#12 氷の令嬢と呼ばれる所以
ラスの唇が離れると、私は唇を尖らせむくれてみせた。
「ねぇ、ラス。『リアは俺のだから』って、答えになってないわよ。」
結婚する相手が、私でいいのかって聞いたのに。
「だって、リアは俺のだから。」
「もう!人がまじめに聞いてるのに。ラスもエスターも、私のことを自分のだって言ってるの、どういうことなの!?」
「あいつは、ただ俺に張り合ってるだけだ。」
エスターの名前を出して、ラスに相談したかった話を思い出した。エスターがいないうちに、彼女の前では出来ない未来について話し合わないと。
「ねぇ、ラス。姿見で見た未来の話は、エスターに話さない方がいいと思うの。だって、怒ったエスターがなにをしでかすか、想像できないもの。『婚前性交なんて!』って怒ってラスを攻撃しようとしたのも、本気だったわよね。」
「隣にリアがいなかったら、風で吹き飛ばされてたかもな。…あと。いいか、リア。人前で、婚前性交とか絶対に言うなよ??」
「…気をつけるわ??』
私の曖昧な返事に、ラスが頭を抱えているけれど、構わず話を進める。
「ラスに対してでさえ、あんなに攻撃的な反応をするんだもの。伯爵家の人たちに対しては、力の加減をしないわよね。母親である、伯爵夫人と同じように…。」
「あいつも、リアのことになると見境がなくなるからな。自分の命はさておき、リアの命に関わっていると知ったら、確信がなくても疑わしいものは容赦なく排除しそうだ。」
「…例えば。私が、エミリオを妊娠するのを遅らせたら、エスターの寿命も延ばせないかしら?」
「寿命が決まっているのなら、意味はないだろうな。むしろ、"予定日の2ヶ月前"という1番はっきりしている手がかりを失ってしまう。」
「手がかりが少ない上、死因が、階段から落ちたというのも本当か、わからないものね…。」
わかっているのは、出産予定日まであと2ヶ月になったある日。伯爵邸で、エスターが…亡くなるということ。
「リアのお腹が大きくなったら、なにかと理由をつけてエスターを伯爵邸から遠ざけよう。けど。その日が、いつになるのかはまだわからないから、今から気負っていたら身が持たないぞ。」
「そうよね…。まずは、エミリオが、私のもとに来てくれないことにはね。」
テラスから会場の中へ戻った私とラスは、交流もせず会場の隅で料理を味わいながら、エスターの様子を窺っていた。
「あいつ。俺たちの気も知らないで、猫かぶって愛想笑いを振りまいてるぞ。」
「いつも通りでいいじゃない。私ね。ラスとエスターが、陰で私の体のためにいろいろしてくれたみたいに、エスターにも未来を知らずに笑っていてもらいたいの。」
「まさに今、生き生きしているけどな。」
「エスターには、自分らしくいて欲しい。だけど…。結婚相手の条件だけは、考え直してくれないかしら。」
「あの条件な。あいつの探してるのは、結婚相手じゃなく、仕事の取引相手だよな。で。今、会話してる様子なんか、どう見ても面接にしか見えない。」
「今、お話ししているあの方は、おいくつなのかしら??」
「40…いや、50代か?」
エスターはね、後妻狙いなのよ…。結婚相手の条件は、奥様に先立たれたか、離縁している中年以上で、健康で老い先が長くなくて。すでに爵位をご子息へ譲られているか、しっかりとした跡取りがいて、エスターとの間に子どもを望まないこと。信頼関係が築けて、まわりから信用を得ていること。お金の管理がしっかりしていて、遺産相続時に家族が揉めないこと。契約条件を遵守するのはもちろん、領地運営や事業の相互利益が望めて、取引成果があればなお良くて。取引関係者からの評判も大切で、エスターに対して過度な口出しはしないとか。それから、え〜と…。
「そういえば。自分のところの事業といい関係が結べるなら、相手は商人でもいいみたいだぞ。」
「エスターが望むなら、私は応援するわ。貴族じゃなくても、生きていてくれれば、それだけでいいの。たとえ庶民になっても、私たちは変わらず友達だもの。それに伯爵家を出たら、未来が変わるかもしれないし…。」
「まぁ、あんな条件全てを満たす相手なんかいないだろうけどな。だいたい、自分に欲情しない相手とか、公衆の前で確かめようがないしな。あいつだって、人前では猫かぶってるんだから。」
「そうね。人前と、家とでは態度が違うかもしれないものね。ふたりきりになったら、待てが出来ない可能性もあるわよね。ラスみたいに。」
「どうせ俺は、待ても出来ないダメな犬だよ。今だって、リアが俺の色のドレスを着ているの嬉しいけど、本当ははやく脱がせたいって思ってるしな。」
エスターに散々、『ダメ犬』って言われたラスが、自分のことを『ダメ犬』って言うからおかしくて、社交の場なのに声を出して笑ってしまう。
「ふふふっ。『ダメ犬』って、自分で言ってる。いい、ラス?"待て"だからね!!」
「わん。」
「『わん』って。やだ、ラス。これ以上、笑わせないでよ。」
口元を隠して笑っているところへ、エスターがやって来た。
「あんた、王宮の舞踏会でなにやってるのよ。『わん』って…。ホント、ダメ犬なんだから。」
「俺は、ダメ犬で構わない。」
エスターは真顔でラスの言葉を聞き流した。
「ふたりとも、いつまでこんな隅の方にいるつもり?」
「人混みの中は香水の匂いがきついから、匂いにも敏感なリアは、咳が止まらなくなりそうだろ?俺の結界は空気の温度と湿度を保てるけど、匂いは遮断出来ないからな。それで、おまえの方は面接は終わったのか?」
「いったん休憩するわ。あちこちで、あんたたちの話をしている声が聞こえてくるから、気になっちゃって。」
「私たち、噂されてるの?」
「そうよ。あなたたちがべったり寄り添ってるとか。氷の令嬢が笑ってるとか。あとは。青系統のドレスを着ているから、やっぱり今日も氷の令嬢だ、とかね。」
「氷の令嬢って呼ばれるのは、ドレスの色のせいなの??氷みたいに冷たい態度だからじゃなくて?」
「皮肉が込められてるのよ。ラザラスの瞳の色ばかり身に着けてるせいで、色白でホワイトブロンドのリアが青を身に着けると、蒼氷みたいだって。だからたまには、私の色にしてみない?」
そう言いながら、自分の蜂蜜色の瞳を指差した。
「しない!」
「あんたに聞いてないでしょ!?」
「リアは、俺の色を纏うんだ。」
「青ばっかりじゃ、リアだって飽きちゃうわよ。」
また、はじまったわ。ラスとエスターの言い合いが…。
「いろんな人の目があるんだから、ふたりともその辺でやめてよね。ここは王宮なのよ。」
「今は、辺境伯令息が視線を集めてくれているから大丈夫よ。ただ、やっぱり。社交の場には慣れてないみたいね。関わると面倒な令嬢に絡まれているわ。」
「エスター、助けて差し上げないの??」
「うーん。あの令嬢、悪い子ではないのよ?ただ面倒なだけで。それに私が興味があるのは、令息のお父様である辺境伯様の方なのよね。今日も、いらっしゃらないようだけど。5年前に奥様に先立たれていて、跡継ぎもいるから、私が世継ぎを産む必要はないでしょ。それにヴェルナー辺境伯領には、眠ったままの資源がたくさんありそうだし、魔物との戦いに追われ開拓が進んでなさそうだから、もっと領地をよくしていけそうじゃない!?」
私とラスは目を合わせ、苦笑いを浮かべた。
「もう辺境伯夫人になったつもりかよ。そうなると令息は、義理の息子になるってことだな。」
「もう。そうはならないわよ。だってヴェルナー領は、私たちの領地とは王都を挟んで真逆じゃない。そんな遠いところに住むつもりはないわ。リアとすぐに会える距離にいたいからね。」
「私も、エスターには近くに住んでいてもらいたい!!」
私とエスターは手をとり合い、この先も変わらぬ友情を確かめた。
「嫁ぐ気もないくせに、領地の開拓まで想像するとか、すごい妄想力だな。」
「あんたたちの思い込みの激しいところが、移っちゃったのかもね。」
扇子で口元を隠して笑うと、エスターはまた人々の輪の中へ入って行った。その様子を、私とラスは並んで見ている。
「結婚相手に愛を求めないのも、子どもを望まないのも、エスターの自由だけど…。それが本当にエスターの幸せなのかしら。」
「あの両親を見て育ったからな。あいつにとって結婚は事業の延長線だから、愛も、子どもも必要ない。契約のひとつに過ぎないんだろう。この会場も、大事な交渉の場だしな。」
「エスターはどんな交渉にも全力で臨んで、妥協しないのよね。」
「条件に合う相手がいないのなら、結婚しなくてもいいって考えだもんな。」
「エスターには、絶対幸せになってもらいたいのに。今、私が出来ることは、祈ることくらいで。それもその願いが、"死なないで"だなんて…。」
「それは…。リアも、だからな…。」
辛そうな表情のラスの手をとり、握り締める。
「ええ。もちろん私も、長生きしたいわ。それでいつか。あの姿見で見た未来は、『ただの夢だった』って笑って話すの。」
「ああ、いつか。『ふたり揃って白昼夢を見たんだ』って、笑い話をしよう。」
「そうね。『私とエスターが亡くなると思い込んでいたなんて。やっぱり、私たちって思い込みが激しくて、バカみたい。』ってね…。」
笑い話をする約束をしているのに、悲しくて泣きそうになってしまう。私たちは人の目を避けるために、またテラスへと移動した。
「さっきはエスターが、私の近くにいたいって言ってくれて嬉しかったけれど。そのせいで、エスターの可能性がだいぶ狭まっちゃうんじゃないかしら…。自分の幸せや、したいことを、最優先させたらいいのに。」
「あいつも、リアを中心に物事を考えるからな。」
「"も"っていうのは、ラス"も"っていうこと??」
「俺はずっと、すべてがリア中心なんだよ。」
ラスが、優しく微笑んだ。
「どうして…??ラスもエスターも、私を中心に考えてくれるのは、どうしてなの?」
「俺も、エスターも、リアに救われたんだ。」
「そんなの私の方こそ、ふたりに助けてもらってばかりいるじゃない…。」
先日エスターも、私に救われたと言っていた。私には、水魔法以外にも力があるのだとも。
だけど…。それがなんなのか、わからないの。
「まぁ、そのうち話すよ。」
「やだ!今、話してよ!!」
ラスの腕をぶんぶん揺らしていると、背後から声をかけられた。
「すみません。ご迷惑でなければ、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
テラスへやって来たのは、今日話題の中心になっている、ヴェルナー辺境伯令息のウィルバート・ヴェルナー様だった。
「もちろん、構いません。こちらへどうぞ。」
「わぁっ。このテラス、暖かいですね。」
ラスに促され、近くへ来たウィルバート様は、魔石の暖かさに感激していた。お互いに自己紹介をすませると、ウィルバート様は、私たちに声をかけるに至った経緯を説明しはじめた。
「お恥ずかしい話ですが、ご令嬢方の圧の強さに参ってしまって。僕が、他人より嗅覚が鋭いせいで香水の匂いもきつくて、距離を取ろうと逃げ回っていたんです。中には、それでも離れてくれないご令嬢がいまして…。これは、ひとりでいたら駄目だと思ったのです。しかし、誰に声をかけたらいいのかもわからず…。」
「まぁ、大丈夫でしたか?部屋につれ込まれたりしなかったですか??」
「リアっ!!」
私の発言にラスは焦った様子だけれど、ウィルバート様は笑顔をみせた。
「大丈夫ですよ。つれ込まれてませんから。ただ…。部屋まで付き添って欲しいと、しつこく言われましたけど。足が痛いから、や。ふらついて歩けない、などと言って…。」
「大変。ウィルバート様、悪い虫さんがついてしまったのですね。」
「令嬢に対しても、悪い虫って言うのか??」
ラスが首をひねると、ウィルバート様が声を出して笑ったの。
「…いや、失礼。じつは。侯爵令嬢が、令息方に向かって、悪い虫と言っているのを聞いていたのです。なので、そのときの様子を思い出してしまって。」
「ああ。あいつらの間抜け面を見ていたのですか。」
「おふたりは、もうすぐご結婚なさるそうですね。おめでとうございます。おふたりが、ご友人と一緒にテラスへ行かれたあと。彼らの会話から、おふたりがもうすぐご結婚することを耳にしたのです。」
『ありがとうございます。』
ラスと一緒にお礼を言う。
「話を戻しますが…。一緒にいてくれる相手を探そうとしたのですが、なぜか男性には一線を引かれているようで。かといって、女性には下手に声をかけられず。そこで。婚約者同士のおふたりとなら、一緒にいてもあらぬ噂も立てられないのではと思い、声をかけさせてもらったのです。おふたりの時間を邪魔してしまい、申し訳ない。」
「困ったときは、お互い様ですよ。既婚者や婚約者がいる女性に声をかけて、面倒なことになるのは避けたいですからね。」
「情報を頭に入れずに社交の場へ来た、僕も悪いのです。」
「そういう交友情報なら、私たちの友人が詳しいですよ。」
「本当ですか?そのご友人に、情報を教えていただくことは可能でしょうか?」
ウィルバート様の表情から、切実さが伝わってきた。だから。令嬢たちの情報を聞く場として、私たちのお茶会へ招待したの。
「あの…。ご友人に確認せず決めてしまっても、大丈夫なのでしょうか?」
『大丈夫です。』
情報を教えてくれるエスターに確認もせずに、お茶会を決めたことを気にしているウィルバート様へ、私とラスは声をそろえて答えた。
「ありがとうございます。今日、舞踏会へ来てよかったです。おふたりと知り合えたので。」
「俺たちは、なにもしてませんけどね。情報通なのも、友人ですから。」
「おふたりと一緒に入場した方ですよね。ラザラス殿、まわりから両手に花だと言われてましたよ。」
「いやいや。あいつは、花じゃないですよ。」
「もう、ラス。エスターは、私と違って人気があるんだからね!!」
「はぁぁ…。リア…。」
なぜかラスが、深いため息をついてしまったわ。
「三人で料理のコーナーにいらしたときも、ラザラス殿は、羨望の的でしたよ。」
「それを言うなら。ウィルバート様が、男性陣から一線を引かれた理由こそ、女性たちの視線を一身に浴びていたからでしょう。」
「いやそれは。はじめて社交の場へ顔を出したので、もの珍しかったのでしょうね。」
『これは…。もしかして、リアと同じタイプなのか??』
「ラス、なんて言ったの?声が小さくて聞こえなかったわ。」
聞き直したら、ラスはたいしたことじゃないと言って、教えてくれなかった。
そういえば。『リアは俺のだから』の意味も、はぐらかされたままだわ。
「では。お茶会の日取りが決まったら、招待状をお送りしますね。」
「場所は、俺かリアのどちらかの屋敷になると思います。まぁ、隣同士なんですけどね。」
「屋敷が隣同士なのですか。本当に仲がいいのですね。会場で、おふたりが不仲だという話を耳にしましたが、なぜそのような嘘が流れたのでしょう?」
「あぁ…。それは、嘘ではないのです…。私たち、本当に数日前までは…。」
今日の私とラスの様子しか見てないウィルバート様は、想像がつかないと驚いていたわ。もしも、ラスと不仲なままだったら。きっと私は、今日の舞踏会で、ウィルバート様へも冷たい態度をとっていたと思うわ…。
それから。ウィルバート様は、会場で耳にした私たちの噂を教えてくれた。突如、私とラスが仲むつまじい姿をみせたため、あちこちから驚きの声が上がっていたことや。私のことは。氷の微笑みの氷が溶けた、とか。氷が溶けて表情が温かくなっても、青いドレスを着ているせいで冷たい印象に見えるから、やっぱり氷の令嬢だ、とか。ラスのことは。婚約者へ自身の瞳の色である青ばかり身につけさせているから、独占欲や執着心が強過ぎるとか、束縛がひどいとか。
結構な言われようよね…。
お茶会の約束をして、ウィルバート様が帰られたあと。私たちは、休憩室へ移動していた。疲れただろうと、ラスが私を気遣ってくれたからなのだけれど…。
「ねぇ。エスターから、部屋でラスとふたりきりになっちゃダメって言われているの。」
「もうすぐ結婚する俺たちが、ふたりきりでいたって問題ないだろ?それに。すでに、まわりから好き勝手言われてるしな。それともリアは、俺と一緒にいたくないのか??」
「そんなわけないでしょ?今日は、ほとんどふたりきりでいたじゃない。ただ。ふたりきりで部屋にいたら、エスターに怒られちゃうわ。」
「リアは、俺よりエスターの方が大事なのか!?俺は、すれ違って無駄にした8年を埋めたいんだよ。」
ラスは、私をベッドへ座らせて肩を抱くと、目を覗き込んできた。すがるような目で見つめられると、ラスを突き放すことが出来ない…。
「リア…。」
耳元で囁かれると、名前を呼ばれただけなのに、耳にラスの息がかかって、全身がぞくぞくしてしまう。
「リアは、感覚が過敏だからな。耳も。首筋も。鎖骨も。脇も。胸も。腰も。背中も。内ももも。足も。全身、弱いところだらけだ。」
ラスは、舌や指、手を使って私の体に触れていった。
「あとは。唇と口の中、それからこっちもな。」
口の中にラスの舌が入ってきて、口内や舌をなでたり、舐めたりしてくるの。舌を絡め合わせると同時に、ラスはドレスの中へ手を入れて私の内ももをなでながら、徐々に脚の付け根の方へ…。
「んっ…。ラス。『待て』って言ったでしょ!?」
「わん。」
ラスが笑顔で鳴いた。
「もう!『わん』って、どういう意味??わかったの?わからないの?」
「わかってるけど、結婚式まで我慢出来ないんだ。俺の魔力も敏感に感じ取ってくれるし、どこを触っても、リアがかわいい反応してくれるのを見ていたいから。」
「だからエスターに、待ても出来ないダメ犬なんて言われちゃうんじゃない!!」
「俺は、リアのことになるとダメ犬になるんだ。」
思い切り格好つけてるけれど、台詞が残念過ぎる。ダメ犬になるなんて…。
「リアに触れたくて、たまらないんだ。…嫌か??」
「…嫌じゃない。けど…。」
「なぁ、リア…。いいだろ?ダメ??」
ラスが、肩にもたれかかってきた。どうしよう、私…。甘えてくるラスを拒めない…。ダメなのは、私もだったわ。今までは、私ばかりが頼って、助けてもらってきたから。これからは、私が返す番。私に寄りかかったり、甘えてきたりするラスの求めに応えたい。そう想い、ラスの頭をなでた。そしたら。こちらを見たラスは、私の表情から、私の気持ちを察して、喜色満面の笑みを浮かべた。そっと、ベッドへ倒され、ラスが覆いかぶさってくる。どこを触られても、くすぐったかったり、ムズムズしたりで、体が疼いてしまうから逃げたいのに、ラスに押さえられて動けない。やだやだと、首を左右に振っていたら、首筋をカプっと甘噛みされてゾクゾクした感覚に襲われる。そのまま、舐めたり吸ったりをくり返され、私はラスの名前を何度も呼んだ。
「リア、かわいい。」
愛おしそうに私を見下ろすラスを見て、先日ラスの魔力が、何度も注がれたときのことを思い出したの。私の体がラスの魔力でいっぱいになったあの夜も、今と同じ顔をしていたわ。
「ラス…。」
ラスの顔を両手で包み込んだ。それと同時に、部屋には激しいノックの音が響いた。ドアを叩いているのが誰か気づき、ラスは深いため息をついた。
「こちらに、フィリア嬢はいらっしゃるかしら?」
「エスター??」
「おい、リア…。返事するなよ…。」
返事をしたら、ラスが私の首に顔を埋め、うなだれてしまったの。
「鍵を開けてくださらない!?」
言葉使いは丁寧なのに、ドアの向こうからエスターの圧を感じるわ。
「ねぇ、ラス。エスターが、ドアを開けてって言ってるわよ。」
「…嫌だ。」
覆いかぶさったまま、しがみついて離れてくれないラスの腕の中から、抜け出そうとしてみたけれど、びくともしない。
「開けてくださらなくとも、構いませんのよ!?」
それを聞いて、ラスが慌てて起き上がった。
「あいつ。開けないなら、力ずくで開ける気だ!!バカかよ。ここは、王宮なんだぞ!?」
ラスが渋々ドアを開けると、エスターの手には小さなつむじ風が発生していた。ラスとエスターは、お互いの行動にあきれているようで、私の目には不満顔をしているふたりの顔が映った。
ここが王宮でも関係なく風魔法を使おうとしたエスターの姿を見て、姿見に映った未来の話は出来ないと改めて思ったわ。こんな過激な行動をとるのは、気心の知れたラスにだけかもと思ったのだけれど。悪い虫と呼ばれていたあの令息たちが、エスターを前にして怯えていたのを見て、ラスにだけじゃないと確信したの。まさか。彼らに対して、風魔法で物理的に攻撃したわけじゃないわよね…??やっぱり。弱みを握って脅したのかしら。
とにかく。ラスが言う通り、エスターは、私のことになると見境がなくなるから、未来の話をしたら大変な事態になってしまいそうだわ。
それに…。エスターには、自分の死が、私の死のきっかけになることを知らずにいてもらいたい。きっと、自分を責めてしまうだろうから。
私はね。エスターの平穏な日常を守りたいの。




