徐学
台湾。徐学は半導体製造会社に勤務していた。出来上がった製品を国内外に送っていく。徐がタブレット端末を操作していくと、製品がその場から文字通り消えていく。徐は自分や他人や物を瞬間移動させる能力が有る。今日も全ての製品が無事に目的地に転送された。その旨の報せが徐のタブレット端末まで届く。
仕事が順調に終わった。会社を出る前にスマホを確かめる。日本に住んでいる蔡から奇妙な連絡が届いていた。
日本女性が黒人二人を突然、二本の包丁で殺害。既に警察はその女を捕まえて留置所に入れている。事件の詳細を報道陣には発表していない。日本人の多くはまだ知らない。
蔡はこの様な不謹慎な冗談を言わない。徐は上司に休暇を申請した。いつも文句言わずに働いていたせいか意外と許可が下りた。徐は日本にいる蔡のアパートの自宅に瞬間移動した。
徐は居間の真中に立っていた。蔡は、
「うわっ」
と、声を漏らした。慣れていても驚いてしまう。徐が振り向くと蔡は青白い顔で食卓の席に座っている。蔡は立ち上がると冷蔵庫から茶を出して、コップに注いだ。徐は蔡の正面に座るとそれを飲む。蔡は長い溜息を吐くと、
「まだ頭がクラクラする」
徐に再度説明した。怯えた顔で震える声で話す蔡が嘘を言っているとはやはり徐には思えなかった。徐は腕を組みながら傾聴した。
「……俺は裁判所に証人として呼ばれるんだろうな」
蔡は天井を睨みながら呟いた。
徐と蔡は普段は台湾語で話すが、時々、母語も使う。蔡は阿美族で、徐はセデック族。二人は同じ大学に通っていた。そこで知り合って以来の付き合いだ。二人には本名がちゃんと有るが普段は通名を使っている。
「お前は目撃者だから堂々としていれば良い」
徐が冷静な口調で言った。蔡は困った顔をして、
「そんな簡単に言うなよ」
「犯人は既に拘束されているし、これから長い間刑務所に入るんだろ」
徐は言った。蔡は暗い声で、
「『何か言ったか?ニガー共』というアイツの台詞が耳にまだこびりついているんだ」
徐は背筋が冷えるのを感じた。




