フランスの英雄
佐藤がロジャンと徐の実家にいる頃。宇文秋は上官である朱慶富上将と共にフランスに行った。宇文はフランス語が出来ないが、朱は流暢に話せる。
パリ市内にあるホテルの最上階の大広間。壁には現代的な絵画と窓が絶妙に配置されている。それを覆うようにフランス軍が整列している。部屋の中央には大きな食卓が鎮座している。それには上面以外、見事な彫刻がなされている。政治家や投資家や多国籍企業の経営者や芸術家が既に着席している。五十人ほどいるが、全員が世界的な著名人である。
ホテルの支配人に案内された朱が宇文を連れて入ってきた。二人共、待っている人達の経歴を把握しているが、全く動じない。支配人が空席を示して二人を座らせる。二人は無表情で着席する。
二人の正面に座っている国民議会の議員であるジャンが指を組んだ両手に顎を乗せながら、
「我国の英雄に何の用だ?」
他の面々は二人を睨んでいる。二人は無表情。朱は、
「砂漠の山に対抗する為に力を貸して欲しい」
ジャンは隣に座っている黒人女性を見やる。彼女は正しい姿勢で座っている。名前はマリー。マリーは落ち着いた声で、
「話は聴いていますが、私は貴方達にも砂漠の山にも協力する気は有りません」
朱は困った顔をして、
「最近、砂漠の山に入社した佐藤華江が黒人二人を殺害した上に暴言を吐いたんだよ」
マリーは姿勢を崩さずに上品な声でハッキリと、
「それも知っています。けれども佐藤にも砂漠の山にも私から攻撃することはありません」
朱は溜息を吐いた。隣にいる宇文がそれを見やる。ジャンはニヤリと笑う。朱は指を組んだ両手を食卓に置き、
「それでは今回のダボス会議に参加してくれないか?奴等も参加する」
ジャンが微笑みながらマリーを見やる。マリーは、
「分かりました」
この後、会議はフランスと中国両国の軍事・外交・経済について話し合った。中国側が譲歩する所も有るが、フランス側も妥協する所もあった。マリーは綺麗な佇まいで傾聴している。フランス側が嘲笑と挑発と皮肉を仕掛けても、朱は怯む事なく反論する。周りを囲むフランス軍達は微動だにしない。宇文は周囲を注意深く観察している。
会議が終わると双方は疲労を露わに退出した。
朱と宇文は中国資本のホテルに車で移動すると休んだ。朱は額に右手を当てながら、
「想定以上に強かだな、マリーは」
宇文は冷静な声で、
「むしろそちらの方が良いのではと思います」
マリーは温度を自在に操れる能力を持っている。特に冷却が得意だ。温暖化で過酷になっていく夏にはフランス中を適度に冷やす。熱中症患者が激減し、山火事も抑えられている。冬に寒波が襲ってきても、それを和らげる。原子力発電所で冷却の能力を絶妙に制御して安全に稼働させる事も出来る。
フランス国内だけではなく、中東やアフリカの国々でもマリーは活躍する。暑い昼間や夏日の空気を冷やし、老人や子どもを助け、病原菌を持つ蚊の動きを弱らせる。フランス軍だけではなく民間の環境保護団体も彼女に協力する。
更にマリーはフランスで起きる暴動を防いだり抑えたりもする。暴徒達の中には少なくない高齢者がいるが、彼らを死なせない程度に調節しながら空気や物や暴徒自身を冷やす。能力を使わなくても彼女には功績や人望が有る。淡々と暴徒達を説得するだけで、鎮圧された暴動も有る。
普段のマリーは冷暖房を使わずにワイン倉庫で能力を鍛えている。ワインは適切な温度管理が不可欠だが、マリーの管理しているワインはフランス人達が驚嘆するほど上出来だ。
フランス政府からも民間団体からも多国籍企業からも十分な報酬を受けてマリーは富裕層になったが、散財せずに貯蓄や投資をしている。資産の半分は教会や慈善団体に寄附している。不正や詐欺を避ける為に慎重に調べて寄附先を選んでいる。
マリーは結婚して息子と娘がいる。服装や暮らし振りは比較的質素だが、安っぽさは感じられない。
正にフランスの英雄だ。民族も宗教も貧富も思想も年代も性別も越えて人々はマリーを敬愛する。




