閉ざしていたのよ。
ラスとエスターが、何年も前から結婚式の準備をしてくれていて嬉しい気持ちと、そんなラスを信じられなかった自分が嘆かわしくて、私は式が終わるまで泣き続けたの…。もう、自分でも引いちゃうくらい号泣してね。誓いの言葉は、聞き取れなかったと思うわ…。指輪の交換も、涙で手元がよく見えなくて。誓いのキスもね、涙で顔がぐちゃぐちゃで、ベールを上げたラスは困ったように苦笑いを浮かべていた。そのあとも。涙を流しながら結婚証明書にサインをして。ひっくひっくしながら牧師様の結婚宣言を聞いて。えーん、えーん泣きながら、ゴーン・ゴーン・ゴーンとカリオンベルを鳴らした。
私があんまりにも泣くから、はじめはもらい泣きしていた列席者も、最後には笑っていたわ。
湖畔でガーデンパーティーが開かれる中、私は会場を離れ、ラスとエスターとともに湖上のガゼボで休憩をとっていた。
「どうだ、リア。落ち着いたか?」
「うん。目の腫れ、治してくれてありがとう。」
泣いて腫れた目をラスに治してもらい、お礼を言う。
「式の間中泣いてばかりで、結婚式を台無しにしちゃってごめんね。せっかく何年もかけて準備してくれていたのに…。」
「感激しやすいリアらしくて、いいじゃない。それに。あんなに泣いてくれるなんて、私としては嬉しいわ。時間をかけて準備してよかったと思ったもの。参列してくれた人たちにとっても、忘れられない式になったはずよ。」
「私も、絶対忘れない。ラスとエスターが、準備してくれた今日の結婚式。ふたりとも、ありがとう。湖畔一面の花を育てるのも大変だったでしょう??」
「なら、リア。花を育ててくれた本人たちに、手でも振ってやってくれよ。」
ラスの指さした先には、アンダーソン伯爵領の領民がいた。
「うちの領民、ほんとにリアのこと慕ってるのよね。会場に入れないなら、せめて遠くからでもリアの結婚を祝いたくて見に来たんだわ。」
「みんな、喜んで花を植えて、育ててくれたもんな。会場がうちの領地だったら、うちの領民も、あんなふうに覗きに来ただろうな。」
感謝の気持ちを込めて、花を育ててくれた人たちへ大きく手を振った。そしたら。みんなが手を振り返してくれたの。
「やっぱり、リアって人たらしよね。まぁ。私とラザラスも例外じゃないけど。」
「リアに、一番たらし込まれてるのは俺だな。」
「私だって、たらし込まれてるわよ。…って、リア??あなた、また泣いてるの?」
私のために花を育ててくれたみんなの気持ちが嬉しくて、また涙が出てきた。
「そういえば。リアって泣き虫だったわよね。はじめてこの湖を見たときも、きれいだって感動して泣いていたもの。当時の私には、泣いてる理由がわからなかったのよ。だから。感動しない私の心が、おかしいのかと思っちゃったわ。」
「いや。実際、おまえの心は、おかしいからな?基本的に、自分の得になることしかしないもんな。リアのことだけは、別だけど。」
「別にいいでしょ!?自分の得を考えて、なにが悪いのよ??あ…。でも待って…。リアの他にも、例外がいたわ。」
私とラスは、エスターが指さした湖の浅瀬に目を向けた。そこには。所狭しと、白と青の花が水面から顔を出していたの。
「ホワイトロータスと、ブルーロータスね。」
「大きく分類すると、そうなるらしいわ。ただ、あれはヴェルナー辺境伯領に自生していたものだから、一般的なロータスとは全然違うの。生殖力が!!」
「あのロータスは、ウィルバート様からいただいたのね。」
「そうなの。あなたたちの結婚式に、花を添えて欲しいって、チャペルの装飾に使っていた花と一緒に送られてきたのよ。けど。ロータスの成長速度と繁殖力が異常なの。あっという間に、湖の浅瀬を埋め尽くす勢いに、花の手入れしているダグラスも驚いていたわ。」
どうやら。ウィルバート様の住む、ヴェルナー辺境伯領の動植物は生態がこの辺りとは違うみたい。
「この辺じゃ見かけない青い花は、ウィルバート様からだったのか。なにか、お礼を送らないといけないな。」
「そうね。なにがいいかしら?」
私とラスの会話を聞いて、エスターが不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ…。あなたたちも、終わらない贈り物の送り合いに頭を抱えるといいわ。何度も、もうお返しはいらないって手紙に書いたのに。ちっとも聞いてくれないんだから。」
「おまえが、律儀に付き合うなんて珍しいな。いらないと言っても送ってくる相手なんか、いつもならほっとくだろう??自分が損するわけでもないし。」
「だって。いただいたものと、お返ししたものの価値の差があり過ぎるのよ。辺境伯領にだけ生息する薬草、魔物からとれた魔石や素材とか、値段のつけられないものばかりくださるんだもの!?」
「売れば、高額な値になるんだろうな。それに見合う、お返しなんて思いつかないぞ。かと言って、送り返すのも失礼だしな。」
「…自分たちでは決して手に入れられないって、諦めていた魔石や素材を目の前にしたら、送り返すなんてできるわけないわ。傾き過ぎてる天秤をつり合わせしたいのに。このままいくと、いつか私の方の天秤の皿が真上になっちゃう。」
エスターの言う、『自分たち』というのは。彼女が才能を見いだし専属契約している双子の術師、イーサンさんと、ネイサンさんのことよ。エスターは、優秀な人材を見つけるのが得意なの。王都の事業を任せているハンスさんや、伯爵家の庭師のダグラスさんもそう。
「おまえたちが、魔石や素材を前にして発狂してる姿が目に浮かぶよ。いつも『魔石が足りない』とか、『素材があれば』とか嘆いてるもんな。」
そういえば、エスター。ウィルバート様とのお茶会で、術師が発狂してしまうなんて言っていたけど。冗談ではなかったのね。
「イーサンもネイサンも、尋常じゃない喜びようなんだから。最近では、寝ている時間がもったいないって、寝ないで魔道具をつくっているのよ。目の下にくまができたやつれた顔なのに、嬉々としてね。」
「それは…。送り返すなんて言ったら、それこそ、発狂してしまうだろうな。」
「贈り物選びって難しいけれど。ウィルバート様は、私たちに必要なものがわかっているみたい。私としては、薬のことは、思うところがあるけどね。」
いまだに、薬を飲まされたことを根に持つ私に、ふたりは笑っている。
「あの薬だって、必要なものだったろ?そのおかげで、無事に今日を迎えることができたじゃないか。」
「そうだけど…。」
本当に薬のおかげで体調がいいのかは、わからないじゃない??
「リアちゃん。そろそろ泣きやんだかしら??」
ルーカス様とスカーレット様が、ガゼボへやって来た。
「なんだ。まだ泣いているのかい?」
「これなら、うちの子も連れて来ればよかったわね。式の最中に泣き出したら悪いと思って、お留守番させてるのよ。それなのに。式の間中、リアちゃんが泣いているんだものね。」
「あれなら、うちの子が泣いても気にならなかっただろうな。」
おふたりにからかわれ、私は頬をふくらませる。私だって、好きで泣いていたわけじゃないのよ!?
「そうそう。みなさん、食事をいただきながら、使われている食器に興味津々よ?白いままでもいいけれど、絵付けされてある方も素敵だってね。友達の結婚式でも、商品の売り込みをするなんて。さすが、エスターちゃんだわ。」
「ああ、あれだろ??温泉を掘り当てようと開けた穴の地層から、いい土が見つかったってやつ。そういう偶然の産物のせいで、エスター嬢は反省しないんだろうな。」
エスターって、ピンチをチャンスに変えるの。巣を落として蜂に襲われたときは、捕まえて養蜂をはじめたし。風を暴発させて山をえぐったら、中から鉱物が見つかったし。温泉を掘り当てようと開けた穴に、うちのメイドが落ちちゃって。救出する際に見つけた、珍しい土を使って、食器をつくっているしね。失敗しても、運がいいのか事業に繋がるのよね。だから。注意されても懲りないのかもしれないわ。
「失礼ですわね。その都度ちゃんと反省してます。危険な目に遭わせて、リアに申し訳なかったって。」
「それは反省してるとは言わない。ラスも、エスター嬢も、気を遣う相手がリアに対してだけなんだよなぁ。ラスなんか、治癒の力はすごいけど、診察中の態度はいただけないって王都で言われてるぞ。」
ラスは、自分の評判がよくないと聞いても全然気にしてなくて。エスターは、その理由を知ってるみたいで笑っているの。私は、診察態度のよくないラスの姿を想像できなくて首を傾げる。
「ほらほら。ガーデンパーティーの会場へ戻りましょう。みなさん、主役のふたりを待っているのよ。」
スカーレット様に促され、私とラスは桟橋を歩き、湖を渡る。会場へ戻ってからは、ひとりひとりへ挨拶してまわり、最後はお互いの両親のもとへ。これまで育ててくれたことへの感謝の気持ちと、これからもよろしくお願いしますと伝えたわ。私は家を出ずに、これからも両親と暮らすから。寂しくなると言って泣いていたのは、ラスのお母様だった。その様子を見て、安心したの。ラスは、ちゃんと大切に想われているって。それなのに…。ラスってば、感謝の言葉のあとに、余計な言葉を口にしたのよ。
「母さん。俺は、寂しくなんてないよ。やっと、リアと一緒に暮らせるんだから。朝起きたら、リアがいて。夜眠りにつくときも、リアがいるんだ。」
「あなたは、本当に昔から、『リア、リア。』って。リアちゃんのことしか頭にないわよね。」
「おまえの、そういうところだよ…。診察態度がよくないって言われてるのは。」
お義母様とルーカス様は、同じ表情であきれ返っていた。
ガーデンパーティーをお開きにし、会場を別荘へ移動させ、二次会は夜まで続いていた。
一足先に部屋へ戻った私とラスのもとを、エスターが訪ねて来た。
「エスターにお礼を渡すタイミングがなかったから、ちょうどよかったわ。今日まで結婚式の準備大変だったでしょう?本当にありがとう。ほんの気持ちで、申し訳ないのだけれど、よかったら受け取ってちょうだい。」
包みの中には、ハンカチが入っている。花文字でエスターのイニシャルを刺繍したもので、メインの花に選んだのは、白色にうっすら青みがかったムスカリ。上の方には三日月と、星々を散りばめた。エスターに、夜空の月や星のように輝かしくて明るい未来が訪れることを願って。
「私がしたくてやったことだから、気を遣わなくてもいいのに。でも。ありがたく受け取るわね。」
「エスターが結婚するときは、式の準備は私に任せてね。私も、忘れられない式にしてあげるからね…。」
(だから、お願い…。)
不安な想いをこらえきれなくて、エスターに抱きついて、また泣いてしまった。
エスターからの厚意に、私もそれ以上の好意を返したいの。あなたが幸せだと、私も幸せなのよ。だって。私たちは、親友だもの。あなたの幸せを、心から願っているんだからね。それで。これからも、ずっとずっと。私たち、おばあちゃんになっても親友でいるの。
だから。神様、お願い。どうか、エスターへ好意を返す時間を奪わないで…。
「式は簡単にすませたい…。というか、ほんとは挙げなくても構わないんだけど。リアがそう言ってくれるなら、そのときはお願いするわね。でも、ほんとにささやかなものでいいのよ。」
「まだ相手もいないけどな。」
「いちいち、うるさいわね。あんたなんか、式に呼ばないんだから!」
「そういうのは、相手を見つけてから言ってくれよ。あんな条件を満たす相手なんか、いないと思うけど。」
「いいから、放って置いてよ。」
おめでたい日なのに、いつものように、ラスとエスターが言い合いをはじめた。それも。私を挟んで。式の日まで、いつもと変わらず言い合うふたりに、泣きながら笑ったわ。
「リア??震え出したと思ったら、泣きながら笑ってるの!?」
「だって。ふたりが、いつもと変わらず言い合いをしてるから。今日は、結婚式なのに。」
ふたりは顔を見合わせると、少し気まずそうに笑った。
「そうだわ。これは、私からふたりへのお祝いよ。」
エスターは、小ぶりな箱を手渡すと部屋をあとにした。
ドアを締める直前に、
「経験済みなふたりには、必要ないかもしれないけどね!!」
と言い残して…。
「あいつ。すごい捨て台詞吐いていったな。」
ラスはそう言うと、私を後ろから抱き締め、頬を寄せてきた。
「ラス?笑ってるの??」
「だって。リアとこうしていても、もう誰にも邪魔されないんだぞ!!」
ラスはよほど嬉しいようで、抱き締める力が強くなった。
「なぁ、リア。今から俺たち、結婚してはじめての夜を迎えるんだぞ。だからそろそろ、エスターのことを想って泣くのは終わりにしてくれよ。」
「…気づいてたの??私が泣いていた理由…。」
「はじめは、式に感動してるんだと思ってた。けど、泣き方が、エミリオを想って泣いている姿と同じだったから…。エスターとの別れを想像して泣いてるんだって気づいたんだ。」
「ねぇ…、ラス。私、怖いの…。エスターのことを絶対に助けるって誓ったのに。式の最中、何度も考えちゃったの。助けられなかったら、どうしようって…。」
ラスは、私の頬をつたう涙にキスをし、指で拭ってくれた。そして。先ほどと違って、今度は優しく包み込まれるように抱き締められる。背中にラスの鼓動を感じていると、だんだん落ち着いてきた。
いつまでも泣いていたら、もったいないわよね。式だけじゃなく、結婚初夜まで泣いた思い出が残っちゃう。
…結婚初夜に、泣く??
「そういえば。ラスは、私に泣いてもらいたいんじゃなかったの?前に、『初夜に泣かせたい』って言ってたわよね?」
「今の会話の流れで、なんでそれを思い出したんだ??…確かに言ったけど。泣かせたいんじゃなくて、啼かせたいんだ。」
(なかせたいんじゃなくて、なかせたい??)
「鳴かせたい…。わんっ!?って鳴けばいい??」
「…それ、俺の真似だろ。」
「そう!!ラスのマネ。でも。"わんわん"鳴かせたいわけじゃないの??うーん。確かに。『わんわん』鳴かせて、なにが嬉しいのかわからないわね。ラスの言う、"なかせたい"ってなに?」
意味が理解できず首を傾げていると、ラスが吹き出したの。
「なぁ、リア。そんなに、『わんわん』言って、笑わせるなよ。かわいいけど。」
「ラスのかわいいって感性、独特じゃない??私が昔、ベッドから出られないとき。口では遊んで来たらって言いながら、顔には行かないで書いてあるのが、かわいいって言っていたもの。それから。私が、薬を飲むのを嫌がる姿を思い出して微笑んでいたわよね。」
「好きになると、リアのどんな表情も仕草もかわいく見えるんだよ。それと。俺の言う、啼かせたいは…。」
ラスは、私の耳元で一生懸命"なかせたい"の説明をしはじめた。だけど、やっぱり意味がわからず、今度は反対側へと首を傾げた。
「わからないかぁ…。なら、実践しよう。エスターからもらった、これを使ってな。」
「この箱の中身がなにか知っているの??」
「おいしいゼリーだろ??」
ラスの言葉を聞いて箱を開けてみると、王都でのお茶会で話題になった小瓶が入っていた。小瓶の中身はゼリーだけれど…。
「ラス。これは、確かにゼリーだけど、食べられないゼリーなのよ。」
「ああ。知ってるよ。」
えっ?知ってるの!?ラスがゼリーを知っていると言うから、驚いて目をまるくする。
「以前。あいつに、潤滑剤に配合する鎮静薬はどの薬がいいか、聞かれたことがあったからな。」
ラスはベッドへ私を寝かせると、耳元で何度も私の名前を呼んできた。
「リア…。俺の名前も呼んで…。」
甘えるようにお願いされた私は、ラスと体の位置を入れ替えた。
「…リア!?」
私に見下され、戸惑いの表情を浮かべるラス。その顔を両手で包み、海色の瞳を覗き込んで名前を呼ぶ。
「ラス…。」
それから耳元でも、何度もラスの名前を呼んだ。
「っ…。リア…。」
名前を呼んだだけなのに、ラスの息づかいは乱れ、すがるように私の名前を呼んだ。そんな余裕のないラスの声を聞いたら感情が昂ぶってきて、もっと聞きたくなってしまった。それで。私たちが、はじめてひとつになったあの夜、ラスが私にしたことを、今度は私がラスにしたいと思ったの。あの夜、ラスがしたように、耳や頬にキスをして、首筋に舌を這わせる。
「んっ…。…リアっ!!ストップ。」
ラスが、私の動きを止めるため、両肩を押してきた。
「嫌なの??今のは、ラスが私にしたことのお返しなのに。」
「俺の真似…??」
「そうよ。あのね、講師の方が言っていたの。自分がされたことを、そのまま相手にしてみたら喜ぶかもしれないって。だからね。私にしたこと、ラスもしてもらいたいのかなって思ったの。」
「…講師??それは。いったい、なにについて教えてもらったんだ?」
ラスに聞かれた私は、正直に答えたわ。王都でのお茶会の話をね。
「このゼリーの使い方もそのとき教えてもらったの。それから。男の人の喜ばせ方とか。」
「よ…悦ばせ方??」
「私。お茶会でしゃべれなかったから、誰よりも真面目にお話を聞いていたのよ。覚えたこと、ラスにしてあげるわね。」
「リアは、変なとこで真面目だよな…。」
ラスが私にしたことや、お茶会で聞いた話を思い出しながら、私は、ラスを喜ばせるのに集中したわ。
私が触れると、ラスが反応する。その姿を見ていたら、『過敏だな』って言って私に触れる、ラスの気持ちがわかったの。
サムシングブルーならぬエブリシングブルー




