#15 リアは俺の居場所だから
ウィルバート様とのお茶会から数日後。
エスターは、自分が使っていたランタン型の魔道具を譲るため、ウィルバート様のもとを訪ねたのだけれど…。
『貴重な魔道具をただで受け取ることは出来ない。』と断わられてしまい、ふたりはランタンを押しつけ合ったのですって。
ウィルバート様も、遠慮なく受け取ればいいのに。エスターは、自分が損することはしない主義だから。
最終的に、ランタンがどうなったかというと。ヴェルナー家の使用人に頼んで、辺境伯領へ戻られるウィルバート様の荷物にまぎれ込ませてもらったらしいわ。
「ふふふっ。荷物の中からランタンを見つけたら、どんな反応をするのかしらね??直接見られないのが、ものすごく残念だわ。」
「おまえ、ヴェルナー家の使用人も買収したのか…。」
してやったりのエスターと、あきれ返るラス。
そして、私はというと。いいことを聞いたわと思って、ラスに同じことをしようと考えたの。
王都でルーカス様の手伝いがあるラスを残し、私とエスターは先に領地へ戻ることになった。
ラスは、自分も一緒に帰りたいと言っていたけれど…。この手伝いは、ルーカス様に憂いなく、私たちの結婚式へ列席してもらうために必要なことなの。結婚式の会場は、アンダーソン伯爵領だから、少なくとも1週間は王都を留守にしなければいけない。だから。ルーカス様が留守にしても問題がないように、今のうちに患者さんの病状を入念に確認したり、薬の在庫を増やしたりと準備しておくそうよ。
王都を発つ前。ラスに気づかれないように、エヴァンス家の使用人に手紙とハンカチを預けた。領地のエヴァンス邸に戻ったら、ラスの机にこっそり置くようにってお願いしたの。手紙とハンカチを見たら、ラスは驚くかしら?きっと喜んでくれるわよね??だって。お茶会の招待状をもらっただけでも、嬉しそうにしていたもの。
私は、ラスの喜ぶ姿だけを想像していた。だからね…。血相を変えて、家へやって来たラスを見たとき、その理由が全然わからなかったの…。
王都で兄さんの手伝いを終えた俺は、領地へ戻った。
本当は、リアに会いたいからまわり道をしてロックハート侯爵邸に寄りたいところを、我慢して家へ帰って来たんだ。引っ越しの準備を進めなければいけないからな。この家で過ごすのも、あとわずかなのか…。まぁ、感傷的になんて全然なってないけど。だってこれからは、リアと一緒に暮らせるんだから、正直楽しみでしかない。
一息つくため、片づけの手を止めると、机の上に包みが置かれているのに気づいた。開けてみると、手紙とハンカチが入っていた。不仲になって以来、はじめてリアが自発的にくれたものだったから、ほんとに嬉しかった。けど…。手紙を読んだ俺は、不安にかられてしまう。
そして。いてもたってもいられず家を飛び出し、リアのもとへと馬を走らせた。
手紙には、小さい頃からの俺との思い出と、そのときどきの俺への想いや、リアの心情がびっしりと書き綴られてあった。
知らなかった、リアの俺への想い。気づいてやれなかった、リアの劣等感とコンプレックスが━━━。
『 親愛なるラスへ
ねぇ。ラスは、はじめて私を認識したときのことを覚えてる?私の記憶にはね、赤ちゃんのときのラスの姿があるのよ。私たちは、ベビーベッドに並んで寝かせられていたの。私の隣にいるラスが、私に向かって手を伸ばしている。それが私にとって、一番古い記憶なのよ。数ヶ月に一回の頻度で会っていた私たちは、ハイハイして、追いかけ合ったり。おもちゃを取り合ったり。手を握り合ってお昼寝したり。それからね。『ふぃーあ』って、はじめてラスに名前を呼んでもらったことも覚えているわ。小さいときは、お互いに発音がよくないから、ちゃんと名前を呼べなかったのよ。ラスは、覚えているかしら?私が、あなたのことを『らじゃらしゅ』って呼んでいたこと。
呼び方が、『リア』に変わった頃。私は、自分の体がみんなとは違うことに、なんとなく気づいていたの。少し動くと、すぐに疲れてしまう。ちょっとした刺激で、咳が出る。咳が出ると、なかなか止まらない。だから。ベッドの上で過ごすことが多かった。そんなとき。ラスは、私のそばにいてくれたわね。ラスだって部屋にじっとしているのは、つまらないはずなのに。ベッドで裁縫や刺繍をする私の横で、ラスは本を読んでいるの。『あそんできたら??』と言っても、『いい。リアのそばにいる。』って。そんなやり取りを、数え切れないくらいしたわよね。私ね。その度に、ものすごく嬉しかったのよ。それでね。この頃にはもう、優しいラスのことが大好きになっていたの。
咳が止まらないとき、ラスは小さな手で私の背中をさすってくれたわ。ラスが背中をさすったり、手を握ったり、ただそばにいてくれるだけで、私は癒やされていたの。それなのに。ラスは、自分の治癒の力が弱いせいで、咳を止めてやれなくて、ごめんって謝ってきたのよ。自分の力が強ければ、私を行きたい場所へ連れて行ってやれるのにって、自分のことを責めていたわ。そんなラスを見ていたら、私の心の中に罪悪感が芽生えたの。だって。私の体が丈夫じゃないのは、ラスのせいじゃないもの…。
ラスは治癒の力が強くなると、私を家から外へ連れ出してくれた。両親も、ラスが一緒なら外出を許してくれて、少しずつ遠くへ出かけられるようになったわ。ラスのおかげで、私の世界は広がったの。だけどね。ラスに優しくされる度に、罪悪感の芽は大きくなっていったのよ。水を生成する力しかない私には、ラスに返せるものがないから…。
はじめて王都へ行ったときも、ラスと一緒だったわね。はじめての、数日にも及ぶ遠出。はじめて見る、王宮や王都の街並み。はじめて訪れた、タウンハウス。うちのすぐお隣には、ラスのうちのタウンハウスがあって。ふたりで、『領地の家もこれくらい近ければいいのに』って言ったわよね。
はじめての交流会でラスは、私を守るようにぴったりくっついていた。いつ、咳が出ても対処できるように。
そして。交流会で同年代の子たちを見たり、エスターと話したりして、確信したの。やっぱり、私の体は人とは違うんだって。交流会では、アレルギーのせいでテーブルに並んだ食べ物を食べられず、出された紅茶さえ、口にすることができなかった。使われていた茶葉が、私には刺激が強過ぎたから。だけど。みんなは、おいしそうに口にしていたのよ。それだけじゃなく。追いかけ合う姿や。袖のない服を着ていること。帽子をかぶっていないこと。ご夫人たちの香水の匂い。
みんなが普通にしていることは、私にはできないことだった。走ることも。肌を出すのも、帽子をかぶらないのもダメ。太陽の光にまけてしまうから。香水の強過ぎる匂いも苦手だった。
それから。エスターと出会って、はじめて貴族の女の子のお友達ができた。
エスターは自領を、なんにもないところ、なんて言っていたけれど。大きな湖も、湖畔に咲き乱れる花も、滝も、見上げるほど高く積もる雪も、私には想像するしかできない光景だった。みんなが当たり前にできること、何気なく目にする光景は、私にとって奇跡みたいなことだって気づいてしまったの。あの頃の私には、たくさん制限があったから。走ること、口にできる物、太陽の下にいられる時間、寒暖差がある場所、寒くて乾燥している地域。どうして、私にはできないことや、行けない場所が多いんだろう?自由なみんなが、うらやましい。そう考えはじめたら、それまで我慢してきたことが爆発しちゃったの。
それでどうしても、エスターのところへ遊びに行くんだってわがままを言ってしまった。両親に、『季節が変わったら行こう』となだめられても。『今じゃなきゃイヤだ!季節が変わってからじゃ遅い!!』って、大騒ぎしてみんなを困らせた。
でもラスだけは、私の気持ちをわかってくれていた。私の見たいものが、雪の世界だってことをね。
ラスは、駄々をこねていた私を慰めて、いつか一緒に雪景色を見に行こうって約束をしてくれたの。そのためには、体を丈夫にしないといけないから、一緒に頑張ろうって言ってくれたわ。それから少しずつ、私の体は丈夫になっていって。ラスは約束した通り、私が見たかった景色を見せてくれたのよ。
ラスのおかげで、いろいろなところへ行くことができたわ。いろいろな景色を見ることもできた。中でも一番印象に残っているのは、伯爵領の湖で見た、満天の星。あの星空の下で、私ね、自分のことを世界で一番幸せ者だと思っていたのよ。
ラスの口から、『仕方ない』って言葉を聞いたのは、星を見た夜から数週間後のことだった。ラスは、紛らわしい言い方をしたと謝ってくれたけど。あの言葉を聞いて、あんなにも心を閉ざしたのは、私の問題なの。本当は、私なんかが愛されるわけがないって気づいていたから。
だから。私との婚約を、ラスが仕方ないことだと思っていると知ったとき、納得したのよ。やっぱりねって。だって私も、自分のことが好きじゃないもの…。ラスは、私にいろんなことをしてくれる。それなのに、私はなにも返してあげられない。そのことがね、芽生えていた罪悪感の芽を大樹にしちゃったの。
『仕方ない』って言葉が誤解だったと、わかった今だから言えるのだけれど。私って本当に、ものすっごーく卑屈で、負けず嫌いだったみたい。ラスが私を好きじゃないと知っても、好きになってもらえるように努力しようとは考えなかったもの。どうせ、好きになってもらえるわけがないって、なにもせずに諦めたの。それどころか…。私だって、『仕方ない』って思ってるんだから、嫌々なのはお互い様なのよ!!なんて、強がった態度をとってきたわ。
本当に、どうしようもないわよね。自分で言うのもなんだけど。ラスは、いったいこんな私のどこが好きなの??考えても、考えても全然わからないのだけれど…。
ラス。私を外の世界へ連れ出してくれて、ありがとう。いろいろなところへ連れて行って、いろいろな景色を見せてくれて、ありがとう。背中をさすってくれたことも。いつもそばにいてくれたことも。わがままを聞いてくれたことも。愛想を尽かないでくれたことも。全部、全部、ありがとう。ラスの優しさにたくさん救われたわ。私はね。あなたの、その優しいところが大好きよ。
それから。ラスの想いを疑って、ごめんなさい。自分のことばかりで、ごめんなさい。お茶会で沈黙しちゃったことも、ごめんなさい。ラスを傷つける言葉を言いたくなかったの。知ってるでしょ?私の口が、余計なことを言っちゃうこと。ラスを責める資格なんてないのにね。今までもらったプレゼントも、使わなくて、ごめんなさい。愛されていない私には、使う資格なんてないと思っていたの。
だから、正直ね。指輪をつけたり、お茶会の招待状を送っただけで、あんなに喜ぶラスの姿に驚いたのよ。
それとね。一緒に包んであるハンカチは、これまでのお詫びの印よ。もちろん、これだけで済ませようなんて思ってないからね。これは、はじまりなの。
これからは、ラスにもらった分以上に、いろんなことをお返ししていくつもりよ。
だから。これからもどうぞ、よろしくね。
あなたのリアより 』
「リアっ!!」
ラスが、ドンドンと私の部屋のドアをノックした。ラスの焦った声と、力強いノックの音に、なにかあったのかと身構える。
「ラス??王都から直接、私の家に来たの?」
ラスは部屋に入るなり私を抱き締めて、黙ってしまったの。
「なにか、あったの??」
声をかけると、さらに強く抱き締められた。
「ねぇ、ラス。ちょっと、苦しいわ…。」
そう言うと、ラスは慌てて私の顔を覗き込んだ。
「ごめん、リア。大丈夫か??」
「大丈夫よ。ラスの方こそ、そんなに血相を変えてどうしたの?」
「リアからの手紙、読んだよ。」
「ふふっ。びっくりした??」
ラスがまた黙ってしまった。お茶会の招待状をあげたときは嬉しそうだったのに、手紙はそうじゃないみたい。
「もしかして。気に触ることでも、書いてあった?私って、口だけじゃなく、文章でも余計なことを書いちゃうのかしら??」
ラスは、首を横に振った。
「じゃー。手紙を読んで昔を思い出したら、私のわがまま振りにあきれちゃったとか?私もね、これまでを振り返ってみて、自分のダメさ加減に唖然としたのよ。」
ラスは、また首を横に振った。
「なら。"あなたのリアより"が気に入らなかった?」
「気に入らないわけない!!リアは俺のだから。」
「ええ、そうよ。だからねぇ、ラス?あなたのリアに、なにがあったのか教えてくれないかしら??」
ラスは困ったように、微笑んだ。
「なにかあったわけじゃない…。」
「もう!なにもないわけないじゃない!?こんなに震えちゃって…。手紙、喜んでくれると思ったのに。書かなければよかったわね…。」
「違う!!手紙は、本当に嬉しかった。ただ…。姿見に映ったリアが、エミリオへ宛てて書いた手紙と重なって、言い知れぬ不安に襲われたんだ。」
死を悟った未来の私が、エミリオへ書いた手紙と重なった…。あぁ…。ラスは、今回の手紙が最後の手紙になってしまうんじゃないかって、不安になったのね。
「私、これからもラスへ手紙を書くから大丈夫よ。あの、お詫びの手紙が最後の手紙になるのは、私だってイヤだもの。」
「…未来では。最後の手紙は、離婚証明書だった…。」
「……!?」
ラスが、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。
「ごめんなさい…。今度は未来の私からの、お詫びの手紙を書くことにするわ。ね、ラス??」
ラスに言われた、『仕方ない』に何年も囚われ、頑なに心を閉ざした過去の私も、未来の私も、我ながら本当にしょうがないわね…。
「リア、ごめんな。リアの抱える、劣等感やコンプレックスに気づいてやれなくて…。」
「…ラスが謝ることないわ。私の、心の問題だから。水を出すだけの私の力と、ラスの治癒の力を比べて勝手に落ち込んだり。こんな、心も体も弱い私が愛されるわけないって思い込んだり。自分でも、自分の卑屈さに引いちゃうくらいよ。」
「でも。俺が、『仕方ない』なんて言わなければ…。」
「ラスがその言葉を言わなかったとしても、きっと他の理由を見つけて、結局頑なになっていたと思うわ。私は、ラスになにも返せないからふさわしくない、とかね。」
「リアの自己肯定力の低さをわかってやれていたら。リアのすごいところを、口に出していたら。もっとたくさん、好きだってことを伝えていたら。リアは、言葉を飲み込まず、思ったことを口に出せていたはずだ。リアが心を閉ざしたのは、俺のせいなんだ。」
「ラスのせいじゃない!私自身のせいなの!!」
私たちは、お互いに自分のせいだと言い合って、堂々巡りになってしまう。
「本当、負けず嫌いだな…。」
「そういう、ラスもね。」
最終的に、お互い嫌われるのが怖くて想いをぶつけられず向き合えなかったせいだから、どっちも悪かったってことで落ち着いたわ。
「それと。俺の記憶にある最初のリアの姿はな、この部屋のベッドで刺繍をしてる姿だよ。」
ソファに腰を下ろすと、ラスは私の肩を抱いて、手紙の返事を話しはじめた。
「俺がこの家を訪ねると、リアはたいていベッドで過ごしていた。それで、『ここにいてもつまらないから、遊んで来たら?』って言うんだ。だけど俺が、『ここにいる。』って答えると、花が咲いたみたいに笑ってさ。かわいかったな。」
「…かわいくないわよ。」
「かわいかったよ。俺がそばにいることで笑顔になるリア。思っていることが、全部顔に出ていたからな。」
ラスがそばにいてくれたら、そんなの嬉しいに決まってるじゃない。
「俺は、本を読んでいるふりをして、リアの手元に釘付けだった。リアが針を刺していくと、どんどん絵が浮かび上がっていくから。あるときは、布地を縫い合わせていって、うさぎをつくっていたな。」
「あそこの棚に座ってる、うさぎのことね。」
「ああ。俺の部屋にもいるよ。誕生日にもらった柄違いのうさぎがな。」
ラスの部屋に、うさぎのぬいぐるみが置いてあるのを想像したらおかしかったわ。でも、私があげたものを大事にしてくれていることが嬉しい。
「あんまりにも簡単につくっていたから、それがすごいことだって気づいたのは、しばらくたってからだった。リアは3歳かそこらで、刺繍も裁縫も職人並みの腕を持っていたんだ。指先も器用だけど。一番すごいのは、その記憶力だろうな。」
「記憶力…??」
「リアは、一度見聞きしたものは忘れないから、刺繍の図面や、ぬいぐるみのつくり方が頭の中に入ってるんだろ。その上、完成度も高くて、売り物みたいだった。」
「ふふっ。ありがとう。でも褒め過ぎよ。ただの慣れだもの。ベッドで出来ることが、裁縫や刺繍しかなかったから。」
「その謙遜するところ、リアの長所だと思ってたけど、そうじゃなかった。"自分なんかなんの取り柄もない"って、本気で思ってるんだよな。」
ラスが悲しそうな表情で、私の頭をなでている。
「俺は、リアに救われてるんだ。リアの存在に。」
「私の、存在??」
戸惑う私を見て、ラスは優しく微笑んだ。そして。私と同じように、ラスにもあった劣等感を話してくれたの。
「リアには、俺たちが赤ん坊だった頃からの記憶があるんだよな?俺には、そこまで小さいときの記憶はないけど。物心がつく頃には、隣にリアがいたことは覚えてる。それで。その頃の俺には、兄さんに対して劣等感があったんだ…。」
「…そうなの??そんなふうには、見えなかったわ。ずっと、仲のいい兄弟だと思ってたわ。」
「リアだって、負の感情を隠してきただろ??俺たち、同じだな。」
ラスはそう言って、笑っているけれど。本当は、自分の弱い部分なんて話したくないんだと思う。だって、エスターが言うには。ラスは、強がりで、格好つけらしいから。
「俺は、爵位を継ぐ権利がない次男だろ。だから。生まれたときから、リアとの婚約が決まっていて、いずれはロックハート侯爵のあとを継ぐって聞かされていた。あっ!!誤解のないように、先に言っとくけど。リアとの婚約に不満があったわけじゃないからな!?」
勝手に妄想して話をこじらせないように、ラスに釘を刺され、私はうんうん頷いたわ。
「兄さんのことが嫌いなわけじゃない。両親に愛されてないと感じたこともない。使用人たちだって、みんな優しい。だけど…。幼い俺には、家族や自分の家に対して疎外感があったんだ。ただただ漠然と、このエヴァンス家にあるものは、全部兄さんのものになるんだって。この家は、自分の居る場所じゃないんだって。俺は、いつか家を出て行かないといけないから…。」
「ラス…。寂しかったのね。」
「そんな俺の救いになったのが、リアだった。リアは、俺が会いに行くと喜んでくれて。"そばにいて欲しい"って顔に書いてあって。治癒の力が弱くて、全然回復させてやれてないのに、『ありがとう』って満面の笑みでお礼を言ってくれた。」
「本当に、ラスから元気をもらっていたのよ。」
「気休め程度だけどな…。でも。リアが、本心で俺の力をほめてくれて、心からありがとうって言ってくれてるのは伝わってたよ。だからこそリアを、絶対に元気にしてやるって決めたんだ。それが、俺の生きる目的になった。俺が居たい場所は、リアの隣。リアは俺に、生きる意味と居場所をくれたんだよ。」
ラスの手が伸びてきて、愛おしそうに私の頬にそっと触れた。
「大きくなるにつれ、リアへの想いも大きくなっていって、そのうちに、リアを誰かに盗られたらって不安に思うようになったんだ。」
「…幼い頃の私は、ほとんど外へ出られなかったから、ラスとしか会ってないじゃない。誰かに盗られる心配なんて必要ないのに。」
「俺の他に、兄さんとも会ってただろ。」
ラスは、家族みんなで我が家に来ていたのだから、もちろんルーカス様ともお会いしたわよ。でも。あのルーカス様よ??
「リアを盗られないように、兄さんにも言っておいたんだ。エヴァンス侯爵の爵位も。屋敷も。領地も。全部、兄さんのものでいい。他にはなんにもいらないから、リアだけは渡さない。リアは、俺のだからって。」
…この話。この前、聞いた話のことだわ。
「当時は、『"僕"のだから』って言ったのでしょう?ルーカス様、わけがわからなかったって言っていたわよ。ラスってば、心配症ね。いえ…。心配症というより、思い込みが激しいのね。私と一緒で。」
「…そうだな。俺たち、思い込みが激しくて。嫌われたくないから、沈黙して。劣等感があって。しかも、負けず嫌い。それから……。お互いのことが好き…だよな??」
「ふふっ。どうして疑問系なの?私たち、好き同士でしょ。それも。ものすご〜くね。」
「ああ…。ものすごくな。」
ラスに、ぎゅーっと抱き締められ、私も抱き締め返した。
「…好きなんだよ。自分でも、ほんとにどうしようもないくらい。リアのことが好きなんだ。リアは、俺の居場所で、生きる意味だから。」
「ありがとう、ラス。こんな私を好きでいてくれて。私も、ラスのこと大好きだからね。」
ラスは、こんな私のことを居場所であり生きる意味だと言ってくれる。
「きっと。ラスより私の想いの方が大きいと思うわ。」
「いや。絶対に、俺の想いの方が大きい。」
そこから…。どっちの想いが大きいかをはっきりさせるため、お互いの好きなところを言い合ったの。
「私なんか。ラスがいないと外にも出られなかったし、咳が止まらなくて苦しいときには、治癒の力で助けてもらったわ。ラスが、私を励ましながら、一緒に頑張ってくれたから元気になれたの。私、ラスと一緒にいろんなところへ行きたいから頑張れたのよ。」
「俺なんか。なにをしていても、いつだってリアのことばかり考えてる。どこにいても、少しでも早くリアに会いに来られるように、橋を増やしてもらったり、道を整備してもらったんだからな。」
「私なんか…。令嬢たちが、ラスに治療してもらった話をしているのを聞いて、嫉妬しちゃうんだからね…。」
「わかった。俺はもう、令嬢の治療はしない。リア専属になる。」
「それはダメよ。私以外にも、ラスの力を必要としている人はいるんだから。それに。私ね、治療の力で人を助けるラスのこと尊敬してるの。嫉妬もしちゃうけどね。」
「嫉妬っていうなら。俺なんか、兄さんのことも警戒していたし。リアを狙う令息たちを牽制し続けて、リアに近づけないようにしてきた。それに。王都へ行く前に、ここで茶会をしたとき。リアから、俺と兄さんの生まれた順番が違っていたら、婚約相手は兄さんの方だったかもしれないって言われた瞬間。恐れていたことが現実になってしまったって、気が狂いそうだった…。」
「あれは、例えばの話よ。ルーカス様が婚約相手ならよかったなんて思ったことないわ。それにあのときは、ルーカス様はパパになったばかりだったじゃない。」
「例え話だろうが、兄さんが結婚してようが、子どもが生まれようが関係ないんだ。リアが、俺じゃない誰かを婚約者として想像するだけでも発狂しそうだ。…エミリオの名前を呼んでリアが泣いたときなんか、この世の終わりだと思った。エミリオが、どこの誰かわからなかったから…。」
「ラス…。」
私とラス、どちらの想いが大きいか、決着はつかなかった…。
「おふたりとも。今回は、引き分けということにいたしませんか?」
私たちの言い合いを止めたのは、静観できなくなったメイドだった。
「もう。ラスってば負けず嫌いなんだから。」
「そういう、リアもな。」
「んっ、んー!!」
また言い合いをはじめた私たちを、メイドが咳払いをして止めた。
「ところで…。いつから、メイドに見られていたのかしら??」
「領地に戻っても、俺たちは、ふたりきりになれないのか…。エスターのやつ、伯爵領へ戻る前に手を打っていったな。」
確かに。王都からの帰り道に、エスターは家に寄って行ったわ。タウンハウスで見慣れたあの光景が、領地でも続くのね。だけど…。
『ふたりきりになれないなら、人前だろうと構わない!』と、ラスは開き直っていた。
今だってメイドが見ているのに、平気な顔で私を後ろから抱き締めて、頬ずりしてるんだから。
私たちの様子に、見かねたメイドはパンパンと手を叩いて応援を呼んだの。そしたら、どこからともなく使用人たちが集まって来て、あっという間に私とラスは引き離され、ラスは私の部屋から連れ出されたの。
「リア!!」
まるで、恋人との仲を無理やり引き裂かれたような悲痛な声で私の名前を呼ぶ、格好悪いラスの姿に思わず笑ってしまったわ。
「お茶にしましょうか?もうすぐ、我が家の一員になる。私の旦那様。」
私が呼びかけると、ラスはころっと笑顔になって嬉しそうに頷いた。
私、ラスの扱いが上手くなったんじゃないかしら?




